星屑草原の夜

西谷武 作

星屑草原の夜

※「小説家になろう」にも掲載している作品です。

 星屑草原まで自転車であと三十分あればたどり着くというときだった。夕焼けに染まるにはまだ早いというのに、空が急に赤くなった。
「あれ。もう着いたのかなあ」
「そうかもしれない。この空はこの世の空じゃない」
「噂どおり、地獄に入らなければならないんだね」
 一瞬だったが松茸の香りが漂った。後方に消えた景色のなかに松林があった気もする。その匂いがこの世と地獄のあわいだと知ったとき、そこには存在していない川、三途の川を探すものも少なくない。星屑草原とはそういう地に位置している。いわば地獄の飛び地である。
 なぜ、天国ではなく地獄の管轄とされているのか、知るものはいない。
 美しすぎるせいだともいわれている。
「生きているものが自由に出入りできる。それが星屑草原の特徴なんだ」
 観光旅行者向けのパンフレットを広げて解説文を読み返している。地獄において印刷されたらしい、白黒に赤インクだけが使われたパンフレット。
「さっきの匂いは」
「松茸に似ていたね」
 二人の問いに、パンフレットを忙しくめくる音で答えようとしている。
「書いてあるよ。星屑草原の周囲は松林で囲まれているんだって」
「するとこの土地の季節は今、秋なんだね」
「そうかもしれない」
「誰か、星座早見表を持っている人」
「星屑草原は季節によって変わるの?」
「天空の星屑が落ちたとき、その草原は星屑草原になった。夜空の星が消えて以来、季節を伝えた星座もまた、星屑草原のなかにある、と書いてあるよ」
「それがどうして地獄の飛び地とされたのかなあ」
「逆、じゃないかな。地獄の飛び地に星屑が落ちてきたッていうほうが当たっている気がするよ」
「わけを知るものはいないんだ」
 パンフレットを閉じる音がした。空が急速に暗くなってゆく。
「今、何時か、わかる?」
「もうじき午後の四時。だけどここは緯度も経度もない世界だから、時計なんて役に立たないよ」
「夜にならないと星屑草原の星々は輝かないんだろう? ……ってことはまだ、夜になってないんだよ」
 怖いもの見たさからだった。星屑草原の夜を見たものはそのままこの世に帰ることなく、二度と朝日を拝むことはない。そんな怪談じみた言い伝えを、この少年少女たちは打ち破る気でいた。
 パンフレットにも、
《夜の星屑草原には入ってはいけない》
 と、赤く太い文字で書き記されていた。
「だけど、昼間じゃあ、星は見えないらしいし」
「夜の景色こそ、星屑草原の真の姿だっていうから」
 誰からともなく見に行こうと言い出したのだ。
 それから……
 何時間待ったことだろう。
 はじめは何も光っていなかった。ところが、電飾を取りつけられたクリスマスツリーが、電気を入れられた瞬間、わッ、と音がするんじゃないかと錯覚するほど、いっせいに輝きを放つように、星屑草原が輝きで満たされたのだった。
 そこには時の流れなど、必要なかった。
 眺める存在も、無意味に思われた。
 そう感じた順番に、少年少女が一人、また一人と、星になった。
 いつしか星屑草原にいた人影は消え、あとには無数の星が瞬くのみとなった。

星屑草原の夜

星屑草原の夜

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-04-08

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