改正 アンドロイド厳密管理基本法

 シトシトとふっていた雨が止むと、雲の切れ間から朝日が地上に差し出された。老紳士がネクタイを整えていると、廊下の奥の、玄関に近い別の部屋からメイドがやってきた。早朝だというのに掃除機をかけていたが、なるほど前夜ご主人が注文したことだ。メイドが下をむいて廊下にでたのではっと、その人と顔があった、人時の沈黙、この家のご主人がおでましだ、顔を洗い、シャワーをあびて、ガウンをはおって下着姿でさっぱりして綺麗な廊下をスリッパであるいている。メイドはいったん手に持っていた掃除道具をしまいに玄関のほうへいった。その間に老紳士は、このあとの支度をしている。
 キッチンのそばへいくと、再びメイドがやってきた、といってもメイドはロボットだ。 
 「 ゴシュジンサマ…… ゴシュ、ゴシュジンサマ 」
 「 ああ、どうした、メアリー、そうかいああ、そうかい、今仕事がおわったんだねひとつ仕事が 」
 老紳士はやさしくその背中のあたりにふれずにてをかざすようにして、前方へと案内する、食事は二人分あった。アンドロイド用のバッテリーと、ご主人と呼ばれた老紳士のものだ。紳士は昨日の夜の事をふと思い出した、レディーファーストに、キッチンと調味料のずらりとならんだカウンターと廊下に一番近い席にメイド型アンドロイドを案内すると、木製のテーブルをまわって、その対面に彼も座った。テーブルには食事が用意されている。
 (メアリーには、キッチンの奥の左の部屋を掃除するようにいいつけてあったのだ)
 老紳士は、リビングからきていた、リビングは老紳士のきたその部屋と真逆の方向に、街を見下ろす形でガラス張りでできている。
 「 メアリー、君のユーモアは毎日を楽しく彩ってくれるが、昨日はまいったよ 」
 「 ナニ……ナニガ、ゴザイマシタ……カ 」
 メアリーというメイド型アンドロイドは、オモムロにエプロンの中央部のチャックをあけて、そこに彼等の食事、バッテリーと端子とケーブルをつないだ。老紳士はその様子に目もくれず、昨日の記憶に思いをよせていた。
 「 何って、メアリー、昨日は花瓶に花をさかさまにいれたり、靴下を裏返してたたんだりしたじゃないか 」
 「 ア、アハハハ ア ソウデシ、タ 」
 老紳士は耐えきれないほどにふと口をこぶしで覆うしぐさをした。かたがわなわなと震えた。メイドは記憶というより、紳士のそのしぐさがおかしくなってわらった。しばらくすると紳士はバタートーストと、ミルクと野菜のもりだくさんの彩豊かなサラダを一人でたいらげた。メイドはあいかわらず、バッテリーを下腹部において充電をつづけていた。相槌をうっていたが、充電中のため足のゆびがぴくぴくと動くのを、老紳士はわらわないでおいた。

 「じゃあ、いくよ、メアリー」
 30分もしないうちに、老紳士は会社自宅を終えて、背広をきて廊下の奥、玄関にたっていた。
 「ハ、ハイ!!」
 廊下から玄関に目をやると、メイドは勢いよく起き上がった、彼女はずっと先ほどの食事のだんらんの風景のままの姿でいた。メイドはその際に食事とともに体の各部位をソフトウェア、ハードウェアともに、メンテナンスしていたため意識を時折中断させたり取り戻したり明滅を繰り返していた。
 廊下へたどりつくと、玄関の靴棚カウンターの上に見慣れない白く筒状の物体が、おいてある。一体これは何だろうか、とメイドはおもった。その様子をみていたご主人が、何か隠し事でもあるように、メアリーの目線をひろいあげるようにまゆと目を開いて、あごをひいた。
 「ああ、メアリー、気にしないで」
 気にしないで、といわれるときにしだすのが、ロボットも人も同じことだ。けれどしつこく老婦人はいった。
 「メアリー、気にしないで」
 紳士は時計をみる。
 「それじゃあ、いってくるよ」
 「イッテラッシャイませ」
 しばらくするといつものように見送りが終わり、メアリーは再び、先ほどの食事の形の椅子に腰を掛けて、5分ほどそうして意識をうしなったり取り戻したを同じように繰り返した。やがて残りのバッテリーをお腹から充電しおえたが、テレビを消していたので、先ほどの玄関のやり取りが気になったので、やはりきになって玄関のほうへいき、先ほどのあの白い物体をみつめる。
 「コ……コレハ」
 (さわってはだめだよ) 
 そういえば昨日からご主人はおかしかった、そんな風に自分に命じる事はあまりなかった、おおらかな性格だし、自分が失敗して怒ったことはない。それに対して……メアリーは思う、これは何だろうか?一体何だろうか?奇妙な感覚に襲われる、何か楽しい事をおもいうかべなくてはいけないようだ。部屋の中がやけにしんとして、悲しい気持ちだ、廊下からリビングをみつめても人はいない、主人のガウンは、主人のいたいすにおりたたまれたまま、もたれかかっている。そちらの方を見る。
 「ゴ……シュジンサマ」
 思い出が込み上げる、すると、やがて奇妙な物体への興味は失われた、そういえば、昨日ユーモアまじりにさかさまにしたものがもうひとつあった。ご主人は今朝私に言い忘れていたが、廊下にかざられている絵画をさかさまにしておいたのだ。くすくすと笑いがこぼれる。なぜならその指摘をご主人がしなかったからだ。秘密は守られたのかもしれない。しばらくして、完全に玄関に興味を失ったメアリーは食事をかたずけしはじめた。 

 一方通勤途中の老紳士は、家のすぐ傍にある空中の駅から電車にのりこみ、ある映像を揺られながらひやひやとしてみていた、それはまさに、玄関からみた家の様子だ、家の様子を通勤中、彼はなぜだか無意味に監視している。
 「さ、さて、よかったな……警報音がしたときはどうなるかとおもったが、やはりうちのメアリーはかしこいじゃないか」

 彼の家の玄関の白い筒、それは新しく改正された《アンドロイド厳密管理基本法》によってアンドロイドを持つ家庭すべてに配布されたあるカメラや、監視端末として機能する物体だ。それはアンドロイドがご主人の命令に背いたときによくない事がおこる。
 《アンドロイドの再教育施設》
 そに運び込まれ、人格と記憶を矯正されてしまうのだ。

改正 アンドロイド厳密管理基本法

改正 アンドロイド厳密管理基本法

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-06

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