偽人形の王道

 黒いカーテンに簡易的なテーブルをひいて、左右に夫婦らしきスーツ姿の男女が並ぶ、会場にアナウンスされたのは、“いわくつき”の人形だという事だけだ。ガラスケースにライトをあてると、中の埃がすこしばかり、2、3塊になってはけて散っていた。人形は王座にすわっていて、重心が安定しないために左側に傾いた格好になっている。椅子には小さな装飾をあしらい、全体的にデフォルメが誇張されている、どうしようもないほどに陳腐な目の黒いボタン、大きな靴やヴィンテージの紐で胸元を結んだ服装に、おおきな手袋をしている。
 表情は作りもの、筋肉の動きを無視して、スーパーやコンビニの商品につけられたラベルのように偶然でいて必然。骨格はいつわり、肉付きはオーバで、人形全体の感じもどこかぎこちない。けれどその作品は、ある魔術をもったために、オークションで高値で取引される、作者の当初の思惑通りに。

 「アナタヲ、マッテ、イタ」

 落札はすぐだった、その高値をその人形に賭ける人間は、他にはいなかった。闇のオークションの中で、日常から突き放された人々が、自分たちの宝の品を売り払う。ここには顔を知られてはいけない人々が多くつどう、芸能人や、映画俳優もここにくるという。けれど少女の目的はひとつだった。

 「あなたを、買うわ」

 時代を超えて売れていく商品には、それなりのわけがある。語り継ぐべき技巧、名の知れた人間の記憶するべき、後世に伝えるべき巧の技術。そこに一つの法則があるのならば、敢えて法則を逃げた人々の技巧も存在するはずだ。
 その人形は、陳腐に見える、それでいて人形は、その内部にもう一つの顔をもっている。それこそがその品の本当の価値だった。それを知るものは、地球上を探してもそう多くはないだろう。

 「これだわ、おばあさま」
 
 18世紀末、とある国の郊外の、殺伐とした空気の大通りの中、少女は人形を抱き上げ、大きな買い物をした。設営されたカーテンに、開かれたオークション会場。少女は、確かに記憶していた。偉大なる祖母が、生涯でたった一度だけ、自分の技巧を裏切ったことのあるその“人形”それはまだ、祖母が無名作家だった事の証拠であり、これから有名になるであろう少女の偉大なる祖母は、その人形にあえて王道とはまるで違う挑戦的な試みを託した。だから人形の作りについて、くわしくないものが見ただけではそれは単に陳腐な人形にすぎないのだ。けれど少女は違った、少女の眼は光かがやき、そこで支払われた彼女の貨幣は、彼女のもてる対価としては十分に安すぎるくらいの、大きな意味を持つ買い物だった。

偽人形の王道

偽人形の王道

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-28

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