騎士物語 第八話 ~火の国~ 第一章 彼らと彼女らの戦果

第八話の一章です。
前回の戦いの事後処理などなど。
そしてお泊りデート二戦目です。

第一章 彼らと彼女らの戦果

 四日前、その場所では国の存亡がかかった戦いの中で絶望的な表情の者が不安をあらわにおろおろしていた。だが今、その場所には正装で身を包んだ王族貴族の面々がそろい、一際目立つ椅子に腰かける威厳に満ちた男の前に並んでいる白い制服姿の数名の若い男女を見つめていた。
「やれやれ、これだから騎士団を表彰するのは嫌なのだ。毎度恥ずかしい思いをする。」
 ゆっくりと立ち上がった男は、本人としては冗談のつもりで言っているのだろうし周囲の人間もそれはわかっているのだが、いかんせん威厳や圧力しかないその顔や雰囲気にその場の誰もが息を飲んだ。
「これを学生に授与するのは初めての事だが、私の姪孫が独自の道を歩むがゆえに起きた事――少々イレギュラーな感触は否めん。しかし……「それ見たことか」と姪孫を責めることは間違いで、この感触も覚える方がおかしいのだろう。」
 傍に控えていた者が何かを持って男の近くまで来たが、男はそれを制して話を続ける。
「私たちは城に閉じこもり過ぎた……ユスラの一件で私たちが気づくべきだったことを姪孫が行動で示し、結果私たちは次代を担う新しい風をこうして迎えることができた。これが始まりというのなら、これが記録上の最初というのなら、私も一つ、行動しなければなるまい。」
 男がさっきまで座っていた椅子のある場所は周囲より一段高くなっているのだが、男はその段を降りて若い男女たちと同じ高さに立った。
「賊からの王族の守護。授与はそれゆえのモノ……言うなれば「よくやった」という類の表彰だ。つまり私は残る一つの示すべき言葉を君たちに送らなければならない。」
 そう言いながら、周囲のざわめきを気にもせずに腰を折って下を向いた男は静かに述べた。

「家族を、助けてくれてありがとう。」



「前に立つだけで意味もなく緊張しちゃった……ボク、あの人の暗殺はできない気がする。」
「リリーくん、それはシャレにならない発言だぞ。」
 次の準備ができるまで待つように言われた部屋で、あたしも覚えてる限りで数回話したくらいしか記憶のない、あたしの大伯父にあたる人――国王ザルフ・クォーツの独特な迫力を受けてあたしたちはぐったりしてた。

 オズマンドの襲撃から四日後、あたしたちは……まぁ大抵そうだけど、制服姿で王城に呼ばれて国王から勲章を授与された。理由は、一人の王族を狙って現れたオズマンドの幹部に学生の身でありながら勇敢に立ち向かい、それを倒して王族を守り抜いたから。つまり、セイリオスに通っててそれっぽい事は何もしてないけど一応は王族のあたしを、この国で長年活動を続けてる反政府組織の一員であり内部の序列三番っていう、実力だけで表現するなら幹部ってことになるラコフから守ったからあたしたちは表彰された。
 そう……「ロイドたち」じゃなくて「あたしたち」。なんでか守られた側で本来なら勲章を渡す側のはずのあたしにまで勲章が贈られた。お姉ちゃんに聞いたら、「だってエリーも戦ったんでしょう? いいじゃない、自分で自分を守ったってことで。仲間外れじゃ寂しいでしょ。」って言われて……王族が王族に勲章を授与っていう変なことになった。
 ちなみにパムに勲章は贈られなくて、これもお姉ちゃんに聞いたら、「実力以上のことをした人には「よくやった」って言うけど、実力通りのことをした人には「はい、おつかれ」ってくらいしか言わないでしょう?」って言われた。たぶん、国王軍でセラームであるパムの場合は王族を守るくらい当たり前……みたいな感じなんでしょうね。
 まぁ本人が「そんなものもらったらデキる人みたいになって余計な任務をふられて兄さんと会う機会が減るからいりません。」って言ってたからいいんでしょうけど。
 でもってあの戦いで勝利に一番貢献しただろうユーリは魔人族の関与を秘密にしたいってことだったからあたしたちは何も言わず、あの場にフランケンシュタインなんてのはいなかったことになった。
 結果、あたしたちはセラームの騎士一人と学生八人で、もしかしたら十二騎士クラスの強さなんじゃないかって言われてたオズマンド上位三人の内の一人を倒したことになってしまった。

「しかし本当にいいのだろうか、こんなモノを頂いて。おれは最後に『ブレイブアップ』をかけただけだというのに。」
「カラード、オレなんか終始寝っ転がってただけだぞ……」
 ロイドは一応『ビックリ箱騎士団』っていうくくりになるあたしたちの団長ってことで、代表して国王から勲章を受け取ったんだけど……
「あぁ……ほんとにオレ何もしてないのに……」
 って感じに変にがっくりしてる。
「まぁあの勝利はこの前の推測通りであろうとなかろうとほぼユーリくんのおかげだからな。わたしたちにこの勲章――シリカ勲章はなかなかの過大評価だろう。しかしこれはこれで色々と使えそうだし、今回の授与は周囲からの「期待」として受け取っておこうではないか。」
「あんた……」
「ああ、ちなみにロイドくん、シリカ勲章というのはだね。」
「あの、そんな「どうせ知らないだろう」みたいに説明を…………知らないんですけど……」
「ふふふ。まず前提として、国によっては戦果や社会貢献でいくつかの種類があるところもあるようだが、フェルブランド王国においては一種類三段階――下からシリカ、トリディマ、クリストだ。」
「三段階? 勲章ってすごいことをした人に贈られるモノですよね……ということはえっと、すごさの段階……?」
「というよりはその勲章についてくる特典のすごさだな。シリカ勲章は単純に「すごいぞー」というだけだが……例えば一番上のクリスト勲章なら貴族や王族でなくとも一部の土地の自治を認められたり、軍に所属していなくても指揮権が与えられたりする。要するに、成したすごいことの内容によって、「そんなことができるならこれを任せてもいいぞー」という許可が与えられるのだ。」
「なるほど……なんか十二騎士みたいだ。」
「ああ、確かこの国における十二騎士という称号はクリスト勲章と同等の扱いだったはずだ。たぶんフィリウス殿は国王軍を動かせるぞ。」
「あいつが指揮官……あれ? でもこの――シリカ勲章? には特典がないんですよね? さっきローゼルさん、使えそうって言ってたけど……」
「おいおいロイド、特典がねぇからってシリカ勲章がしょぼいわけじゃねぇんだぜ? これはこれだけでとんでもねぇんだ。」
 久しぶりの騎士の常識がないロイドの登場にアレキサンダーが笑うと、カラードが続きを説明した。
「単純な割合で言えば、国王軍やその他の騎士団を含めたこの国の全騎士の中で勲章を受け取ったことのある者など小数点以下のパーセンテージしかいないだろう。高い実力とそれを示す事のできる機会――嫌な言い方をすれば注目度の高い事件がそろい、そこで活躍する。偶然や運がなければ手に入れようと思っても得られるモノではない。故に勲章の持つ影響力は大きく、授与されたという事実は大きな信頼を生む。」
「信頼……」
「国が評価したという証だからな。助けを求める人々からすれば、この人に頼めば大丈夫であると信じることのできる一つの根拠になる。目の届かないところではびこる悪へ正義を導くモノでもあるのだ。」
「もうちっと現実的に言うと、騎士団同士で仕事の取り合いなんてのはよくある話でな。そういう時に勲章をちらつかせば一発で依頼人の信頼をゲットできるわけだ。」
「ああ、なるほど。」
「ま、その騎士団の名前が『ビックリ箱騎士団』じゃあそれでも微妙かもだがな。あの場の雰囲気に合ってなかったぞ?」
 勲章を渡す時、国王は「『ビックリ箱騎士団』の団長へ――」みたいな事を言ったから、その時だけピリッとした空気がクスッと緩んだのよね。
「い、いやでも、騎士団の表彰はいつも恥ずかしいって王様言ってたから……たぶん騎士団の名前ってのはみんな同じ感じなんだよ……!」
「ちょ、ちょっと違う……と、思うよ……普通はこう、か、かっこいい名前をつけ、るから……かっこよくし過ぎてて恥ずかしい、んじゃないかな……」
「あたしたちのは変っていうか面白い名前だもんねー。逆に記憶には残りそうだけどさー。」
「うぅ……な、名前を決めた時はこれがピッタリだと思ったんだよ……」

「『ビックリ箱騎士団』の皆さま。」

 個人的にはロイドっぽくて好き――き、気に入ってるっていうか別にいやではない騎士団名が、ドアの向こうから聞こえてきた。
「あ、は、はい!」
 ソファでぐでんとしてたロイドが慌ててドアを開けると、タイミングよくお辞儀をするアイリスがいた。
「用意が整いましたので、こちらへお願いします。」
「わ、わかりました……あ、あの、アイリスさん……」
「はい、なんでしょうかロイド様。」
「……『ビックリ箱騎士団』っていう名前……ど、どう思います……?」
 ちょうど話題だった名前であたしたちを呼んだアイリスにロイドが聞くと、さっきの授与式の様子から意図を察したのか、アイリスは少し考えてからしっかりと答えた。
「残念ながら強そうには聞こえませんし、少々コミカルですから事件などの依頼をしたいとは思えませんね。ですがきっと、その内実を知ったのなら愛着を持って親しまれる良い名前だと思います。個人的な事を言いますと、私は好きですよ、『ビックリ箱騎士団』。」
 にこりとほほ笑んだアイリスに……何かしら、ロイドの奴ちょっと照れたっていうかドキッとした……?
「ロイドー? まさか《エイプリル》のことー?」
「え……えぇ!? ち、違います!」
「顔赤いけどー?」
「こ、これはそういう意味ではなくてその――」
「ほうほう、詳しく聞こうではないか。」
「で、ですからえっと……お、男ならこんな美人な人ににっこりされたら嬉しくなっちゃうんです!」
「ふぅーん、ロイくんてば年上にデレデレしちゃう感じなんだー。」
「デレ――で、でもみんなだってなんかこうスラッとしたイケメンなお兄さんがキラッとほほ笑んだらドキッとするでしょ!」
 ロイドのその言葉で……たぶん全員なんとなくそんな光景を想像したんでしょうけど……
「……いや、しないだろうな。」
「う、うん……」
「ボク、ロイくん一筋だもん。」
「なんとも思わないよーな気がするー。」
「えぇっ!? エ、エリルは!?」
「…………別に……」
「おお、すごいぞアレク。彼女たちはみなロイドしか見えていないようだ。」
「当のロイドは大人な女に照れてるがな。」
 余計にロイドの立場がダメになったところで、アイリスがくすくす笑いながらあたしたちを会場に案内していく。
 今回の集まりは別にあたしたちへの勲章授与がメインじゃない。オズマンドの襲撃を乗り切った、おめでとうっていう感じの……軽く言ってしまえばお疲れ様パーティー。今回は結構な数の貴族が色んな形で被害を受けたみたいで、その辺はなんとかしますから大丈夫ですって国王が伝えるような場であり、こっちも結構な被害を負った国王軍もよくやったねっていう場でもあるわけで、その参列者には王族貴族に加えて騎士もたくさんいる。
 そしてあたしたちへの勲章授与が進行の一部として行われたさっきの仰々しい場のあとに待ってるのは会食――まぁ、立食パーティーね。
「おお! ランク戦の後のパーティーみたいだな!」
 未だに田舎者……っていうか貧乏くさい? 感じが抜けないロイドはこういうのを前にするとテンションが上がってお皿を片手にあちこちのテーブルをまわってく――んだけどその前に。

「や、やぁローゼル。」
「父様!」

 騎士の名門の一つ、リシアンサス。そこの現当主であり国王軍のセラームの一人。『シルバーブレット』の二つ名を持つ、ローゼルのお父さんが現れた。確か名前はトクサ・リシアンサス。前にローゼルの家で会った時は完全に家用の服って感じだったけど、流石に今は軍服を着てて……それでもなんかこう、のほほんってした雰囲気はそのままね。
「シリカ勲章、おめでとう。父として誇らしいよ。」
「はい!」
 ピッと背筋を伸ばすローゼルは普段の偉そう――大人びた感じからちょっと離れた、親の前の子供って感じに笑った。
「み、みんなもおめでとう。私の娘は良い仲間に出会えたようで何よりだよ。これもロ、ロイドくんの指導の賜物かな?」
「え、いや、そんな大した事は教えてないですし、というか今回はローゼルさんの魔法にものすごく助けられて……オレなんて寝てただけで……」
「寝て!?」
 変なところで妙な反応をするローゼルのお父さん。
「? 父様、どうしたのですか? なんだかいつもと違いますが……」
 一応優等生モードになってるローゼルの質問にローゼルのお父さんは焦るロイドみたいにわたわたした感じで答える。
「い、いや、もうどうしていいのやら――か、母さんも実は来ているんだけどね、どんな顔で何を聞けばいいかわからないと私を行かせて――私だってどうしていいのやらで、と、とりあえず他の偉い方々に囲まれる前に聞いておかなければと思ってだね……」
 言いにくそうな事を頑張って絞り出すように、ついでにあたしたちにしか聞こえないような小声でローゼルのお父さんはこう言った。

「《オウガスト》から聞いたが……ロロ、ローゼルとロイドくんが一夜を共にしたと……」

 瞬間、ロイドの顔が青くなってローゼルが赤くなった。
「べべ別に責める気はなくてそもそも私も母さんもロイドくんならばとこの前家に来た時も言ったわけだがいざ娘がそういう段階に進んだとなったら親はどどどどうすればいいのやらで話を聞いてからというもの我が家ではてんてこまいで――じじ実際のところを確認しなければ母さん共々心労か何かで死んでしまうのだよ!」
 って感じにローゼルのお父さんが一息に言い終わるや否や、土下座の体勢に入ろうとするロイドをキャッチしたローゼルはそのままギュッと抱きしめて――!!
「こ、こういう話をこういう感じにする事になるとは思いませんでしたが、それでは経過を報告しますね、父様。」
「ローゼルしゃん!?!?」
 真っ青なロイドを抱いたまま、ローゼルは変なテンションで報告を始める。
「既に告白は終えたのですが何分強敵揃いですので、少々強引な攻めも必要であると思い、父様がお聞きになった通り一夜を過ごしました。」
「イチヤ!」
 ロイドみたいな反応をするローゼルのお父さん。
「わたしのそれにロイドくんも応え、わたしたちは確かな愛を感じ合いましたが、しかしそれで勝利が決まらないのがロイドくんを巡る戦い――父様が思うような世界を遥かに超えた壮絶な戦場とご理解下さい。」
「ソウゼツ!」
「ですがご安心を。先日の一夜ではなせなかったさ、最後の最後まで事を成し、必ずやロイドくんとむむ、結ばれますのでその日をお待ちくだ、さい……!」
 真っ赤な顔に必死で余裕の表情を浮かべたローゼルは勢いでそんなことを言いきり、同じようにてんぱってるローゼルのお父さんはそんな決意に謎の敬礼をした後、ローゼルの腕の中で何色とも表現しにくい顔色で変な顔になってるロイドの手をとって――
「む、娘をよろしく頼みまふ!」
 と、目をぐるぐるさせてふらふらと去って行った……
「……ローゼル……あ、あんた……」
「な、なに……本当の事を言った、までのこと……」
「フェルブランドでは親へのこういう報告ってこんなんがフツーなのー……?」
「そ、そんなわけはない、よ……ロゼちゃんって結構……勢い任せ、だから……」
「ふん、親に報告したところでなんのアドバンテージにもなんないんだからね。」
「すげーもんみたいな、カラード。」
「ああ、ロイドの顔もすごい事になっているが。」
「さいご……むすばれ……」
 口から魂が出そうになってるロイドをとりあえずローゼルの腕からひっぺがそうとした時――

「あらあら、私ったらきっとすごい何かを見逃したのね?」

 お姉ちゃんが登場した。
「あら、あの人ってローゼルちゃんのお父様よね。挨拶しておかないといけないわね。」
「い、今はしない方がいい気がするわ……」
「? 残念だけどロイドくんはうちがもらうわよーって言っておかないとなんだけど。」
「お姉ちゃん!?」
「というかエリーったら、私知ってるのよ? ローゼルちゃんに先越されちゃったんでしょう? 何やってるの。ルームメイトっていう利点を最大に活かさないとダメじゃな――」
「カヘヒアしゃんまでその事を!?」
「あらあらロイドくん、私の情報網は我ながらすごいのよ? 特にエリー絡みはね。それと私の名前はカメリアよ。未来のお姉さんの名前を間違えちゃいけないわ。」
「お姉ちゃん!!」
「でもまぁきっとロイドくんの事だから一線は超えてないんでしょう? そろそろ本気でおとしに行かないと――いえ、もうおちてるからあとは揺るがない事実を……あ、そうだわ! いっそこの場で婚約を発表しちゃう?」
「お姉ちゃんっ!!」
 そのままにしておくといつまでもトンデモナイ事を言い続けそうなお姉ちゃんの口をふさぐ。
「ぷは、あらあら、可愛いわねー。まー三割くらいは冗談として、挨拶はしなくちゃね。妹がお世話になってるお友達の親御さんなのだから。名簿を見る限り、他にも何人かの親御さんを探さないといけないわ。」
 子供が勲章を受け取るわけで、この場には『ビックリ箱騎士団』メンバーそれぞれの親とかが来てる。まぁ、アンジュの親は他国の貴族だからちょっと来れなかったみたいだけど、ティアナとカラードとアレキサンダーの親はいるはずだわ。
「ふむ、ティアナのお母さんか。」
 抱き枕みたいにしてるロイドをリリーにひっぺがされながら、変なテンションからいつもの感じに戻りつつあるローゼルが思案顔になる。
「そういえば前にティアナの家に行った時にロイドくんがティアナのお母さんをいやらしい目で見ていたからな……いよいよロイドくん年上好き説が濃厚に――」
「誤解です!」
「年上? あらあらその話、もう少し詳しく聞きたいわ。」
「先ほど《エイプリル》……アイリスさんがわたしたちを呼びに来たのですが、その時ロイドくんが彼女にデレデレと。」
「そそ、そんなデレデレしてません!」
「アイリスさんに? 彼女美人だものね。あら、でも年上を狙ってくるなら私も危ないかしら。」
「そそそんなこと――というか危ないってどういう意味ですか!?」
「義理のお姉さんなんて燃える展開かもしれないけどダメよ?」
「誤解ですからっ!」
「うふふ、私は別に構わないんだけどエリーに怒られちゃうからね。」
「か、構わないって何言ってんのお姉ちゃん!」
「あらあらそのままよ。ああ、そういえばだけどみんな――」
「そのままってどういうこ――」

「私からも、妹を助けてくれてありがとう。」

 暴走するお姉ちゃんにあたしがツッコム前に、お姉ちゃんは静かにぺこりと頭を下げた。いきなり話題が変わってみんなが一瞬ポカンとする。
「――あ、や、いえいえそんな! む、むしろエリルが自分で何とかしたような気もするくらいですから……」
 散々からかわれて……からかってただけのはず……わたわたしてたロイドはお姉ちゃんの急な温度変化にそれはそれでわたわたする。
「でも飛び出したエリーを追いかけてくれたでしょう? だからこその今回の結果なの。ロイドくん、ローゼルちゃん、ティアナちゃん、リリーちゃん、アンジュちゃん、カラードくん、アレキサンダーくん――エリーを大切に思ってくれてありがとうね。」
「お、お姉ちゃん……」
 な、なによいきなり……なんか恥ずかし――
「ところでさっきの年上好きって件なのだけど。」
「お姉ちゃんっ!!」
「未来の弟のそういう話、お姉ちゃんは気になっちゃうのよ。エリーだって気になるでしょう?」
 ついさっきまでロイドをからかってたと思ったら真面目に感謝して、かと思いきやすぐに戻って……まったくお姉ちゃんは……ま、まぁ確かに……ロイドのそういう好みは気になるけど……
「それでどう? 難しく考えなくていいの、ただ年上の女性をどう思うかってだけよ?」
「い、いや本当に何もないですから……アイリスさんはその……び、美人な笑顔に思わずドキッとしただけで、むしろ昔は苦手でしたし……」
「苦手? あらあら、その言い方だと今は大丈夫だけど昔は年上の女性が苦手だったってことかしら?」
「んまぁ……フィリウスと一緒にあちこち旅をしていた頃、あいつは小さいオレを酒場とかに引っ張っていって……そ、そうなるとまだまだ子供のオレをこう……フィリウスと仲良くなった大人のお姉さんたちが可愛がるというかいじくるというか……それで……」
「む、もしやロイドくんがこういうのに過剰反応なのもそれゆえか?」
 ムギュっとロイドにまた抱きついてんじゃないわよこいつ!
「ひゃば――どどど、どうでしょう……というかあの、むむ、胸が……」
「むぅ、散々揉みしだいたくせにこれだからな。いいんだか悪いんだか。」
「モミシダ!」
「ロイくんっぽくてボクは好きだけどなー。えいっ。」
「ぎゃあ! リ、リリーちゃん!?」
「あらあら。ほらエリー、あなたの旦那様が可愛い女の子に左右から挟まれてるわよ? こういう時に正妻の力を見せつけないと。」
「お姉ちゃんっ!!!」

「おほ、両手に花たぁ流石だな大将!」

 ……次から次に色々な人が来るわね……今度はロイドをこんなんにした張本人らしいフィリウスさんが大きな肉をかじりながらやってきた。
「あらあらちょっとフィリウスさん。あなたのせいで危うく私、ロイドくんに苦手に思われるところだったわよ?」
「んあ、何の話だ?」
「ロイドくん、年上の女性を苦手に感じてた頃があるんですって?」
「ああ、あれか! だっは、どうもチビ大将には刺激が強かったみてーでな! でもどっかのタイミングでケロッと治ったぞ? なぁ大将!」
「治りゃあいいみたいに言うな……」
「終わり良けりゃあいいって――っと、そういや大将、ナイスバディちゃんをちゃんとリードできたのか?」
「リード? ……あ、ああデ、デートの話か……?」
「そうだ。大将はともかくお泊りってんならナイスバディちゃんが動かないわけはねぇと思うからな、どっちからにせよついに大将も男を上げたかと聞いた時は思ったが、そっちのテクニックは教えてなかったからな。ベッドで下手こいてやしねぇかと心配で――」
「ななな何の話してんだ!」
 ロイドとロイドにくっついてるナイスバディちゃんことローゼルが顔を赤くして、リリーがムッとした顔でさらに力強くロイドにしがみつき――いい加減に離れなさいよこいつら!
「んんー? ほっほう、なるほどなるほど。二人の反応からしてやっぱりなんだな? で、ちゃんとできたのか?」
「!?!?」
 にやけるフィリウスさんとかたまるロイド。そんな光景を前に、さっき自分の親に報告するっていうトンデモナイ事をやったローゼルがまだ赤い顔でおほんと咳払いをした。
「ごご、ご心配なくですよ、フィリウス殿……! ロイドくんはジェ、ジェントルマンな上にテテテ、テクニシャンでした、から……!!」
「おお! やるなぁ大将!」
「――!!!!」
 すごい顔……たぶん恥ずかしさがかなりやばい段階まできたロイドは口をパクパクさせる。
 ……たぶん、実質ロイドの保護者になるフィリウスさんにそ、そういうのを知られて感想を言われるってつまり親相手に…………あたしがお姉ちゃんに色々言われるのと同じ感じで死ぬほど……恥ずかしいわよ、ね……
「俺様はそういうのは教えてねぇから、もしかすると大将はそっちの才能があんのかもな! おうおう、どうなんだ大将! 『淫靡なる夜の指揮者』に一つ、俺様も教えを乞うとするか!」
「そ、そのあだ名やめろ!」
「何言ってんだ大将! 割と事実っつーか、そうでなくてもこれから段々とそれに近づいていくだろ? 大将の場合、こういうことはこの先もまだまだたくさんあるんだろうからな!」
「な、おま、や、やたらめったらす、するみたいに言うな!」
「え、ロイくんてば早速明日からボクとお泊りデートだよ?」
「あびゃっ!?」

 そう、今日は一応週末前。戦闘の疲労のせいであたしたちは休んでたんだけど、オズマンドの襲撃の翌日から学院は普通に授業をやってる。というのも、前に魔法生物の侵攻があったことでいざって時に街が壊されてもすぐに直せるようにって色んな魔法が仕掛けられたらしく、そのおかげであちこち破壊された街は割とあっという間に元通りになったから別に学生が手伝う事はなかったのよね。
 まぁ、一番元気なカラードと『ブレイブアップ』を受けたのに二日で回復した体力馬鹿のアレキサンダーは途中から授業に参加してたんだけど。どうもアレキサンダーって、身体の性能っていうか特徴っていうか、なんかすごいらしいわね。ユーリが言うには。
 ともかく、明日からはカレンダー通りに普通に週末休み。あの戦いの最中に次の順番をゲットしたリリーがロイドとお泊りデートを……する……
 この数日間、あのお風呂の時ほどじゃないけどテンションの高いリリーは事あるごとにロイドにくっついてて……ロイドのラッキースケベはほとんど起こらなくなったんだけど、そんな状態のリリーと二人きりになんかなったらローゼルの時みたいに……!

「あらあら、次はリリーちゃんなの? エリー、大変よ。ロイドくんがエリーにゾッコンなのは確かだけど他のみんなにも結構ふかーく落ちてるのよ? 油断してたらあっという間にどーん、よ?」
「へー。あのカメリア・クォーツの目にもそう見えるんだー。あの告白もあったわけだし、もう一息なんだねー。」
「が、頑張らないと、だね……」
 お、お姉ちゃん、余計な事を……!!
「あらあら。やっぱりこの場で婚約発表かしら?」
「お姉ちゃんっ!!」

「ほう、婚約。」

 また誰か来た――と一瞬思ったけど、その声と顔でちょっとドキッとした。ロイドみたいな浮気的なドキッじゃなくて、緊張っていう感じのドキッ。大伯父さんよりは会う機会が多いし、あたしの家じゃお姉ちゃんよりも立場が上っていうか発言権があるっていうか……
「挨拶をと思ったけど、気になる単語だね。」
 客観的に言うなら、赤い髪の毛のなくなったてっぺんが目立つっていうか似合う感じのちょっと小柄でちょっと丸い柔らかい笑顔のおじいちゃん。この国の軍事の頂点に立つ人だなんて誰も思わないだろう雰囲気のその人はキルシュ・クォーツ……あたしのおじいちゃん。
「おお、キルシュのじいさん! 戻ってたのか!」
「今更じゃないかい? 勲章授与の場にもいたのだけどね。」
「だっはっは! じいさんはああいう場に立つと存在感がなくなるからな!」
「失礼な十二騎士だね、まったく。」
 別に全然怒ってない顔でやれやれとため息をついたおじいちゃんはあたし――というかロイドたちの方に身体を向ける。
「初めましてだね。僕はキルシュ・クォーツ。エリルとカメリアのおじいちゃんだよ。」
 大伯父さんに比べて迫力も何もない普通のおじいちゃんにしか見えないおじいちゃんがそう言ったけど、さっきまでわちゃわちゃしてたロイドたちがピシッとなったのを見ておじいちゃんはふふふと笑う。
「こんなおじいちゃん相手に緊張しなくても。軍を任されてはいるけど、僕自身は強くもなんともないから、ただの老人と思ってくれて構わないんだよ?」
 ……って言われても、ローゼルやリリーですら何となくピシッとしてるんだから無理な話よね……
「相変わらずねおじいちゃん。副王っていう地位が無い以上、おじいちゃんはこの国で二番目に偉い人なのよ? それに軍事のトップなんだから、騎士の卵なら誰だって緊張するわ。」
「そうかい? でもカメリア相手にはフランクに接していたように見えたけど。」
「私はエリーのお姉ちゃんだもの。おじいちゃんほど雲の上じゃないわ。」
「僕もエリルのおじいちゃんとして立ちたいものだね。そのつもりでここにやってきたのだし。」
 いつものニッコリ笑顔のおじいちゃんはあたしの方を向く。
「おめでとう、エリル。まさか王族がシリカ勲章を貰う日が来ようとは。ザルフも言っていたけど、きっとこれは新しい風だ。もちろん、良い方向のね。」
「あ、ありがと……」
「うんうん。実を言うと、エリルが騎士の学校に行きたいと言った時、僕はこんな感じの何かを期待して何も言わなかったんだ。ふふふ、期待以上で何よりさ。かつてあったかな、王族がこんなに心強い――部下や護衛ではない仲間を得たのは。」
 そう言って『ビックリ箱騎士団』一人一人をすごく嬉しそうに見ていくおじいちゃんは……やっぱりっていうかなんていうか、最後にロイドの顔を見て止まった。
「その上、だ。カメリアから聞いたよ? エリルと良い関係だと。」
「は、はい! ロイド・サードニクスです!」
「師匠に似て浮気性だとも聞いたよ。」
「はひ!」
「だっはっは!」
 固まるロイドの横で笑うフィリウスさん……
 て、ていうかなんか、変に緊張する……こ、こういう場合あたしは……ついでにロイドはどうすればいいのかしら……
「ま、残念ながら僕の得意分野は戦いだけでね。人の良し悪しは強さくらいでしか判断できないのだけど……エリルが笑顔で、僕よりもこっち関係には鋭いカメリアが認めるのなら、きっと君は言葉通りの人物ではないのだろう。エリルを頼むよ、ロイドくん。」
 ポンポンとロイドの肩を叩くおじいちゃん。ああ良かった――な、なにが良かったのかよくわかんないけど、とにかくよかっ――
「あ、あの、待って下さい……」
 一安心って空気がお姉ちゃんからも漏れた中、ロイドがおずおずと呟いた。
「? なんだい?」
「えっと……その……オレ――私、は……割と言葉通りの――じ、人物であるつもりは、ないんですけど、こ、行動はたぶん、その通りの……優柔不断なお、男です……」
 うつむいた状態からゆっくりと顔を上げていくロイドをおじいちゃんは見つめ――って何言ってんのよロイド! そ、そんなこと言ったらいくらおじいちゃんだって……
「エリル――さんの、笑顔とか、カメリアさんの判断を信じるというのは……り、理解できるんですがそ、そこにはあの……あなた――の、答えというか感想が……ありません……」
「ほう……」
 ニッコリ笑顔のおじいちゃんがあんまり見ない真顔になる……
「み、みんなの気持ちに応えたいと……欲張りな事を考えている……私を――そんな私がお、お孫さんのここ、恋人というのは……良し悪しの判断とかではなくて単純に……か、家族としてあなたはど、どう思うのか――私は、き、聞いておかないと――いけない、と思うのです……」
 最終的におじいちゃんの目を見てそんなことを言ったロイドをほんの数秒見つめたあと、おじいちゃんはふぅと息を吐く。
「……僕は、そんなモノは不純だとか、昔ならあり得ないとか、今はそういうのがありなのかとか、世論や個人的な思想よりも、本人が幸せかどうかが大事であると考える。世の中には様々な人がいて、家族であっても別人なのだから、僕の思う幸福を押し付けてはいけないのだ、とね。」
 じわじわと、まるで国王の前に並んだ時のような圧力がゆっくりとかかっていくように空気が重たくなっていく。
「だからどういう形であれ、エリルが幸せ――他の子も幸せというのならそれでいい。けれど僕の、君を見た感想を言わせてもらうと……ハッキリ言って――」
 一歩前に出て、威圧するようにロイドに顔を近づけたおじいちゃんは――

「君にそれほどの事が成せるのか、はなはだ疑問だね。」

 関係のない周りの人まで動きを止めてしまうほどの重さを持った言葉をロイドにぶつけた。ロイドも、何か強大な敵を前にしたみたいに息を飲んで固まる。
 おじいちゃんの本音――仮にあたしがロイドと……その、あ、あれなことになった時にそれを許可したりしなかったりできる――と思う立場にあるおじいちゃんの感想。
 で、でもそれでもあたしはこいつを――
「……と、言うのが少し前までの感想だ。ほんの数分前のね。」
「――!」
 驚くロイドをふふふと笑いながらゆっくりと姿勢を戻し、国王のような迫力をいつもの柔らかな雰囲気に戻すおじいちゃん。
「今は……期待している。僕の意見を求めた君は――君ならば、もしかしたらなら出来てしまうのかもしれない――とね。ふふふ、フィリウス、いい男を育てたじゃないか。なかなかに骨のある子だよ。」
「おうよ!」
 緊張が抜けてまぬけ面のロイドの胸を拳でトンと叩き、おじいちゃんは少しいじわるな――挑戦的な笑顔を向ける。
「やってみたまえよ、ロイドくん。期待以上を期待している。」
「は、はひ……」
「ふふふ。エリルは随分と――いや、他の子も、先が楽しみな男に出会ったね。僕の感想として言えば、これは素晴らしい出会いだよ。だから――カメリア。」
「なにかしら?」
「きっとその気なのだろうけど、エリルのサポートを頼むよ。」
「もちろんよ。」
「ついでにカメリア自身にも良い出会いがあるといいのだけどね。」
「その内ね。ところでおじいちゃん、あの辺とかその辺の貴族が話したそうにしてるわよ?」
「おっと、そうだった。あんな襲撃の後だからしばらく忙しくなりそうだよ。それじゃあ僕はこの辺で。」
 ニッコリ笑顔で――なんでか一瞬あたしを見てグッと拳を見せたおじいちゃんが貴族の波の中に消えていくと、ぷはぁとロイドが息をはいた。
「あああぁ……緊張したぁ……」
「すごいわよ、ロイドくん。おじいちゃんって誰にでもニコニコ笑顔だから、逆にそれ以外の顔を向けられるっておじいちゃんの中で評価が高いって事なのよ?」
「マ、マイナス方向に高評価ってことはないでしょうか……」
「ふふふ、確かにすごく気に入ったか大嫌いになったかの二パターンはあるけど、今回は前者よ。おじいちゃんのあんな挑戦的なニヤリ顔初めてみたわ。」
「そ、そうですか……」
「だっはっは! そりゃあハーレム王を宣言されちゃあじいさんもニンマリだろ!」
「な――そ、そういうつもりじゃ! オレはただこう――」
「こうなりゃアレだな! 天才大将には必要ないかもだが、俺様のその道うん十年のテクニックも伝授してやろう!」
「い、いらねぇよ!」
 ……そういうつもりはって言ったけど、ロイドの言ったことって普通に考えるとフィリウスさんの言う通りなのよね……
 でもたぶん、そうじゃない。どういうのかはわからないけど、きっと違う何かを目指すんだと思う。ロイドがよく自分で言ってる優柔不断って言葉には言葉以上の重みがあって……ロイドは本気で自分への好意の全てに……
 そりゃあまぁあたしだけ――じゃないのはアレだけど……ロイドだし……
 …………何かしら、こういうのを惚れた弱みっていう――べ、別にだからって全部許しはしないんだからっ!!
「あーあー、これで優等生ちゃんもお姫様も家族の家長的な人からオッケーもらっちゃった感じだよねー。やっぱりあたしも家に連れてかないとだねー。」
「で、でもキルシュ……さんって、エリルちゃんのお、おじいさん、だし……か、家長っていうか、そ、そういうのを話す相手っておと、お父さんなんじゃ……」
「残念だけどうちでは違うわね。エリーがセイリオスに入れたのも正直おじいちゃんが……賛成はしなかったけど反対もしなかったっていうのが後押しになってるくらいなの。極端な話、他の家族が反対してもおじいちゃんがいいって言ったらそれで通るのよ。だから――うふふ、やっぱりすごいわよ、ロイドくん。これで家のことについては安泰だわ。良かったわね、エリー。」
「べ、別にどっちだって……」
「まーすぐ無駄になるけどねー。明日明後日くらいにはロイくんはボクにメロメロだもん。ねー。」
「びゃあっ! リ、リリーちゃん、そのくっつきかたは刺激が――!」
「だっはっは、忙しいな大将! 若干酒場の姉ちゃんにいじられてた頃に似て――」
 一応貴族だらけのこの場でもがははと笑うフィリウスさんがふと何かを思い出す。
「そういや年上の女が怖いとか言ってた頃はお嫁さんにするなら大人しい子がいいとか言ってなかったか、大将?」
「そ、そうだったか?」
 大人しいっていうフレーズであたしたちの視線がなんとなくティアナに向き、ティアナが「えへへ」と照れる……い、いや、昔はそうだったって話よ……昔は……
「おうよ。あの七年間における大将の数少ない色恋話だからな。カーミラちゃんの件は勘弁として、他はそれなりに覚えてるんだぞ? 気になる子がいるって話もあったしな。」
「えぇっ!?」
 ……は?
「ありゃあどこだったか、キキョウみたいな代々何かっつー家に何日か厄介になった時にそこの家のメガネの子がどうだかっつー話をしてたぞ? あとはほれ、色気色気言う奴にも気に入られてたろ。」
「そいつは男だ! と、というかメガネの子って――」
「……ロイド……?」
「ぎゃ、エリル、いや、お、覚えがないのです!」
「ふぅむ。これはいよいよ本格的にロイドくんとフィリウス殿から七年分の記憶を引っ張り出す魔法か何かを使って全ての出会いをチェックしなければならないな。」
「お、そりゃいいアイデアだ! ちょうどそういう特殊な魔法の使い手が軍にいるからな! ま、七年分となるとすげー嫌な顔されそうだが!」
「で、出会いのチェック……」
「あれー? ロイドってば、知られるとまずい出会いでもあるわけー?」
「な――そんなのありませんから!」
「で、でも……お、女の子との出会いはき、気になるけど……そ、それ以外のロイドくんとフィリ、ウスさんの冒険も……気になる、ね……」
「お、それは俺も気になるぜ。魔人族と知り合うような旅だもんな。すげー魔法生物とかともバトったりしたんじゃねぇか?」
「大冒険だな。いっそ本にしたらいいんじゃないか?」
「記憶を見る魔法……ねぇフィルさん、それ、女の子との出会いの記憶をボク以外全部消去したりできないの?」

 国王からのシリカ勲章の授与、ローゼルのやらしい――トンデモナイ報告会、おじいちゃんからのオ、オッケーに……ロイドの昔の女の話……色々起きたけど結局いつも通りの騒がしい空気になって、あたしはなんだかほっとする。
 今はお姉ちゃんやフィリウスさんがいるからそういうのはないんだけど、授与式の前とかにはよく知らない貴族とか名の知れた騎士とかがなんでかあたしたちに挨拶しに来て……そりゃあシリカ勲章の重要度みたいのはわかってるからその反応も理解できるんだけど、なんだかあたしたちが急に違う何かに変わったみたいで落ち着かなかった。
 でも……昔は苦手だったこういうパーティーが初めて楽しいと思えるくらいに全員いつも通りで、あたしは嬉しく思った。
 これで……少なくともあたしたちにとってのあの戦いは、今日の勲章授与で一通りの事後処理みたいなのがすんで、ようやく終わりを迎えたみたいね。



 勲章をもらったことよりも、ローゼルさんのお父さんやエリルのおじいさんとのあれこれとフィリウスが口にした……あとで色々聞いてきたみんなの言葉を借りるなら……む、昔の女についてのあれこれにばたばたした日の翌日。オレは朝早くからリリーちゃんの部屋にいた。
「鍵がかかっててもロイくんならいつでも通れるって言ったけど、魔法そのものをオフにするとこの部屋には誰も入れなくなるんだよ。」
 通常の鍵とは違うらしい、見るからに特殊だとわかる不思議な色と形状をした鍵をリリーちゃんが部屋のドアに差し込むと……なんというか、ドアの色が薄くなった。同様の事を部屋の窓にもやると、窓の向こうに見えていた外の風景が真っ暗になった。
 女子寮には部屋の空きが無いっていうのと学食で購買をやっているっていうのの関係で、リリーちゃんの部屋は学食の地下にある。学院長お得意の空間をどうこうする魔法でこの部屋へと通ずるドアが女子寮の壁に設置されているのだが、その魔法を部屋の内側から切ったということはこの部屋に続く入口が全て閉ざされたという事になる。
 どうにかして入ろうと思ったなら、リリーちゃんの部屋に来たことがあったり、部屋の中に印を刻んだ何かを置いておいた位置魔法の使い手が『テレポート』を行うか、学食の下をえっさほいさと掘るしかない。だけどリリーちゃんは自分以外の『テレポート』を妨害する……魔法なのかマジックアイテムなのかはわからないけどそういうのを設置しているし、地面を掘ったりなんかしたら最悪学食が沈む。
 よって現在、オレとリリーちゃんは……じゃ、邪魔の一切入らない部屋で二人きり……ということなのだ……
「あ、あのリリーちゃん? 今日と明日がその、リリーちゃんとのお、お泊りデートなわけで……ど、どこかに出かけるんじゃ……」
「んふふー。世の中にはおうちデートっていうのがあるんだよ、ロイくん。」
「お、おうちデート……?」
「一緒にお出かけしておいしいモノ食べてっていうのもその内するけどね。今回はボクの部屋でデートだよ。」
「そ、そうなんだ。でもここでデートって、何をするの?」
 あれだろうか。パムと再会した時みたいに、一晩語り明かすみたいなおしゃべりタイムだろうか。
「やぁん、ロイくんてばそんなこと聞いちゃうのー?」
「えぇ?」
「この前言ったでしょー? ここ最近のあれこれに加えてあんな熱烈な告白――ボクはもう我慢できないって。」
「えぇ!?」
 この前の集中治療室での光景がパッと思い出され――はぅ、い、いかん、あれはいかんのです!
「ロイくんとイチャイチャしたいっていうのはあるけど、それでやらしー女の子って思われたりしたら嫌だから、ボクの中でこれくらいっていう線が一応あったんだよ? でもあんな……うふふ、あんなにあんなことされたらねー。だから今回のお泊りデートでは今から明日の夕方まで、ロイくんとイチャイチャし続けることにしたの。」
「ぶえぇっ!?!?」
 ドキリとする熱い視線に思わず後退するがすぐに部屋の壁にぶつかった……あ、あれ、これはかなりまずいのでは……
「ご飯も準備しておいたから、ずーっとこの部屋で……二人っきりでいられるの……だからね、ロイくん……」
 リリーちゃんがパチンと指を鳴らすと部屋の真ん中にあったテーブルが消え、代わりに寮のベッドの二、三倍はありそうな大きなベッドがドスンと出現した。
「ロイくんはただ、その手で……唇で……全身で――ボクの事を全力で……愛してくれればいいんだよ……?」
 お泊りデートということで一応お出かけ用の服を着ているオレに対し、何故かリリーちゃんは制服姿だったのだが……するりと上着を脱ぎ、リボンをほどき、靴下を脱いだリリーちゃんはシャツとスカートだけという軽装で無防備極まりなくベッドの上にゴロンと転がってええぇええぇぇっ!?!?
「ほら、ロイくんも。」
「いややややや、オ、オレもってその――あの――こここ、これはどどどど――」
「わかってるくせにー。約束したよー? ローゼルちゃんにしたのよりも……すごいの、してくれるって。」
「――!!!!」
 唇に指をあて、ほんのり頬を染め、潤んだ瞳でオレを見つめるリリーちゃんはその服装とか体勢とか状況とか色々のせいで凄まじく色っぽいというか艶っぽいというかハッキリ言ってめちゃくちゃエロい――!!
「ででででもですね! なんというか――ほ、ほら! こんな朝からそそそそんな――」
「んもぅロイくんてば……しょうがないなぁ。」
 瞬間、寝転がっていたリリーちゃんがパッとオレに抱きつき、若干デジャヴなのだが華麗な足技でオレをぽいっとベッドに放り投げて再びパッと移動し、壁際に立っていたオレは一瞬でベッドの上、リリーちゃんの横に転がされてしまった。
「リ、リリーひゃん!?!?」
 慌てて起き上がろうとするもがっしりと抱きつかれてしまい、身動きがとれなくなる。
「まぁロイくんだし、最初はそうだよね。じゃあまずはその気になってもらうところから始めようかな。時間はたっぷり、あるんだしね……」
「んんん!?」
 重なる唇。グイグイと押し付けられるそれは段々と力を増し、一瞬離れたかと思ったら食べるかのように覆い、歯をこじ開けて舌を――シタを――シタアアアアアッ!?!?
「――んん、ん……はぁ……んん……」
「――! ――!! ――!!!」
 リリーちゃんはいつも結構強力なキ、キスをしてくるけどこれは――桁違い……ああ、目の奥がチカチカする……!
「……んふふ、ロイくんてば、そんなだるんだるんな顔して……」
「あひゃ……びゃ、リリーちゃん……あの……」
「今はボクからだけどロイくん、その気になったら……ね? ボクの全部を――」
「! だ、これ以上ばぁむうううぅぅっ!!」



「ローゼルもそうだったけど、そんなに朝っぱらから……ロイドとデ、デートしたいわけ?」
「うわー嫌味ー。毎日目が覚めた時から寝る時までロイドといっしょのくせにー。」
「お、おはようのキス……とか、おやすみの、キス……とか、してる……の……?」
「してるというか「しろ」と言ってそうだな、このムッツリお姫様は。」
「誰がムッツリよ! そ、そんなこと……してない、わよ……」
 朝、起きるや否やおめかししたロイドはリリーとのお泊りデートに出かけて行った。どうもリリーに早くに来るように言われてたみたいで……せめてどこに行くのかくらい聞いておきたかったんだけど……
「位置魔法を駆使してあっちこっちで遊んでいるのかもしれないし、もしかすると部屋にいたりするのかもしれないが……まぁ、相手が第十系統の使い手となるとこちらから干渉するのは難しいだろうな……」
「それであんたたちがモヤモヤしてんのはわかるけど、なんで毎度この部屋に集まるのよ。」
「お姫様だってモヤモヤしてるでしょー? でもってそうなるとお姫様はロイドの布団に忍び込むからさー。見張ってるんだよー。」
「――!」
 なんかかんかの言い訳を返そうと思ったけどどうしようもないくらいにその現場をみ、見られちゃってるから何も……
 い、いいじゃないのよ……ローゼルたちが何かと抱きつくのとお、同じようなもんよ……あ、あたしだって……
「まぁエリルくんに限らず、ロイドくんがリリーくんと今頃――とか考えると色々しでかしてしまいそうだからな。こうやって集まるのは良い事だろう。きっとわたしがロイドくんと愛し合っている時もこんな感じだったのだろう?」
 ふふーんって偉そうな顔になるローゼルを全員でジトッと睨む……
「……まー、あの時はロイドの妹ちゃんに鍛えてもらってたよねー。」
 ちなみにパムは国王軍の仕事の方が……まぁ当然ながら忙しくなってしばらくは部活にも顔を出せないかもと言ってた。まぁ、あたしたちも微妙に疲労が抜けきってないから……一週間くらいはボーッとしてる方がいいのかもしれないわね。
「よし、こうしてエリルくんの監視という形で集まっているのだから、どうせなら有意義な時間にしようではないか。アンジュくんもいることだしな。」
「それってロイドが言ってた剣のことー? 考えるって言ってもどうしようもない気がするけどなー。」
「は、話してれば……な、なにか思いつく、かもしれないよ……図書館に行くのも、いいと思うし……」
「……そうね……」

 国王軍の医療棟の集中治療室で、暴走したリリーのエロ――攻撃で気絶したロイドはそのせいでっていうマヌケな感じだけど、ご先祖様のマトリア・サードニクスにまた会ったらしい。そこでロイドがベルナークについての話を出したところ、マトリアがロイドにある事を教えた。
 全ての武器を網羅し、どれもがその武器で最強と言われる武器、ベルナークシリーズ。歴代のベルナークの者たちの戦闘記録から図鑑なんかも作られてて、誰でも一度はそれを読んで自分の武器に合ったベルナーク――あたしならガントレットのそれが欲しくなったりするわけだけど、中でもたぶん、世界で一番使い手が多い「剣」は記録上、三種類ある。
 一本目はここ、フェルブランド王国の首都ラパンの武器屋にあるどこにでもありそうな見た目の両刃の剣。普通なら城の宝物庫にでも入りそうなものだけど、何故か店の真ん中に飾られてる。持ち主はその武器屋の主人になるんだろうけど……どうしてそんな人がそんなモノを持ってるかは謎だわ。
 二本目はこの間発覚したけど、カペラ女学園にいる唯一の男子、ラクス・テーパーバゲッドっていう奴が持ってる片刃の剣。そいつのお姉さんのグロリオーサ・テーパーバゲッドっていうのが『豪槍』って呼ばれる有名な騎士で、たぶんそっち経由でその男の手に渡ったんでしょうね。
 でもって三本目なんだけど……これはずっと行方不明。存在してるのは確からしいんだけど、その形状や使い手の情報が皆無と言っていいほどで世界中の剣使いがそれを求めてあちこち探してるらしかったんだけど……その在り処をロイドはマトリアから聞いたというわけ。
 というのも、その三本目の持ち主がマトリアだったらしく、二刀流の使い手だった彼女の武器は一対の剣なのだとか。
 言われて見れば彼女、スピエルドルフで表に出て来た時はロイドの剣を両手に一本ずつ持って構えを取ってたわね。
 まぁそういうわけで、両手でくるくる剣を回すロイドにはピッタリってわけで……プリオルの増える剣とそれが揃えば武器に関しては言う事なしって状態になる。あれでもアフューカスっていう最凶最悪の悪党に目をつけられてるわけだから、装備をしっかりしといて損はないわよね。

「しかしシリカ勲章にベルナークシリーズとなると、いよいよロイドくんは英雄か何かになりそうだな。」
「その内そーなるんじゃないかなー。あたしはそんな未来を見据えて、ロイドを自分の騎士兼旦那様にしたいんだからねー。」
「百歩譲って前者で満足するのだな。だがマトリアさんも恐ろしい所に武器を隠した……いや、一応は捨てたのか……厄介なところに放り込んだものだ。」

 マトリアがサードニクスに嫁入りする時に争いの種になるからと自分の武器を捨てた場所。ベルナークの武器はほぼ破壊不可能だから誰も来ない所を選んだらしいんだけど……

「ねー。まさかうちの国の火山の中だなんてねー。」

 お姫様になるっていう夢の為、自衛の為の強さと自分を守る騎士を手に入れにフェルブランドにやってきたアンジュの故郷。それが火の国って呼ばれてる国、ヴァルカノ。大国ってわけじゃないけど小国って言うほどの規模でもない……お姉ちゃんが言うには世界連合でも相応の発言権を持ってる国らしい。
 国についてる通称は大抵その国の特徴や名物なんかが元になるわけだけど、ヴァルカノの場合は大きな火山があるからそう呼ばれる。というか、そこにその火山があったから国が出来上がったって言ってもいいくらいね。
 お姉ちゃんに言われてちょっと調べたんだけど、その火山――ヴィルード火山は普通のそれとは違って、内部……いえ、山全体が魔力を持ってるらしい。
 世界にはそういう、なんだかわからないけどマナが異常に濃い場所とか、普通なら空気に溶けてマナに戻るはずの魔力がその形のままで溜まってたりする場所がいくつかあって、ヴィルード火山は魔法的に見るととんでもない力を秘めてるのだとか。
 そこだけ聞くと危険な火山としか思えないけど、実際はその逆。山にあるモノ全てが魔法的力を帯びているということは魔法で制御できるという事で、特別な機械を用意しなくても魔法を使って火山が持ってる莫大なエネルギーを抽出できてしまう。ヴァルカノっていう国はそれを利用して発展していった国ってわけね。
 地下からマグマと共に上がってくる無尽蔵と言っても過言じゃない……えっと、熱エネルギーに魔法を加えたような変な――特殊なエネルギーをヴァルカノの建国者たちが作った魔法で火山から抽出し、それを使って発電機とかを動かす。だからエネルギー問題とかは無くて、他の国から結構羨ましがられるらしいんだけど……そう気楽な話でもないらしい。
 そもそもヴァルカノの建国者って呼ばれる人たちは学者で、元はヴィルード火山っていう特殊な火山の調査の為にそこに来た。そしてこの火山がため込んでいる力が解放、つまり噴火した場合……破局噴火? っていうらしいんだけど、世界規模で環境を変えてしまうことが判明した。学者たちは、それを防ぐには地下から絶えず湧き上がってくるエネルギーをためさせない――つまり抜き取るしかないと考え、エネルギーを抽出する魔法を生み出し、それを消費する為にそこで生活を始めた結果……今のヴァルカノになった。
 だから……お姉ちゃんいわく、他の国はあんまり認めたがらないけど、ヴァルカノはそこにあり続けることで世界滅亡を防いでくれている国。無尽蔵のエネルギーを得る代わりに、世界を滅ぼす爆弾の管理を任されてると言ってもいい……らしい。実際、エネルギーを抽出する魔法の維持や効率アップの為の研究に予算だなんだっていうのを大きく割いてるみたいね。
 まぁ、その影響で第四系統の火の魔法に関する研究ではフェルブランド以上だと言われてて、剣と魔法の国としてはちょっと残念――って、お姉ちゃんは言ってた。

 で、そんな世界を滅ぼす爆弾ことヴィルード火山の火口に自分の武器をポイ捨てしたのがマトリアというわけなのよね……
「ヴィルードって常に火口からマグマが覗けるような火山だからねー。その武器はマグマの中ってことだよねー。」
「まぁ、だからこそそこに捨てたのだろうが……マジックアイテムで場所がわかっても取りに行く手段がないな。」
 そこらの雑貨屋さんでも売ってるんだけど、なくし物を見つけてくれるマジックアイテムっていうのがある。位置魔法の応用で作られてて、なくした物の持ち主が使う事でその位置を示してくれる。今回の場合、武器の持ち主はマトリアになるわけだけど、その魂の一部を持つロイドが使えば示してくれる可能性はあるし、ロイドが言うには必要なら自分が表に出てもいいってマトリアが言ったみたいだからたぶん大丈夫。
 だから問題は、ヴィルードっていう巨大な火山の中のどこにあろうと……それはマグマの中っていう点なのよね。
「昨日のパーティーでアイリスに聞いたけど、マグマの温度に加えてヴィルードの魔力の影響もあるから全力の耐熱魔法でも三十秒もてばいい方って言ってたわ。」
「それだけあれば充分じゃないのー? 商人ちゃんの『テレポート』でパパっとさー。」
「余裕が無さすぎる。移動した先で何かにつまずいて転んだりしたら、それだけでアウトになりかねない。そんなギリギリの条件では未来の夫を送り出せないな。」
「ロゼちゃんてば……あ、あの四本腕の人とのた、戦いで使ったみたいな、ロ、ロゼちゃんの氷で……マグマを防御したら、ど、どうかな……」
「むぅ、相手は高温の塊だからな……硬さに関しては自信があるが、あの戦いでもあったように相応の温度になればわたしの氷も溶けてしまう。」
「でもあれは相手が体温っていう数値をデタラメに引き上げたからよね? さすがにあんな規格外の温度じゃないと思うけど……」
「かもしれないがもう一つ、ヴィルード火山を覆う魔力は言うなれば火のマナから作られた火の魔力なんだ。そんなのが充満した場所で、仮に水のイメロからマナを生み出して魔法を使ったとしてわたしの氷……いや、水魔法の力は相当落ちるはずなのだ。その状態でマグマの中……おそらく潜るほどに火の魔力も強くなるだろうからな……こちらも不安が大きすぎる。」
「相性が悪いってわけだねー。」
「ああ。まぁ、その場でロイドくんに初めてを捧げる事が出来たら、わたしの魔法は更なる力を得てそれくらい可能にしてしまうかもしれないが。」
「あんたねぇ……」
「心配するな。わたしだってそんなムードも何もない所でしたくはない。」
「優等生ちゃんってばやらしーんだからー。ちなみにロイドの吸血鬼の力じゃ無理なのかなー。魔法を弾くって事は、ヴィルードの魔力を無視できるんでしょー?」
「そっちを無視してもマグマそのものの温度が……いや、ありか? 結局ネックになっているのはヴィルード火山が持つ強力な魔力で、それが耐熱魔法や氷に影響を与えるというのならそれを無効化してしまえばまだ何とかなるような気もするぞ。」
「あ、あと……デ、デートから戻って来たリリーちゃんなら、す、すごい位置魔法でなんとか、できたり……しちゃう気も、するよね……ロゼちゃんみたいに……」
「それは……想像したくないが一理あるな……ラッキースケベの力はほぼなくなったとは言え、あのお風呂からずっとテンションの高いリリーくんが相手だからな……ロイドくんの理性はあてになるまい。」
「押せば倒れるってわかっちゃったもんねー。商人ちゃんも手加減しないだろうねー。」
「も、もしかしたら……ロゼちゃんの時、は……がまんできた…………あの、えっと、さ、最後も……リリーちゃんに……」
「ぐぬ、それも一理ありだな……い、いやロイドくんならば…………というか……」
 ぐぬぬって顔をしてたローゼルがふとあたしの方を見る。
「どうも妙なのだが……わたしという前例がある中でリリーくんとのお泊りデートが始まったというのに、最近「あたしの恋人」アピールをするようになった一時的な勝者であるエリルくんがわたしたち以上に落ち着いて見えるのはどういうわけだ?」
「!」
 内心ドキリとする。感づかれないようにっていつものようにしてたら逆に怪しまれた……
「わたしとロイドくんが出かける時は鬼のような顔をしていたはずなのだが、今のエリルくんからは不思議な余裕が感じられる。」
「! あ、あれ、もしかしてだけど……あ、あたしたちにし、したことをエリルちゃんにもするっていう、あの、や、やらしい約束……?」
「!!」
「お姫様ー? なんか顔が赤くなってんだけどー?」
「エリルくん?」
「な、う、うっさいわね! これは――」
 なんて答えるべきか、考えながらラコフと戦った次の日を思い出す。


 集中治療室でふやけるまでお湯に浸かった次の日、それでもあたしたちはそれぞれの部屋から一歩も出られなかった。
 まぁ、ご飯を食べに学食には行ったけど、全員疲れ切った顔でそれほど会話もせず、一日をそれぞれのベッドの上で……少なくともあたしとロイドは過ごした。
 で、疲れてるから眠気はあるんだけどそんなに寝てばっかもいられなくて……夜ごはんを食べてお風呂に入った後は二人とも目をパッチリさせてて、だからあたしはあの事――ユーリの力で起きた告白についての話を始めた。

「ロイド……」
「はい、なんでしょう……」
「あんた、あたしであんな……やらしいこと考えてたのね。」
「ぶばぁっ!」
 たぶん慌てて起き上がっただろうロイドに合わせて壁に寄り掛かりながら上体を起こすと、案の定の姿勢で顔を真っ赤にしたロイドが対面にいた。
「ローゼルとやらかした後だからかとも思ったけど、あのエロ女神にしたこと……い、以上のことを……あ、あたしで……」
「びゃああああ! そそ、そんな事が伝わったのか!?!? たた、確かにたまに想像したりするけどたまにであってそんないつもいつもやらしい目で見てるわけでは――」
「想像してるのね……変態。」
「ぎゃっ!」
「……あ、あんたがムッツリドスケベなのはもうわかってるわよ……ただなんていうかあんた……や、やらしすぎるんじゃないの……?」
 ラコフとの戦闘中、ユーリによって頭の中に流れ込んできたロイドの想い。あたしのことがす、好きっていう……恥ずかしくて死にそうになるくらいにお、大きな感情と一緒に転がって来たロイドのや、やらしい妄想。それはなんていうか……ちょ、ちょっと大人過ぎる、のよね……
「どこで覚えたのよあ、あんなの……あんなやらしいことをぜ、全員に対して妄想してるわけ……?」
「!!!! い、いやたぶん……エリルだけかと……」
「な、なんでよ……」
「い、いやぁあの、そもそもですね……オレの――そ、そっち系の知識というのは……主にフィリウスに連れてかれた酒場で聞いた事でして……お、大人しかいませんし、そういう話題は盛り上がるものだし……そ、それにそ、そういうのを仕事にしてる大人のお姉さんとかもい、いましてですね……」
「! ま、まさかあんたその大人のお姉さんと――」
「してません! せ、せいぜい小脇に抱えられるくらいです!」
「……それもそこそこあれな気がするけど……」
「と、とにかくそういう会話ばっかり聞いてて……今こうしてエ、エリルという恋人を得て……す、するとそれが繋がって……もも、もしかしたらここ、恋人に対してはああいうことも――とか! 妄想してましたすみませんっ!!」
「……あ、あたしに対してだけ……っていうのは本当……なんでしょうね……」
「う……そ、そうであったことが多いのは確かですが……ラ、ラッキースケベ状態になってからはちょ、ちょっとみんなに対してもあった……かもです、はい……」
「変態、ドスケベ、鬼畜、女ったらし。」
「はひ。」
 もしかしたら女子に対しては人畜無害な印象を持ってる他の女子生徒もいる気がするくらいにこいつはそっち系のことをしでかさず、逆にやられるタイプ……それなりに年相応のあれこれはあっても受け身が基本で時々しか…………そう思ってたけど、ユーリのおかげで普通以上に変態って事がわかった。
 ……こ、恋人がそんなんだと大変だわね……そうよ、あ、あたしは大変……それに応えられるのはあたしだけ――って別にそういうことをしたいわけじゃないわよっ!!
「ふ、ふん、こんな変態だものね……ローゼルにあんなことしたのも……わかるってものだわ……」
「はひ……」
「…………で?」
「……はひ?」
「……あたしもあんたも一日中ゴロゴロしてて……今すごくヒマだわ。」
「?? そ、そうですね……」
「かと言って別に勉強とかするほどの元気はないっていうか、それでもやっぱりベッドには転がってたいのよね……」
「ど、同感ですが……」
「…………ローゼルにしたこと……ど、どうすんのよ……」
「そ、それはもう全てはオレの――」
 と、そこまで言ってロイドがハッとする。でもってムズムズする顔で再び赤くなっていった。
「やや、約束――のこと、デスヨネ……あ、あのですねエリル……とはいえオレはロ、ローゼルさんをオ……オソッテからそんなに日も経ってなくて……だからそ、そういうことになると……し、しかもエリル相手だと……や、やばいですよ……?」
「い、言ったでしょ……あたしだって正直……こ、これからはもうちょっとあたしも頑張るっていうか……するようにするって……だ、だから……別に……いい、わよ……?」
「――!!」
 ロイドが赤いままで固まる。あの顔はそろそろ色々と我慢ができなくなってきた顔……
 ……あれ? ていうかあたし……ロイドのあのやらしい妄想について聞いとこうと思っただけだったんだけど……ローゼルにやらかした事と約束を思い出して……あ、あれ? ヒマだとかベッドに転がってたいとか……これってもしかしてあたし、普通にロイドを……!!
「――! だ、ち、違う、そ、そういうんじゃ――べべ、別に今あたし――ササ、サソッタわけじゃないわよっ!?!?」
「い、いや、遠回しにではある、けど……サ、サソワレタ感じなのですが……」
「――!! ドスケベなあんたじゃあるまいし! い、今のは言葉のあやっていうか、あんたがどど、どうしてもっていうのなら仕方ないっていうだけで――あ、あたしはそんなんじゃないわよバカ!」
「で、でもですねエリル、しょ、正直最近のエリルは色々と大胆になってきたというか……け、結構えっちくてオレは……」
「――!!! う、うっさいわね! 知らないわよ誰のせいよ! あんたが――あんたがっ! だだだ、だいたいこういうのは男からリードするもんよ! こ、この根性無し!」
「うぐ――そ、それは確かにそうかもしれない……」
 最後の一言が刺さったのか、ロイドは「うぐ」って顔をしたあと真剣な表情になった。
「な、なんというか前はエ、エリルにき、嫌われるんじゃないかってのがあって……で、でもこの前そうでもないって……い、今や心配は無くて……その上や、約束っていう理由というか後押しもあるわけで……よ、よし! そこまで言われてはオ、オレも男なので……!」
 しゅばっとベッドの上で正座したロイドは赤くひきつった顔でカタコトのように言った。

「オ、オソッテいいですか……!」

 ――!!!!
「そ、そんなバカ正直に聞くんじゃないわよ!!」
「じゃ、じゃあ――お、お身体に触れてもよろしいでしょうか……!」
「大して変わんな――も、もういいわよ! 好きにしたらいいわ!」
「――! え、えっと――オ、オレとしてはウ、ウレシイカギリですけど……ほ、ほんとに? い、いや、オレだってその、せせせ、責任とかそういうのは覚悟の上というか何でも頑張る気は満々だけどエ、エリルはその……」
「オレも男って言ったばっかでなんでヘタレんのよバカ! ローゼル相手の時は飛びかかったクセに!」
「は、はひ!」
 やらかす時はやらかすクセに自分からとなるとこんなんなのね、このバカは!
 ま、まぁ、それだけあたしの事を考えて――るのかもしれないけど、で、でもあたしは……
「でで、では――す、好きにします……! ダダ、ダメだと思ったら早めに蹴飛ばすなりするんだぞ!」
「も、燃やしてやるわよ!」
 こういう時っていつも二人そろって変なテンションになる気がするけど……何度か部屋を燃やしそうになりながらもナントカあたしたちは……


「――ユ、ユーリのせいであのバカの告白を聞いたからロイドの……と、とにかくその辺がわかったから、ちょ、ちょっとだけあれなだけよ……!」
「そうかそうか。それでどこまでしたのだ? わたしとの再現だというならこの前話した通りか、も、もしくはそれ以上――さ、最後までか……!!」
「ひ、人の話を聞きなさいよ!」
「お姫様ー、そんなんじゃ騙されないよー?」
「エ、エリルちゃん……や、やらしい……」
「にゃっ!?」
 ついにティアナにまで――べ、別にやらしくなんか――ここ、恋人なんだからあああ、アレクライ!!
「リリーくんが帰ったらリリーくんだが、ひとまずはこちらのムッツリ姫を尋問といこうか。」
「そだねー。あたしの時に同じ事してもらわなきゃだしねー。」
「あ、あたしも……」
 ジリジリと距離を詰めるローゼルたち……ま、前もこんなんだったわね……
 で、でもあたしだって頑張るって決めたのよ……ロイドは、あ、あたしのなんだから……!



「おやアドニス先生。ケガ人だというのに休日出勤とは感心せんぞ?」
 学院の職員室の自分の机で書類に目を通してると学院長がやってきてそう言った。
「一応ケガは治ってるんでケガ人ではないですよ。」
「身体だけでなく心も回復してこその完治じゃよ。ただでさえ戦闘というのはすり減らすのだから、その後の休養はしっかりせんといかんぞ。」
「それはまぁ……なんと言いますか、ちょっとガックリきてるんで仕事をしたかったんです。」
「? 大活躍だったと聞いたが。」
「飛び出してった生徒を追ったはずがオズマンドと滅国のデブと戦って終了……教師としての目的が達成できてないんです。」
「しかしその生徒たちは自分たちの力で戦い抜いたのじゃろう? アドニス先生の教育の賜物ではないのかのう?」
「あれはウィステリア……サードニクスの妹とその場にいたっていう魔人族のおかげですよ……」
 序列四番のカゲノカが回避に関しちゃ右に出る者のいないゴリラに血を流させたんだから、その上の序列三番だったラコフとかいうのの強さは相当なモノだったはずだ。下手するとウィステリアすら危うくて、魔人族がいなけりゃ全員殺されていたかもしれない。
 今回は……運が良かった。
「謙遜するのう。まぁ騎士同様、教職の道もそれぞれじゃからな。自身の理想を目指して自分だけの納得を得ればよい。で、それはそれとして何をしとるんじゃ?」
「ああ……どんな任務が来てるのかと思いまして。」
 セイリオス学院の年間スケジュールの中にあるいくつかの大きなイベントの一つ、交流祭の後に控えるあれの準備として書類――いや、正確には依頼書を私は指差した。
「ほう。駆け出しの頃を思い出すじゃろうが、アドニス先生が胸躍るような任務はないぞ。」
「わ、わかってますよ。自分の生徒ならどれかなと……」
「ほほ、すっかり教師で何よりじゃ。そういう吟味も楽しかろう。タイミングも良い。」
「? タイミング?」
 私がたずねると、学院長は依頼書を積んだ私の机の上に一枚の封筒を置いた。
「残念じゃが、一部の生徒は既に決まってしまったようなものじゃ。」
 それはそこらの店に売ってるような封筒ではなくて、貴族や王族、はたまた国家間のやりとりなんかに使われるような……簡単に言ってしまえば「とてもいい封筒」で、どういう意味かと差出人を見た私はその名前で学院長の言いたいことを理解した。
「……いやまぁ、確かにあっちじゃ有名なあの時期ですけど……国外ですよ?」
「国内でなければならないという決まりはないぞ。今まで前例が無かっただけじゃ。ならば初の学生シリカ勲章の彼らにはピッタリというモノじゃ。」
「私はあれ、かなり過大評価だと思うんですけどね……まぁ、それでいい気になるタイプでもないからいいっちゃいいんですが……」
「厳しいのう。まぁそれはそれとして、この任務は彼らにとって良い経験になるはずじゃ。現役の騎士でもそう簡単には受けさせてもらえぬ任務じゃしの。」
「……ったくあいつらは……問題児じゃないですけど話題に事欠きませんね……」
「教師のしがいがあろう?」
 にんまり笑った学院長が職員室から出ていったあと、私は超高級封筒を眺めてため息をつく。
「それを新任教師に任せるってのもどうなんだろうなぁ……」

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第一章 彼らと彼女らの戦果

勲章や火の国やベルナーク、そしてロイドくんのやらかしから二人の進展と、色々な事がわかったり起きたりしました。リリーちゃんとは何がどうなるんでしょうかね。今更ながら、一体いつからローゼルさんはあんなキャラになったのでしょうか。

そして火の国ヴァルカノ。一体どんな国なのでしょうか。個人的にはアンジュの師匠が気になりますね。

騎士物語 第八話 ~火の国~ 第一章 彼らと彼女らの戦果

オズマンドとの戦いを終えたフェルブランドの騎士たちを労う中、王族であるエリルを守った『ビックリ箱騎士団』にあるモノが贈られるが、それはそれとしてロイドはリリーとのお泊まりデートを迎える。 悶々と過ごすエリルたちはロイドが得たある情報について考えを巡らせ、一方ではセイリオス学院における次なるイベントの準備が進んでいて――

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更新日
登録日
2019-02-14

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