クマの仏心

おおへんり

 夏の盛りが過ぎ、秋に移ろうとしていた。河ではサケが上り始めている。河を上って行くと、村があり、畑が広がり、そして森が山の方へと続いている。その山にはたくさんのクマが住んでいる。
 あるクマはサケを獲ろうと、すみかの洞穴からえさ場の河原に行った。河原の浅瀬で獲物を物色する。サケは産卵のため、どんどん河を上ってゆく。クマは手当たり次第に右手でサケを河岸の引っ張り上げた。河原で二十匹ほどのサケがバタバタと跳ねている。クマは一匹一匹味わって食べた。そして最後の一匹になると、そのサケがクマに話し掛けた。
「クマさん、お願いです、わたしを食べないでください、わたしはこれから卵を産まなければなりません」
「お前はオレに食べられる運命だ、あきらめろ」
「クマさんはもうたくさん食べたでしょ、わたしを河に離してください」
「何を図々しいことを言っている、他のサケは大人しく食べられたぞ、あきらめろ」
「わたしは他のサケとは違います、どうか逃がしてください」
「お前のどこが他のサケと違うのか、言ってみろ」
「わたしはクマさんと話が出来ます」
「そう言えばそうだな、他のサケは命乞いをしなかったからな」
「わたしを逃がしてくれたなら、海賊が隠した金銀財宝のありかを教えます」
「人間の宝物なんて、クマには必要ない」
 クマをサケをくわえ、ガブリとやろうとしたが、サケの目を見るとためらってしまう。何度かそうしたあと、クマはそのサケを逃がしてやろうと思った。
「お前は逃がしてやる」
「ありがとうございます、では教えます・・海賊の宝物は河口の洞穴の奥の奥の奥に埋まっています」
「海賊の宝物のありか、とにかく覚えておいてやる、じゃあな・・」
「御恩は死んでも忘れません、さようなら・・」
 クマは足でサケを河中にけとばして、逃がした。
「がんばって、いい卵を産めよ!」
 クマは手を振ってサケに別れを告げた。サケは何度も何度も振り返ってクマに頭を下げ、上流へと泳いで行った。 サケは産卵に適した上流で、一番大きくてりっぱなオスサケと結ばれ、たくさんの卵を産んだ。メスサケは卵を産んでも死ぬことはなく、卵を守って育てた。そして稚魚が育って河を下って行くところを見届けてから息絶えた。
 それから四年の歳月が過ぎた。あの年にふかしたサケが上って来る年だ。クマはより大きくよりりっぱなボスクマになった。
 夏の終わりのある日、クマは家畜を獲ろうと民家の周りをうろついていると、罠に足を挟まれてしまった。どうもがいても、クマはその罠を外すことが出来ない。そうこうしていると、猟師が二人やって来た。
「クマが罠にかかっているぞ」
「まるまると太った大きなクマだな」
「こいつの毛皮、高くうれそうだぞ」
 クマは猟師たちの話を聞いておじけづいた。
「おい、猟師、助けてくれ」
「おい猟師だと?」
「おい猟師さん、助けてくれ」
「俺達は動物を獲って暮らしている、助けるわかにはいかん」
「クマの毛皮は高く売れるのか」
「まあな、クマの肉も売れるぞ」
「幾らで売れるんだ」
「そうだな、百万ぐらいかな」
「そうかい、金銀財宝とどちらが値打ちがあるんだ」
「クマにはわからないが、金銀財宝に決まっているだろ」
「そうかい、じゃあ、海賊が隠した金銀財宝のありかを教えるから、助けてくれ」
「そんなものあるわけないだろ」
「本当だ、サケに教えてもらったんだ」
「もしそれが本当なら、助けてやろう」
 そう言うと、二人の猟師はクマを縄で縛り、馬車で一緒に河口まで行った。河口に着くと河岸に馬車を止め、辺りを探し回ったが、洞穴は見付からない。落胆した猟師たちとクマは、再び馬車で帰ろうとした。その時、河面から一匹のサケが飛び跳ね、馬車の荷台に飛び乗った。
「クマさん、こんにちは・・猟師さん、洞穴はちゃんとあります、干潮になったら人一人が入れるほどの小さな穴が見付かりますから、その穴の奥の奥の奥に行ってみてください、海賊はそこに金銀財宝を埋めました」
「お前、サケのくせに人の言葉がわかるのか」
「はい、わかります・・では私を河に離してください」
「そうか、人の言葉がわかるとは珍しいサケだ、河に戻してやる」
 猟師たちは干潮になるまで河口でくつろいでいた。
「おいクマ、どうして海賊が金銀財宝を隠したことを知っているんだ」
「今みたいに、サケに教えてもらったんだ、ちょうど四年前、河原で掴まえたメスサケが助けてくれというので、助けてやった、そのお礼にと教えてもらったが、こんなことで役に立つとは思わなかったよ」
「そうかい、信じよう、サケが話したんだからな、その縄も解いてやろう」
 夕暮れが訪れ干潮になるとと、再び猟師たちとクマは河口で洞穴を探し回った。すると、サケが言った通りの場所に洞穴は見付かった。洞穴の入口は猟師たちは入れるが、体の大きなクマは絶対に入れない。するとクマは水底にある岩を持ち上げて入口をぶったたいて大きくした。ようやくみんなで洞穴に入り、金銀財宝を掘り当てた。それを力持ちのクマに背負わせ、猟師たちは洞穴を出ようとした。そこに海賊たちが小舟をこいで近付いてきた。その小舟には七、八人が乗っている。それも刀をぶら下げている。
「おいクマ、あいつら海賊みたいだぞ、武器も持っているし」
「猟師さん、とにかく逃げてくれ、おれがオトリになるから」
「宝物はどうする、俺達には持てないぞ」
「そうか、どうしよう、クマのおれにはいい考えは浮かばない」
 そうしている間にも海賊たちを乗せた小舟はどんどん近付いてくる。その時、海賊たちの小舟が大きく揺れた。月の光に写し出されたのは、たくさんのサケが小舟に体当たりしている有様だ。猟師たちは驚いて目を凝らして見ていると、小舟は転覆して海賊たちは水の中に投げ出された。
「あのサケたち、おれたちを助けてくれたんだ」
「今のうちに逃げよう」
 猟師たちは必死で馬車まで走り、それに飛び乗って一目散に逃げた。村まで来ると、ホッとして金銀財宝を見付けたことを幸運と感じた。
「この宝物どうする」
「村人たちにも分けよう」
「おいクマ、約束通り逃がしてやる、もう村の家畜は狙うんじゃないぞ」
「わかった、おれはねぐらに帰る、じゃあな」
 クマはねぐらの洞穴に戻ると、四年前のサケのことを考えた。そして二度と生き物は食べないと誓った。次の日からクマはドングリや木の根っこを食べた。そうすると、クマは見る見るうちにやせてゆき、弱々しくなった。ある日河原で水を飲んでいると、大きなサクラマスが話し掛けてきた。
「クマさん、最近やせてきたね、体、大丈夫ですか」
「誰だ、お前は?」
「私は四年前クマさんに助けてもらったメスサケの子供です、海に下った兄弟はサケになり、河や湖に残った兄弟はサクラマスになるのです」
「そうか、知らなかった」
「それで、おれに何の用だ」
「みんな、クマさんのことを心配しています、どうしてやせこけて弱々しくなったんですか」
「おれは生き物を獲って食べるのは止めたんだ、あのサケのことを考えたら・・」
 いつの間にか水辺にはたくさんのサクラマスが集まり、クマの話を聞いていた。そこへ下流からサケたちが駆けつけてきた。
「クマさん、大変です、村が海賊たちに襲われています」
「そうか、助けに行かないと・・」
 クマはそう言って立ち上がろうとしたが、フラフラとよろめいてしゃがみ込んだ。
「クマさん、そんな体ではどうにもなりません、どうか私達を食べて体力を取り戻してください」
「おれは二度と生き物を殺さないと誓ったんだ」
「私達を食べることは殺すことではありません、どうか私達を食べて村人たちのために・・」
 サクラマスもサケも口々にクマにそう言った。
「わかった・・お前たちを食べる・・」
 クマはそう言うと、腹一杯サクラマスやサケを食べた。するとクマの体はあっと言う間に大きくなった。そして村へと森を駆け抜けていった。村に入ると、誰一人いなかった。ただ所々に血の跡が散らばっている。クマはあちらこちらを歩き回って、村人たちを探した。その時、遠くから人間の叫び声が聞こえてきた。クマが声のする方向に行くと、小さなお寺があり、海賊たちが取り囲んでいた。海賊たちは寺おに火をかけようとしていた。クマは海賊たちに向かって叫んだ。
「おい海賊ども、おれが相手になってやる、かかって来い!」
 そしてクマと海賊たちの死闘が始まった。闘いが始まると、お寺から村人たちが竹槍を持ってクマの加勢に現れた。海賊たちはクマの一撃で次々と倒され、村人たちが縄でしばりあげた。海賊の首領が捕まった時、村人たちに歓声が上がった。しかし、クマは海賊たちに深手を負わされ、その場に倒れた。クマは今にも死にそうだった。
「おいクマ、大丈夫か」
「あの時の猟師たちか」
「おいクマ、おれたちを助けに来てくれたのか」
「あんた達には、逃がしてもらった恩がある」
「クマの恩返しか・・今度はおれたちが恩返しをしよう、何をすればいいんだ」
「おれが死んだら亡がらを上流の河原に埋めてくれ、その上に大きく育つ木を植えてくれ」
「わかった・・」
 クマはその言葉を聞くと、安心して眠りに着いた。クマの亡がらはお寺で供養され、翌日河原に埋められた。そしてその上に桜の苗が植えられ、クマの墓標には毎日供え物がされた。
 それからひと月が過ぎた。桜の苗はたったのひと月で桜の巨木に育っていた。そしてしばらくして、この辺り一帯が台風にみまわれた。水かさが増えてゆき、河は今にも決壊しそうになった。その時、桜の巨木は歩き出し、決壊しそうな土手を崩れないよに食い止めた。台風が去るまでの一晩中、桜の巨木は河のいろんな所で、はんらんを防いだ。
 しかし台風の被害は大きく、農作物は全て水に流されてしまった。水田も畑も果樹も跡形もなく壊れている。村人たちは途方に暮れたが、河を見るとサケの大群が次々と上ってきた。村人たちはサケを獲り、それを食料にして生き延びた。
 河原で倒れていた桜の巨木で、村人たちはクマの木像を彫り、お寺に奉納した。クマの木像の隣りには仏像が置かれている。夜が更けると、仏像はクマの木像に語り掛けた。
「クマさん、クマさん、起きてください」
「その声は、四年前のサケの声?」
 クマは目を覚まして隣りを見た。仏像が語り掛けてくる。
「あんたはこのお寺の仏様だったのか」
「はい、そうです・・クマさんがわたしを助けてくれたおかげで、たくさんの村人たちが救われました、ありがとう」

クマの仏心

クマの仏心

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