鬼の子

鬼の子

幻想系小説です。縦書きでお読みください。

 山の中腹にある神社の入口で若い男が屈みこんでいる。
 「なんて大きな口なんだ」
 笑いながらルーペを覗いている。
 ルーペの下には大きく裂けた口を持った真っ赤な虫がいる。
 頭の真ん中には角のように飛び出したものがくっついている。
 彼はバックから写真機を取り出し、レンズを外して接写リングを装着した。ずい分旧式のフィルムをつかう一眼レフである。
 レンズを真っ赤な虫に向けると、ピントの調節をした。
 「ふぇ、間の抜けた顔をしてる」
 ファインダーを覗いた彼は、笑い出した。「おっと、笑うとぶれるな」
 口をつぐんで、シャッターを押した。
 赤い虫はガシャット言うシャッターの音で、ギクッとして口をすぼめた。また、その顔がひょっとこのようで、彼は笑ってしまった。
 被写体が動いてしまったので、きちんと撮れていない。
 「笑わすなよ、カラーフィルム貴重なんだから」
 彼はフィルムを巻くと、もう一度被写体にレンズを向けた。赤い虫はおちょぼ口をしたままである。彼はまたシャッターを切った。今度はシャッターの音に驚くことはなく、赤い虫は動かなかった。
 「変な虫だな、今までみたことがない」
 バックから、虫瓶をとりだした。捕まえるつもりである。
 虫瓶の蓋をとり、口を虫に悟られないように静に近づける。
 と、赤い虫が動いた。あ、逃げられる、と思ったのだが、虫は自分からのそのそと瓶の中に入ってきた。
 男はあわてて瓶を立てると蓋をした。瓶を目の高さにかざして中をみた。赤い虫がこっちを向いている。何てことだ、足が足りない。蓋をするときにぶつけちまって折れたのだろうか。四本しかない。大きな目をぎょろつかせ、彼を見ている。
 見つめられた彼はどぎまぎした。その後、ぎょっとした。
 「おい」と声がしたからだ。
 彼は周りを見たが、誰もいない。
 赤い虫をみると、また「おれだよ」と虫が口を動かした。
 彼はやっぱり赤い虫を見た。確かにこいつがしゃべっているようだ。
 「なんだよ」
 「あんたの家に連れて行ってくれないか」
 「初めからそのつもりだ、標本にするんだ」
 「そりゃこまる」
 「うちに来てどうするのだ」
 「なんか食べさせてくれよ、腹がとても減ってるんだ」
 「何を食うんだ、うちにいかなくたって、このあたりには食いもんがたくさんあるだろうに」
 「牛が食いたい」
 「肉食なのか、だが、なぜ牛だ、牛肉は高いんだ、贅沢だな」
 「そういわずに、ともかく家に連れてってくれ」
 「贅沢いわなきゃあ連れて行く」
 「いわないからさあ」
 やけになれなれしい口調になってきた。
 ということで、彼は瓶に入った赤い虫を連れて我家に帰った。彼は広い家に一人暮らしである。研究室と称して、一室に虫の標本が集められている。もちろん写真も飾られており、自費出版した虫の写真集もある。
 研究室に入った彼は、机の前に腰掛けると、赤い虫の入った瓶をのぞいた。
 赤い虫はこっくりこっくりと舟をこいでいる」
 彼は瓶を指ではじいた。
 「やい、起きろ」
 赤い虫が目を開けた。
 「乱暴なやつだな、今いい夢を見ていたのに」
 そういいながら、大きな欠伸をして伸びをした。
 「オー飯か」
 赤い虫は口を開けた。
 「なに言ってんだ、やるか」
 といったら、赤い虫はショーっとうなだれてしまい、なんだか可愛そうだ。
 「あわてるな、お前はなんなんだ」
 「虫、本名はセイチュウ」
 赤いくりっとした大きな目をこっちに向けた。結構愛嬌のある顔をしている。
 「そりゃ学名か、寄生虫みたいだな」
 「そんなところだ」
 「住処はどこだ」
 「ないんだよ、偶然あの葉っぱを通り抜けようとした時に、あんたに見つかったんだ、探し物をしているんだが、なかなか見つからんのだよ」
 「どんなものなのだ」
 「丸いものなのだ、生まれたときからそれを探している」
 「お前、いくつだ」
 「八百歳だ」
 「長生きだな、寿命はどのくらいなんだ」
 「丸いものが見つかったら、おしまい、それより腹減った」
 彼は台所からパン粉をもってきて、瓶のふたを取った。上からパン粉を注ぐと、赤い虫が埋まってしまった。
 赤い虫はパン粉を掻き分け顔をだすと、怒った。
 「なにすんだ、死んじまうじゃないか」
 「八百も生きてりゃもういいだろう、標本にしてやる」
 「そりゃよしてくれ、丸いものを見つけなきゃ死ねないよ、死んだら化けてやる」
 「パン粉食え」
 「やだ、こんなもの」
 「何がいいんだ」
 「さっき行ったじゃないか、牛が食いたい」
 「贅沢なやつだな」
 彼は冷蔵庫を開けると、牛肉の細切れをもって来た。
 「こいつか」
 「なんだ、細切れか、ステーキじゃないのか」
 「そんなものあるわきゃないだろう」
 「しかたねえ、そいつをバターで炒めてくれ」
 彼はこっちのほうが仕方ねえ、と思いながら自分の分も炒めた。
 皿に入れて、持ってくると、赤い虫がパン粉の中から背伸びをした。
 「まちかねたぞ、だしてくれ」
 彼がどうしようかと迷っていると、赤い虫は「逃げないからだしてくれ、腹減った」と、前足で瓶をたたいた。よく見ると五本指をもっている。変な虫だ。
 彼はパン粉ごと、赤い虫を机の上に振り落とした。
 「乱暴なやつだ」
 赤い虫はパン粉から這い出してくると、皿の上に這い上がり、牛肉をぱくつき始めた。
 「なんだ、オーストラリア牛か、和牛がいい」
 と言いながら、どんどん食べていく。100グラムほどあったのに、たった1センチの虫が皆食っちまった。
 「俺の分がなくなっちまった」
 彼が驚いていると、赤い虫は「お前の分もあったのか、そりゃ悪かった」
 「いつもこんなにたくさん食うのか」
 「いや、初めて食った、やっぱり肉は旨いものだ、いつもは草の露」
 赤い虫は皿の上で舌なめずりをしている。
 彼は、また瓶を赤い虫にかぶせて、入れてしまった。
 赤い虫は憮然とした顔をしている。
 「お前の胃袋はどうなってんだ」
 「あんたさん、虫の胃袋を知らんのだろう、なんだって入るんだ」
 「ヒトも食うのか」
 「まずい」
 「昆虫図鑑にのっていないが、何の種類だ」
 「みんなもういない、俺は落ちこぼれでな、みんなから追い出された、はみ出しものさ、お陰で生きている。俺の種族は新しい殺虫剤で皆殺しだ」
 「そんな薬あるのか」
 「うーん、あったらしい」
 「今まで見つかっていないのだから、新種で登録してもいいだろうな」
 「あんた、馬鹿だな、しゃべる虫など誰も信用しないぜ」
 もっともである。
「確かにな、俺の妄想のような気もしないでもないが」
 「それより、ここから出してくれよ、旅に出たいんだ」
 「折角、新種を見つけたんだ、標本にする」
 赤い虫は、いやいやをした。そりゃそうだ、昆虫を殺す薬を打たれて、標本箱にならべられるんだ。こんな小さな虫だと、小さな瓶に入れて飾るしかない。
 「当分ここにいるからだしてくれよ」
 彼はちょっと考えたが、自分がそんな立場になったらとても耐えれないと思い、瓶を逆さにした。
 「おい、逃げるなよ、まず写真撮るからな」
 「男性週刊誌の表紙にしてくれ」
 机の上でポーズを取った。
 彼は接写リングをつけた一眼レフに、ストロボをつけて、彼にレンズを向けた。
 赤い虫は大きな目をぎょろりとレンズに向けた。せいぜい、愛想のつもりだったのだが、ずい分怖い顔に映った。
 「なんだ、鬼みたいじゃないか」
 「そうか、すまんな」
 彼は赤い虫が入っていた瓶を、視野からどかすつもりで持ち上げた。中に入っているものを見て驚いた。
 「なんだ」
 「この赤い透きとおったものさ」
 「ああ。やるよ」
 彼はピンセットを持ってくると、中の物をつまみ出し、改めて、綺麗な標本瓶に入れると、ラベルを貼った。
 「後少しでまた出るよ」
 それは、赤い虫の抜け殻であった。光にすかすと、とても綺麗なものである」
 「そういえば名前を聞いていない、なんという虫なんだ」
 「俺は虫ではない、俺は俺だ」
 彼は机の上を歩きはじめた。
 「ちょっと、外の空気を吸いたいな」
 それならと、彼は瓶に赤い虫をもう一度いれた。そのまま、庭に出ると、クローバーの葉の上に赤い虫を放した。
「ほほほ、気持ちのよいものだな」
 赤い虫はクローバの葉の上で伸びをした。
 そこにニワトリが一羽、隣の家の小屋から逃げ出して、彼の庭に入ってきた。
 ニワトリは一目散に赤い虫のところにかけて来た。赤い虫はそれに気がつくと「ドヒャー、悪魔だ」とクローバの下に隠れようとするのだが、尻がはみ出ちまう。
 ニワトリが飛び上がって、赤い虫のところに着地し、嘴をのばした。
 赤い虫はあわてて、クローバーの中を逃げていく。結構な速さだ。
 彼はあわてて、ニワトリを捕まえようと手を出すのだが、ニワトリも強い。嘴を彼の手に突き刺し、彼がひるんだスキに、赤い虫を狙って追いかけた。
 赤い虫は逃げ惑い、ニワトリを追いかけて彼が走る。
 あわやと言う寸前、クローバーの中でニワトリが突然立ち止まった。
 「コオッー、コオー、コケ、コケ、コケコッコウ」
 大きな声を上げ、ニワトリが目を白黒させてしゃがみこんだ。白い卵がコロンと尻から落ちた。
 「あ」っと赤い虫が叫んだ。
 「なんとかぐわしい」
 赤い虫がニワトリに向かって走っていく。
 何がなんだか分からなくなった彼はただ見ていた。赤い虫のやつニワトリに近づいたら危ないじゃないかと思ったとき、赤い虫がニワトリの後ろに到着した。
 赤い虫は自分の頭の角をニワトリのおけつに突き刺した。
 「ケコー」
 ニワトリはびっくりして、庭を駆け抜けると隣の家に戻っていってしまった。
 クローバの中には、白い卵がコロン。
 彼が近づくと、赤い虫が上半身を上げて、彼を見て笑った。
 「これだよ、俺が探していたのは、いい匂いだ」
 「ニワトリの卵を探していたのか」
 「どのトリでもいいのさ、この卵が欲しかったんだ」
 「違うのか、他のと」
 「匂いが違う」
 そう言うと、赤い虫は角を立てて、卵に突進した。卵に頭の角が突き刺さると、そのまま、ずるずると、卵の中に赤い虫が吸い込まれてしまった。
 卵がグラグラ揺れている。
 卵が膨らんだ。割れないで、ただ大きくなった。なんだと見ていると、ずんずん大きくなって、猫ほどの大きさになった。
 それからはバリバリと言う音とともに、ひびが入り、中から大きくなった赤い虫が現れた。
 彼はそう思ったのだが、改めて見たらぜんぜん違った。赤いのはおんなじだ。
 出てきたのは赤い顔をした鬼だった。真ん中に角がある。なんと虎の子のパンツをはいている。鬼にしてはまだ小さい。
 鬼の子どもだろうか。もじもじしていたのだが、彼を見て「あたい、鬼の子」
 と言った。
 「赤い虫じゃないのか」
 「鬼の精子なのよ、相性のいい卵があれば鬼になれる。私が最後の鬼の精子だから、最後の鬼なの」
 女の子の鬼だ。
 「それじゃ、君がいなくなると、地球上に鬼がいなくなるんだな」
「大丈夫、あたしの卵子に相性のいい精子が入れば鬼を産むわ」
 「相手を探すのが大変だな」
 鬼の女の子は首を横に振った。
 「大丈夫、あんたは相性がいいもん」
 彼は、びっくりして、その場から逃げ出そうとした。
鬼の子の手がにゅーっと伸びて、彼の肩に届いた瞬間、彼は鬼の子の目の前に引き戻されていた。
「あたい、かあいいでしょ、毎月、鬼を生みましょ、たあくさん生みましょ、さあ」
と、鬼の女の子が微笑んで、虎模様のパンツに手をかけた。

鬼の子

鬼の子

真っ赤な虫を捕まえた男。赤い虫と会話をしていくと、虫は虫でも精子だった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-24

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