
子供たちはタイムマシーン
「明日から学校だー」
ノンが寂しそうな声をあげた。
「うん」
気取り屋のポッポがピカピカのペンシル型懐中電灯を胸のポケットから取り出すと、スイッチをひねった。しかしお日様の光が強すぎて、点いたのか点かないのか分からない。
「今日は何しよう」
ノンが石ころを拾うとドラム缶に投げつけた。ドラム缶はグオンと悲鳴をあげた。
リボンのピッピはこっそり飼っているドラ猫のポケトルニャンのヒゲを引っ張っている。
「ピッピ、今日は何しよう」
「うるさいわねー、今ポケとお話しているのよ」
ピッピはしかめ面をした。
「そんなデブ猫放っときなよ」
ポッポは小さな石ころをポケトルニャンの尾っぽに命中させた。
「ギャーオ」ドラ猫はあわてて尾っぽを足の下にしまいこんだ。
「なにすんのよ、ポケ痛かったでしょう」
ピッピはポケの手をとると踊りだした。
「またあの家を探検しに行こうよ」
ポッポはピカピカのペンライトの光を見たくてしかたがない。ノンは少しうらやましそうだ。
「いいわよ、でもポケも一緒につれていっていいでしょ」
「ちぇ、しょうがねえな、いいよ」ポッポは立ち上がった。
少年たちはドラム缶広場からポッ!と姿を消すと、道を隔てた赤い尾根の屋敷の前にペッ!と現れた。埃のたまった木塀の板を一枚動かすと庭の中に入り込んだ。
「助けて」ピッピが手をばたつかせている。
「チェまたか、いつもそうなんだから」
ノンは板の釘に引っかかったピッピの赤い大きなリボンをはずした。
ドラ猫のポケトルニャンは塀の上から尾っぽをワイパーのように動かしている。
「ポケはそこで見張りをしているんだぞ」
ポッポがポケの尾っぽを指ではじいた。
「いやよ、ポケも連れて行く約束だもん」
ピッピは赤いほっぺを膨らませ、ポケに降りてくるようにウインクした。
「ニャーギョ、グルグル」
ポケは塀の上で大きな伸びをすると駆け下りてきた。
「さー行こう」
三人は草ぼうぼうに繁った庭を屋敷に向かった。
ポケが何かを見つけて走っていった。木の下で手を伸ばしたり、引っ込めたりしている。
「なあに?」
ピッピが駆け寄った。そこには白い大きなアミガサダケをかぶったモグラが顔をだしている。
「キャ」ピッピが飛び上がった。ノンとポッポが見に行くと、モグラはもう穴の中に入ってしまった。茸だけが残っている。
「きれいなキノコだな」
ノンが採ろうと手を伸ばしたが、モグラに悪いと思って止めにした。ポケはまだモグラに未練があると見えてキノコの匂いを嗅いでいる。
庭の小さな池に行った。中にはどろどろのアオミドロが一杯詰まっている。
ポッポは池の周りの石の上を軽業師のように跳ねていった。
壊れた羽目板の隙間から家の中に入ると、いつもの集合場所に集まった。昔は応接間だったのだろう。埃だらけのソファーが積み上げられている。窓には外から板が打ち付けられてあるにも関わらず、隙間からは光があふれんばかりに差し込み、シャンデリアが点いているようだ。
ピッピとポッポとノンは埃をはらってソファーの一つに腰をかけた。
「今日は何するの、家の中はみんな偵察しちゃったじゃない」
「でもまだ屋根裏部屋には行っていないよ」
ポッポはポケの埃を立てる尾っぽを気にしながら言った。
「そうだ、そこを偵察しよう」
ノンがうなずいた。ポッポはピカピカのペンライトが使えるので笑窪をよせた。
三人は床を踏み鳴らし、埃を舞い上がらせながら二階に上がった。階段は三つの大きな卵の重みに耐えかね、ギシギシと我慢の歯軋りをした。
屋根裏部屋に行く階段は壊れている。三人は机で踏み台をつくった。
何とか登って、屋根裏部屋を覗くと、真っ暗というほどでもない。ポッポはペンライトを点けると、あたりかまわず光をばら撒いたが、板の節穴から差し込む細い日の光のほうがそれより強いのでがっかりした。
「うわ」ピッピが嬉しそうな声を上げた。
「お人形さん」それは古い古い汚れた猫のヌイグルミだった。ポケは目をくるくると光らせ、競争相手を羨ましげに見つめた。
猫のヌイグルミはピッピの腕の中でのんびりもたれ掛かっている。
ノンが叫んだ。
「おい、こっちにドアがあるぞ」
ポッポとピッピはノンのあとについて、ドアの中に入った。そこは本当に真っ暗で、どこに何があるのか分からなかった。ポッポの点けたペンライトの灯りが眩しいくらいだった。
「おや、あれはなんだろう」
ノンが暗闇に浮いているものを指差した。
「キャ、イヤー」ピッピは大声を上げると猫のヌイグルミを床に落とした。ポケはすかさずふんずけた。
浮かんでいるものはたくさんの目玉だった。
ノンとポッポは目を丸くしてそれを見つめた。
空中に浮かぶ目玉は瞬きもせず彼らを見つめていた。ペンライトの光を当てなくても目玉たちは光り輝いていた。
「あ、分かった」ノンは嬉しそうに叫んだ。
「この目玉は知っている人達のだよ、あの大きなのは僕のママだ、これはパパの、この細いのはお巡りさんのセヨンさん、これは肉屋のムーさん、これは学校の先生、そして、これは赤ひげのおじいさん、隣のお兄さん」
「そういえば私のママとパパのものもある」
ピッピやポッポもうなずいた。
「でもなぜこんなところにいるのかな」「どうしてかなー」
三人は奥に歩いていこうと思った。
三人が歩くと、目玉たちもついてきた。だけど、赤髭のおじいさんの目玉は消えてしまった。お巡りさんの目玉も消えてしまった。肉屋のムーさんの目玉も消えかかっている。
三人はもっと奥にすすんだ。
「なんて長い部屋なんだろう」
ポケも一生懸命三人の後についていった。
パパやママたちの目玉も消えてしまった。隣のお兄さんの目玉も消えた。
だいぶ歩いて三人が気がついたときには二つの目玉しかいなかった。
「これはレイおじさんのよ、童話を書いてくれる小父さん」
ピッピが言った。
「わかった、僕たちは未来に向かって歩いているんだよ」
ノンが声変わりして言った。
「そうね」
ピッピはいつの間にか口紅をつけ、ポッポは鼻の下に薄い髭を生やしていた。
「でも、なぜ、パパやママの目玉は途中で消えてしまったのだろう。
「もう、遅くなるわ」ピッピが言った。
三人は闇の部屋から出ると、屋根裏部屋から降りて、居間に戻った。
机の上に埃だらけの小さな花瓶があった。中をのぞくと水の中にミジンコがひしめき合っている。
「もっていこう」
ノンの声は元に戻っていた。ピッピの大きなリボンがゆれ、口紅はけていなかった。ぽっぽに口ひげは無かった。
三人は赤い家から外に出た。
ノンが花瓶を傾けて、ミジンコたちを庭のアオミドロの池に放した。
塀の隙間を通ると庭から外にでた。ポケも後を付いて出た。
「きゃ」ピッピが叫んだ
「チェ、またか」
ポッポは塀の板にはさまったピッピのリボンをはずしてやった。
「猫のヌイグルミ忘れてきた」
そう言ったピッピの足にポケトルニャンがこすりついた。
三人は夕焼けを背にしょって家に向かった。
「夏休みおしまい」
「ばいばい」
レイ ブラッドベリーに
子供たちはタイムマシーン
私家版初期(1971-1976年)小説集「小悪魔、2019、276p、二部 一粒書房」所収 IMP9
挿絵:著者