水になったあなた
あなたが、水になった。
正確にいうと、皮膚がどんどん溶けて、内側からもどんどん水が湧いてきて、あなたの塊がなくなっていってしまった。
さいわい、指が溶けはじめたころに気がついたので、うちでいちばん大きな水槽を用意して、あなたはそのなかに寝転んだ。
みるみるうちに、水位があがっていく。あなたは、もう、声も出せないようだったけれど、やさしくほほえんでいた。
つられてわたしも、ほほえんだけれど、不安がうずまいて、うまく笑えたか、分からない。あなたの最期の記憶には、とびきりのわたしでいたかったのに。
ついに、ひざから下だけが残った。もうわたしは、笑うことなんてできなくて、悲しくて悲しくて、ぽろぽろと泣いていた。溶けはじめているかかとを抱えると、つま先に、そっと口づけた。あなたがこのキスを感じることができたか、判断する術は、なにも無かったけれど。
左足の親指のつめが、ぷかぷかと浮いている。これももうじき、コーヒーに入れた角砂糖のように、ほろりほろりと溶けていくのだろう。
まだあたたかいあなた。水になってしまったあなた。
わたしは、あなたのなかに手を入れた。
気がつくと、あなたのなかにいた。あたたかくて、やさしい。やわらかい感触が、なつかしくて、余計に泣けた。涙があなたへとしたたり落ちるのは、ふたりが混ざり合っていくこれからを予感させて、すこしどきりとした。
あなたのなかで、呼吸する。しみこんでくるあなた。心地よくて、泣いているのに、顔がほころんだ。全身があなたに包まれたいま、身体のなかまでもが、あなたに浸されようとしている。
(あなたはわたしになって、わたしはあなたになる。)
なにも、怖くなかった。きっとこのままあなたに呼吸を奪われて、わたしは息をひきとる。強引な口づけ。大胆だね。
ドクン、ドクン、ドクン。
聞こえる拍動は、あなたのもの?
泣いてしまった夜、落ち着くからと、あなたの心臓の音を聞きながら眠ったことを思い出した。
ドクン、ドクン。
目をつむる。きっとわたしたち、腐敗して、でろでろになってしまうんだね。どれがどちらなんて、きっと分からないくらいに、溶けてしまう。あなたはわたし、わたしはあなた。ふたりは、ようやっとひとつになれるんだ。
愛おしい液体が、視界をも浸す。
最期に見えたのは、あなた。
水になったあなた