骨茸

骨茸

茸不思議小説です。縦書きでお読みください。

   

 私の住んでいる町の外れには、古墳だと言われている小さな山というか、丘というか、小高くなっているところがある。子守山と山の名前が付いている。
 雑木林に覆われている子守山を登っていくと、かなり広い野原にでる。そこからは広く町を見渡すことができるだけでなく、四季折り折りの草花が咲いて、散歩にはもってこいのところである。
 私有地だそうだが、頂上の広場にはいくつものベンチがおいてあり、地主さんが、土地を市に提供してからも管理をしているようだ。奇特なことである。
 子守山の周りには他にも古墳と思われる小高い丘がいくつもある。その中でも子守山は歴史やゆわれがあるようで、町史には随所にでてくるという。大昔この町はかなり栄えていたらしく、町の発展に子守山抜きでは語れないようだ。
 子守山は町の駅からバスで十分ほどのところにあり、麓の上り口に停留場がある。その脇には市の建てた休憩所もあり、公営トイレも設置されている。
 子守山にいく道沿いに川がながれていて、すぐ下が広い河原になっていて、五月には蛍も飛び、町の人が楽しみに来る。どの季節でも爺さん婆さんがうろうろしているので、小学生などは爺(じじ)守山と馬鹿にしている。
 私も退職してから、何度となく家内と一緒に行った。家内はスケッチブックをもっていき、花を描いて絵手紙にしている。私はそのような趣味を持っているわけではないが、散歩は嫌いじゃないので付き合っている。
 町の図書館で郷土誌を見ていたとき、子守山について書いてある文が目に留まった。この地は東北の入口といった山間に発達した町である。かなり昔のことになるが、子守山付近には大きな集落があって、ある豪族がそのあたりをまとめていたようだ。豪族の名前や素性などは書かれておらず、抽象的なまとめ方しかしていないが、書いた人は子守山がその豪族の作った古墳の可能性もあることを指摘している。
 
 その日、都内の会社に勤めていた時の部下が遊びに来た。私の行きつけのちょっとしゃれた、地物を食べさせてくれる小料理屋、「高塚」に彼を連れていった。
 「ここは、都内から一時間なのに、とても自然が豊かでいいですね、それに、町もしゃれている」
 彼はそういって町をほめた。確かに、ただの田舎ではない感じがあって、私も気にいって、三十代に移り住んだのだ。子供のためにもよいと思ってそうしたのだが、当初は今と違い、交通の便が必ずしも良くなく、都内に通うのが大変だった。すでに子供たちはすでに独立し、夫婦二人暮らしである。
 料理屋、高塚の主人は大学時代に人類学を学んだ人で、卒業研究で古墳をとりあげ、この地に調査にきて、そのまま居着いてしまった男である。高塚とは古墳を意味する。
 彼の青森の実家が地元の名家で、地魚の料理割烹を営んでいたことから、手伝いをしていたこともあり、料理をすることには慣れていた。研究者にならなかった彼は、趣味として古墳研究を続けたいと言う思いもあり、この町で店を構えることにした。いったん五年ほど実家で修行をした後、親を説き伏せてこの町に店を持たせてもらったということだ。ちょっと苦労が足りないところがあるが、その分余裕があり、この町の地物にこだわった材料の料理はすばらしい。菜のもの、果実、米、川魚、醤油、酢、味噌などの調味料はすべてこの町でとれたり作られたりしたものだ。もちろん酒もそうである。ただ、海がないことから、海のものは青森の実家を経由して新鮮で味の良いものを送ってもらっている。それを目当てにやってくる町の人も多い。
 「東京じゃうまい魚がいくらでも食えるから、ここでは地のものの料理を頼むけどそれでいいね」
 「それはいいですね」
 親爺さんにお任せで頼んだ。
 「今日は、子守山の茸がはいったよ」
 私よりちょっとばかり年上の主人は嬉しそうに料理を始めた。
 「最初から酒にするかい」
 「いや、ビールがいいですね」
 彼はビールを注文した。
 「それじゃ、私も」
 ビールとともに運ばれてきたのはお通しの沢蟹の唐揚げ二匹である。ここのお通しはいつも蟹だ。
 「これはこの町を流れている子守川の上流に行くとたくさん獲れるようだよ」
 「へーえ」
 まだ、三十になったばかりの彼は珍しそうに箸をのばす。彼は確か東京の生まれで、生まれたときからマンション暮らしだったはずだ。沢蟹など触ったことはないだろう。
 「丸ごといっちゃうんですね」と、沢蟹を口に運ぶとかりかりと噛んだ。
 「旨いですね」
 「ビールも、この町のクラフトでね、蒟蒻ビールっていうんだ、このあたりは蒟蒻や大豆がよくとれる」
 「本当に美味しいビールだ、意外とさっぱりとしている」
 冷奴がでてきた。
 「豆腐はもちろん、味噌醤油の味は格別だよ」
 「いいところに住んでらっしゃいますね」
 「あたりだったよ」
 「おそくなりましたけど、おかげさまで、今度係長になることになりました」
 彼はそれを報告しに来たようだ。私の下で働いていた男で、私のやめる二年前に入社した。よく気がつく男で、前からいる若い連中を跳び越して上にあがったようだ。
 「ああ、そうだったの、それはおめでとう、でも大変だろう」
 私がやめた後は、課長だった男が部長になった。私が推薦しておいたのがそのまま通ったので、私の課は大きな変化がなく、うまく流れにのっているようだ。
 「ええ、ちょっと気を使いますけど、いい人たちで助かります」
 「部長はどうだい」
 「白鳥さんの方式を受け継いでいらっしゃるので、とてもやり易いです」 
 私は白鳥正夫という。
 課長も元係長だった女性が昇進した。係長のポストはしばらく空いていたようだが、今度彼がなったわけである。
 「白鳥さん、イノステできるよ」
 カウンターから、主人の唐沢一彦が声をかけてくれた。
 「いいのが入ったの」
 「うん、かなりいいものだよ」
 「それじゃ、頼むよ」
 「イノステってなんですか」
 彼が不思議そうな顔をした。
 イノステとは猪のステーキである。猪の肉をステーキで出す店、日本でここが最初かもしれない。若い猪がとれた時のみ、堅い肉を牛肉のような噛みごたえに処理して、焼いてくれる。どんな処理をするのか企業秘密と教えてくれないが、歯のいい若い人には噛みごたえがあり、味も滲みだしてきて美味いはずである。その説明をした。
 「猪の肉は長野の宿で食べたことがありますが、ずいぶん堅かった」
 「この店のはずいぶん柔らかくて驚くよ」
 蒟蒻玉を出汁で煮たピリ辛のつまみがでた。
 「うまいですね」
 十分ほど待っただろうか、じゅうじゅう音を立てている猪のステーキが鉄板にのってでてきた。
 「若い猪だから特にうまいよ」
 と主人自ら料理を運んできた。
 「これ唐沢さんが仕留めたの」
 彼は狩猟もやる。
 「いや、昨日は別のことで忙しかったので、仲間が捕ったのを分けてもらったんだ」
 「忙しかったって、なにかあったの」
 「子守山に茸が生えたんで、それを採りにいったんだ」
 茸採りより狩猟の方を好む男のはずだが、珍しいこともあるものである。私の顔にそう書いてあったと見えて、主人は補足した。
 「この十数年生えなかった茸でめずらしいものでね」
 「それじゃ、僕も見たことがないやつだな」
 「実は私も始めて見たんだ、子守山の麓のお百姓さんが教えてくれたんで」
 子守山のあたりには、大豆や蒟蒻の畑がたくさんある。
 「何という茸」
 「正式の名前じゃないけどね、このあたりじゃ、子守茸といってね」
 「大将はここに長いんでしょう、それなのに、見たことがないとは珍しい」
 「うん、十数年前に高校の生物の先生が一本見つけて、写真を撮ったきりなんですよ」
 「そんなに希な茸なのに、子守茸と名前が付いているのはわけがあるのかな」
 「高校の先生も名前がわからなくてね、私が調べた子守山の古文書にでてきたので、高校の先生に教えてあげたんだ、ここに飲みに来る人だったのでね」
 「古文書っていうのはいつごろのもの」
 「もう数百年も前のものらしいよ、茸の絵が描いてあって、色の具合などの記載があって、一致したんだ」
 「それで、ご主人、その茸どうしたの」
 「美味いんだけど、何せ一本で、店に出すことはできなくてね」
 「それ食べたいな」
 「いつかまた採れたらとっとくよ、他の茸もたくさん生えていたので、あとでだすから」
 ということで、その幻の茸は食べることはできなかった。
 「僕も食べてみたいな」
 彼は猪のステーキをほおばりながら、話を聞いていた。
 それから地元の材料の料理が出て、堪能した彼は、また来ますと、終電に乗って帰っていった。

 そんなことがあって、二日後のことである。東京にちょっとでてきて、夕方家に帰ると、家内が「高塚から電話がありましたよ、例のもの入ったと伝えてくださいって」
 と言った。
 「そう、そいじゃ、今日は高塚でいっぱいやってくる」
 「いいわよ、私は、絵の会の人たちと、夕食食べるの」
 そういうことで、高塚に一人で入った。家内は飲まないので、あまり一緒にくることはない。
 「お待ちしてましたよ」と、主人の唐沢が、二人席に案内してくれた。いつもカウンターなのに珍しいこともあるものである。カウンターが混んでいるわけではない。
 「昨日、四本も子守茸を見つけたよ、今年はいろいろな茸が生えていな、茸の当たり年だ」
 「連絡どうも、茸だろうと思ってきましたよ」
 「それでね、ちょいと、お願いだがね、私も一緒に飲ませてもらっていいかね」
 何だろう、珍しいこともあるもんだ。もちろんうなずいた。
 「そりゃもう、どうぞどうぞ」
 この店は、息子夫婦も手伝っているので、主人が飲んでいても問題がない。
 「あたしも、子守茸をちゃんと食ってみたいんでね」
 「そうか、食べたことがなかったんだ」
 「こないだの一本は、焼いて、細く切って、息子夫婦とかみさんで、少しずつ食べたのですわ、それは何と言っていいかわからないほど美味かったけどね、十センチほどの茸一本だけだったから、それで、今回白鳥さんに二本あげて、後の二本をまた皆で食べようといったら、息子夫婦とかみさんが、今日は父ちゃんの誕生日だから、食べてよというのでね、それで、家族の前で俺だけ食べるのはちょっと気になったので、白鳥さんと一緒に食べるならと思ってね」
 「ああ、そりゃ、おめでとうございます、、光栄のいたりですな、今日はわたしがもちますよ」
 「いえいえ、茸は代金をとらんで、どうぞ一緒に食べてやってください」
 ということで、大将と一杯飲むことにした。
 いつものように沢蟹の唐揚げから始まって豆腐がでた。
 「最後にこの茸を食べていただきます」
 息子さんが笊に乗った子守茸を見せにきた。生の茸の傘は緑っぽい。柄は白い色で、そんなに珍しい形をしているわけではない。
 「色はあまり美味しそうじゃないですね」
 息子さんは、
 「そうですね、ところがとても旨いんですよ、熱を通すと普通の茸の色になりますよ、親父と楽しんでください」
 笑いながら、奥に持っていった。
 「ねえ、白鳥さん、このあたりの歴史に興味があったよね」
 大将がビールをぐっと喉に流し込んで聞いてきた。私は大学では歴史を学んで、大学院を途中でやめた。少しは研究に従事した経験がある。
 「この間も図書館で、子守山のことをちょっと調べましたよ、あのあたりに豪族が住んでいたことが書かれてたけど、詳しくはのってなかった」
 「そうでしょう、子守山については、中央の方が資料はあるんでね」
 「そうか、大将は人類学だった」
 「このあたりは面白いことに中央の方が着目していたんだ」
 「江戸ですね、そんなに遠くないし」
 「いや、違うんで、中央ってのは、京都、奈良なんで」
 てっきり江戸の幕府のことかと思ったので、ちょっと驚いた。
 「ずい分遠いのに、京都や奈良がこっちの方に目を向けていたなんて不思議だな、天皇家ですか」
 「そうなんですよ、だから子守山のことを調べるのは、国会図書館はもちろんだが、京都の大学図書館などの方がいいんでね、私も学生時代、向こうでここを知ったんだから」
 「どうしてあの山が重要だったんだろう」
 「そうなんだな、御門(みかど)がこの町、いや村だったのだと思うが、あんな小さな山を気にしていたのかわからんのですよ」
 「御門の先祖の関係者の墓だったのかな」
 「子守山は古墳じゃないんだよな」
 私はちょっと驚いた。市の古墳群のパンフレットにも、子守山は古墳として載っている。確かに誰も確かめた者はいないようではあるが。
 「じゃあ、何だったのだろう、ただの山だったとしたら、御門がそんなに気にするわけはないからな」
 「古墳ではないけれども、墓だった可能性はあるけどね」
 「誰の」
 「不特定多数で、もしやもすると、人間ではないよ」
 奇妙な答えである。彼は独自の考えをもっているようだ。
 「そんな冗談でしょう、宇宙人の墓だったなどというのはSFの世界ですよ」
 彼は笑った。
 「いや、そんなに突飛なのじゃなくて、人間は人間だけど、今の人間ではないかもしれない」
 山鳥の鳥焼きがでてきた。おいしい。
 「酒にしましょう」
 「ところで、大将、いくつになったのです」
 「六十九ですよ」
 「とてもみえないな」
 「白鳥さんもとても六十六にはみえないね」
 酒がきて何杯かやりとりをした。
 「人間だけど今の人間じゃないうってのは、過去の人種みたいな」
 「うん、そうだな、そのようなものかもしれないな」
 「それが、この町にいたわけか」
 「京都のある神社の倉に眠っていた書物に、子守山という山のことがあってね。京から遠い東の国にあるとあって、子守川のことも書いてあった。地形の描写からすると、この町に間違いないんだな」
 「向こうから見たら、野蛮な地なのに不思議だな」
 「うん、その古文書に、奈良の五條から娶った嫁が、子供をどんどん産み、その子らが、異常なほどの不思議な能力を発揮するので、なみの者には子育てができないとあってね、子供たちは人としどこか異状だったようだ」
 「不思議な能力というのはなんだろう」
 「その当時でいえば、陰陽師のような、それとも、人の心を読めるようなものじゃなかったかとふんでるんだがね」
 「でもそれだけなら、育てるのに苦労はないね、むしろ楽じゃないかな」
 「五條から娶った女は、どうも獣食(じゅうじき)だったようなんだ」
 「獣食というのは、動物を食らうこと」
 「そう、生肉を食らう女だったらしきことが書いてあった、とても妖艶で、その貴族は女を手放すことができなかったらしい」
 「会ってみたいものだな」
 「確かに、それにすごいことが書いてあった、子供を三ヶ月で産むとあった。十月十日じゃないんだな、それで、年に三回も四回も子供を産むことができた女らしい」
 「それじゃ人間じゃないんじゃないかな、他の生き物だ」
 「そうなんだ」
 「それに、子供がどんどん増えるじゃないですか」
 「そう、特殊な能力を持った子供が、どんどん増える、それに、その母親が獣食だったということは、これは私の想像だけどね、子供を食おうとしたのではないかと思うんだ」
 「え、子供を食う、ちょっと信じられないな」
 「そう、信じられない、それでその貴族は生まれた子どもをどこかに葬りたい、といって殺してしまうわけにも行かない、特殊な能力は将来役に立つかもしれない、誰かに育ててもらおうと考えた」
 「それで、ここの子守山の豪族に頼もうと思ったわけですね、でも、何故ここのことを中央の貴族は知っていたのだろう」
 「このあたりには、獣と話ができる者がいたらしくて、そういった人間が京都などに流れて、御所でお勤めをもらったのではないかと想像しているんだが」
 「動物の言葉がわかる人間がやとわれたわけですね、それで、そいつの生まれたところに頼もうとなったわけか」
 「その子供たちを手懐け、飼い慣らしてくれると考えたのではないかな、というストーリーを考えたわけだよ」
 主人はなかなか想像力に長けている。そこへ、丸焼きにされた緑の茸がでてきた。確かに焼いてしまうと緑の色がほとんど消えて、茶色っぽくなっている。
 息子さんが、
 「暖かいうちに食ってください」と勧めた。
 そこで、話を中断して、焼き茸を味わうことにした。
 「これは美味そう」
 私は茸を醤油に少し漬け、頭からかじった。茸の頭がすぽんと抜けて、口の中に残った。噛んでみると、説明のできない香りが喉から鼻に香ってきて、松茸のような歯触りで、何かの肉汁のような美味しさが口中に広がった。上等な牛肉のようでもある。
 「確かに美味い茸だ、今まで味わったことのないものですね」
 そういって、私は箸の先の茸を見た。頭の部分を齧りとったつもりだが、白っぽいものが残っている。なんだろう、今度は柄のところに醤油をつけて、裂くように茸をはぎ取って食べた。
 美味しい。箸をみると白っぽいものが残っている。なんだか、魚の骨のようだ。
 唐沢の大将も茸を食べた後の白っぽい筋を皿の上に出している。
 私はそれをしげしげと見た。やっぱり魚の骨の一部のようにしか見えない。今度はもう一本の茸を手に持って、口に入れ、引っ張った。すると、するっと、骨のようなものが手に残って、口の中には茸の香りが充満した。
 唐沢の大将もそれを見ていた。
 「何でしょう、骨のようなものが茸からでてきた」
 彼も考え込んだ。
 「骨にしか見えませんな、実は家族で食べたときにも、このようなものが残ったのですがね、何かを巻き込んで茸が大きくなっちまったのかと思ったら、すべての茸にある、やっぱり骨ですよ、骨のある茸のようだ」
 「そんなものがありますかね」
 「ほら、よく見てくださいよ、小さいけど、背骨のようなかっこうをしているでしょう」
 私は二つの骨を見比べた。全く同じ格好をしている。茸の中にあったとしか思えない。偶然ではない。
 「この骨、友人に調べてもらいますよ」
 唐沢の主人は人類学の出身だから、研究を続けている知人もいるのだろう。
 「形質人類学に友人がいましてね、もう退職してるけど、私の卒業した大学の教授をやってました、骨の専門ですよ」
 「それはいいですね、茸に骨があるわけはないので、何かを取り込んでしまったのでしょうね」
 それから、またまた彼と酒を何杯かやりとりをした。今日よく飲める。
 「子守山のことは途中になってしまいましたが、どうです、店が休みの時、一緒に行ってみませんかね」
 「それはいいですね」
 ということで、そこで話を終わりにすることにして、茶をもらった。
 高塚の次の定休日に子守山に行くことになった。
 
 子守山に行く日、唐沢さんから電話があって、昼はお弁当を作ったので、用意しないように、ということだった。駅のバスターミナルを十時発のバスに乗るという。
 バス停にいくと、唐沢さんがすでに待っていた。大きな籠を背負っている。籠の中に紙に包まれた弁当が見える。
 「お待たせしました」
 「いえいえ、子守茸は採れるかどうかわからないけど、イグチの類はたくさんあるから、私にとって、仕入れに行くようなものですよ、むしろお付き合いいただいてしまって、申し訳ありませんな」
 彼はバスにのると、すぐに店での続きを話し始めた。
 「五條の女が産んだ子供は四十人にもなるそうで、恐るべきことだね、その女は、最後は誰かに切られて死んだみたいですよ」
 「貴族の奥さんが切られるというのはどういうことでしょう、旦那か旦那の差し金ですか」
 「旦那は武士じゃないので違いますな、離縁でも何でもできますからな」
 「誰が切ったのですかね」
 「その話は実は書いてはないのですけどね、同じ頃の町の様子を書いた古文書があって、それにこんなことが欠いてありました、夜、一人歩きをしていた老人が獣に襲われ食われちまった。そのようなことが何度もあったようです。狼かなにかの仕業と書かれていますが、また別の本には、被害者についていた歯形が人のようだということがのってました。これも私の想像ですがね、貴族の獣食の女は、人を食いたくなったのかもしれませんな、それで、夜に出歩いて、襲った者が逆に切ってしまったということも考えられる」
 話途中で子守山の停留場についた。久しぶりだ。天気もいい。平日なので、家族づれはいないが、老人がカメラをつるして歩いていたり、老夫婦が散歩をしている。
 「茸が生えているのは、上の公園じゃなくて、その周りの林の中なので、途中から道のないところを行きますよ」
 「ええ、大丈夫です」
 「ここは下草が整理されているので、歩きやすいから」
 「この子守山を持っている人は、その豪族の末裔でしょうかね」
 「たぶんそうでしょう、もしかすると、その人の家に、記録が残っているかもしれない、そうかなぜ今まで気が付かなかったのだろう、持ち主を調べよう、もし連絡ができたら、どうです、一緒に話を聞きに行きませんか」
 「もちろん喜んで一緒に行かせてださい、このあたりの歴史が面白くなってきました、特に子守山は面白い」
 「そうでしょう」
 話ながら林の中をいくと、羊歯の中に、あの茸がぽつんと生えていた。
 「これがそうじゃないですか」
 私が指さすと、彼は「おー、そうだ、さすが白鳥さん、採ってください」
 そういわれて、初めて自然に生える子守茸を採った。しっかりした茸だ。
 林のなかをいくと、イグチの類、はらたけ、シメジ、それなりに食べることのできる茸が生えている。
 「お、山伏茸だ、天然ものだ」
 白い毛に覆われたような茸が木にへばりついている。この茸は味や香りがないから、使いやすい、炊き込みご飯や、汁物にいいという。
 「ここにも子守茸があるな」
 唐沢の親爺さんが二本採った。
 「今日はいいね」
 いろいろな茸を採りながら、上の公園までたどり着いた時には、彼の籠は結構いろいろな茸でいっぱいになった。しかも子守茸が七本も採れた。
 ベンチに腰掛けて、彼が持ってきた弁当を広げると、「冷えてますよ」とビールまでだしてきた。
 さすがに小料理屋の弁当だけあって美味い。うちじゃこうは作れない。小柄な経木の箱の中に、味の滲みた煮物や、自分のところの漬け物、牛肉の佃煮、美味い。ビールが合う。
 「白鳥さん、続きだけどね、想像をたくましくすると、その女の子供たちが育つと、母親と同じものを食いたくなったのじゃないかな」
 「ということは、肉、しかも人の肉」
 「そう、そういった野獣の性質を押さえて育てるところがないと、子供たちを皆処分しなければならなくなる」
 「それで、子守山の人間はそれができると見込まれた」
 「その通りですよ」
 「子どもをここまでつれてきたわけか」
 「そうなりますね、だけど、ほとんどが私の想像からでたものですからね、本当のことは子守山の持ち主に当たらないとわからんね」
 そんな話をした。子守山の持ち主がわかったら、連絡をくれることになった。
 町に戻ると、「白鳥さんがみつけた子守茸、奥さんと食べてください」そう言って、唐沢の親爺さんは三本の茸を袋に入れてくれた。
 彼と駅で別れ、家にもどり子守茸を焼いた。
 かみさんは、醤油をつけて「あらおいしい、お肉みたい」とほおばったのはいいが、口の中に骨が残って手の上に出した。
 「あら、気味が悪い、もういや」
 残りを私に押し付けた。私は残りの二本を美味しくいただいた。
 骨は皆同じ形をしている。とても堅いわけではなく、ぽきっと折れるようではない。といって、軟骨のようにくにゃくにゃでもない。真ん中の骨からでている柔らかい突起物は肋骨のようだ。
 茸については知識がないが、いくらなんでも骨を作る茸などあるわけはない。人間だと、思わぬところに骨が出来たりすることもあると聞いたことはある。
 唐沢の親爺さんと子守山に行ってから二週間が過ぎた。もうすぐ十一月である。
 そんなとき、電話がかかってきて、子守山の持主と連絡が付いたということだった。
 「持主はすぐわかったけど、日本にいませんでね、ハワイに住んでいるんだそうですよ。管理は不動産会社に委託してあるそうです。日本にも家があってたまに帰ってくるということです、暮れに帰ったときに会ってくれることになりました」
 「どこに家があるのです」
 「この町ではなくて、赤坂今井谷です」
 「京と関係のある上屋敷のあったあたりですね」
 「そうなんです、福知山藩でしょう、それで、昔から大事にするようにといわれている古文書がいくつかあるそうで、それも見せてくれるそうです」
 「ハワイでなにをしている人ですか」
 「ハワイでは悠々自適の生活だといってます。奈良、京都にたくさん土地をもっているようで、息子たちに任せているらしい」
 「土地を沢山持ってらっしゃる人なのに、この町では名前が知られていないのですね」
 「そうなんです、ここではあの子守山だけだそうで、それで知られていないのですな、子守山の管理は奈良の不動産屋が、ここの町の業者に委託しているようです、」
 「その昔、子守山周辺に何かがあって、その人の祖先は何かをしていたということですね」
 「きっとそうです、そういう話もきけると思いまいますよ」
 そういった電話だった。

 暮れになって、ハワイから来た老人に会った。頭の禿げ上がった背の高い人である。鼻が高く、彫りの深い顔、日本人離れしている。どちらかというと、イタリア、スペインあたりの顔だ。しかし、とても温和な感じである。八十近いということだ。
 彼は小料理屋「高塚」にきた。私が店に入ると、すでに来ていて、料理を前にしていた。私を見ると、立ち上がり、にこやかな顔でお辞儀をした。
 「子守順一です、お先にいただいています」年の割には声がすっきりしている。
 唐沢の親爺さんが私を紹介してくれた。
 「白鳥正夫さん、長くここに住んでいて、郷土史に興味をお持ちです」
 「白鳥です。退職してから始めたもので、まだ、余りよく知らないのですけど、ここの唐沢さんが詳しくて、教わっています」
 「そうですか、実はここには何度か来ていますが、私自身住んでいたことはないのです。住んでいたのは祖父までで、祖父も東京に家をもっており、こちらといったり来たりのようでした。父親は奈良の方におりましたので、東京の家はこちらに来たとき泊まるぐらいで、管理会社に任せておりました。ということで、私も奈良で育ち、親爺の跡を継いで不動産業をしてきて、今は隠居の身です。この町の土地は先祖代々のもので、手放してはいけないという掟がございますので、手入れはおこたったことはありません」
 子守氏はそう言うと、椅子に腰掛けた。
 「ここの料理は旨いですな」とも言った。
 「東京のお屋敷にあった古文書をすべて持ってきてくれましたよ」
 唐沢の親爺さんが、大きな封筒を私に渡した。中を見ると、相当古い本が五、六冊入っている。
 「その古文書は唐沢さんにお任せしました、どうぞ利用してください」
 子守氏は料理にご執心のようだ。
 「酒も美味いですな」
 「ここの土地の酒ですよ」
 「もっと若い頃から来ればよかったですな」
 「昔のことはお聞きになっていないのですか」
 「ほとんどね、ただ、ほんとうに大昔、何百年も前のことでしょうか、そのころから、この地にいて、人々をまとめていたということを祖父から聞いたことがあります、ごらんになっておわかりでしょうが、私は至って普通の人間ですが、その祖先は、なにか特殊な能力を持っていたということです、特殊といっても、おそらく勘が良かったのでしょう、それに言葉に長けていたのかもしれませんな、その点は私もそうかもしれない、商売がうまくいったのは話術のためかもしれませんよ」
 子守氏はまた笑った。確かにその表情には引き込まれる。
 「茸のことはお聞きになったことがありますか」
 「茸とはなんでしょうな」
 彼は不思議そうな顔をした。
 「子守山に、変わった美味しい茸が生えるのです」
 「ほう、変わった茸ですか、私が聞いていたのは、変わった魚です。子守川の水を引いて、溜池を作り、そこで普通の魚とは違うものを飼っていたという話は聞いたことがあります。その当時養殖をしていたのだから、それだけでも先端をいっていたのでしょうな」
 「どのような魚なのでしょうね」
 「なんでも、猪の肉の味のする魚だったそうです、どのようなことをしても儲けようとする父が、そのことだけは祖父から聞いて、何とかできないものかと考えたことがあるようです、結局だめだったようですが、この町のことで父から聞いたのはそれだけでした、祖父からはさっき言いましたように、子守の祖先は人を操るのが上手な人間だったということを何遍も聞かされました。今でいう実業家ですな」
 唐沢の親爺さんが言った。
 「子守山は古墳ではないみたいだけど、ただの山だったのでしょうか」
 「魚を飼っていた溜池の脇にある丘で、古墳ということは聞いたことがありませんな。私は詳しくは知りませんし、おそらく祖父あたりは知っていたと思いますが、父は全く知らなかったと思います」
 「この古文書に書かれているのでしょうね」
 「ヒントはあると思います、昔から我が家に伝わるものです、きっと何かあると思いますよ」
 「唐沢さんは人類学を学んだ方だから、解読してくださいますよ」
 私がいうと、唐沢は、
 「おそらく、私だけでは歯が立たないな、大学の研究室にも助けてもらいますは、この古文書、その連中に見せてもいいですか」
 「どうぞ、どうぞ、何か分かったら教えてください」
 
 子守氏がホテルに戻ったあと、唐沢の親爺が私を家の中に招き入れた。家に入るのは初めてである。二階に通されると、彼の書斎があった。八畳ほどの、立派な作り付けの本棚のある洋間である。でんとした書斎机がおいてある。本棚には郷土史関係の本や、人類学の本が並んでいる。まだ研究ということに情熱が残っているようだ。
 「ずいぶん立派な部屋ですね」
 「いや、ここは昔、とある先生の家だったのですよ、それを買って、下を小料理屋にしましてね、書斎はそのまま私の部屋にしたってわけで」
 彼はソファーを進めてくれた。反対側に腰掛けると、古文書をテーブルに並べた。
 「これが一番古そうだな」
 虫に食われた跡のある、和綴じの本である。獣虫とある。
 彼が開いていくと、絵とともに、説明書きがある。彼はそれを読めるようだ。
 絵は魚が描かれている。赤っぽい色が付けられている。山女のようだ。ずいぶん太った魚だ。
 彼が説明書を読んでくれた。
 「この魚は、弱いものをみんな食べてしまうとありますよ、この魚が雌三匹、雄三匹いて、一匹焼いて食ってみたら、獣の味がするとある。血の気も多いとあるな。こいつら同士では共食いをしないとありますね」
 「きっと山女の、突然変異なのでしょうね」
 ページをめくっていく、
 「大きな溜池を造ったとある、獣の味のする山女は子守山女と名付け、増やすことにしたとある」
 最後のほうのページに、注文を受けた相手のリストがある。
 「京都からずいぶん注文があるな」
 彼が指さしたところを見ると、ある名前がほとんど占めている。「君」がついているところを見ると、貴族のようだ。
 「これが、そのあずかったという子供たちの父親じゃないのですか」
 「あれはおれの想像だけど、本当かもしれないな、どこからか話を聞きつけて、獣の味のする魚を買って与えたのだろうな」
 別の赤い和紙の表紙の本には稚児預所とある。
 日付があり、稚児二人とあり、その下に魚を購入したのと同じ貴族の名前が記されている。日付が一月後になり、また三人あずかっている。
 その一月後、とうとう四十という数字が見えた。獣食女が産んだ子供をすべて、子守家があずかったことになる。彼の想像がどんどん現実味を帯びてくる
 彼がここを見てくれと、指さした文章がある。なんとなくわかるが、彼が読んでくれた。
 「稚児たちは水の中で魚を捕らえ咥え、陸に上がりむさぼり食った、とあるぞ」
 「ほかのものは食わず、普通の山女も食わないことはないが、あまり好まず、だと」
 一年経った日付がある。
 「子守山女が激減するとある。稚児たちの食欲が猛烈すぎるようだ。子供たちが育ち、頭に皿ができてきて、陸にあがらなくなったとある。いつも水の中に沈んでいるが、捕まえた子守山女を、子供たちのいる溜め池に放り投げると、浮いてきて仲間と喧嘩をしながら、取り合いをする」
 「それから半年、京からの要請により、その溜池を埋めることにしたとある。
 「貴族が迎えた五條の女は、肉食の河童の女ということなのか。人間と河童の間にできた子供は育つと母親の性格が現れ、肉を食わなければいられなくなった。それで東の国であるこの町の豪族の所に追いやった。最後は生き埋めにしたのだ。あの子守山は人工の山だ。古墳ではないが、河童の子供を生き埋めにした墓に違いない」
 唐沢の親爺さんは興奮気味だ。自分の想像がこうも当たって、しかも河童に行き着くとは。
 「子守山を掘ると、河童の骨がでるということになる」
 「そういうこと」
 「だが、あの緑の茸に骨があることの説明はむずかしい」
 「このあたりの地には、なにか生物に影響を及ぼすものがあるのではないのだろうかね」
 「そうかもしれませんね」
 「あの、子守一族はなにかあるな、あの子守さん、すべて知っていて、とぼけているのじゃないかな」
 唐沢の親爺さんが、そんなことを言いながら、もう一つの古文書を手に取った。
 「これに、その当時の子守のことや、このあたりのことが書かれていそうだ。読むとなにかわかるかもしれない」
 茶色い表紙の本を開いた。それにしても、子供たちを生き埋めにしたというようなことが本当にあったのだろうか。ちょっと信じがたい。
 表紙にはなにも書いてなかったが、開いて扉を見ると、「子守の地」とある。そのころから、このあたりは子守という名だったのだ。
 唐沢の親爺さんは、椅子に座ると、その本を読み始めてしまった。よほど興味のあることが記されているのだろう。
 私も一冊の古文書を手に、ソファアに腰掛けた。だが、中を開いてもとんと分からない。一体何を勉強してきたのだろう。いやになる。
 三十分ほど彼は読むのに熱中していた。
 顔を上げたときには、驚きの表情で、声もでないようだ。
 「この町を支配していたのは河童だ、河童を教育する場所だったのだ」
 「子守一族は河童ですか」
 「そうらしい、だが、自らは河童とは言っていない。河の民といっている。彼らの食べ物は魚と植物だ。人と共存している。というより、河童は人間の一種だ。だから、子供もできる。人間との間でできた子供は、ちょっと困るような性格を持つことがある。それを、子守の人たちは矯正することができたようだ。すなわち教育者だった」
 「そのようなことがあるのだろうか」
 「子守一族は、河童の血を引いていると思われる」
 「だが、あの子守氏はそのようにはみえなかったが」
 「明日、彼が東京に帰るときに見送ることにしている。そのとき、彼の様子を見てみよう」
 「それで、もし、そうだとして、さっき、唐沢さんが言った京都の河童の子供を預かって生き埋めにしたということが本当だったら、子守氏の祖先は、義務を放棄したことになる」
 「そうなんでしょう、きっと、それで、この地を離れて、京都奈良のほうにいったのではないのかな。ただ、弔いの意味で、古墳のように山を作り、木を植えたのではないだろうか」
 彼の想像は止め処もない。

 明くる朝、ホテルのロビーで子守氏にあった。
 ソファーで煙草を吸っていた。
 私は挨拶をして、「眠れましたか」と尋ねた。彼は笑顔で、「もちろん、よく眠れましたよ、故郷は落ち着きますね」と笑った。笑った口元を見ると、歯と歯の間に広い隙間がある。
 煙草をはさんでいる指を見た。指と指の付け根のところに、少しだが皮膚が張っている。水掻きのように。
 唐沢さんがきた。
 「おはようございます、あれからお借りした本に目を通しました。私でもだいたいわかりました」
 「そうですか、私たちのことが書いてありましたか」
 「ええ、きっと、子守さんはご存知だったのでしょう」
 「はは、そうです、あなたなら、分かってくださると思って、あの本を読んでもらいました。私たちのこと、誤解しないで、理解してくださる人はあまりいないでしょう、唐沢さんなら大丈夫だと思いました」
 「今まで私が考えていたことはすべて間違いだと知りました。その大昔、子守一族は、京都の貴族の子供を引き取って、育てられたのですね」
 「そうです、京都の貴族が五條から娶った女子は、河の民と土の民の間にできた子で、とても魅力があったに違いありません、河の民のからだの性質を受け継いでいたために、子供が次々と産まれ、まず母親が獣食になり、子供たちもそうなりました。馬肉などを食していたようでが、母親が狂い、人肉を食べなければ生きていけないようになり、殺されました。子供たちは、東の国の、この町の子守一族に引き渡されたのです、私の祖先です」
 この話は唐沢さんの推測と違いがない。
 「私どもの祖先は、その子供たちを、まともな河の民に育てました。ただ、獣食を押さえることができず、子守山女を食べないと、共食いさえもするようになってしまう可能性があったのです」
 子守氏は煙草をもう一服すった。灰を落とすと話を続けた。
 「子供たちはなかなか頭がよく、素直に育ちました。しかし、子守山女は数が限られており、なかなか増えません、そこで、子守の先祖は、茸を改良したのです。山女を子守山女にしたように、松茸を子守茸にしたのです。
 子守川の上流に、小さな洞窟があります、水面より下にあるので、人は知りません、そこの中に入っていくと、大きな鍾乳洞になり、空間がつづいています。石の床が続き、水が底を流れているのです。奥の奥に、大きな石旬の中に危険なものがはいっています。危険だが河の民は使い方を知っていました。胞子のついた松茸を、山女と同じように、石旬の近くにおいておいたのです。水の入った桶に山女を入れてそうしておいたところ、牛の味のする子守山女になったのです。
 同じように、松茸を置いておき、その胞子を、まいたところ、緑色の茸になったのです。その中の数本は、茸の中に骨ができ、味は牛のようになったのです。
 その胞子を山に撒きました。その茸は羊歯の下がお気に入りで、たくさん生えました。
 子供たちは、好んで、その茸を食べたのです」
 「白鳥さん、私の歯に気づかれましたな、これは、魚の頭を切って、口の中にいれ、歯を閉じて、尾っぽをもってしごくと、骨が歯の間からぬけ、身が口の中に残るのです。河の民の歯はそうなっている。その緑の茸も同じように食べることができます。子供たちは子守家の子供として育てられ、大きくなると、皆大将になって活躍したのです。
 牛の味のする骨付きの茸の由来です」
 唐沢の親爺も、私も言葉がでなかった。
 「何十代も昔のことだから、河の民、みなさんが河童といっている生き物は人とかわりがなくなってしまったのですよ、ほら、この指の間の膜、名残でしょう、もう役に立ちませんけどね、お皿も退化しました」
 子守氏はそう言って、手の平を広げ、頭の頂上を私たちの方に向け笑った。
 「いま、子守の血の入った者の多くは、ハワイにいます、もう、人間になってしまっていますがね」
 「緑の茸は滅多にでません」
 「そうでしょう、いいことを教えてあげましょう、人間でもいいのですが、動物の血を、ほんのちょっと、たらすと、その周りに緑の茸がいっぱい生えますよ、子守山は子守茸の菌糸で覆われているのですから、皆さんが見つけた茸は、鼠が怪我をして、血をちょっとたらしたり、人間の子供たちが、走り回って転んですりむいた血がちょっと落ちたりして、生えたのでしょう」
 私は聞いた「今でも純粋な河の民はいらしゃるのですか」
 子守氏は笑った。
 「もしいたら、どうします、探し出して、見せ物にしますか」
 「いや、そんなつもりで言ったのではないのですが」
 「はは、わかってます、昔は見せ物にさられて、ずいぶんひどいめにあったのです、今でも河の民は幸せに暮らしています。我々、人間との間にできた者たちが保護しているのです」
 彼は我々を見つめた。
 「こういう話は、物語としては面白いでしょうけど、誰も信じませんよ」
 それを聞くと、突然、唐沢氏が言った。
 「いえ、信じます、私は子守山を守ります」
 「頼みますよ、あの茸は誰かが調べると、茸の中の動物の遺伝子が発現してしまったためと解釈されるでしょう、それは決して間違いではないのですけどね」
 「ハワイにはいつお帰りになるのです」
 「正月は、東京の家にいようと思います」
 「お帰りになる前に、また飲みにいらしてください」
 「ええ、その古文書は、唐沢さんにあげましょう、大事にしてください、白鳥さん、証人ですね、お願いします」
 そう言って、子守氏は立ち上がった。
 「そうそう、子守茸はね、春夏秋冬、いつでも生えますよ、雪をどかして、一滴、血を垂らしてごらんなさい」
 「はい」
 唐沢の親爺さんと、私は子守氏を、タクシーの所まで見送った。
 子守氏が去った後、唐沢は言った。
 「白鳥さん、子守茸は店には出さないようにしようと思う」
 私はうなずいた。
 さらに彼は言った。
 「我々は、食べましょうや、血を垂らして」
 二人して笑った。

骨茸

骨茸

とある町の丘で採れる茸を食べたら、骨があった。その茸の歴史を紐解く。

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  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-15

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