砂漠桜の愛

暗号人形 作

大鷲(おおわし)が大空を(うた)っている。
頭上の桜、桜の花びらが、桜の粒が、涙となって(こぼ)れ落ちる。



どうしてだ、君には何が足りない?

君は全てを手に入れたというのに、これ以上何を(ほっ)するというのか?



僕は砂漠にいた。
先刻(せんこく)()などもう忘れて、犬のようにだらしなく赤い舌を下ろす。
桜の花びらが舌の上で溶ける。



僕の中の世界が弾けた。
世界を(おお)っていた膜は破かれ、僕の中の世界が、僕の外へと広がっていく。

僕は寒帯にいて、同時に熱帯にいた。大気圏の中でさ迷い、かつ大気圏の外を歩いていた。砂漠の夜の突き刺す寒さに震えつつ、密林の昼の込み合った暑さに蒸し焼きにされていた。ぐるぐると回転し、かつ停止していた。後ろを向き、同時に前を向いていた。世界が僕と邂逅(かいこう)し、かつ別離(べつり)していた。





「ピンクの象が見える」





それは合言葉だった。
この世界の、狂気から身を守る唯一の命綱。

誰も、誰もいない。
誰もがいない。

誰がそれを信じるのだ?



何もかもなくなってしまったのだ。
ものさしは、もはや過去の遺物となってしまった。
今やピンクは、誰もそれをピンクであると言えないのだ。



砂漠に咲いた桜だけが、一人くすくすと笑っていた。

砂漠桜の愛

砂漠桜の愛

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-04-16

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