騎士物語 第八話 ~火の国~ 第二章 祭へのお誘い 

第八話の二章です。
お泊まりデートの結果報告会と学院イベントの準備です。

第二章 祭へのお誘い

「あれがロイくんの愛なんだね……」
 リリーとのお泊りデート二日目の夕方。あたしの顔を見るや否や土下座を決めたロイドをあたし――とローゼルたちで袋叩きにした後、結局ずっと部屋にこもってたらしいリリーに何をしたのかを問い詰めたら……なんかいつもとちょっと違うリリーがそんな事を言った。
「何をって……うふふ、勿論ロイくんがローゼルちゃんとしたことぜーんぶして、それでも時間はたっぷりあったから更にその先――あぁ、ロイくん……」
 気持ち悪いことに、いつもロイドにお、お色気攻撃を仕掛けたりして積極的なリリーが「キスする時って鼻がぶつからないのかな?」とか言いかねない純真無垢な恋する乙女みたいな顔になる。
「ササ、サキダト!?!? ま、まさかリリーくんは――」
「うふふ、やらしーローゼルちゃんが想像するのとは違うんだよねー。」
 うっとりと頬を赤くするリリー……なにこのリリー。
「日々生活してれば他人との接触って色んな形であるけど……ボク、あんなにやさしく触れられたの初めてだったよ……」
 ――! 表現しにくいけどやばい感じの顔になったリリーの一言で全員が息を飲む。や、優しく触れるとかそんなの――この場合どど、どう考えたってや、やらしい感じのあれ――じゃないのよ!
「あの安心感、幸福感……互いを求める炎がやんわりと落ち着いたあたたかさの中で無くなっていく二人の境界……とろけて混ざる幸せにいつまでもいつまでも……はぁ……」
 奥ゆかしく恥じらう乙女のため息をするリリー……
「ぐぬ……そ、その感覚はわたしにも、わかるぞ……オオカミ状態はともかく、理性の残ったロイドくんはテクニックと共にそれはそれは……つ、包み込むようにゆったり心地よく――し、しかしわたしの時以上のモノを経験したようだな……」
 悔しそうな羨ましそうな視線をリリーに送り、そのままロイドをぐぬぬと睨むローゼル。
「どうやら三人目ともなると腕を上げるようだなロイドくん……!!」
「ひぐっ!」
 正座であたしたちの横にいたロイドがビクッと――バ、バカ、そういう反応したらあたしとのあれが――
「? 三人目? あー、ロイくんてばエリルちゃんとも……まぁでもどーなのかな……ボクへの愛の方が深くて大きかったんじゃないかなぁ……」
 いつもなら自慢げに言うだろうところをうっとり笑顔のままで呟くリリー……こ、このエロ商人、完全に自分の勝ちを確信して――い、いや、あたしが恋人なんだから前からずっと勝ってるのはあたし、よ……!
「だってあんなに深くボクの事を……うふ、うふふ……」
「うわー、なんか商人ちゃん、いつもと違う方向に壊れちゃってるねー。」
「……で、でもきっと……感じ方はそ、それぞれ……だから……えっと……け、結局どど、どこまで……」
「うぬ、ティアナがさらりと正論を……そ、そうだとも、わたしだってあの時――オオカミではなかった二日目はロイドくんから確かな愛を……い、いやそれよりもティアナの言う通り、結局どこまでという話なのだ……!」
「どこまで? うふふ、うふふふふ。」
「……ロイド、リリーが壊れてるからあんた答えなさいよ。」
「はひっ。」
 またビクッとなったロイドはものすごく恥ずかしそうに答える。
「……ロロ、ローゼルしゃんと同じ……です……」
「む、つまり最後の手前までというわけだな! よ、よし、まだセーフだ!」
「もはや何がどこまででセーフでアウトなのかわかんなくなってきたねー。」
 あははと笑うアンジュは、だけどなんだか不満そうな顔で正座でうなだれるロイドのおでこをつつく。
「まったくロイドはさー。ちょっと前まで鼻血噴いて倒れてたくせにこの短い間に三人と……しちゃってるわけでしょー? とっかえひっかえのヒドイ男だよねー。」
「はひ……」
「でもそれはそれでロイドがあたし……とついでに他のみんなをあんな告白しちゃうくらいに好きになっちゃってるからで、こっちとしては実は計画通りに進んでたりもするんだよねー。」
「はひ……はひ!?」
 ビックリ顔のロイドの頬に手をそえるアンジュ……!
「好きな人と色々したいのに鼻血で倒れちゃうロイドはちょっと残念だったから、今はいい状態なんだよねー。「愛する」んじゃなくて「愛し合える」わけだからさー。」
「アアアアンジュしゃん!?」
 不満げな表情にそれでも自信たっぷりな、いつものニンマリした余裕を浮かべるアンジュはロイドの顔を左右から両手でつかむ。
「優等生ちゃんとお姫様と商人ちゃん……特にお姫様が今は羨ましくてたまらないけど……とっかえひっかえのこのお泊りデートは全員が手にしたそれぞれの勝負時。だからねーロイドー……」
「んぐっ!?」
 そしてそのままパクリと、パンでもかじるような感じにロイドの口にかぶりついて――って何してんのこいつ!!
「――……あたしの番では覚悟しといてねー?」
「ひゃびゃ……」
 真っ赤なロイドをうっとり眺め、そしてケロリと表情を戻したアンジュがあたしたちの方を向く。
「あれ、あたしの番っていつ? というかこっそりちゃっかりやっちゃったお姫様のお泊りデート権は無しでいいんだよね? あとはあたしとスナイパーちゃんだけ?」
「な、なんであたしが無しになんのよ……! あ、あれはその――ふ、ふん、恋人の、日常的なあれよ!」
「うわー、あんなことやこんなことするのが日常ってやーらしー。」
「ち、違うわよそういうんじゃ――」
「おっとそうだそうだ。結局エリルくんも認めたということで、ならばわたしの時のようにリリーくんとエリルくんはロイドくんと具体的に、何を、どうしたのかというのをしっかり共有してもらわねばならんぞ。」
「は!? 共有って――あ、あんたのあれはただの自慢だったじゃない!」
「と言いつつ、ムッツリエリルくんはわたしがしてもらった事を……ちゅ、忠実に再現させたのだろう……?」
「ば、そんなの――べ、別に……」
「ええい、つべこべ言わずに話すのだ! リリーくんもだぞ! ロイドくんはそこで補足担当だ!」
「ぶぇえっ!? オ、オレ、ここにいなくちゃだめですかっ!?!?」
「当然だとも!」
「いややや、でで、でもつまりオレがみんなに何をし、しでかしたかを赤裸々に――そ、そうだ! この前みたいにみんな大浴場に行ってはドウデショウカ!」
「ロ、ロイドくん……い、いっしょに入りたい、の……?」
「そういう意味では!!」
「わ、わたしは構わんぞ……だ、だいたいお泊りデートの時にいっしょに――」
「ぎゃあああ! ばああああっ!!」
「お風呂ならボクだってロイくんと――」
「びゃあああああっ!!」
 恥ずかしさにのたうち回るロイドを転がしたまま、け、経験した者の自慢っていうか報告会っていうか――こ、こんなのただの猥談――が、始まった……



 凄まじいまでの恥ずかしさで精神的に、話の途中途中でみんなにつねられたり蹴飛ばされたりして肉体的に、結構なダメージを負った状態で久しぶりの授業へとオレは臨んだ。
 だがその前に――

「すっげーなぁシリカ勲章だろ!? さすが『コンダクター』だぜ!」
「オズマンドの幹部を倒したんでしょ!? どんなのだったの!?」
「お城でパーティーとかしたの!?」

 シリカ勲章とやらはオレが思う以上にすごいモノだったらしく、教室に入るや否やそんなにしゃべった覚えのないクラスメイトにがやがやと囲まれた。もちろんオレだけではなく、エリルたちもあれこれ質問されていて、あとで聞いた話によると他のクラスのカラードとアレク、アンジュも似たような状態だったという。
 そしてどこでも尋ねられた一番の質問は――

「『ビックリ箱騎士団』ってどうやったら入れるの!?」

 ――だった。首都への侵攻の時に考えた名前がそのままオレたちの部活――学院内での騎士団名になり、その名前が勲章授与の場でも使われたことで、いよいよオレやエリルたちは『ビックリ箱騎士団』というチームで定着したらしい。
 でもって……ローゼルさんの推測だと、ランク戦でAランクとなったメンバーだけの集団だったらそうはならなかったかもしれないけど、唯一アレクはCランクであり、それでもシリカ勲章に至ったという事で……「『ビックリ箱騎士団』に入ると勲章がもらえるくらい強くなれる」みたいな印象がついたのではなかろうかと言うのだ。
 これにより、当然の事ながらオレたち同様、強くなろうと日々頑張っている多くの生徒たちが『ビックリ箱騎士団』への入団を希望するようになった……ようなのだ。
 カラード、アレク、アンジュは「団長に聞いてみないとなんとも」という答えでその場を乗り切ったらしいのだが、団長――という事になっているオレがいるクラスではさらりと流すことができず、たまたま集まったメンバーでそういう団を作ったというだけでこれといった入団方法というのは存在しないものの、こんなに大勢となると色々と大変なことになるのでどうしたものかと困っていたら……

「うら、とっとと席につけ!」

 ちょうどよく先生が入ってきたおかげでとりあえず朝はなんとかなって……今、朝のホームルームの時間を迎えている。
「あー、話題のサードニクスらが戻ってきたんでこうなるのはわかってたが、お前らには目前に迫るイベントの準備をしてもらわねぇと困るんだぞ。」
 いつもの面倒そうな顔で教壇に立った先生はオレたちに背を向けて黒板に何かを書き始める。
「全員知っての通り、オズマンドの連中が色々やったが何とかなった。この前の侵攻の後に設置された魔法のおかげで街の損傷もあっという間に戻り、残すは上の連中の事後処理だけで学生の出番はない。強いて言うなら、次に来るかもしれない事件に備えてお前たちは強くなっとかんといかんし、それが求められてるっつーことで――」
 そう言いながら先生が書いたのは「魔法生物」という文字。

「毎年恒例、校外実習だ!」

 交流祭で生徒会の……会計だったか、ペペロ・プルメリアさんという先輩から聞いた話によると、セイリオス学院で行われる年間行事は残り三つ。校外実習と生徒会選挙、そして二回目のランク戦だ。
 ランク戦はともかく、実習と選挙は具体的に何をするのか詳しくは知らない。ただプルメリアさんによると、一年生はこの実習で魔法生物の討伐を経験することになるらしいが……
「学院を卒業した後、お前らがその辺の騎士団に入ろうと国王軍に入ろうと、任務のメインになるのは魔法生物の討伐。悪党とか、今回みたいな反政府団体とやり合うのなんざそんなにしょっちゅうあることじゃねーんだ。」
「魔法生物の侵攻はしょっちゅうあることなのですか?」
 すっと手を挙げて質問したのは優等生モードのローゼルさん。
「国全体で見ればな。あちこちにある国王軍の駐屯所に来る依頼を含めれば……そうだな、三日に一回くらいのペースでどこかの村や町が侵攻に脅かされてる計算になるだろう。」
「え、そんなにですか?」
「一般の騎士団への依頼もあるだろうから実際はもっと多いはずだ。首都にいると実感ねぇだろうがな。あえて嫌な言い方をすると、セイリオスっつー名門で教わってるお前らと、侵攻の脅威が身近にある地方の騎士学校で学んでる奴らは、箱入りエリートと現場たたき上げみてーなもんだ。事実、実戦経験っつー点に関しちゃそういう奴らの方が場数を踏める環境にあるわけだしな。」
「なるほど……」
 そう呟きながらチラリとオレを見るローゼルさん……

 だぁあぁ……そんな横目で送られてくる視線にも色気を感じてしまう……お泊りデートにてオレがしでかしてしまった女の子が普通に同じ教室で授業を……な、なんだかすごく悪いことをしたような気分に……というかそんなことを言ったらリリーちゃんもそうだし隣に座ってるエリルに至ってはもう……
 い、今更だけど、ローゼルさんとのアレの直後にラコフが来て、体力を奪われてユーリに強制告白させられて、勲章もらって――そ、その間とか後にエリルやリリーちゃんと……
 色々あってバタバタしてたここ最近だけど、こうして日常である学校の教室で落ち着いて考えると…………なああああぁあっ! オ、オレはななななんてヤラシイ――エロいことをみんなに……!! フィリウスをエロおやじだなんて言えないぞあんな……アンナコト!!
 どどど、どうしよう、こうなるとみんなの顔なんて見れないぞ! し、しかもお泊りデートはまだ続く――ああああああああっ、なんかもう頭の中がやらしい事でいっぱいだ! 教室で何を考えてんだオレは!

「あん? どうしたサードニクス、んな何とも言えない顔しやがって。」
「ナンデモ――何でもありません……」
 先生の怪訝な顔に――横に座るエリルからの蹴りを受けながら「いえいえ」と首を振る。
「――でだ、そこの田舎者やたるんだ顔してる商人みたいに変わった経歴の奴は例外として、そのままだとセイリオスの卒業生は実戦経験なしで本番に臨むことになっちまうっつーわけでこの校外実習――魔法生物討伐体験特別授業があるわけ、だ。」
 そう言って、あらかじめ机の下にでも置いておいたのか、手紙のたくさん詰まった大きな箱を机の上にドカッと置いた。
「さっきも言った通り、国王軍には大量の討伐依頼が来る。中には上級――セラームが出張らねぇといけない案件もあるが、多くは中級一人と下級数名――スローンとドルムの小隊で事足りる依頼だ。その中からさらに厳選し、実戦経験ゼロの騎士の卵でもできそうな超初心者向けの依頼を、今回お前らにやってもらう。当然、お前らだけでな。」
 先生の言葉に教室内が少しざわつく。先生の指導というか引率の下で魔法生物をやっつけるとかいうのではなく、本物の依頼をオレたちだけでクリアしなければならないのだ。
「安心しろ、そんなに難しいことじゃない。さすがに依頼の難易度の判断もままならない初心者に「さあ好きな任務を選んで行ってこい」とは言えないからな。ランク戦や交流祭、日頃の成績などから判断し、無理なく……もしくは多少の無理でこなせる任務を学院側が選ぶ。要するに、ちょっとした課題をおつかい感覚でやってくるだけ――あくまで体験させる事が目的だからそんなに気負わなくていい。」
 とは言うものの、「もしくは多少の無理で」の辺りから浮かんでいる先生のニンマリ笑顔にみんなの顔が青くなる。
「それは――あの、個人で挑戦するのですか?」
 再びのローゼルさんの質問に、先生は一瞬きょとんとしてから真面目な顔になった。
「いや、誤解するような言い方だったな。当然ながらチームで挑む。今回に限らず、魔法生物を相手にする時は複数人が絶対だ。」
「絶対、ですか……」
「そうだ。いいかお前たち、魔法生物にはその強さや危険度からランクがつけられるが、一番下のCランクが相手だからってなめてかかるなよ。」
 ピッと片手の人差し指を伸ばし、そこに電気をバチバチまとわせる先生。
「すげー体術を使えてもバカみたいな筋肉を持ってても所詮私たちは頭でっかちの非力な人間。鋭い牙や爪、強靭な肉体を持つ野生の生き物相手じゃ雑魚同然だ。そんな私たちが連中と戦えるのは魔法があるから。騎士の強さの大部分は魔法由来のモンなんだ。」
 フィリウスと旅をしていた頃、フェルブランドほど魔法の発達していない国に行くと魔法生物の侵攻に対する意識の違いっていうのを感じた。この国では騎士を呼んでなんとかしてもらうちょっとした厄介事のような感じだけど、抗いようのない自然災害のように捉えている国もあるのだ。
「だが人間は本来、魔法を使えない生き物だ。持ち前の頭脳でどうにかこうにか無理矢理使えるようにしただけで、だから魔法負荷なんてモノがある。だが魔法生物はそうじゃない。あいつらは呼吸するのと同じような感覚で魔法を使える。体内でマナの生成すら可能なあいつらは魔法においても私らよりも格上。それでも戦えるのはこれまた持ち前の頭脳ゆえ――むしろ勝ってるのはこの一点だけなんだ。」
 旅の間、たまに耳にしたのがどこかの騎士団が壊滅したという話。実績のある手練れの騎士たちがCランクの魔法生物の群れにやられる……普段よりもちょっとだけ状況が相手側に有利だったとか、その程度の違いであっという間にひっくり返るのが侵攻戦のおそろしいところだと、酒場に集まる騎士たちが呟いていたのを覚えている。
「さっき言った通り、一人前になったお前たちが相手にするのは主にそういう存在。だからこそ、こういう実習が組まれるんだ。」
 たまに見せる先生の……元国王軍指導教官としての厳しい表情にしんとなる教室だが、先生はふっといつもの面倒そうな顔に戻る。
「っつーわけで、お前たちの任務はお前たちがチームを作ってから私らが選ぶことになる。本来なら初対面同士のチームを組ませるのが実戦的なんだが、最初だからな。今回は仲のいい友人同士で組むといい。今日の放課後までにチームを作って、リーダーが私のところに報告に来い。最低人数は三人で上限はなし。人数に見合った任務を選んでやる。ちなみに他のクラスの奴もチームに加えて構わない。学年全体でやる実習だからな。」
 そうなると強化コンビとアンジュを加えていつもの『ビックリ箱騎士団』になりそうだな……八人チームだとどんな任務に――
「それとだが……『ビックリ箱騎士団』にはご指名があるからメンバー変えんなよ。」
「えぇ?」
 最後に教室をざわつかせ、先生はホームルームを終えて教室から出て行った。

「さすが勲章持ちだぜ!」
「きっとSランクとかの魔法生物の討伐に行っちゃうのよ!」

 クラスの人たちから視線を送られるというのは基本的には無くて、たまに「またサードニクスが田舎者を炸裂させたぞ」っていう感じのクスクス笑いがある程度だったのだが……なんとも慣れない、キラキラした憧れみたいな視線を受けながら最初の授業が始まった。



「ヴィルード火山? ってなんだ?」
「ストカお前、少しは国の外の知識も頭にいれておけよ。」
「ふふふ、まぁそうは言っても滅多なことがない限り国外には行きませんからね。趣味のような興味がありませんと。」
 田舎者の青年が羨望の眼差しを受けて落ち着けずにいた頃、夜の国、スピエルドルフの王城にある女王の私室に三人の男女がベッド、ソファ、床、それぞれの場所に座って話していた。
「強力な火の魔力に満ちた特異点なのですが、そこにロイド様の新しい武器が眠っているとのことなのです。」
「ベルナークシリーズ……調べてみたが、レギオンのメンバーとそれの使い手との戦闘記録がいくつか残っていた。強さに関しては使い手によりけりだからなんとも言えないが、少なくとも壊せる気のしない硬度だったらしい。情報通りマグマの中に沈められても今なお残っているというのなら、質のいい武器であることは間違いないだろう。」
「それをロイドにプレゼントってか。まー未来の王にはそれくらい持っといてもらわねぇとな。でもよ――」
 露出の激しい赤いドレスを着て床であぐらをかいている赤い髪の女――ストカはドレスの下からのぞく巨大なサソリのしっぽをゆらゆら揺らしてキシシと笑う。
「ロイドたちの話を盗み聞きしてたなんてのがバレたらさすがに怒られるんじゃねーか?」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。フェルブランドの王城に潜入しているレギオンの者が偶然ロイド様たちの勲章授与に立ち合ってその時の会話をワタクシに報告してくれたのです。」
 さらりとそう言ったベッドの上の女王――カーミラの何でもない表情にツギハギだらけの青白い青年はソファの上でため息をつく。
「城にスパイの時点でどうかと思うが……まぁゴーゴンさんにも会ってるし、ロイドがどうこう言うことはないだろうが。しかし勲章とはすごいな。」
「人間たちもロイド様の素晴らしさに気づき始めたということでしょう。そう、これはそのお祝いの意味もあるのです。ですから、おそらくロイド様たちでは回収の難しいその武器をワタクシたちで手に入れて差し上げるのです。」
「よし! 今度こそ俺が行くぜ!」
「いや、いくら頑丈なストカでもマグマには潜れないだろうが。最悪そのしっぽしか残らないぞ。」
「んだよ、わかんねーだろー。」
「それにそういう場所に喜んで飛び込む種族がいるのだから、その人たちに頼んだ方がいい。」
「そうですね。マグマとなりますと、ヨルムかフルトのところでしょうかね。」
「? ヨルム様んとこはわかっけどフルト様は違くねーか? 海のレギオンだぜ?」
「火の海に住んでいる方もおりますから。」



「むう、これはよくない状況だぞ。」
 久しぶりの学校、午前の授業が終わって昼食時。一番初めを思い出すとあたしのところにロイドがひょこひょこやってきて二人でご飯を食べた覚えのある学食で、今は『ビックリ箱騎士団』のメンバー総勢八人でテーブルの一角を占拠してる。
「元々あれやこれやと話題の絶えないところに今回のシリカ勲章。団長を務める『ビックリ箱騎士団』の団員全てが授与されたということでロイドくんへの注目度が爆発的に上がったようだ。」
「かっこいーとかすてきーとかいうのを女子の間から結構聞いたよー。まったくロイドはー。」
「オ、オレは何も――というか今回は寝っ転がってただけでほんとに何もしてないのに……」
「詳細を知る者はわたしたちだけだからな。それにこれは言うなれば積み重ねの爆発。A級犯罪者の撃退から始まり、ランク戦や交流祭でカッコイイところを見せすぎたのだ。」
「えぇ……」
「だっはっは、さすが《オウガスト》の弟子ってな。けどよー、こうして女子に囲まれてるロイドを今更狙う奴なんかいんのか?」
 大きな骨付き肉でもかじってるイメージだけど今日は焼き魚の骨を細かく取り除いてたアレキサンダーがそう言うと、ローゼルがため息をついた。
「そうだ、そうなのだ、そこがおかしいのだ。交流祭でわたしはきちんとアピールしておいたし、そもそも仮の恋人であるエリルくんもそれ以前から『フェニックス・カップル』などと呼ばれているわけで、活躍するスポーツ選手やカッコイイ騎士のようにキャーキャー言われる段階はとっくに通り過ぎているはずなのだ。」
「ふむ……順番を考えると妙なだけで、なるべくして、という気がするが。」
 そういやそんな変な呼ばれ方もあったわねって思ってるとカラードが真面目な顔で腕を組む。
「確かに転入してからのロイドの活躍であればもっと早くこうなってもおかしくなかったが、ロイドの周りにはクォーツさんたちがいたからな。夫婦と呼ばれたりする仲だったりリシアンサスさんの告白もあったりで、そんなロイドはキャーキャー言われる対象にはならなかったのだろう。」
「キャーキャー……」
 そういうのは苦手らしいロイドはゲンナリする。
「だがそこに今回の勲章授与だ。これによってクォーツさんたちという強固な壁があろうと騒がずにはいられない段階に至ってしまった――のではないだろうか。」
「むー……なるほどな……」
 カラードの推測にローゼルがぐぬぬって顔でうなる。
「ロイドくんが黙ってても女性をたらしこんでしまうと分かった時点でロイドくんの行動が目立たなくなるような策を講じるべきだったな……」
「そんな変な能力はありませんから!」
「ロイくんのカッコよさならそれくらいは当然だけどねー。欲を言えばボクだけをたらしこんで欲しかったかな?」


 カッコイイ……カッコイイねぇ……
 ロイドは……まぁ、服をちゃんとするとそう見えなくもないけど、カッコイイからどうこうっていうんじゃないのよね。今となってはあたしがロイドをす、好きだからそう感じるのか元からそうだったのか微妙にわかんなくなってきたけど、一緒にいるのが安心っていうか気持ちが楽っていうか……こいつにモ、モテる何かがあるとしたらたぶん、そういうモノだわ。
 だからこう……もっと近づきたく思ってく、くっつきたくなる……きっと吸血鬼のやらしい唇の力が無かったとしてもキ、キスしたくなったり抱きつきたくなったりしてた……と思う。
 でもってそうなったなら、もっともっとって……

 …………そう、なのよね……あたし、ロイドとこの前……

 さ、最後――まではい、いってない、ふふ、触れ合うだけっていうかだけってほどでもないけどつまり……そ、そこそこ……あたしとロイドは……
て、ていうかああいうのってつつつ、付き合い始めてからもう少し経ってからするモンじゃない――のかしら……? ど、どうなのかしら? 普通がよくわかんないわ……
 で、でもまぁ相手はあの変態ロイドだし、し、仕方ないわよね……それにエロ女神とかエロ商人もいるし、こ、恋人のあたしが後れを取るわけにはいかない――のよ、そうなのよ。

 ……あの夜から今日まで、今まで通りにルームメイトしてるけど……時々――主にロイドがふとした時に思い出して真っ赤になるから、それに引きずられてあたしも思い出して――その度にロイドを蹴り飛ばしてる。
 べ、別に嫌だったわけじゃないし後悔もしてない……むしろリリーが言ってたみたいに……その、す、すごく――心地、よかった……
 すごく恥ずかしいことをされたしすごく恥ずかしいとこを見られたけどそれはお互い様っていうか、今までよりも色々知れてもっと近づけたのが嬉しいっていうか……前にカーミラが言ったみたいに、ああいうのをただのヤラシイことって考えるのは……確かにちょっと違うと思うわ。
 心がギュッと満たされて……ローゼルがあの氷を作り出せるようになったのも納得っていうか、今のあたしにできないことなんてない――みたいな変な自信と確信、妙な満足感があるのよね。

 ……いいこと――なんだろうけど……だ、だからってっていうか……それにしたってあのバカ、普段何もしないくせにあんな――あたしのあれやそれにあんなことを……も、もちろんやられっぱなしじゃ悔しいからやり返しもしたけど……ああぁぁあ……あ、あたし何して……ロイドのこと言えないじゃないのよ……

 ……あれは……あれだけ――なのかしら……ロイドはどう思ってるのかしら……
 も、もう一回くら――って! なな、何考えてんのよバカ!


「ぬ、何やらエリルくんがやらしい顔になっているな。」
「だ、誰がやらしい顔よ!」
「実はわたしたちの中で一番あれかもしれないな。ロイドくん、そろそろ考え直す時期だと……」
 いつものように偉そうな顔でそう言いかけたローゼルはふと黙って……でもってムッとした顔になった。
「ところでなのだがロイドくん。」
「は、はい、なんでしょう……」
「今もそうだったが、どうにも今日の朝からずっと……わたしと目が合うと目をそらしていないか?」
「ひぅ!?」
「一応言っておくとわたしは冷たくされて興奮するタイプではないから、わたしのことはまっすぐに愛して欲しいぞ。そう、この前のように……」
 うっとりと笑うローゼルにロイドは目を泳がせる。
「そそそ、その、それが理由といいますか……こ、こうしていつもの学校生活が始まって、い、今更ですけど…………ちょ、ちょっとローゼルさんの顔が見られないのです……」
「ほう……つまり授業中や休み時間にわたしと目が合う度に――あのひと時を思い出していたと……」
 さらにトロンとした笑みを浮かべて熱い視線をロイドに送るローゼル……!
「ふぅん? ねぇねぇロイくん、ボクはぁ?」
 先生が言ってたように朝からずっとたるんだ顔をしてるリリーがふと色っぽい表情になって、ローゼルから目――っていうか顔ごとそらしたロイドを追うように身を乗り出してその顔を覗き込む。
「――!!!」
するとロイドは漫画みたいに「ボンッ!」って感じに赤くなってそっぽを向いて…………ていうかそれってつまり今までの授業中、そんなヤラシイ事考えてたってことよね、こいつ……
「…………」
「ひぐっ!」
 ジトッと睨むと同じようにあたしからも目を背け……
 ……! ちょ、ちょっと待ちなさいよ……そのヤラシイ想像っていうか記憶にはあ、あたしも含まれてるってことよね……朝からあたしを見るたんびに思い出してたってこと……? あ、あのアレを……!?!?
「――! この変態っ!」
「ばぁっ! ずびまへん!」
 真っ赤なロイドのほっぺをひねってると、話を聞いてたカラードが何でもないような顔でぼそりと呟いた。
「今の流れと反応からして、もしやロイドはトラピッチェさんとクォーツさんとも情事を?」
「ジョッ!?!?」
 前も聞いた単語にロイドが固まる中、ローゼルが少し真面目な顔になる。
「ブレイブナイトくん、前も少し思ったのだが、情事と言うと何やらやましいモノのような雰囲気があるぞ。わたしとロイドくんのあれは愛の語らいだ。」
「ん、それはすまない。そんなつもりはなかったのだが……あー、つまりロイドはさらに二人と愛の語らいを?」
「――!!!」
 良い事でも悪い事でもない、単純な興味っていう真顔でそう聞いてきたカラードに固まってたロイドが口をパクパクさせる。その魚みたいな反応で理解したのか、強化コンビがそろって「ほう」とか言った。
「かー、さすがだなロイド。つーかその辺の話を広めりゃあキャーキャー言われなくなるんじゃねーか?」
「逆の意味でキャーキャー騒がれそうだがな。いよいよもって『淫靡なる夜の指揮者』の降臨か。」
 ……なんていうか、興味がないわけじゃないんだけど普通ならもっと違う感じになるはずのところをあっさり納得して頷く強化コンビ……
「そこの二人はこーゆー話にあっさりだよねー。男子として結構な騒ぎどころだと思うんだけどー?」
 あたしと同じことを感じてたらしいアンジュがそう言うと、二人は顔を合わせて「そんなこと言われても」って表情になった。
「ふむ……知り合い、友人となった段階で既にそうであったし、猛スピードで進展していくロイドとクォーツさんらの関係に一応は年頃の男子であるおれたちでもついていけていないのかもしれない。それにこの状況に対してロイドが真剣に向き合っていることをおれたちは知っているから、相談にのったりはあっても騒ぐような事ではない。」
「まぁそもそもロイド自身が変わってるっつーか真面目っつーか、だからか、俺もカラードも騒いだりする段階を通り越して「まぁロイドだしな」って納得しちまってんのさ。」
 ケロッとそう言った強化コンビ。まぁロイドは変なのばっかり集めるから、男子もそういうのが来たって事なんでしょうね。

 ……そう、きっとそう。あたしっていう一人を恋人――として選んだっていうのにローゼルたちが諦めないとかなんとか言ってんのがおかしいわけだし、そこから関係が進展するのも変……なのよ。あ、あたしというものがあり――ながら……!
 でもってドロドロもバチバチもしてないただの友達――みたいな状態で未だに戦争してるっていうこの状況が一番変なわけで、普通そんなのあり得ない……んじゃないかしら。
それでもそうなっちゃってて、そこに理由とか原因があるとするならそんなのロイドに決まってるわけで……結局ロイドを真ん中に置くと不思議とこういう変な状況が生まれるんだわ。
 どうしてかなんて知らないし、もしかしたら恋愛マスターの力の影響なのかもだけど……「まぁロイドだし」って納得しとけばいいと思うのよね。
 あたしが好きになったのはそんな奴だったってだけだわ。

 …………ああでも……このままあたし以外との関係が進むのは……困るわね。お泊りデートの件は今更どうにもならなそうだけど……それが済んだ後、下手をすると事あるごとにローゼルたちがロイドと――あ、あれをあれこれする展開になりかねないわ。
 さ、さすがにそんな破廉恥な状況はかか、彼女として見過ごせない……だ、だめよそんなのは。
 勝手に愛するのは百歩譲っても、愛されるのはあたしだけ――ってなな、なに考えてんのあたし……!!
 ……ああ、まったく……あたし、どこまでもこのバカに……



 午後、ただ睨まれるだけならよくあることなのだがムスッと可愛くふくれた状態で睨んでくるというコンボ攻撃をしてくるエリルにどうしたものかとおどおどしていたらあっという間に放課後になった。
 昼休みや授業の合間に他の生徒が実習に向けてチームを組んでいく光景が結構あって、そうして出来上がった各チームのリーダーが担任の先生に報告に来たことで、放課後に職員室の前に生徒がわらわら集まるという珍しい状態になっていた。
「んあー、私のクラスでリーダーの奴はこっちこーい。」
 どうやらクラス混ぜこぜのチームでもなんでも、リーダーになった生徒が自分の担任にチーム編成を報告するようだ。
「みな各担任の前に並んでいるが……おれたちは最後にした方がよさそうだな。」
「だな。どーも俺たちだけちょっと違う任務みてーだし。ったく、早速勲章の影響ってか? 腕がなるぜ。」
「なんだかんだ、一人を除いて一年生Aランクの集まりだもんねー。ものすごく強い魔法生物の相手とかになるのかなー。」
「ちょ、ちょっと……怖いね……」
「何を言うティアナ。この前のラコフとかいうの、半分魔法生物のようなモノだったろう。あれより怖いのはそうおるまいよ。」
「で、でも魔法生物には魔法生物の怖さがあるから……ちょっと怖がって慎重になる方がいいってフィリウスも言ってたよ。」
「やーん、ロイくん、ボクこわーい。」
「びゃあっ!?」
「な! あ、あんたなんて抱きつき方してんのよ!」


 邪魔にならないように廊下の隅っこにいたらまだまだとろけたままのリリーちゃんに押し倒されそうになり、そしたらいつものようにエリルが蹴りを放ち……そんなこんなで十分ほど待った後、オレたちは先生の手招きで職員室の隣にある「相談室」という小部屋に入った。
「ったく、廊下でいちゃつくな。お前らの関係をどうこう言うつもりはねぇが、他の生徒に変な影響が出ないか心配だぞ。」
「すみません……」
 そうは言いつつもいつもの面倒そうなのにどうでもよさそうな表情を加えた顔の先生はピンッと弾くように一枚の封筒を机の上に滑らせた。
「これが朝言ったご指名だ。」
「はぁ……」
 なんか前もこんなことあったなと思いながら封筒を手に取ったオレは差出人を見て首を傾げた。
「あれ? これってアンジュの名字だよね?」
「? あたし?」
 差出人の名前はカンパニュラ。同姓同名とかでないならアンジュ――アンジュ・カンパニュラの実家からの手紙ということになる。
「あー、たぶんうちからだねー。でもなんで――ってあはは、あて先が『ビックリ箱騎士団』になってるー。」
「そうだ。火の国ヴァルカノの大貴族カンパニュラ家からお前ら『ビックリ箱騎士団』への手紙だ。」
「アンジュの家から……なんて書いてあったんですか?」
「馬鹿、貴族からお前ら宛に送られた手紙を私が読むわけにはいかないだろうが。この前のスピエルドルフからの手紙は怪しすぎんのと魔人族絡みってので例外だっただけだ。」
「え、でもご指名って……」
「読まなくても、この前勲章をもらった『ビックリ箱騎士団』にメンバーの一人であるカンパニュラの実家からこの時期に送られてきた手紙ってのでだいたいの察しはつく。」
「時期?」
 火の国火の国……ああ、そういえば何かイベントがあったような……フィリウスと行った時は時期が違っていたから見たことはないけど――なんだったっけか。
「えぇっと……」
 旅で行った時のことを思い出しながら封筒を開いて手紙を見る。関係ないけどいい紙だなぁ、これ。
「あ、そっかー。そーいえばそろそろだよねー。」
 そう言いながら手紙を覗き込むアンジュの顔が近くてあれなのだが……それよりも困ったことに、この手紙小難しい言葉がいっぱいで内容がサッパリだ。
「む、ロイドくんが難しい顔をしているところから察するに、公的な文章のように小難しい言い回しばかりでよくわからんようだな。どれどれ、この頼りになる妻が読もうぞ。」
 つ――……オ、オレや他の誰かがツッコム前に手紙を手にしたローゼルさんがささっと目を通して教えてくれた内容はこんな感じだった。

 火の国ヴァルカノでは毎年「ワルプルガ」という行事があり、貴族や現王族は私設の騎士団や外部の騎士を雇ってその行事に臨む。その内容は、厳密には違うが魔法生物の討伐という表現が一番近い。
そしてこの時期、セイリオス学院の一年生は魔法生物の討伐という校外実習を行うと聞く。
ならば『ビックリ箱騎士団』をカンパニュラ家の代表として招き、今年のワルプルガに臨もうと考えた。フェルブランドの勲章は他国でも評価が高く、それを授与された騎士団であれば申し分ないし、アンジュの成長や将来の騎士兼旦那候補も見られて一石二鳥。
 ということでヴァルカノにおいで。

「ふむ、とりあえず「旦那」という点に意義ありだが……この手紙、頼れる若奥様ローゼルさんでも難読だったぞ? 火の国ではこれくらいが普通なのか?」
「まさかー。こんな難しい言葉使うの、あたしの知ってる中じゃ師匠だけだよー。だからたぶん、これ書いたのは師匠だねー。」
「あんたの師匠って……ほとんど裸っていう変態よね、確か。」
「フツーにしてればイケメンなんだけどねー。」
 一体どういう人なのだろうかとアンジュの師匠を想像していると、コホンと先生が咳払いをした。
「でだ。ワルプルガは確かに魔法生物の討伐任務と言えるから実習の趣旨とは合致するし、何よりあの国の貴族から要請されないと受けることのできないレアな任務だ。学院としては貴重な経験を得る機会としてオッケーを出す。あとはお前らが受けるかどうかを決めろ。」
 答えはわかっているけど一応聞くというような顔の先生。オレも一応みんなの顔を見て頷いてくれるのを確認し……
「……えっと、『ビックリ箱騎士団』はこの任務を引き受けます。」
 と言った。
「おう。まぁ受けないっつっても受けさせたがな。こんなチャンスはそうない。」
「えぇ? でもあの、確かに貴族からの要請がないとっていうのはレアかもしれませんけど……ただの魔法生物の討伐なんですよね……?」
「「ただの」ではないな。私も含めて、騎士ならだれもが興味を持つだろう任務だ。ま、魔人族と仲良しのお前だとそれほどでもないかもだが。詳細はカンパニュラから聞いとけ。」


 相談室を後にし、いつもならオレとエリルの部屋で話をするところをカラードとアレクがいるので、オレたちは部室に移動した。
「……さっきは言わなかったけど、ワルプルガって火の国の建国祭よね……? なんで魔法生物の討伐なんてのが関わってくるのよ。」
 さも当然のように先生が話していたからそういうモノなのだと思っていたらどうやら違うらしく、エリルの問いかけにアンジュが答える。
「建国祭なのは確かだけど、裏で別のイベントがあるんだよー。」
「何よ裏って……秘密の行事があるわけ?」
「国民は何が行われてるか知ってるけど、実際にそれを見たり参加したりできるのは貴族とか今の王族だけだねー。しかもそういうイベントがあるっていう事を他国の人には話しちゃいけないっていう法律があるから基本的に国外の人は誰も知らないはずだよー。」
「えぇ!? い、今オレたち聞いちゃってるけど……」
「代表に選ばれた騎士には話していいっていうか話さないと始まらないからねー。ちなみにそうやって招待された他国の騎士はワルプルガの裏を誰にも話さないっていう書類にサインすることになるねー。」
「ふむ、まぁ当然その書類とやらには魔法がかかっていて、約束を破ろうものならひどい目に合うのだろうな。」
「うん、確か丸焦げになるよー。」
 さらりとすごい単語が出てきたけど……それだけ重大な任務なのだろう。火の国の貴族や王族がそれぞれに騎士を用意して挑む魔法生物の討伐とは一体……
「そ、それで……ワルプルガのう、裏では……ど、どんなイベントが……ある、の……?」
「えっとねー――」
 そうしてアンジュが説明してくれた火の国の建国祭の裏で行われているイベントは、想像以上にビックリするモノだった。


 火の国ヴァルカノは濃い火の魔力で覆われた特殊な火山、ヴィルード火山を中心に発展した国で、フィリウスいわく無尽蔵と言っても過言ではない火山からのエネルギーで国のあらゆるモノが動いているらしい。そのエネルギーは金属の国ガルドの技術と相性がいいという事で科学力が結構進んでいて、同時に長年ヴィルード火山を研究してきた事で魔法技術――特に第四系統の技術はフェルブランド以上と言われているとか。
 火山の恩恵で科学も魔法も高い技術を持っているすごい国なのだが、一方で一度噴火すれば世界の気候を変えてしまうヴィルード火山の管理という役割を担っている責任重大な国でもある。
 で、そんな国でひっそりと行われているイベントというのは……簡単に言うと魔法生物との勝負だった。
 そう、ポイントは討伐とか殲滅とかじゃなくて勝負というところだ。
 ヴィルード火山という特殊な環境は人間に恩恵を与えているわけだが、むしろ人間以上に影響を受ける生き物――魔法生物はヴィルード火山においてはそこだけの進化を遂げているのだとか。
 火山などの熱い場所を住処とする魔法生物はそこそこいるのだが、ヴィルード火山に住むのと他の火山に住むのとでは強さが段違いらしい。
 で、そうやって進化した魔法生物の中で稀に、人間と同等の知能を持ったモノが生まれるのだという。普通、高い知能となると一部のAランクやSランクの魔法生物だけが持っているモノだが、ヴィルード火山ではランクに関係なく一定の確率でそういう個体が誕生するようだ。
 その結果、火の国では一般的なそれとは少し異なる「人間と魔法生物の共存関係」が築かれているのだという。


「基本的に住む場所は完全に別でそれぞれに生活してるんだけど、それでも資源の問題とかあるでしょー? だからあっちの代表とこっちの代表とで会議したりするんだけど、やっぱり種族が違うから互いに譲れない一線っていうのが出てくる時があるんだよねー。で、そーゆー時にそのまま戦争とかになったら困るからって、一年に一回、どうしようもない揉め事の白黒をつける為の勝負の場が用意されたのねー。それがワルプルガの裏なんだよー。」
「揉め事!? え、オレたちってそんな――国の大事がかかった勝負に……?」
「あはは、大丈夫だよー。あっちとの共存が始まってもう結構経つからねー。今更揉め事も出てこないんだよー。最近じゃあどこどこを一日貸し切れるーとか、そんなどうでもいい権利が勝者に与えられてるねー。ほとんど人間と魔法生物の交流の場だねー。」
「ふむ、この前の交流祭のような雰囲気で、今回は相手がしゃべる魔法生物になっただけ――といったところか。」
「そうだねー。少なくとも魔法生物とはねー。」
「んん? どういう意味だ?」
「人間側には結構大きな意味があるって意味だよー。ほら、うちの国の建国者ってヴィルード火山の調査に来た学者でしょー? その血筋は今も残ってるんだけど、やっぱり学者として火山の研究しててねー。そーなると昔からの由緒ある血筋ーみたいのがないんだよー。」
「えぇ? でもアンジュ――カンパニュラは貴族なんだよね……?」
「昔どこかで何かに成功して財を築いた家がそう呼ばれてるだけなんだよねー。言ってしまうとただの金持ちって感じー。だから「去年から貴族です」みたいな家もあるんだよー。」
「……それは確かに、普通とはちょっと違うわね……」
「ははぁ、なるほど読めたぜ。」
 あごに手をあててアレクがにやりとする。
「つまりそんな不安定な貴族様たちの上下を決めんのがワルプルガってわけだ。勝負の内容がわかんねーが、そこでの順位が発言権に関わんだろ?」
「そーゆーことだねー。下手すれば王族……今の王族もチェンジだからねー。」
「むう、王族ですら変わるということか。しかしそんな状態の国で王族に次ぐ力を持つと言われるカンパニュラ家の代表がわたしたちというのはどうなのだ?」
「そ、そうですよ! やっぱりオレたちにはちょっと荷が……というか今までは誰が代表を!?」
「あたしの師匠とその仲間だねー。」
「えぇ!? そ、そんなすごい人がいるならそっちに頼んだ方がよいのでは……」
「んー、今までの勝ち分があるから、今年ボロ負けしたとしても家の力はそんなに変わらないんだよねー。それよりはあたしの旦那様の顔を見たいっていうのが優先になったんじゃないかなー。」
「ダン――あ、あのアンジュさん、ご、ご家族にはオレの事をどういう風に伝えて……」
「? 手紙にもあったでしょー? 騎士兼旦那だよー。」
「だ、だからロイドはあ、あたしの……」
「んふふー、忘れてるかもしれないけど、あたしって欲しいものは必ず手に入れる主義なんだよー?」
 オレが教えたフィリウス直伝の身のこなしと、より精密な魔法制御によって行われる絶妙な威力の爆発を利用したもはや達人の域の動き――第四系統を使っているとは思えない滑らかさでオレに近づいたアンジュはむぎゅっと抱きつきぃいいああああ!!
「今回の実習って任務によっては何泊かするのが認められてるみたいだからねー。実際火の国に行くならそれくらい必要だから――んふふ、ロイドー、あたしの部屋に招待するよー。一晩でも二晩でもねー。」
「堂々と誘ってんじゃないわよ!」
 アンジュの柔らかいあちこちを受けて「びゃあああ」となるオレと炎をまとうエリルをいつものように真面目な顔で眺めながらカラードがふむふむと頷く。
「火の国という時点でタイミングはバッチリであるし、泊まりとなれば多少はじっくり探せそうだな。ロイドの武器は。」
 今まで行方知れずだったベルナークの剣の情報という事で基本的には秘密にする方向だが、『ビックリ箱騎士団』の一員であるカラードとアレクには話してある。友達相手にこういう評価を持ちたくはないが、この二人はその情報をどうこうしないという……確信みたいなモノがある。んまぁ、要するに信頼に足る二人なのだ。
 というか、二人が使う強化魔法でパワーアップすればマグマの中にも潜れるのではないか? という事で、どっちにしろ話していただろう。
「つーか火の国にはあるんじゃねぇのか? マグマに潜る魔法くらい。」
 どーなんだ? という顔でオレ――にくっついているアンジュを見るアレク。
「どーかなー。学者たちも成果の全てをあたしたちに教えてくれるわけじゃないしねー。」
「この、痴女! 変なところで回避の技を発揮してんじゃないわよ!」
 オレを中心にアクロバットにくるくるとエリルの攻撃をよけるアンジュ――というかっ!
「ちょ、あの、アンジュ、く、くっついた状態でそそ、そういう激しい動きをされると――やや、柔らかいモノがむにょむにょするしさっきから色々見えるんですっ!!」
「むにょむにょさせてるし見せてるんだってばー。」
 とろんとした微笑みを浮かべるアンジュ――!! かわいい!
「む、ロイドくんがやらしい顔になってきたぞ。ここでオオカミになってもらっては困るぞ。」
「もーロイくんてば、そういうのはボクだけに……昨日とか一昨日みたいに……うふふ……」

 ああああ……ただでさえささ、三人とのあれこれのせいで頭の中がやらしい状態なのに、色々と刺激の強いアンジュの家を訪問して泊まりって……や、やばい気がする……またやらかしそうな気がする……!
 本格的に、そうなりそうになったら自分を拘束するようなマジックアイテムとかを探しておかないと……!!



「あはははははははははっ!」
 田舎者の青年が幾度目かの理性の危機に直面している頃、形容し難い異臭の漂う暗い部屋でドレスの女が笑い転げていた。
「おま、おま――お前! ダイエットするにしても――ぶはははは! 身体の半分吹き飛ばすなんて荒技、女子学生でもしねーぞ! だはははは!」
『痩せたかったわけではないだろう。しかしさすがと言うべきか、それでも死なずに再生――いや、作り直しが始まるとは、一体どんな魔法を身体にかけていたのだろうな。』
「まぁ、見た目に反して……いや見た目通りか? 食事などには細かなところに気を配る男だからな。こういう下準備というか、保険のようなモノを用意していても変ではない。」
 お腹を抱えてひぃひぃ言っているドレスの女の傍らに立つフードの人物と老人は部屋の真ん中に鎮座する物体を眺めた。
 血と何かが混ざったような液体が広がる床の上、グロテスクな植物のツルとも生物の内臓とも表現できそうモノがグチュグチュと蠕動し、それに埋もれるように太った男が倒れていた。
いや、一見するとそう見えるのだが、実際は大きく欠損した太った男の左半身、その断面から無数のそれがのびて絡まり、失った部位を補完しようとうごめいている。
 太った男に意識はなく、舌をだらりと出してうつむいている姿からは「死んでいる」という言葉しか浮かばないのだが、時折左半身からのびるそれの蠕動に合わせて右半身が、まるで体内に何かがいるかのように内側から盛り上がり、それに合わせて太った男の口から深いため息のような空気が漏れる。
 外見的には死んでいるが内側――体内は生きているというべきか、それとも別の生物が太った男の死体の中に入り込んだと表現するべきなのか、何が起きているのかを正確に理解することは難しい。ただ少なくとも、身体の半分を消し飛ばされた太った男がそこから元の状態に戻ろうとしていることは確かだった。
「ひひひひ、ったくこのデブはたまにあたいを笑かしやが――」

『があああああああっ!!』

 太った男が転がる部屋の隣から獣の咆哮のような声が響き、ドレスの女が顔をしかめる。
「あぁ? んだ今の。」
「ああ、コルンだ。」
 廊下に出て隣の部屋――先の部屋とは見るからに作りの異なる頑丈そうなその部屋に入ると、そこでは一人の少女が暴れていた。
「ああ、お前の作品か。なんかバーナードみてぇになってんぞ。」
 確かに少女ではあるのだが、その両腕は身体の大きさを超えている上に無数の刃がはえており、髪の毛もまたその一本一本が刃のようになっている。加えて全身に雷をまとっており、八つ当たりのように壁や天井を叩く度に部屋中に電流が走っていた。
「瀕死……いや普通は死ぬのだが、ああなったバーナードを抱えて戻ってきてからというものこの調子でな。生き物の食べ方を学ばせる為にバーナードと行動させていたのだが、どうもあやつを家族か友人か、その辺の何かと認識していたらしい。」
「それでぶちキレてると? ここに来てバーナードに女ができるたぁ驚きだが……は、ありゃなかなか。」
 あふれる感情に任せて滅茶苦茶に腕を振り回す少女のもとへ、ドレスの女はすたすたと歩きだした。
『ああああああ!』
 少女の咆哮と共に、そこに誰かがいようがいまいが関係なく振るわれた凶悪な腕は、あろうことか回避も防御もしないドレスの女に直撃した。
「悪党には、生まれついての悪と悲しき怒りの物語で悪になった奴の二種類があんだ。」
 だがドレスの女の身体――肌はおろか服にすら傷一つつかなかった。
『――! るあああああっ!』
 暴走しつつも目の前に迫る者の異常さを感じ取ったのか、暴れる少女はドレスの女へと集中攻撃をしかけるが――
「後者の方はあとで正義に戻るとかいう最悪のオチにつながったりして悪としちゃあ不安定なんだが……見てて楽しいのはこっちの悪だったりすんだぜ?」
 剛腕も刃も雷も、その全てを受けてなお無傷のドレスの女はついに少女の目の前にたどり着き、少女の小さなあごを左手で下からグイッとつかみ、そのまま持ち上げた。
「だっは、見ろよこの目! 見覚えのあるいい目だぜ。ぐるぐる渦巻くどす黒さ――新しい悪の誕生だな!」
『があああっ!!』
 嬉しそうにキシシと笑ったドレスの女の首を狙い、少女がその巨腕を左右から振るう。だがその凶悪な爪は見えない何かに阻まれるように、ドレスの女の首の十数センチ手前で止まった。
「ぶはは! おいおいクソガキ、ヤル気は買うが誰を前にしてると思ってんだ?」
 笑いながら空いている右手を少女の左肩に伸ばし、ドレスの女はそこにデコピンをした。するとその見た目に反して少女の左腕は肩からちぎれ、後方へと吹き飛んだ。
『――ああああああっ!!!』
「ったく、しつけがなってねぇぞケバルライ。」
 痛みに叫ぶ少女を蹴り飛ばし、壁に叩きつけたドレスの女は後ろの老人をジロリと睨む。
「コルンは人間よりも敏感だからな。ヒメサマの異常さを感じ取ったのだろう。しつけでどうこうなりはすまい。」
「敏感ねぇ……そうか、これ人間じゃあねぇんだよな。よし、新しい悪の誕生を祝ってやる。」
 そう言うとドレスの女は右手の親指の爪で同じく右手の人差し指を切って血をしたたらせた。
「! ヒメサマ何を――」
「プレゼント、だ。」
 そしてその人差し指を叩きつけられてぐったりしていた少女の口にねじ込んだ。
『――!?!?』
 いきなり口に指を突っ込まれて目を見開いた少女は次の瞬間、全身を激しく痙攣させた後、糸が切れたように動かなくなった。
「ああ、ああ、なんて無茶を。長い年月で熟成されたヒメサマの血液は猛毒――プリオルの奴が耐えられたのは何かの奇跡なのだ。それをいきなり……」
「お前の最高傑作――になる予定のモンなんだろ? これくらい耐えとけよ。」
 ドレスの女のニンマリ顔にやれやれとため息をつきながら、老人は少女のちぎれた左腕をくっつけてそこに奇妙な色の包帯を巻いた。
「お? 意識してなかったがバーナードとおそろいで左が吹っ飛んだな! ペアルックってか!」
『欠損をペアとは言わないだろう。』
「むぅ……まぁヒメサマの肉を食べたわけではないし、おそらくは大丈夫だろう。うまく取り込んで更なる進化を遂げてくれると良いのだが。」
「ああ、そうなってくれると面白そうだ。そうならなそうでも無理矢理そうしろよ。」
「やれやれ……努力しよう。」
「んあ? 努力っつーとおい、そもそもお前らには恋愛マスター探せっつったろうが。そっちはどーなってんだ。」
「追ってはいる。あの青年の近くにちょくちょく表れている事はわかっているのだが、それはそれで近すぎて、捕まえに行くとどうしても青年と顔を合わすことになってしまう。あまり思想を変えたくない故にレコードを狙うのだから、接触は抑えたい。しかし困ったことに、表れていない時にどこで何をしているかがサッパリなのだ。」
「その「サッパリ」を見つけろってんだろうが。他の連中は?」
『確かムリフェンがもう少しでどうこうと言っていたな。』
「んああ、あいつの魔法はアレだからな。つーか一番近い奴がギャンブル頼みってどーなんだ?」
 見るからに不機嫌な顔になったドレスの女を見て老人は少し嫌味な笑みを浮かべる。
「くく、ついでにヒメサマ的には気に食わない連中も動き出したのを確認しているぞ?」
「あぁ?」
 一応立場としてはボスであるドレスの女の命令を未だ遂行できていない老人だが、まるでドレスの女の不機嫌な顔を楽しむかのように追加の報告をする。
「ワレらを『紅い蛇』と呼んで自分もその一員になりたいと憧れる悪党がいる一方、悪党の頂点を名乗るふざけた連中として目の敵にしている奴らがいるだろう? その辺のがな。」
『ほう。しかし何故今になって。』
「はっは、お主も原因の一つだぞアルハグーエ。」
『んん?』
「ツァラトゥストラの回収で何人か悪党を殺しただろう? 更に今は他のS級犯罪者を殺して回っているそうではないか。まぁヒメサマの指示なのだろうが、それがワレらを敵視する連中に火をつけた。」
『? 特別名乗って回った覚えはないのだが。』
「馬鹿みたいな強さを持ったフードの奴と言えば『世界の悪』の側近――というのは悪党界隈では有名だ。」
『側近を名乗った覚えもないのだがな。だがなるほど、そういうことか。しかしさっきの言い方からして、別の原因もあるのだろう?』
「ああ。この前スピエルドルフでワレら『紅い蛇』が勢ぞろいしただろう? その情報は当然騎士の側に伝わったわけだが、それをどこからか盗み聞いた者によって悪党の間でも今のメンバーが周知の事となった。そのメンバーらが最近、何かを探しているようだ――という事も含めてな。」
『ふむ、ということは……その何かをアフューカスにとって大事な何かと考えた連中はそれを先に自分たちが手に入れてしまおうと……そうすればあの『世界の悪』を打倒できるかもしれないと……そんな風に思ったわけだな。』
「そういう事だ。ターゲットが恋愛マスターであること、最終的にはあの青年であることはさすがにまだわかっていないようだが……ワレらをこっそりと追いかける者もいた。」
『? それはどうしたのだ?』
「バーナードのおやつになった。」
『ふぅむ……まぁ今の七人――いや六人がそういう連中に後れを取るとは思わないが、こちらの目的の支障にはなりそうだな。何かしておくか、アフューカス。』
 太った男と少女がいた部屋から歩きながら話し、ドレスの女がいつものソファーに沈んだところでフードの人物がそう尋ねる。
「んあぁ……その連中によるな。具体的には?」
「大きく動いているのは『罪人』の連中だな。」
「あぁ?」
 老人から出てきた名称を聞いた途端、ドレスの女の不機嫌な顔は怒りのそれになった。
「あの勘違い野郎共が? あたいの邪魔を? オズマンドみてーなテロリストの方がまだましな悪党の面汚しがこのあたいの!? アルハグーエ!」
『ん?』
「追加だ。他のS級に加えてそいつらも殺しとけ。ケバルライ、お前らもだ。全員に言っとけ。」
「探し出せということか?」
「あんなのの為に時間使うな。寄ってくる奴を消してけ。そうすりゃその内全員始末できる。」
「ふむ、伝えておこう。」
 そう答えると老人は滑るように部屋の外に出て行った。
『いよいよ全悪党抹殺という流れになってきたな。『世界の悪』が『唯一の悪』になる日も――ん、どうしたアフューカス。』
 ソファーに沈んでいたドレスの女はのそりと立ち上がってウェーブのかかった髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
「腹立つ名前聞いちまったからな……ちっと運動だ。」
 黒いハイヒールをカツカツ鳴らしながら部屋の外に出ていくドレスの女を眺めてフードの人物はやれやれと呟く。
『そのストレス発散でどこの何が滅ぶのやら。』



「よーロイドこの野郎っ!」
「ぎゃああああ!」
 アンジュの家からの招待で火の国の建国祭、ワルプルガに出ることになったあたしたちは……とりあえずロイドを誘惑するアンジュをひっぺがしてから詳しい日程を確認し、強化コンビと別れて部屋に戻ったんだけど、ドアを開けた途端に大きなサソリのしっぽがロイドを捕まえて――今ロイドはストカに頭をぐりぐりされてる。
 ……首にその大きなあれを押し付けられながら……!
「何事かと思ったらストカくんだったか……いや、これも充分大事だな。とりあえずストカくんはロイドくんをその柔らかさから解放するのだ。」
 ロイドの叫びを聞いて戻ってきたローゼルたちがストカをジトッと睨む。
「いーだろー、久しぶりなんだから。」
「この前会っただろうが! と、というかストカおま、そんなことしたらむぐううう!」
 ジタバタするロイドを押さえつけて更に胸に押し込むストカ……!!
「――ぷは! 殺す気か!」
「うれしーくせにこのスケベめ。」
「な!?」
 キシシと笑うストカと真っ赤なロイド……ああ、やっぱり話し方が違う……い、いえ、今はそんなことよりも……
「あんた、なんでここにいる――っていうかどうやって入ったのよ。」
「ミラに指輪借りた。本当ならロイドの近くにワープするはずなんだが、ふくれっ面のミラがちょっといじってこの部屋に飛ぶようにしたんだ。」
 相変わらず派手っていうか露出の多いドレス姿なんだけど、今はそこに首からネックレスみたいにさげた黒い指輪が加わってる。
「た、たく……で、なんの用事なんだ?」
「おう、お前ら火の国に行って武器探すんだろ? 俺も行くぜ!」
「えぇ? いや、というかなんでそのこと……」
「それはな――」

 その後のストカの話をまとめると、プロキオン騎士学校にゴーゴンっていう魔人族が潜入してたみたいにレギオンのメンバーはあっちこっちの国の主要な施設にこっそりいるらしく、当然のようにここ、フェルブランドにもスパイがいて……そいつは王城にいるらしい。
 一応王族としてツッコミどころ満載だけどとりあえず後にして……そうして潜入してる魔人族がこの前の勲章授与式でのあたしたちの会話を聞いて、それをカーミラに報告した。そして武器探し――特にマグマの問題を解決できる魔人族が派遣されることになったみたい。

「えぇ? ストカってマグマでも平気なのか?」
「いや、俺は付き添いみてーなもんだ。そいつとはあっちで合流すんだが、その時その場に他の魔人族がいた方が都合がいいんだ。んで、この前はユーリだったから今度は俺ってわけだ。」
 都合がいいっていうのの意味がわかんないけど……とにかく今回のイベントにストカがついてくるって話なわけよね……
 マグマの問題はたぶん、魔人族ならあっさり解決なんでしょうからそれはうれしいけど……このサソリ女はロイドにグイグイ来るのよね……無自覚なのかどうなのかわかんないけど……
 しかも下手すればローゼル以上の……!
「そうか……んまぁストカが一緒に来るのはオレはいいけど……大丈夫か? 日中に動くことになるぞ?」
「ローブ羽織ってくからそんなに心配すんな。ユーリみてーにバトルとなるとぐったりすっけど普通に歩くだけならちょっとダルイくらいですむからよ。」
「……無理するなよ。」
「おう。」
 ――! な、なに今の……互いを……こう、し、信頼し合ってる的な、つ、強いつながりがあるみたいな感じ……
 そ、そうだわ。今は記憶が封じられてるけど、ロイドとストカたちは丸一年間一緒に過ごしてるから……ここにいる誰よりも付き合いが長いんじゃないかしら……?
 リリーとの付き合いは二年前からみたいだけど毎日会ってたわけじゃないし、たぶん時間の合計で言ったらストカたちが圧勝。
 そういう長い関係があるから……だからロイドは記憶が封じられててもストカとユーリとはあのフィリウスさんとしゃべる時みたいな口調になるんじゃないかしら。
 ……あれ……もしかしてこのサソリ女……結構まずい相手なんじゃ……
「むぅ、何やら新たな敵の登場のような気もするが……しかし滞在中ずっとローブ姿では変だからな。少なくともそのしっぽはどうにかしなければならないのではないか? 魔人族だとバレると面倒だし、スピエルドルフのモットーから外れるだろう。」
「それは大丈夫だ。この指輪に魔法が追加されてっから。」
 そう言って首……っていうか胸元の指輪を指さすストカ……な、なんなのよその大きさは……!
「この前フルト様がこっちの軍の見学したろ? そん時にこの学校の校長がかけてくれた幻術魔法を解析してこの指輪に組み込んだんだ。便利な魔法を知れたってフルト様喜んでたぜ。」
 解析って……つまり教わってないけど一回かけてもらったそれを調べて使えるようになったってこと……? しかも学院長クラスの人の魔法を? や、やっぱりすごいのね、魔人族……
「だからこうすれば――どうよ!」
 ストカが指輪をトントンと指で叩くと派手なドレス姿が一瞬歪んで、気づけばセイリオスの制服を着たストカ――しっぽのないストカがそこにいた。
「おお、新鮮だ。いいじゃんか、似合ってるぞ。」
「だろー?」
「む!? ロイドくん、今ストカくんの服装を褒めたな! あまりそういう事を言われた覚えがないのだが!」
「えぇ!? な、何回かはあったような……んまぁ基本的に制服ですし……」
「デートの時は!」
「う……そ、そうですね……な、何も思わなかったわけではなくてですね、ドキドキし過ぎて言葉にできなかったと言いますか……」
「あん? じゃあ俺じゃあドキドキしねーってことかこの野郎。」
「びゃああ! いきなり抱きつくな! つーかドキドキって言うならいつものドレスで常にドキドキしてるわ!」
「おお、そーかそーかこのこの。」
「ぎゃああ! 幻術を解くな!」
 仲のいい友達同士のじゃれ合いに見えなくもないんだけど……でもあたし――たちにはわかるっていうか、ストカはロイドのこと…………ただ、友達としての好きも結構強いからごっちゃで見えにくいだけだわ……
 ……まったく、あたしの恋人は……



「はぁ……はぁ……」
「ふふふ。」
 薄暗く、たばこの煙が充満するその部屋の壁際に立っている奇怪な帽子をかぶった青年は目の前で行われている賭け事に息を飲んでいた。
「正気じゃない……こ、これほどの力があるというのに……なぜこんな勝負を……」
 顔はもちろん、手にしたトランプも汗でぐっしょりさせているスーツ姿の男が息も絶え絶えにちらりと周りを見る。
「そんなに金が欲しいのか……? 欲しいならくれてやるといったはずだ……S級犯罪者と勝負する気などない――なのに! なぜだ! どうしておれとポーカーなんぞをそんなにしたがる!!」
「それは、あなたが勝負強いからでしょうね。」
 男と相対しているのは赤を基調としたディーラー服姿の女で、男とは対照的に楽しそうな笑みを浮かべて質問に答える。
「ほら、どこにでもいるでしょう? 魔法を使っているわけでもないのに妙にジャンケンの強い人やくじ運の強い人。あなたはそういう、強運の持ち主なのです。加えてあなたにはこれまでの経験から得た勝負勘やここぞという時に踏み出せる度胸もある。私の魔法に選ばれるのは当然でしょうね。」
「なんの――何の話をしているんだっ!!」
「質問に答えただけですよ。さぁさぁ、読み合い睨み合いも醍醐味ですがそろそろ決着といきましょう。買っても負けてもそれほど変わらないのですから。」
「変わらない――だと……これを! この――これだけのことをしておいて変わらないだと!」
 勢いよく立ち上がった男は自分の背後を指さした。
この部屋には男とディーラー服の女と奇怪な帽子をかぶった青年以外にも人はたくさんいる。だが生きているのはその三人だけで、ちらほらと周囲に転がっている者もいるが、だいたいは男の背後にうずたかく積まれている。
「ギャンブルに関しては正々堂々の真剣勝負を望みますが、そこに至る為ならば何でもします。実際、こうしてあなたは私と勝負してくれていますからね。結果、良しです。そして私が勝ったらあなたの全財産をいただくわけですが、先ほどくれてやると言っていましたし、いらないのでしょう? そして私が負けたらあなたは全財産と同額の金を私から受け取る。いらないモノが増えてはしまいますが、であれば買っても負けても大して変わりませんよね。」
「お前が金を望むならくれてやると言ったんだ! なんなんだこの勝負は! お前は何が目的でこの勝負を――」
 怒鳴りながら、男がテーブルの上にあるトランプの束を払い飛ばそうとした瞬間、男の腕があり得ない方向にひしゃげ、その行為は空振りに終わった。
「あああああああああっ!?!?」
「いけませんよ、それは。さ、勝負です。」
 ニッコリと、何事もなく優しい微笑みを浮かべたディーラー服の女を前に、男の理性は腕の痛みと共に怒りでどこかへとんでいった。
「くそ、くそっ! イカレ女が! イカレてやがる――イカレてやがるぞチキショウ! いいぞ、勝負だ、勝負してやる、してやるよ! かかってこいクソあまぁ!!」
「ええ。では――」

 数分後、とある国で国政にすら及ぶ影響力を持っていた巨大な裏組織のボスは、部下全員の命と全財産を失い、ただただ泣き叫ぶだけの男となった。

「素晴らしいですね、あなたの力は。どこの国でも情報は魔法か機械かで管理されていますから、そのどちらにも干渉できる能力――あなたはまさに『どこでもハッカーハットボーイ』ですね。」
「ど、どうもです……」
 男の慟哭がかすかに聞こえる建物の外、奇怪な帽子をかぶった青年は何かを待つように空を見上げているディーラー服の女におそるおそる尋ねた。
「えっと……な、なにをしてるんですか……?」
「もう少しお待ちを――あ、来ましたよ。」
 ディーラー服の女が指さす方向を見上げると、数十メートル上空の何もない空間から白い腕が伸びてきていた。
「な、なんですかあれ!」
「私の魔法です。」
 ディーラー服の女の前まで伸びたその手は紙切れを持っており、ディーラー服の女がそれを受け取ると白い腕は空気に溶けるように消滅した。
「なるほど、そういうことでしたか。どうりで見つからないわけですね。となると一番行きやすそうな場所は……」
「ど、どこかへ行くんですか……? こ、今回の相手を見つけるのを手伝いましたし、その、ぼくはそろそろ……」
「いえいえ、私は皆さんほど戦闘能力が高くないのであなたの能力を借りてひっそりと行動したいのです。特にこれから行こうとするような場所は。」
 数十分前、この建物にいた裏組織のメンバー、フェルブランドの国王軍ともやり合えそうな屈強な者らを一人で皆殺しにしたディーラー服の女の「戦闘能力が高くない」の言葉にゲンナリしつつ、奇怪な帽子をかぶった青年はため息をつく。
「はぁ、どうしてこんなことに……アネウロさんがポーカー強ければ…………それで、どこに行くんですか?」
 手にしたノート型のコンピュータを開きながらの問いにディーラー服の女はニッコリと答えた。

「ヴィルード火山ってご存知ですか?」

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第二章 祭へのお誘い 

ロイドくんのやらかしもとうとう三人ですから、全員は時間の問題ですね。相手が増える可能性もありますし、おそろしい限りです。
しかし一応みんな一年生でこれですからね。学院での三年間はどうなるのでしょうか。

校外実習にて火の国に向かうことになりましたが、悪党側も動きを見せていますね。アフューカスが嫌な顔をした『罪人』とは。

そして――前回はユーリによってロイドくんの大告白がなされましたが、ストカはどんなことをしてくれるでしょうかね。

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第二章 祭へのお誘い 

再びお泊まりデートでやらかしたロイドがボコボコにされる中、セイリオス学院の行事の一つ、校外実習が始まろうとしていた。 だが時を同じくして『ビックリ箱騎士団』の面々にはとある家から手紙が届いており――

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更新日
登録日
2019-03-17

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