ガタン・ゴトン

下校時間になると決まって屈託のない笑顔を見せながらぼくの所に来る奴がいる
「ショウハチ、アシタ、ガッコウキマ……?」
クシャクシャとした笑顔で訳の分からないことを聞いてくる昭八を見ていると気が参ってくる。
「…す」
ぼくはいつも通り仕方なく答える――「す」とは、言葉の通り「す」である。ます、ですの時に使うあの「す」だ。昭八は語尾を相手に委ね、許可をもらう変な癖がある。いや、相手の返事はそもそも関係なく単なる暇つぶしにこういったことを聞いてきているのかもしれない、もしそうだとしたら飛んだ嫌がらせだなと思う。
ぼくが何も言わないでいると昭八はしつこく食い下がってくるので、肯定の意味の「す」、否定の意味の「せん」をはっきりと言ってやらないといけない。
「ちょっと、孝之助君!会話をする時はお友達の目をしっかりみないと…!」
横にいた高橋先生がぼくを睨んでいる。
「…はい」
昭八の方に目をやった。楽しそうにこちらを見てニヤニヤと笑っている。
ぼくは思わずため息をついた。
涼太と楽しく話している時、決まって水を差すかのようにいつも現れてくる昭八。
高橋先生は、ぼくが昭八と一緒に帰って当然だと思っているのだろうか。
ぼくはただ、涼太ともう少しだけ話したいだけなのに、話が長くなればなるほど高橋先生の機嫌は悪くなっていく。
「孝之助君、昭八君がここで待ってるでしょ?早く一緒に帰ってあげたら?」
「……」
涼太は気まずそうにぼくから離れる。そしてぼくはいつも通り昭八と一緒に家に帰る。


*


昭八との登下校は本当に退屈だ。新しく引っ越してきた涼太と登下校出来たらどんなに楽しいだろうか。
横を見ると電車の模型を片手に昭八はヘラヘラ笑っていた――いつも通りの風景、昭八のこの屈託のない笑顔にはもう正直うんざりだ。
だけど、来週の水曜日、昭八は伊豆の電車祭りにいくため学校を休むらしい。その日ぼくは涼太とWieの新作ソフトを見に行く約束をしているから、それまでの我慢。
「楽しみだなー、来週の新作ソフト。昭八知ってるか?ブンブンと手を振るとコントローラーがテニスラケットみたいになるんだぜ」
「ガタンゴトンガタンゴトン」
ぼくの問いはいつもこの電車の音にかき消される。昭八は電車のモノマネがとても上手い。
「知らねぇよなー昭八、電車にしか興味ないもんなー」
嫌みっぽく言うと「ヘヘヘヘッ」と昭八は急に笑い始めた。
いきなり顔面をクシャクシャにして笑いだすものだから、ぼくはそれを見て吹き出しそうになったが、ぼくは最近昭八にむかついているのだ、軽くゴホンと咳払いして笑いを堪えた。
――昭八はぼくの幼馴染だ。
丸坊主で小学生とは思えないような背丈でおまけに太っている。
顔にはたくさんのそばかすがあって、いつも一人でケラケラと笑っている。
昭八とぼくが最初に知り合ったのは小学一年生の時だった。
確か近くの家に新しく引っ越してきた昭八のお母さんが、「昭八のことをよろしくね」とぼくの頭を撫でてくれて、それからずっと欲しかったたまごっちのゲーム機を二つ買ったからという理由で、一つくれた。
ぼくはそれが嬉しくて昭八と登下校をするようになった。
今ぼくは小学五年生だから昭八と知り合ってもう五年目になる。
「ガタンゴトンガタンゴトン」と電車のモノマネばかりする昭八と過ごした楽しい日々は、まるで駅の通過点のようにとっくに過ぎ去ってしまった。





最初に、昭八に対して違和感を覚えたのは小学三年生の時だった。
違和感の正体――正確には、昭八に対しての違和感ではなく、みんなの昭八に対する態度への違和感だった。
昭八だけ宿題をしなくても怒られなかったり、授業中電車のモノマネをしてうるさくしても高橋先生は何も言わなかったり、とにかく昭八に対するみんなの態度はおかしかった。
疑問に思ったぼくは一度お母さんに聞いたことがある。
「なんで、昭八は宿題をしなくても怒られないの?」
お母さんは一呼吸置いた後、慎重に言った。
「それはね、昭八が周りの子供より少しだけ知能が劣っているからよ」
「劣っている?そうなの?」
「そうよ、だから孝之助は昭八君に優しくしてあげてね、孝之助はいい子でしょ?」
「…うん、わかった」
――どうやら昭八は周りの子供より知能が劣っているらしい。
うん、とは言ったものの心の中のモヤモヤっとした気持ちが消えることはなかった。


*


昭八はぼくの長年の友達で、いいやつだ。
だけどぼくはいつしか昭八と一緒に歩くことが恥ずかしくなっていた。
所構わず電車のモノマネをする昭八を周りの人は奇怪な人を見るような目で見る。
横にいるぼくまでも好奇の目に晒されているようで心苦しかった。
――もう、昭八と一緒に登下校したくない。
ぼくは悪い子なのだろうか、友達である昭八のことを恥ずかしく思うぼくはきっと悪い子に違いない。





小学五年生になり新しくこの町に引っ越してきた涼太は涼太は背が高くてスタイルも良く、男のぼくからみてもかっこよかった、こういう友達が欲しいと思っていた最中偶然席が隣になりすぐ仲良くなった。
涼太とは一緒にポケモンの話も出来るし、サッカーもぼくより上手い。
涼太と他愛もない話をするといつの間にか時間は過ぎている、それくらい涼太といると楽しかった――だけど昭八はいつもぼくばっかり探す。
「ショウハチ、アシタ、ガッコウキマ……?」
と言うと決まってみんな昭八をぼくのところに連れてくる。
高橋先生も、学級委員長の清水さんも、みんなことあるごとに昭八をぼくのところに連れてくる。
ぼくは昭八の子守じゃないのに…。
放課後、グラウンドで涼太と遊んでいる時も昭八が来れば、ぼくは家に帰らなければならない。
一人で家に帰ることも出来ないのか、ぼくは昭八のママではないのだ、いい加減一人で帰ってくれ――日に日に心のモヤモヤは大きくなっていった。
登下校を一緒にしていただけなのに、それがこういうことになってしまったのなら、あの日もらった、たまごっちのゲーム機はもういらない。
家に帰って、引き出しの中にあるたまごっちのゲーム機をごみ箱に投げ捨てた。


*


昭八は電車が大好きだ。毎日授業中、分厚い電車の大百科事典を見てひとりでケラケラ笑っている。
そんな昭八を見ていると最近、昭八のことが嫌いになりそう――という感覚があった。
放課後、ぼくと昭八が帰路につくとグラウンドから、サッカーをしている涼太たちの声が聞こえる。
「おい、パスしろ!」
「パスしてもお前どうせ取れねぇだろ!」
「なんだと!?」
「なんだ、やるのか?」
じゃれ合いながら仲良さそうにサッカーをしている涼太たちの声を聞いていると、辛くなる。
ぼくも放課後みんなとサッカーをしたり、ポケモンカードの話をしたりしてワイワイしながら遊びたい。
だけど登下校はこの丸坊主で小学生とは思えない太っちょい体型をした昭八と一緒に帰らなければならない。
「アシタ、タカノスケ、ガッコウキマ……?」
ぼくはこのどうでもいい問いかけに対し、いつまで答え続けないといけないんだろう。
無視すると、決まって昭八はさっきより大きな声で同じことを繰り返し聞いてくる。
「アシタ、タカノスケ、ガッコウキマ……!!?」
――これはやっぱり嫌がらせなのかもしれない。
「はいはい、わかったわかった――す」
答えない限りこのやりとりは永遠に続く意地を張らず早めに答えた方が賢明だ――これはおそらく世の中でぼくと昭八の母さんくらいしか知らないと思う。


*

繰り返される日常は苦痛だ。いや、この日常が苦痛なだけかもしれない。
高橋先生がいないときは、いつしか昭八の顔も見ずに適当に返事をするようになった。
いちいち、まともにやりあっているとこっちの精神が持たないのだ。最近は以前に比べ昭八と二人で帰ることが多くなり余計にイライラすることが多くなった。
――昭八おまえのせいだ。おまえのせいでぼくはこんなひどい目に遭っているんだ!バカ!と言っておじさんみたいに出ているお腹にグーパンチをかましてやりたい。
おそらく昭八は「ガタンゴトンガタンゴトン」と呑気に電車のモノマネを続けるだけだろうけど。
――ぼくはグッと堪えるように下を向いた。グッと堪えたものは果たして何だったんだろうか。
ぼくは昭八のママじゃないんだ。
ぼくだってやりたいことがある。
だけど昭八と一緒に帰らないでいると高橋先生の機嫌はどんどん悪くなるし、お母さんも悲しむ。
ふと昨日道徳の教科書で見た――いい子のみなさん。障害者、子供、お年寄りなどの社会的弱者には必ず助けの手を伸べましょうという教科書の文句が頭に浮かんだ。
――本当にそうだろうか。
障害者だから、障害があるから、周りの人は優しくしなければならない――優しく出来ない奴はひどいやつだ。
優しさを強制される人の身にもなってほしいものだ。
優しさを強制されている人は社会的弱者よりも苦しい思いをしているかもしれないのに。
お母さんは昭八のお母さんととても仲がいい。
ぼくの家に来た初日から好きな韓国ドラマの俳優で意気投合して、それ以来家族ぐるみの付き合いになった。
いつもお母さんは「昭八君のことをよろしく頼むね、孝之助は頭がいいからわかるでしょ?」と涼しそうな顔をして言うだけだから卑怯だ。
それだけでいいんだもんなー、いいなー気楽で。
何もかもが嫌になりそう。
なぜぼくだけがこんな目に遭わなければいけないのだろう。
こんなにいい子にしているのになぜぼくだけ。
――グッと堪えた何かがあふれ出した。
その瞬間、体中の血がドワッと沸きあがってきては、自分ではどうしようもないくらいの怒りが込み上げてきた。
気がつけばぼくは横にいる昭八をありったけの力で突き飛ばしていた。
「お前のせいだ!!お前のせいでぼくはこんな惨めな思いをしているんだ!!ちっともわかってないだろお前は!!」
昭八は地面に尻もちをつきながらも相変わらず笑顔で電車のモノマネをしていた。
「ショウハチ、タカノスケトイッショニカエリマ……」
――もう知らない、こんなやつ…!
ぼくは尻もちをついた昭八を置き去りにしたまま一人で家に帰った。


*


家に帰るとスカッとした気持ちよりも、悶々とする気持ちの方が強った。
昭八を突き飛ばしてスカッとするはずが、なぜこんなに悶々としているのだろう。
もう何もかもわからない。
この状況から抜け出せる方法なんてあるのだろうか。
もう何もかも嫌だ。
――ピンポーン
お母さんが帰ってきた。
「あら、孝之助、今日は帰りが早かったわね、昭八君は?」
昭八は決まって下校したあとぼくの家でジュースとおやつを食べて帰る。
「そんなやつ知らない」
「ちょっと、孝之助ったら、昭八君は友達でしょ?昭八君はどこにいるの?早く言いなさい」
「知らないってば」
ぼくはぶっきらぼうにそういった後、自分の部屋に戻ろうとすると後ろからお母さんの怒った声が聞こえてきた。
「母さん怒るわよ?昭八君は一人じゃ何もできないから友達の孝之助が助けるんでしょ?」
さっきと同じのように、グッと堪えた何かがまた溢れ出しそうになった。
「そんなに昭八のことが好きなら、昭八のお母さんになればいいじゃないか!昭八、昭八ばっかり!!お母さんなんって大っ嫌いだ!」
大声を出すと、目頭が熱くなり、それをまたお母さんに悟られるのが嫌で逃げるようにして家を飛び出した。
「ちょっと!いきなりどうしたのよ孝之助!ちょっと!孝之助ー!孝之助ー!?」
お母さんはきょとんとした顔でぼくを見つめていた。
家を飛び出したあと、夢中になって走った。
隣の昭八の家が見えないくらい速く、悩みなんか軽く吹き飛ばせるくらいの速さで走り続けた。
――もう、あんなやつと俺をつるませるのはやめてくれ、もう限界なんだ。
居残り時間になるとサッカーもしたいし、涼太と鬼ごっこもしたい。
だけど昭八はいつもぼくの邪魔をするんだ。
ぼくが昭八の面倒を見ないと決まって不機嫌になる高橋先生にもうんざりだ。
いつも涼しい顔で昭八君は孝之助の友達でしょ?という母さんも嫌いだ。
何もかもすべてぼくに押し付けてくるみんなも嫌いだ。
誰もぼくの気持ちなんてわかってくれない、我慢し続ける人生はもうごめんだ。もう何もかも捨ててやるんだ。


*


どれくらい走ったのだろうか、頬を流れていた涙はいつの間にか乾いていた。
――はぁ、はぁ。
息が上がった今、妙に気持ちがいい。
空を見上げると真っ暗な夜空に無数のお星さまが輝いていた。
――もう、いい。ぼくは明日からはっきり昭八とは登下校出来ませんというんだ。
怒られるかもしれない、ひどいやつだと言われるかもしれない、それでも昭八の友達?と言われるかもしれない。
だけどもうこれ以上昭八といると昭八のことが嫌いになりそうなんだ。
昭八のお母さんにも、高橋先生にも、お母さんにも、辛いけど言おう――そう心に決めた。
あたりを見回してみると初めて見るレストランの看板、煌びやかなネオンの色に染まった夜の街並みに圧倒され身動きが取れなくなってしまっていた。
あたりをキョロキョロ見回していると、ポケットの携帯が鳴った。
――トゥルルルルルル
お母さんからだった――ぼくのことを心配してくれたんだ、妙に嬉しくなり電話を取った。
「ちょっと!孝之助!どこいってたのよ!昭八君が家に帰ってこないらしいの!あんた何か知ってるでしょ!」
――これでもなお、昭八の心配か。
ぼくは何も言わず電話を切った。
一人になりたい、誰もいない細い路地をあてもなく歩きたい。
きっと障害者は弱者なんかじゃないんだ。むしろ強者――そうぼくよりよっぽど強者なんだ。





下を向いたまま細い路地を歩いていると、前方からガヤガヤと大きな声で騒いでいる連中に出くわした。
――うるせぇな、ぼくは今機嫌が悪いんだ。スッと通りすぎると後ろから声が聞こえた。
「なんだあいつ、なんか生意気―」
細い路地にはぼくと連中しかいない。
背後から鋭い視線を感じた。
「おい、そこのお前、なんやねん」
ぼくは連中を無視し暗い路地を淡々と歩き続けた。
「おい、無視すんじゃねーよ、ガキが」
どんと背中に何かぶつかって、ぼくは思わず地面に倒れてしまった。
目をあげると、前には高校生と思われる背の高い三人がぼくを見下ろしていた。
「おい、なんか文句あんのかよ」
――ぼくがお前になにをしたというのだ。うざすぎる、死ねばいいのに。
「なんかいえよ、クソガキ」
「殴りたければ殴れよ、お前らなんか怖くねぇよ」
咄嗟にでた言葉に自分でも驚いてしまった。だけどここで引くわけにはいかない。
「は?お前頭おかしいんじゃねぇの」
「殴りたければ殴れっつってんだよ」
「殴れねぇとでも思ってんのか?クソガキが」
三人組はお互いの顔を見てクスクスと笑い合った後、ぼくの太ももを思い切り蹴り上げた。
強烈な蹴りに思わず涙が出た。
地面に倒れたぼくを三人組は執拗に蹴り続けた。
ただただ無抵抗なぼくを執拗に蹴り続けるこいつらも、綺麗ごとばっかりいうくせに昭八からはいつも逃げ続ける高橋先生も、ぼくより昭八のことを気にかけるお母さんも、みんなうざい。
「ショウハチ、タカノスケトイッショニカエリマ……?」
ボコボコに殴られるときでさえ昭八の声はぼくの耳から離れない――もうぼくの頭は完全におかしくなっているのかもしれない。
「ガタンゴトンガタンゴトン」
かすかに聞こえる電車の音の中には、少し人の唾のようなものが混じっていた。
――ん?
「なんだ、こいつ」
あまりの痛みで起き上がることが出来ないでいた。
――昭八?
渾身の力を振り絞って目を開けると、そこには昭八が立っていた。
「ショウハチ、タカノスケトイッショニカエリマ……?」
ここにいると、昭八までも危ない――声を出そうにも蹴られた胸が痛すぎて声が出なかった。
ぼくは精一杯あっちにいけと手招きをしたが、昭八は何を勘違いしたのか逆にこっちへ来た。
「ショウハチ、タカノスケトイッショニカエリマ………!?」
「なにいってんだこいつ、気持ちわりぃ」
「おい、お前こいつの友達なのか?」
三人組はぼくを殴り続けることに飽きたのか昭八に目を向け始めた。
「……」
「ショウハチ、オシッコシマ……?」
「ハハハ、こいつ何言ってんだ、お前障害児か?」
三人組は大声を出して笑った。
――その瞬間いいことが思いついた。
ここでおしっこを漏らしてしまえばこいつらは昭八を殴ることが出来ない、わざわざしょんべんに触れようとする馬鹿はいないだろう。昭八を安全に家に帰すにはこの方法しかないと思った。
「す…」
ぼくはありったけの力を振り絞って言った。
その瞬間、ぼくの腕の上に生温かいものが流れるのを感じた。
――きったねぇ、ぼくは思わず笑ってしまった。
「おい、こいつ見てみろよ、こいつしょんべんもらしてるぜ!」
「うわっきたねぇ、離れろ!」
「この気持ち悪いデブ、しょんべんしやがった」
昭八はおしっこを漏らしながら下着が窮屈だったのかズボンと下着を脱ぎ始めた。
「おい、やめろ!」
勢いよく昭八のおしっこが宙を舞う。
「ヴぉぇっ」
昭八のおしっこが口に入ってしまった三人組の一人が本気で吐きそうな顔をしていた。
「おい、逃げろ!こいつから離れろ!!」
三人組は雨のように降る昭八のおしっこを浴び、悲鳴を上げながら後ろも振り返らずに逃げて行った。
――ハハハ、ざまぁみやがれ。
身体はボロボロでも心は軽い――なんだろう、このスカッとした気分は。
初めて寝そべった地面のアスファルトは少しひんやりするけど、妙に気持ちがいい。
夜空を見ながらふと思った。
別にいい子でなくてもいい、母さんや周りの人にひどいやつだと思われてもいい、最悪涼太に嫌われてもいい。
――だけど昭八のことは嫌いになりたくない。
「おい、昭八、お前もここで寝そべってみろよ」
しょんべんまみれになって、つっ立っている昭八に言った。
「ショウハチ、ココデ、ネマ……?」
「…す」
昭八はチンチンを丸出しにしたまま、ぼくの横に大の字になって寝そべっていた。
「お前、あたまおかしいんじゃないのか、服くらい着ろよ」
「ヘヘヘヘヘヘッ」
チンチンを丸出しにして爆笑しながら地面に寝そべっている昭八の姿が可笑しくて、ぼくも思わず声を出して笑った。
「ハハハハハハハッ」
静かな細い路地に、軽快な笑い声が鳴り響く。
「ちょっと君たち、ここで何してるんだい?」
細い路地を偶然通りかかっていたサラリーマンと思われる男性が地べたで寝ているぼくと昭八を不思議そうに見ながら声をかけてきた。
「ちょっと君!ものすごい傷じゃないか、お母さんは!?」
――お母さんがいたらこんなことにならないだろ、普通。
ぼくは返事をする気になれなかったので、そのまま空を見続けた。
男はゴホンと咳ばらいをした後「とりあえず、警察に通報しとくね」と言い、五分後には警察官が二名、ぼくと昭八の目の前に現れた。
「ご協力ありがとうございます」
「はい、しかし最近の子供は礼儀がなってないですなー大人が話すのに見向きもしないとはね」
と男性は嫌みを言って去って行ってしまった。
――いいじゃないか、夜空の方が綺麗なんだから、理由はそれだけで十分な気がした。
ぼくはもういい子ではないのだ。礼儀なんってクソくらえだ。
大人の言う礼儀はわがままだ。勝手に親切してくるくせにその分返って来るものがなければ文句を言う。
そんなもの守ってやる義理はないと言いたいところだが、感謝は一応している。
ぼくがゆっくりと立ち上がると全身からガタガタと変な音がした。
――いってぇ…。
昭八の方に目をやると、地べたでチンチンを出したままスヤスヤと寝ていた。
顔に傷だらけのぼくを見てひとりの警察官が言った。
「誰かに殴られたの?」
「いいえ、転んだだけです」
服についた足跡をパンパンと手ではたいた。
「ここからは、自分たちで帰れます、ご迷惑をおかけしました」
「本当に大丈夫かい?」
「はい、携帯電話もありますし、本当に大丈夫です」
「そうか…なら…」
「ありがとうございました。昭八――帰るで―」
ぼくは寝ている昭八の手を引っ張った。
家までどうやって帰ろうか、昭八のお母さんが心配するから早い事、電話して車で迎えに来てもらおう。
――いや、やっぱりいいや、今日は昭八と二人で歩いて帰ろう。
疲れているのか、昭八はいつもに比べて静かだった。
家の近くにある三宮寺へ続く道しるべを便りに、二人黙々と歩き続けた。
夜の冷たい空気は昼の空気と違って、より澄んでいて妙に心地がいい。
――ガタン・ゴトン・ガタン・ゴトン
頭上には電車が通り過ぎていた。
ガタンゴトンガタンゴトンと
呟いてみる。
「ガタンゴトンガタンゴトン」

ガタン・ゴトン

ガタン・ゴトン

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-24

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著作権法内での利用のみを許可します。

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