アポロ

花野 尋


油断した
いつの間にか増えてる新曲
いつものアプリをスクロール

好きなのがいっぱいだ


昼に起きて、ストーブにあたりながら
そんなことをしている
開けたカーテンの向こう
曇り空が窓ガラスに磨っている


今日は、学校に行くか、、
行くのか?
誰かにもらった空気清浄機が悩んでるみたいに、静かに、薄暗い部屋で静かに
鳴ってる



今から行けば、、
たぶん五時間目の途中、今日は六時間目までか、、
終わってから担任と話して、放課後、その後、あいつに会えるかな


顔を洗って、冷たい水が僕を起こした


鏡に映る都合のいい天然パーマがいい感じで、それが玄関のドアを開けさせた
アパートの二階から見える空は、やっぱり曇り空で
まあでも、それでもいいかなって



ひやりと冷たいアパートの階段を降りて、自転車置き場、カゴに鞄投げ込んで
気だるい感じでペダルを踏んだ
この瞬間が、あまり好きじゃない


自転車をこぎながら、冬の風が素手に突き刺して痛い
そんなことを感じていたら、遠くに
母親と知らない男が歩いてた


僕は父親の顔を知らない
、、いたのかな?
まあ自分がいるってことはいたんだろうな
まあそれと、僕が今日学校を辞めることは
あまり関係ない



学校に着いた
この時間の学校は静かで、たぶん昼休みが終わってみんな疲れていて、誰もいないみたい
この時間、外から見る学校は嫌いじゃない


そっと、下足場を抜けて
上靴越しに感じた廊下の冷たさが、学校を辞めるんだって実感させた


僕は不良でもないし、制服もちゃんと着てる
いじめられてもないし、あとは、、特になにもないけど


働きたくて、自立したくて、家を出たくて
卒業なんて意味なくて、肩を並べているようで、足並みを揃えているようで
そこに僕はいなくて
ただの十八歳の冬



教室に入って
先生と一回だけ目が合う
それなりの仲の友達が、僕を見てニヤっと笑った
黒板に書かれた、regretって文字が妙にチラついた


自分の席に座ると
前の席に座ってるそれなりの仲の友達が、机の下からチョコレートをカッコつけた顔で僕に覗かせた


そうか、今日はバレンタインか



六時間目が終わって、放課後
一斉に流れる騒がしい波に置き去りにされて
職員室に行く途中

教室の中にいたあいつと、目が合った


職員室の中は穏やかで、暖房がきいてて暖かかった
担任や近くにいた先生が僕の話を心配そうに聞いてる
担任が何か熱心に喋ってたけど、廊下の女子の声がうるさくてあまり聞こえなかった


担任は最後、僕に「がんばれよ」って言った
担任は僕がなにをがんばるのかわかっているのだろうか
職員室のドアを閉めて、廊下の女子たちの間を視線を落としてすり抜けた



人気のない下足場で、後ろからあいつの声がした

「なんだ、来たんだ!」

「来ると思ってなかったからチョコレート持って来てないよ!」

別に期待してねーよ
みたいな目であいつを見た

「あ、でも待って、あるわ」

そう言うとあいつはブレザーのポケットからアポロチョコの箱を取り出した

「はい、よかったね!」

手渡してくるけど、僕が手を出さないから無理矢理ポケットに入れられた

「じゃあね!」

一方的なあいつのさよなら
後ろ姿、黒い髪、スカートが
揺れた
スローモーションみたいに、揺れた



家に着いた
暗いアパートの一室が相変わらずくたびれてる
誰もいない家、歩く音が静かにギシギシ響いた

台所のテーブルの上に、千円札


こんなのいつものことで
昔はよく泣いてたな
今は落ち込むことすらないけど
今日だけは何かに甘えたくなった

それが、あいつのアポロチョコを思い出させた


ポケットに手を突っ込んで
握りしめた
軽い、軽い、アポロチョコの箱
中にチョコは入ってなくて
代わりに、一枚の白い紙が入ってた


「学校辞めたって良いと思うよ!でも、一言ぐらい言え!バカ!学校は卒業できないけど、子供からは卒業だね!(笑)がんばって生きろよ!」

そう書いてあった


その言葉はチョコレートよりも
甘く、甘く僕を包んだ


誰にも言ってないのに、あいつだけは知っていた
僕が学校を辞めること


コンビニで何か買おうと、玄関のドアを開けた
アパートの二階
昼間見えた曇り空
今は、うっすらと、月が見える

アポロ

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