仮想現実の見る夢。

 矛盾を無くしたら、人は余裕もなくしてしまう。矛盾があるうちは、人は自由や不自由について、自分勝手な理想を語る。……とても面白い明日の話をしよう。
 
 日常の場面において、生活を共にする人々に、打ち明けたいことがある。私は一つの世界を知っている、だから何もかも確信できる。私は今しっていること、私は今、ここにいる。ここにいて、この世界の矛盾をしっている。この世界の隅から隅まで、私はすべてを知っている。私にとってそれらはすべて、既に知っていて、だから飽きている。私にとってすべては、一度見たことなのでしかないのだ。私と同じように、生活し、生活の中で不平不満を抱えるもの、誰もが一度は考えた事があるかもしれない、ユニークで、それでいて平凡な思考、天国や地獄の想像。けれどそれらは、きっと解明してしまえば退屈な事なのだろう。解明しないうちには、あらゆるものへの愛や憎悪は、本当に退屈ではない。

 この世界は、本当に自分の世界なのだろうか?私は、その世界の断片で、日常を誰に為にでもなく社会生活のために浪費している。だからそれに適応しないものについて、その矛盾を考える事はない、私の知る社会生活は、労働とともにある。人々が語り合ういいことわるいこと、それらすべて遠くのできごと、けれど死も生も、新しい見方を与えてはくれない。
 私生活は永遠の牢獄。日常は決まりきった箱にいれられて、従順な兵士としての私をつくりだした。私はただ、それにしたがっているし、それ以上の私は知る事ができない。揺れる電車、数十数歩の運動。ネクタイにシャツと、時に雨傘。生きるすべ、革靴とインターネットと、インターネットと鞄。それらは私と共にあるから、私はそれを手放す事ができない。そのむなしさを考えるときに、ひとつ新しい世界に出会った。
 (こちらだよ、こっちだよ、いや、むしろもっとそう、遠く、数メートル、数キロ、数万キロ、数億光年ね)
 狭いアパートに放りだされると、むさぼるように夕食を終えて、コンピューターを起動した、風呂に入り、まるで別人のようになると、自室に向かう、ベッドに座り、私はひとつ溜息とつばを飲み込んで、もう一つの世界につないだ。午後9時半を迎えていた。
 (そこからは一つも厄介ごとがなくなっていった。)
 どこだ?声はどこからするのだろう、仮想現実の中で問いかける、ヘルメット型のダイビング装置が、自分の脳裏に問いかける、“声がする”けれど、相手の正体はみえない。

 真っ暗闇にリンクした。宇宙の起源か?いや、起動までに時間がかかる。ヘルメット型のインターネット接続端末。そこは仮想現実だ。私はもう現実を離れて、一日を終えて疲れをためて、それを吐き出しときに、友と持ち寄るためにその場所にログインしている。それはネットワークだ、街があって、国もある。もう一つの世界、けれど誰も信じないだろう。私はこれでない仮想現実に出会った事がある。
 ここは、ファンタジーの世界だ。視界にはさっきまでの退屈な現実は形をかえて、武器商人や魔法商人がたむろする、ファンタジーな中世の街並みがみえた。けれどいつか見た光景とは似て非なるものだった、なによりここは、いくらか不自由でもある。

 (頭、痛い、うった)

 古い子供の頃の話、耳障りの悪い怒鳴り声が聞こえる、いや、それは助けを呼ぶ声だ。そのとき僕は意識をうしなって、命の行き場をうしなって、諦めや絶望とともに、上から下って行く自然の猛威、秩序に巻き込まれ、その川の流れに身を任せていた。いつしか僕は意識の向うに、もう一つの世界を見出した、そこで現実がぷつりと電源をおとしたコンピューターのようなふるまいをして、僕は白い花畑の中にたたずみ、その向こうに浮かぶ世界をみていた。むしろこんな仮想現実よりも、白い、白い異世界だった。白い建物、白い街、白い、白い、大自然が見えた。
 それは今の様に、バーチャルリアルな空間、都市や、街並み、ファンタジーな村や、専制政治の中、電脳空間に直接自分の意識を投影し、その体感が、現実に戻ってくる、そんな世界をみたとか、そんな意味でなく。

 そう、私はもううんと昔にみたのだ。きっとこの世界で生きる人々が最も恐れ、もっとも望んでいる事を、私や、あなた、この世界に生きるすべての人々は、“向こう側”の住人の見た一時の現実逃避であるという“現実”を。
 
 そこでは、神々のような白い人々が、私たちをひとつのテーブルの上にならべて、いまのように、様々な労働をつくり、社会を作り、戦争をつくり、法を作り、自然の秩序をつくり、にこにこと笑い、時に憤怒して、私たちをコントロールしようとしている。

 その現実を見た、その後の私はすべてを受け入れる。つまりこの世界は、きっとそんな逃避の現われでしかない。私は、私の作る架空の現実に、自分の居場所を作る事ができるのだろうか?、人は、仮想現実ですら、現実の持つ矛盾に依る活力に、自分のもつ本当の姿に目をくらませてはいないか?この世界で、人が作るものでない絶望や幸福を知る事ができないのなら、現実逃避すら、完遂することもできない人物なのだ——私は。

仮想現実の見る夢。

仮想現実の見る夢。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-26

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