ヒムナス・グラディアム・グラディオ 1

昔からよく見る夢がある。それはまるで夢ではないかのようにとてもリアルな、しかし自分の意志とは無関係に、命令を無視して体が全く動かないのでしっかりと夢であることを実感する。そこには攻め入る大軍に一人立ち向かう女の姿。女の後ろには、
 
 
 
ジリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!!!!
ガチャ
目覚ましの音とともに起きる。
「…久しぶりに見たな。」
今は朝六時半。一階から朝ごはんのいい匂いがする。
「陽介ェもう朝だよ~」
お袋が俺を一階から呼ぶ。俺はまだはっきりと目覚めていなくもっと寝ていたい衝動を振り払い、重い腰を上げて一階に向かう。
「おはよ~」
「おはよ。なんかうなされてたよ?」
俺は一階について今日の朝ごはんがベーコンエッグと白飯というザ・朝飯っていうのを確認すると同時にとても恥ずかしいことを言われた。
「え、寝言そんなにひどかった?」
「いやトイレ行くのに部屋の前を通ったら聞こえるかくらいで、いきなり叫びだすわ、何か言ってるわぐらいだったよ」
まじか。思春期は通り過ぎたがそれを笑って済ませられるほど大人でもない
「まじか…」
おれはそこから居づらくなりそそくさとおいしい朝飯を食べて家を出る
「ねぇ陽介。また学校でうまくいってないの?」
「…大丈夫だよ。いじめられてなくていまは苦しくないから。」
「そうならいいけど…」
「大丈夫だって心配すんな。じゃあ行ってくるな」
そういっておれは家を出ていく。
 
通学路俺はいつも通り一人で学校に向かう。さっきのお袋に言った言葉は嘘じゃない。いじめはもう行われてない。一昔前なら頻繁的に行われていたが
「おい。」
何も聞こえない。絶対俺じゃない。声かけられる友達も
「お前だよ待てって」
後ろから肩を引っ張られ無理矢理路地裏に連れてかれ面と面を向かされる。
「どちら様?」
まじで誰?こんな奴ら打ちのめした記憶ないが
「お前がここらへんでトップだって言われてるのはわかるよな?」
「すまん。その手の話は興味ないんだ他をあたってくれ。」
ただでさえ朝嫌な事があったんだ。こんなの絡まれたらイライラするのも当然だろう。
「ゴタゴタ言ってないで」
おれは肩を掴んでいるそいつにこぶしを打ち抜く。さらにそいつの襟をつかみ引き込みひじをこめかみにぶち込む。
「このッ」
周りの取り巻き3人も一斉にかかってくる。相手が右ストレートを打ちむそれを右手で裏の方で受け相手の腕を落とし体勢を崩す。そこに左拳を顎に打ち込みのけぞる。相手が左体重になったところを右足を払い叩き落す。間髪入れず連続で殴る。後ろからもう一人殴りかかる。ワンツーのリズムできた拳を受け、次の左蹴りを相手の左膝に右足を乗せ止める。そのまま前に行き顎に右ひじ、回ってこめかみに左ひじを打ち込む。最後の一人は
「ヒッ!!」
ビビッてかかってこない。こっちが構えても襲ってこないところを見ると戦意は無いようだ。おれは相手にせず背を向け通学路に戻る。
タッタッタッタ。
後ろから襲いに来るもう一人の足音でタイミングをとり右にスライドしてよける。そのまま相手の右の脇腹に左足刀を入れる。
「ッッッ」
声にならないくらい悶絶している。俺は無視して通学路に戻る
まぁさっきのヤツが言ってたこの辺のトップであるってのは心当たりある(認めたくないが)。俺は幼少期からいじめられていて、それが嫌で近くの道場に通うようになった。
(まさか中学校の時いじめっ子10人ボコボコにしたのがいまだに影響してくるとは)
まぁ正当防衛でそういうことがありそこから喧嘩を吹っ掛けられてくる。そいつらの相手を律義にしていたらこうしていつも絡まれる。
(今日はこのまま何もなければ)
「よーうーすーけー!!」
うわっ。面倒な奴が来たな。まじでなんで毎日毎日きて飽きないんだろう
「ここで会ったが100年目!」
「16年目だろ。もう何回目だよ」
こいつとは幼いころからの知り合いでなんだかんだ俺に突っかかってくる。
「100回目じゃあ~~~」
「本当にそのくらいな感じがするから困るよな。」
「細けぇこたぁいいんだよ!さっさと勝負s」
ごっ!そいつが喋ってる間に金玉を蹴って決める。
「じゃあな」
俺はそのまま踵を返し学校に向かう。
「放課後覚えてろよ!」
 
 
ヒソヒソヒソ
学校について机に座って本を読む。
ヒソヒソヒソ
いや本の中に夢中になれたのであればこんなの気にならないんだが
「あいつまた喧嘩してきたらしいぜ。」
「この前なんか50人を病院に送ったって」
「えーこわぁい」
いじめは起こってないが、学校ではこのありさま。ただ喧嘩売ってきたやつを倒してるだけなのに尾ひれ背びれがついてきて今じゃ街の問題児として、不良には目の敵として存在してしまっている。
「ふぅ」
ビクッ!!
俺は深いため息とともに噂話をしている奴らを一瞥し、そいつらがビビっているのを見ると少々申し訳なくなり机に突っ伏す。そのまま惰眠をむさぼる。
 
気が付くとそこは戦場でまた一人の女の姿が見える。しかし何故だろう。これがいつも見ている夢であることはすぐにわかるんだけど、なんで俺は左目だけでこの風景を見ているのか。長年の疑問であり、いまだに答えは出ていない。何故右目が見えないのか。何故本来見えないはずの左目で風景を見ているのだろうか。もし俺が両目正常でみんなの見ている風景を見たいのであれば前者の問いの答えにならない。よってここ最近では気にしないようにしていたのだが、ここ最近頻繁にこの夢を見るので気になり始めている。
「………………………………ッ…」
⁉今回はちょっと違う。この夢で会話が聞こえる。今までこんなことはなかった。
「………ハ………ガシシュ………シナ……」
聞き取りにくいけどなんとか耳を澄ませてみる。が、よく聞こえず、断片的にしか聞こえない。
「…ニゲ…テ…」
?俺に言ってる?この子からも俺のこと見えてるの?
「……コ…ハヤク…ニガシ…」
誰かに言ってる?誰に?
「……った…オマ……オク…ズニ」
そういうと、俺の視界の外から俺を持ち上げる。そちらを見ようとすると始めて体が意志通り動いた。そこで俺は初めて知る。右腕は体から消えており、両足は焼け焦げ胴体は無数のコンクリートの骨組みの鉄のや太さのやつに貫かれそこら中に穴が空いている。一体何が起こったらこんなことになるか想像できないが、目の前、夢の前ではそうなっている。
(あれ?俺って過去にこんな怪我したことあったっけ?)
そんなことを考えてると俺の体は、鉄の棒から抜き出され持ち上げられる。
「…………」
しばしの沈黙の後、
「…ヨウスケ…」
俺の名前をつぶやく。そいつのことが俺は気になりふと目線を配る。そこには寺川晋吾がいた。

ガタッ!
俺はみんなも経験があるだろうが、夢の中で高所から落ちた時と同じ起き方をする。
(ヤベッ!)
この起き方を経験した人なら誰しもが感じる焦り。俺は周りを見回す。しかしそこには誰もおらず、時間は16:30。学校が終わり放課後の時間。グランドには夕日の橙色に包まれながら部活動をする者たちで賑わっている。
「誰か起こしてくれてもいいのに。」
一人でそう呟き、泣き崩れそうなのを抑える。俺は独り。誰も起こすはずがない。
「帰るか」
誰も聞かないのに発した言葉は教室に木霊する。
ガラガラガラ
「おいお前ちょっとこっち来い!」
「昨日はよくもやってくれたな!」
「おかげであいつは病院に送られちまったよ!」
「いや、それは、あの、あなた方が、」
「ごちゃごちゃウルセェんだよ!とっとと屋上来やがれ!昨日のようなミラクルはもう二度とねぇからな!」
そんなやりとりが遠くの、目視できる程度の遠さで確認できる。その風景は三人で一人を囲む。それはいじめの常套手段で、未だに多く利用される方法だ。
「…」
俺はあの子が少し心配になりいじめっ子たちを少し罰を与えるために後を追いかける。彼らはまっすぐ屋上に向かっているようだ。
「なんだあれ?」
瞬間俺の左目に映像が映り込む。いじめられてる子の方の上にいた大猫があの子の中に入っていく映像だ。見えるはずもないのに。
「今日疲れてるんだな。もうとっととやっちゃって帰ろう。」彼らが屋上に行くのを見てからゆっくりドアに近づく。その間に三発ほど人に攻撃してる音が聞こえた。俺は慌ててドアを開ける。
「なんだ?テメェ?」
そこに立っていたのはそのいじめられっ子で他の3人は伸びている。
「あ、いや、君が連れ込まれるの見たから助けようと思って。」
するとその子の雰囲気が優しくなる。それと同時に俺の左目にその子から化け猫が出てくる映像が流れ込む。
「助けに来てくれてありがとう。さっきはごめん。気が立っていたんだ許してくれ。」
「いや気にすんな。無事ならいいんだ。じゃあな」
俺が人と関わるとろくなことないからな。とっととその場を立ち去る。
「あ、ちょっt」
バタン
俺は振り返らずに屋上のドアを閉める。後ろからあいつが独り言を発しているのが聞こえる。
(あいつさてはやばいやつだな。)
俺は早足で学校を出て帰路に向かう。

街中では面倒な奴が待ち伏せをしていた。
「陽介ェ!朝はよくもやってくれたな!」
「晋吾…もうやめようぜ。朝からお前のことみて変な夢まで見るしよ。」
「知るか!てかそれ俺は悪くないだろ!?」
「とにかく今回はマジでそういう気分じゃねぇんだよ。」毎日毎日よく飽きないなあ。てか街中で絡むな。周りに迷惑だろ。
「あ、おい。待てって」
俺は晋吾に肩を引っ張られお互い面を向き合う。チッ
「何勝手に」ビクッ!!
恐らく俺が睨んだから少し驚いたのだろう。さすがの俺も今回は機嫌が悪い。
「うるせぇんだよ。いちいち喧嘩売ってくるな。じゃあな」
俺は周りに迷惑にならないように小声でそういう。
「…あ、てめぇ何調子に乗ってんだよ⁉」
俺が踵を返して歩きだしてから思い出したように叫ぶ
マジでうぜぇ
「わかったなら人目のない t」
コッチ…
「?」
何だ今の声。
コッチ…
「あ⁉人目のないところがなんだって?」
「うるさいちょっとだまれ。」
コッチニ…キテ…
「こっちか?」
俺は声が聞こえる方向の路地裏に俺は足を運ぶ。
「どこに行くんだよ!」
晋吾の言葉に耳を貸さず俺は歩く。
ハヤク…ジカンガ…ナイ
その声が路地裏に近づくにつれてはっきり聞こえる。
「おい!話を聞け!?走るんじゃねぇ!!」
俺はこの声の必死な呼びかけにただならないものを感じ全力疾走で向かう。
ハァハァ…
「ここ…か?」ゼェ
俺は声が聞こえたであろう所に着き周りを見渡す。が、
「おい…ゼェゼェ…なんで…こんな、何もないところに…」
晋吾のいうように俺が向かった場所には何もなく、ビルとビルの間にできた空間。ビルの裏口と思しき扉が
あるのみ。
「いや声は、ここからしたはず。」
しかし周りにあるのはビルビルビルビル。周りに女どころか、何もない。
「気のせい、か…?」
キノセイデハアリマセン
瞬間目の前が白く光る。その光が収まると目の前には素朴なそれでいて美しい艶やかな女性がいた。しか
し目の前に存在するのは岩と岩の間に挟まれた女性。いや、岩に挟まれているというより、岩と岩との間の
空間に閉じ込められているような感じで、顔と手のみが外に出ている。
『ようやくここに呼び出せた』
「…」
あまりの出来事に言葉が出ない。今聞き出すべきことなどがあるのに声にならない。
『手遅れにならなくてよかった。先ず結論から言います。この世界が危ない』
何を言ってるんだ?この女は。
『お願いします。貴女の手でこの世界を救ってください。』
「すまん変な宗教勧誘は他をあたってくれ」
そう言い残し俺はここから立ち去r
『止まりなさい!』
瞬間俺は歩くことが出来なくなる。
『ごめんなさい。でも本当に時間がないの!!』
俺は背中越しに聞こえるその声が鬼気迫る物言いだったので観念し、
「わかった…。でいったい俺は何をすればいい?」
そこで俺を止めていた何かが切れ、俺は自由に身動きがとれるようになる。
『ありがとう。本当に時間がないから要点だけ伝えるわ』
俺は振り返りながら続きを待っていた。
『まず今あなたの世界で異変が起こっている』
「異変?そんなのあまり感じないぞ?」
俺の周りだけに限った話であればそんなのは起こってない
『あなたのまわりにはまだ影響はないみたいね。ただ今後それこそこの後あなたは選択肢を迫られる。』
「選択肢?」
『仲間と共闘するか、ただ無残に死ぬかの二択を』
は?死ぬ?俺が?いつ?それに
「ちょっと待てよ!そんなの選択肢ねぇじゃねぇか!!俺に共闘できる仲間なんていねぇぞ!?」
『この後あなたは不思議な少女に会うでしょう。その娘が最初の仲間になるでしょう』
「なんでそんなことわかるんだよ!」
『わたしはある程度の事は知っています。』
「じゃあ俺がいつ死ぬか教えろ!!知ってんだろ!」
なんでより先にこの言葉が出てきた。しかし相手の反応は俺が期待していたものではなく、それよりもかなり
深刻な、というより悲しみの感情が現れた表情をして答えた。
『わかります』
「じゃあ!!」
『ですが、答えられません。今答える時間がありません。』
俺はそれにより何となく察した。俺が
何回も死ぬ分岐点があることに
『…あともう一つ伝えることがあります。手を出してください。』
俺は言われるままに手を出す。俺は何回も死ぬ可能性がある事実、いやそれを肯定されたわけではない
が反応を見るとそうとしかとらえられなかった。そんな事実を察してしまったのか何の疑問も持たずこの得体
のしれない奴の言いなりになっていた。
『あなたに彼らに対抗する術を託しましょう。』
すると出した手が光る。手の上のほんのり優しい光が少しずつ質量をもち、形を表していく。そこには二つの
剣、亀裂模様をした白色を基調とした短剣、水波模様をした黒色を基調とした短剣のキーホルダぐらいの
大きさのものが形作られた。
『これは干将と莫邪。陽剣が干将、陰剣が莫邪。この武器を使って彼らと戦えます。』
「どうすれば使えるんだよ」
『その剣は繋がっていますがそれを外せば本来の大きさ
戻るでしょう。小さくするには逆の操作を行えばいいのです』
なるほど。ちょっとためしてみr
『さぁ時間がありません。これ以上この空間にいてはあっちのあなたが危ない。あとは体で覚えてください。』
すると目の前が霞んでいきそいつが遠ざかっていく。
「ふざけんな!!おれはまだ聞きたいこt」
そこまで言って俺は白い霧の中の意識に落ちていく。
「とがたくさんあんだよ!!」
「うわッ!?何々何を聞きたいんだよ。」
そこには晋吾の姿があった。
「いきなり声出してどうしたんだよ。」
「いやすまん。変な夢を見ていたんだ」
いあや夢ではない。俺に手の中には確かに干将と莫邪のキーホルダーがある。しかしそれ以外説明のしよう
がない。
「夢?この短時間でか?」
「短時間って 10 分くらいか?」
「お前本当に大丈夫か?1 分も経ってないぞ」
は?ってことはあれが一瞬の出来事だってことか?
「てかお前今日大丈夫か?さすがに今日は帰った方がいいぜ。幻聴や白昼夢なんておかしいぞ。」
晋吾がこんなこと言うくらいだ、今日はさすがに変なんだろう。体調はいいくらいなんだけど。こいつとの決闘
はごめん被りたいので今日はおとなしく帰ろう。
「悪い心配かけた。今日は帰らしてもらうわ」
そう言って振り返ろうとしたとき
ガシャン!!
何かが落ちてきた音が鳴った。そう「何か」と思ったのも、金属音が鳴り響いたからと人が落ちるなんてことを
考えたくないからである。ここに人が落ちてくる。窓からの落下などは考えにくい。何故なら落ちても音が鳴
るはずのない高さにあるからである。よって屋上から落ちてくしか可能性がない。そんなの後ろに会ってほしく
ない。だから無意識的に「何か」と思ったのだ。とっさに振り返ってしまい落ちてきたものを見た。こういう時大
体期待は裏切られる。そこにいたのはなんだ?人、であるのは確定ではあるが、何かがおかしい。何かとい
うのも決して見つけられない違和感ではなく、目立ち過ぎている違和感。そいつの衣服に違和感があっ
た。そいつが着ていたのはなんていったらいいのか、現代には絶対見たことはない。しかしこれはどこかで見た
ことがあるような見た目…何だったかな。
「陽介!!何が落ちてきたんだ?え…女?」
髪の毛は金髪で腰までかかるロング。兜?の間からツインテールが出ている。スタイルはいわゆるモデル体型
で引き締まっている。
「何だっけ、この恰好……あ、聖〇士〇矢のアテナの格好だ!!」
うんそうだね確かにその通りだ。うん。だけどねやめようか。弱小だからって何やっても良い訳じゃないんだ
よ?
「まぁなんかそんな感じの格好だな。てかこいつ死んでない?」
胸の膨らみの方を見る限り呼吸はしているようだ。
「く…ゴホッ!ゴホッ!!…ハッ!?」ガバッ!
どうやら意識を取り戻したらしく急に体を起こし何かを探しているかのように周りをキョロキョロしていた。
「あ、あの~…大丈夫ですか?落ちてきたみたいですが」
晋吾が珍しく物腰低そうに質問を行っていく。女がこちらに気づき目が合った瞬間顔が青ざめ、慌てた様
子で言葉を放った。
「逃げろ!!ここから早く」
ドゴン!!
はぁ…また落ちてきたよ。今度は何?なんで毎回後ろからおt
「避けて!!」
それは俺ではなく晋吾に向かって言った言葉であることを理解し、とっさに後ろを振り返った。そこには両手
を肩の高さまで上げ、肌は白く、髪は一本にまとめられたモノがいた。いわゆるキョンシーがいた。
「晋吾!!!」
俺はそのキョンシーが晋吾に攻撃するのを見て慌てて間合いを詰める。そしてそのまま相手の顔に何発か突
きを入れ間合が詰まったのでこめかみ(らしき場所)に肘を入れる。そのまま距離が空いて足刀をぶち込
む。キョンシーはその場に倒れこむ。
「ちょっと何してるの!早く逃げて!!」
「は?何言ってんだよ見ての通りちゃんと倒しただろ?」
そう、普通の人間には手加減するけど、今回は結構本気でやった。このコンボは俺の得意技の一つで、こめかみに入れて怯んだところを、鳩尾に足刀を入れる。こめかみでワンチャン脳が揺れるのを狙うが、本命はそこじゃない。意識が頭にいっている間に緊張の解けた腹部に足刀を入れる。これにより相手は数分起き上がれない。にしてもキョンシー硬いな。…あれ?
「ちゃんとそっち見て!敵に背を向けるな!!」
キョンシー死んでるから意識なくね?てか痛覚なくね?
「陽介!後r」
キョンシーは俺の右後頭部を伸びきった硬い腕で攻撃してきた。それを紙一重で避ける。一応背後を警戒していたが、もし痛覚がなく、さっきの攻撃が効いてないと気づかなかったら避けるのが遅れていた。
「はぁーー…マジデスカ。痛覚ないんじゃまず今までの戦術効かないじゃんかよ。」
さてどうするかな。首を狙おうにも両腕が邪魔で狙いづらい。攻撃も横成分を含んだ振り攻撃、硬さは鉄並みと来たもんだ。やっぱ上段に蹴りを
「マルトゥース」
訳の分からない言葉を聞き振り返ると女性が持っていた杖と思われる棒状のものの先端が光を放っている
「ヴェル フィンデルミネ」
瞬間先端の光が球状のままキョンシーに向かっていく。それがキョンシーに当たるとキョンシーは光の膜の中に閉じ込められる。そして体が少しずつ黒い斑点が出来ていく。キョンシーが跪く。
「これは倒すのに時間がかかる、だから早く逃げろ!」
「わ、わかった!おい陽介逃げるぞ」
「いや悪い、ちょっと待って」
いやこの状況なら逃げるのに専念しなきゃいけない、それはわかってるんだけど、一つ違和感を感じた。
何故、
「なんで跪く?」
「は?そりゃ苦しんでるからに決まってんだろ!それより早く逃げるぞ!っておい!!」
俺は晋吾の言葉を無視して、一歩ずつ近づきながら、女に質問する
「なぁ、この膜人間には無害?」
「無害だが?」
「ふーんオッケー」
「おい!何するつもりだ!?」
俺は膜の前まで行ってそのまま中に入る。キョンシーは頭を抱えてる。すごく苦しそうにしながら、俺が近づいていくのがわかったのか、俺の方に振り向き右拳で殴りかかってくる。
(やっぱり!)ニヤッ
思った通りで思わず口角が上がっているのに気がつく。
「「危ない!」」
俺はそれを右足に体重を乗せそのまま顎めがけ右拳で殴る。そのまま仰け反ったキョンシーの右腕を掴み、そのまま引き込み、俺の右腕をキョンシーの喉に引っ掛けそのままコンクリに落とす。そのまま顔面に突きの連攻撃を食らわす。何発も何発も
「え、なんで…」
「どうしたんだよ?あ!陽介のあのコンボにびっくりしたのか!あれはなアイツが中学の時」
「そうじゃない!なんで彼はキョンシーにダメージを与えられてるの!?」
「いやそりゃ殴られてるからな。てかあのキョンシーあんなに柔らかかったのか?さっきまでぴょんぴょん飛んで振攻撃しかしなかったくせに。」
「柔らかいのは私の魔法の副作用だ!それより、普通の人間は殴ってもダメージを与えられない!神の力の片鱗を、持ってるアイツらには!」
あの二人が何か話しているのはわかるが内容まではわからない。それほどまでに俺は目の前の敵に集中している。俺は相手の体が少しずつ壊れていこうが殴り続けている。いつもの、いつものいやな感触だ。人を殴るといやな感覚が手に残る。しかも今回に関しては目の前の、動いている物を、それこそ擬似的に人を殺している。これほどいやなことはない。それでもなんで、なんで俺はこんなに
ドグシャ!!
とうとう、光の膜のおかげもあり殴り続けていた顔が崩れた。
「フーーッ。フーーッ。」
俺はずっと攻撃をして乱れた息を少しずつ整える。
「オェーーー!!」
晋吾は目の前の景色で吐き気を催したようだ。
女は少しずつ俺に歩み寄り杖を突きつけ俺に問いただす。
「何者だ!貴様!何故、シンの力を使うことができる!」
落ち着いたのか、俺はこの女をどこかで見たことある、声を聞いたことがある。
「シンの力?なんだそれ?俺は陽介だ、よろしくな」
「ふざけるな!お前はシンの力を使いながらこのキョンシーを倒した!私たちを騙すために量産型の手下、キョンシーを倒したのであろう!私はもう騙されない!!」
何か荒ぶっている女に圧倒され、怒りがこみ上げながらも俺は問いただす。
「どうしたら俺を人間だと信じる?」
「神々の武器を見せろ!」
「神々の武器?」
「貴様が人間なら女性から何かもらってるはずだ!そのもらったものを見せてみろ」
武器?女性?貰ったもの?…あ、もしかして
「これのことか!?」
「なんだこれは…。たしかに神々の武器であることは間違いないな。わかった。私が悪かった。」
「オェ、ハァーハァー、何かわからないけど話まとまった?じゃあお姉さんとりあえずこの現状説明してくれない?」
女は少し渋った顔の後、しゃあないかといった感じの表情をしてから
「わかった。お前らはもう巻き込まれてしまったからな。知る権利はある。ついてこい。ここじゃ具合が悪い。」




場所が変わり、とある喫茶店。人はいなく閑散としている。それぞれ頼んだドリンクが来たところで女が口を開いた。
「さて本題に入ろうか。何か質問はあるか?一つずつ答えてやる。」
「あれは何?」
晋吾は真面目そうな雰囲気で問う。
「キョンシーか?神々の僕、それも量産型のな。」
「神々って何?てかそのお前が持っているものは何?それに魔法って?シンの力って?」
「晋吾。」
晋吾はそこで冷静になったらしく俺の方を見てそのまま黙り込んだ。
「質問はひとつだな。じゃあ聞くけど、お前は何と戦っている?そうだな戦う起源から話してもらおうか」
「そうだなどこから話そうか…貴様ら神話というものは知っているか?」
「古事記のことか?それはよく知っている。」
「そう、日本では古事記、ギリシャではギリシャ神話などなど国には国の神話がある。私はその神話の神々と戦っている。」
「全部の神と!?」
「いや、一部のこの戦いに参加してる神とだ。」
「なるほどな、それで?戦う理由はなんだ?」
「神々はこの世界を作り直す気なんだ」
作り直す。なるほどなつまり、
「え、それって多分神のことだから自然を壊したから、地球を穢した文明を神の力で無くし自然豊かな国にするってこと?文明無くなるのはいやだけど戦うまですることなのか?」
晋吾はわかってないようだな。しょうがない
「なぁ晋吾。どうやって自然を増やすか考えたか?」
「え?そりゃぁだって魔法か何かで植物の成長を速めてだな。」
「じゃあそれができるかとしよう。例えばパンにしよう。お前はパンの袋の中の一枚がカビてたとする。お前はその一枚のパンをとり、カビを取り除いたらそのパン食べるか?」
「いや捨てる。なんなら袋ごと捨てる。」
「それな何故だ?」
「その袋にはカビがいて、目に見えるところのを取り出してもカビはまた生えてくるから。てかなんでカビの話をしてるんだ?」
これで気づかんのか…
「だから神も文明を滅ぼしたところで人間が文明をまた発展させるから魔法で自然を増やすことはしないんだよ。」
「は?じゃあどうやって…あっ!」
「この地球を捨てる。地球を捨てなくても人間は絶滅するだろうな。少なくとも地上のものをすべて無に帰して。」
「そう、それがこの戦争の始まりなのだ。神々は人間の世界を壊そうとしてる。だから私は今戦っているのだ。」
「マジか…それじゃ勝ち目ないじゃんか!神になんて!」
「そのための神々の武器とシンの力だ。」
「そこだそこ!さっきから引っかかっていたのは。何故神々の武器を持てる。」
そう、神との戦争ならわざわざ武器を与えるわけがない。
「実はな、この戦争に参加してる神の中にも反対派、賛成派がいてな武器は反対派が横流しにしてくれるんだ。あとは参加してない神の気まぐれだったり、試練だったり、人間界に落ちてる武器をたまたま拾ったりなど手に入れる方法はいくらでもあるんだよ。」
なるほど。武器についてはよくわかった。じゃあ
「シンの力とは何だ?」
「シンの力とは私たちが身につけられる力のことで、
シンの力を手にし、シンの力まで達し、シンの力を身につけ、シンの力に至る。」
「何を言ってるか全然わからねぇ。どういうことだよ!」
「漢字にするとこんな風になる。」
新の力を手にし、心の力まで達し、真の力を身につけて、神の力に至る。
なるほどおそらくこれは強さの段階を示しているんだろう。真の力とは新と心を合わさった時の力で、神の力とは真の力を極限まで強めたものだろう。
「新の力とはすなわち武器。神々の武器をさしてる。力についての文献にも人間の知性、知恵、知識が合わさった力と書いてある。武器はそれに該当するのだ。だからお前に聞きたい陽介。」
何故か女は俺に疑念の目を向けている。
「何故お前は武器を持たずシンの力を使えるのだ!?」
「え、だって陽介は武器を貰っていたんだろ?なら持っていてもおかしくないだろ。」
「違う!本来神の力の片鱗を持ってるキョンシーにダメージを与えるには真の力を使わないといけない。だが真の力は新と心を使わないと使えないものなんだ。」
なるほど、だからあんなに荒ぶったのか。
「すまん。俺もよくわからない。才能で片付かないのか?」
「…。今はそれで納得する…しかないよな。」
まるで自分に言い聞かせるように、無理やり納得させる。
「とりあえず私が知ってることはすべて話した。すべてを知ってもらったからには私たちに協力してもらうぞ!」
たしかに、すべてを知った。こんな事一般人にバラされたらみんな混乱して人助けなどできはしない。
「しょうがないな!俺にできる事ならなんでも言ってくれ!地球を助ける機会なんてそうそうないしな!な!陽介!!」
「そうだな確かにそんな重大な役目は中々来ないよな。」
「それじゃあ引き受けてくれるんだな!」
女は嬉しそうなトーンで言う。
「だが断る」
俺はそう言い放ちその場を立とうとした


カコーンカンコーンコンカコン
道場内に木人椿の音が鳴り響く。いつも通り道場での稽古。師範と門下生たち(5人程度)の稽古前、心を落ち着けるため木人椿で型の確認をする。
「おいおいどうしたんだ?そんなに荒れて。」
「別に、いつも通りだろ」
師範が木人椿が鳴る音を聞いて俺の心が荒れてるって感じたらしい
「いやいや何年お前の音を聞いていると思ってるんだ。お前の心が荒れてる、というより表面で落ち付けようとしても深層の方では何かが昂ぶってる、そんな感じじゃ無いか?」
なんでこの人はいつも的確に当ててくるのだろうか。おれそんなに感情が読みやすいか?いや学校での陰口でよくわからないって言われてるし、
「なんだ?もしかして人を殴るのが快感になってしまったのか?」
「そんなんじゃ、」
ない。とは言えない。先ほどのキョンシーとの戦い、いや殺し合いで、俺は何とも言えない胸の高鳴りを感じて、しかし、倒した後もそれは収まる事はなく、むしろ昂ぶっているかの様にも思えた。
「師範、これから言うことは、この道場をやめて、武をやめる覚悟を持って言うからまじめに聞いて欲しい。」
師範はいつも以上にまじめな顔で話すのを待っている。
「今日俺がやった相手は、本気を出さなきゃ俺がやられて、死んでたかもしれない。そんな相手だ。」
「そんな奴がまだこの街におるとはな。」
師範も俺の噂ぐらい聞いた事があるだろう。ゆえのコメントだったんだな。
「けど、俺が本気を出すと、そいつが動かないくらいにやってしまってたんだ。しかも俺はそいつ相手に2対1であっという間に倒した。」
師範が少し驚いているのがわかる。
「けど、俺は終わった後、この戦いがいつまでも続けばいい。終わらずに殴り合いたいって思ったんだ。それが今でも心の奥底に燻って離れないんだ。こんなの俺をいじめた奴ときっと同じだって、こんな感情を持ってはいけないってわかってはいるんだ。でもどうしても収まらない。なぁ師範俺は武をやめるべきなのか、?」
師範は何とも言えない、表情をしてる。そこから下を向き、肩をわずかに震わせる。少し経ってからハァとため息をついて真剣な眼差しでこっちを見る。
「陽介。あの、な…」
?師範の様子がおかしい。何か感情を我慢してる様に見える。
「お前、、が持って、る、ふ感情は、おかしな、、、ふおかしな、、ふふ、、。」
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
こいつ!我慢してたのは笑いだったのか!どうにか顔に出ない様に何とも言えない表情をしてたのも、肩を震わせてたのも言葉が途切れ途切れなのも全部笑いをこらえていたのか!?しかも腹を抱えながら笑いやがって!!
「テメェ!!!フザケンナ!」
俺は怒りに任せ師範に拳を振るう。師範はそれを笑いながら受け、ある一発を流し、足をかけ、俺の体勢を崩す。すぐさま俺は振り向き立ち上がろうとするが、師範は俺の首元に手刀の先を突きつける。
「いやいやすまんすまん。お前の悩みが、可笑しくもあり嬉しくもあったからな。フフ」
「嬉しいだ!?何でだよ!人を傷付けることに快感を得てるんだぞ!そこのどこに嬉しい要素があるんだよ!」
師範は子供に諭す様に優しい声で答える。
「陽介。それはお前に好敵手になりうる存在が現れたからだ。好敵手との戦いはどんなにガマンしても武人であるならば、血湧き心踊る。お前はようやく本気を出せる相手に巡り会えたんだ。今そいつがどうなっているかはわからないが、少なくともお前はまだまだ上を目指せるってものだ。ハッハッハッハッハッ!」
好敵手、、そうか俺は武道をして初めて稽古以外で本気を出せる生き物が現れたのか。たしかにいつも俺は手加減して、自分は全然本気出してないのに俺が悪者扱いされ、こんなものだと諦めていた。
「もしそれで納得しないなら弱いやつでも倒してくればいいさ。犯罪者なら殺しても、ってわけじゃないけどある程度は殴っていいから」
「いやそれは、」
流石に弱いものを自らいじめるのはちょっとな。俺にも信念があるし、
「納得したならそろそろ切り替えてくれ。もうそろそろ子供達が来るから」
と笑いながら流してくれる。
「子供達に悪影響だもんな。師範サンキュー」
悩みがスッキリ解決してくれた師範に感謝を伝えて切り替える。



「「サヨーナラー!!!」」
子供達が元気よく挨拶をして今日の練習が終わり俺も帰路につく。街灯がポツポツとあるような薄暗い夜道。平和な日本ではあるが、やはり不審者などは存在し、さらに街の不良とかにも目をつけられている俺はよく闇討ちっぽい物をされ、この道では警戒を解けない。現に今も俺の後ろを付いてくる人の気配がある。俺は足を止めてそいつがどんな行動をとるか伺った。しかし、そいつは俺が足を止めても尚足を止めることなく近づいてくる。俺がゆっくり振り返ると、そこには晋吾がいた。
「陽介、なんで断ったんだよ。この世界が大変なことになっているのに!そんだけの力があるのに!なんで!」
晋吾は少し興奮した感じで俺に問いかける。
「俺にはそんな力はない。俺は凡人で、世界なんて考えられない。自分と、家族を守るのが精一杯だろう。」
「そんなことない!お前には世界を救える、シンの力を持ってるって言われたじゃないか!お前なら救えるって!」
力を持ってる持ってるウルセェんだよ。
「そんなに地球を救いたいならお前だって力を持ってるだろ。」
「俺が何を救えるんだよ!」
「お前は俺に喧嘩ふっかける奴らの中で一番強い。そこだけは認めてやる。」
晋吾はいきなり認められてちょっとびっくりしたような表情を見せる。
「ただ、それを使って何故イジメをしてるやつをやろうとしない?何故自分のために使ってるんだ。」
さっきの表情とは違い少し後悔してる感情を含んだ表情を見せ、
「そ、それは…」
俺はずるい奴だ。こいつが後悔してるのを知っておきながらそこをついていく。
プルルルプルルル。プルルル
俺の携帯が鳴り響く。画面を見ると母親からだ。
「もしもし」
「あ、陽介!大変なの!あのね、日向がね、帰ってこなくて、警察に、連絡あ、まずお父さんに!」
「ちょっと落ち着け!まず状況を説明しろ!」
母親はかなり取り乱しており、少し落ち着いてもらってから説明してもらった。妹の日向は夕方中学校から帰ると友達と遊びに行ったとのこと。夜7時ごろ玄関先で物音がして外に見にいくと玄関先に日向の荷物があり、そこから音信不通になったという。現在時刻は夜9時半。2時間半も音信不通なので誘拐ではないかとの電話だった。
「わかった。まずお袋は、警察に電話、そのあと親父に報告。自宅待機。それから、」
すると後ろの方からバサバサと音がする。振り向くとそこには、闇に紛れる黒色の体色。人間大の体躯。背中に広がるボロボロの翼。骨ばった体表。目はつり目で赤く光っている。
「悪いちょっと切らなきゃ。お袋はさっき指示したことを行なって。俺はこっちで探すから。」
そういうと、電話を切る。
「おやおや神の使いさんが何かご用ですか?」
「ケヘヘヘ!!なぁにそんな身構えるな。大人しくしておけば傷つけたりしねぇよ。ケヘ。」
不気味な笑みを浮かべてそういうと、飛びかかってくる。俺はそれを避けそいつの方を向く。
「陽介!!」
晋吾がそう叫ぶと使いは晋吾の方を睨め付ける。
「ヒッ!」
「晋吾!お前は大人しくしてろ!」
「ケヘヘヘ。そうだぜぇ。慌てなくてもテメェを連れて行ってやる。」
「おいお前!人間を連れ去って行ったりしてるのか!?」
「勘のいい奴め。そうだ。今人間をさらえるだけさらってるんだよ。」
俺は最悪な状況を想定してしまう。俺は携帯から妹の写真を見せ問いかける。
「こいつを攫ったりしていないか!!」
「あぁ?あーそのメスか。さっきここら辺で拾ったよ。今頃アジトで怯えてるだろうなぁ。ケヘヘヘ」



(あ、足が動かない。あの悪魔ににらめつけられただけなのに。蛙に睨まれた蛇みたいに動けない。てか日向ちゃんが攫われたのか?そんな、陽介!クッソ!俺が今こいつを殴れれば)
俺は自分の無力さに下を向き願う。どうか少しでもいいから動いてくれ!と
ザワッ!!
一瞬。凍てつく風が吹く感覚がした。その風が吹いている方向を確認すると陽介が、いる。足が震える。これは多分あの悪魔への怖さじゃない。これは多分。
「おい。てめぇ。」
陽介何かをいっt
「グァァ」
悪魔が叫ぶ直前陽介は消えて、瞬間悪魔の前に立ち、悪魔の顔を殴っている。
「てめぇ。日向に何するつもりだ。」
「関係nグフゥ」
有無を言わさず顔面を蹴る。
「答えろじゃなきゃてめぇの骨を一本ずつおるぞ。」
「じゃあやってみろよ」
そういうと、陽介は、顔面に何発も何発も何発も何発も何発も何発も何発も何発も何発も入れる。無言で。
「い、いけ、贄に、人間を、使、うんだよ。なん、の、いけに、えかわからないけどなゲホッ!」
「じゃあ今頃日向は…。クソがーー!!」
陽介はまた殴ろうとする
「ま、まて!今すぐにではない!」
陽介は拳を止める。
「いつに生贄になる。答えろ」
「さぁな。俺もわからない。」
何発も何発も何発も何発も何発も何発も何発も殴る。無言で。
「本当だ!本当に何も知らない!!頼む!」
「…わかった。じゃあどこに連れて行ったか、教えろ。」
「それは言えるわけグアァァァァァ!!グ、ググ…」
陽介は右腕の骨を折る。
「おいおい。今置かれてる状況がまだわかってないのか?もう一度聞こう。どこにいる?」
ちょっと悪魔が可哀想になってきた。でも珍しいな。あいつがここまで怒るなんて。そりゃあそうか。妹が生贄に捧げられそうなんだから。
「仲間を裏切るわkグワァ!!」
左腕を折る。
「どこにいる?」
「わ、わかった!おしえる教えるから!」
とうとう悪魔が根をあげた。いやよく頑張ったよボコボコにされてから腕2本まで我慢してたんだから。


「そこを右だ。」
さっき俺がボコボコにした使いに案内をさせてる。クビに紐を結びつけ手綱を持つようにしている。日向、無事でいればいいけど。
「次左だ」
こいつを殺したいほどでは有るがそれは俺の信念に反する。命あるものは大切にしなきゃな。
「陽介、間違ってたら悪いんだけど、お前今命大切にって思ってない?」
晋吾が的確に俺の心を読んでいる!?
「なぜわかった?」
「いやなんとなくだけど、長年いるし、てか命大切にしてる人はこんなことしないからな!」
「え、生きてるじゃん。」
生きてるんだから大切にしてるだろ?それに腕2本で許してやってるんだから。
「つぎを左だ」
また使いの指示通りに行く。
「止まれ。」
「ウグッ!」
俺は使いの手綱を引っ張り止めさせる。使いは情けない声を上げてその場に落ちる。
「次はないぞ。」
「な、何がだよ」
「ちょっと遠回りしたろ。次やったら今度は両足を貰うからな」
「何の話だ!俺はちゃんと、」
俺は使いの顔を掴み持ち上げる。使いは持ち上げられながらバタバタとしている。
「時間稼ぎならもう少しわからないようにしろよ。さっき左に曲がった道をまっすぐ来たところに出ただろ。次やったら両足貰うからな」
妹が危ない、時間がないという、焦り。自分の不甲斐なさ、さらにこいつへの殺意を押し殺し、脅迫をする。
「、、」
使いは流石に観念したのかもう一度案内を始める。
(日向、今頃怯えてるだろうな。くそ!さっき神の話しを聞いた時にもう少し俺が警戒しておけば)
後悔をしても仕切れない、俺の考えが甘いあまりに家族を危険な目に合わせてしまった。あの時しっかり忠告を聞いていれば。



「何故だ!?あなたには人類を救える力がある!その力を持っておきながら何であなたはこの条件を断る!?」
女はまた声を荒げ俺に問い合わせる。まぁ普通の反応だよな。さっきの流れだと俺が快諾する流れにもかかわらず断ったのだからキレられても仕方がない。だが、
「すまん。はっきり言って世界とか俺には興味ない話だ。別に名誉が欲しくて強くなったわけじゃない。」
「じゃあ、何の為に貴様は強くなろうとしたんだ!」
何の為に。そう問われたのは去年師範に問われて以来だな。
「俺自身を守る為だよ」
ふと晋吾の方を見た。もちろん何となく見たわけじゃなくこいつが変に気にしてないか気になったから見たわけだが、
「貴様はキョンシーを倒せるほど強い!もう自身を守る力はついただろ!自身を守れればそれで十分なのか!?」
やはり晋吾はなんとも言えない、後悔、怒り、葛藤それらを含む表情をしている。
「たしかに俺は襲ってくる奴らから身を守ることはできる。だから次は家族を守る力を手に入れる。世界はその次だな」
「その家族が襲われたらどうする!私たちの組織に入ればどこで人間を襲うか分かるんだぞ!?」
なるほどたしかにそれなら入った方がいいかもしれない。だが、俺には世界を救うなど大それた事は言えない。
「その家族とやらも世界が終わったらいなくなってしまうんだ!それでも協力しないと言うか!」
たしかにその通り。世界が終われば守る意味がなくなる。俺が守ってきたもの、大切なもの、道場のみんな、俺を救ってくれた師範、家族、そして俺自身も。みんなみんな消えて無くなる。しかし、
「ならいっそこの世界が壊れればいいんだ。こんな腐った世界、表面上の平和しかないこの世界なんて無くなってしまえばいい。そうすればいじめ、自殺、紛争、難民、全てがなくなるからな。」
俺は何度世界を壊したいと思ったか、何度この世界がなくなればいいと思ったか。何度この世界から逃げたいと思ったか、こいつらにはわからない。
女の反論が来ない?俺は女の顔を見る。そいつはただただ静かに音を立てず拳を強く握りしめて涙を流していた。
「そこまで言うならもう貴様には頼らん。だが気をつけろ。最近人間が神の使いに攫われてると情報が入っている。助けてもらった礼だ。もう二度と会いたくない。」
力強く、たしかな信念のようなものを含んだ声で俺に告げる。
「そうだな。飲み代ここに置いておくから。じゃあな」
そして俺はその店から出て行き道場に向かった。


あの話を聞いていれば日向が攫われなくてよかったかもしれないのに。
「着いたぞ」
俺が思い出している間にいつのまにか目的地についていたらしい。そこは廃工場となった建物。人気はなく、鉄はそこかしこに赤さびがあり、ドラム缶が乱雑に倒れており、木材はチラホラ腐りかけている。そして何より、夜ということもあるが、建物全体が醸し出すドヨーンとした雰囲気。お化けが出そう。この建物の前に来た一般人はそう思うだろう。こんなところに人間が収容されてるとはつゆ知らずに。
「わかった。もうどこか行っていいぞ。二度と俺の前に顔を出すなよ」
俺が手綱を手放した途端バサバサと全力で羽ばたいて逃げていく。
「陽介、あれは流石に可哀想じゃないか?虫みたいに扱って」
「すまん晋吾今お前の意見に返事をする余裕はない。」
「そうだよなすまん。行くか」
俺と晋吾は建物の中に入っていく。日向が無事なことを祈って。



建物内を慎重に歩いていく。出来るだけ物音を立てないように。俺はイジメられてた時にイジメっ子から逃げるのに使ったから足音がならないようになっているが、晋吾ができるのは驚きを隠せない。晋吾曰く、
「陽介に奇襲する為に身につけた」
だそうだ。こいつも暇だな俺なんか相手にしちゃってさ。
などと考えているとふと、目の前に人の気配を感じる。
「晋吾」
俺は晋吾に聞こえる程度の声で呼びかけてドラム缶の陰に止まる。
「いたの?」
「おそらく。ちょっと覗いてみるから物音立てるなよ?」
晋吾は首を縦に振り肯定を態度で示す。俺はゆっくり横から顔を出し、そいつの姿を目視する。
「あの女、こんなところにまで」
「え、あーあの子。そっかここにさらわれてる情報掴んでたんだ。」
今日の昼喫茶店で別れた防具をつけた女だ。組織か何かがここを掴んだのだろう。俺らより早く来てるとこを見ると流石は組織といったところだろう。
「あの子がいるならもう俺ら要らなくないか?お前だって殺し合いに参加したくないだろ?」
晋吾がいうのも一理ある。俺は基本殺し合いどころか喧嘩自体もしたくない。だから晋吾やほかの不良にはうんざりしている
「…。いや、俺は」
だけど俺が武道を始めた理由は、
「俺は自分の手で日向を助ける。そうじゃないと、俺が武道をする理由がなくなってしまう。」
「…了解。じゃあ俺もついていくよ。」
「お前がいたところで何も変わらないと思うが?」
「お前のためじゃねぇよ!俺が強くなるために、お前を倒すためにお前に付いていくんだよ!」
「バカ!声がデケェよ!敵にバレたら、」
「バレたら何だって?」
ビクッ!?
俺は心臓が跳ね上がるのを感じ、背後に意識を置き動きを警戒しながら恐る恐る振り向く。
「なんでお前たちがここにいるんだ。」
そこには女が立っていた。
「お前たちは組織に関係ない。シンの存在も関係ない。そんな奴らがここに何の用だ。」
声は最小限、しかししっかりと強い意志を感じさせる声で俺らを追い返そうとする。
「関係はあるんだよ。」
「ほう。どんな風に関係している?」
「妹が拐われた。ここの神の使いとかいう悪魔っぽい見た目のやつに。」
女は顔を強張らせて、言葉を探しているようだった。
「それは残念だったな。だからあれほど組織に入れと言ったのに。」
「まぁそこは多少後悔もあるが、今はそんなのどうでもいい。妹を助ける為に俺はこの先に進む」
「ふざけ、」
女は言葉を途中で飲み込み、少しの間黙り込む。何か考え事をしている様だ。
「わかった。不本意だが、私1人ではここの数を制圧できそうにない。すまないが妹を助けるまででいいから手伝ってくれ」
女は本当に不本意、いやいやという感じで俺に頼んでいる。こいつは短い付き合いだが、プライドに関しては人一倍高い。だからおそらく断腸の想いで頼んでいるのだろう。
「大丈夫、妹の安全を確保したらここの敵全て追い払うくらいは行うよ。」
女は少し、ポーカーフェイスを守ってはいるが、少しだけ顔の表情が、和らいだ。
「すまない。」
「おいおい俺は?俺を置いていくな!俺だって役に立つんだから!」
晋吾がここぞとばかりに会話に入ってくる。
「わかったわかった。お前も後をついてきていいからちょっと黙ってて。おい女、人間がどこに捕まってるかわかるか?」
「私の名前はシンシアだ。フルネームは伏せておくが、これからはシンシアと呼んでくれ。」
「わかったシンシア。人間はどこに捕まってる?」
「この先だ。あの階段の下。あそこに沢山の生命反応があった。」
「わかった。じゃあ行こうぜ。」
俺らは先ほどシンシアが見つめてた階段を降っていく。



階段をしばらく降りると少し開けたところに出た。そこは下に広場があり、上の方にギャラリー的な足場がある。俺らはギャラリーに出たらしい。下の広場には人間が数十人まとめられており、使いが見えるだけでも50から60はいるだろう。
「ウヘェ、なんかアリの巣を少し掘り返したみたいになってるよ…。気持ちワリィ。」
「思ったより数が多いな。シンシア範囲魔法ってないのか?」
「あるにはあるけど時間がかかる。これだけの数を殺すなら。」
「出来れば殺さないこと出来ないか?あまり命を疎かにしたくはない。」
「…できないことはない。ただ場所を指定して、そこに転送ってなると殺すより時間がかかる。魔法は呪文だけじゃなくイメージが必要なんだよ。」
「どのくらいかかる?」
「10分は欲しい。」
「了解。じゃあ晋吾はシンシアとここで隠れてろ。」
「は?陽介何を言ってるの?」
俺は晋吾の質問に答えず、蟻みたいにウジャウジャいる広場の中に飛び降りる。そのまま下にいるキョンシーを踏みつけ足を折り動けなくする。
「よっ!」
テキシュウ!!テキシュウ!!
あーあーぞろぞろ集まっちゃって、流石に50前後相手は厳しいかな。まぁ出来るだけ戦闘不能にしようかな!



敵は、羽の生えた悪魔、キョンシー、ゾンビ。陽介はそれを最小限の攻撃で戦闘不能にしている。ゾンビは蹴りで膝を折ることを優先して、余裕があれば肩を外す。痛覚はなくても関節を外されたら動くこともできない。キョンシーは硬く関節を外すことが叶わないから一発上段蹴りを食らわせてから突きを何発か入れ、少し怯んだら手を取り裏に転回し、小手を返す要領で投げ飛ばす。鉄の塊が勢いよく飛んできて、そこらへんを飛んでいる悪魔も撃ち落とされる。そのまま羽根の関節を折、飛べなくしてから脚を折る。これらを襲ってきたやつから順に対処していく。あいつ一体どんな集中してるんだよ。あ、ヤバイ!そっちは壁が!でもシンシアの位置をバレるわけにはいかない。陽介は少しずつだが押され、壁の隅に追い詰められてる。しかも少しずつだがこれだけの数、陽介も疲れが見え始めてる。そりゃあそうだ。もうかれこれ十数人近く戦闘不能にしているのだから。




ハァハァ。後何人だ?クソ!呼吸が重い。口の中が気持ち悪い。唾液がベタつく、長距離走を走ってる時のような感じ。体も呼吸も重い、腕がそろそろ上がらなくなってきた、もう少し多対1の練習すれば良かったな。
キシェェェ!!
(あ、ヤベ!)ゴッ!!
悪魔みたいな奴のパンチをくらってしまい尻もちをつく。そのまま敵に畳み掛けられる。蹴られたり踏まれたり、棒で殴られる。
(あ、ヤバイ、このままだと死ぬ。何か、何か…)
ゴリッ!!
俺の太ももと地面の間にあるナニかが俺の太ももにえぐるような痛みを与えた。俺はポケットに手を突っ込みそのナニかを取り出す。そこには岩と岩に挟まれていた女にもらった双剣「干将と莫耶」のストラップ(ぐらいの大きさのもの)があった。
「どう、せ、やられ、るくらい、なら…」
藁にもすがる思いで、その双剣を外す。すると、今までストラップの重さで済んでいた二つの剣が、大きさと共に質量が増し、ズシリと手にのしかかる、しかし、なぜかその剣は俺に馴染む、そんな気がしてならない。俺は使い方が分からず、右手の干将をガムシャラにブン!と振り回した。すると敵達は剣の風圧に吹き飛ばされ、俺はリンチから逃げることができた。
「神々の武器を使うだけでこんなにも違うのか…」
俺は立ち上がる。体が軽くなっているのを感じる。まるで羽のように。敵は何が起きたか分かっていないかのように俺の方を傍観している。
ダンッ!!
地を蹴り、敵達との間合いを詰める。俺は剣で、足の腱、内手首を少し切り、行動を制限して武器を持てなくする。
(敵の動きが遅い。俺が懐に入ってから俺に気づいて動いている。)
相手が気づいて動こうとした瞬間には俺は剣で切って、次の敵に移行する。その行動を繰り返す。そうするうちに目の前の敵は半分にまで減っていた。
(これならいける!これで敵を無力化しながら日向を助けられる!)
俺は人間が固められてる広場の真ん中を目指し突っ込んだ。
「に、ニンゲン!あまり調子にのるナァァァァァ!!」
震えた大声が、建物内に響く。そこで敵達、俺は動きが止まる。
「き、貴様がこれ以上動くならこいつがどうなってもいいのか!!」
悪魔のような風貌の敵は1人の少女。俺の妹日向を腕に抱えてそう言った。俺の中で何かが少しずつスーッと引いていくのがわかる。
「そいつに手を出したらどうなるかぐらいわかるだろ?」
「グッ!お、お前がこれ以上手を出さなければ何もしない!」
駆け引きのつもりか?そんなもの駆け引きにならないだろう。
「じゃあ今すぐにテメェをぶち殺してやるから待ってろ。」
俺がそのまま一歩出したとき。
「あ、兄貴…?」
「なっ!」
敵が全員驚愕している。日向が目を覚ました?何故日向だけが?
「な、何で起きてんだよ!?おい!どうなってんだ!」
「え、え、なに?なにがおきてるの!?あ、あにき!どうなってん」キャッ!
「うるせえ!何でおきてんだよ!あと三時間はおきないはずだろ!」
悪魔が日向を引っ叩く。
スーッと何かがまた引いていく感覚に陥る。
(生贄だからかなり手加減はしてるようだが、日向が傷ついたことには変わりない。)
「おい催眠をもう一度かけろ!もう少し強い催眠を!」
日向は思いっきり抵抗するが、悪魔に頬を掴まれ頭を抑えられ無理やり眠らされる。
(あいつ、日向の扱い悪くねぇか?それとも生贄に対してみんなあーなのか?もしかしてここに連れてこられた時もあんな風にされたのか。)
俺の中で色々な感情が入り混じる。そして答えを見つけようとさらに思考までもが入り混じり、ごちゃごちゃする。
(もし、もしそうだとしたら、もう

もうこいつらどうでもいい。)
そして俺の中の何かがスーッとなくなり冷たくなった。
『ソウダ、ソレデ』



「クッソ!あいつ日向ちゃんを人質に取りやがって汚ねぇ。しかも生贄になんて扱いするんだよ!」
日向ちゃんは悪魔の技によりまた眠らされている。生贄は殺されないってわかっていても扱いが酷過ぎる。知り合いってだけで最後に関わったのが小さい頃だったけど、流石に腹わたが煮え繰り返りそうになる。陽介は恐らく怒り狂っているだろう。俺は陽介の方を見て様子を伺った。
「陽介?」
俺が見た陽介は怒り狂うわけではなく、ただただ無表情に、静かに、脱力して、敵の方を冷たい目線で真っ直ぐに見つめる。いや見つめるはちょっと違う。なんだろう、本当に意識があるのか、見つめているというより放心してるかのように目に光を感じない。そんな雰囲気。敵達も陽介のその雰囲気に只ならぬものを感じ建物内には静寂が訪れる。
カツンカツン
静寂を破ったのは陽介の足音。陽介はゆっくり敵に近づいていく。
「おい!何をしている!敵が向かって来てるんだ!ボーッとしてんじゃねぇ!ヤレェ!」
さっきの日向ちゃんを眠らせた悪魔が声を荒げて叫び、一斉に陽介に飛びかかる。
しかし、敵は陽介を素通りしていった。
「なんで陽介を無視すr」
ドサドサ
敵が、陽介を無視した敵達が一斉に倒れこむ。何が起こっているかはわからない。どんどん敵が来てもまた時間差で倒れこむ。陽介が歩行を止めると
「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
今までに聞いたことのない叫び声、と共に敵達をなぎ倒す。
「ヒッ!や、やってられるか!俺らは逃げるぞ!」
敵達も流石の実力差に逃げようとする。
グァァァ!!
しかし、逃げようとする敵ですら陽介は倒す。そして逃げ場のないように入り口を陣取る。
「おかしい…何で、何であいつは逃げる奴を切った…?」
やつはどんな奴が襲ってこようがどんな時ですら命を大切にする奴だ。どんなに酷い仕打ちをしようと、自分に敵意がない、戦意がない、そんな奴らに力を振るうことはない。なかったはずだ!それなのに今のはおかしすぎる。
「ウガァ!がぁぁ!あァぁァァァ!!」
敵を倒すたび叫び声をあげる。しかし、それは叫び声というにはあまりにも人離れしており、まるで飢えた獣の雄叫びのような荒々しく、いつも冷静な陽介とは思えないものであった。何体も何体も倒していくうちに、先程まで指揮をとっていた悪魔一体だけ残った。
「く、クソ!調子にのるなァ!」
悪魔は羽を思いっきり広げ、地を蹴り、低空飛行で陽介に突っ込む。そして陽介に鋭い爪で引っ掻く。が、引っ掻きは空を切り、そのままバランスを崩し地面に倒れこむ。
そして悪魔が起き上がろうとする前には陽介は悪魔の後ろに立ち、悪魔の両翼を切り落とす。
「グァァ…」
悪魔はあまりの痛さに声にならない声で叫ぶ。
そして、足の腱、手首の筋を切り、両手両足を使えないようにして、悪魔を仰向けにする。
「た、頼む、助けてくれ!そ、そうだ!人質は解放する!そして上の人に頼んでお前の家族、親戚、知り合いには手を出さないよう取り合ってやる」
しかし陽介はその言葉に耳を貸さず、いや貸さないというより聞こえてないと言った方が良い。そんな感じがする。その言葉が聞こえず、腰に剣を置き、両手で柄をもつ。
(やばい!あいつ殺す気か!)
ここまでの仕打ちを見れば殺してもいいと思うかもしれない。俺もそう思う。しかしそれはあいつが理性を保って判断したならだ!今のあいつはなんかおかしい。あいつはあいつじゃない。気がする。だから今悪魔を殺すのは良くない。
「陽介!!ヤメローー!!!!!!!!」



何だ?これは。夢?夢を見ているのか?体がいうことを聞かない。しかし、しっかりと体が動いてる。しかも映像が少しぼやけている。
(あー、これは夢か。あれ?俺は戦ってなかったか?あれも夢か。日向を誘拐されたのも、変な女に組織に誘われたのも、変な生物と戦ったのも全て夢なんだ。…夢だったのか。変な生物との戦いの高鳴り、もっと戦っていたいと思ったあの時間。日向が誘拐されながらも、あのレベルの敵が沢山いるという昂揚感、興奮、負けそうな時の焦り、不安、恐怖、それらをまとめたワクワクする感覚が、全て夢だったのか。)
映像が悪魔を追い詰めて、命乞いをしている。
(おい俺!なんかとどめ刺そうとしてないか!?やめろ!生き物を無駄に殺すようなことはやめろ!頼む!意思通り動いてくれ!)
無情にも俺の体は意思と関係なく動く。
(ヤメローー!!!)

「陽介!!!!ヤメローー!!!!!!」

晋吾の叫び声。それと同時に俺の目の前に写っている映像にかかっていたモヤが、パリンと、薄ガラスのように割れて砕けた。同時に体が意思通り動きとどめを刺す一歩手前で止まる。それは俺に命を殺してない安心感と、夢ではないという絶望感を味あわせる。というのも、周りを見ると、殺してはなくても瀕死の状態の奴らが倒れ込んでいる。
「陽介!準備ができたぞ!」
シンシアが俺に叫びかける。
「オーミネス エミン スン ファクトース クエスト エイ トリブタリアス
シンオーク スパーティアム エレリンクエス」
シンシアが昼の呪文より圧倒的に長い呪文を唱える。
「シー グヌ フリー!」
すると俺が倒していた敵達、さらには敵達の血液の周りに白い光が発生する。
「おい。」
「ヒッ!」
俺は悪魔に声をかけるが悪魔はすっかりビビっているようだ。
「次俺らの前に現れてみろ。命は取らねえけど殺して欲しいっていうくらいまでお前の体ボロボロにしていくからな。」
俺が言い終わると、光が一層に光って敵達の痕跡を一切残さず消えていく。
「フゥーーー…。」
おれは今までの緊張感を一気にとく。晋吾は階段を、シンシアはギャラリーから飛び降りて俺の方に向かってくる。
「陽介!やったな!お前1人でなんとかなったじゃないか!スゲェよ!お前!おれも負けねぇからな!」
「晋吾うるさい。はしゃぐな。
晋吾はいつも通りはしゃぐ。しかし、俺はこいつに助けられたのも事実だ。こいつには感謝しなきゃな。
「おい晋吾サンキューな」
「は?何が?何がサンキューなんだよ!」
「何でもねぇよ。シンシア」オイナニガサンキューナンダヨ
「何だ?」
「お前のおかげで色々助かった。感謝するよ」
俺だけでは敵を無事に送ることも血液をなくすこともできなかった。しかしシンシアは複雑な表情をしている。
「私は、何もできなかった。本来なら私の任務で、私がやらねばならないことだったのに。私が人質達を助けなきゃいけなかったのに。」
シンシアは多分責任感が強くプライドも高いのであろう。拳を握り締め、泣きそうになるのを我慢しているように見える。
「俺はただここにいたやつを倒しただけだ。その結果妹を怪我させた。とても助けたことにはならないだろう。でもシンシアお前は敵達を血を流さず送り返すことができた。お前の任務は敵を倒すことではなく人質の安全を確保するというものだろ?ならお前は任務を全うしたことになるだろうよ」
俺はこれも本心で、日向に手を出させた時点で俺は決して安全に救い出せたとは言えない。
(俺自身ここに乗り込んでくる時俺だけで十分だと思っていたが、シンシアがいなかったら多分人質達に恐ろしいものを見せていたと思うし、晋吾がいなければ俺は信念を貫けなかった。だから)
「とにかく!お前らがいたから俺は今回納得のいく結果が得られた。お前らが何と言おうがこれは事実だ!だからサンキュー」
俺は多分戦いの高揚や、自分に対する劣等感を紛らわすためいつもは言わないようなことを伝えた。しかし、ふと、我に返ると恥ずかしくなってくる。
「とりあえずこの人質起こしてとっとと帰ろうぜ。」
この後一人一人起こして建物の外に誘導した。そして日向を起こす前にシンシアに回復してもらい、痛みを取ってから起こした。日向は現状がわからず取り乱したが、夢を見てたでゴリ押して納得させた。俺も怪我をしていたが、喧嘩した相手が強いってことにして説明させた。


あれから数日、俺はいつも通り不良に絡まれる日々を送っている。今日は休日だが、約束があるので出かけている。
「よーうーすーけー!!!死ね!」グハッ!
途中晋吾にあっていきなり喧嘩ふっかけられたが軽くあしらって置いていく。いや晋吾も同じところに向かっているので別に倒す必要はなかったけどまぁ襲ってきたしね。仕方ない。そんなこんなで俺は目的の店に付き、入る。そこには約束していた女、シンシアが待っていた。
「よぉ。久しぶり」
「待っていたぞ。晋吾はどうした?」
「多分そのうちくr」
カランコロン
「陽介!テメェ置いていきやがって!」
こいつも打たれ強くなったなぁなんて考えていながらシンシアに向かうように座る。
「おい晋吾座れよ。本題に入るぞ。」
「あ、そっか。…あとで覚えてろよ。」
そう言うと晋吾は渋々席に着き本題に入る。
「さて、あれから数日経った。私の方もひと段落してこうして会えるわけだが、これはこの前私個人の頼み、というより当然の義務のように伝えたな。改めて頼みたい。私たちの組織に入ってもらいたい」
シンシアは少し柔らかめな物腰で俺らに頼んできた。
「そうだな。今回のことで俺も自分だけじゃ守りきれないことがわかった。だから条件付きでだが、俺の方も頼みたい。」
「…わかった。上の方には伝えておこう。多分受け入れられると思うが。それで条件は?」
「俺の家族、親戚、知り合いの安全の確保、そして、さっきの人たちが危険に犯されそうなら俺の自由行動権限をもらいたい。」
「最後のはわからないが、前者は確実に通るだろう。もしそれでもいいなら迎えたいのだが。」
俺は少し考える。最後のはたしかに俺の願望ではあるが、別に俺が助ける必要はない。とりあえず前者が通るのであれば良いか。
「大丈夫だ。こちらからも組織に入れてもらいたい。」
シンシアは立ち上がり手を差し出してくる。
「ウェルカム。我が組織へ。」
俺も手を差し出し固い握手をして、互いに仲間であることを再確認する。
「2人ともおめでとう。おめでとうではないか、これから過酷な戦いがあるんだもんね。とりあえず2人とも頑張ってね!陰ながら応援してるから!」
晋吾は笑顔でそういう。シンシアは心底不思議そうな顔で晋吾を見つめ伝える。
「何を言っているんだ?お前も一緒に入るんだぞ?」
「え、でも俺役に立たないよ?」
晋吾の言うことは最もである。シンの力を使えないこいつが出来ることなど限られている。
「大丈夫だ、今の組織もシンの力を使えないものは少なくない。そう言うものは諜報員として活動している。しかもこの世界を知って元の日常に戻れると思わない方がいいぞ。」
晋吾からの返答がない。確かにあの世界は恐ろしいが、こいつの場合。
「や、やったーー!
俺も!俺も組織に入れる!仲間に入れてもらえる!よっしゃーーーー!」
晋吾は俺とシンシアの手を握り子供みたいに喜ぶ
「ありがとう!ありがとう!これからよろしく!!」
「あーよろしく頼む」
「よろしく」
俺は素っ気なく答えた。それも、これから過酷な戦いが待ち受けているだろう。
(今回の戦闘で多対一の戦闘が弱いことに気づいた。これからもっともっと修練して、力をつけていかなきゃな。)
これからの過酷な戦いの為の決意を胸に、今ある平和な日常を今は噛み締めることにしよう。

ヒムナス・グラディアム・グラディオ 1

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-08

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