金曜日のミートパイ

 いきものには、やさしくしてあげたいという、きみの、かならず金曜日に作る、ミートパイのことを、わたしは、ときどき思い出している。
 うまく、あたまがまわらないのは、酸素がうすいからでしょうか。タイムカプセルのなか。わたしは、選ばれたのです。次の時代に、未来に、生きるにんげんとして、家族と、恋人を捨て、友だちと別れて、わたしは、コールドスリープ、博物館の一角に出来た、にんげんがひとりおさまるほどのカプセルが密集する、漫画やアニメの世界みたいな、近未来的な部屋で、顔も名前も知らないひとたちと、眠ります。
 何十年と眠るでしょう。
 いや、何百年。
 きみのミートパイを、さいごにたべたかった。わたしは、きみが飼っている、ねこに、嫉妬することも、ありました。だって、きみは、ねこを、まるで恋人のように扱うから、わたしが、恋人のはずなのに、わたしだけに、ほしいものを、きみは、ねこにも平等に、与えていた。平等で、どちらかを蔑ろにしないから、わたしは、やっぱりきみのことが、好きだった。
 さびしい。
 わたしは、一体、誰も知っているひとがいない未来に、きみがいない世界に、なにをしにいくのか。なんのために選ばれて、たいせつなものを捨ててまで、眠るのか。
 国に、ランダムで選ばれたひとが、タイムカプセルに入る。
 無差別殺人みたいだと思った。
 となりのカプセルの女の子は少しだけ、泣いていた。博物館に展示してある、しろくまの剥製をじっと見ているおじさんがいた。恐竜の化石のところで、手を繋ぎあっていた男の子たちは、なにかを覚悟したようにきっぱりと手を離した。
 わたしは、ぜったいに来ないでくれと、家族と、きみにお願いしていた。
 ぜったいに泣くから。
 ぜったいに、離れたくなくなるから。
 博物館に行く前に、通っていた喫茶店で、ナポリタンとプリンをたべた。初老のマスターが淹れるコーヒーの味が、いつもよりもやさしく感じられた。
(さびしい)
 きみがいない未来で、生きていける自信はありません。
 未来も、海は青いでしょうか。
 ミートパイや、ナポリタンや、プリンというたべものは、存在するでしょうか。
 きみのことを、わたしは、何十年後も、何百年後も、覚えているのでしょうか。
 こびりついて。
 かさぶたみたいに。

金曜日のミートパイ

金曜日のミートパイ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-12

CC BY-NC-ND
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