お化けはいないってキョウコちゃんは言わない。




一年生の校舎は進行方向の右手にある。
窓は,
少なくとも1つの鍵の閉め忘れがあった。
理科の中で植木鉢は球根のチューリップを育てる。
一年生は忙しいのだ。
廊下を走るランドセル。
カチャン!っとする唐突な着地の衝撃は
それで見事に解消される。







よく手を洗いましょう。
廊下は走らず,
挨拶はしっかりして,
お家へは早く帰りましょう。
学校が発してる注意と促しは
随分と低くなって見えた。
サヨナラー!と後ろから言った本人が前に居たので,
サヨナラー,と返した。
ランドセルの傷が浅いから低学年生だろう。
「先生」と思ったのだ。
僕だってそうだった。
背の高い人で,かつ「小学生」でないと分かる人。
それで学校の中にいる人。
それは全て「先生」だ。







お化けを信じないとキョウコちゃんは言った。
それは「お化けの信用性」ではないと今さら思う。
「信用性」という響きに耳慣れてない歳頃の言葉だ。
お化けはいない。
そういうことだろう。
キョウコちゃんはお化けを信じていなかった。
しかしキョウコちゃんはお化けはいない。
そうは言わなかった。







元同級生の電話。
たわいない話からの
同級時代のエピソードの煤落とし。
もう使っていない通学用の自転車のブレーキは
まだ効いていてキイッと言わなかった。
そんなに錆びてはいない。
そこにキョウコちゃんが飛び込んで来た。
それ程広がりを得なかった話だ。
ステレオタイプなイメージに名前。
キョウコちゃんはお下げな髪になってしまう。
男女含めてかつての同級はお下げ髪じゃない。
否定的な確信はキョウコちゃんを保った。
そして標題のように出て来た。
キョウコちゃんはお化けを信じていない。
否定的な一文だった。
それはキョウコちゃんに命を吹き込んだ。






車で進む校舎までに坂はギアチェンジを要しない。
駐車場なんて始めて使った。
車の窓も鍵も閉めてから恩師に会う口実で
学校に足を踏み入れた。
恩師にはもう会って来たのだった。
互いの元気と近況報告,
同窓会の柔い雰囲気に包まれた職員室は暖かかった。
ただ先生方は別の学校出身だ。
そこに卒業生は僕しか居なかった。







校内散歩。
「中庭」と当時思っていた場所を通り掛かる。
そこには裏手に階段があり
「ある」時間になると階段数が減って「引きずり込まれる」。
その手の話は浮かんでは,
どこかいった。
雄鶏に突かれたことを治療してくれた,
保険医でなかった国語の先生と同じだ。
先生は近隣で,
カナダに行くためセンセイをしているという話は,
秋口には風で流れてから冬に戻っては来なかった。







陽当たりがいい校舎内だからジャケットを脱いだ。
シャツの第2ボタンまで外した。
教室を探して見るにも今や教室数が違ってる。
手に入れられるのは雰囲気の手触りだ。
黒板に真向かう椅子と机。
立ちはしない僕等。
座らない先生。
教科書と幅と高さと合わないコミックブックス。
席替え前後の左右にあるお隣。
そして斜め前の引き戸。
廊下まで日照時間は届かない。
僕等はもう「先生」に見られる。







座らないのは
僕等は立って卒業したからだった。
スピーカーはとても近い。
今なら校内放送が嫌いになれそうだ。
前列手前の廊下から3列目の教卓近く
(座りはしないが歩みはした。),
「タカシくん」の机と分かる。
国語は嫌いかもしれない。
名前とともに教科書を置いている。
きっとカナダで先生が悲しむだろうと思った。






先生は秋に姿を見せて冬に帰って来なかった。
先生は国語の教科書を開いてと言う。
キョウコちゃんは教科書を持つ。
お化けを信じない。
指定箇所を読む声は
お化けの単語を口にしない。







僕らの教室内を舞台にした怪談話。
思えば1つも聞いたことがない。
トイレはある。
理科室ある。
音楽室。
放送室もだ。
放送委員だった僕は上級生に肩掴まれて聞かされた。
その人がハイチュウを食べてたから
その話はハイチュウのマスカットの匂いがする。
でも教室内はない。
教室内はどこまでも明瞭で
机の中でだって仄暗さは昼寝ばかりしている。
クラスに居たキョウコちゃん。
お化けを信じないと言った。
いないということ。
その後ろに隠れて見えた。
キョウコちゃんはお化けを
信じないと言った。







扉を閉めて教室を出た。
日照時間に陰りが出て来た。
もう高くもない校舎の影が先の「中庭」に登場する。
ここからでは男女の区別が付かない子達を覆う。
きゃっきゃっとはしゃいだ声がする。
その様子にはなんにもないのが普通のよう。
そうして何かの為にチャイムが鳴った。







もう一度職員室を覗いたが恩師は不在だった。
机の上にはテストの試作品があって
職員室は作業場の空気に満ちていた。
厳粛さを呼び起こすのは
難しくなった。






施錠を解除して乗り込んだ車には
昼の暑さが留まって何処かに連れてけと言ってる。
取り敢えずクーラーを付けた。
エンジンはその,
後でかけた。
出て行く正門前。
フロントガラスが陰で覆われた。
置きっ放しの帽子。
ぴくりとは動いたかもしれなかった。







キョウコちゃんはお化けを信じない。
でもいないとは言わない。







バックミラーで正門を捉える。
クーラーは寒くなってから切った。
車中の気温はもう下がった。
僕等はもう「先生」に見えて,
季節はもう秋なのだ。







カナダから手紙。
歌にあったはずだ。
そしてお化けなんてないって
歌の方がはっきりと言ってもいた。






キョウコちゃんはお化けを信じない。
歌はお化けがいないって歌う。

お化けはいないってキョウコちゃんは言わない。

お化けはいないってキョウコちゃんは言わない。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-16

Copyrighted
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