わたしたちを繋いでいたもの、そんなの、はじめからなかったんだ

 子どもを産みたいと、彼女は言ったので、それは仕方ないと思い、わたしでは、彼女との子どもを、産むことはできないので(ええ、おそらく、もしかしたらどこかの国で、遠い未来に、わたしたちの国で、そんなことができるようになるかもしれないけれども、そんなの、何十年、何百年後になるかも、わからないので)、わたしたちは、別れて、ふつうのお友だちに戻ったわけですが、一度、愛してしまったひとを、彼女の方は、わからないけれど(わからないのが、くやしいけれど)、わたしは、彼女と、一生を添い遂げたいと願ったことがあるくらいに、彼女のことを、愛していたいので、結婚式は、わかってはいたけれど、地獄でした。
(いいえ、けれど、純白のウエディングドレスを着た彼女は、この世の誰よりも、美しかった)
 ブーケ・トスは、彼女の一友人として、参加しました。もちろん、彼女が、それに対して、少しばかりの後ろめたさみたいなものを、滲ませればいいと思いましたが、彼女は一花嫁として、笑顔で、わたしと、その他大勢の未婚のお友だちの集まるところに、ブーケを投げました。軽く絶望です。披露宴での、美味しいはずのお料理の味が、全然わからない程度に、絶望したのでした。
 新郎は、かっこよくも、かっこわるくもないひとでした。背が高くて、やさしそうでした。背が高いという点では、わたしも、まぁまぁの高身長なのですが。やさしい、という面では、自分としては、彼女に、とても、やさしくしていたつもりでしたが、彼女がどう思っていたかは、わかりません。終わってみれば、彼女のことを、なにもわかっていないことが、よくわかりました。馬鹿みたいだと思いながら、ステーキを食べました。やっぱり、肉の味の、ソースの味も、わからないのでした。
「ねぇ、きみ、モデルさん?脚長いね」
 とつぜん、声をかけてきたのは、新郎のお友だちで、わたしが、パンを、ちびちびと食べているときでした。黒い、オールバックの、それなりにかっこいい感じの、男のひとでした。ナンパだったら、ちょっと、めんどうくさいな、と思ったけれど、彼女の、結婚した相手の、お友だちですし、あまり、邪険にしても、あれだったので、あたりさわりのない笑みを浮かべて、ちがいます、と答えました。
「そうなんだ。なんかちょっと、他の女の子とはオーラがちがう感じがしたからさ。ごめんね」
と言って、男はあっさり、引き下がりました。なんなんだ、と疑問にも思いましたが、こういうのは、深く考えるとまためんどうなので、放っておきました。けれども、少し、彼に感謝したいのは、新郎と、新婦が、仲睦まじく囁きあっているところを、あまり見なくて、済んだことでした。また、彼女のお友だちは、ほとんど、中学・高校からのお友だちばかりで、大学生からのお友だちは、わたしひとりで、正直、彼女のご家族以外、知り合いがいなかったので、彼が話しかけてくれたおかげで、わたしは、この場の、ただの空気とならずに、ちゃんと、存在しているのだと、思えたのでした。彼だって、一般の成人男性にしては背が高く、長い腕と脚を目立たせながら、颯爽と去っていったので、そちらこそモデルでは、と、でも、わざわざ呼び止めて、たずねるようなことは、しませんでした。
 披露宴も終わり、わたしはもう、彼女とは二度と逢わないと決めて、会場を出ました。「これからも仲良くしてやってくださいね」濡れた目でそう微笑んだ彼女のお母さんに、わたしは、ええ、とだけ答えました。誰に作ってもらったのか、華やかなウェルカムボードを、忌々しく見つめたのは、きっと、この場でわたしだけだろうなぁと思いながら、駅まで歩きました。ハイヒールで、がつがつと、歩きました。電車に乗って、座る気になれなくて、ずっと立っていて、家の、最寄駅に着いてからも、バスにも、タクシーにも乗らず、やたら重い引き出物を揺らしながら、家まで歩いたのでした。
(子どもを産みたい、だなんて、そんなの、結局はわたしと別れるための、口実なのだろうと思っていたのだけれど、彼女のなかには、わたしと、子どもを産まずとも、育てる、という選択肢は、なかったということだ)
(ああ神さま、今さらですが、なぜわたしは女で、彼女も女だったのでしょう)
 家のドアを開けた瞬間、むりやりにおしこんでいた感情が、いっきにあふれだし、わたしの涙腺は、こわれました。

わたしたちを繋いでいたもの、そんなの、はじめからなかったんだ

わたしたちを繋いでいたもの、そんなの、はじめからなかったんだ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-27

CC BY-NC-ND
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