Fate/10 Bravery
戦争開始 集結する10の勇士
森宮町の中心にある梅岡神社。そこには誰も知らない大空洞がある。霊脈を多数有すこの街の中でも、ケタ違いの霊気に満ち溢れているこの場所の中心に、巨大な魔法陣とおもしきモノが貼られている。その更に中心には、虹色が流転する、謎の色彩の濃い魔力ドームが形成され、大空洞に充満する霊気を吸い取っていた。
「キョウジ、聖杯の準備が完了した」
そのドームから出てきた銀髪のメガネの青年が、長髪をかきあげて魔法陣の外側にいる男に無表情に語りかける。初老のスーツを来た男は、緊張気味にそううなずくと、青年を手招きした。
「ヨハン、こっちにきて見てくれ。素晴らしい眺めだぞ。」
言葉とは裏腹に若干上ずったその声に、ヨハンと呼ばれた銀髪の青年は苦笑しながら、スーツの男のもとへと歩み寄る。そして、己が敷設した「大聖杯」を眺める。
「たった40年で、冬木のそれと遜色ないものが出来たと思わんか?」
「そうかしら。確かに魔力量だけで言えば、冬木の大聖杯を上回っている。だけど、その割には魔力が結構漏れているわ。」
まぁ問題無い程度だけど。と辛辣な感想を漏らすのは、スーツの男の隣にまるで控えるように立つ、少女といっても過言ではないくらい若い女であった。如何にも私は魔術師ですと全身で主張しているようなマントとローブ。そして冷たい輝きを放つ宝石を戴く鉄の杖を持ち、雪のような白い髪と、その下の氷のような冷たい瞳でチラと脇の二人を見やる。
それに対し、この結界(だいせいはい)を貼った張本人であるヨハンが、鼻を鳴らす。
「フン。確かに森宮の質はともかく、量ならば冬木も凌駕するようなとてつもない霊脈がなければ、この方法で大聖杯は形作れん。しかし、準備期間をおおよそ40年も短縮した『核』を調達したのは、いったい誰であったかな?あれを探すのに、貴方が生まれる前から私とキョウジは・・・」
「ま、まぁまぁ抑えてくれヨハン。秋理もそう言うな。素晴らしい出来だと思うぞ私は。」
初老のスーツの男、京二が愛想笑いを浮かべながら、青筋を立てるヨハンとツンと澄ましてなお威圧的な視線を送る少女、秋理の間を取り持つ。二人はしばらく火花を散らしていたが、先に秋理が視線を引き剥がし、二人に背を向けた。
「…では私はこれで失礼させてもらうわ。聖杯が整ったなら、英霊(サーヴァント)を召喚する儀式の準備に入らないといけないし。」
「それもそうだ。ヨハン、大聖杯はもうサーヴァントの召喚には耐えうるか?」
京二がヨハンに目配せをすると、ヨハンは口角を釣り上げた。
「勿論だとも。残念ながら量はともかく質があまりよろしくないので、『根源』に到るには8騎ほど必要ではあるが、それでも12騎ぐらいは召喚できる。」
「じ、十二騎?勘弁してくれ、事後処理がめんどくさい」
流石に12騎ものサーヴァントが聖杯戦争をおっぱじめたら、事後処理が大変なことになるであろうと考えた京二の顔が青ざめる。それを見てヨハンがくつくつと笑う。すでに秋理の姿は大空洞から消えていた。
「まぁ、聖杯戦争は7騎で行うと聞いている。貴方が危惧するような事態は起きないさ。では、私はこれで一旦失礼するよ。」
「あぁ。次は・・・敵同士だな。」
背を向けて大空洞から立ち去るヨハンを、流し目で京二は見送った。程なく京二も大空洞から立ち去るだろう。
賽は今、投げられた。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
八塚家の地下にある、ガス灯のオレンジ色の光に照らされた地下工房には、魔術師らしからず火薬の匂いや、たくさんの近代兵器が充満している。
「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
八塚京二が紡いだ呪文は工房の床に敷かれた魔法陣、そしてそこから荒れ狂う魔力の嵐に飲み込まれていく。
右手に刻まれた令呪を魔法陣に向け、詠唱の最後となる言葉を告げる。
「誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
魔力の嵐は陣の中心に収束し、一際凄まじい光が京二の目を焼く。あまりの光量に思わず目をつぶる。やがて光すらも収束し、魔法陣の中心に痩身痩躯の男が現れた。
「問おう…アンタが俺のマスターか?」
古き時代からの神秘を力とする英霊において、彼のナチスドイツ時代の軍服姿はあまりに異端であると言えよう。しかし、京二は確信している。目の前にいる男は、確かに英霊となって日は浅いが、神の世より生きる英霊にも引けを取らぬ存在であると。
「ああ。僕がお前のマスター、八塚京二だ。ところで、お前のクラスはライダーで相違ないな?」
京二の問いに、軍服の英霊は怪訝そうに首をかしげた。
「確かに俺のクラスはライダーだが、普通は真名を聞くもんじゃないのか?」
「あぁ、それなんだがなライダー。だいたい見当はついてるんだが…」
チラと京二は工房の隅を見やる。そこには一匹の不機嫌そうな顔を隠しもしない白いチワワのようなものがいた。ようなというのは、当然このチワワは本物のチワワではないからである。
「待たせてすまない、ヨハン・メイゼルフェルド。一体何のようだろう。」
『何のようも何もない。異常事態が発生している』
「おお!?聖杯から与えられた知識で知ってはいたが、魔術とは犬が喋るほどのものなのか!?」
チワワが喋るという異常事態にライダーが目を丸くしている。しかしこんな異常事態にも京二は顔色を変えず、むしろ怪訝そうな顔をしている。
「異常事態?」
『ああ。キョウジ、マスターが10人も現れている。これは一体どういうことだ?』
「あぁ!?!」
京二の顔が青ざめた。
「ちょ、ちょヨハンさん!?それどういうことですか!?」
『それはこちらが聞きたい!ともかく、今すぐ大聖杯のところへ行ってあれを調整してくれ。聖杯の調整は八塚の責任だ』
「りょ、了解した。行くぞ、ライダー。」
ライダーを従え、京二は大聖杯の元へ急ぐ。別にマスターが増えたところで聖杯戦争に支障はそんなにないが、際限なく増えられると森宮がヤバい。そんなことを知ってか知らずか、ライダーの表情は生き生きとしていた。
生前、常識外れなほどに大量の敵を撃破していたライダー。戦える相手が増えるということは、ライダーにとって至福以外のなにものでもないのだ。
「あぁ。マスター…楽しみだよ、これからの戦いがね。」
Side:Lancer
穴蔵のような工房の中で、長髪の男が自分の魔術礼装をいじっていた。
正確には魔術礼装とは言えないか、アトラス院の魔術師である彼は、院の考え方にである、「自分よりも強い兵器を作ればいい」に従い、戦いに持ち込むための「兵器」をチューニングしている。
「こんな物でよいのか?どこかで実験できればいいのだが…」
ハルヒサ・マツバ・アトラシアにとって、実戦は初めてだ。しかし、計算上ならば魔術師を相手どって戦うには十分な性能ではあるだろう。森宮グランドホテルの一室、アトラス院から来た日本の錬金術士は、組みあがった武器の出来栄えに満足そうな笑みを浮かべた。
「マスターよ、森宮への到着は、明日の予定だったか?」
ハルヒサの隣に影のように控えていた人影が、ぬっと立ち上がった。成人男性の平均が女か何かに見えるような高身長、それでいて痩身でなく、むしろ筋肉質でがっちりとした男。ヒゲを生やした精悍な顔つきからは、それだけで覇気が漂う。
「その通りだランサー。明日、公共の交通機関を用いて森宮へと向かう。」
窓の外の夜景を見やる。戦場となる森宮はそれなりに栄えた、いわば都のようだ。かつて主と駆けた戦場を思い出し、ランサーは懐かしげに口角を釣り上げる。
「楽しみじゃ。俺が生きた時代を思い出す。腕がなるわ。」
「そういえばそうだったか。まぁ案ずるな。卿の望む戦いは、すぐそこまで迫っているだろうよ。」
調整の終わった兵器を片付け、ランサーと共に夜景を眺める。いつの間にか、ハルヒサの口元も、ランサーのように釣り上がっていた。
Side:Fighter
「流石に町一周は厳しいわね…。」
夜も落ちた深夜だというのに、車椅子に乗った少女が街を往く。杖のように持った特大のチョークを引きずりながら、少女は本日何度目かのため息を吐いた。
「…流石に疲れましたね」
『だったら帰ればいーじゃんよー!俺ァいつまで霊体化してひっついてりゃいーのさー?!」
車椅子の少女、ロゼッタ・ヴァジルールにしか聞こえない声が不満タラタラと毒づく。彼女は別にそれに対して反応はせずに、ただ魔力で車椅子を回し続けた。
『おーい、ちょっと聞いてんのかよマスター!聖杯戦争で有利になるからって聞いたからお供してんのにさー!まったく、いい加減この退屈の意味を聞かせてよー?』
いい加減スルーするのも可哀想なのでこの町内一周行為の理由を教えてやろうと口を開こうとしたその時。
「お~姉ちゃん、こんな時間に外を歩いてちゃ危ないよ~」
目の前にいたのは、まるで絵に書いたような不良の皆様方である。だいたい4~5人くらいか。全員コピーしたように下卑た視線を向けている。めんどくさそうにロゼッタを吐いた。
「…面倒ね。ファイター、頼むわ。」
『えぇ~!?俺!?』
「あーゆーのは、視界に入れるだけで疲れるの。それに、無駄な魔力は使いたくない。全員始末したら、この魔法陣の意味教えてあげるから。」
仕方なさそうにロゼッタのサーヴァント、ファイターが実体化する。虚空から現れた新たなる人影に驚く間もなく、不良の一人が赤い飛沫と共に貼っ倒された。
「あぁ~ぁ。せっかく今度は好きに暴れられると思ったのに、なんでこんなの相手にしなきゃいけないんだよ!」
自分はこんな戦いをしたくて召喚に応じたわけじゃないのに。これが終わったらマスターにはしっかり今後の方針を語ってもらうとしよう!
不満を爆発させたファイターが無造作にふるった裏拳で、また一人不良が吹き飛んだ。
Side:Caster
籠に入れられた4、5匹のニワトリがやかましく鳴く中、散らかった部屋を、白い服の青年が、めんどくさそうに片付けている。
しかし、その目は決して億劫そうではなく、むしろとても楽しそうに思えた。
片手に、冬木という場所の廃洋館で見つけてきたちょっと湿気った羊皮紙。奥にひっそりと隠すようにあった羊皮紙に記された内容は、オカルトオタクである雨泉蝶之介の興味を存分に刺激するものであった。
難解な魔法陣、呪文の詠唱、そして触媒を用いることで、神代の英雄を呼び出すことができるという秘術。彼が旧間桐邸で見つけてきたその羊皮紙には、そんな素晴らしいことが書いてあった。
彼の知らないことだが、その羊皮紙には、「聖杯戦争中に限る」とか、「魔術回路がないとダメ」とか、そういうこと基本的なことは書いていない。しかし奇しくも、新たなる聖杯戦争が、ここ森宮にて行われている。そして、彼の先祖に、「雨生」という魔術師がいたことで、彼にも魔術回路が備わっている。まったくの偶然により、彼は今まさにサーヴァントの召喚に立ち会うことができたのだ。
「えーっと、触媒か…。流石に英雄ゆかりのあるなんとやらとかわっかんないなぁ。じゃぁ適当に…っと。」
彼は適当にみくつろった剣で鶏を一匹一匹、丁寧に引き裂き、その血を存分に吸った剣で魔方陣を描く。剣といっても、それは随分と剣というカテゴリからは離れていて、むしろ鋸といったほうがいいだろう。他の彼が収集した剣と一線を化す凶暴なデザインが、蝶之介の琴線を刺激した、一番のお気に入りだった。完成した魔法陣の真ん中にそれを突き刺し、たたまれた羊皮紙をポケットから取り出して、丁寧に開いた。
「えーっと、んー・・・閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ…っと、繰り返すつどに五度、ただ、満たされる刻を破却するっと。…告げる、汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ…えーっと、誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を…何て読むんだ?えーっと…まとう?うん。纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ…?」
あまりにお粗末な詠唱。しかし、ここでも妙な幸運が作用したのか、魔法陣は輝きと共にマナを喰らい(血で書いたのが功を奏したのか、そこまで蝶之介からは魔力は吸われなかったらしい)、やがてその中心に一人の少女と思しき人影が見えた。
「問おうぞ、小童。其方がキャスターの座に呼ばれしこの妾、エリザベート・バートリーのマスターかぇ?」
妙齢の女性を思わせる言葉遣いとは裏腹に、まるで十代かそれ以下の少女のような身体と顔立ち、髪の毛も含め全身を白で統一しているのにも関わらず、目の色と唇だけはまるで血のように赤く輝いている。
知りもしないだろうが、彼が触媒に使ったのは剣ではなく、実は拷問用の鋸である。故に「鮮血の女帝」として知られるキャスター、エリザベート・バートリーが呼ばれたのだ。しかし、彼女が呼ばれたのはそれだけではない。
実のところ、蝶之介とキャスターは似た者同士である。しかし、蝶之介がそれを自覚するのは、しばらく先になる。
Side:Assasin
高級ホテルの一室にて、茶髪の神父風の男が、今時古いダイヤル電話をくるくる回す。ほどなく繋がったようで、ベットに腰掛けつつ、至って真面目な声質を作りつつ通話している。
「こちらハリー・ヤズマッド、6時間前に森宮入りしました。ええ、サーヴァントの召喚もつつがなく終了し、現在情報収集を行なっております。はい。では失礼します。」
そういって、ハリー・ヤズマッド神父は電話を切る。受話器を少しばかり乱暴に戻すと、伸びと欠伸をしてベッドに寝っ転がった。
「あぁ~あ。やっぱ教会のお偉いさんと話すのは気ぃ使うわ。もっとこうさ、気楽にやれたらいいのにさぁ~」
そういってハリーは両手を頭の後ろに回して枕にしつつうたた寝を始める。昨日のサーヴァントの召喚で疲れた。とりあえず適当にコンビニで栄養ドリンクなるものを飲んでみたが、体に良さそうな味ではなかった。日本の医薬品というのも底が知れているんだろうな、と、頭のどこかで考えて、眠りにつく。
現在寝ているこのハリー神父、聖杯の真贋を見極めるために聖堂協会から直々に、それも単身で派遣されているだけあって、只者ではない。彼は、代行者と呼ばれる異端の処刑人、その中でもトップクラスの実力者であったりする。ただ一つの問題を抱えてはいるが。
ハリー神父は、信仰心がからっきしないのである。
代行者としてあるまじき事態である。「別に神様の奇跡でパンが降ってくるわけじゃねぇだろ~?」と教会のお偉方に正面向かって言ったのも一度や二度ではない。
しかし埋葬機関にも所属できるほどの腕、概念武装「十字聖典」との相性の良さ、そして代行者という職的には極めて稀な魔術回路を持ち、魔術を行使するという戦闘スタイル。この3つの特徴により、代行者として教会に飼われている。
しかし、教会としても厄介者あることに間違いはなく、こうしてよく戦死前提の単身で任務を遂行させられている。ハリーも「仕事だから仕方ない」ということで割り切り、聖堂教会との妥協点としている。
故に、こうして寝ている。こうして寝ていれば彼の召喚したサーヴァントアサシンが斥候から戻り、情報を持ってきてくれるからだ!
「…マスター、もう帰ってますよ~?夜ですよ~?起きてくださいよぉ~…」
…結局熟睡して、アサシンが半泣きでハリーを起こす羽目になったとさ。
大丈夫か?
Side:Defenser
チェーシャ・キャロルは不機嫌である。
英霊召喚には成功した。呼び出された英霊にも直感的にではあるが(ディフェンサーというよくわからないクラスも含め)頼りになる存在だと思う。
では何故不機嫌か。それはいたって簡単である。
「いや、あの……ごめんなさい。」
「むぅ~~~~!!」
英霊召喚の際に、大嫌いだがお気に入りの部屋がボロッボロになってしまったからである。
「…。」
「あ、あの…」
むすっとしながらチェーシャは吹き飛んだ部屋を目だけで観察する。
童話のワンシーンを描いた絵(残念ながら残酷物語だ)はひっくり返って床に額縁ごと突き刺さり、メルヘンチックなピンクの壁紙は破れかぶれになり、ドアは押したら倒れ、チェーシャ自身もパジャマがボロボロで、ディフェンサーが目をそらしつつちょっとだけならいいかな~的な具合になって
「見るな!ドスケベッ!」
「ぶっ!」
乙女の鉄拳が金髪の少年(ディフェンサー)の顔面にめり込んだ。「ボクディフェンサーなのに…」という断末魔を残してがれきに埋まるディフェンサー。それを尻目にぐにょぐにょになったタンスの扉を力づくでこじ開け、ちょっと大きめのローブを上から羽織ることにした。これならまぁ大丈夫だろう。ちょっと煽情的だけど。
「ちょっと、いつまで倒れてんのよ!」
「あたた…ディフェンサーたる僕をダウンさせるとは、なかなかやりますね。」
鼻をさすって起き上がるディフェンサーの鼻からは血が垂れている。いったいどちらの意味で垂れたんでしょうね。
「じゃ、改めてクラスと真名を教えて頂戴。」
とりあえず鼻血を手荒く拭い、ディフェンサーはコホンと正座でかしこまる。つられてチェーシャも思わずかしこまった。
「僕はペルセウス。ディフェンサーのクラスで召喚された。問おう、君が僕のマスターかな?」
金髪の少年はそういうと、真摯な眼差しでチェーシャを見据える。正直ショタにしか見えない英霊の眼差しに、思わずボロボロ魔術師はたじろいた。
「そ、そうよ。私はチェーシャ・キャロル。あなたのマスターよ。」
そう正座で宣言すると、真剣だったディフェンサーの表情が和らぐ。
「そっか!じゃぁ契約は成立だね。僕の盾にかけて、必ずやあなたを守り抜く。」
「えっ、あ、うん。」
このショタ、真顔で全国のお姉様をコロッとイカせるような台詞吐きやがりました。ええ。ちょっとチェーシャも靡きかけたが、彼女を正気に戻したあるものがある。
「…ディフェンサー、最初の命令。この部屋を片付けなさい。」
「えっはい、分かりました!…えっとマスター、これなんですか?」
そしてディフェンサーが掲げたのは、可愛いピンク色で三角形の布地の…
「そーゆーのは私がやるわよーーーっ!」
また一つ、ディフェンサーの顔に乙女の鉄拳が飛ぶのであった。
Side:Saber
双月の屋敷は、土地の管理者である八塚よりも大きい、森宮最大の住居である。その最上階、占星宮と呼ばれる部屋には、英霊召喚のための魔法陣が敷かれ、星の光を落としている。
秋理はその隅に座り、メイド達が運んできた触媒である紋章を一人眺めていた。
「私が言うのも変な話だけど…長かったわ。」
占星術を魔術の基礎とする双月家にとって、いわば天然プラネタリウムとも言えるこの占星宮は大規模な魔術を使うには最適の環境である。
森宮の豊富な霊脈、占星術によりもたらされる星の魔力に、そして、聖杯戦争の準備をし、あとは魔力が貯まるのを待つだけにまでしておきながら、急逝した先代の肩身の触媒の指し示す英霊、今回の聖杯戦争において秋理が召喚するサーヴァントは、間違いなく最強のサーヴァントとなろう。
「閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する…」
二つの魔力源からなる強大な力の渦を、秋理の言霊が形を与え、整えていく。詠唱が進むにつれ、その形はだんだんと整い、魔力が集結していくのを感じる。
そうだ、今回の聖杯戦争で負けることは、両親と「彼」を裏切る行為。ならば、いかなる手段を用いてでも、双月に聖杯を持ち帰る。若さゆえの未熟は、おそらくは最強であろう英雄と、鉄の意思で補強する!
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
星と大地の膨大な魔力。それでもなお喰らい足りぬ魔力の渦は秋理の魔力までをも喰らいはじめる。全身に走る痛みと、嫌な汗に耐え、最後の詠唱を口にする。渦巻く魔力がひとつに収束し、人の形を成す。
癖の強い短い金髪、穏やかに閉じられた両の眼、彼の全身をくまなく守る鎧の中心、胸部には触媒として用いた紋章が赤く焼き付く。
それはまさに、絵本の中に出てくるナイト。
「は…はは…やった…」
白き騎士は両の目を開く。薄い色の唇が開き、契約を満了するための言葉を告げる。
「貴女が、俺の姫君か?召喚者よ…っておい!大丈夫か!?大丈夫なのか!?誰か、誰かいないのかー!?」
そして彼が真っ先に目にしたのは、魔力消費に耐えられずうつぶせに倒れた秋理であった。
Side:Barserker
カゴの中のインコが沈黙すると同時に、ヨハンは深いため息を吐いた。同時に、大聖杯の様子が変わり、これ以上のマスターの参加ができなくなる状態になったのを、手元の小聖杯から確認した。
なんとも間抜けな魔術師と組んでしまったものだと、ヨハンは頭を抱える。
どこから入手したのかはわからないが、八塚がメイゼルフェルドに「聖杯戦争をともに再現しないか」と打診してきたときは、これほどの僥倖はないと思った。メイゼルフェルドは、最初に聖杯戦争のシステムを考案したアインツベルンと双璧をなすホムンクルスの製造に長けた家柄である。
故に、第五次聖杯戦争の結末と、ユーブスタクハイトの急死によりガッタガタになったアインツベルンに、助力と引き換えに聖杯戦争のデータを入手し、聖杯を再現するのは容易いことであった。ホムンクルスの胎内に聖杯を隠すという手法は再現できなかったが。
しかし、遠坂、間桐という優れたパートナーのあったアインツベルンに対して、今回の事例といい双月と八塚、特に八塚は微妙であると言わざるを得ない。この土壇場で聖杯の調整をミスするとはなんたることか。
ならばこのヨハン・メイゼルフェルドが誅戮しよう。英霊も強力なものを呼んである。ちょっと制御に一癖ありそうな英霊ではあったが、狂化の呪いにより、「素」で戦わせるよりは安心だろう。
「見つけたか。バーサーカー。よし、遠慮はいらん。殺れ。」
どこかで、狂戦士の咆哮が響いた。
Side:Gemini
この男は魔術師である、といって、信じる奴は果たしてどれほどいるだろうか?
礼装らしい礼装も持たず、服はボロボロのジーパンにジャケットと中折れ帽。風呂にも入れず悪臭を放ち、肝心の魔術はまともに習得していない。魔術師というよりも、乞食である。
しかし彼が魔術師であるという証拠は一つだけある。彼の右手に宿る令呪。しかし、逆に言えばそれだけである。
男は執念と憎しみだけで生きてきた。名家の長男として生まれ、将来を嘱望されながらも、はるかに魔術師としての適正の高い妹が生まれた。それだけで家を放逐され、乞食同然の暮らしを強いられることになったのだから。
森宮から追い出されて、令呪を宿し這い戻ってきた。しかし、魔法陣を書く材料も、触媒すらもない。ならば、男の取る行動は一つ。
深夜を待ち、路地裏にて、なけなしの魔術知識を用いて彼は小指を引き裂いた。想像を絶する痛みに苦しみの声を上げつつ、人差し指で魔法陣を描く。書き終わる頃には出血多量で蒼白であったが、それでもなお、召喚の呪文を告げる。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ…満たされる刻を破却する」
血の召喚陣が光り輝く。それに呼応するように、彼の全身も淡く輝く。美しい光だが、彼のなけなしの魔力を喰らうあの光は、彼を死に至らしめかねないものだ。
「つ…告げる。 汝の身は…我が下に…我が命運は汝の…剣に…。聖杯の寄るべに従い…この意…この理に従うならば…ゴハッ!…従うならば応えよ!」
英霊の召喚という儀式は、万全の状態の魔術師であろうとも、時には失神するほど魔力を持っていかれる。本来ならば彼とて失神しても可笑しくない、否、失神していなければ可笑しい状態である。それでも、彼は詠唱をやめない。
「ち・・・誓いを…此処に。我は…常世総ての…善と成る者…我は…グフッ!…常世総ての悪を敷く者!…な、汝三大のこ…言霊を纏う…七…天、よ…抑…止の輪…より来…来たれ…アグハッ!…て…んびん…の…ま…もり手…よ…!」
余剰すべての魔力を吐き出した。今まさに、彼が命をかけて作った魔術は完成を見ようとしている。しかし、もはや彼には顔を上げる力すら残されてはいない。呼び出された英霊の声も、途切れとぎれにしか聞こえない。
「問…。…前が…我が…ター…?」
誰かの指が、首筋に触れた気がする。全身が燃えるような感覚がする。それを残し、彼は意識を閉ざした。
…召喚は成功した。触媒のない英霊の召喚は、マスターに似た魂の形を持つ英霊が召喚されるという。しかし、実は彼の召喚にはあったのだ。触媒は。
自分を産んだ憎しみ。自分を捨てた憎しみ。自分に地獄の苦しみを味あわせた憎しみ。そして、自分を殺した憎しみ。
憎しみを触媒として召喚された英雄は、仮に双月のサーヴァントが最強ならば、あれは最凶。善と悪を兼ね備えた、勇ましく
も恐ろしい存在。
全てを守ろうとし、全てに裏切られ、全てを滅ぼし、歴史すら消そうとした存在が、現世に蘇った。
森宮駅に、スーツケースを携えた男が列車より降り立った。
成人式を控えている程度の年齢に見える外見でありながら、彼の目はまるで鷹のように鋭く、油断がない。そのまま改札を出、スーツケースを引きずりながら、駅の外に拵えられた大きなデッキの角に腰掛ける。
彼にとっては、もう10回は訪れた町。怒りや憎しみにも似た感情が、彼の心をざわつかせる。
10年前、彼の妹が親戚と共にこの地に来た時のことだ。2泊三日の予定であったはずなのに、親戚たちは一ヶ月も帰らなかった。不審に思った彼と両親が魔術を使って捜索したところ、ここに来た親戚は皆殺しにされていることがわかった。
しかし妹だけは、微弱ながら生命反応があった。しかし、一体どんな方法で秘匿されているのか、どうやっても居場所を特定することができない。
元々彼をも軽く凌駕するほどに才能のあった妹だ。魔術師が絡んでいることは明らかだった。この土地の霊脈管理をしている八塚という魔術師に頼んでも、芳しい結果は得られず、一年に一度は、彼がここに来て自分の足で探すのである。
そんな時に、八塚からの手紙が届いた。近々、この森宮で聖杯戦争なる儀式を兼ねた戦いを始める。最後まで生き残ったものには、なんでも願いの叶う願望機が授けられるとか。これがあれば、君の行方不明になった妹を探し出すのもた易いだろう、と。
彼は死に物狂いで、世界中に散らばる聖遺物をかき集めた。そして、最も強力な味方を呼ぶであろう聖遺物を選んだ。そして偽造した学生証、最低限生活するための日用品、選別した触媒、そして、両親の肩身の2つの魔術礼装をスーツケースに詰め込み、今、ここに立つ。
「ぐっ…!」
彼の右手に焼けるような痛みが走る。彼の右手に浮かんだのは、占星術に於ける金星を模した痣。これが、八塚の手紙にあった、「令呪」とやらなのか。
これが右手にある、ということは、戦いにおいて土俵に立つことが許されたということだ。スーツケースを握る手に力がこもる。
如何なる手段を用いても、必ず勝ち残る。そして、妹を救い出すのだ。彼の心が、10年分の鬱積を燃やしていく。
「結衣…今度こそ、今度こそ必ず、俺が助けてやる!」
男の名は、天城直人。
Side:Archer
偽造の学生証とちょっとした「ここに天城直人という人物がいることを疑問に思わないこと」という暗示を使って学生寮に入寮した直人は、真夜中を待ち、学生寮の屋上に潜入する。念のため、屋上へ続く道とドアには、踏み入れた瞬間急用を思い出してUターンするように魔術をかけ、邪魔が入らないようにする。地元で解体し、採集した鶏の血で魔方陣を描き、中央に触媒となるマントの切れ端を、風に飛ばされないよう慎重に置く。周りには星の加護を受けられるように占星術の結界も4つ追加で書いてある。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
ゆっくりと、間違えの無いように、契約の言葉を組み上げていく。召喚のための魔法陣と、まわりの4つの魔法陣が共鳴し、震える。
「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
召喚陣は周り4つの魔法陣に飽き足らず、召喚者自身の魔力をも食らっていく。力が抜け、床に膝が触れるが、構わず詠唱を最後まで続ける。
「誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
一際、魔法陣が輝いた。最早まともに息をするのも辛い状態ではあるが、それでも、天城は光から目をそらさない。この戦いを、共に戦うための相棒を、この目に焼き付けんと…!
光の中に現れたのは、不思議な取り合わせの装備をした男であった。明らかに戦国武将のような格好をしておきながら、彼の背にあるのは、上物のビロードのマント。彼の肩には彼の足ほどもある長いマスケット銃、腰には後の世に残るであろう名刀。
そして、黒い長髪の下には、彼の前に立つもの全てを睥睨する鋭い眼が光っている。
「貴様が、余をアーチャーの座に現界せしめ、この力を欲すマスターとやらか?」
地の底から響くような、威圧感に満ちた声。心底震えそうになりながらも、天城は彼から目線を外さず、毅然と答えた。
「そうだ。我が名は天城直人。聖杯の寄る辺に従い、アーチャー!お前をこの世に呼び寄せたマスターだ!」
召喚されし英霊…アーチャーは、直人の言葉に返答を返さず、ただ、直人を見下ろし続ける。天城も、威圧されてはならぬと彼の目を見続ける。
彼は自分を試している。英霊とて、召喚に応じたという事は、聖杯にかける願いがあるからだ。くだらないマスターなら、令呪を使われる前に切り捨てる。ことに、目の前にいる男はそんな奴だ。絶対に、彼の眼に負けてはならないのだ!
直人にとっては永劫とも呼べる時間。それを終わらせたのはアーチャーだった。その顔に不器用ながらも微笑みを差し、フッと息を吐きつつも、未だ魔力を使いすぎて膝をついた直人に、空いた手を差し出す。
「この余から、一瞬たりとも目をそらさぬとは、小僧。なかなかにやりおるわ。立て小僧。貴様をこの焦土王、織田信長のマスターとして認めよう。」
面白がりつつも、確かな親愛を以て差し出された手に、直人は応じた。力強い英霊の手が、矮小なる魔術師を引き上げる。指の一本一本から感じられる人知を超えた力に感動しつつ、天城は口を開いた。
「心遣い感謝するよ焦土王…いや、これからはアーチャーと呼ぶべきか。共に戦おう。」
天城の言葉を、アーチャーはニヤリと笑って受け入れる。真夜中の森宮の夜景は、まるでフィルターが除かれたかのように美しく天城の目に映った。
かくして、全ての英霊は召喚された。森宮第一次聖杯戦争が、遂に幕を開く。
第一夜 紅き嵐に始まる戦い
Side:Lancer
青花城。森宮の中興の祖と呼ばれた武将が居を構えていたとされる古城である。森宮の著名な観光名所だけあり、現在のような丑三つ時でもない限りは警備が厳しい場所である。
そんな古城の敷地内には、森宮市内全体を見わたすことができる展望スペースのような場所があり、そこには全国的に有名な武将の騎馬像がある。そして、この真夜中にこの場所で刀を帯びた男が佇んでいると、まるでその武将が現代に蘇ったかのようだ。
まぁ、彼の隣には、見えないだけでその武将よりさらに古い侍が現界しているわけだが。
『ふむ、これが、現在の森宮…ワシが昔、主と駆け抜けた頃とは、まるで変わっておるのう…』
霊体化したその古き侍…ランサーに、現代の侍といっても過言ではなさそうな男、ハルヒサが佇み、森宮の夜景を見渡し、英霊に声をかける。
「だろうな。卿の頃には、こんな夜景はなかったであろうからな。で、卿の望み通りにこんな場所に連れ出してきたのだからな。卿が聖杯に望むことを、聞かせてくれるのだろうな。」
恋人同士でもあるまいに、とハルヒサがくつくつと笑う。空気とエーテルが渦巻き、彼の隣に薙刀を持った大男が現れる。僧帽をかぶった大男は、少し困った顔をして、口を開く。
「まぁ、我が主も男色は嫌いであったからな。ワシもそんな気があって連れてきたわけではないわ。それに…」
そう言うと、ランサーは感慨深げに目を閉じた。まるで、生前の思い出を思い出すかのように。
「…ここに来た時点で、半分位はワシの望みは達成されておるのだからな。」
へっ、とハルヒサが言葉を漏らす。ランサーは、彼の阿呆面を横目でチラと見ると、ガハハと豪快に笑った。
「意外か?であろうなぁ!ワシ含め英霊なんてものは、魔術師の尖兵なんぞに甘んじるならば、それ相応の対価、収穫がないとやってられんだろうからな。それが、ここに来たらだいたい満足じゃ、なんて言ったら、そりゃぁその阿呆面もしたくなるわな!」
ひとしきり笑ったランサーは、ハルヒサから目線を移し、森宮の夜景を見やる。まるで黒い大地に散りばめられたダイアモンドのような夜景を、彼はまぶしそうに眺める。
「主が死んだにしろ生き延びたにしろ、ワシの死に意味はあったのか…ワシの死んだ後の世は…あの弟殺しのクソ将軍が作った世はどうなったのか!…いやぁ、頼朝に対する恨みなぞもうない。この現世を眺め、そして主の足跡を懐かしむことができれば…この武蔵坊弁慶は本望よ!」
その後は貴様の尖兵にでも捨て駒にでもなんでもなってやるわいと、ランサーは豪快に笑い飛ばした。ハルヒサは圧倒されて言葉を失い、目の前の男の大きさに目を開くばかりであった。
その時。
「さて、次は貴様の願いを…ん!?」
一陣の風、吹く。鮮烈な殺意が二人の肌を刺す。豪快に笑っていたランサーの顔から笑が消え、長薙刀を軽く振り回し、構える。ハルヒサも腰の刀に手を伸ばし、篭手に包まれた左手を握る。
果たして、二人の視線の先には、ランサーのそれよりも細いものの、変わった形状の穂先を持つ矛を持った武者がいた。武者といっても、あれは古城の主人であった武将や、ランサーのような日本のものではない。見る限り、大陸のモノか?
Lancer VS Barserkar
「あれは…サーヴァント?」
「であろうのう…あれは…バーサーカーか?」
ランサーの言うとおり、彼らの前に現れたのは、ヨハン・メイゼルフェルドのサーヴァント、バーサーカーである。狂化の呪いによって濁る双眸が、目の前の敵を捉えた。
「マスター、奴の能力値は?」
「…かなり高い。しかし妙だ、あれだけの能力を誇るサーヴァントに何故狂化を…?!来るぞ!!」
狂戦士が大地を踏みしめ、突撃してくる。ランサーも瞬時のうちに薙刀を構え、矛の一撃を打ち返さんと猛る!
ガシィィィィィィイン!!
凡そこれは武器のぶつかり合いによる衝撃波か?そう思えるほどの衝撃に、ハルヒサの脚が宙に浮いて、吹き飛んだ。地面に尻餅を付き、二人の猛者の打ち合いを見守るしかない。既に、刀からは手が離れている。
「ぬぅおぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」
「■■■■■■■■ーーー!!!」
槍兵の裂錦の咆哮、狂戦士の名状しがたき雄叫びが混ざり合い、英霊にしか成し得ない剣戟を実現する。その戦いに他者の介入は許されず、近寄ることすら許さない気迫を撒き散らす。
しかし、それに水を差そうという不届き者がいるとは、この場の誰もが思わぬことであった。
『いやぁ、まさかあの大事業の帰り道にあんなもの見かけるとはねぇ』
霊体化したファイターが、まるで物見遊山にでも来たようにつぶやく。ロゼッタは、茂みのむこうで繰り広げられる人外の戦いを見つつ、車椅子に肘を付き考え込んでいる。
『で、マスター、もしかしたらアイツラの真名が分かるかもしれない、とか言ったからこうして覗き見してるわけだけど、なんかわかった?』
ロゼッタは人外二人から目をそらさずに、言葉だけで答える。
「おそらくだけど、あの薙刀を持った僧兵は、武蔵坊弁慶でしょうね。狂戦士のほうは…分からないわ。中国の英霊なのは間違えないんだけど…。」
青花城は霧で覆われていた。ロゼッタは、車椅子に乗っている様子から分かるように、あまり視力等含む身体能力には優れてはいない。特に、今の彼女は森宮市内を一通り一周してきた疲れにより、余計落ちている。
故に、これに気づかないのは自明の理だろう。
「!おいマスター!!」
ファイターが突然実体化し、ロゼッタの車椅子を引っつかんで引き寄せた。ロゼッタの右上腕に赤い線が深く刻まれ、彼女の顔が苦痛に歪む。果たして、彼女が先ほどまでいた場所の空中には、白衣をなびかせた金髪の医師風の男がアクロバティックに着地したところであった。
「てめぇ、俺のマスターに勝手に手ェ出すたァ、ぶっ殺されてェのかよ!」
対して、虚空からロゼッタの元に出現したサーヴァント、ファイターは、頭に金の輪をはめた、中華風の格好をした茶髪の少年である。左手には純金で出来ていると思われる棒を持ち、その顔は怒りに歪んでいる。
「叩き潰してや…ぐっ!」
左手の棒を右手に持ち替えた瞬間、ファイターの顔が痛みに歪む。いったいいつのまに付けられたのか、ファイターの右上腕には深い切り傷があり、血を吹き出している。医者風の男が、狂気の笑みを浮かべる。
「いい血だゼェ?サーヴァントさんヨォ!!」
そのまま獣じみた速度で医師風の男が迫る。血に濡れたナイフの一撃はかろうじて避けるものの、ファイターの頬に薄く赤線が滲む。
「ファイター!…うっ!」
形勢不利なファイターに対し、ロゼッタが叫ぶ。その時、ロゼッタの頬にも赤線が鋭い痛みと共に入った。
しかし、その痛みはロゼッタにとり天啓である。あれは身のこなし、そしてあのナイフの謎の性質からして、サーヴァントであることに間違いないだろう。
そして、その謎のナイフの性質が、今ロゼッタの頭に閃いたのだ。
「対呪紋章・穴二つ!」
怪我をして動かせない右手の手のひらに、左手で紋章を高速で描く。その間約一秒。そして、光り輝くそれを左手で剥がし、右腕の大怪我の中に突き込む!
「うあああぁあ!!」
「グ!?ぐおぉぉオオ!!」
深傷の中に、更に指を突っ込んだことに、苦痛の叫びを上げる。しかし、それだけのリスクに見合った効果は発揮された。医者風の男の右腕に、ロゼッタとファイターの右腕に負った傷が発現する。攻撃態勢に移った医者が苦悶の叫びを上げる。そして、そこにファイターがつけ込まない道理はない。
「吹き飛べ、こんちくしょう!」
渾身のフルスイングが、医者の腹部を直撃する。まるでホームランしたボールのように医者が吹き飛び、木に叩きつけられる。メリッという嫌な音と共に木がへこみ、医者が吐血する。
「覚悟しろよ、このサイコやろ…ん!?」
ファイターが瞬時に背後を振り向く。木の上から降りてきたのか、両手に白い十字架を思わせる、大型手裏剣を持った、神父のような男が、不快な笑と共に、ファイターを見上げている。彼の右手には、水星を模した痣が。
「代行者…!?」
ロゼッタの驚きを他所に、ファイタが振り下ろした棒の一撃を華麗に避け、彼は医者風のところのもとに飛ぶ。そして、人を食ったような微笑を浮かべ、口を開いた。
「やぁどうも。突然の奇襲悪いねっ!悪いんだけどさ、俺様達撤退するから、諦めてくんなぁい?」
完全に、人を舐めきった態度。血の気の多いファイターは勿論、ロゼッタも頭のどこかで何かが切れる音を聞いた。
「…マスターよ、全力で潰していいか?」
「貴方に任せるわ。私も私で潰すけど!」
もはや隠匿も何もないファイター全力の一撃は、大振り過ぎた故に、神父にも、こっそり回復していた彼のサーヴァントにも届かず、ただ木を根こそぎ粉砕したのみであった。横っ飛びに飛ぶ神父には、ロゼッタが火炎弾を撃ち込むも、彼の両手の十字手裏剣がそれを掻き消す。
無理な体勢で回避したにも関わらず、無理なく着地する神父が、また懲りずに口を開く。しかし、その内容は、先ほどまでの馬鹿にした態度と違い、かなり切迫したものであった。
「あーぁ。折角穏便に暗殺しようと思ったのに。あんな物音立てちゃ、あっちのランサーとバーサーカー気づいちゃうじゃないの。」
言われて、ロゼッタとファイターは頭の中が一気にクリアになるような感覚に襲われた。そうだ。失念していたが、この場には、ほかにランサーとバーサーカーもいるのだ。
言うが早いか、ファイターの元に火球が飛ぶ。おそらく、ランサーのマスターの攻撃か。既に霧は晴れており、このままでは格好の獲物だ。
新たに迫り来る足音。ロゼッタは決断した。
「令呪を使います!ファイター、私を連れて脱出しなさい!」
ロゼッタの右手の、木星を模した痣が輝く。その中の一画が薄くなり、その代償としてサーヴァントに付与される絶対的な力。ファイターの全身が赤いオーラを纏い、弾かれるようにロゼッタの元へ飛ぶ。
「筋斗雲!」
ファイターの右手から吹き出す白いもや。それらは瞬時に固まり、雲の形を成す。更に左手でロゼッタの体を掴んで上空高くほおり、金の棒が触手のように車椅子に絡みつく。そのまま身軽に雲の上に飛び乗り、急上昇し大空へ逃れる。途中で空に投げられたロゼッタを華麗にキャッチし、城からファイター達は姿を消した。
「■■…!」
騒ぎのあったその場所に、狂戦士が駆けつけた。既にランサーとそのマスターは、謎の負傷をキッカケに既に撤退し、ここに駆けつけてみれば、戦いの痕跡こそあれど、そこにはもはや誰も残ってはいなかった。
「■■…」
もはやこの場に残っていても仕方ない。そう考えたバーサーカーは、ヨハンからの念話に従い、この場から霊体化して去ることにした。
Side:Saber
双月秋理が目を覚まして、最初に見たものは、見慣れた自分の天井であった。いったいいつの間に、誰がそうしたのだろう。英霊の召喚をしていたはずの彼女は、今こうして、肌に馴染んだふわふわの羽根布団に包まっている。
「目、覚めましたか?秋理様。」
未だ寝起きでくるくるする視界の中に、桜のような笑顔が映る。彼女にとって馴染んだその笑顔は、双月家(といっても今は秋理だけだが)専属のメイド、冬麗の顔だった。
「冬麗…なの?私をここに運んでくれたのは。」
そう尋ねられると、冬麗はちょっと困ったように頬を掻く。
「違うの。セイバーが、教えてくれた。秋理様が倒れたって。ここまで運んでくれたのは、セイバー。」
「セイバー・・・?」
秋理の脳裏に、鮮明に蘇るあの純白の騎士。己の魔術回路に集中してみると、確かに、魔力を吸い取っている存在がいる。しかし、目の前にいないとは、どういうことなのか。
「冬麗、セイバーはどこに?」
「館の庭に兎狩りに行くって言ってた。ほら、そこの窓から。」
夏華と一緒に止めたのにねぇ、と、あらあらうふふな反応をしている冬麗、それに対し秋理の脳内は色々な単語が台風のように渦巻いていた。
…え?兎狩り?うちの裏庭に?7割芝生だった気がするんだけど。ってあれ?なんでうちの裏庭に兎が紛れ込んでるの?どうして?っていうか、サーヴァントって、真名バレたら大変よね?なのにあの騎士何やってんの?ちょっと、連れてきてくれてカッコいいなとか思ってたのにちょっとちょっとちょっと。…よし。私のやる行動は一つね、うん。
目の前にある裏庭を望む窓をガラッと開ける。ちょうど眼下には本当になぜか紛れ込んでいる数匹の白兎と、それを無邪気に追い掛け回している白い人影が。秋理は思いっきり息を吸いこんだ。
「セェェイバァアアアアア!!!戻ってらっしゃぁぁあああああい!!!!」
漫画のように驚く白い人影と、一目散に逃げていく白兎たち、胸を抑えてゼェゼェと息を吐く秋理。そして、またまた困ったように首を傾げる冬麗がそこにいた。
「…ねぇ、私を運んでくれたのはお礼を言うけど、兎狩りってどういうことよ、セイバー?」
「え?オレはいっつもオリヴィエとかアストルフォとかと一緒にやってたぜ?良く分かんないけど、オレの周りには何故か必ず兎が寄ってくるんだよなぁ」
呑気に笑う目の前の聖騎士に対して、冬麗の隣にいた彼女よりちょっと小さいメイドがキーキーと怒鳴る。
「まったく、よくもそんな呑気でいられますこと!お嬢様はそういう意味で聞いたんじゃありませんのよ!あとお嬢様をお姫様抱っこするのは私のあふんッ!」
小さいメイド…夏華の変態発言に拳大の氷塊でツッコミを入れておき、秋理は一つため息をつく。手元の紅茶を啜りつつ、セイバーを横目で睨む。
「あのね、セイバー。これは聖杯戦争よ。いつ敵に攻められてもおかしくないの。それにあぁやって兎狩りなんかして、相手の使い魔に見つかって真名が明かされたらどうするつもり?」
聖杯戦争において、最も秘匿すべきなのは、サーヴァントの真名である。それはサーヴァントの正体を示すもので、その真名の示す英霊を調べれば、その英霊の得意とするところも、頼みとする宝具も、そして弱点すらも暴かれてしまう。そうして英霊が倒されたマスターは、最早敗北を待つのみとなる。
しかし、そんな彼女の懸念を、聖騎士はあっけからんと流す。
「大丈夫だよそれなら。なんてったってオレはシャルルマーニュ公に仕えし十二聖騎士筆頭、ローランだぜ?少なくとも後世に残るような弱点は残してない!」
そういって胸を張るセイバー、ローラン。確かに秋理、いや彼女の父親に当たる双月家前当主はそう考えてあの紋章を用意したわけではあるが。
「だけど、今回の聖杯戦争には、絶対に負けるわけにはいかない。ほんのちょっとの油断が、何に繋がるかわかったものじゃないわ。セイバー…分かってくれるかしら。」
秋理の脳裏に蘇る、家督を継ぐことが確定した時の記憶。自分の頭を撫でる父親は、顔を自分に向けず、嫌なものを見るような目で、次の当主になる「はずだった男」を睨みつけていた。「彼」は信じられないような、全てに絶望した目を持って秋理と父を見ていた。彼はあえて表情を殺した夏華と冬麗に連れられ、この館、否、この森宮から永久に追放されることになった。
ここで自分が聖杯戦争に敗れることになれば、志半ばで病に倒れて彼岸へ旅立った父、そして全てを奪われた「彼」に対しての申し訳が立たない。
だから双月秋理は必ず最後まで勝ち抜く。例えどんな手段を使ってでも、双月に聖杯を持ち帰る。
そんな秋理の決意を読み取ったのか、ローランは目を伏せ、小声で「わかった」と呟いた。
「そういうことなら、シュリ。了解したよ。十二聖騎士筆頭ローラン、この名にかけて君に聖杯を持ち帰る。」
そういって、セイバーは快活に微笑んだ。
Side:Gemini
時を同じくし、もう一人、英霊を呼ぶにあたって意識を失ったもう一人のマスターが目を覚ます。
路地裏で倒れたはずの彼は、何故かバラック小屋のような、ボロボロの蔵のようなところで目を覚ました。何故か彼の体は冷たい床ではなく、いったいどこから調達されたのか、冷たいせんべい布団に寝かされていた。
起き上がろうと試みると、彼の全身に筆舌尽くしがたい痛みが走る。悶絶しながら再び倒れる彼の視界に、異質な人影が写った。
金髪に、オレンジ色の鎧を纏うその男の腰には、純白に輝く聖剣と思われるものが差してある。その男は、瞑目しながら壁に寄りかかっていたが、回復の兆しを見せたためか、瞑目を解きこちらに声をかけた。
「まだ動かないほうがいい。私の魔力がまだ馴染んでいないようだからな。」
「魔力・・・?」
「そうだ。お前は私を召喚した時に、出血多量で死んでいる。今のお前は、失った血の代わりに私の魔力を血の代わりとしている、いわばゾンビのような状態だ。」
不思議と驚きはなかった。魔方陣を描けるほどの出血と、あの時の魔力消費に耐えられるほど強靭な体とは思っていない。しかし、やはり、来るものはあった。つまりは、この聖杯戦争が終わるまでの命ということだ。
もし、その後も生き残れるとするならば…
「つまり、生き長らえる為には、聖杯にお前の受肉を願えばいいわけか。」
無表情だった剣士の表情が驚きのそれに変わった。
「ほう。身なりからして、偶然私を召喚したものかと思ったが、それなりの知識はあるようだな。」
そうとも、知識ならばある。しかし、あるのは知識だけだ。彼には、魔力も、魔術師としての工房も、技術も地位もない。あるのは、知識と溢れんばかりの…
「あぁ。知識だけさ…だから、それ以外のモノを持つ者が憎い。そして、俺から全てを奪った、あの女を許しはしない!」
溢れんばかりの、憎しみ。彼の真っ黒な感情を聞くと、剣士はフッと微笑んだ。そして先ほどの無表情に戻り、彼の瞳を見て語りかける。
「…そうか。ならば問おう。お前が、この私を憎しみを持って呼び出した、マスターか」
剣士の問いかけに、彼は痛む右腕を上げる。小指を失ったその手の甲には、占星術に於ける冥王星の記号が刻まれていた。
「あぁ。誰かの憎しみがお前に届いたのなら…それは、オレだ。オレが、お前のマスターだ!」
「…わかった。ならば私もお前のその憎しみに答えよう。我がクラスはジェミニ。我が名は…」
ジェミニ。それは、仮にセイバーが最強のサーヴァントとし、アヴェンジャーが最悪のサーヴァントとするならば、最凶のサーヴァント。
その名は、世界すら知ることはない。
The Nightmare
セピア色に染まった風景。禍々しき山の山頂には、返り血にまみれた一人の男が立っている。
足元には、自分を貶め、裏切った、親友だった魔術師の死体。その隣には、自分を信じると謳いながらも、親友だった魔術師にそそのかされ、自分を裏切り、魔術師に殉じた、王国の姫。
私がいったい何をしたのか。声なき慟哭は、誰の耳にも聞き届けられず、誰も彼に手を差し伸べようとはしない。
人が、英雄を望むのなら、英雄になろう。だが、人がそれを望まぬならば、英雄の代わりに、魔王を望むのなら。
私は、憎悪へ至る道を駆け上がろう。
そして、一つの世界が、跡形残さず消滅した。
森宮郊外の森を歩く二人の男の姿が見える。一人はブリーフケースを持ち歩く典型的な現代の青年のような格好をしているが、目付きは殺気に満ちており、妙な行動をすれば殺されてしまいそうなほどの威圧感を放っている。
対して、その隣にいる方は青年に輪をかけて奇妙な出で立ちであり、戦国武将が着るような鎧に西洋のマントを羽織り、肩にマスケット銃を携えている。
戦国武将の方が口を開き、青年の方に話しかける。
「…おい小僧。貴様の願いはよくわかった。余にももう目に入れても痛くないほど美しくて可愛い妹はいたから気持ちはよくわかるが…」
「すまないが、気持ちを分かってくれるなら黙っててくれアーチャー。戦闘をおおっぴらにできるのは、夜の間のみなんだ。」
「しかし、のう…はぁ。」
戦国武将…アーチャーが頭を抱えてため息をつく。生前優れた指揮官として名を馳せた彼は、この青年の無謀な軽率さというのか、そういうのが心配でたまらない。行動力は評価できるところであるのだが。
「なぁ小僧。気づいておろうな。この森…何か居るぞ?」
「ああ。これは魔術師の雰囲気だな。だからお前を実体化させていたんだ。」
しかし、青年…天城も、完全に策もなく、この森の中を、殺気まで出して闊歩していたわけではない。魔術を使った占い(正確さと方法で言うならばサーチというべきか)により、敵のマスターがいることを確認し、尚且つ殺気を全開にして歩くことにより、相手をおびき出そうと考えたのだ。
万が一敵が出てきても、こちらのサーヴァントは曲がりなりにも日本史を少しでも学んだものなら誰もが知っている大英雄、織田信長である。しかもアーチャーのクラスとして現界しているので、殲滅力は抜群だ。
いざとなれば、アーチャーの火力で押し切る。しかし、これから起きる戦闘において、それは甘いと言わざるを得なかった。
Archer VS ???
「来るぞ!」
突然、二人の周りの雰囲気が一変した。アーチャーはマスケットを構え、天城もブリーフケースを置き、構えを取る。サーヴァント戦となればアーチャーに全てを任せるしかないが、サポート、そしてマスターの沈黙ならばできる。天城の魔術礼装は、ことにそういうのに向いているのだ。
しかし、敵マスターもサーヴァントも姿を見せることはなく、刻一刻と時間はすぎる。天城が一瞬だけ警戒を解いたその時!
「グラォゥ!!」
「!?」
360度全方向から、狼のような黒い獣が飛びかかってきた!
「使い魔か!?」
指先からレーザーのように光を放ち、黒い獣を次々と撃墜し、アーチャーはマスケットを用いて、飛び込んでくる獣を迎撃し、ミンチに仕立てる。
死体が30を超え、夜の影に溶けた頃、次に現れたのは、少年のような体格の金髪の男だった。右手に鎌のような不思議な形状の武器、左手には美しい盾を備えたその少年は、澄んだ瞳で、アーチャーを見つめた。
「随分と手荒い訪問者ですね。ここから先にはマスターの館があるので、お引き取りいただけませんか?」
そう言うと、その少年は少し首をかしげる。ここで相手が真っ当な常識人であるのならば、この仕草にやられて引き返すのであろうが…
「小僧、気が変わった。この余を甘くみるようなあの餓鬼には折檻が必要と見たわ。」
「あぁわかった。マスターって、確かに言ったしな。宝具使うときは念話で教えてくれよ。」
そういうと、即座にアーチャーはマスケットを発砲する。続けて、4、5発。金髪の少年はそれらを巧みに回避、もしくは左手の盾で受け流し、すぐさま右手の鎌剣で切りかかる。
「ふん、その程度、この余が防げぬと…!」
すぐさま、アーチャーは一閃目を回避し、二撃目を撃たれる前にマスケットで迎撃を試みる。銃口を合わせ、引き金を引いた次の瞬間、
「Thorns, um die Prinzessin zu schutzen, die Burg schlieslich werden auch versuchen verschlingen!!(
姫を守る茨は、遂には城をも喰らい尽くす!!)」
木の上から伸びた茨が、発砲寸前のアーチャーの銃口を無理やり上に引きずりあげ、打ち出された銃弾は、少年を抉らず、上方の木々を撃ち抜いた。
「ぬぅ!?」
「隙あり!」
茨で縛られたアーチャーに、鎌剣が迫る。腕を固定された中で、アーチャーが高らかに叫んだ!
「王の掃射!」
呼び声に呼応し、無数の銃声が夜を震わせ、茨を撃ち抜き、銃弾の雨がディフェンサーを襲う。歩みを止めて盾で防御するディフェンダー。連続するマズルファイアの中、光の中に、テンプレのような魔女の格好をした女が映った。
「小僧!見えたか?」
「ああ、見えた!」
アーチャーに言葉を返し、天城は足元のブリーフケースを蹴り開けた。中に収められた十二個の水晶が浮かび、集まって大きなダイアモンド状の塊となる。それを小脇に抱え、先ほど見えた人影の方向に駆ける。背後では無数の銃声と、それを弾く金属音が聞こえる。
先ほどの人影が見えた。大きな帽子の下には、大きな煌めく瞳と、少し狂気を孕んだ笑みが見える。片手にはこれまたテンプレな魔女の持っていそうな杖を握り、その先端は駆け寄る天城に向けられている。
「さて、始めようか!」
方向と共に、水晶の塊を上へ放る。ゆっくりと上昇したそれは、最高点に達したと同時に止まり、もとの12の水晶へ拡散した!
Amagi VS Difencers Mastar
茂みに飛び込んだ天城の周囲に、渦を巻くような殺気が満ちる。刺すようなそれではなく、ねっとりと絡みつくような、狂気を感じる殺気。指を弾く音と共に、茂みから、さきほど大量に襲い掛かってきた黒い獣が6匹飛び出してくる。
「グルルルルゥ…」
その獣は本物の狼さながらゆっくりじわじわと包囲網を狭めていく。それに構わず天城は不敵に笑い、指をピストルの形にする。
「Das Licht Uchinuke!(撃ち抜け、光よ!)」
その指先から一条の光線が放たれ、正面の獣の額を打ち抜く。獣が倒れた音を合図に、残り5匹の獣が一斉に牙を剥く!
「おおっと!」
まずは最初の一匹の突進を飛んで回避、そのまま獣の背を足場に、更にもう一匹飛び掛ってきた獣を指先から放たれた5本の光線で空中で迎撃。更にそれを足場に上空へ飛び上がる。
残り4匹が四方を固めて同時に飛びかかる。空中で静止状態の天城に逃げ場はない。
しかし、これこそ天城の思うツボである。
「Vollstandige Belagerung, zielen schiesen(包囲完成、狙い打て!)」
高らかに金属を撃ち合わせるような、清廉な音が6つ、周囲に響く。獣がそれに気を取られた時にはすでに遅く、
四方から飛んできた光線が、獣達の急所という急所を射抜いていた。
さらに音は止まらない。6本の光は縦横無尽に戦場を飛び回り、その度に音が鳴る。通りがかられた草は例外なく炎もあげずに灰となり、その周囲を照らす。その光の中に一瞬だけ、忠実な使い魔を一度にサーヴァントでもない相手に6匹打ち倒され、呆然とする魔女の姿を天城は捉えていた!
「目標は見えた!erfassen…(捕捉…)」
魔女がみじろく。それはそうだろう。自分の周囲360度で、突如あの金属音が鳴ったのだから。
天城の魔術礼装は二つ、そのひとつが現在用いている、12の水晶の礼装、「光曲晶」これは天城の思考により地空問わず動き、光線系の魔術を敵味方関わり無く、威力を増幅させた上で屈折、反射させる。
そして、大量の光線を互いに反射させ、威力を増幅した上で、光曲晶を相手の周りに配置し、全方位からの一斉射撃を加える。これこそが天城の必殺技。
「Volkermord Des Lichts!!(光の大虐殺!!)」
反射的に、魔女は杖を構えて呪文を唱える。先ほどの茨が「彼女の周りに大量に生え、絡み合って城壁となす。
「Ich Dornen zu schutzen, die Prinzessin, und die Wande offnen Knauel!!(姫を守る茨よ、絡まり合いて城壁と化せ!!)」
「んっ・・・!」
魔女の姿が茨に隠され見えなくなり、天城の位置から確認できなくなる。全方位から放たれた光は難なく茨の城壁をうち貫くものの、それが致命打かはわからない。
続いて、茨の城壁が内側から炎を上げて爆発する。同時にスモッグのような煙がぶちまけられ、たまらず目をつぶって手でかばう。防風の中、不意に相手の気配が消えたのが見えた。
「!・・・Licht!!」
先ほどまで魔女がいたところに三発の光線を撃つ。ついでに反射させて周囲に飛び散らせてみるが、手応えは得られない。
「ふむ。どうやら奴らは退いたようだ。」
いつの間にかアーチャーがそばに戻ってきていた。彼の体には、あまり傷らしい傷は見えないが、それでも渋い顔をしている。
「すまんな、小僧。危うかったのでな、『王の掃射』を晒してしまったわ。」
むぅ、とあごヒゲを撫でながらアーチャーは唸る。その真名発動を、確かに天城は間近で見た。しかし、大英雄たるアーチャーの起源ともいえるであろう宝具にしては、随分しょっぱかったのが気にかかる。
「アーチャー、お前自身は、問題あると思うか?」
アーチャーは少しキョトンとするものの、直ぐににやりと笑う。そこに現れているのは、絶対なる自信。
「何、あの程度の『王の掃射』と、我が真名を晒したところで、采配にも依ろうが問題はなかろう。むしろ、『王の掃射』があんなものと油断してくれるば、それに越したことはない。」
アーチャーはふと、何かを思いついたような表情で手を叩くと、天城の手をむんずと掴む。
「よし小僧。ここは引き上げぞ。明日早朝に、『みりたりーざっし』とやらを持て。『王の掃射』を強化せねばなるまい。」
「はっ!?ミリタリー雑誌!?そんなの魔術師の読むものじゃ・・・痛い痛い引っ張るな!せめてケースの回収はさせろ!」
On the other hand at that time…
「よう彼女、今晩幸楽亭で合コンやるんだけど、どうよ?」
「え、マジで?いいねいいねー!」
いわゆる、ナンパというヤツだろうか。サングラスをかけた金髪の青年が、街中で派手な服装をした、どうも身持ちの悪そうな女に次々と声をかける。なかなか青年のルックスがいいせいか、成果は上々。今夜の合コンには、4,5人が集まるそうだ。
キャーキャーやかましい女たちの様子に、その人ごみを抜けた白い服の青年が、ため息を履く。そして、ひとりごとのようにボソッとつぶやく。
「ホントにこれでいいの?ホンットに、すっごいモノが見れるの?」
『ホホ、其方には少々刺激が強いかも知れんがのぅ。まぁ妾に任せておくのじゃ。其方も妾の隣に立つのならば、真の好奇心というものに目覚めておくのが筋よな。』
ホホ、と青年にしか聞こえない声は嗤う。青年は、頭を抱えながら考えるが、よくわからないので頭の中からもやもやした考えを抜き去ることにした。
しかし、見えない声以外のものは知らないだろう。幸楽亭が、第二のチェイテ城となることを。
母部伽羅子は、森宮の大企業で働くOLである。毎日毎日遅くまでの残業と、上司のセクハラに耐えたあとは、必ず幸楽園に通うことにしている。
あそこの中華料理、特に麻婆豆腐は絶品なのだ。1から10まで辛さを調節することができ、伽羅子は4が好みだ。ちなみに10は、フラッと現れたガタイのいい神父が無言で完食して以来、注文者は現れていないシロモノである。
今日は何を頂こうか。そういえばまだのパフェ食べたことないや。無心で歩き、たどり着いた幸楽園の扉を開けた。
「どーもー大将・・・!?!?!?!」
伽羅子の目に見えたのは、地獄だった。スーツ姿のサラリーマンや、腹巻姿の中年オヤジ「だったもの」が、真っ赤な何かに毒々しくペインティングされた店内に無造作に、まるで食い散らかされた獲物のように転がっている。その中には、いつも談笑している幸楽園の大将の姿もあった。
「・・・ぇ・・・?」
あれ、ここは幸楽園だよね?間違ってないよね?と思い、伽羅子は店内の奥に目を向けて「しまった。」
先ほどのが地獄なら、今度のはなんだろう?処刑場、拷問べや、異界、いろいろ浮かぶものの、さっぱり「それ」に該当する言葉が浮かばない。
だってそうだろう?そこにあったのは、壁に串刺しにされて、裸に剥かれて、その体に人類が思いつく限りの残虐な陵辱を加えられたうえで、気違いのような表情で死に絶えた女性たち、そして、それを目を輝かせて見ている金髪の青年。そして、まるでシャンデリアのように天井からぶら下げられて、おぞましい悲鳴を上げながら血を滴らせる女性の血を浴びる、返り血で白いドレスを真っ赤に染めた少女。
あぁ。これはそうだ。きっと悪夢なんだ。とりあえずここから出て、ほっぺでもつねれば元に戻るんだ。そう思った束の間、どう考えても死んでいるとしか思えない、壁に貼り付けられた「何か」が動いた。
それは、まるで命を欲する亡者のように肉をそがれた真っ赤な腕を、届かないだろうに伽羅子に伸ばし、はっきりとこう言った。
「タスケテ…」
伽羅子の全身に鳥肌がたった。これは夢なんかじゃない。早く、早く逃げなきゃ。でないと…
「あ、お客さんだよ。お嬢さん。歓待してあげなきゃ。」
金髪の青年がそう言った。まるで脚を縛られたかのように体が動かなかった。すると、血を浴びていた少女がゆっくりと振り返る。
血を浴びながらも、なお美しさを失わぬ長い銀髪。まるでお人形のようなその顔は、とてもあどけなく可愛らしいものだったが、伽羅子には、それが人肉を喰らう鬼の形相にみえた。
「ようこそ、客人よ。妾の鮮血の宴へ。」
残酷な死刑宣言の後、足元の血だまりがワッと盛り上がり…
「あの時妾の手には、血がかかった。それをぬぐい去った時、老いさらばえた妾の手が美しく蘇っていた…。その時じゃ。妾が『人体を流れる大河とその赤き水』に興味を持ったのは…」
「お客さん」を彼女なりの最大の流儀で「おもてなし」した後、その「お客さんの■■」を片手で弄びながら、銀髪の少女…キャスターは懐かしそうに目を細める。金髪の青年…雨泉蝶之介は、まるで新世界に来たかのように、壁一面を彩る「それ」を眺めていた。
「それからの妾の人生は、まるで暗き洞窟を抜け、開けた楽園に来たようであった。「興味」というものは、灰色の人生に彩りを与えてくれる。ちょうど、血を浴びた妾が、さらに美しくなれたようにのう…」
そういって振り返ったキャスターは、雨泉の目からは、この世のものとは思えないくらい美しく映っていた。まるで、童話の中のお姫様が、この血だまりを介して現世にあらせられたようだ。実際そんな感じではあるのだが。
「のぅマスターよ。其方が妾を今一度呼び生け、共に往く事を望むのならば、まずは『人体を流れる大河への興味を持つこと』の素晴らしさを知らねばなるまい。もっとも、其方の集めた刀剣の数々を見れば、妾は特に心配は…のわわっ!?」
突如、キャスターは雨泉に押し倒された。キャスターははっきりいうとそういう系のことは血を浴びるのと同じくらい大好きなのだが、何分心の準備が出来ていない。目を白黒させながら、自分を押し倒した男を見ると、その眼はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
「最高!最っっ高だよお嬢!いや、むしろ姐さんと呼ばせてくれ!俺もいろいろ剣とか魔術とか調べてきたけど、こんな身近にこんな素晴らしいものがあるなんて!あんたに出会えてよかったよ!!」
ああ、とキャスターは呻いた。自分の行為に付き従った従者たちはたくさんいた。しかし、自分の行為にこれほど心酔した男がいただろうか。自分の夫は、戦にあけくれ自分には見向きもしなかった。
雨泉蝶之介。彼こそ、私の待っていた人物なのかもしれない。
「そうか、マスター…チョウノスケよ。其方の理解を得られたのは全く嬉しきことよ。さて…少しそこを退いて貰えぬかの?事を致すのは妾も歓迎だが、楽しんだ後は片付けぬと、痛い目を見るぞ?」
あっ、といって、顔を染めた蝶之介を優しく退かし、キャスターは立ち上がって人差し指を血だまりに付ける。すると、周りにぶちまけられた血が、一滴残らずキャスターの指に集まり、吸われていく。全ての体液という体液を吸い尽くした後には、蹂躙され尽くされた■■のみが残った。
「あとはこの絞りカスよな。妾が生きていた頃はツルコに片付けさせていたが…足労だが妾がやるしかないかぁ。それチョウノスケ、其方も手伝え。」
キャスターの流し目が蝶之介を捉える。彼は転がっている■■を嫌そうに見ていたが、彼女の視線を感じるとそちらに釘付けになる。
それを確認したキャスターは、血染めのドレスの裾を掴むと、まるで何かを暗示するかのようにたくし上げてみせる。病的なまでに白く美脚が膝まで蝶之介の目に触れる。釘付けになった彼の目がその上にまで伸びようとすると、キャスターはパッとドレスを離し、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「手伝ってくれたなら、褒美を遣わすぞ?」
「はいはいやります!ヤらせてください姐さん!どこまでもついて行くぜ!」
テキパキと片付けを開始した蝶之介を眺めながら、エリザベートは血を吸った人差し指を口に含みつつ考える。この聖杯戦争とやらは、自分の他にも英霊やマスターがいるのだそうだ。もちろん、美しい処女の魔術師や英霊もいるのだろう。
耽美な想像が彼女の胸を膨らませる。孤高なる魔術師達の血の色、味はどんななのか。猛く、美しき英霊たちの悲鳴はどれほど甘美なのか、想像するだけで天国が見れそうだ。
戦に明け暮れた夫もこんな気持ちだったのか、とキャスターは思いを馳せる。無論、そんなことがあるわけがないが、血の匂いと暖かさに酔いしれた彼女が、それに気づくわけもなかった。
こうして、森宮に恐怖の殺人アヴェックが誕生したのである。
幕間1 知識の海と謎の事件
戦争の波乱の幕開けから、ちょうど一晩。
天城直人は、本を探しながらため息をついた。理由は2つ。何故名門ではないにしろ魔術師である自分が、科学の粋たるミリタリー雑誌を探せなければならんのか。
そして、もう一つ。何故アーチャーの服のセンスがこんなに悪いのか、である。
「ワハハハハハ、小僧!これほどまでに書物がある場所があるなら、もっと早に言えば良いものを!」
余は書物を読むのも大好きじゃーと言いながら、ド派手なアロハシャツにかぼちゃパンツ、止めにサングラスという、南国と間違えているのか何なんだか珍妙な格好で図書館を闊歩するアーチャーを見ながら、本日何度目かのため息をつきつつ、雑誌コーナーを眺める。
本当なら、天城家に戻ればこの図書館の数倍の大きさの書庫がある。しかし、残念ながら天城邸は森宮からはかなり遠いところにある上、アーチャーの所望していたミリタリー雑誌などあるわけがない。
「あいつめ…なんでミリタリー雑誌なんか。全く検討が…」
物語の棚を通り過ぎようとした時、天城の視界の端にあるものが映る。
それは、車椅子の少女だった。少女といっても、恐らく自分よりも年齢が上なんじゃないかと思わせるような大人びた雰囲気がある。彼女は精一杯伸び上がって本を取ろうとしていたが、車椅子であるが故に届かないようだった。
吐き慣れたため息をつく。天城直人には、こういう時に困る性格があった。彼は、魔術師にあるまじき性格の持ち主である。
どうにも、困っている人間を見過ごせないのだ。
「取りたい本があるんですか?」
車椅子の少女は、ちょっと驚いたように振り返った。外国の人なだろうか?背中まで伸びているであろう髪の毛は、まるでエメラルドを更に濃くした、樹海の深緑のような色をしている。青い目をまんまるにして彼女は天城をじっと見ていた。
「あ、やば。日本語、わかんなかったかな?」
首を突っ込むんじゃなかった、と天城が思った頃、やっと落ち着きを取り戻したのか、少女が口を開いた。
「あ、あそこの背表紙の黒い本、お願いできますか?」
そういって彼女が指さす先には、頑張って取ろうとした努力の結果なのか、ちょっとだけ手前に傾いた黒い本が見える。ちょうど天城の頭の高さくらいか、少女が散々苦労していたであろうその本は、いともたやすく天城の手の中に収まった。
「これでいいですか?他には?」
件の黒い本(猟奇殺人鬼のなんとやらと書いてあった。可愛いなりして随分物騒な本を読むもんだと思った。)を彼女に渡すと、それを受け取りつつ彼女はペコリとお辞儀をする。
「他にはないです。届かなくて困ってたんです。ありがとうございました。」
最後にもう一度ぺこりとお辞儀をすると、彼女はその本を抱きしめるように抱えると車椅子を進めて、天城の視界から消えた。
さぁていい加減ミリタリーの雑誌を探さなきゃならんと天城は腕をくるりと回して雑誌の棚に急ぐ。幸い、雑誌の棚は、短髪の少女が料理の本を熱心に立ち読みしているだけだったため、直ぐに見つかった。
「さて、目的のものは確保したし…」
そうしてふと図書館の二階を見上げ、最早慣れっこになったため息を付く。
アーチャーは顔が見えなくなるくらいの大量の本を抱えていた。
「ほほぅ。今の時代には掌に収まるほどの銃もあるのか。」
「その分威力はないらしいな。鳩に豆鉄砲食らわせているようなもんだろ。」
結局天城が一冊だけ借りてきた雑誌は、見事に焦土王のメガネに叶ったようで、彼の簡素なベットを占拠したアーチャーが熱心にページをめくっている。天城は床に座り、昨日の戦いで使用した光曲晶の欠けを調べたり、反射屈折に支障が出ないように磨いていたりしている。
しばし互いに沈黙の時間が続く。時たまアーチャーの「おっ」とか「ほほぅ」とかの感嘆が聞こえる。
「小僧、このFN SCARという銃はどうだ?」
沈黙を破ったのは、アーチャーであった。彼は右手で雑誌の上をつかみ、左手で「FN SCAR」という銃の写真を指している。天城は眉間にしわを寄せつつ、その銃の解説を読もうとした。しかしさっぱりわからない。
「…アーチャー、俺に銃について意見を求めてどうする。」
「そりゃ決まっておろう。この銃を我が『王の掃射』の兵どもに配備するのよ!」
「は、はぁ。」
するとアーチャーは喜色満面にSCARの性能について語り始めた。曰く構えをスイッチしてもグリップを保持したまま全て操作できるとか、従来のスナイパー用ストックのように調節可能なチークピースを備えているとか、米軍採用の次世代ライフルのド本命だったが、一部不採用としたなど色々だが、どれにしろ天城はさっぱりわからない。
そんなことより彼の頭に巡ったのは、というよりも引っかかったのは、「王の掃射」の兵に配備する、という言葉である。
アーチャーの主力宝具、「王の掃射」は、アーチャーの呼び掛けにより、生前付き従った兵を呼び集め、一斉に射撃するといったものである。兵は火縄銃を装備しているため、良くは分からないが火縄銃よりはるかに高性能であろうSCARを配備すればそりゃ強力になるだろう。文字通り段違いだ。
でも、どうやって、配備する?まさか…
「アーチャー、金ならないぞ。」
「ん?」
雑誌を読みふけっていたアーチャーが、素っ頓狂な声を上げる。まるで、天城の言っている意味を分かっていないとでも言いたげな返事である
「だから、金ならない。森宮に布陣するのに必要最低限なモノしか持ってきてないし、だいたいお前の「王の掃射」の規模を考えてみろ。こんなの100丁も買ってみろ。天城は軽く破産するぞ!」
アーチャーは、狐につままれたように目をくりくりさせながら聞いていたが。やがて腹を抱え始め、呵呵大笑し始めた。
「ククク…フハハハ…フハハハハハハハハハハ!!!」
「おいこらアーチャー!何がおかしい!笑うな!」
ベットの上で七転八倒しながら笑うアーチャーを、とりあえず手近にあった本で小突きまくってみる。その度にアーチャーが「わかったわかった、ちょっと待てい、ツボに…」とか言い始める。こめかみがピクつくのが自分でよくわかる。
「ハァハァ…フゥーッ!」
そしてやっとアーチャーが笑いを収める。それでも随分とお腹がいたそうな顔をしていらっしゃる。不快だー!
「小僧、貴様が懐の心配をする必要はないぞ。」
「じゃぁなんだ!?お前の財布で買うのか!?買い物なのか?焦土王じゃなくて買物王織田信長だったのか?どこのバイヤーだあんた!?」
「小僧、まず落ち着け。買物王とかばいやーとか言われても余はわからん。」
すると、アーチャーは、件の雑誌を手元に引っ張り寄せ、ちょうどSCARの写真の上に右手を載せる。彼が瞑目すると、その右手から赤い光が溢れ出す。
驚きに目を開く天城を、チラッと見て笑うと、彼は詠唱を始める。
「天下を布武せし焦土王が告げる。貴様は余の眼鏡に適った。我が下に献上することを許す。我が元に集いし兵共よ、貴様らの得物は今よりこの銃ぞ!」
赤い光が、まるで爆発したように大きく広がる。思わず眩しさに目をかばう。その光は一度爆裂したあと、収束するようにアーチャーの手元に集まる。そして一つになった光は、中の姿を形取る。
FN SCARの姿に。
「お?おぉぉぉぉぉ!?」
「フ、これが我が第二の宝具、「新しきは力なり」よ。余が使えると認めたものは、何であれ余の宝具となる。更にそれがこのような銃ならば、実体化させたうえで「王の掃射」に配備できる。ちなみに、もう配備は完了しておるわ。」
フハハハハとアーチャーは高笑いをする。そしてまるで新しいおもちゃを買った子供のように、その銃をくるくる回しながら弄り倒している。天城はもはや放心するばかりである。
やはり、この男は日本史に名を残す焦土王である、と。
天城の頭からは、完全に図書館で出会った二人の女性のことは頭から吹っ飛んでいた。
本をとってあげた車椅子の少女が、ファイターのマスター、ロゼッタ・ヴァジルールであることも。
雑誌コーナーで立ち読みしていた少女が、昨日交戦したディフェンサーのマスター、チェーシャ・キャロルであることも。
水晶の魔術師はまだ気づいていない。
Side:Rider
幸楽亭には、たくさんの警察の関係者が詰め掛け、この不可解な事件を調べていた。野次馬たちがその様子を、遠巻きに離れながらひそひそと噂話をしている。
「一晩にして幸楽亭のスタッフとか料理人とか、お客さんがみんな消えちまったって?」
「なんでも、真っ赤なおっかない化け物が出たそうだよ?」
「うひゃー怖いね~!あ、八塚さんだ。」
この場に悠然と歩いてきた八塚京二は、野次馬たちを丁寧に退かしながら、人ごみの中心に歩いてくる。やがて中心の警察官のところまで彼がたどり着くと、小走りに中年太りの男が近づいてくる。
「これはどうも、八塚さん。今回の事件の担当を任されました、日暮十司と申します。」
まさに絵に書いたような刑事そのものの格好をした中年太りの男、日暮は帽子をとってお辞儀をする。八塚も軽く礼を返し、問題の幸楽亭を見やる。見た目、人気が警官と野次馬以外は感じられない以外は、外見は何も変わらないように見える。
「どうも、日暮警部。八塚京二です。で…事件の内容とは?」
日暮は唸りながら、どこから説明したらいいものかを考える。そして、纏まらないながらも、とりあえず状況から説明することにした。
「我々にもようわからんのです。昨日は通常どおりに営業していたらしいのですが、今朝になると、人だけが完全にもぬけの殻になっていて、不審に思った近隣住民が通報をよこしたのですが…」
日暮の顔が難しくなる。
「妙なんですよ。確かに人はころっと居なくなってる。それどころか、昨日の営業中のところから、人だけが消えたような感じなんです。暴れた形跡とかは見受けられましたが、その割には、血も、凶器も、何も発見できないんですよ。こんな珍妙な事件、何十年と刑事をやってますが、初めてですよ。」
「犯人と思われる人物は?」
京二の質問に、日暮はますます頭を抱える。
「幸楽亭は、すごく評判のいい店です。恨みを持つようなヤツなんて、全く目星もつきません。第一、金品も何も盗られてないとは…」
「ふむ。日暮警部、直に中に入って検分をしたい。よろしいか?」
日暮の許可を受け、幸楽亭の中に足を踏み入れる。店内は、まるで昨日の宴会の後をそのまま残し、人だけを消し去ったような、日暮の言うとおりの状態だった。
「なんとも不気味な…」
足元にたくさんいる警官をうっかりけらないように、京二は慎重に検分をすすめる。血痕はなし。証拠品になりそうなものもなし。指紋とか凶器だとかは、京二の専門外だ。
ただ一つだけ、京二にしか感付けないものもあるが。しかも、それはかなり色濃い。
「…やはり妙だ。血痕も何もないとは。」
「ふむ…これはかなりの難事件になりそうですな。京二さん、あなたの情報網で、何か掴めませんかな?」
「できる限りやってみましょう。では、これにて失礼します。」
日暮に見送られ、京二はその場を後にする。随分人ごみから離れた頃、彼にしか聞こえない声がした。
『マスター。何も気づかない…ってことはないだろうね?』
「ああ。ちゃんと気づいているよライダー。私もそこまでバカではない。血も凶器も証拠品も、動機すらもわからない事件らしいが…魔力の残渣は隠せなかったらしい。」
そうして、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。それは真っ赤に染まった、何かを包んでいるハンカチだ。
『それは…?』
「肉片だ。細かすぎて発見できなかったらしいが…魔力の残渣が残っている。おそらく犯人は…」
警官達は何も知らないだろう。森宮聖杯戦争の事は。八塚が(かなり必死に)裏工作をやっている為だ。しかし、この事件は、やはり隠蔽しきれない。大聖杯に未だ魂がくべられた様子はない。つまり、まだ犯人であろうマスターは生きている。
「…よくもこんな大それたマネを。」
歯噛みしながら、八塚は、自分の邸宅に足を向けた。
Side:Assassin
「随分派手にやらかしたところがあるみたいだねぇ。」
ホテルでテレビを見ながら、ハリーはボヤく。森宮名物だという、枝豆を餡子状にしたものを中に包んだまんじゅうを食べながら、彼は後方に控えるアサシンの報告を聞く。
「はい。事件の現場は幸楽亭。先ほど、町のオーナーであろう魔術師が視察に来ていました。」
「へぇ。で、殺ったの?」
「い、いえ、流石に公衆の面前では…」
アサシンは、ハリーの唐突なムチャぶりに、困ったような、泣きそうな顔をして答える。その姿は、ファイター達を襲った時とは異なる、清楚な服装をした少女である。
彼女が困っているのを見て楽しんだハリーは、再びテレビに目線を戻す。
「まぁ、それで正解だろ。あんたの視界を介して見てたけど、奴さん結構警戒してたよね~。サーヴァントも霊体化していたとはいえいたみたいだし。」
お~怖い怖い、と、ハリーはおどける。そしてテーブルの上にあった饅頭を一個取ると、それをアサシンに放って寄越す。
「あわ、あわわわ…!こ、これは?」
危うく落としそうになっていたのはハリーとアサシンの間だけの秘密だ。
「じんだ餅だって。森宮名物のお菓子だってさ。ちょっと癖があるけど中々うまいよ。昨日は頑張ってたみたいだし、英気を養わないとな」
恐る恐る、アサシンはまんじゅうを口に運んでみる。なるほど、餅の柔らかい食感と、中から出てきたちょっと癖のある枝豆製の餡子が、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。
「おいしい。有難うございます、マスター。優しいんですね。」
彼女の心底嬉しそうな顔をチラと見て、ハリーは微笑む。
「そ~よ?俺様ってば、可愛い子にだけは優しいんだから~」
そう言って彼はテレビに視線を戻す。先ほどの軽口はどこへやら、その表情は、物憂げなものになっている。
「…そうさアサシン。君みたいな可哀想な子には、特にね。」
そう、アサシンに聞こえないように呟いた。
SIde:Baserker
「…幸楽亭で謎の事件…ね。」
使い魔に使用した野良猫の額に指を当て、その見聞きした情報を整理し、ヨハンは考える。バーサーカーは霊体化させそばに置いている。メイゼルフェルドの屋敷には、かなりの数のトラップが仕込まれ、外部からの侵入は甚だ困難を極めるが、それでも用心に越したことはない。
「バーサーカー、まさかお前じゃないだろうね。」
姿の見えない狂戦士は、問いに沈黙を持って答える。その答えが何を意味しているかを理解したあと、彼は椅子にもたれて額に手を当てる。
「ま、そんなわけはないか。私とバーサーカーは最低限の感覚共有はしている。それに、ランサーと戦ったあとは傷を癒すため直ぐに戻したからな。」
あの時の戦いは、妙だった。あれほど激しく獲物をぶつけていた二人であったが、あまりにも両者拮抗していたために、互いの体には傷一つ付けられなかった。
だのに、突然バーサーカーとランサー、そしてそのマスターの右の二の腕に深く、立て続けに薄く頬に傷が入り、それで戦いが中止となったのだ。それも同時にだ。
どうもバーサーカーとランサーが戦っていた近くでm、他のサーヴァントが戦っていたのはわかるが(バーサーカーが狂化しているせいで感覚が不明瞭なのだ)、そのためなのか?なんとも言えないが。
「…まぁどうでもいいか。」
一般市民が何人死のうが、それで聖杯戦争が滞らなければなんの問題もない。そう考え、ヨハンはバーサーカーの莫大な魔力消費を補うための魔法薬を作る作業に戻ることにした。
今晩も動くことになるのだ。それも、昨日のようなお遊びではない。あの身の程をわきまえない小娘に、思い知らせてやる必要がある。
Side:Caster
あぁ、朝日ってすばらしい。
新聞を読みつつタバコを蒸し、雨泉は「男」になって初めての朝を堪能していた。いやぁ、聖杯戦争ってのがなんなのか良く分かんないけど、とりあえず女性の英霊を呼び出せてよかった。こんなことなら次も女性の英霊にしよう、とか頭の隅でぽわぽわと考える。
そう考えながらパンをかじっていると、部屋に軽い足音が響く。横目で見ると、それはキャスターであった。既に服装はいつもの白ドレスに変わっており、少女のように伸びをしている。心なしか、昨日よりも血色が良くなったような。
「ふぅ…おぉ起きておったかチョウノスケ。いや、其方中々の逸材よな。あれほどの剛剣を今まで抜かなかったとは、もぅ…」
なんか勝手に顔を赤らめてらっしゃいますこのロリBBA。パンをかじりながら、雨泉は無言で新聞をひっくり返し、一面をキャスターに見せてみる。
「ん?これは…シンブンという奴か?どれ…ほぅ」
「そーなんだよ姐さん。俺らが昨日やったパーティがもう知れ渡ってんの。」
ふむ、とキャスターは腕を組む。
「まぁ、尻尾をつかまれるようなヘマは、今回はして居らんからな。我が血の拷問具で、肉片は一寸刻みにして土に撒いた故、ただの警察ごときには捉えられぬとは思うがのう。」
「でも、その…魔術師には見つかるおそれがあるって、昨日言ったよね。」
そう雨泉が指摘すると、キャスターの表情が変わる。
それは怒った表情でもなく、穴を突かれた時のハッとした表情でもなく、我が意を得たりという顔であった。
「それならば都合が良いわ。妾はキャスター。誰であろうが、我が居城『血塗られた白亜の城』に踏み込もうなど…」
血に染まったような、紅い唇が歪む。
「当に蛮勇が成せる業であったと、思い知るであろう。」
Side:Lancer
「・・・しくじったのう。マスター。」
拠点にしているホテルで、ランサーとハルヒサは仲良くため息を吐いた。二人とも、仲良く二の腕に包帯をぐるぐると巻き、頬には同じような傷がついている。
「・・・なんなのであろうな。これは。私が治らないはともかく・・・ランサー、肉を持たない卿が治らないとは…」
ランサーは腕を掲げ、包帯の上から二の腕をさすってみる。確かに斬られ傷、それもかなり深手ではあるが、どこか違和感がある。
「これは、ただの傷ではない。恐らくは…呪いによるものか?」
「呪いだと?」
それにしては余りにもリアルというか、現実への干渉が大きすぎる。ハルヒサは怪訝そうな表情でランサーを見る。
「それはあまりにもナンセンスだろう。呪いだけでこんな深手になるものか?それにランサー、卿にはクラス特性で対魔力が備わってるのではないか?」
ランサーはバツが悪そうに頭を掻く。
「そりゃぁ、まぁ、確かにワシはランサーだが…まぁ、その、破戒僧だからなぁ。対魔力があるといっても魔力避けの護符よりちょいと強力な程度じゃ。それに、この呪いをかけたのがサーヴァントであれば何ら不思議はないわな。」
ハルヒサの表情が驚きに満ちる。
「サーヴァントだと?あの場所に、卿とバーサーカー以外のサーヴァントが?」
「…あぁ。微かではあるが、2組居合わせておったな。しかし、この威力の呪いとなると…キャスターか?」
「馬鹿な。キャスターがこんな早期に動きはせんだろう。」
「…そうよなぁ。」
会話の締めに、ランサーはハァとため息を吐く。至極残念そうなその響きが何を意味したのか、ハルヒサもすぐに理解し、ため息をつく。
「…なんにせよ、これが何とかなるまでは、我らが戦闘するのは、愚か以外のなにものでもないわな。」
第二夜 転輪し、閃くは不滅の刃
side:Saber
日が暮れた。
占星宮で、秋理は呟いた。彼女は既にいつもの私服ではなく、群青色のローブと魔術礼装氷河の鉄杖を装備している。
「シュリー!いい加減今日は…うぉう!」
ノックもなしに入ってきたセイバーが、彼女の見事な勝負服に息を呑む。秋理はふわりと振り返る。
「ええ、セイバー。貴方の希望通り、今日は出撃するわ。星も騒いでるしね。」
秋理は、占星宮から星を仰ぐ。セイバーにはわからないが、秋理には、星の瞬きが忙しなく見える。
恐らく、じっとしていても、何かが双月邸に来るだろう。ならば、武装をして出迎えるのみ。あわよくば、脱落させてこの後の展開を有利にする。
『シュリ、ナツカとトウライは所定の位置についたみたいだ。』
「分かった、セイバー。霊体化はそろそろ解いても…来たわね。」
不意に走る一陣の風のような、針の殺気。一瞬にしてその場に現れる白き聖騎士は、油断なく剣の柄に手をかける。彼らの視線の先には、見慣れぬ形をした矛を持つ、中国風の英霊がいた。輝く双眸は理性を宿さず、ただ獲物をじっと見ている。
「■■■…」
殺気に気づいたのか、礼装であろう小さな杖を持った冬麗、両手に大量のナイフを持つ夏華もこの場に集結する。目の前の英霊は更に目をぎらつかせる。
「あれは…恐らくバーサーカーね。」
4対1でにらみ合う。それはほぼ一瞬。雄叫びを撒き散らしながら、中華風の英霊…バーサーカーが迫る。
「みんな下がれ!」
それを迎え撃つように、一歩前に進み出たセイバーが、腰の聖剣を抜き放つ。バーサーカーが力任せに振り下ろした矛と、セイバーの聖剣が激しくぶつかり、火花を散らす。
「■■■■■■■ーー!!!」
「ぐっ、重たい!」
肉薄する矛を掻い潜り、セイバーの横蹴りがバーサーカーの胸板を蹴り飛ばす。
大きく体制を崩したところに、水平に聖剣を構えたセイバーが肉薄する。
無理な体勢からの矛による防御、それでセイバーの衝撃はいなせず、もんどりうって倒れる。セイバーの追撃を体操選手じみた動きで躱すと、密着状態からの左拳を見舞わんと振りかぶる。
「Snow Freezing!」
その瞬間、バーサーカーの握られた拳が、柔らかい氷に包まれる。氷結した拳は見事にセイバーの顔面を捉えるが、柔らかく氷結した氷がグローブの役割を果たす。
「■■■!!・・・■■■!?」
追い討ちをかけようとしたところに、バーサーカーの足元を襲う秋理の氷、冬麗の熱線、そして顔面を襲う夏華のナイフ。それらに気を取られる隙に、セイバーが起き上がった。
それを確認したバーサーカーは、化け物じみたスピードで後ろに飛ぶ。距離を取ったバーサーカーは、矛を前に掲げる。
Side:Berserker
「よし、いいぞバーサーカー。宝具を使え。アウトレンジで戦えば、セイバーと小娘共を封殺できる。」
水晶玉の明かりのみが、ヨハンの工房を照らす。魔力を補う魔法薬を飲みながら、ヨハンは、水晶玉を覗き込む。それには、バーサーカーの宝具の力の一片を見て目を丸くするセイバー陣営が映る。
「思い知れ、小娘共。バーサーカーの真の力を!」
Team Saber VS Barserker
バーサーカーの手の中で、矛が光になって姿を変えていく。目を丸くするセイバー陣営の前で、矛は弓へと姿を変える。
「軍神五兵」。バーサーカーの持つ武器に付けられた名。かつて無双の強さを誇っていたバーサーカーに、6腕に武器を持つ軍神の姿を見た軍師が作り上げた、五形態に変形する超兵器。
これを得物としたバーサーカーは、更に勇名を馳せ、その首を刎ねられるまで、存分に戦場を駆けたという。
彼の名は、呂布。中国の歴史に伝わりし英霊である。
バーサーカーが雨あられと放つ光の矢は、セイバー陣営をかなり苦戦させている。一発一発がコンクリートを穿つ威力の上、それが何十と降り注ぐ。夏華と冬麗は直撃は免れたものの、着弾の余波で戦闘不能である。
このままでは確定的にジリ貧である。秋理は氷河の鉄杖を握り直し、バーサーカーを睨みつける。
この状況を打開するには、あれを使う他ないだろう。
「セイバー、『不滅なる聖別の刃』を使うのにどれくらい準備がいる?」
秋理の方にまで飛んでくる矢を弾き、躱すセイバーが、少し驚いた様子で答える。
「10秒くらあれば使えるけど、え、もう使うのか!?」
宝具は、英霊の象徴、代名詞ともいえる存在である。すなわち、これを使うということは、必然的に己の真名を晒すことになる。
故に、この序盤に宝具を使うのは、あまり好まれる手段ではない。しかし…
「相手はバーサーカーよ。あんたは後世につけこまれるような弱点はないし、それに…一撃で仕留めれば問題無い」
その言葉を聞いたセイバーの口元に、笑みが走る。飛んできた矢を弾き返し、後続の矢に当てるという神業を見せた後、祈るように聖剣を構える。
「…わかった。十秒だけ、援護を頼むぜ!」
祈るセイバーの頭上には、数十本の矢。氷河の鉄杖を構え、矢の群れをキッと睨みつける。
「Ice machine ballet!!」
秋理の周りに瞬間氷結する、矢より気持ち多めの数の拳大の氷塊。それは彼女の詠唱の終了と共に次々と超高速で飛び、寸分狂わず矢に当たる。
宝具と、連発型の魔術。当然威力は段違いだ。しかし、そのスピード、それにより空気で削れ流線型になった氷塊が致命的な矢の軌道を逸らす。秋理の周囲には、反れた矢が次々突き刺さり、砕けたコンクリートが彼女を襲う。
しかし、彼女は倒れない。5秒、10秒。セイバーが指定した時間に到達する。祈りの体勢をとっていたセイバーが、動き出した。
「ありがとう、シュリ。後はオレに任せろ!!」
光り輝く聖剣が振るわれると、まるで団扇に煽られたように光の矢がかき乱されて落ちる。遠目にもバーサーカーが狼狽えたのがわかる。そのまま聖剣をなぞると、光の刃が、更に剣身を伸長する。
「いくぜ、我が聖剣に眠りし、聖なる欠片よ、狂いし戦士を討ち滅ぼせ!!」
それは、剣の中に、数多の聖遺物を内包する、不滅にして聖別の刃。駆け抜けるセイバーは、剣から発せられる神気により、バーサーカーの射かける矢が逸らされてかすりもしない!
「■■■■!?」
一方のバーサーカーの『軍神五兵』が変形し、大型の盾となる。大人一人覆い尽くすほどの盾を片手に装備したバーサーカーは、聖剣を携え突っ込んでくるセイバーを、真っ向から迎撃せんと、振りかぶる!
「『不滅なる…聖別の刃』(デュラン…ダル)!!」
「■■■■■■■■■ーー!!」
十分な加速を持って振り抜かれた『不滅なる聖別の刃』と、全身の力を持って叩きつけられた盾形態の『軍神五兵』が、激突する。あまりのその衝突の激しさに、周囲に暴風が吹き荒れ、コンクリートがめくりあがり、陥没し、砕け散る。思わず己を庇う秋理。
巨大な衝撃と輝きが晴れる。秋理が土煙の中、目を細め、凝らす。
セイバーは立っていた。顔や鎧の一部にコンクリートの破片だろうか、それによって傷ついた様子はあるが、揺らがずに立っている。
そして一瞬の後、ガチョンという痛々しい音と共に、バーサーカーが地面に叩きつけられた。一拍置き、本来の矛の姿に戻った『軍神五兵』が突き刺さる。
「セイバー!」
セイバーが追撃を入れるため動くその前に、ふらつきながらもバーサーカーは立ち上がる。乱れた髪のためにその顔はよく見えないが、痛みをこらえているように見える。突き刺さる矛を掴むが、それを抜かず、弱々しくも、膝をつかない。
永劫にも思えるにらみ合いを終わらせたのは、霊体化してその場を去ったバーサーカーであった。
夜の森宮を、ブリーフケースを揺らしつつ、今日も天城は歩く。傍らには白いシャツとジーパンを着たアーチャー(あまりにもセンスが悪かったので上だけ買ってやった)が、夜の繁華街の光に目を細めている。
「早速試し打ちしたいのはわかるが、昨日戦闘したばかりでまた出るのはあまり良いとは思えないぞ、アーチャー。」
天城の進言にたいし、新しい服を買ってもらってご機嫌の焦土王がふふんと鼻を鳴らす。
「戯け。それはお前の器量不足ぞ。この余と轡を列べるならば、もう少し精進せい。」
「はぁ、確かに腕が不足しているのは認めるさ。」
天城家は、名門というわけではない。彼がいつも持ち歩いている「光曲晶」をたまたま発掘した祖先が、たまたまちょっとした魔術が使えたというだけの、にわかもいい所な家である。
昨日、あの魔女の少女に勝てたのは、光曲晶の使い方を、世代が継承するたび弁えてきて、それが相手の戦略にピタリとはまった事、そして、天城の体力があったからであり、魔力であれば明らかに相手の方が上であった。純粋な魔力勝負であれば、天城が敗北していたのは明らかだ。
だから、天城は失った魔力を回復させる魔法薬を常に作って持ち歩くようにしている。そして、魔力を使わずに発動できる「切り札」を備えている。
そして、もう一つの「奥の手」も。
物思いにふけるうち、いつしか寂れた町外れまで来ていた。眩しい繁華街の光は遠ざかり、目の前には大瀬川が流れている。
「あら?貴方は…」
視覚外から聞こえた声に、天城は鋭く反応するが、その姿を認めて目を丸くする。昨日図書館であった車椅子の少女がそこにいた。相手の方もまさかの再開に驚いているように見える。
「君は…あの図書館の時の…」
「ん?小僧、知り合いか?」
呆ける天城に、アーチャーが声をかける。コクコクと頷く天城の視線を辿り、車椅子の少女をじっと見る。
そして、右手に刻まれたそれを見た。
「小僧!」
「へっ・・!?!?」
「へぇ、貴方もマスターだったのね。」
アーチャーに引きずられて交代する天城の右手を、車椅子の少女、ロゼッタはしかと見ていた。そういう彼女の右手にも、アーチャーが見たものと同じく、木星を表す令呪が刻まれていた。
「った・・・何だアーチャー!」
「愚か者!ヤツはマスターだ!」
目を白黒させる天城に、アーチャーの一喝が飛ぶ。と同時に、彼の両手にそれぞれ大型火縄銃とSCARが現れる。突然殺気立ったアーチャーに対して、言葉をかけたのはロゼッタだった。
「待ってくださいなそこのサーヴァント。私は今日の所は、貴方たちと戦う気はないわ。」
天城は二度、呆け顔をさらすことになった。
「戦う気がない・・・?」
その言葉に驚いたのは、天城だけではない。隣に控えるアーチャーもであった。聖杯戦争というのは生き残った1組のみが、万能の願望機たる聖杯を得るための儀式。
故に、異なるサーヴァントが当たったのならば、戦うのが道理。それが、勝つための最も近き道である。
故に、目の前の敵を排除して進まず、むしろ友好を仕掛けようとする車椅子の少女、ロゼッタは、二人にとって怪しすぎる。
「俺たちを利用するつもりか?」
天城の問いかけに、少女は微笑む。
「まぁ、有り体にいえばそうなります。でも、あなたがたに迷惑はかけません。ただ、この戦争を勝ち抜くにあたっては、情報を知ることが大事でしょう。」
そうして微笑んだまま、ロゼッタは二人の緊張を崩さない二人の男を交互に見る。
「私からの提案はたった一つ、互いに戦った相手の情報交換をしましょう。それだけです。」
「フン、余等が、何ともまだ戦っておらん、と言ったら貴様らはどうする?」
不審げに鼻を鳴らすアーチャーの耳に、ゲラゲラと不愉快な声が突き刺さる。
「なんだ、そこのサーヴァント、気付かねぇのかよ?俺のマスターはな、この森宮全域に結界を張ってんだぜ?お前らが小競り合いしてたのなんて知ってるんだよ!」
突然ロゼッタの脇に実体化した猿のような少年に、アーチャーが不快感を明らかに睨みつける。一方のロゼッタはジトりと少年を睨んだ後、コホンと咳払いをして話を続ける。
「…まぁ、そういうことです。信用できないのであれば私たちの方から話しましょう。」
ふむ、と天城とアーチャーは顎に手を当てて考える。しかしそれすら待ってられないのか、またも猿少年が口をはさむ。
「まぁ、話さないなら別にいいぜ。どーせチンケなサーヴァントがチンケなサーヴァントとやりあったんだろうしよー」
「このっ・・・」
「貴様・・・!」
天城は手に光曲晶を握り、アーチャーは両の銃の引き金に指を絡める。この車椅子のマスターはともかく、このこしゃくな猿サーヴァントは許すまじ。
しかしそれよりも早く動いたのは、ロゼッタの右腕だった。
「ちょちょ、マスター、耳引っ張るなよ!」
無言で猿少年の耳を引っ張るロゼッタ。左手で無言で何かをブツブツつぶやきながら紋章を描く。そして、それを引き寄せた猿少年の額にバシリと貼り付けた。
「!? え!?こ、これは、まさかあだだだだだだだだだだだだだだだだあああ!!!」
すると猿少年が頭にはまっていた金の輪を抑えながら転げまわる。ロゼッタがため息を吐いて口を開く。
「・・・うちのサーヴァントが失礼しました。見ての通り、私のサーヴァントの真名は孫悟空です。」
これが私なりの精一杯の誠意です、とちょこんと頭を下げるロゼッタ。そしてその脇で転げまわる猿少年・・・ファイターのサーヴァント、孫悟空。見かねたアーチャーが、口を開く。
「よかろう。貴様が真名を晒してのであれば、こちらも晒すが道理よ。」
よいな、小僧、と視線を投げかけると、天城も頷く。視線は哀れに転げまわるファイターに向けられてはいるが。
「我は織田信長。アーチャーの座に呼ばれしサーヴァント。我らが戦ったのは・・・そうさな、鎌のような剣と妙な盾を持った小僧であったな。」
「マスターのほうは・・・なんというか、絵に書いたような魔女の格好をした女の子だった。それ以外とは戦っていない。」
コクコクと頷きながら、ロゼッタはどこからかペンとメモ帳を取り出し書き留める。
「私は・・・そうですね、恐らく弁慶と思われるサーヴァントと、中国風のサーヴァントが戦っているのを見ましたね。それと、医者のような風貌のサーヴァントと戦いましたね。動き方からして、アサシンでしょうかね。マスターは教会の代行者でした。」
「代行者!?そんなのも来てるのか!?」
天城は思わず閉口する。同時に、聖杯戦争に勝ち抜く難しさを思い知った。天城という歴史の浅い家柄の自分が、異端審問を専門とする代行者に勝てるのか?
「ふん、代行者がさほどのものかは知らんが、焦土王たる余に負けなど有り得ぬ。」
一方のアーチャーは鼻を鳴らす。ロゼッタは顎に指を当てて考え込む。
「なるほど・・・じゃぁ、これで私は失礼します。」
そういって指を鳴らすと、痛さのあまりか、痙攣まで始めたファイターの動きが止まる。
「ぐ、ぐぅ、マ、マスター、覚えてろよ・・・」
「貴方が余計な口を出さなければ、もっと円滑に情報が集められたんです、このモンキーブレイン。」
な・・・と言葉を失うファイターを尻目に、走って追いつけるか否かの絶妙なスピードで背を向けたロゼッタの車椅子が回り始める。その背をしばし見ていたファイターだが、やがて舌打ちすると、霊体化して、おそらくだがロゼッタに付き従った。
「ふむ、なるほど。何か違和感があると思えばそういうことであろうか。」
「だいぶ情報が集まりましたね・・・やはり、こういうことかしら。」
この問答で、アーチャーとロゼッタの脳裏に浮かんだのは、今回の聖杯戦争に関する不可解さと、それに対する仮説であった。
二人が会ったサーヴァントの数は、合計で6人。本来なら、ひとりを残し、全員となる数。しかし、不可解な点がある。
通常の聖杯戦争には存在し得ない、ファイターというクラスの存在。
剣よりも高い霊格がありそうな盾を持つ、アーチャーと争った少年のサーヴァントの存在。
そして、これだけの数のサーヴァントがいるというのに、この聖杯戦争を計画しているであろう、冬木に於ける「御三家」と言える存在と遭っていないこと。
今回の聖杯戦争は、おそらくは7組では収まっていない。
Side:Difencer
「えーっと、ここで塩が大さじ・・・?」
「マスター、違います。ここで入れるのは砂糖です。」
チェーシャ・キャロルは戸惑っている。図書館から夕食の為の料理の本を借りたのはいいが、いかんせん彼女は料理どころか、包丁にすら触れたことがない。ましてや、料理などしようと思ったことはない。
そして、現在彼女の手は震えている。無論料理が初めてで緊張している、というのもある。しかし、一番の原因は、昨日のダイアモンドのような礼装を使う魔術師と戦ってから、何も口にしていない…つまり、空腹状態だからであった。
いばらの城壁に守られたからか、あの全方位射撃を受けても、チェーシャは軽傷で済んだ。しかし、そこから脱出する際に使う魔術の加減を間違え、全身に軽いやけどを追っていた。すぐさまディフェンサーが駆けつけ、安全な場所に運んでくれたからよかったものの。それからは傷の手当で食事どころではなかった。
加えて、朝目を覚まして大変なことに気づく。いつもなら従者か何かが作ってくれるはずの食事、しかし今作れるのはディフェンサーを除けば自分だけ。残念ながらディフェンサーはそこまで気が利かない。
それからずっと自分でも作れそうな料理を探して、図書館の棚を漁っていた。
「・・・マスター、これ、肉じゃがなる料理ですよね?」
スープを一口飲んで、ディフェンサーが呟く。心なしか顔面蒼白である。
「・・・う、うん。そ、そのつもりだけど・・・」
「マスター、本に書いてあるのとはその・・・ずいぶん違いますね。」
ディフェンサーが目線だけ下に向けている「ソレ」は、肉じゃがといいつつ、じゃがの部分が見当たらず、なんかすごいドロドロしていた。一口含んで、口の中に広がる名状しがたき食感。
「・・・うん。煮込みすぎたわね。」
「いえ、なんか塩の味がします。しょっぱいです。」
「やかましいわ」
チェーシャは見事復旧された自室で唸りながら料理の本をめくる。その隣でディフェンサーがお茶を啜りながら「そういえば」と話を切り出した。
「昨日戦ったサーヴァントでしたが、『ウォー・オブ・ナガシノ』なる宝具を使っていました。」
「『ウォー・オブ・ナガシノ』?」
料理の本から目を離したチェーシャに、ディフェンサーが身を乗り出す。
「良くはわからないけど、沢山の鉄砲に撃たれたね。」
全部防いだけどね、へへん。とディフェンサーは胸を張る。チェーシャは合点がいったように頷く。
「ディフェンサー。今のであいつの真名が読めたわ。明日また図書館に行くわよ。」
Fate/10 Bravery