「龍宮学園事件1996夏~改訂完全版~」

2006年に「龍宮学園事件」という長編小説を書きました。しかし、それは途中で挫折し長い間お蔵入りに。そして、今年の8月その龍宮学園事件の初稿に登場していた川角龍君を主人公にした新しい物語を書き始めました。前作と共通するのは一部の登場人物と新興宗教団体「神の御心を知る会」、そして「龍宮学園」と大きく分けてこの3つのみなのですが前回の反省を踏まえ今回こそこの「龍宮学園事件」というタイトルで完成に漕ぎ着けたいと思います。
まず、その「龍宮学園事件サーガ」の第1部となる1996年編は川角龍君とその幼い妹たちが遭遇した夏の日の大事件を描いたものになっています。そして、続く第2部では5年後の2001年を舞台に高校生になった川角龍君が龍宮学園の2年生となりそこでまたしても起きる大事件を描く予定です。さらに第3部、第4部と続いていく予定なので相当長丁場な作品になると思いますが気力を振り絞ってなんとか最後まで書ききりたいと思っています。
ちなみに改訂完全版と記したのは8月から9月にブログで連載していたこの第1部を本日加筆修正を施し「改訂完全版」として完成させたという意味です。ブログで読んで下さった方も、初めての方も少しでも本作を読んで何か感じ取ってくれたら作者冥利に尽きます。では。

龍宮学園事件~1996夏~

第1話「1996年夏」

「お兄ちゃん、起きてよー」

妹の声で僕は目が覚めた。
時刻は午前6時。

(まったく、らんかのやつ。夏休みぐらいゆっくり寝かせてくれたっていいじゃないか!)

僕は当時小学6年生だった。
僕は96年夏の出来事を生涯忘れることはできないだろう。
あの夏は僕と妹、そして小さな少年探偵団の仲間たちにとって決して忘れることのできない夏となったからだ。
あの死。
あの謎。
あの冒険。
そして、あの恋。
すべてが昨日のことのように思い出される。
そして、その死が僕と妹をその後10年以上にわたって悩ませ続けた龍宮学園事件のプロローグにしか過ぎなかったなんて誰が予想できただろう?

妹は当時小学校2年生だった。
名前は蘭香。
僕、川角龍とは4つ違いだ。

それにしても。
いつも僕より遅くまで寝ている妹がこの日に限って随分と早起きだな、と眠い
目をこすりながら僕は首を傾げた。

(あっ!そうか今日は!)

僕はそこでようやく妹が早起きの理由に思い至った。
早起きもするはずである。
そう。
なぜなら、ゆうべ妹にせがまれてその日は早朝からカブトムシ採りに出かける約束だったのだ。

(やれやれ、妹の御守りも大変だよ。小6にもなってカブトムシ採りなんかに付き合わされるとは)

「あー、わかったよ。今着替えるから待ってろよ」

「はーい」

カブトムシ採りスポットに最適の場所がある。
これは、僕と妹しか知らないんだけど近所の高校の中庭に絶好のスポットがあるのだ。
近所の高校。
私立龍宮学園。
僕はその名前を聞いただけで、胸がわくわくするのを覚える。
なぜなら、そこには・・・。


「お兄ちゃん、早く!」

(まったく、少しは物思いにふける時間ぐらいくれ)

僕は知らず胸の高まりを抑えきれなくなった。
ひょっとしたら、あそこに行けば会えるかもしれないからだ。

僕の初恋の相手。
近所に住む香奈子お姉ちゃんに。

第2話「香奈子お姉ちゃん」

「ねえ、龍君は将来の夢ってある?」

それは、香奈子お姉ちゃんにいつか聞かれたことだ。
僕は迷いながらもこう答えた。

「僕は、お姉ちゃんを幸せできるような男になりたい!」

それはまだ僕が妹と同じ小学校2年ぐらいの時の話だ。
今じゃとても言えない言葉。
でも、当時も今もそれが僕の夢だった。
僕はお姉ちゃんのことが大好きでしょうがないからだ。
あの時、お姉ちゃんは僕のそんな答えに何と答えだろう?
確か・・・。

「ふふっ、ありがとう。そういってくれるのは龍君だけかな?」

泣いていた?
なぜだろう。
あの時、お姉ちゃんはなぜか泣いていたようなきがする。
そして、僕にこう言った。

「龍君、もし本当に好きな人が現れたらその人のことを何があっても離しちゃちゃだめだよ?お姉ちゃんとの約束」

当時はその意味がわからなかったけど、今ならわかるきがする。
きっと、お姉ちゃんは失恋でもしたんだ。
だから、僕にあんなことを・・。

でも、僕にはお姉ちゃんとの約束を守ることはできない。
なぜなら、今も昔も僕が本当に守りたいのはお姉ちゃんだけだから。

それはそうと、お姉ちゃんは現在高校2年生でもうここまで言わかるだろうけど、今からカブトムシ採りに通う龍宮学園に通っている。

(陸上部の朝練があるっていってたから、ひょっとしたら会えるかも?)

「お兄ちゃん、早く!」

僕はそんな甘い妄想を繰り広げながら、妹を連れて高校の中庭にカブトムシ採集に行くことに。

でも、僕はそこで観たものを今も忘れることができない。


「お兄ちゃん、カブトムシの木で誰かブランコしてるよ?」

「ブランコ?」

妹がブランコといったもの。
それは勿論、ブランコなんかじゃなかった。

校庭の中庭の木にブランコのようにユラユラ揺れているもの。
それは、龍宮学園の制服をきた女の人の首吊り死体だった。

僕は今でも信じられない。

「お姉ちゃん!」

なぜなら、その首吊り死体こそ当時龍宮学園2年に在学していた松山香奈子という女生徒のものだったから。

つまり、僕の大好きなお姉ちゃんだ。

第3話「慟哭」

お姉ちゃんが死んだ。
僕は今でもこの事実を信じられない。
いや、信じたくない。
優しかったお姉ちゃん。
僕の初恋相手。
正直、今思い出そうとしてもあの後の出来事はよく覚えていない。

妹が泣いていて、
部活にきた女子高生のお姉ちゃんたちがそんな妹の泣き声に気がついて、
お姉ちゃんの死体を発見して、
警察の人たちがきて、
学校中大騒ぎになって、
そして、警察の人から事情を聞かれて・・・

それらはすべて後から第3者から聞いた事実でしかなく、僕の記憶には残っていない。

とにかくあのときは目の前の出来事を信じたくなくて、僕の心は完全にシャットダウンしていたんだと思う。

きっと、涙もでなかったと思う。
今でも僕の心はあの96年の夏で止まっているんだろう。
たとえ、真実を知ったとしてもあの夏の出来事は僕にとってけして癒えぬ傷痕なのだ。

お姉ちゃんの死は結局確たる証拠もないまま、警察は自殺と断定した。
別に遺書が残っていたわけではない。
でも、あの状況からはそれ以外の解答は得られないとの見解だったらしい。

僕がそのことを知ったのは翌朝のニュースかなんかだったと思う。
僕はその報道を聞いたとき、なにかが違うと心の中がざわついた。

お姉ちゃんは、自殺なんかじゃない。
お姉ちゃんは、自殺なんてしない。
お姉ちゃんは・・・。

「違う!自殺なんかじゃないんだ!お姉ちゃんは誰かに殺されたんだ!」

僕はテレビを観ながら、心の中で叫んでいるつもりが現実に声を張り上げてそう叫んでいた。
それも、母親や妹がいる前で。

妹はその時びっくりして飲んでいた牛乳を吐き出し、
母親も箸で掴んでいた卵焼きをポトリと落して、
共に驚愕した表情で僕をじっとみていた。

そして、その日から僕と妹と妹の小さな友達たちで結成された「少年探偵団」の長い夏休みの冒険が始まったのだ。

第4話「結成!少年探偵団」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんが殺されたってほんとなの?」

僕と妹は当時同じ部屋で寝ていた。
まあ、それでも当時は僕と妹は小6と小2だったから僕にとっても妹にとっても特に不満はなかった。

朝食を食べた後、僕は妹にそう聞かれ返答に迷った。
当時、僕と妹は「金田一少年の事件簿」のドラマや当時始まったばかりの推理アニメ「名探偵コナン」を観ていた。
だから、妹も小2とはいえそういうことに関しての多少の知識はあったのだ。

それに、お姉ちゃんには妹も随分かわいがってくれていたし。

「ねえ、どうなの?お兄ちゃん?犯人はだれなの?」

「いや、そんなこといわれてもなあ・・・」

僕は返答に困った。

「ねえ、どうなの?あ、今日ゆみちゃんとWはるちゃんが遊びにくるからみんなにも話して・・・」

「おいおい、まさか探偵ごっこでもするきか?そんな危ないこと俺が許すと思うのか?俺だけならともかく・・・」

「あー、お兄ちゃんやっぱり一人で犯人追うきだったんでしょ?そんな危ないことお兄ちゃん一人に任せておけないよ!だって、相手はきっと大人の怖い人なんだから!」

妹は小2にとは思えぬセリフで僕を止める。
まったく、どこでそんな正義感が芽生えたのか。

「でも、やっぱりだめだ。お兄ちゃん一人で・・・」

と、その時だ。
何やら扉の向こうからドタバタという複数の足音が聞こえてきたのは。

「あ、ゆみちゃん、きどはるちゃん、さいはるちゃん」

「ん?」

僕が思う間もなく、ドアを開けて3人の小さな女の子たちが入ってきた。

「おい!どういうことだよ!」

「ごめん、お兄ちゃん。昨日みんなに8時にうちにきてって約束してたから、もうきちゃったみたい」

「蘭香、お前まさか・・・俺をはめたのか!」

そんな僕の心情など無視してか、3人の少女たちがなんのためらいもなくずかずかと僕らの部屋に上がり込んでくる。

「お邪魔しまーす。あ、龍ちゃん久しぶり!」

「誰が龍ちゃんだよ!せめて龍兄さんか龍さんとよべ!」

「龍ちゃん、こわーい」

なぜか妹の友達に僕は龍ちゃんと呼ばれている。
特に小2にしてはおませなきどはるちゃんこと木戸春花ちゃんは実家がお金持ちのお嬢さんということもあり、ファッションも当時の小2にしては派手なワンピースを着こんだおめかしさんだ。
何を隠そう僕は一番この子が苦手なんだけれど。

「龍ちゃん、お邪魔します」

一方、ゆみちゃんこと遠野有美はメガネをかけていておとなしめな少女。なんでも、妹のクラスで常に成績は一番らしい。礼儀も正しいので、僕はこの子には好感を持っている。

そして、最後の一人は挨拶もせずにおせんべいをぼりぼり。

「さいはるちゃん、またおせんべい持ってきて。また太るよ」

さいはるちゃんは西條悠という小2にしてはちょっと太めの女の子で、いつも大好物のおせんべいをところ構わず持参。コミュニケーション能力もあまりなく、自分はこの子にだけはいまだ龍ちゃんと呼ばれるどころか、話しかけられた記憶もない。

「あ、蘭ちゃんも食べる?」

唯一妹にだけは気を許しているらしいが、

「いいよ、太るから」

そんなコントみたいなやり取りしかついぞ聞いたことはなかった。

もうこの4人は見慣れている。
幼稚園からずっと一緒で僕も妹だけではなく、この3人にも何度も面倒をかけられているからだ。

そして、妹は僕も含めた4人を見回し、何のためらいもなくこう言い放った。

「ただいまから、ここに少年探偵団の結成をせんげんします!」

第5話「女子校に潜入?」

「おいおい、何勝手なこといってるんだ!」

僕は慌てて妹の前言を撤回する。

「えー、だってお兄ちゃん一人ほっといたらなにしですかわかんないでしょ?あたしたちだって、お姉ちゃんには可愛がってもらったし、かたきとりたいよ!ねえ?みんなもそうおもうよね?」

「あたりまえよ!かなこ姉はあたしにも優しくしてくれたし・・・」

そう言ったのはきどはるちゃん。

「だからって、おまえら自分らの年いくつだとおもってるんだ。まだ小2だぞ?
名探偵コナンのみすぎだ!」

「まだ小2ってなによ!失礼しちゃう!龍ちゃんなんて知らない!」

「龍ちゃん、いうな!」

「あの・・・・」

僕ときどはるちゃんが押し問答しているところにかぼそい声がかかる。

「ゆみちゃんもなんかいってやってよ!」

メガネ少女遠野有美だ。

「あの・・・あたしのお姉ちゃん龍宮学園に通ってるんだけど・・・」

遠野有美の姉、遠野泉美は高校1年生。松山香奈子の一つ下である。

「それがなにか?」

「お姉ちゃんに相談すれば・・・あの・・・」

「ナイスアイデアじゃない!龍学て女子校だし、そんなつてあるなんて!」

きどはるちゃんが意気込む。

そうそう、言い忘れていたが龍宮学園は96年夏当時まだ女子校であった。
もっとも、僕がそれを知ったのはその時が初めてであったが。

「え?龍学って女子校?それほんとなのか?」

僕は驚いた。
確かに女子生徒ばかりが目立つとは思っていたのだが・・・。
それを知っていたら、カブトムシ採りなんていっていなかったのに。

「龍ちゃん、知らなかったの?らんかちゃんも?」

「ううん、あたしはお姉ちゃんから聞いて知ってたんだけど」

「そんな・・・・」

「龍ちゃん、小6のくせにそんなことも知らなかったなんてね。でもこれでわかったでしょ?今、龍ちゃんあそこにいったら変質者だよ?」


「そんな、龍ちゃんが変質者なんて・・・」

ゆみちゃんも引く。

「うるさい!変質者上等だ!俺はかな姉の無念を晴らすためならなんだって・・・」

「龍ちゃんが良くてもみんなはよくないの!だって、もしそんなことばれたら一生らんかちゃんは変質者の妹としてすごさななきゃいけないんだよ?」

「うっ・・・それは」

「お兄ちゃん、だからあたしにいい考えがあるの!」

第6話「女装大作戦!」

「なんなんだよ、この格好は!」

僕は激怒した。

妹にいい考えがあるというから任せていたら、いつのまのにやら制服に着替えさせられていたからだ。
しかも、女物だ。

「あら、意外と似合うじゃない?」

僕はあの後妹たちに導かれるままに、遠野家に訪れていた。
勿論、ゆみちゃんの姉である泉美さんに会うためだとばかり思っていた僕だったが・・・。

まんまとはめられた。

なぜなら、遠野家に着くや否や泉美さんが僕に自分の制服を着せ始めたからだ。

僕は赤面した。

「お兄ちゃん、いやお姉ちゃん?」

「龍ちゃん、似合うじゃん!」

「龍ちゃん・・・」

「ぼりぼり」

最後の擬音は勿論食いしん坊のさいはるちゃんのせんべいをかじる音である。

「みせもんじゃないぞ!じろじろみるなよ」

「いいわね。小6ともなれば、違和感全然なし。サイズもぴったりだし」

泉美さんはメガネをそういうと笑いながら、僕に自分のかけているメガネまで合わせ始める。

そうして、完成した僕の女装は胸に龍の刺繍が施されたリボン付きの龍宮学園の女子高生の制服にスカート。生地は涼しげな緑だ。

「ちょ・・・、泉美さん、なんでメガネまで」

「お、メガネまでピッタリね。そのほうが真面目女子系でいいじゃない?うちの高校に潜入するならね。あそこかたいのよね。宗教かぶれが多いし」

その時はあまり知らなかったが、龍宮学園は宗教法人「神の御心を知る会」が運営する宗教学校で当時は財閥の令嬢や帰国子女などが通ういわゆるお嬢様学校であった。

「ところで、泉美さんは香奈姉とは仲良かったんですか?」

僕は恥ずかしさに耐えながら、核心に迫る。

「ううん、中学のころは同じバレー部の先輩後輩でかわいがってもらったんだけど、高校に入ってからはさっぱりね。私、高校では文芸部に入っちゃったし」

「そうですか・・・」

「まあ、そう落ち込まないの!男の子が!何のために女装してるのよ?」

いや、これはあんたが勝手に着させたんだろうが。

「それに私がついてるじゃない?この子たちもいるし」

「可愛いお兄ちゃんは私が守るよ!」

「天下無敵のきどはるがいれば向かうとこ敵なしよ!」

「私もいます・・・」

「ぼりぼり」

そんなこんなで不安いっぱいの探偵団初日はこうして始まったのだった。

第7話「ぼくの夏休み」

夏だ。
海だ。
女装だ。

て、ふざけるな。

96夏の僕の夏休みは史上最悪だった。

「お兄ちゃん、似合ってる・・・」

「龍ちゃん、名探偵コナンみたい!メガネかけてるし」

「でも、コナン君はスカート履かないよ・・・」

「ぼりぼり」

「じゃあ、お兄ちゃん。名探偵コナン子だね」

何が名探偵コナン子だ。
それにしても、このスカートってやつはやけにすーすーするな。

僕たちは今当時の正式名称龍宮学園女子高等学校にいた。
もっとも、女子校と知ったのはついさっきだったが。

それにしても、まさか一日足らずであの木の下に再び立つことになるなんて思ってもみなかった。

「お姉ちゃん、この木で首つって死んじゃったんだよね」

大好きだった香奈子お姉ちゃんの死。
それは、妹たちにとっても同じでその木をみた途端、あの気丈だったきどはるちゃんまで失神しそうになっていた。

「きどはるちゃん・・・大丈夫?」

そう声をかけたのは逆に真っ先に倒れるんじゃないかと思ってた真面目系のゆみちゃんだ。

「大丈夫よ、これぐらい!あんたこそ・・・」

「ぼりぼり」

「たく、こんな時にせんべいばっかたべてどういうつもり?あたしへの当て付け?そうなの?」

そういって、さいはるちゃんのせんべいを取り上げて投げつけるきどはるちゃん。

「あ・・・」

さいはるちゃんは茫然とせんべいの行方を追うだけで何の反論もしない。

「きどはるちゃん、やめてよ!お兄ちゃんがみてるでしょ」

「ん?ぷっ、あはははは。何そのかっこ?名探偵コナン子ちゃんて」

僕はその場の異様な雰囲気にただただ圧倒されていた。
ほんとにこいつら、小2かと思うぐらい。

「おまえら、けんかはやめろ」

そういうのが精一杯だった。

「はーい」

でも、それに素直に答えたのは当のきどはるちゃんだけだった。

第8話「お姉ちゃんが死んだ木」

お姉ちゃんが死んだ木。
僕は生涯忘れない。
あの木でお姉ちゃんが死んだことを。

「龍ちゃん、みてみて」

さっきまで喧嘩していたのが嘘のように木戸春ちゃんは僕を呼ぶ。

「どうした」

「この木のとこ、なんか塗ってある」

「どれどれ」

それは、蜂蜜だった。
すっかり忘れていたが、僕と妹はそもそもあの朝カブトムシを獲りにいったのだ。
だから、蜂蜜も僕が前日の夜に木の幹に・・・。

「ああ、それは俺が」

「お兄ちゃん、この蜂蜜おかしいよ」

「なにがだよ」

確かにおかしかった。
なぜなら、蜂蜜がなぜか二重に塗ってあるのだから。

「おかしいな、どういこうことだ」

「あの…もしかして、お姉ちゃんを殺した犯人が塗ったとか?」

有美ちゃんが遠慮がちに言う。

「でも、なんのために?蜂蜜に釣られるのはカブトムシだけのはず・・・」

「それはわからないけど・・・」

「まあ、これも何かの手がかりになるかもしれないな。ありがとう、きどはるちゃん、ゆみちゃん」

「当然でしょ!」

「あたしで役に立てるならなんでも・・・」

「ぼりぼり」

「こら、おまえら!そんなところで何をしてる!」

その時怒声が響いた。

「やばい、だれかきた!警察か?」

僕たちは慌てて逃げた。
が。

僕だけつかまってしまった。
目の前には見知らぬ男の人。

「見ない顔だな、さっきの子供らはなんだ?あの木に近づくなといっておけ」

幸い僕は龍宮学園の制服を着ていたので、その男に特に怪しまれることもなかった。

「いいか、あの木には近づくなよ。まだ警察の捜査も終わってないんだし。わかったら、とっとと帰れ!」

後で知った話だが、その男は龍宮学園女子校の体育教師で名前は信太重吾。30代の脂ぎった太っちょだ。
勿論女生徒からも嫌われているらしい。
まあ、あんながさつな教師、僕だって大嫌いだが。

「あははは、あんたらのぶたにつかまったの!運悪いわね」

その日の午後、僕らは再び遠野家に集まっていた。
泉美さんは夏休みだというのに、部活にもいかず(といっても文芸部は夏の活動はほとんどないという)、家でゴロゴロしていた。
この分だと浮いた話もなさそうだ。

「それでわかったのは蜂蜜が二重に塗られていたってだけなのね?それだけじゃ真実なんてわからないわね。まあ、安心なさい。明日から英語合宿があるから思う存分潜入捜査できるわよ」

英語合宿?

「あら、うちの高校では毎年夏に東京から塾講師が来て英語を教えにくる地獄の3泊4日の合宿があるのよ。ちょうどいいから、龍花ちゃんの名前で参加申し込んでおいたから。」

「ちょ、龍花ってなんですか?」

「あなたの新しい名前よ。川角龍花。いい名前でしょ?その名前で明日から英語合宿にいってもらうわ。大丈夫。東京からも塾構生がたくさん来るから、当日は私の友達ってことでごまかされるから」

「いや、そういう問題じゃなくてですね・・・」

「龍花ちゃん、ぷっ」

「またかわいい名前・・・」

「お兄ちゃん、よかったね!今年の夏はお姉ちゃんだけど」

「ぼりぼり」

「こら、おまえら笑うな!」

こうして、僕は半ば強制的に地獄の3泊4日英語合宿に参加することになったのだった。

第9話「夏合宿、始まる!」

龍宮学園女子校真夏の伝統行事。
学園に付属する女子寮「龍宮寮」で毎年この時期に行われる3泊4日の地獄の英語合宿。
僕は、川角龍花という女の子としてこれに参加することになった。
名目は潜入捜査だが、勿論小6の僕も日中この地獄の合宿に参加しなければならない。
なんで、こんなことに・・・。

「で、なんでお前らまでいるんだよ?」

「当たり前でしょ!お兄ちゃん、じゃなくてお姉ちゃんを守るのが使命なんだから!」

「そうそう、龍ちゃん一人じゃなにしでかすかわかんないし!」

「それに探偵団の潜入捜査もありますし・・・」

「ぼりぼり」

「でも、お前ら。どうみても女子高生には無理が・・・」

「大丈夫よ。この子たちは合宿には参加しないから。別の形で参加してもらうわ」

そう言ったのは勿論、この合宿参加を仕組んだ当の本人泉美さんだ。

「どういうことですか、泉美さん」

「まあ、それは行ってみてのお楽しみってことで」

「そんなあ」

その時だった。
向こうの車道から黒塗りのベンツがやってきたのは。

「すごーい、なにあの車!」

「ふん、なによ。うちもベンツの一台や二台くらい」

「すごいです・・・」

「ぼりぼり」

「げっ、あれは」

「泉美さん、どうかしたんですか?」

「いいから、みんな隠れるのよ。こっちこっち」

しかし、泉美さんの言葉も虚しくベンツはこちら側に向かってきて、
そして、止まった。

「珊瑚お嬢様、到着しました」

運転席から出てきた老紳士が、そう言って後ろのドアを開ける。
ドアから出てきたのは、黒い日傘を差した龍宮学園の制服を着た黒髪の美少女。

「何、みとれてんの。お兄・・・いやお姉ちゃん」

「なによ!あの女。鼻持ちならないわね!」

「綺麗です・・・・」

「ぼりぼり」

「そんなんじゃないやい!泉美さん、あれ誰ですか?」

泉美さんは表情を強張らせながら、言った。

「黒岩珊瑚。黒岩財閥のお嬢様にして、今の龍宮学園を支配する実質的な女王様よ」

第10話「学園の女王、黒岩珊瑚登場」

「いくらパパの頼みとはいえ、こんな夏合宿にこの私が参加するなんてね。白石、ご苦労様。もう帰ってもいいわよ。たく、この合宿が終わったらパパに欲しかった高級バッグねだってやるんだから」

「お嬢様、頑張ってらっしゃいませ。ではわたくしはこれで」

圧倒的なオーラがそこにあった。
学園の女王、黒岩珊瑚。
僕が初めて会った威圧感溢れる女性だ。

「もう、そんなにじっとみないの!」

「そうよ!あんな女より未来のお嫁さんをみなさい!」

「綺麗・・・」

「ぼりぼり」

「だから、そんなんじゃないって!」

「みんな、早くいきましょ!あの女と関わったらろくなことにならないんだから!」

だが、既に手遅れだった。

「あら、そこにいるのは泉美さんじゃなくて?お久しぶりね」

「あ、おひさしぶりです。珊瑚先輩」

「今日はメガネじゃないのね。あら、よくみたらその子のメガネ、あなたがいつもかけてるメガネに似てるわね?」

「あ、この子東京の友達で川角龍花ちゃんです。今回一緒に夏合宿に参加することになりまして。メガネは彼女が今朝うっかり忘れてきたので私のを貸してあげたんです。私はだから今日はコンタクトをつけてきてるんです」

「あら、そう。メガネをとったあなたも素敵ね。あ、そこのあなた。龍花さんと仰ったかしら?申し遅れました。私、黒岩珊瑚と申します。わからないことがあったら、なんでも私に聞いてくれてよろしくてよ」

そう言って僕のほうに手を伸ばしてくる。
僕は思わず硬直しながらも、その手を握り返す。

「よろしくね」

「よ、よろしくお願いします・・・」

「で、泉美さんこの子たちは一体なんなのかしら?勉強合宿に子供は必要なくてよ」

「あ、この子たちはですね・・・・」

「はじめまして、私龍花お姉ちゃんの妹で蘭香ていいます。小2です」

「はじめまして。あたしは蘭香ちゃんの友達で木戸財閥のご令嬢春花よ」

「木戸財閥?ああ、あの没落貴族ね。それはそれは」

当時木戸財閥はまだ一般には知られていなかった。
にもかかわらず、さすが黒岩財閥のご令嬢。
当時にして後に平成の寵児といわれるあの男を生み出した木戸家を知っていたのだ。

「没落貴族ですって!今にみてらっしゃい!」

「子供がぎゃあぎゃあ喚いてうるさいから私はこれで失礼するわ。御機嫌よう」

「子供ですって!なによ、あの女!鼻持ちならないわ!」

後になって泉美さんから聞いた話だが、黒岩財閥のご令嬢は子供が大の苦手だ
ったようだ。

「お兄ちゃん、いつまでみてるの?そんなに年上が好き?」

「あんな女みてないで、あたしをみなさいよ!」

「敵わないな・・・」

「ぼりぼり」

こうして、嵐を呼ぶ夏合宿が黒船の襲来とともに、幕を開けたのだった。

第11話「潜入!龍宮寮」

龍宮寮。
私立龍宮学園女子校創立当時から存在するという伝統的な完全男子禁制の女子寮だ。
僕はその女の園にたった今踏み入れようとしているのだ。

「お姉ちゃん、なにドキドキしてんの?やらしい」

「龍ちゃん、早く入るよ!なんのために潜入捜査すると思ってんの!」

「悪い人つかまえるため・・・」

「ぼりぼり」

「ばか、なにいってんだ!こんなところぐらい平気だ」

「あれ、泉美さんは?」

気が付くと泉美さんがいなかった。
さっきまで一緒にいたのに・・・。

「泉美さん?」

「わっ!」

「うわあ」

僕が振り向くと、そこにはいたずらっ子のように微笑む泉美さんの姿。

「ちょ、驚かさないで下さいよ!なに、子供みたいなことを」

「へへ、これで緊張ほぐれたでしょ?さ、入りましょ」

まったく、この人は子供なんだか、大人なんだか。

「今度は泉美ちゃん?お姉ちゃん、気多すぎ」

「なによ!あの女も鼻持ちならないわね!」

そんなこんなで僕たちは女子寮に入っていった。

「わあ、人多すぎ!」

妹がそう思ったのも無理はない。
女子寮に足を踏み入れた途端、むっとした香水の匂いが漂い、あちらにも女子生徒、こちらにも女子生徒と世の中に女の人がいたのかと思うぐらいだった。

「また、お姉ちゃん見とれてる!いい?ここでは女の子なんだから、それ忘れないでよ?」

「うんうん、さあ、泉美ちゃん。こんなとことはとっととおさらばして、部屋に案内してよ。あたし、疲れちゃった」

「はいはい、じゃあこっちついてきて」

僕たちが泉美さんに案内された部屋は二人部屋で、左右に机とベッドが据え付けられている簡素なものだった。
正に勉強と寝る以外は何もするなと強制されているような部屋だ。
でも、二人部屋てことは・・・。

「なに、やらしい想像してんの、お姉ちゃん?あたしたちもここに泊まるにきまってるでしょ!」

「そうよ!ベッドで寝れるなんて思わないでよね!ベッドはそっちに泉美ちゃんとさいはるちゃん。こっちにあたしと蘭花ちゃん、ゆみちゃんの3人で寝るんだからね?龍ちゃんは、床でタオル引いてあげるからそこで寝るのよ!」

「可哀想・・・」

「ぼりぼり」

「んなことわかってるよ!てか、お前ら日中何してる気だ?」

「別行動に決まってるじゃない!私たちは私たちでやることあるんだから、お姉ちゃんはおとなしく勉強しててね!」

「て、俺は囮かよ!」

「ここでは俺じゃなくて、私でしょ?」

「まあまあ、喧嘩しないの。さ、龍花ちゃんは私についてきて。もうすぐ、授業始まるから」

「て、もう始まるのかよ!」

「頑張ってね!お姉ちゃん」

「ほかの女じろじろみてたら、承知しないから!」

「頑張って下さい・・・」

「がんば!ぼりぼり」

それが、英語合宿1日目の幕開けだった。

第12話「夏合宿1日目」

地獄だ。
なんで僕がこんなことを。
僕はうんざりしていた。
これでは、潜入捜査どころではない。

なにせ朝から晩までみっちりと英語漬けだ。
東京からやってきたというわけのわからない塾講師たちが、これまた英語のえの字も知らない僕に英語の公式を叩き込む。
その繰り返しで1日が終わるのだ。

「ふふ、苦戦してるようね。まだ英語は早かったかしら?」

そういって僕の悪戦苦闘ぶりを横で笑うのが、この英語合宿に僕を連れ込んだ張本人である泉美さんだ。

「まあ、今頃あの子たちが頑張ってくれてると思うし、あなたは勉強を頑張るのよ」

今頃、あいつらが頑張ってるだって?
それじゃ、まるで僕が囮みたいじゃないか!
そもそも、僕がこの英語合宿に参加させられてる意義はなにかあるのか?

「どういうことですか?あいつら、今何を頑張ってるっていうんです?」

「ふふ、あの子たちなら今頃学校に行ってるわ。ちょうど夏休みだし、部活見学ぐらいなら学校もなにも言わないだろうしね。小さな探偵団ってとこね。さあ、あなたは勉強勉強」

なんということだ。
やっぱり、僕はただの囮じゃないか。
探偵団の団長たるこの僕が。

「それにこっちはこっちで、香奈子姉の友達の子とかもいるし。昼休みに探偵活動はできるしね。あ、黒岩さんとはあまりかかわらないようにね?」

そんなことはわかっている。
黒岩珊瑚というお嬢様が危ないことぐらい。
それより、お姉ちゃんの友達てどんな人だろう?

「香奈姉の友達てどんな人なんですか?」

ようやく昼休みになり、僕は泉美さんに尋ねる。

「さあ、私もよくわからないのよね。香奈姉てあんまり友達いなさそうだったし。いつも図書館で一人で本読んでるのはみたけどね」

そうだったのか。
言われてみれば、僕はお姉ちゃんのことを何も知らなかった。
頭がよくて、美人で、僕たちにいつも優しいお姉ちゃん。
僕が知っているのはそれだけだ。

お姉ちゃんが日々何を考え、
日々何に悩み、
日々何を思って生きてきたのか。

何一つ、僕は知らないのだ。

僕は96年夏、まだ何も知らない子供だったから。
お姉ちゃんを救うどころか、
彼女のいたみも、
苦しみも、
何一つわかってやれない無力な子供だったのだ。

第13話「お姉ちゃんの彼氏登場」

「お姉ちゃんの彼氏?」

妹たちの報告は正に寝耳に水だった。
まさか、お姉ちゃんに彼氏がいたなんて・・・。

「あ。お兄ちゃん、ショック受けてる?そりゃ香奈姉も高校生だもん。彼氏の一人や二人いたって、何の不思議もないよ。現にいたし」

「龍ちゃんにはここにいい女がいるじゃない!浮気はだめ」

そんな・・・。
お姉ちゃんに彼氏。
お姉ちゃんに彼氏が。
嘘だ。
そんなの、嘘っぱちに決まってる!

しかし、僕の願いも虚しくそれは紛れもない事実だった。
なぜなら、妹たちはこともあろうにその彼氏らしき男を連れてきたからだ。

「紹介するね。この人がお姉ちゃんと交際してた加賀勇平さん。県立虎ノ門高校に通う高校2年生よ。加賀さん、お姉ちゃんと付き合ってたていうのはほんとのほんとなんですよね?」

加賀勇平と呼ばれた男子高校生はしかしなかなかの二枚目であった。
悔しいが、小6の僕なんかでは太刀打ちできないぐらいの。

彼は妹のその呼び声にも反応しないぐらい憔悴していた。
無理もないだろう。
付き合っていた彼女が自分に何の相談もなく、勝手にあの世に行ってしまったのだから。
勿論、それはお姉ちゃんが本当に自殺したという前提の下での話だが。

「ああ、そうだよ・・・香奈子、なんで僕に相談もなく自殺なんか・・・」

ようやく発した言葉を聞いて、僕はなんとも複雑な気持ちになった。
この人は、本当にお姉ちゃんのことが好きだったんだ。

「で、僕に聞きたいことってなんだい?よりによって男子禁制の龍宮寮なんかに呼び出して。誰かにみつかったら、なんていわれるか」

妹たちは僕の背中を押して、ほら、お兄ちゃんせっかく呼んであげたんだからお姉ちゃんのことちゃんと聞いてよね、と無責任なことを言い出す。
誰もこの人を連れてこいなんて頼んだ覚えはないんだが。
しかし、だからといってこのまま何も聞かずに帰ってもらうのはさすがに癪だ。
僕は思い切って、加賀さんに尋ねる。

「あなたはお姉ちゃんとどこで知り合ったんですか?というか、あなたは・・・本当にお姉ちゃんの彼氏なんですか?」

第14話「加賀勇平の告白」

「僕が香奈子と出会ったのは、3か月前だった」

お姉ちゃんの彼氏を名乗る加賀勇平という男子高校生は、僕の質問に答えるように語り始める。

「僕は当時、いや今でもそうだけど、どこにでもいるぱっとしない学生だった。でも、あの日僕は彼女に出会ってすべてが変わったんだ。そう、3か月前のあの日僕はいつものように部活帰りで家路に着こうとしていた。そんな時、あの天使のような彼女、香奈子と出会ったんだ・・・(以下略)」

彼の独白はあまりに長すぎた。
ようするに彼が語ったことをまとめると、3か月前にお姉ちゃんと出会った加賀は、一目でお姉ちゃんのことを気に入り、激しい情熱のもと彼女を口説き倒し、ついに交際に発展したということらしい。
どこまでがほんとでどこまでが嘘なのか、それは僕には判断しにくいが、とにかくお姉ちゃんと付き合っていたということだけは事実だということがわかった。
よりによって、なんでこんなわけのわからない男とお姉ちゃんは・・・。

「それなのにどうして・・・僕たちはうまくいっていたはずなのに。なんで、自殺なんか・・・」

僕はこの男に哀れみよりも、むしろ怒りを覚えた。
結局、この男の存在はお姉ちゃんの心の支えにはならなかったのだ。
お姉ちゃんが自殺したにしろ、誰かに殺されたにしろ、
この男はお姉ちゃんを守ることができなかった。
僕はそこにやり場のない怒りを感じたのだ。


「なんでだよ・・・なんであんたがついていながら、お姉ちゃんは!」

だから、つい語気を荒げてしまった。
そんなことをしても、何もかもが手遅れなのに。

「すまない・・・。許してくれとはいわない。ただ、彼女の死の真相が知りたい。今はそれだけなんだ・・・よかったら僕を君たちの仲間にいれてくれないか?」

「ふざけんな!どの口がそんなことを・・・お姉ちゃんを守れなかったくせに!」

僕の怒りはついに爆発した。
しかし、それを止めたのは意外にも小さな妹たちだった。

「まあまあ、お兄・・姉ちゃんの気持ちもわかるけどこの人もいろいろ苦しんでるんだし、そのへんで許してあげてよ。あたしは賛成だな。だって、この人が仲間になればあたしたちの捜査では知れないこの人だけが知ってるお姉ちゃんの行動とかもわかるし、一石二鳥じゃない?今はつまらないジェラシーなんて捨てて、この人と協力しようよ?ね?」

「うんうん。あたしもらんちゃんの意見に大賛成。この人、確かに頼りなさそうだけど悪い人にはみえないよ。それにほんとに悪いやつなら、のこのこ出てこないと思うし。これはあたしの勘だけどね。ゆみちゃんもそう思うよね?」

「う、うん・・・。というか、可哀想です・・・」

「ジュースもおごってもらったしね。ぼりぼり」

こうして、僕の怒りをよそに妹たちはこの男、加賀勇平を事件解決のための仲間に入れることを勝手に決めてしまったのだった。

たく、団長の僕の意志はこれじゃああるようでないようなものじゃないか。

第15話「お姉ちゃんの親友」

「あはは。それで香奈姉の彼氏って男がお仲間に加わったの?へえ、あの香奈姉にいい男がねえ」

「笑いごとじゃないですって!泉美さん」

「はいはい。男のジェラシーは見苦しいわよ。あ、今は女の子だったわね。まあ、いいわ。紹介するね。こちら、佐城京香さん。ここの2年生で、香奈姉の友達だった人よ」

昼休みもあと10分。
僕は加賀勇平といういけ好かない男と別れた後、龍宮寮の食堂で泉美さんに誘われてお姉ちゃんの友達だったという人を紹介されていた。

「初めまして、佐城京香です。失礼だけど、あなたは香奈子とはどんなご関係でいらっしゃるのかしら?」

佐城京香と呼ばれた女生徒は三つ編みにメガネをかけたいかにも地味で真面目なタイプだが、その口調はどこかお嬢様を思わせるような鼻についたものだった。
この人もやっぱりあっち系なのか?
それは兎も角、僕は内心ドギマギしながらも京香の質問に答える。

「はい、僕・・じゃなくて私は香奈子さんとは小さいころからかわいがってもらってまして。まあ、お姉ちゃんみたいな存在です」

その発言に一切嘘はなかった。
まあ、こんなとこでいちいち嘘をついていてはきりがないというのもあるが。

「へえ、香奈子にそんな妹みたいな子がいたのね。まあ、いいわ。それで私に聞きたいことってなにかしら?」

相手が下とみるや、最初の丁寧口調が嘘のように見下し始める京香という女。
やっぱり、この人種とは僕はうまく付き合えそうにない。
というか、この女お姉ちゃんが死んだことにさほどショックを受けていないような。
本当にこの人はお姉ちゃんの友達だったんだろうか?

「あの・・・失礼ですけど香奈子さんとはどんな関係で?」

だから、僕は思わずそんな質問をしてしまったのだった。

「まあ、失礼ね!香奈子は私の唯一無二の親友だって聞いてなかったのかしら?私たちはまるで姉妹のように仲が良かったのよ!それなのに、あの子ったら私を残してなんで自殺なんか・・・」

そういって、さめざめと嗚咽を漏らしながら泣き出す京香。
これはいよいよ嘘っぽいな。
なにもかもが芝居がかっている。
それとも、この種の人種はみんなこうなんだろうか?
僕は判断に迷っていた。

と、その時。

キーンコーンカーンコーン。

京香からろくに話も聞き出せないまま、昼休み終了を告げるチャイムが鳴ってしまった。

「あら、もう昼休みは終わりね。じゃあ、あなたもお勉強頑張るのよ。またなにか聞きたいことがあったら、いつでも呼んでもらって構わなくてよ。では、ごきげんよう」

・・・。
龍宮学園の女生徒てみんなこんなお嬢様ばっかりなんだろうか?
それを考えると、僕は途端に頭が痛くなったのだった。

第16話「追悼の夜」

その夜の食堂にて。

「はあ。やっと地獄の一日が終わった。なんで俺が英語なんか・・・。て、お前ら、なんでここに!」

ふと気づくと、妹たちがこともあろうに配膳係を当たり前のようにこなしていたのだ。

「お姉ちゃん、お疲れ。カレー、大盛りにしとくね」

「龍ちゃん、サラダも大盛りにしといたよ!たくさん食べてね!」

「あ、あと水もお代わり自由ですから!」

「せんべいもつけとく?ぼりぼり」

僕はため息をついた。
結局、この4人からは逃げられないってわけか。

「あら、4人ともちゃんと働いてくれてるわね。偉い偉い。明日も明後日も頼んだわよ」

「はーい」

やっぱり、仕組んだのは泉美さんか。

それはそうと、その日の夕食ではある儀式が行われた。
その口火を切ったのは、誰あろう学園の女王様黒岩珊瑚だ。

「皆様、揃いましたわね。ご夕食の前にここで皆様でお祈りを捧げたいと思います。皆様もご存じのとおり、つい先日私たちのかけがえのない友人である松山香奈子嬢が突然この世を去りました。わずか17年の生涯を懸命に生き切り、最後には非業の死を遂げたこの大切な友人の冥福を心から祈りましょう。願わくば、彼女の来世に幸が多くありますように」

ここまではよくある追悼のメッセージだった。
が、しかし、次の瞬間。

「主よ、願わくば香奈子嬢の魂が安らかに成仏なさいますように」

黒岩珊瑚がその言葉を唱えると、なんと食堂にいた女生徒全員が同じ言葉を繰り返し始めたのだった。

「主よ、願わくば香奈子嬢の魂が安らかに成仏なさいますように」

「主よ、願わくば香奈子嬢の魂が安らかに成仏なさいますように」

「主よ、願わくば香奈子嬢の魂が安らかに成仏なさいますように」

「主よ、願わくば香奈子嬢の魂が安らかに成仏なさいますように」

「主よ、願わくば・・・」

一体なんなんだ。
これじゃまるで何かの宗教・・・。

「ふふ、驚いた?これが、龍宮学園のもう一つの秘密。知らなかったの?この学園の母体が新興宗教団体『神の御心を知る会』だってことを」

そう言って、泉美さんは不気味に微笑んだのだった。

そして、これが僕をその後数十年に渡って悩ませ続ける新興宗教『神の御心を知る会』との最初の出会いだった。

第17話「神の御心を知る会」

「神の御心を知る会?」

そういえば、その名前はどこかで聞いたことがある。

「ええ、1991年にできた新しい宗教団体なんだけどね。まあ、おいおい説明するわ。今はそんなに気にしなくていいわよ」

そう言われると、気になるのが人間の性だが。

と、その時。

「あら、さっそく布教活動して下さってるのかしら?感心ね、泉美さん」

振り返ると、そこには誰あろう黒岩珊瑚の姿が。
地獄耳とは正にこのことだ。

「い、いえ。この子はまだここに来たばかりなんで。そういう難しい説明はおいおい話して・・・」

「あら、何も難しいことはないわよ。それより、こんな素晴らしい宗教が存在することを一人でも多くの方に知ってもらうのが私たちの役目じゃない。確かあなた、龍花さんとおっしゃったかしら?」

「は、はい。でも私、宗教とかそういうのはよくわからなくて・・・」

「だからそんなに難しく考える必要はないわ。この宗教は誰にでも平等なのよ。私たちは誰であろうと、幸せになる権利があるの。私も泉美さんも、勿論貴女
もね。この宗教はそんな幸せをより力強く変えるために、みなさんでお祈りして頑張りましょうっていう簡単にいうとそういうものなの。何も怖いことはないわ。別にお金を頂くわけでもないし、ただ唯一絶対的な神であるあのお方とともに祈ればみんなが幸福になれる。簡単にいえばそういう宗教よ。素晴らしいことだと思わない?」

正直、この手の話にはついていけなかった。
それに、今の話が正しいのならば、その宗教に入っていたはずのお姉ちゃんはなぜあのような死を迎えなければいけなかったのか。
僕はなによりそこが一番納得いかなかった。
だから、つい。

「じゃあ、なんでお姉ちゃん・・・いや香奈子さんは幸せになれなかったんですか!おかしいじゃないですか!今の話だとこの宗教をやってれば、誰でも幸せに・・・」

その言葉を聞いて黒岩珊瑚の顔色がさっと青ざめたような気がした。
だが、すぐ真摯な表情に戻り、

「ふう。残念ながら香奈子さんは道を踏み外してしまわれたようね。彼女はきっとこの宗教を信じ切れていなかったのね。でなければ、自殺なんて馬鹿なこと思いつきっこないもの・・・可哀想に。今夜は彼女の冥福と来世での幸福を心から祈りましょう。神のご加護が、あの方の大いなるご加護がありますように」

僕はその時悟った。
この人には何を言っても無駄なんだなと。
僕は子供ながらにこのとき、こんな宗教かぶれにだけはけしてならないと誓った。

それが、この新興宗教団体「神の御心を知る会」との長い戦いの始まりだとも知らず。

第18話「夏合宿2日目」

夏合宿2日目。
起床時間は午前6時丁度。
しかし、それはけして目覚めのいいものではなかった。

「お兄ちゃん!早く起きて!今日も勉強しっかりしてくれなきゃ!」

「龍ちゃん、起きないなら私の目覚めのキスで・・・」

「そ、それは駄目です!」

「起きないとせんべい口入れるぞ。ぼりぼり」

僕はその恐ろしい言葉の数々を耳元で囁かれ、慌てて飛び起きた。

「お前ら、朝からうるさいぞ!朝ぐらい自分で起きれるやい!」

「ほんとに?さっきまでいびきかいて寝てたくせに。お兄ちゃんの嘘つき!」

「そんなことより今夜はお祭りがあるのよ!勉強終わったら、神社に集合ね!」

「花火もあるみたいです・・・」

「たまにはわたがしでも食べたい。ぼりぼり」

そういえば、今日だったのか。
年に一度この町で行われる伝統的な祭り『龍宮祭』があるのは。
その名の通り、龍宮学園が10年前から主催する高校生主体の祭りで、花火まで打ち上げられる盛大なものだ。
例年なら、この日はお姉ちゃんの浴衣姿がみられる特別な日なのに、今年は・・・。

思い出すのは、去年の『龍宮祭』。
あの日は確か・・・。

「お姉ちゃん、龍宮祭行かないの?一緒にいこうよ」

「今年は辞めとくわ。私なんかより、蘭香ちゃんたちと一緒にいってあげたらどうかしら?」

「ええ。お姉ちゃんが行かないとつまんないよ」


そうだった。
去年はお姉ちゃんと一緒に行っていなかったのだ。
今更ながらそのことを僕は思い出した。

あの時、なぜかお姉ちゃんは毎年楽しみにしていた『龍宮祭』に行くことを頑なに拒んでいた。
一体、何故?
もしかしたら、事件はあの時から始まっていた?
この事件は僕が思っていた以上に根深いものがあるのかもしれないと僕はその時思ったのだった。

「龍ちゃん、なにぼーっとしてんのよ!朝の体操に遅れるでしょ!」

「寝ぼけてる龍ちゃんも可愛い!」

「き、今日もガンバです!」

「体操って私らもやるの?ぼりぼり」

それはそうと、今日も地獄の英語合宿の2日目が始まろうとしていた。

「わ、わかってるって!お前らは俺の保護者か!」

第19話「祭りの夜(前篇)」

「ふう。今日もやっと終わったか。ああ、勉強しすぎて頭が痛い」

その日の英語漬けもようやく終わり、一息つく僕。
だが、勿論そんな安息の日々は長くは続かない。

「お兄ちゃん、見てみて。この浴衣、似合うでしょ?」

「龍ちゃん、私の浴衣姿みて惚れ直したでしょ?」

「わ、私のも見てください。は、恥ずかしいですけど・・・」

「浴衣なんて私の主義に合わないね。ぼりぼり」

そう、今夜は年に一度の『龍宮祭』が龍宮学園の周辺をメインに行われるのだ。
妹たちは祭りにはしゃぎまくっているが、僕の頭の中は勿論祭りどころではなかった。
そんな祭りではしゃいでる暇があるなら、一刻も早くお姉ちゃんの死の謎を解きたい。
今の僕には、ただそれだけがすべてだったのだ。
勿論、そんな僕の思いをこの無神経な妹たちがわかってくれるはずもなく。

「ほら、お兄・・・お姉ちゃんもこれに着替えて!」

これに着替えて?
これ?
僕は妹が差し出したものをみて仰天した。
なんと、そこには艶やかなピンク柄の浴衣が一着あるではないか!

「おいおい。まさか、俺にこれを着ろと?制服まではなんとか我慢して着てやったけど、浴衣まで着るなんて俺は言ってないぞ!」

僕は大いに慌てた。
いくら、今の自分が川角龍花という女の子を演じているとはいえ、いくらなんでもこれはさすがにやりすぎというものだ。

「何言ってんの!お姉ちゃん、今の自分の立場わかってるの?お姉ちゃんは今龍花ちゃんていうれっきとした女の子で通ってるんだからね!」

「そうよ。べ、別に私が龍ちゃんの可愛い浴衣姿見たいからじゃないんだからね!やるなら徹底してやらなきゃ!ってことよ」

「い、嫌なら断ってもいいんですよ?」

「あんたは黙ってて!ほら、早く服脱いで着る!着付けは、泉美さんがやってくれるから安心よ」

ふと横を見ると、僕と同じく授業を終えたばかりの泉美さんがにんまりと微笑んで、妹たちに合図を送っている。

はあ。
なんで俺がこんな役目を背負わなければいけないんだ。
僕はため息をついて、すべてを諦めた。
そして・・・。

「きゃー、お兄ちゃん可愛い!予想以上に似合ってるよ!お兄ちゃん、このままこっちの世界に飛び込んじゃえば?」

「龍ちゃん、ちょっとこれはいくらなんでも似合いすぎでしょ!私女だけど思わずぎゅーっとしたくなっちゃう!」

「か、可愛い・・・」

「私より似合ってるんじゃない?ぼりぼり」

こうして、屈辱に塗れた祭りの夜の幕が開けたのだった。

僕はけして忘れない。
この日、女物の浴衣を着せられたこの屈辱だけはけして・・・。

第20話「祭りの夜(中編)」

「わたがし、りんごあめ、たこ焼き、大判焼き!」

「金魚すくい、射的、ヨーヨー釣り!」

「か、かき氷、じゃがバター、ええとそれから・・・」

「チョコバナナ忘れちゃいかん!ぼりぼり」

まったく、お前らの頭の中は出店のことだけか。
僕はこの4人の能天気さにはほどほど呆れていた。

「勿論、お姉ちゃんが全部おごってくれるんだよね?私たち今お金もってないし」

「やるう!さすが、龍ちゃん!お礼にほっぺにちゅうでもしてあげようか?」

「おい!誰がおごるといった!誰が!」

そんな様子を傍で微笑ましそうに見ているのは泉美さん。

「あらあら、お兄さんも大変ね。いいわ。みんな、今日は私がおごるから存分に楽しみなさい。龍花ちゃんの可愛い浴衣に免じてそれぐらいのことはしてあげるわ」

「うっ・・・。浴衣のことは言わないで下さい・・・」

「わーい!さすが泉美姉ちゃん!」

「龍ちゃん、どうせお金持ってないもんねー。じゃあ、ちゅうはお預けってことで」

そんなやり取りがありながら、僕たちは『龍宮祭』のメイン会場である『龍宮神社』の境内に到着した。
祭り提灯と出店がずらっと並ぶそこは予想通り、すごい人出だ。
この町にこんなに人がいたのかと思うぐらい。
それよりも、僕が心配なのはこんな所でもし同級生のやつらと遭遇でもしたら・・・ということだった。

「ねえねえ、お姉ちゃん。花火って何時から?」

そんな僕の心配をよそに妹はそんな能天気なことを聞いてきた。
こいつ、徹底的に今日の祭りを楽しむ気満々じゃないか。

「花火?多分7時ごろじゃないか?忘れたけど」

「ぶー、そんな大事なこと忘れないでよ。いいもん、泉美姉ちゃんに聞くから」

そう言って妹は泉美さんのほうへ駈けていった。
僕はそれを好機と捉え、同級生たちにこんな恥ずかしい姿を見られないようにするため、人気がないところへ行くことにした。
幸い他の3人も泉美さんにお駄賃をもらったためか、出店に夢中で自分のことは目に入っていないことだし。

「・・・ふう。ここまでくれば大丈夫だろう。こっちは人気もないし」

僕は神社の境内から離れたとある場所に一人腰を落ち着けていた。
ここは、お姉ちゃんとの大切な思い出があるところだ。
2年前の夏まで毎年のように僕とお姉ちゃんと妹はここで花火を見ていた。
ここは、誰にも邪魔されず花火が一望できる絶好のスポットなのだ。

「花火まであと30分はあるな。さて、どうしたものか・・・」

その時だった。
草むらからガサガサっという物音がしたのは。

「ん?なんだ。そこに誰かいるのか?」

僕はまるで自分がホラー映画の主人公になったかのような台詞を吐いた。
B級ホラーじゃあるまいし、まさかこんなところで幽霊なんて出てこないよな。
僕は内心ビクビクしながらも、とにかくその場でじっと身を潜めていることにした。

・・・。

だが、しばらく時間が経っても草むらからは何の身動きも感じなかった。

「ふう、なんだ驚かすなよ。幽霊でも出たかと・・・」

僕はそこでようやく一息ついた。
どうやら、僕の気のせい、あるいは動物かなにかが立てた物音で、気にするほどのものでもなかったようだ。

そして、そんなことをしているうちに向こうのほうからドーンという物凄い音が響いてきた。

花火だ。

思い出す2年前の夏。
僕とお姉ちゃんが祭りの夜を過ごした最後の夏。
あの時、お姉ちゃんは僕に何を話してくれただろう。
思い出そうとしても、何かかがひっかかって、どうしても思い出すことができない。
一体、どうして?

その時だ。
不意に先ほどの草むらのほうからこんな男女の会話が聞こえてきたのは。

「おいおい、やばいって。こんなところ誰かにみられたら・・・」

「あら、いいじゃない。あなた、怖いの?それより花火が綺麗ね」

「だ、だから、お前・・うっ」

なんだ、お忍びのカップルか。
僕はその会話を聞いて、幽霊じゃないかと先ほどまでびくびくしていた自分が馬鹿らしく思えた。

「それにしても、よくこの場所を知ってたな。ここは地元の人でもあまり知る人がいないという絶好のスポットだというのに。どれどれ、どんなやつらが来てるのかちょっと覗いてやろうか」

僕は完全な興味本位で二人に気づかれないように草むらのそばまで行き、そっと覗いてみたのだった。


驚いた。
こんなに驚いたのは、あのお姉ちゃんの首吊り死体を見たとき以来だ。
なぜなら、僕はそのカップルを両方とも知っていたからだ。

「なんで、あの二人が・・・」

女は、お姉ちゃんの親友だといって紹介された佐城京香。
そして、男は・・・。
誰あろうお姉ちゃんの恋人だと名乗っていた加賀勇平だったのである。

なんと二人は草むらに隠れるように、花火の音が鳴り響く中、熱い口づけを交わしていたのだ。

第21話「祭りの夜(後編)」

とんでもないものを見てしまった。
まさか、あの二人があんなところで。
僕はその事実に頭が混乱した。

「ま、まさかあの二人が付き合っている?」

僕はそう考えずにはいられなかった。
というか、どう考えてもそれ以外の解答はなさそうだ。
ということは、一体どういうことなんだ。
一体、いつからあの二人は?
ひょっとして、この件とお姉ちゃんの事件には何か関係が?

そこで僕は最悪の想像を思いついた。

「まさか、お姉ちゃんはあの二人に?」

だが、僕は慌てて頭を振った。

「有り得ない。そんなこと、下手なミステリ小説じゃあるまいしそんなことは絶対有り得ない・・・」

混乱した頭の中、僕はその場を一刻も早く立ち去ることにした。
何よりも僕が恐れるのは、あの二人に僕が見つかってしまうことだからだ。

「はあ、はあ。一体どうなってるんだ、この事件は。もう何が何だか俺には・・・」

僕は祭りのメイン会場である神社の境内の近くまで戻ると、そこでぜえぜえ息を切らせながら座り込んだ。

「あ、お兄・・・姉ちゃん!やっとみつけた!今までどこ行ってたの?妹を心配させないでよね?まったく、いつまでも子供なんだから!」

そして、すぐに妹に見つかったのだった。

「ごめん。ちょっと、向こうで花火を・・・」

僕はそれ以上のことは語らなかった。
探偵団の団長として知りえた事実は包み隠さず話すべきなのだろうが、先ほどの光景は妹にもすぐには話せないほど、ショッキングなものだったからだ。

このことは、僕の胸の中だけにしまっておこう。
僕はそう心の中で誓ったのだった。

「もう!みんながあっちで待ってるよ!さあ、行こ!」

「う、うん。心配かけてすまなかった」

「なによ。すぐ謝るなんてお兄ちゃんらしくもない。何かあったの?」

「い、いや・・・」

「ふうん。まあ、いいや。泉美さんも心配してるから、早く行こ!ほら、のんびり座ってないで早く立って!」

境内に戻ると、既にそこにはみんなが待っていた。

「龍ちゃん!どこ行ってたの!心配してたんだから!」

「なんか事故にでも巻き込まれたのかと・・・」

「わたがし食べる?ぼりぼり」

「まあ、無事で良かったわ。あら、龍君顔色悪いわね。何かあったの?」

「い、いえ。別に・・・。泉美さん、心配かけてすみませんでした」

第22話「夏合宿3日目」

その翌日、僕はいつもの通り朝から英語講習を受けていた。
そして、昼休みにある人物に接触を試みたのだった。

「あら、あなたは確か龍花さんとかいう香奈子の幼馴染ね。私に何か用かしら?」

それは、誰あろうあの夜にお姉ちゃんの恋人だった加賀勇平と逢引きをしていたお姉ちゃんの友達だった佐城京香本人である。

「率直に聞きます。加賀勇平さんとお付き合いしてるんですか?」

その言葉を聞いた途端、京香の顔がさっと青ざめた。
だが、すぐに表情を取り戻すと、素っ気なくこう言った。

「別れたわよ。夕べね」


僕はその言葉を聞いて、驚愕した。
別れた?
一体なぜ?

「どういうことですか?あの後一体何が・・・あっ」

しまった。
しかし、僕のその慌てぶりがおかしかったのか、京香はあははと高笑いし、

「やっぱり夕べ覗いてたのはあなただったのね?何か物音がするなとは思っていたのよ。ねえ、どこまで見てたの?キスまで?それとも・・・」

僕はその言葉を聞いてカーッと顔が赤らむのを感じた。

「ふふっ、うぶねえあなた。まあ、安心なさい。どこぞの変態じゃあるまいし、あんなところでキス以上の何もしないわよ。まあ、それにあの後それどころの雰囲気じゃなくなっちゃったしね」

「どういうことですか?あの後一体何が?」

「ふふっ、聞きたい?仕方がないわね。特別サービスよ。あの人ったらあの後私のことを香奈子なんて呼び間違えたのよ。その言葉聞いて、こっちも一気に冷めたわ。所詮私はあの女の代役でしかなかったのよ。だから、振ったの。びんたを一発お見舞いしてね。ね?簡単な話でしょ?」

僕は京香のあまりにあっけらかんとした告白に何も言うことはできなかった。

「ははーん、私たちのこと疑ってたんでしょ?私とあの人で共謀して香奈子を殺したとでも思った?近頃流行のテレビアニメの見すぎよ。それにあの人と付き合い始めたのは、あの人が香奈子に振られた後だったしね。それなら、何の問題もないでしょ?」

「え?香奈子さんに振られた?それ、どういうことですか?二人はあの事件が起こる前に既に別れていたんですか?」

「あら、そんなことも知らなかったの?駄目な探偵さんね。さてはあの人、今でも香奈子と付き合っているなんて嘘八百並べたのね?ほんと、駄目な人。振って正解だったわ。そう、香奈子とあの人はもう3か月も前に別れてるわよ。その後私がアプローチして夕べまでお付き合いしてたの」

衝撃的な事実だった。
まさか、あの二人がとっくに別れていたなんて。
じゃあ、お姉ちゃんの死の原因は一体どこに?
僕の頭は再び混乱した。

お姉ちゃん。
まさか、あなたは本当に自ら命を絶ったのですか?
でも、そうだとしたら一体その動機はなんなのですか?
僕にはもう何が何だか、誰を信用したらいいのか、
分かりません・・・。

第23話「お姉ちゃんの担任」

「もう、お姉ちゃん!昼休み、どこいってたのよ!探したんだから」

その日の夕方、午後の授業が終わると妹たちが待ち構えていた。

「龍ちゃん、夕べも祭りの途中でどっか行っちゃったし。まさか、自分一人でこの事件を解決しようなんて思ってないよね?私たちがまだ小2だからって舐めてたら後で痛い目に合うんだから!」

「こ、困ったことがあったら少しは頼って下さい・・・」

「わたがしの恩忘れた?ぼりぼり」

僕は心底うんざりしていた。
追っても追っても事件の真相どころか、お姉ちゃんの後ろ姿すら見えてこないからだ。
一体、僕はどうしたら。

「何落ち込んでるの?ほんとに大丈夫?」

「うるさい!もう探偵ごっこなんてうんざりなんだよ!ほっといてくれ!」

僕は妹たちを残してその場を去ろうとした。
が。

「ちょっと待って!」

妹が俺の手を掴み、引き留めてきたのだ。

「なんだよ!離してくれ!」

「お姉ちゃん、ゆうべから変だよ!一体、私たちの知らないところで何があったっていうの?私たち、仲間でしょ?兄妹でしょ?困ったことがあったら、何でも言ってよ!ねえ、聞いてる?」

「・・・いいから、その手を離してくれ。しばらく、一人にしてくれないか・・・」

「やだ。離さないもん。それに事件の重要参考人っていうの?実は、香奈子姉ちゃんの担任の先生だっていう女の人連れてきたの。話だけでも聞こうよ。なんか事件の手がかりがつかめるかもしれないし」

お姉ちゃんの担任?
僕はその言葉にわずかながら反応した。

「ね?もう先生そこまで来てるから。会って話だけでも聞こうよ。お姉ちゃんが学校でどんな様子だったか聞けると思うし。ね?」

結局、僕は妹のその提案に頷くことにした。
やはり、僕はこの妹には敵わないのか。

「紹介するね。この人がお姉ちゃんの担任の大泉静香さん。まだ25歳なんだって。静香先生、これがさっき話した私の自慢のお姉ちゃん、川角龍花ちゃん。ほら、お姉ちゃん挨拶して」

「ど、どうも川角龍花です。香奈子さんとは家が近所なこともあって、小さい頃からお世話になってました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、初めまして。大泉静香です。それで私に聞きたいことがあるとか?」

大泉静香という女性は、黒髪で肩までかかる長髪。この暑いのにダークスーツを身にまとった美人だった。

「ええ。まずお姉ちゃん、いや香奈子さんは学校ではどんな様子だったんですか?」

僕のその問いに静香先生は一瞬考え込むように手を頭に当て、

「そうですね。確か、あの子はどちらかというと大人しい子でいつも学校では皆と距離を置いて一人で本ばかり読んでいた。そんな印象でした。私も担任として情けないんですけど、あまり彼女とは口をきいたこともなくて・・・。でも、まさかあんなことに。担任として責任を感じます。どうして、あの子を救ってやれなかったのか。私がもっとしっかりしていれば、あんなことには・・・」

後半はほとんど嗚咽交じりの涙声だった。
彼女はポケットからハンカチを出し、涙を拭う。
やはり、この人にとってもお姉ちゃんの死は相当ショックな出来事だったんだな。
しかし、次の瞬間彼女は信じられない言葉を発した。

「香奈子さん、どうしてあなたは自殺なんて馬鹿なことを・・・。私が・・・うう、私があなたを早く正しい道に導いてあげていれば・・うう・・あなたは我々の宗教を・・・敬愛なる全知全能のあの方を信じ切れていなかったの?じゃなければ、自殺なんて馬鹿なことを・・・我々の宗教がもっとも禁じているその行為をするはずがないものね・・・うう・・・ごめんなさい・・・無力な私を許して・・・あなたを正しい道に導くことができなくて・・・うう・・・本当にごめんなさい・・・」

それは正に狂気としか言いようがなかった。
やはり、この人も黒岩珊瑚や佐城京香と同じなのか。
この学園の人間はみんなこうなのか?
『神の御心を知る会』という僕にはまだ全容どころか、その一端もよく見えてこない怪しげな宗教に支配されてしまっているのか?
僕は改めて宗教が人間に及ぼすその恐ろしさを感じていた。

「はっ、ごめんなさい。つい、感情的になってしまって。それで他に何か聞きたいことはありますか?私が知っていることなら、なんでも・・・それが・・・うう・・彼女の供養になるなら・・・」

僕はこれ以上この人に聞くことは何もないとその時悟った。

「い、いえ。もう大丈夫です・・・」


「お姉ちゃん、宗教って怖いね・・・」

「龍ちゃん、誰に誘われてもあんな宗教なんかに入っちゃだめよ!わかった?」

「・・・そんなこと言われなくてもわかってるよ」

お姉ちゃん。
あなたはもしかして、
もしかして・・・
この宗教に殺されたのですか?

第24話「宗教について」

その夜、僕は妹たちが寝静まった頃合いを見計らって、隣のベッドで眠る泉美さんに声をかける。

「泉美さん、まだ起きてますか?」

「起きてるわよ。こんな時間に何かしら?まさか、よからぬことを企んでるんじゃないでしょうね?」

僕は泉美さんの茶目っ気たっぷりなその言葉に赤面した。

「ち、違いますよ。そういうことじゃなくてですね。実は泉美さんにどうしても聞きたいことが・・・」

「あら、もしかして恋の悩みとか?誰か好きな人でもできた?」

「だ、だからそういうことじゃないですってば!泉美さん、からかわないで下さいよお」

「あはは。ごめんごめん。それで私に聞きたいことって?」

「僕もう何が何だかわからなくて。この学校の人ってみんなああなんですか?」

「ああって?」

「だからその・・・率直に聞きますけど、泉美さんは『神の御心を知る会』ていう宗教を信じてるんですよね?黒岩さんや佐城さん、そして大泉先生と同じように」

すると、彼女は一瞬黙り込み、次の瞬間意外な言葉を吐いた。

「ううん、全然。私は基本的に無宗派で生きてるからね。今までも今もこれからもずっと」

「え!どういうことですか?泉美さんは確かこの宗教に入ってるんですよね?」

「ううん、入ってないわよ。まあ、最近黒岩さんにしつこく勧誘は受けてるけど、私はいくら勧誘を受けようと入る気はさらさらないわ。驚いた?まあこの学園の母体が『神の御心を知る会』だから何も知らない龍君にとっては、みんながみんなあの宗教に入っていて何かに取り憑かれたように祈っている。そう考えても不思議じゃないけどね」

驚いた。
本当に最近驚かされることばかりだ。
僕はてっきり、この学校の人間はみんなあの宗教に取り憑かれているとばかり思っていたのに。

「でも、僕が出会った人間はみんな憑かれたようにあの宗教に・・・」

「龍君、いい?例えばよくキリスト教系の学校があるけれど、それだってその学校に通ってる生徒のみんながキリスト教を信仰してるわけじゃないの。宗教の自由っていってね。信じたい人にはいつでもその門戸を開いているけど、信じたくない人には無理に強制することはできないのよ。特にこういう学校単位で宗教を強制することはね。事実、この学園の半数以上の生徒は入信していないしこの宗教を信じてもいない。信じているのは学園の教師たちと一部の生徒たちだけ。特にこの宗教を信じている人たちをみんなは『黒岩派』って呼んでるけどね。黒岩さんは親の影響もあって特にこの宗教に熱心に取り組んでるから。言うまでもなく、香奈子姉の友達だった佐城京香さんも『黒岩派』の一人よ」

そうだったのか。
僕はこの事実に世界が反転するような想いだった。
でも、ならばお姉ちゃんはどうだったんだろう?
最後に僕はそのことを泉美さんに聞いてみた。

「あの、じゃあ香奈子お姉ちゃんはどうだったんですか?彼女はこの宗教に入っていたんですか?」

「ううん、香奈子姉は多分入ってなかったと思うわ。ただ、友人の京香さんが『黒岩派』で熱心に活動してたから、しつこく勧誘は受けていたと思うけどね」

良かった。
僕はその言葉を聞いて少し安心した。
お姉ちゃんがあんなわけのわからない新興宗教に入っていたかと思うと、胸が張り裂けんばかりだったからだ。
でも、僕にはこれで一つの確信が得られた気がする。

やっぱり、お姉ちゃんの死の背後には『神の御心を知る会』があるのではないかと。
それがどういうつながり方をしているのか。
僕にはまだそこまではわからないけれど、この事件には僕が思っているよりもずっと根深い何かがある。
そう思わずにはいられなかった。


「龍君、聞きたいことはそれだけ?私を襲わなくてもいいのかしら?」

「ば、馬鹿なこと言わないで下さい!僕はそんなつもりで話しかけたわけじゃないですから!」

「ふふっ、冗談よ。じゃあ、明日も早いし私はもう寝るわね。おやすみ」

第25話「夏合宿最終日」

長かった夏の英語合宿も今日が最終日。
しかも、今日は最終日ということで午前中で授業は終わるのだ。
これでようやく、英語地獄からも解放され、お姉ちゃんの事件だけに集中できる。
僕は長く続いた閉塞感から解き放たれたような気持ちで一杯だった。

「さあ、今日は長かったこの合宿も最終日よ!龍君、張り切って行きましょ!」

今朝の泉美さんはいつになくハイテンションだった。
僕と同じく長い合宿がようやく終わる解放感からだろうか?

「それにお昼にはあの方も来られるしね。楽しみ」

「あの方?誰か寮に来るんですか?」

「ふふっ、それはお昼になってからのお楽しみってことで。ああ、楽しみだなあ」

泉美さんがこんなにテンションが高いのを見るのは初めてだ。
一体どんな人が来るというのだろう?
僕は首を傾げながらも、その日の講習の準備に取り掛かることにした。
それにしても、あのうるさい妹たちは朝から姿がみえないけれど、一体どこへ行ったのだろう?


「コレデナツノエイゴガッシュクヲオワリニシマース。ミナサン、オツカレサマデシター」

終わった。
この癖のある外人講師からも解放され、僕はようやく解放された。
この英語している時間だけはほんとに無駄だったな。
さて、後は昼に誰か来るらしいけれど、一体どんな人が現れるのやら。

「お姉ちゃん、4日間お疲れ様!疲れたでしょ?肩でも揉んであげる」

「蘭ちゃん、抜け駆けはずるいよ。私が龍ちゃんの肩揉むんだからあ」

「み、水でも飲みますか?」

「せんべい二枚食べる?ぼりぼり」

「お、お前ら。急に現れて驚かすなよ。てか、朝いなかったけど一体どこに行ってたんだ?」

「どこって、いつものように4人で探偵活動に決まってるじゃない。ねえ、みんな?」

「当たり前でしょ!龍ちゃん、最近一人でコソコソしてるんだもん。だから、朝っぱらから少しでも事件の解決のヒントを探しにあっちこっち走り回ってきたの。少しは感謝してくれても罰当たらないよ?」

「ひ、一人で事件を解決しようとしないで下さい。少しは私たちも頼って・・・」

「困ったときに助け合うのが仲間だろ?ぼりぼり」

僕はため息をつきたくなった。
夏合宿の呪縛は解かれても、やはりこの4人の呪縛からは解き放たれそうにないからだ。

「あら、まだそんなところにいたの?講習が終わったら、みんな食堂に集まるよう言われてるでしょ?さあ、ほら早く早く」

いよいよか。
相変わらず泉美さんはハイテンションだ。
泉美さんをこれほどまでにする人物とは一体?
そういえば、他の女生徒も講習が終わった途端一目散に食堂へと駆けていったっけ。
まさか、ジャニーズのアイドルかなんかでも来るんだろうか?

と、その時だった。
遠くから車の排気音が聞こえてきたのは。

「あ、きたわ。ほら、龍君もみんなも急いで!」

「ちょ、ちょっと泉美さん。そろそろ種明かしして下さいよ。一体誰が来るっていうんです?」

泉美さんは目を輝かせながら、仕方ないなという素振りをみせ、その人物の名前を告げた。

「聞いて驚かないでね。今から食堂にいらっしゃる方は、誰あろう龍宮学園女子高等学校二代目理事長の神常寺英我様その人よ!」

第26話「龍宮学園二代目理事長神常寺英我登場」

「神常寺英我?その人は一体どういう方で?」

その超然としたネームに僕は何か不穏なものを感じた。
龍宮学園の理事長ということは、やはりあの『神の御心を知る会』とも関係があるのだろうか?

「もう、しょうがないわね。あんまり長く説明してる時間ないんだけど、簡単にいうと英我様は『神の御心を知る会』の初代教祖である神常寺零我様のご子息で初代理事長でもあられた零我様が病に倒れてから、この4月にわずか29歳の若さで二代目理事長に就任された立派なお方よ。私はあんな宗教信じちゃいないけど、あの方を見るだけでもう胸がキュンキュンしちゃうんだから。ほんとにカッコいいのよ、英我様は。あ、いけない。こんなところで立ち話してる暇はないわ。さあ、急いで食堂に行くわよ!」

なるほど。
そういうことか。
ジャニーズのアイドルではなかったものの、そんな若くてかっこいい理事長が来るのならば、泉美さんやほかの女子生徒がそわそわするのもわかる気がする。
現にまだ年若い妹たちもその話を聞いて、目を輝かせているほどだ。

「え!そんなかっこいい人が学園にいたの!私もみたい!さあ、お姉ちゃん何グズグズしてるのよ。早く食堂に行くよ!」

「うん、行こう行こう!」

「ちょ、ちょっと私も見てみたい・・・」

「ジャニーズ系?ぼりぼり」

そして、僕たちは他の大勢の女子生徒たちが目を輝かせて集まる食堂へたどり着いた。
そこは、本当にこれからジャニーズのコンサートでも始まるかのような熱気でむんむんだった。

「英我様とお会いするのはほんとに久しぶりだわ。もうこの胸の高まりが抑えきれない!」

「英我様ってほんと素敵よね。あの若さで理事長だもんね。私、英我様のお嫁さんになりたい!」

「あきこ、駄目よ。英我様を独り占めしようなんて。英我様はみんなの英我様なんだから!まあ、どうせあんたみたいな小娘英我様が相手にするわけもないけどね!」

「なんですって!そういうあんたこそどうなのよ!」

と、一部の会話を抜粋しても分かるように神常寺英我という人物は圧倒的なカリスマ性を備えた正に全女子生徒の憧れの存在であるらしい。
僕はその場に気圧されていたが、ここまで女生徒たちを夢中にさせる神常寺英我理事長に強い興味を覚えたのもまた事実だった。

そして、その時はやってきた。

「きゃー、英我様がいらっしゃったわよ!」

「え?嘘!ほんとだ!英我様―!」

「きゃー、今日もかっこいい!英我様、こちらを向いて下さい!」

100名以上が集った食堂であがる多くの女生徒たちの歓声。
それは正に狂乱だった。
お祭りだった。
僕はそして、女子生徒たちの視線の先にあるたった一人の男、神常寺英我を初めて目撃したのだ。

龍宮学園二代目理事長、神常寺英我。
御年僅かに29。
ダークスーツに身を包み、手には数珠を握っている。
多くの女生徒が惚れ惚れするのも頷ける端正な引き締まった顔付きをしている。
しかし、何より僕の目を引き付けたのはその端正な顔ではない。
問題はその顔の前面に塗りたくられたもの。
それは、白粉だった。
まるで歌舞伎役者のように白粉を塗りたくり、唇には紅を差した美しい顔立ちの男。
この男は一体?

「お姉ちゃん、あの人歌舞伎役者みたいだね。でも、かっこいいなあ」

「うんうん。龍ちゃんには悪いけど、何か格が違う気がする。綺麗な顔だなあ」

「お、女の人みたい・・・」

「・・・ぼりぼり」

妹たちもやはり一瞬でこの男に惹きつけられたらしい。
確かに目の前のこの男は人を惹きつける何かがある。
僕もそこだけは認めざるをえなかった。
しかし、問題はこの男がなぜ英語講習の最終日に現れたのか?
僕にはそこが気になっていた。


そして、狂乱騒ぎがようやく静まる頃合いを見計らって、神常寺英我は静かに皆に語りかけはじめた。

「皆様、この度は3泊4日に渡る英語集中合宿、大変にお疲れ様でございました。この学園の理事長としてその功績を大いに称えます。皆様は我が学園の宝です。お一人お一人がこれから世のため人のために役立たんと日々精進なさっています。大変素晴らしいことです。私は皆様を誇りに思います。それでは、まずはここで皆様一丸となり、世界の平和、皆様のご家族、ご友人、ご先祖様すべての方の幸福を祈りましょう。世界のすべての方に」

「世界のすべての方に」

「未来永劫に渡る幸福が訪れますように」

「未来永劫に渡る幸福が訪れますように」

「未来永劫に渡る幸福が訪れますように」

「未来永劫に渡る幸福が訪れますように」

「未来永劫に・・・」

そこから先は15分にも渡る長いお祈りが始まってしまった。
わかってはいたが、やはりこの男こそが『神の御心を知る会』の正に中心に坐する人物だったのだ。


15分後。
お祈りが終わると、神常寺英我はある一人の女生徒を呼んだ。
それは、誰あろう学園の女王黒岩珊瑚である。

「珊瑚君、それでこの4日間での成果はいかがでしたか?」

この4日間の成果?
それは、英語講習の成績の向上とかそういうことだろうか?
しかし、次の瞬間黒岩珊瑚が満面の笑みを浮かべて答えたそれは、僕の想像とは全く逆のものだった。

「はい、英我様。おかげさまで英語講習に参加なされた117名中講習前は僅か17名の入信者しかおりませんでしたが、皆さんの熱心な布教活動によりなんと約半数の52名の方が入信して下さいました。これもひとえに英我様の日々弛まぬ御布教のおかげです。学園の全生徒を代表して私から英我様に深くお礼申し上げます。ありがとうございました」

「素晴らしい!さすが黒岩君。君のような素晴らしい布教者をもって私は幸せですよ。皆様も黒岩珊瑚君の大いなる功績を称えましょう。そして、この度見事ご入会された皆様、誠におめでとうございます。世界平和、自身の幸福、そしてご家族ご友人のために共に祈りましょう!では、新規入信の方々に入会証をお渡ししますので呼ばれた方はこちらへどうぞ」


・・・。
そういうことだったのか。
3泊4日にも渡る英語合宿の真の目的。
それは、英語の学力向上ではなく、『神の御心を知る会』の新規入信者を一人でも多く集めることだったのだ。

泉美さんは言っていた。
学校単位で宗教を強制することはできない、と。
しかし、これでは英語合宿という建前を利用した学校単位での宗教の強制なのではないか?
僕は改めて『神の御心を知る会』を、その中心的存在である若きカリスマ理事長神常寺英我を恐ろしく感じた。

これが、僕と神常寺英我の最初の出会いだった。
まさか、これから10年にも渡りこの男と対決することになるとは勿論その時の僕は思ってもみなかったのだが。

第27話「さて、これからどうする?」

英語講習も全日程を終え、僕と妹たち5人は泉美さんの家に集まっていた。

「さて、これからどうする?」

僕はこれからの自分の取るべき行動に迷っていた。
それが、つい口に出てしまったのが今の言葉である。

「どうするって、お姉ちゃんの無念を晴らすために探偵活動するに決まってるでしょ!一体お兄ちゃん、どうしちゃったの?英語しすぎて頭パンクした?」

「い、いや別にそういうわけでは・・・。でも、これ以上俺らが捜査できるところってあるかな?もう俺にはなにがなんだかわからないよ・・・」

「龍ちゃん、何うじうじしてるのよ!というか、龍ちゃん私たちに何か隠してない?祭りの夜も昨日の昼も、あとゆうべだって泉美さんに宗教がああだこうだとか話してたみたいじゃない?龍ちゃんの声があんまり大きかったから、丸聞こえだったんだから」

そうか。
ゆうべの会話も聞かれていたのか。

「あ、いや。あれはだな・・・」

「そ、そろそろ私たちにも話してもらえませんか?」

「うっ・・・」

僕は言葉に詰まった。
そして、ここらが潮時かと観念する。

僕は妹たちに祭りの夜の出来事と昨日の昼間の出来事、それからゆうべの出来事のすべてを語った。


「えー!あの二人がき、き、キスしてたの?きゃー」

「でもその後すぐ別れたの?あの人、いい人ぶってそんなことしてたなんて!女の敵よ!今すぐ呼び出して、問い詰めてやりましょ!」

「し、宗教って怖いです・・・」

「・・・ぼりぼり」

「へえ、あの二人がねえ。そりゃ、私も初耳だわ。やっぱり、きどはるちゃんの言う通りこういうのは本人を呼んで問い質すのが一番良さそうね。ちょっと待ってて。勇平先輩に電話かけてくるから」

・・・。
僕は相変わらずのこの女たちの素早い行動に呆気にとられていた。
本当に彼女たちに話して良かったんだろうか?

それから30分後に加賀勇平はバツが悪そうな顔で僕たちの前に現れ・・・。

「す、すまなかった!う、嘘をつくつもりはなかったんだ。許してくれ。ただ、僕と香奈子がまだ付き合っていたと言ったほうが君たちも何かと協力してくれると思ってつい・・・」

「そんなことはどうでもいい!問題は、なんで香奈子姉と別れた後いくらアプローチされたからってすぐに京香先輩と付き合ったりしたのよ!あの女の意地の悪さはあんたも良く知っていたはずでしょ?」

泉美さんは激昂していた。
こんなに怒り狂っている泉美さんをみるのは、僕自身初めてだった。

「・・・」

「何黙ってるのよ!黙っててそれで済むと思ってるの!いいから、質問に答えなさい!なんであんな女なんかと付き合ったりしたのよ!ねえ、なんで?」

加賀勇平は明らかに何かを隠そうとしている様子だった。
だが、なおも続く泉美さんの執拗な追及にとうとう耐えかねたのか、ついにその重い口を開いたのだった。
そして、明かされる衝撃の事実。

「・・・お、脅されたんだよ。あの女、佐城京香に。私と付き合ってくれなきゃ、か、香奈子を『神の御心を知る会』に入信させるって。じゃなきゃ、香奈子と別れるわけないだろ!俺はあの女が憎い!香奈子を殺したのだって、きっとあの女の仕業に違いないんだ!」

第28話「佐城京香の陰謀」

「遠野さんならわかってくれると思うけど、香奈子と京香は友達なんかじゃなかった。この学園に入学してから香奈子はずっとあの女に『神の御心を知る会』に入るようしつこく勧誘され続けていたんだよ。それはもうある意味精神的ないじめと言ってもいいぐらいにね。僕は龍花ちゃん、君に3か月前に彼女と出会ったといったが、あれは勿論嘘だ。まあ、それは君も3か月前に僕と彼女が別れていたと知った時、当然僕の嘘に気づいたとは思うけどね。僕と香奈子はその1年前から付き合っていた。出会いの場は市立図書館だった。当時僕もその図書館に毎日といっていいほど通っていて、それは彼女も同じだった。勿論そんな彼女のことを僕は気になりつつも、去年の6月のあの日までは話しかけることさえできなかったけどね。そう、あのどしゃぶりの雨が降る放課後のあの時までは・・・」

そこで加賀勇平はふうっとため息をつき、また語り始めた。

「あの日も彼女は放課後、一人図書館に来ていた。だが、いつもと明らかに様子がおかしかった。下を向いてずっと本を読んでいるのは同じなんだけれど、いくら時間が経過しても1ページもめくっていなかったんだ。僕は他に彼女しかいないことを確かめて、意を決して彼女のほうに歩み寄ってみた。そして、僕は見た。彼女は泣いていたんだ。そんな彼女を見てしまった僕は思い切って彼女に『どうしたの?なんで泣いてるの?』と話しかけてみたんだ。すると、彼女は僕の存在に初めて気が付いたらしく、こちらをびっくりしたように見上げていた。僕は彼女に逃げてほしくないから、続けざまに『一体どうしたんだい?僕でよければ話を聞くよ』と言ったんだ。すると、彼女は堰が外れたようにわっと泣き出し、僕の胸に顔をうずめたんだ。僕はその彼女の突然の行動にどうしていいか一瞬わからなくなったんだけど、とにかく彼女の精神を安定させることがこの場では何より大切なことだと思い、そんな彼女を両手でただ力一杯に抱きしめたんだ」

「きゃー、ロマンチック!勇平さん、かっこいい」

「龍ちゃんも少しは見習いなさい!女はそういうのに弱いのよ」

「おい!お前ら、話の途中だぞ!黙って聞いてろ!あっ、勇平さんすみません。話をそのまま続けて下さい」

「あ、ああ。わかったよ。そして、彼女が落ち着きを取り戻すと今度は初めて会ったはずの僕にこれまで起きたことを一から十まですべてを話してくれたんだ。きっと、彼女はずっとそういう風に誰かに話を聞いてもらいたかったんだろうね」

「それでそれで、一体どんな話を?」

「うんうん、気になる気になる」

「お前らは黙って人の話を聞けないのか!あ、勇平さん。度々すみません。どうぞ話を続けて下さい」

「あ、ああ。そして彼女が語った話は僕の想像を絶していたんだ。彼女は高校に入ってから、一人の女生徒と仲良くなった。言うまでもなくそれがあの忌々しい女、佐城京香だった。入学当初は京香も宗教の話などは一切せず、香奈子と普通の友達のように仲良くしていたらしい。だが、ある日京香は豹変した。彼女がある日些細なことで京香に相談したらしいんだけど、京香はそれを聞くなりいきなり目を輝かせてこう言ったというんだ。『そんなに悩んでいるなら、神の御心を知る会に入るべきよ。この宗教はほんとに素晴らしいんだから!』とね。それを聞いた香奈子はその時、京香の目にある種の狂気を感じ取り、すぐにその話を断ったんだそうだ。また、当の京香もその時は別にそれ以上彼女を勧誘することもなく、『そう・・・。まあ、その話は考えておいてくれればいいわ』と言い、あっさり引き下がったという。しかし、その日から地獄は始まった。とにかく毎日毎日京香が休み時間の度に『神の御心を知る会』について彼女に息つく暇も与えないほどの勢いで語り、そして『こんな素晴らしい宗教に入らないなんて人生損するわよ』などといい勧誘する。そのたびに彼女は、『私にはそういうのはちょっと・・・』といい、弱弱しく断ったらしい。でも、そんなことが2か月も続くともはや彼女の精神は崩壊状態になり、毎日学校では表面上は笑顔を作り、家ではただひたすらに泣き続けるという状態だったという。それがその時彼女が僕に話してくれたすべてだった。そして、僕は彼女を今一度抱き寄せ、こう言った。『僕が君を守る。君をそんな宗教になんか入れさせはしない。だから、もしよければ僕と・・・』」

「僕と?僕と何て言ったの?」

「気になる気になる。恥ずかしがってないでさあ、ここまで来たら最後まで言ってよ!」

「お、お前らだから静かにしてろってあれほど・・・。あ、勇平さんほんとにすみません。こいつらのことは気にしないで下さい。恥ずかしいなら、言わなくていいですから」

「えー、お兄ちゃんは黙っててよ!」

「そうだそうだ!」

「お、お兄ちゃんって?確か君はお姉ちゃんのはずじゃ?」

あ。
しまった。
蘭香のやつ、こんな時にヘマしやがって。

「い、いやこれはその言い間違いで・・・あはは。蘭香、馬鹿だなあ。お姉ちゃんをお兄ちゃんだなんて」

「・・・。はは、そうか。言い間違いか。まあ、いいんだ。そんなことは。あ。僕があの時香奈子に言った言葉の続きだけどね。僕はこう言ったんだ。『もしよければ僕と付き合ってくれないか?そうすれば、僕は君をいつまでも守ることができる』とね」

「きゃー、しびれるう。私も一度でいいからそんなこと言われてみたい!」

「龍ちゃん、いつかはそんなこと言ってよね?約束よ?」

「だー、お前らは黙ってろ!たく、もう。ほんとすみませんでした、勇平さん」

「いや、いいんだ。妹ちゃんたちのおかげで少しは僕も気分を落ち着かせて話すことができたし。まあ、そんなわけで僕たちは付き合うことになった。今から思えば僕にとってそれからは夢のような時間が過ごせたわけなんだが、はたして彼女が僕と触れ合う中で少しでも気分を和らげてくれたのか、それは僕にもわからない。そして、時は流れて今年の5月のある日。前々から僕と彼女の仲をよく思っていなかった京香が僕を一人呼び出し、『彼女と別れて私と付き合いなさい。じゃなければ、黒岩派の力をすべて彼女一人に注いで強制的にでも『神の御心を知る会』に入信させるんだから』と言い脅迫してきたんだ!」

「ひどーい、私のお姉ちゃんに何してくれてんのよ!」

「ほんとに許せない!」

「はは、ありがとう。それで僕は悩んだ挙句、黒岩派の強大な力のことも考えてその話を受けることにしたんだ。それが・・・まさか、あんなことになるなんて。香奈子、許してくれ。僕は僕は・・・」

「・・・そんなことだと思った。いかにもあの女が考えそうなことね」

そこで今まで黙って一人話を聞いていた泉美さんがようやく口を開いた。

「それで、夏祭りの『香奈子』と叫んだのはわざとなのね?これ以上彼女と付き合うメリットなんて一つもないものね」

「あ、ああ。その通りだ。・・・。以上が僕の知っているすべてだよ。結局僕はあの女の陰謀にまんまと嵌ってしまったんだ。きっと、僕とあの女が交際してる間にも香奈子は・・・香奈子は・・・許せない!あの女だけは!僕があの女の息の根を止めてやるんだ!必ず・・・必ずな!」

僕は加賀勇平という男が哀れでしょうがなかった。
この人は自分を今でも責め続けている。
そして、その怒りの矛先をすべて佐城京香一人に向けているのだ。
このままでは本当に何をしでかすか・・・。

と、その時だった。

パーン、と気持ちのいい破裂音が響いた。
よく見ると泉美さんが暴走する加賀勇平の頬を思い切り叩いていたのだ。

「馬鹿!ほんとあなた、馬鹿ね!そんなことして香奈子姉が喜ぶと思ってるの!確かに佐城京香のしたことは許されることじゃない。でも、まだ事件のすべてが分かったわけじゃない。香奈子姉の死に京香が何らかの形で関わっていたとしても、それが事件のすべての真相とは限らないのよ。今は辛いだろうけど、冷静になりなさい!そして、馬鹿な考えは一刻も早く捨てなさい!この事件なら大丈夫よ。必ずそこにいる小さな探偵さんたちが解決してくれるんだから。あなたもその仲間になったんでしょ?なら、仲間を信じなさいよ。ね?わかった?わかったらみんなで力を合わせて香奈子姉の無念を晴らしましょう!みんなもいいわね?」

「はーい」

さすが泉美さん。
これでは誰が探偵団の団長なのかわからないというものである。

こうして、加賀勇平という新たな仲間を加え、僕らの活動は再開されたのだった。

第29話「対決!佐城京香Vs.少年探偵団」

「あら、皆さん御揃いで。何か私に用ですか?」

僕たちは泉美さんの提案で今回の事件のキーを握る佐城京香の家に押しかけていた。

「京香先輩、一体どういうつもりなんですか!」

早速泉美さんが噛みつく。

「あら、あなたは確か1年の遠野泉美さんね。それに合宿で一緒だった龍花さんまで。よくみると加賀君もいるじゃない。それによくわからない子供たちまで引き連れて、一体何のつもりかしら?」

「よくわからない子供たちじゃないもん!私は龍花お姉ちゃんの妹の蘭香よ!」

「同じく蘭ちゃんの友達で木戸財閥の令嬢春花よ!よくこの名前、覚えときなさい!」

「わ、私は泉美お姉ちゃんの妹の有美です・・・」

「西條悠です。ぼりぼり」

「おいおい、お前らは出しゃばるなって!あ、すいません泉美さん。どうぞ続けて下さい」

「なんでよお。私たちだって、少年探偵団の一員だよ?」

「そうだ、そうだ!」

「いいからお前らは黙っとけ!あ、泉美さんお気にせず」

そんな僕たちの押し問答に京香は冷ややかな視線を送り、

「なんなの!この子どもたちは!少年探偵団ですって?私が何か悪いことしたかしら?泉美さん、みたところあなたが団長みたいですけど、私に何か用ですか?つまらない用事だったら、今すぐ出てってもらうわよ!私だって子供のお遊びに付き合ってるほど暇じゃないんだから!」

あの、団長は一応僕なんですけど・・・という言葉を僕はぐっとこらえ、とにかくこの場は泉美さんに任せることにした。
リーダーとしてなんとも情けない限りである。

「・・・話はここにいる加賀勇平先輩に全部聞きました。なんでも香奈子姉さんを生前ずいぶんいじめていたそうですね?それに対して何か反論はありますか?」

泉美さんが単刀直入にズバッと聞く。
それに対して京香は加賀さんのほうをちらっと見やり、しかし表情はまったく変えずに反論してきた。

「よくもまあそんな出鱈目を信じたものだわね、あなたも。それに香奈子の親友である私がよりによってあの子をいじめただなんて。加賀君、私のことをよっぽど悪女に仕立て上げたいのね。ふられた腹いせかしら?」

「い、いや別にそんなつもりじゃ・・・」

「加賀先輩は黙っててください!ねえ、京香さん。私の言い方が少しまずかった気もしますけど、でもあなたがしつこくあの『神の御心を知る会』に香奈子姉さんを勧誘していたのは事実ですよね?」

泉美さんの一歩も引かないその態度にさすがの京香も苦虫を噛み潰すような表情になり、

「しつこく勧誘したですって?違うわよ。確かに私は生前あの子をよりよい道に進めるようにこの偉大なる宗教へ勧誘したわ。でも、別に私をこの宗教を強制したわけじゃないし、あの子が自殺するまで追い詰めた覚えは全くないんだから!」

「あなたに香奈子姉さんの友達を名乗る資格なんてありません!加賀先輩からあのことも聞いてるんですよ?あなたが加賀君に『私と付き合ってくれなきゃ、香奈子を無理やりにでもこの宗教に入信させる』って脅して、二人の仲を引き裂いたことを!」

まさか、ここまでの切り札を持っているとはさすがの京香も思わなかったのだろう。
彼女はその言葉を聞いて、ますます怯んだ様子だったが、それでも目をキッと上げると、

「ば、馬鹿馬鹿しい!全部この男の作り話よ!第一私たちの宗教は、『神の御心を知る会』はどこぞのインチキ宗教とは違うんだから嫌がる相手を無理矢理入信させるなんて、そんな鬼畜紛いのことはしませんわ!ほんとにこの男の根性は腐りきってるわね!そんなに私を悪人にしたいのかしら?」

「い、いや・・・・」

「いいから、勇平先輩は黙ってて!へえ、そうなんですか。どこまでも白を切るつもりなんですね、京香先輩。まあ、いいわ。こちらもまだ確たる証拠があるわけじゃないし。それより私、これから黒岩珊瑚さんのご自宅に伺おうと思っているんですけどよかったらあなたも一緒にどうですか?」

それは正に爆弾発言だった。
学園の女王であり、学園内でもっとも権力を持つ女生徒、黒岩珊瑚。
泉美さんは彼女の自宅へ直接押しかけると断言したのだ。
勿論、僕らもこのことは一切聞かされていなかった。
しかし、これで泉美さんがこの事件の解決へ冗談じゃなく、本気の覚悟で臨んでいることが僕には確かに伝わったのだった。
勿論、その言葉を聞いた京香の慌てぶりもすごかったのは言うまでもない。

「な、なんですって!さ、珊瑚様のご自宅に押しかけるですって!あ、あなたそれは正気?まさか、私のことを珊瑚様に告げ口する気じゃあ・・・そんなことされたら私・・・」

これで一気に形勢逆転だ。
京香の慌てぶりを見た泉美さんはとどめの一撃を加える。

「さあ、それはあなたの態度次第だわ。あなたが本当のことをしゃべってくれるなら、黒岩先輩への告げ口も考え直さないでもないですけどね」

「うっ・・・。わかったわよ。本当のことを言えばいいんでしょ!本当のことを・・・」

京香はついに観念したのだった。

第30話「佐城京香の告白」

「私と香奈子が出会ったのは去年の4月だった。最初のあの子の印象はなんか本ばかり読んでる暗くて地味な子っていう印象だったわね。入学してひと月は私と香奈子の関係はそんなただのクラスメートという関係だけで友達どころかお互いほとんど話したこともなかったの。でも、ある日の放課後私が何の気もなしにトイレに行くと、そこで私は信じられないものを目撃してしまったのよ!」

「し、信じられないものって?」

僕は嫌な予感がした。
でも、そんなことって・・・。

「それは、数人の女子がバケツを持ってトイレの奥の個室に上から水をかけていた光景よ!私はそれを見てすぐさまその数人の女子に声をかけて、その場はなんとか辞めさせることができたんだけど。問題はその水をかけられていた個室に入っていた子が誰か。私はそれが気になって、急いで個室を開けたの。するとそこにいたのは、誰あろうクラス一地味な女の子、松山香奈子だったのよ!」

嫌な予感が的中した。
そんな。
お姉ちゃんが、
お姉ちゃんがまさかいじめられていたなんて・・・。

京香の衝撃の告白は続く。

「まあ、この話を信じるか信じないかはあなたたち次第よ。それから、私たちは、私と香奈子は皮肉にもその事件をきっかけに仲良くなり、私たちはいつのまにかお互いのことをなんでも語り合える親友と呼べる間柄になったわ。でも、それでも勿論香奈子へのいじめは止まらなかった。来る日来る日も彼女はクラスメートたちからいじめを受け、私はそれをただ指を咥えて眺めていることしかできなかった。宗教へ誘ったのだって、そんな香奈子を少しでも救うことできればと思ったからよ。それに彼女もあなたたちは信じられないでしょうけど、この宗教に入ることに前向きですらあったの。そんなある日よ。香奈子からある相談を受けたのは」

「あ、ある相談って?」

僕は次から次へと明かされる事実にこれまで信じていた世界が反転する思いだった。
一方、そんな京香の告白にこの話をふっかけた当の泉美さんは黙ってうなずきを返している。

京香はなおも続ける。

「『私、好きな人ができたの。図書館でよくみかける名前も知らない男の子なんだけど』ってね」

「ま、まさかそれって僕のこと?・・・」

ここでそれまで黙って話を聞いていた加賀さんが口を挟む。

「その通りよ。驚いたかしら?あなたがあの図書館で香奈子に一目ぼれしたように、香奈子もあなたのことが好きだったのよ」

「じゃ、じゃあ、あの時のあれは・・・」

「その通りよ。あれは私とあの子が仕組んだ・・・といったらあれだけど、私があの子にあなたと付き合えるように仕組んだ計画だったのよ。ほんとにあの子が苦しんでいたのは私じゃなく、クラスの子たちからいじめられていたことだったんだけどね。まあ、私はあの子のためならどんな汚れ役でも引き受けるつもりでいたから・・・」

なんてことだ。
すべてがこの女が仕組んでいたことだったなんて。
僕たちはそれにまんまと騙されていたわけか・・・。
でも、そこまでして加賀さんと付き合いたかったお姉ちゃんがなぜ?

「そ、そんな・・・。でも、それじゃあなぜ君はあんなことを?僕を脅して、香奈子と別れさせようなんて・・・。まさか、あれも香奈子が?」

「そうよ。あれは私の意思なんかじゃない。彼女はあなたと付き合えて、幸せだった。それは間違いないわ。でも、だんだん彼女は辛くなってしまったの。自分が嘘をついてあなたと付き合っていることがね。だから、私はここでも汚れ役を喜んで引き受けた。今から思えば少々強引なやり方だったけど、ああでも言わなければあなたと香奈子の仲を引き裂くことはできないものね。私は香奈子が幸せになるならどんなに恨まれても構わなかったからね・・・」

「・・・。そんな、そんな・・・。じゃあ、僕はずっと・・・」

加賀さんはついに崩れ落ちる。
そして、京香は最後に言う。

「そして、勿論あの祭りの夜の別れも私から自ら身を引いたのよ。思えば、あれがあなたとの最初で最後のキスだったわね。私たちは付き合っているといいながら、ほとんどメールや電話のやり取りばかりで実際にデートすることもなかったもの。今から思えば、あれは私が仕組んだこととはいえ、香奈子への罪悪感からのものだったのかもしれない・・・。以上が私が話せるすべてよ。信じるか信じないかは勿論あなたたち次第だけどね。でも、結局、結局・・・私は・・・私は・・・あの子のことを・・・香奈子のことを何一つ救ってやることはできなかった・・・やっぱり、あなたたちが言うように私があの子を殺したようなものなのよ!」

そういって、京香はこらえていた大粒の涙を零し、加賀さん同様その場に崩れ落ちたのだった。

僕にはこの話が嘘だと思えなかった。
僕らの前ではいつも笑顔だったお姉ちゃんがいじめられていたなんて信じたくないけれど、でも、彼女の話を照らし合わせれば、これまでのすべてに辻褄が合う気がしたからだ。

「ふうっ、そういうことだったのね。それならそうと早く言ってくれればよかったのに・・・。でも、一つ腑に落ちないことがあるわ。それなら、なんで私が黒岩先輩に告げ口するって言った時にあんなに怯えたの?あなたの話を信じるなら、結局あなたは香奈子姉に宗教を強制していなかったってことになりますよね?なのに、どうして?まだ隠してることがあるんじゃないですか?京香先輩」

「そ、それは・・・。ふう、仕方ないわね。わかったわ。全部話すわ。私はあなたたちがご存じのとおり、学校では『黒岩派』と呼ばれる一派に属していたわ。私にとって珊瑚先輩は命の恩人のような存在だし、それは今でも変わらない。でも、だからこそ珊瑚先輩にだけは知られたくなかったのよ。あの子がいじめられていたことを・・・そう、香奈子が『黒岩派』の子たちに毎日毎日ひどいいじめを受けていたことをね!」


またしても、僕の世界は反転した。
お姉ちゃんをいじめていたのは、『神の御心を知る会』を信じている『黒岩派』の人間?
やっぱり、お姉ちゃんは・・・。

「決めたわ!」

その時だった。
泉美さんがパンッと手を打ち、信じられないことを言い出したのは。

「やっぱり、私黒岩先輩の家に行くわ!みんなもいいわね?そして、このことを話して・・・」

「駄目よ!それだけは!約束が違うじゃない!」

「いいえ、京香先輩。さっきとはもう状況が違うんです。香奈子姉の無念を晴らすためにもこのことはきちんと黒岩先輩に話すべきです!勿論、あなたも一緒にね!」

こうして、なおも頑なに拒む京香先輩を押しのけて泉美さんは黒岩珊瑚の元へ行くことを独断したのだった。

第31話「黒岩家の対決(前篇)」

黒岩家。
黒岩珊瑚の実家であり、世界に名だたる貿易会社の社長黒岩龍神が一代で築き上げた正に富の象徴である。
龍神は学校法人龍宮学園のみならず、宗教法人『神の御心を知る会』にも多大な寄付をしている大人物。
何を隠そう龍宮学園の『龍』の字は、龍神の一字からとられており、その影響力と権力の絶大さがこのことだけでも十分に分かるというものだ―。

                       文献『華麗なる黒岩家の軌跡』より引用(注:勿論、架空の文献であり、実際には存在しませんので書店、図書館等でくれぐれも探さないようにお願いします)

「って、こんなドエライところに僕ら行くんですか!というか、どうせ行っても僕ら程度じゃ門前払い食らいますって!」

僕は泉美さんから渡された約500ページにも渡り黒岩家の軌跡が描かれた文献を突き返し、引き気味に言った。

「そうよ。当たり前じゃない!大丈夫よ、門前払いなんて食らわないって。なにしろ、私たちには頼れる『黒岩派』の大先輩京香さんがいらっしゃるんだから!ねえ、そうですよね?」

「え、ええ・・・」

京香はいまや完全に観念していた。

一方、そんな重大事とも知らない妹たちは豪邸に行けるということでいつも以上に騒がしかった。

「すごーい!そんな凄い人の家なら庭にプールとかあったり?早く行きたーい!」

「ふん、な、なによ。うちだって家は3階建てなんだから!そんな人の家なんかに負けないし!」

「ど、どんな豪邸なんでしょうか・・・」

「おいしいものたくさんある?ぼりぼり」

「お前ら、少しは静かにできないのか!まったく」

「まあまあ。それに、私もどんな豪邸かちょっと興味あるしね。さ、行きましょ!」

それから30分後、京香先輩の案内の元たどり着いた名家黒岩家の豪邸は僕たちの想像を絶する敷地面積と規模だった。

「わー、これ全部黒岩さん家の敷地?東京ドーム何個分あるだろう。この分だとプールだけじゃなく、テニスコートとかスケート場、ボウリング場までなんでもありそう!」

「ふ、ふんっ!お、驚いてなんかないんだからね!うちだって、べ、別荘とか含めたらこれぐらいは・・・」

「す、すごい・・・」

「今夜は御馳走かな?ぼりぼり」

「・・・。京香さん、ほんとにこの中に僕らなんかが入れてもらえるんですか?」

「大丈夫よね?あなた、黒岩先輩と仲がよろしいものね」

「い、いえ。仲がいいとかそういう問題じゃなく・・・」

「じゃあ、ベル押すわよ」

ピンポーン。
これほどの邸宅にも関わらず、意外にベル音は普通だった。
そして、しばらく待つと使用人らしき中年女性の声がインターフォンから聞こえてくる。

「はい、黒岩でございます。失礼ですが、どちら様でしょうか?」

泉美さんはその声にも怯まず、実に堂々とした言葉で返す。

「私、珊瑚先輩の学校の後輩で佐城京香と申します。珊瑚先輩は御在宅でしょうか?御在宅なら、私の名前を出して取り次いで頂きたいのですが」

「・・・学校のご学友の方ですか?少々お待ちください」

さらに数分待たされると、先ほどの女性の声がインターフォンから聞こえてきた。

「失礼しました。たった今お嬢様に確認が取れました。お嬢様が中でお待ちです。どうぞ、お入りください」

実に意外なことに佐城京香の名前を出しただけで、すんなり黒岩邸へ入ることを許されたのだった。
京香さん、いや『黒岩派』って一体どんな集団なんだろう?

それはそうと、僕たちは侵入不可能と思われる堅牢な門を潜り抜け、黒岩邸本邸へ先ほどのインターフォンの女性とは違うみるからに屈強な使用人に案内された。

「どうぞ、中へ。お嬢様がお待ちかねです」

ギギーッという鈍い音を立て、本邸の扉が使用人によって開かれる。
そして、その先に待ち構えていたのは・・・。

「わー、すごーい!これがシャンデリアってやつなのね!綺麗!」

「シ、シャンデリアぐらいで何驚いてるのよ!こ、これだから庶民は・・・」

「ま、まぶしいです・・・」

「ほへー」

天井からぶら下がっているのは大富豪の象徴である眩いばかりに光り輝くシャンデリア。
さらに奥には吹き抜けの大階段があり、床はレッドカーペット、そのほかにもどれぐらいの数があるのかわからないくらいの部屋の扉があちらこちらに見える。
正に別世界。
小説や映画、ドラマの中でしか今まで見たことがない光景がそこにはあった。
そして、そこで待ち構えていたのは合宿とは違い眩いばかりの白いドレスを着た女性。
言うまでもなく、黒岩家のご令嬢黒岩珊瑚であった。

「ようこそ、黒岩家へ。あらあら、松田からは佐城京香さんの名前しか聞いていなかったのに、皆様勢揃いで一体私に何の御用かしら?まあ、いいわ。話なら奥の応接室でもお茶でも飲みながら、ごゆっくり伺いましょう。ちょうどお父様のスイス土産のいいお紅茶が入りましたのよ」

こうして、只ならぬ空気の中、僕たち少年探偵団と黒岩珊瑚の対決の火蓋が切って落とされたのだった。

第32話「黒岩家の対決(後編)」

「それで話って何かしら?京香さん」

僕たちが応接間でスイス土産の紅茶を頂いた後、黒岩珊瑚は京香さんに視線をやり、おもむろにそう切り出した。

「あ、あの珊瑚先輩私は・・・」

「その件については私から説明させて頂きます。黒岩先輩」

ここに来ても煮え切らない京香を押しとどめ、口火を切ったのはやはり我らが頼れる泉美さんだ。

「あら、あなたは1年の遠野泉美さんね。まあ、あなたでもいいわ。一体私に何の御用ですか?こんなに大勢引き連れて、まるで私が何か悪いことでもしたみたいじゃない」

「単刀直入に伺います。黒岩先輩、あなたは松山香奈子先輩が生前クラスメイトにひどいいじめを受けていたことをご存じでしたか?」

いじめという言葉を聞いた刹那、黒岩さんの顔色がサッと青ざめた。

「な、いじめですって!どういうことですの、それは。うちの学園にそんな不届きものがいたなんて。信じられないわ!」

そして、泉美さんはこれまでの経緯を黒岩さんにすべて話したのだった。

「なっ!なんてこと!それが事実なら学園始まって以来の不祥事だわ!一体誰なの?香奈子さんをいじめていたという輩は!京香さん、言いなさい!」

京香はこの期に及んでも逡巡していた。
そういえば、彼女は僕たちにいじめの話をしていた時も『数人のクラスメートたち』がという表現を使うだけで、けして彼女たちの素性を明かそうとはしなかった。
一体、それはなぜ?

「言いなさい!これはあなたや亡くなられた香奈子さんの問題だけでなく、わが学園の品質にも関わることなんですからね!」

しかし、なおも続く黒岩さんの詰問にとうとう耐えきれなくなったのか、京香はその名前をしどろもどろながらも告げた。

「か、香奈子さんをいじめていたのは、き、北村詩織さん、ひ、東野優子さん、つ、辻沙耶香さんの3人が中心だったと思います・・・他の人はそれを見て、ある人は見て見ぬふりをしたり、ある人はそれを囃し立てたりしていました・・・」

勿論僕にはその3人の名前は当然初めて聞くものだったが、その3人の名前を聞いた時の黒岩さんの驚きようときたらなかった。

「な、なんですって!あの3人の方がそんなことをしていたと、あなたは本気でおっしゃるんですか!し、信じられないわ!しかし、これが事実ならわが学園のみならず『神の御心を知る会』始まって以来の恥だわ!ちょっと待ってなさい、あなたたち!今すぐ北村さん、東野さん、辻さんのお三方をここにお呼びしますから!」

どうやら、北村、東野、辻の3人は『神の御心を知る会』のメンバーだったらしい。
それにしても、これは大変なことになった。
今から、お姉ちゃんをいじめていたその3人がここへ来るなんて。
果たして、僕の理性はどこまで抑え切れるだろうか?


そして、それから30分後。
応接間の扉が開くと、そこには3人の女子生徒の姿があった。

「あ、あの珊瑚お姉さま、お話ってなんでしょうか?」

後から聞いた話だが、この時一番最初に口を開いたのが北村詩織という女子生徒で、腰まで届く長髪でその時は伏せ目がちでよく顔はみえなかったが、後からみるといかにもいじめっ子を思わせるような吊り上った眉にきつい目つきをしていた。

「あ、あのお姉さま私、テニスの大会が近いので練習しなくちゃならないんですけど・・・」

次に口を開いたのは東野優子という女生徒で2年生にして、テニス部のエース。ショートカットにちょっとふっくらした体格だった。

「わ、私もピアノのコンテストが近くて・・・」

そして、最後に口を開いたのが辻香那子というピアノ少女。なんでも名だたるピアノコンクールで何度も入賞しているという。肩まで伸びる長髪で何より青い瞳が強く印象に残った。どうやら、ハーフらしい。

「お三方がそれぞれお忙しいのはこちらもわかっていますわ。ただ、事情が事情なのよ。あなたたち、先日亡くなられた松山香奈子さんとはクラスメートだったわよね?こちらの佐城京香さんが仰るにはあなたたち、香奈子さんをいじめていたそうじゃない?それは本当なのかしら?」

いじめという言葉を聞いた刹那、三人の顔色がサッと変わった。
しかし、3人の中でもリーダー格と思われる東野優子が慌ててかぶりをふり、

「い、いいえ。そんないじめだなんて!私たち、香奈子さんとはとっても仲良しだったんですよ!そんないじめなんて卑劣なこと神に誓ってしていません!本当です!信じてください!お姉さまはそれともこんな女の言うことを信じるというんですか?あんまりです。あんまり・・・」

そう言ってその場に泣き崩れる東野。

しかし、その態度を見て京香はこれまで胸の中に一人しまいこんでいたものが弾けたのだった。

「嘘よ!私、全部見ていたんだから!あのトイレで香奈子に水をかけていた時も、教室でみんなの前で机に死ねだの不細工だの根暗だの書いたり・・・それだけじゃないわ!放課後体育館の倉庫に呼び出して、バスケットボールをぶつけたり・・・ここでは言い切れないほどひどいことを・・・香奈子が死にたくなるほど・・・ひどいことをあなたたちはしたのよ!」

「・・・ち、違う!あ、あれは遊びだったのよ!い、いじめなんかじゃないわ!香奈子が死んだのは私たちのせいじゃない、香奈子が死んだのは私のせいなんかじゃけして・・・」

その時だった。
東野優子の頬をパーンと小気味のよい音を立てて、叩くものがいた。

「黙りなさい!」

言うまでもなく、それは黒岩財閥の令嬢珊瑚だった。

「恥を知りなさい!京香さんからお話を伺った時はまさかとは思いましたけど、どうやらあなたたちが松山香奈子さんをいじめていたことは事実だったようですわね。あなたたちは学園の、『神の御心を知る会』始まって以来の恥晒しだわ!
まったく、忌々しいったらありゃしないわ!もういいわ!あなたたちはこれから当分の間、自宅待機よ。処分は追ってお知らせします。さあ、目障りだから今すぐ私の前から消えて頂戴!」

それは、あっという間の退場劇だった。
学園の女王黒岩珊瑚の鶴の一声で3人の女生徒は現れ、そしてすぐに消えたのだから。
僕が彼女たちに怒りをぶつける時間さえ与えられないままに。
しかし、僕はどこかこの寸劇になにかもやもやした印象を残さざるをえなかった。
それが一体何なのか、その時点で僕は判別できなかったのだが、後にこの3人の末路について聞かされた時、ようやく腑に落ちた。

なぜなら、結局あの3人に学園側が下した決断は僅か2週間の停学処分に留まり、問題のいじめ行為は結局公にされず見事に揉み消されたからだ。

そして、その日は3人が退場した後黒岩家主催の晩餐会に招待され、色とりどりのごちそうを振る舞われた。
今から思えば、それは体のいい口止めだったのである。

第33話「これで本当に事件は解決したのか?」

それから時は瞬く間に過ぎた。
結局、僕らの探偵活動はあの日を境に事実上終わった。

「黒岩先輩や香奈子姉をいじめた3人まで辿り着けたしもうこれ以上香奈子姉の死について私たちにできることはないと思うの。あなたたち、今日までよく頑張ったわね。香奈子姉も天国できっとあなたたちに感謝してると思うわ」

泉美さんのその一言で僕はまだ何かもやもやしたものを残しながらも、僕は少年探偵団を解散させることにしたのだった。

そして、時は流れて今日は8月29日。
長かったようで短かったような夏休みも残るは今日を含めて3日間だけ。
僕は夏休みの宿題に追われながらも、心の中では必死に自問自答していた。

これで本当に事件は解決したのか?
やっぱり、お姉ちゃんはいじめを苦にした自殺だったんだろうか?
僕にはわからない。
正直あの夏合宿からの数日間、様々な出来事や僕の知らなかった事実の連鎖で僕の頭はパンクしそうだった。

学園の女王黒岩珊瑚の登場。お姉ちゃんの彼氏だと名乗った加賀勇平という男子高校生。お姉ちゃんの親友だと名乗った佐城京香という宗教かぶれの女子生徒。その二人が祭りの夜に口づけを交わしていたところを目撃。若き二代目理事長神常寺英我登場。加賀勇平が佐城京香に脅迫され交際していたことを告白。
佐城京香はしかし、お姉ちゃんがいじめれていたことを告白するとともに加賀とお姉ちゃんを結びつけたこと、二人が別れたのもすべてお姉ちゃんの意思だったことを明かす。そして、泉美さんは黒岩珊瑚にいじめの事実を報告し問い詰める。珊瑚は激怒し京香から聞いたいじめた3人をすぐさま呼び出す。3人は事実を認める。しかし、後から聞いた3人の処分はわずか停学2週間というものだった。帰り道、泉美さんはもう私たちにできることはやりきったと言い少年探偵団を解散・・・。

お姉ちゃん、あなたはやっぱり自ら死を選んだのですか?
優しかったお姉ちゃん。
僕らの前ではいつでも笑顔を絶やさなかったお姉ちゃん。
でも、僕はそのお姉ちゃんの笑顔の裏に隠されていた涙をとうとう、とうとう見破ることはできなかった。

僕はあまりに無力で、あまりに子供すぎたのだ。

僕はお姉ちゃんに何をしてやれただろう?
僕は今回の探偵ごっこでお姉ちゃんを本当に救うことができたのだろうか?
僕は・・・僕は・・・

「違う!やっぱり、お姉ちゃんは自殺なんかじゃない!」

そして、僕は家を飛び出した。

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん。どこ行くの!わ、私も連れてってよ!」

僕は夢中で走った。

何かまだ見逃してることがきっとあるはずだ。
お姉ちゃんが自殺なんて嘘だ。
あの優しかったお姉ちゃんが自殺するなんて・・・
そんなの、
そんなの、信じたくない!

僕は走りながら夢中で考えた。
そして、あることを思い出した。

そうだ!
あの木だ。
お姉ちゃんが死んだ木。
いつだったか、あの木を調べた時みつけた二重に塗られた蜂蜜の謎。
あの謎はまだ解けてないじゃないか!

僕はそして、あのお姉ちゃんが死んだ木に3度たどり着いたのだった。

ここにまだ何か見逃していることがある。
ここにお姉ちゃんの死に隠された真実が眠っている。

僕はそう確信していた。

僕は夢中で木の周辺、そしてその木を調べた。
すると。

「ん、これは確か蜂蜜が塗られていた場所・・・なにかあるぞ」

僕は手に妙な感触を覚えた。
なにかプラスチックのような感触だ。
これは一体?

そして、僕は発見した。
真犯人につながる重要な手がかりを。

「こ、これはまさか・・・」

その時、僕の頭にある映像がフラッシュバックする。

僕はそこで確信した。

やっぱり、お姉ちゃんは自殺なんかじゃなかった。
お姉ちゃんは、
お姉ちゃんは、殺されたんだ。

「でも、じゃあお姉ちゃんを殺したのは・・・」

僕は慟哭した。

第34話「お姉ちゃんを殺したのは、あなただったんですね?」

8月30日、深夜。
僕はある人をお姉ちゃんが死んだあの木に呼びよせていた。

「こんなところに呼び出して、話って一体何?」

その人物はいつもと変わらぬ口調で僕に問い掛ける。

「これ、何だか分かりますか?」

僕は昨日木の幹でみつけたプラスチックのかけらのようなものをその人物に見せる。
そして、そのかけらを見た瞬間その人物の表情が一瞬強張る。

しかし、すぐに首を縦に振り、

「さあ、なんだろう。ごめんなさい、ただのプラスチックの欠片かガラスの破片にしか見えないわね。それが、一体どうしたの?」

「とぼけないで下さい!あなたがどうしても言いたくないなら、僕から言わせて頂きますよ!これは・・・これは・・あなたのメガネの破片ですよ!あなたは、お姉ちゃんとあの日カブトムシ採りに行く約束をしていたんですね?その前夜一人で蜂蜜を塗った際に誤ってメガネを割ってしまった。そして、拾い切れなかったメガネの細かい破片があそこにまだ残っていたんですよ。つまり、犯人は事件当時メガネをかけていてしかもお姉ちゃんとカブトムシ採りの約束までできるごく親しい人物・・・」

そして、僕は信じたくなかった真犯人の名前を告げる。

「お姉ちゃんを殺したのはあなただったんですね?泉美さん!」

僕のその告発に泉美さんは先ほどとは一変して眉一つ動かさず、沈黙を貫く。
僕はその態度に業を煮やした。

「泉美さん、何黙ってるんですか!少しは推理小説の犯人みたいに否定したらどうですか?」

「・・・続けてちょうだい」

しかし、泉美さんはまるでこうなることがわかっていたかのように、僕に推理の続きを促した。

「・・・分かりました。僕がこのメガネの破片をみつけて、泉美さんが犯人じゃないかと思った理由。それは、あの時の泉美さんの行動ですよ」

「あの時って?」

「覚えてますか?僕が泉美さんの家に妹たちに連れて行かれた時、泉美さんは僕に女装させましたよね。そして、最後に自分のメガネを差し出して僕にかけさせた・・・。あの時僕は変だなと思ったんですよ。なぜ、わざわざ僕に伊達メガネなんてかけさせたのかをね!」

そう。
あのメガネに度なんて入っていなかった。
当たり前だ。
僕はそもそも泉美さんとは違い、視力は2.0だ。
そんな僕に泉美さんが普段かけていたであろう度つきレンズの入ったメガネなどかけさせるはずもないのだから。

「そして、あなたはその翌日からなぜかメガネを辞めてコンタクトレンズにした。僕はあの時、僕に眼鏡を渡したからレンズはあってもフレームがないから、これを機にコンタクトにしたんだなと軽く思っていました。でも、真実は逆だったんですね?あなたは予備のメガネを持っていなかったため、メガネのレンズを買いなおすまでは普段通りにメガネをかけることができなかった。でも、だからといってすぐにコンタクトに変えたのでは周りから怪しまれる。ほんとは女の子だからイメチェンのためにコンタクトに変えたのっていえばそれで済むことだったのに、あなたはお姉ちゃんを殺してしまった後ろめたさと妹のゆみちゃんの目もあって、どうしてもそうは思えなかったんだ。だから、あの日泉美さんは僕にメガネを渡すことで、容易にコンタクトに切り替える理由を手に入れた。そうですよね?」

泉美さんは僕のその答えにお手上げというポーズを見せた。
意外にも彼女はすぐにその事実を認めたのだ。

「そう、そこまでばれていたならしょうがないわね」

しかし、事実を暗に認めただけで泉美さんはそれ以上語ろうとはしない。
だから、僕はさらに声を荒げた。

「なぜですか?僕は今でもあなたがお姉ちゃんを殺しただなんて信じられません!今のはただの推論の積み重ねで・・・そういう風に解釈もできるというだけで・・・だって・・・僕にはどう考えたってあなたがお姉ちゃんを殺すような動機が見当たらないんですから!ねえ、泉美さん。否定するなら、否定して下さいよ!お願いだから、私はやってないって否定して・・・」

僕は自分で追い詰めておきながら、気が付けば泉美さんの前で泣き崩れていた。

信じたくなかった。
僕が小さい頃からお姉ちゃんと同じぐらい仲良くしてくれた泉美さんが、よりによってお姉ちゃんを殺した真犯人だなんてことは。
僕はお姉ちゃんのことが世界で一番好きだったけれど、それと同じぐらい好きだったのが目の前の泉美さんだったのだから。

世界一好きなお姉ちゃんを殺したのが、世界で二番目ぐらいに好きだった泉美さんに殺されたなんて・・・そんなこと・・・そんなこと、僕は信じたくない!

僕はその場で何分かか泣き崩れていたが、ふと目をあげるといつもと変わらぬ優しげな泉美さんの瞳があった。
泉美さんは僕の頭をポンと叩く。
そして、語り始めた。

「龍君、全部あなたの言う通りよ。香奈子姉を自殺にみせかけて殺したのはこの私。龍君・・・私はずっとあの人が憎かったのよ。だって、私はいくら頑張ってもあの人の二番手でしかなかったんだから!」

「・・・二番手?それは、一体どういうことですか?」

「あの人と私は一つ年が違うとはいえ、同じ町内に住んでいるということもあり常に比べられていたの。勉強もスポーツもなにもかもね。あなたも知っての通り、あの人は勉強もスポーツも常に一番。高校でいじめられていたことは私も知らなかったけど、中学までは常にクラスの人気者でね。アプローチしてくる男子も数限りないほどいたわ。私はあの人と同じバレー部に入っていたからよくわかるけど、一時期はバレーの名門高校からスカウトが来るぐらいの活躍ぶりだったの。そんなあの人が高校に入ってから、バレーどころかスポーツをすることも辞めてしまったのはあの人の高校最後の大会前の怪我のせいだったんだけどね。あなたもそのことは知っていたはずよ。まあ、あの怪我も私が意図的に負わせたものだったんだけどね」

「なっ・・そんな」

僕は絶句していた。
しかし、それでも彼女の衝撃の告白は止まるどころか加速する一方だった。

「それとあなたたちとの関係だってそうよ?いつもあなたたちに懐くのはあの人ばっかり!私だって、あなたたちを実の弟や妹みたいに可愛がってきたのに、いつも周りの大人たち、そしてあなたたちが心から信頼するのはあの人なのよ!一体、私の何がいけなかったの?いつもいつも私は母親からこう言われたわ。『あーら、松山さんとこの香奈子ちゃんはすごいわねえ。勉強は一番、スポーツも一番、それにうちの有美だけじゃなくそのお友達の蘭ちゃんやお兄さんの龍君までよーく可愛がってくれるしねえ。泉美、あんたも少しは見習いなさいよ!』ってね。ふざけんじゃないわよ!私だって頑張ってるわよ!そりゃ、なんでもできる香奈子姉には敵わないかもしれないけど、勉強だってスポーツだって、それからあなたたちの面倒だって、全部全部頑張ってきたんだから!それなのに、褒められるのはいっつもあの人だけ!こんな不公平ってある?私は幼いころからずっと思っていたわ。あの人さえいなければ、あの人さえいなければ・・・ってね!だから、私はあの日この木に呼び寄せてあの人をこの手で・・・」

「もう沢山だ!そんな話は聞きたくない!僕は・・・僕はそんなつもりじゃなかったんだ。確かにお姉ちゃんのことは大好きだったけど、それと同じぐらい泉美さんのことも・・・みんなだってきっとそうだったはずなんだ!なのに、なのに、なんでお姉ちゃんを殺したりなんて・・・」

泉美さんは何もかも言い尽くして、すっきりしたのだろうか。
そんな僕の泣きっ面を見て、静かに頭をなでてきた。

「龍君、この夏休み楽しかったわね。香奈子姉のことはともかく、こんなに楽しい夏休みは生まれて初めてだったわ。本当は私が全部やったことなのに、あなたたちの少年探偵団と一緒に捜査活動をしたこと。あの時、あなたたちがあの人じゃなくて私を心から信頼してくれて、私本当に嬉しかったのよ。今から思えばあれも香奈子姉が仕組んだことなのかもしれないわね。私は、香奈子姉の本当の苦しみなんて知ろうともしないで・・・自分勝手な思い込みの劣等感であの人を殺してしまった・・・そんな私にあの人は自分の苦しみをわかって欲しかったのよね・・・馬鹿よね、私って。本当はあのバレー部の怪我の時だって、香奈子姉は全部私の仕業だってわかってたんだよね。なのに、あの人はそんな私に対してもいつも笑顔だった。いつも励ましてくれた。そんな、そんな天使のような香奈子姉を私はこの手で・・・この手で殺しちゃったんだよね・・・」

そして、泉美さんはこれまでの憎悪に歪んだ顔が嘘のように、まるで子供のように泣き崩れた。
僕はそんな泉美さんに声をかけることもできず、ただその場に立ち尽くすばかりだった。

しばらく泣きじゃくった後、泉美さんはぐしゃぐしゃに泣き崩れた顔をあげて、言った。

「私、自首するわ・・・龍君、大好きな香奈子姉を奪っちゃって本当にごめんなさい・・・」

これが、僕が夏休みの間少年探偵団とともに追いかけてきた事件の悲しい真相だった。

最終話「夏の終わりに」

8月31日。
僕はその日のニュースを聞いて仰天した。

「たった今入ってきたニュースです。今日午前6時30分ごろ、I県K市にある私立龍宮学園女子高校の中庭の木で女子生徒が首を吊っているのを通りかかった住民が発見。その後病院に運ばれましたが、間もなく息を引き取りました。警察の調べによると、制服から発見された学生証から亡くなったのは同校に通う1年生、遠野泉美さんと判明。遺書などは現在発見されていませんが、警察では詳しい死因を調べるとともに、今月はじめに同じ木で首を吊って自殺した松山香奈子さんの事件との関連性を・・・」

僕はそのニュースを聞いた途端、頭が真っ白になった。

泉美さんが、あの木で死んだ?
そんな・・・。
自首するって、僕に言っていたのになんで、なんでよりによってお姉ちゃんを殺したのと同じ木で自殺なんか・・・。

これが、あなたの償いだったんですか?
これが、本当にあなたの望んだ結末だったんですか?
僕はあなたにまで死なれて、これからどうやって生きていけばいいんですか?
僕は・・・僕は・・・。

僕は96年夏、二人の大切な人を失った。
一人は、僕が幼いころから大好きだったお姉ちゃん。
そして、もう一人はそのお姉ちゃんと同じぐらい大好きだった泉美さんだ。

お姉ちゃんはいつか言っていた。

「龍君、もし本当に好きな人が現れたらその人のことを何があっても離しちゃちゃだめだよ?お姉ちゃんとの約束」

でも、僕は泉美さんを守ることができなかった。
お姉ちゃんのみならず、彼女の苦しみにも最後まで気づくことはできなかったのだ。

そして、その泉美さんも僕にこんなことを言っていた。

「龍君、この夏休み楽しかったわね。こんなに楽しい夏休みは生まれて初めてだったわ。あなたたちの少年探偵団と一緒に捜査活動をしたこと。あの時、あなたたちがあの人じゃなくて私を心から信頼してくれて、私本当に嬉しかったのよ」

それは、泉美さんの本心からの発言だったと思う。
僕と妹たちは、この夏休み心の底から泉美さんを信頼して、彼女がいたからこそ、あそこまでお姉ちゃんの心の闇を知ることができたのだ。
それなのに、僕は泉美さんに恩返しの一つできなかった。
それどころか、彼女を逆に追い詰めてしまったのだ。

これでは、僕が泉美さんを殺したようなものじゃないか。

僕は自分を責めた。
泉美さんがお姉ちゃんを殺したのが事実だとしても、他に方法があったのではないかと。
あの時の僕は信じていた泉美さんに裏切られたような想いでいっぱいで、彼女の本当の苦しみなど知らずに、彼女をただただ追い詰めてしまった。

僕はあの時の自分の行動を、時がたった今でも後悔している。

お姉ちゃんの死。
お姉ちゃの死の謎。
泉美さんと少年探偵団の冒険。
お姉ちゃんへの恋と泉美さんへの恋にも似たような感情。
そして、泉美さんの死。

僕はあの夏一体何を得て、何を失ったのだろうか?


「お兄ちゃん、何ぼーっとしてるの!早く行かないと学校遅刻するよ!もう高校生にもなるのに、いつまでたっても子供なんだから!」

僕は妹の声で長い回想から現実へ引き戻された。

そう、あの事件からもう5年が経ったのだ。
妹は近所の公立中学に通う1年生。
あの時のようにもう小さな子供とは言えない年齢だ。
そして、僕は高校2年生。
僕は今、5年前にお姉ちゃんと泉美さんが通っていた『私立龍宮学園高等学校』に通っている。
まだまだ女子生徒の数が多いとはいえ、少子化の影響で96年当時は女子校だった龍宮学園も昨年の2000年、つまり僕が入学した年から男女共学校として新たなスタートを切っていた。
そして、今年の4月に龍宮学園でまたしてもある生徒が死ぬという謎の事件が発生。
現在僕はその事件の極秘捜査に日々明け暮れているところだ。

歴史は繰り返す。

僕は毎朝二人のお姉ちゃんの自作の遺影に手を合わせていた。
そして、勿論今日もまた。

「お姉ちゃん、泉美さん。行ってきます。もうあんな悲しい悲劇は繰り返したくないから僕は・・・僕は全力でこの事件を解決して、今度こそ犯人を・・・犯人を裁くのではなく救ってみせます!」

だが、僕はその時まだ気づいていなかった。
この事件の真相ではない。
あの96夏に起きた事件の本当の真実に気づいていなかったのだ・・・。


「あ、龍ちゃん、おはよう。また寝坊?急がないと私まで遅刻しちゃうじゃない!さ、途中まで一緒に行きましょ!」

「お、おはようございます・・・」

「さ、みんな行こうぜ!」

「さいはるちゃん、やっぱりせんべい食べるの辞めてから痩せたよねー。中学ではバレー始めたし、ほんとあの頃と一番変わったよね!」

「う、うるさいなあ。昔は昔。今は今だ!さ、みんな急がないと学校遅れるぞ!」

「はーい」

まったく、こいつらは相変わらずなんだから。
僕は、はあっとため息をついてから4人とともに学校へ急いだ。

「龍宮学園事件1996夏」完

「龍宮学園事件2001~川角龍青春篇~」に続く

「龍宮学園事件1996夏~改訂完全版~」

「龍宮学園事件1996夏~改訂完全版~」

1996年夏。僕、川角龍はかけがえのない人、お姉ちゃんを失った。果たして彼女は本当に自殺したのか?僕は妹たちとともに小さな少年探偵団を結成し、彼女の死の謎を追うが・・・。お姉ちゃんの元彼、親友、担任、そして、龍宮学園を支配する怪しげ宗教団体「神の御心を知る会」との関係とは一体?「龍宮学園事件サーガ」の第1部、ここに開幕!

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-15

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