炬燵の中

草片文庫(くさびらぶんこ) 作

炬燵の中

茸不思議小説です。縦書きでお読みください。

 単身赴任で、東京に妻と高校受験の娘を残し、信州の茅野に住むことになった。茅野の蓼科湖の近くにある会社の研究所の管理部門に転勤を命じられたからである。この研究所は茸から薬を抽出する研究をおこなっている。所長は生化学者で茸の成分の分析では世界でも評価されており、大学教授だったのだが、この会社が引き抜いた人である。私は法学部出身で、薬の特許だとか、海外との契約やらを担当している。管理部門の部門長として特許出願の窓口として働くのである。研究所の副所長待遇で、この若さでと羨ましがられて本社を出てきた。
 蓼科湖の近くには別荘や貸し別荘がある。貸し別荘を当たってみたが、皆瀟洒な作りでかなり高い。地元の不動産屋を回った結果、空いていた農家を借りることにした。家そのものも大きいが、庭も広すぎるくらいあって、柿の木やら、枇杷やリンゴの木までが植えてある。手入れをすればいい実がなるにちがいない。
 妻と娘も見に来て、夏はここで過ごすと言っていた。庭に面して三つの部屋がある、娘は自分の広い部屋があると喜んだ。ただ冬は寒いと思われる。私はキッチンに近い八畳を自分の居間にした。みんな畳の間である。
 六月に赴任して、春は山菜、夏は涼さと、快適な生活をした。もちろん夏は娘達も夏休みを十分楽しんだ。
 秋になり、家の周りにも研究所の周りにもいろいろな茸が生え、茸のことをさほど知らない私も、写真機を持ち出してきて、茸の写真を撮り、それをブログにアップして楽しんだ。研究所の研究員達は茸のエキスパートである。それだけではなく、生活の中で茸の料理を楽しんでいた。私もそのご相伴に預かり、レシピを教わって自分でも簡単な料理をするようになった。といってもオムレツに茸を入れる程度である。それでも土日に泊まりに来た娘と妻にも振る舞って、尊敬される存在になった。
 九月の半ばになると、空気はひんやりとして寒く感じるようになってきた。この家にはエアコンがついているが、あまり大きな物ではない。夏は風通しがよかったのでほどんど使わなかった。だがエアコンだけで部屋を暖めようとすると、よほど大きな物を買わなければならない。それに相当電気を食う。長年この地で研究をしている研究所の人たちにきくと、石油ストーブかガスストーブが必要だろうという。確かに家の脇に大きな石油タンクが備えられている。
 家には作り付けの大きな納戸がある。借りるとき中の物は使ってかまわないということだった。そこで探ってみると使えそうな石油ストーブがあった。七輪や火鉢も入っている。やっぱり暖房に必要な物はそろっている。更に奥に炬燵が立てかけてあった。電気炬燵である。炬燵用の掛け布団もビニール袋にいれられてあった。とりあえずはこの電気炬燵を出しておくことにした。
 昨今炬燵を使う家は少なくなった。一つには畳の間がなくなったことが原因だろうが、やはり家の気密性とエアコンの質の向上があげられるだろう。年輩者は炬燵に足を入れた記憶はあるであろうし、火鉢に当たったことも少なからずあるだろう。両親の時代は電化製品の普及がなかった頃であり、炬燵は掘り炬燵で、練炭の七輪が使われていたという。炬燵の中で熱くなった猫がぐったりしていて、引き上げたというようなことを親たちは言っていた。炬燵の中から引き上げられた猫は酸素不足、しばらくぐにゃっと脇で伸びて、目が開いてもぼんやりしていたそうだ。だから部屋の換気には気を使ったものだということである。私が育ったマンションはすべて電気であった。その点、電気の暖房器具は喚起の必要がなく健康によいことになる。したがって私は炬燵も火鉢も知らない。結婚してから住んでいる東京のマンションにも炬燵は置いていない。

 その日曜日は急に冷えた。家の中でも靴下をはいていないと足が冷たい。そこで、炬燵をつけることにした。
 居間は私が住むにあたって不動産屋さんが新しく変えてくれた畳表で、いい匂いである。炬燵をテレビの前に置いてスイッチを入れた。炬燵布団をあげて中を覗くと、ちょっと古いタイプと見えて、赤い光が畳を照らした。赤外線炬燵である。
 靴下を脱いで、足を入れる。ほっこりと暖かい。
 寄りかかり椅子が必要である。
 納戸に行くとあった、昔風の二つに折り畳むタイプのものである。ビニール袋から出してみると、買ったばかりの物のようで、そのまま使える。
 椅子によりかかり、炬燵にはいっていると、なんだかゆったりするものだ。
 炬燵の上で新聞を開いた。新聞のニュースは昨日テレビでやっていたことと同じで、新しい情報はほとんどない。それどころか、トピックスまで同じことがある。読む気になるところは、気に入った人物が書いている連続エッセイくらいだろう。ここのところ落語家の小三治が昔のことを書いているのが面白い。それを読むともう読むところがない。
 テレビを見ると、朝のテレビドラマのあとのバラエティー風番組をやっている。
 そのとき、玄関が開く音がして「神崎さん」という声が聞こえる。日曜日の朝早くからなんだろう。
 行ってみると、研究所の庭を管理している寺山さんが顔をのぞかせている。
 「おはようさんで」
 寺山さんは地元の人で、結構な地主さんなのだが、好きで庭の管理をしてくれている。もう七十近い老人だが、もともとは市役所に勤めていて、助役までやった人である。この家を紹介してくれた不動産屋も寺山さんの親戚筋の人である。
 「あ、なんでしょう」
 「朝、はやくすまんことです、今、山に行ったら霜降りを見つけましてな、持ってきました」
 「あー、それはすみません」と返事はしたが、霜降りとやらはなんだか分からない。
 「この茸、霜降り占地といってうまい茸ですよ、秋の遅い時期にでる占地です、天ぷらだって、ゆでてそのまま酢醤油と大根下ろしなんてのもいいですよ」
 彼は玄関に新聞紙にくるまれた黒っぽい茸を置いた。霜降りとは茸のことだった。
 「すみません」
 「初めての長野じゃ寒いでしょう、必要な物があったらいってください」
 彼の家は私が借りている家からかなり離れているはずだが、と思って玄関の外を見ると、軽トラックがおいてある。山に茸採りに行った帰りのようだ。
 「炬燵を出しました、お茶でもどうです」と誘ったのだが、「うちのが茸を待っているんで、すぐ帰ります、またゆっくりこさせてください」 
 と出ていった。ここの人たちはみな親切である。
 霜降り占地という茸は初めて聞くが、後でネットでレシピを調べようと思いながら、台所にそれを持っていき、居間に戻ってまた炬燵に足を突っ込んだ。
 テレビではオムレツの作り方をやっている。
 そのとき何か生暖かいぷるんとしたものが足先に当たった。
 中を覗くと、足の先で赤外線に当たって赤く照っている茸が畳から立っている。何で茸がそんなところにあるのだろうと、手を伸ばしてとった。炬燵の上に置いてじっくり見ると、ずんぐりとした黒っぽい茸である。どうも寺山さんが持ってきた茸とよく似ている。だがなぜこんなところにあるのだろう。
 ともかく、それを持ってキッチンに行き、寺山さんがくれた新聞紙の中をのぞくと、同じ茸だ。霜降り占地というやつだ。
 奇妙だがともかく出所がわかった。
 PCをもって炬燵に戻った。霜降り占地をネットで調べると、占地の中でも特においしい茸とある。松茸より美味いと書いてあるものもある。
 占地はどんな料理にも使うのだから食べ方は何でもいいのだろう。ただ焼くだけでも美味いとある。焼いただけで美味いということは、茸そのものに相当味があるということだ。うどんに入れてもいいとあるので夜の食材として楽しみである。
 そのとき、足にふにょっとなま暖かい物が触れた。またか。
 布団をあげてみると、また茸が生えている。霜降り占地だ。どうもおかしい。キッチンにもっていって一緒にした。
 そのまま台所から庭にでてみると、勝手に生っているリンゴが色づき始めている。手入れをしていないので、虫が食ったり、いびつだったりしているが、十分食べられる。妻と子供が来ると、喜んで持って帰るだろう。柿はしっかり色づいているが、渋柿なので干すか酒をちょっと浸すかしないと甘くならない。これも、自分じゃやらないが、妻が持って帰って甘くするだろう。
 日曜日は必ずではないが、研究所の誰かを誘って近くにドライブにいくことが多い。信州には新潟、富山とまたがって、いろいろ見るところがある。白馬、黒部、それに、糸魚川など日本海側にでるのも難しくない。天気さえ良ければちょっと行ってみることができる。もちろん近くには白樺湖もあるし、八ヶ岳など有名な山々もある。秋になって感じるのは周りの山の紅葉の美しさである。まるで絵葉書のようだ。
 しかし今日は皆時間がないようで、一緒に遊ぶ人がいない。研究員の人たちはこちらにずーっと住むつもりで家を買い、家族と住んでいるのだから休みはいろいろあることだろう。それで、茅野の駅にでてお昼を食べ、レンタル屋でDVDを借りてきた。
 一人でドライブすることもあるが、今日はあまりその気にならなかったのである。炬燵を持ち出したためかもしれない。
 さて炬燵に入って今日は映画鑑賞ということである。借りてきたのは大昔のSF映画、未知との遭遇とスターウオーズである。どちらも私が子供のころ同じ年に封切られたものである。
 DVDをかけて炬燵に足をつっこんだ。とまた足にグニョグニョしたものが当たった。気持ちが悪い。
 炬燵版をどかして、布団をはいだ。畳の上から茸が何本も生えている。
 何てことだろう。畳が炬燵で温まって茸が生えてきたのだろうか。
 茸をみんな引っこ抜いた。八本もあって、すべて霜降り占地だった。もらったものと一緒にして、キッチンのざるに入れた。一日じゃ食べきれないほどの量になってしまった。それにしても気味の悪い炬燵である。炬燵を脇に動かして、畳の上を見たが、茸が生えていたところは別段変わった様子はなかった。
 再び炬燵をもとにもどして布団を掛けると、炬燵板をのせDVDを見ることにした。その後は茸が生えることはなく、とうとう二つの映画を見てしまった。
 夕食に霜降り占地を茹で、大根下ろしと合えた。おいしい茸である。信州そばにいれ茸そばにして食べたがこれがまたおいしかった。
 次の日、研究所で寺山さんにお礼を言った。
 「天麩羅もうまいよ」
 「天麩羅は作ったことがないんで」
 「奥さんに教わっときなよ、信州はいろんな茸が生えるから、天麩羅ができるといいよ」
 確かにその通りである、天麩羅を作ることができると、茸ばかりでなくいろいろ楽しめる。一人暮らしをしたことがなかったので料理はからっきしだめだが、ここに来て、少しづつではあるが新しい料理が出来るようになってきた。当然天麩羅にもチャレンジしなければならないだろう。
 
 その日は、仕事が終わるとちょっと遅くなったので、外で食事をして家に帰った。エアコンをつけたが、やっぱり足下が寒い。手近の電気炬燵がやっぱり便利だ。また、部屋の真ん中に持ってきてスイッチを押した。テレビではどのチャンネルもアメリカの大統領が日本に来ていることを報道している。都内の交通は大変だろうと思いながら見ていると、アメリカ大統領の顔が大写しになった。猿の仲間だ。そう思ったたん、ぐにょっとした感触に足を引っ込めた。また霜降り占地が生えたのか。布団をめくってみると、霜降り占地ではない。もっと背が高く黄色っぽい。
 今度は採らないで、炬燵をそのまま持ち上げ移動させた。
 黄色い背の高い茸が五本、畳の上からニョッキリ立っている。立派な茸だ。
 デジカメを持ってきて写真を撮った。
 茸を引っこ抜いてみると、採った跡は少しばかりも残ることはなかった。畳の表面はまったく変化がなくきれいなものである。新しい青畳だ。
 ネットの図鑑で調べると、黄金茸のようである。食べられるらしい。熱を通せば美味しい茸とある。黄金茸を畳の上から引っこ抜くとキッチンのかごに入れた。明日研究所にもっていって誰かに聞いてみよう。
 脇によけていた炬燵に布団を掛け、そのまま足をいれた。するとまた足に茸らしい物があたった。のぞくと生えている。炬燵を持ち上げてちょっと離れたところに置いた。
 炬燵のあったところには、三本の網傘茸が生えている。この茸は私でも良く知っている。この茸は春に生える茸のはずだ。
 脇によけて電気をつけっぱなしにしてあった炬燵をのぞいてみた。生えている。今度は滑子である。
 コードをコンセントからはずして脇に持っていった。畳の上には編傘茸と滑子が生えている。畳の上が茸の培養地になったようで奇妙だ。
 隅に置いた炬燵の中を覗いた。茸は生えていなかった。プラグをコンセントに差し込んで電気をつけた。炬燵かけをめくったままにしておいたところ、畳から茸がにょきっと生えてくるのが見えた。今度は白い茸で名前はわからない。電気がついていないと茸は生えないようだ。暖かくなるとでてくるのだろう。
 コードをそのままにして炬燵を廊下に出した。しばらく見ていたのだが、茸は生えなかった。畳の上に炬燵を置かなければ生えないようである。
 居間の畳の上には四種類の茸が生えて立っている。写真を撮って、すべて収穫した。
 茸を採ってしまうと、畳は全くのもと通りである。
 不思議なことがある。言っても誰も信じる者はいないだろう。
 次の朝、炬燵の中に生えた茸を持って研究所にいった。研究している現場にはほとんど行くことがないが、茸のことを相談できる誰かいないか管理室に顔を出した。
 「神崎さん、めずらしいですね」
 研究室の管理をしている佐原さんがデスクから立ち上がった。
 「研究員の人たち忙しいでしょうね」
 「今、培養の様子を見に行ってますから、三〇分もすると一度戻ってきますよ」
 「手の空いている人がいたら、ちょっと私のところに来てくれないか行ってください、見てもらいたいものがあるんです」
 「なんですか」
 「いや、昨日採った茸を持ってきているんだけど、名前を教えてもらいたくて」
 「ああ、種類の同定ですね、宝田先生が得意だから伝えときます」
 佐原さんは私が採ってきた茸が食べられるか知りたいと思ったのだろう。宝田さんは三十半ばの茸の研究者で、幅広い知識を持っているだけではなく、茸そのもの大好き人間で、しょっちゅう山に行って面白い茸がないか探している。
 「それじゃ、お願いします」
 部屋にもどって書類に目を通していると、一時間ほどしたときに、宝田さんが部屋に入ってきた。
 「神崎さん、茸採ってきたそうですね」
 「あ、宝田先生、すみません、ちょっと相談が」
 彼は机の上に載せて置いた炬燵でとれた茸を見て、目を丸くした。
 「これ、どこで採ってきたのです、奇妙ですね、黄金茸や滑子はともかく、編傘茸は春の茸ですよ、この白いのは白鹿舌(しろかのした)ですね、みんな食べられる」
 彼は一気にそういうと編傘茸を手に取った。目の近くに持っていって、いろいろな角度から見ていたが、首を傾げながら、
 「天然物ですね、土は付いていないけど、春の茸だから培養したものかと思ったのですけど、違いますね」
 他の物も手に取ると、
 「天然物ですね」と言った。
 「奇妙なことが起きたのですよ」
 「編傘茸ばかりじゃなく、他の茸だってこんなに寒くなったら、そんなに生えませんよ、どこか暖かい空気でも流れているところを見つけたのですか」
 「そうなんですよ、信じられないかもしれないことを言いますけど、炬燵の中に生えたのです」
 「炬燵って家の中のですか」
 「そう、畳の上の電気炬燵の中」
 「神崎さん、冗談言ってますね、培養の床に畳使って暖かくしたってことですか」
 「うーん、そういうことになるかもしれないけど、言った通りなんだ、畳の上の炬燵の中」
 彼は目を丸くして私を見た。
 「いや宝田さんをおちょくっているわけではないのですけどね」
 「茸は採りたて本物だから、どこかに生えたってことは事実ですね、その場所を神崎さんは知っているってことですね、それは信じます」
 彼は真剣な顔をしていた。
 「生えているところを教えましょうか」
 「お願いします」
 「それじゃ、五時になったら案内しましょう」
 「今じゃだめですか」
 ずいぶんせっかちだ。
 「就業時間中はまずいでしょう」
 「ああ、私たちは研究のためなら、外出も自由です。一応、研究所長には言いますけど」
 我々管理の職員とは勤務時間の認識が違うようだ。
 「私はそうはいかないと思いますよ」
 「所長に神崎さんも一緒に行くと言っておきますから大丈夫ですよ、培養に関するデータ収集ということで、どうでしょう、あ、神崎さんがやらなければいけない仕事があるなら仕方ないですね、すみません」
 「いや、大丈夫ですけど、それじゃいきましょうか」
 ということで、所長に許可をもらって、宝田さんを連れて車で家に帰った。
 「神崎さんの家ですか」
 「そう、借りています、単身赴任ですから」
 「大きな農家ですね、きっと茸の栽培か何かやっていたのではないですか」
 「そういえば、なにを作っていたのか聞いたことはありませんね、寺山さんの関係の不動産屋さんに借りたのですよ」
 「寺山さんの関係だと茸栽培だったのに違いないですよ」
 「どうしてです」
 「寺山さんは、このあたりの大地主で、茸の栽培をしていた農家の総元締めだったのですから、この農家もそうだったのに違いがありませんよ」
 そのような謂れは初めて聞いたが、納得できることである。
 彼を私の居間に通した。畳が新しく眩しいくらいだ。
 「ここに生えたわけではないでしょう」
 私は電気炬燵を部屋の真ん中において電気をいれた。炬燵かけをめくったままでにしておいた。
 彼は不思議そうに見ていたが、炬燵の中で起こり始めた様子を見て仰天した。
 「な、なんだこれは、茸が生えてきている」
 「そうなんです、畳の上に炬燵を置いて電気をつけると茸が生えてくるのです」
 炬燵の中では茸が数本大きくなってきた。
 「編傘茸と黄金茸が生えている」
 「廊下では生えませんでした」
 「どういうことでしょう、畳に胞子があったにしても菌糸が伸びなければ茸はでない、畳の上を見ても菌糸がはびこっている様子は見えない」
 「科学的に解明できますか」
 「そりゃあできますよ、まさか茸の妖異現象なんてお話の中だけですから、まず、この畳を調べなければならないでしょうね、ちょっと削って持って帰っていいですか」
 私は頷いた。
 「その前に研究室から赤外線発生装置をもってきます。畳にかけてみましょう」
 彼を研究所に連れて帰り、改めて彼は自分の車で赤外線発生装置や研究道具を私の家に運びこんだ。私も再び家に戻った。
 「畳の上の物を廊下に出していいですか」
 もちろん、私はうなずいて、一緒に炬燵を片づけ、テレビと茶ダンスもどかして、畳の上はなにもなくした。
 彼は廊下のコンセントに赤外線発生装置のプラグを差し込み肩にかけた。火炎放射器のような形をしているが火がでるわけではない。
 「赤外線は熱くなるので、炬燵と同じ程度に調達しないと畳が焦げでしまう」そんなことを言いながら、宝田はスイッチを入れた。
 八畳間全体にまんべんなく当たるように装置の放射口を動かしている。赤外線は目に見えないが、赤い光もでるようになっているので、当たっている状態は目で見ることができる。赤外線炬燵と同じである。
 なにも起きない。
 彼は畳の上を触ってみた。私も触ってみたが、あまり暖まっていない。もっとあげなければ炬燵と同じにならない。私はエアコンのスイッチを入れ、暖房の設定を三十度にした。炬燵は布団をかぶせてあるのでかなり温度は上がる。
 彼は赤外線発生器のダイアルの数値を上げ再び放射を始めた。
 すると出た。茸たちがニョキニョキ生え始めた。それもいろいろな種類の茸が顔を出した。
 「すげえ」宝田さんが驚きの声を上げた。
 昨日採った霜降り占地、黄金茸、網傘茸、白鹿舌は炬燵を置いたところと同じところに生えた。それ以外にも数種類が生えてきた。
 私は昨日起きたことをを言った。
 「きっと目には見えないけど、菌糸がそこに張り巡らされているのですね」
 「だけど、表面からはわからないし、新しい畳表だよ」
 「きっと畳の中で発達しているんでしょう」
 茸は十分な大きさになった。彼は照射を止め、写真を撮り始めた。全体を撮り終えると、それぞれの茸の生えている畳の上を拭いた綿を試料瓶に入れ、茸の種類など状況を記入した。彼が作業をしているとき玄関の開く音が聞こえた。
 「神崎さん」
 寺山さんの声だ。
 私が玄関に行くと、寺山さんが笑顔で、
 「これ、霜降り占地の天ぷら、家内がもっていけって」
 と器を差し出した。
 「それはすみせん」
 「客ですかね、車があるけど」
 「研究所の宝田さん来てますよ」
 「ああ、晃が来てるんかね」
 宝田は晃という。
 「知ってますか」
 「よく一緒に茸を採りにいくよ」
 「いま、試料を取っているところです、ちょっと上がって見ていただけますか」
 「試料ってなんですかね」
 そう言って、寺山さんがあがってきた。
 居間に通すと、畳一面に生えている茸を見て立ち止まってしまった。目が点になっている。
 「なんかね、これは」
 驚いてまともな声にならない。
 「晃が生やしたんかね」
 「寺山さん、驚いたでしょう、僕も驚いているんです、畳に熱をかけたら生えてきた、神崎さんが発見したんです、大変なことになりそうだ」
 宝田は生えている茸を採取し始めた。それぞれを試料袋に入れて状況を書いていく。手元の紙にはすでに畳のどこにどの茸が生えていたか地図が描かれている。
 「霜降り占地まで生えているじゃないの、これみんな食える茸だ、なぜ生えたんだい、奇妙なことですな」
 寺山さんはあまりの不思議なできごとに我を忘れ得ている。
 私は二人に言った。
 「こちらで、お茶でもどうですか」
 キッチンに二人がきたので、茶を入れてだした。テーブルに家内が送ってきた東京の羊羹を出した。
 「奇妙なことが起きて、宝田さんに相談したんです」
 「不思議ですけど、きっと、科学的に解明します」
 宝田さんはいきごんでいた。寺山さんは考え込んでいる。
 「どうしたんです」
 「いや、以前この家にすんでいた人のことを思い出しましてね、水野さんていう夫婦ですけどね」
 「きっと、茸の栽培をやっていた人でしょう」
 宝田さんが言うと寺山さんはうなずいた。
 「いい茸を作っていたんだけどね、意地悪をされましてね、それで首をくくって死んじまった」
 「ここで、首をくくったんですか」
 ちょっと気味が悪くなった。
 「いや、自分の山の中ですよ、それももう二十年前になりますね、そこで、椎茸のホダギ栽培をしてたんですよ、椎茸には適した風通しと、光の当たり具合のよい、いい山だった。彼の椎茸は毎年品評会で入賞をして、一度は大賞をもらったことがあるほどでしたな、ところが、隣の山の持ち主ともめていましてね。隣の山でも茸の栽培をやっていたんです。境界のことでもめていたようだけど、それは大したことはなかった。ところが彼の奥さんが隣の山の男とできちまった。自慢のきれいな奥さんだったね。隣の山の男は遊び人でね、きまじめな彼とは全く違うから、奥さんちょっと魔が差したんだね、言葉巧みに遊ばれちまった。奥さんの方は堅く口を閉ざしていたのだが、男が周りに自慢して言い触らした。
 彼は悩んだんだな、とうとう首をつっちまったんだ。
 奥さんが一人でこの家に住んでいたよ、茸の栽培は隣の山の男がやっていた。この家に出入りしていたようだから、一人になっちまった奥さんがその男を頼ったんだろう。奥さんは農協で働いていたな。
 彼が首をくくってから十五年ほど一人で住んでいたけどね、ところがある日、毒茸に当たって死んじまった。子供もいないし、この家は今は新潟に住んでいる彼の弟のものでしてね、不動産屋が管理しているってわけです。
 あの八畳の部屋は奥さんが使っていた部屋ですよ、でも畳表は新しくしてましたよ」
 寺山さんはそんな話をしてくれた。しかし話してくれたことと、炬燵の下から茸が生えることは結びつかない。宝田君も黙って聞いていた。
 「ともかく、茸があそこの畳から生えるのはとても不思議なことで、畳表に少なくとも菌糸がでていなければ茸も生えてきませんから、それを調べます、それだけではないんですよ、果たして赤外線がどのような効果なのか、とても面白いことです、原因が見つかると、みんなが驚くようなことかもしれません」
 宝田君の言う通りである。お茶を飲んだあと二人とも帰って行った。

 宝田君は彼の本業の茸からの薬物質抽出に精をだす傍ら、炬燵の茸の解明に没頭していた。
 電気炬燵はあれから使っていない。部屋も使っていない。隣の部屋を居間にしている。庭に面した三つの部屋の真ん中である。十畳と広い。
 十一月になり、あまり多くはないが雪が降った。廊下のガラス戸を閉めて、さらに障子を閉めてもかなり寒い。エアコンをつけたがやっぱり炬燵がほしくなる。六畳から炬燵を持ってきてつけた。中を覗いていたが茸は生えなかった。やっぱり六畳の畳のせいだったのだろう。
 宝田君が、調べていることの途中経過を知らせてきた。
 「面白いことがわかりましたよ、畳表に菌糸は全くありませんでした。ところが、あそこに生えた茸の胞子がたくさん付着していました。そこで胞子に赤外線をあててみたのですが全く菌糸も茸も生えません、それで畳表に胞子をつけて赤外線を当てたのですが、それでもだめでした」
 「ということは、僕の家のあの部屋の畳じゃないとだめと言うことだな」
 「そうです、それじゃ畳を切り取ったらいいよ、あとで畳はこっちで直すから」
 「いいですか、それじゃ、これからもらいに行きたいのですけど」
 宝田君は研究となると一途である。
 そういうことで、彼は八畳の畳を上げ、結局そのまま一つ持って行ってしまった。私は不動産屋に同じ畳をたのんでもらった。
 その数日後である。
 宝田君が報告に来た。
 「すごいことがわかりました、神崎さんの家の畳表に胞子を撒いて赤外線を当てたのですが茸はでてきませんでした、だけど畳床と一緒だと胞子から直接茸がでてきました。これは常識を覆します」
 世界がびっくりするだろう。菌糸を作らずいきなり茸が出来るなど大変なことだ
 「そこで畳屋さんから新しい畳を買って試したのですが、だめでした、あの部屋の畳じゃないとだめです」
 「どうしてだろう」
 「あの畳床はずいぶん古い物のようで、神崎さんの家の前の持ち主が亡くなった頃からの物のようです、畳床からなにがでるか抽出します、その成分が胞子に何か変化かを与え、赤外線に反応して、茸を生やすようにしているのでしょう」
 彼の話は科学的ではあるが、本当にそうなるだろうか。
 やはりその後はなかなか進展しなかった。ただ胞子が茸に変化する遺伝子レベルの研究はある程度進んでいるようだ。証拠として、胞子から直接茸が生じる映像を撮影したものを見せてくれた。

 暮れになった。妻と娘が雪の中の正月を経験してみたいと、三十日に来ることになった。
 初めての本格的な雪の国の冬なので、研究所の人や寺山さんにいろいろ教わった。野菜の貯蔵方法、暖房のとりかた。東京とはずいぶん違う。部屋の中は石油ストーブが一番暖まる。エアコンとの併用である。ガスはプロパンなので、暖房に使うとすぐなくなるから、風呂ぐらいにしてしておいた方がいいと言われた。もっとも、こちらの方でも新しく建てられた家には最新の電気暖房設備があるので、エアコンでも十分なのだろう。
 家族が来た日は天気が良く、雪もあまり積もっていなかった。娘は夏に来た時に使った部屋がお気に入りで、今わたしのいる十畳を明け渡すようだだをこねた。それで、私の部屋はまた八畳にもどった。といっても、家族が来ているときにはほとんどこの部屋は使わない。一番奥の広い部屋が家族の集まる部屋になる。立派な床の間もついている客間である。テレビもそちらに移動してある。
 家族が来ているときには、寺山さんがつきたての餅を持ってきてくれたり、信州のおいしい酒を差し入れてくれたりした。
 大晦日も元旦も東京のマンションにいるときとはずいぶん違う雰囲気の中ですごした。晴れていたので、大晦日の夜、庭にでて空を見上げたら、たくさんの星が降ってきそうな勢いで瞬いている。娘は寒いから中に入ろうと言っても、なかなか入ろうとしなかった。
 昔ながらの風呂にはいり、ビールを飲みながらテレビを見る。そばを食べながら年をこした。どこからか除夜の鐘が聞こえてくる。本当に始めての経験だ。
 元旦の朝もいい天気であった。寺山さんの奥さんの手作りのおせちを食べ、何とも時代が昔に帰ったような気分でゆったりした。
 四日には家族が帰り、五日から私も仕事が始まる。
 家族を駅まで送って家に戻ると、居間で炬燵をつけた。八畳を使うのは久しぶりである。茸が生えることなどすっかり忘れていた。
 テレビをつけて、足を入れるとあの感覚が戻ってきた。足先にぐにょっとしたものが触れた。
 中を覗くと、茸がたくさん生えている。茶色の茸でいかにも美味しそうである。今まで生えた茸は食べられる物ばかりであった。これもきっとおいしい茸なのだろう。夕飯に食べよう。
 全部採ってキッチンのザルに入れた。
 もっと生えてくるかと炬燵に入っていたのだが、もう生えてこない。それで、ちょっと炬燵を移動させた。すると、また茸が生えてきた。また同じ茶色の茸である。
 それもキッチンに持っていった。今日はこの茸の天麩羅でも作ってみようか。家内に天麩羅の作り方を教わったのである。試してみたい気分である。
 もう一回炬燵を移動して茸を採った。
 キッチンのザルの中は茶色の茸で山盛りである。
 夕方、寺山さんがおせちの器を取りに来た。
 「あ、おめでとうございます、美味しくいただきました、ありがとうございました」
 器を返し家内が持ってきたみやげを渡した。
 「お子さんたちは楽しまれましたかの」
 「ええ、夜空もきれいだし、静かだし、いい暮れと正月でした、このおせち、おいしかったです、奥さんにもよろしくお伝えください」
 「晃は暮れも研究所にきていたよ、彼は独り者だからね、それでやっぱりおせちを差し入れしたんだ」
 「そうでしたか」
 「なんだか、上手くいってるようで、嬉しそうでしたよ」
 「新しいことが見つかるかもしれないのですよ、彼は楽しいでしょうね」
 「そうだろうね、炬燵から茸なんて不思議だもんね」
 「あ、そういえば、今日も炬燵から茸がとれました、これも美味しそうですよ」
 私はキッチンからもってきて、ザル山盛りの茶色の茸を見せた。
 それを見た寺山さんの顔が緊張して、青くなったように見えた。
 「か、神崎さん、それは猛毒の茸だで、捨てや」
 怒鳴るような声をだした。私は驚いてザルを玄関の床に置いた。
 「それは、食える茸とよく間違えるんだ、食っても死なないが、焼け付くように手や足が痛くなって、寝ることもできない。それだけじゃねえ、酷い痛みが一月も続く、やっけえな茸だ。このあたりじゃ余り出ない茸でね、知っている者があまりいねえ、毒笹子っていうんだ」
 寺山さんは土に埋めろと言う。それから、さらにこんなことを言った。
 「この家の奥さんが毒茸を食って死んだことは話したでしょう、食べた茸とはこいつのことなんだ、もう寒くなってからだったな、どこでみつけたのかわかんねえけどね、毒笹子をたくさん食っちまった、それでねあまり苦しいんで、亭主が首つった山の中に入って、走り回って死んじまった。自殺のようなものだ、それにな、その茸を、相手の男も食って、自宅で一月も痛みに苦しんで、魂が抜けてしまって、白痴になっちまった、外をふらふら彷徨って、親戚筋は困っておったな」
 それから、はっと訴えるように私を見た。
 「あの炬燵の中に生えた茸を食ったのかもしれねえ、神崎さんあの部屋使わんほうがいいかもしれんよ、畳全部変えるように不動産屋に言っとく、それじゃ今年もよろしく願います」
 と、逃げるように帰っていった。
 まさかとは思う。炬燵の中に食べられる茸を生やし、次に知られていない毒茸を生やす。これも食べられると思いこんだ人間がそれを食べて苦しむ。あの部屋で、あの炬燵の中で、この家の主人だった男の妻の足が、憎んでも有り余る男の足と触れ合う。そんな場面が目の前に浮かぶ。それをもし主人が見たらどう思う。主人の使っていた炬燵だって何か感じたのじゃないだろうか。偶然かもしれないと頭の中では思うのだが、隅っこでは、なにかうじうじと科学では説明できない気味の悪い何かが渦巻いている。
 私は部屋に戻ると、炬燵のスイッチを切った。

炬燵の中

炬燵の中

寒いところに越してきた。電気炬燵を付けると、こたつの中に茸が生えた。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-03-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted