冬のドライブ

 いのちを、あたりまえだけれど、たいせつにしてほしい。
 きみが、ぼくのことを好きな気持ちは、きっと、まやかしだよ。車のなかで、きみからされた告白に、ぼくはそう思った。でも、ありがとう、とも思った。好かれるのは、わるくないし、ぼくもきみのこと、好きだから、さ。好きの種類が、ちがうだけで。
「きみのこと、好きだけれど、そういう好きじゃない」
 ぼくは、はっきりそう、言うべきなのだろう。けれど、ぼくが、きみの告白を、気持ちを、そういうふうにあしらってはいけないような気がしたので、言わなかった。さいきん、ぼくの母親が、不倫していた相手から別れを切り出されて、マンションの屋上から飛び降りたので、ぼくは、ちょっと、いや、かなり、そういうことに対して、敏感になっていた。
 夕方になると、星が、みえた。
 星は、どこからでもみえると思っていたけれど、みえないところもあって、真夜中でも、灯りがまぶしい都会は、星が、あんまりみえないのだった。いま、ぼくが住んでいるところは、星よりも、高層ビルの屋上の、赤いランプがよくみえた。ぼくが生まれた町は、家も、街灯も少なく、真夜中に営業しているお店も、仕事をしているひとたちも、いなかったので、夜は、ただひたすらに闇で、数えきれないほどの星が、夜空に散らばっていた。
「たいせつにするから」
 ハンドルを握り、前を見据えながら、きみは言った。
 その通り、きみはぼくのことを、たいせつにしてくれるだろうと思った。いままでに、何人の恋人がいたかわからないけれど、おそらく、みんな、たいせつにされていたであろうことは、想像できた。きみは、やさしかった。おっとりしているようで、ちゃんとしていた。安全運転だった。きみのやさしさに、救われたひともいたかもしれなくて、ぼくもたぶん、そうだった。救われたという実感はないけれど、きみは、いつも、ぼくがくるしいときに、となりにいた。くるしくないときでも、となりにいた。

よろしくおねがいします。

 車のヘッドライトが点灯すると、星はみえなくなる。
 冬は、夜が長いから、あまり好きではないのだけれど、星がきれいにみえるから、きらいではない。
(明日も仕事で、きみも仕事で、ぼくたちはきょう、恋人という関係になって、毎日、仕事に行くみたいに、あたりまえのように、きみのこと、恋人として意識できるかは、ごめん、ちょっと、わからないんだ)
「こちらこそ、末永くよろしく」と言った、運転席のきみの声が、少し震えていた。
 これでいいんだ、これで、まちがってない。ぼくは、自分に言い聞かせながら、窓の外をみた。高速道路の外壁の上に、ひときわ光る星がぽつりと、ぼくを憐れんでいるようだった。

冬のドライブ

冬のドライブ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-20

CC BY-NC-ND
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