天使のいるところ

 ひとりで眠るベッドの、つめたさに、たえられず放浪している恋人を、探しに行ったきみもまた、戻ってこない。山を蔽う、白い霧がいつも晴れないで、朝も、夜も、夢ばかり見ているひとたちが集う、みずうみがあって、そこではやたらと、メロンソーダが売れる、と教えてくれたのは、となりの部屋に住んでいるひとの、同居人(獣?)の、しろくまである。からあげをあげるのがうまい、しろくまなのだと、となりの部屋のひとは言った。
 きみは、そう、いつの頃からか、いて、いつまでもいる、と思っていたら、恋人のあとを追って、あっさりいなくなった。町の映画館は、もう何年も、おなじ恋愛映画を上映していて、駅前にある古い喫茶店では、世界でいちばんおいしいと評判のコーヒーが、飲める。世界でいちばんおいしいと評判のコーヒーを淹れているのは、顔のない店主で、たったひとりの店員は、白い羽を失った天使で、きみの恋人は、どうしようもなくだらしないやつだった。
「死んでみたいと思ったら一度、あのみずうみに行くといいよ」
 そんなことを、薄ら笑いを浮かべて言うのは、ぼくの恋人で、ぼくたちは、いつものように何度も、繰り返し観て、すっかり内容も覚えてしまった恋愛映画を、無感動に観て、駅前の古い喫茶店で、金色の、まっすぐな髪を揺らし、天使だったものが運んできた、顔のない店主が淹れた、ぼくにとっては、ふつうと思えるコーヒーを、飲んで、恋人が吐き出す、たばこのけむりを、顔面いっぱいにあびて、どこかに行ってしまったきみが、早く帰ってこないかなあと、漠然と思っていた。シュガーポットに映る、照明のオレンジ。きみが注文したナポリタンの、ケチャップの焼けたにおい。天使だったものが、ときどき、きまぐれに歌をうたい、喫茶店に流れる音楽が、まるで賛美歌のようで、カウンター席にいる高そうなスーツを着た男が、泣いているのか、鼻を啜る音がきこえる。
 嗚呼、きみは、いまいずこ。

天使のいるところ

天使のいるところ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-04-15

CC BY-NC-ND
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