束縛の掟

 昼間頼んだリサイクル業者は、もう10度は聞いた同じ文句を繰り返した。彼自身がロボットのように、実際もう見た目だけでは、人とロボットの違いはわからない。玄関先で訪問者に挨拶すると、訪問者はきびきびと回答する。模範解答のようにまるで手元のメモを読み取るだけのような抑揚の付け方で。
「彼は命令にそって生きて、そして今もそのように活動しているだけです、私たちのリサイクル事業とは何の関係もなく、自然に消耗されるべきでしょう、それがロボットの、消耗品としての意義であり、価値です」
 倫理観はなかった、なぜならその人造人間(アンドロイド)は、もう30年も前から同じ動作を繰り返しているし、繰り返す事しかできないのだから。
 (生も、死も、倫理もまた、何の意味もないわ、人間が生きて彷徨えるうちにこの世に残せるのは、唯、概念と感覚だけよ)
 祖母が最後にはなった言葉を繰り返す、彼は人形。私はあきらめて玄関をとじて、廊下を渡っていつもは立ち寄る事をさけている二階へあがる。かつて祖母がいた部屋、祖母の自室に彼は大量の電気を必要として、それを食料として生活している。彼はとても知能が低く、そもそもそういう“型”をかったのだから仕方がない、オーダーメイドの執事服、綺麗に整った胸元の赤いスカーフ、レース付きの襟の長いシャツ。
 私はどこかで、私の結婚生活がうまくいかず、彼と別れた事まで彼のせいにしている。だってしかたないだろう、彼は鉄の塊だ。鉄の塊が、その命が費えるまで権利を保障されていても同じことなんだ。二階のはしまでの途中、左側からふと室内を覗く、そこは祖母の部屋だ。二階に行きたくない原因がそこにある。綺麗にととのえられたままでいるが、掃除が時折なので、さすがに蜘蛛の巣やほこりはめだつ、ただ家具、ベッドと椅子と本棚と本たちだけが生前と変る事なく綺麗にならべられたままだ。
 「おばあさま、私は、何を残せばいいのですか?」
 執事の名前はジョナサンといった。ジョナサンは祖母が死ぬときのその瞬間を繰り返している。祖母はもういないのに、寝た切りの祖母に付き添っていたその形で。ベッドの縁にてをなぞり、そして最後にはベッドのすそへと自分の品位をさげるように従事する。祖母はジョナサンをよく叱り、よく叩いた。それが望む形だったから、ジョナサンは、初めから設計されたように不出来で成績の悪い、器量も見た目も悪いロボットであった。ごつごつした皮膚と輪郭に、悲しげな表情と小さな瞳、鷲鼻である。
 「おばあさま、おばあさま、おばあさま」
 祖母は難題と難問をロボットにおしつけた。祖母は子供を産めるからだではなかったため、そのためわたしをひきとり養子に向えた。けれど彼女の母性は、血のつながりを欲し、それが暴力となってあらわれた。
 「おばあさま、おばあさま」
 最後にもロボットは、頭をひるませて、祖母に叩かれているしぐさをした。もう何30年も同じ事をしている。人間ですら参ってしまうようなことをずっと繰り返している。その鮮烈な生の痕跡に、私はときおりとまどって、意地悪く、その部屋と別の部屋を隔離するバリケードをつくった。
 私は、私に祖父が渡した言葉に血が通っていない事をおもって、胸に手を当てた。開閉ドアのうけとめる縁にてをあてて、半分開け放しのドアにスリッパで音を立てて近づいても、ただ彼は同じ作業を繰り返すだけ、やはり故障にすぎない。それに引き換え、私の胸の痛みは……。
 「おばあさま、本当に守りたい人をたくさん見つけろ、とはどういう意味なの??」
 少しひらいたドアから風がふきこむ、夜には鉄の働きで自動でしめられるその扉、カーテンがゆれ、ひび割れた窓を背景に、猫背気味のロボットの耳がぴくりとうごいて、こちらをみた、彼はふいにルーティン外の動作をする。それこそが私が恐れる故障なのだ。時折どきりとするそれらの動作に、私は何の意味をも持たせたくはなかった。

束縛の掟

束縛の掟

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-02

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