あレルギーの日

「くっ……。どうして、貴方が此処にいるんですかねぇ。この神聖な場所は広坂といろは会長の愛の巣とだと言うのに……まさかの招かれざる客が訪れるとは予想だにしていませんでした。しかも、むっさくるしいと男2人で、しかも密室! 誰得なんですか? 誰も喜びませんよ! と、言いたいところですが、実際、この生徒会のメンバーである女性陣は一致して喜ぶもんです。実際、貴方と2人きりになれた場合はです。本当に、大いに腹が立ちますよ僕は! ああ! 羨ましい! 羨ましすぎて毛穴という毛穴から嫉妬の血が噴き出しますよ! あああん!」
「うるさいぞ。広坂。しかも密室とは何だ。気色悪い。ここは喫茶店だぞ」
 声の主は面倒な口調で答えた後に茶髪の髪をポリポリと掻いた。緑色の年季の入ったソファーに腰かけて脚を組んでいる。脚は細くて長かった。ガラスのテーブルに置いてあるカップを指でなぞる。
「ああ! いろは会長! はやく戻ってきてください! 魚肉ソーセージが売り切れたからって、買い出しに行かないでください。ああぁ。広坂、会長の初めてのお使いに一緒に行きたかったです……」
と、ソファーに座る。それでもピョンピョンと飛び跳ねる広坂の黒い髪の毛はダンスするかのように揺れている。
「うるさいと言ってるぞ」茶髪の少年は言った。
そしてまた続ける。「俺だってお前みたいな頭のネジが外れた奴と一緒にいたくはない。しかも2人っきりでな」
「それに加えて、お前が言っている意味がわからん。生徒会の女子メンバーがどうして俺と2人っきりになると喜ぶだって?」
「はい。でましたよ。新林くんの鈍感発言。本当は気づいてるくせに気づいていないように振る舞う。そうやってモテない僕を遠回しに、バカにしているのでしょう?」
「はぁ? 気づく? 俺が鈍感? 全くもって意味不明だ。というかお前、さっきからギャーギャーと騒ぎやがって。もう少しは静かに座れないのか? いい加減もう帰れよ。生徒会の仕事をサボって喫茶店に来やがって少しは働けよ、アホ」
 新林と呼ばれた少年はダルそうな表情で述べ、あくびをした後に喫茶店の扉に向かって指をさした。
「拒否します! そんな事を言って、いろは会長が帰ってきたらイチャイチャするんでしょ! あの紅芋みたいに甘いスウィーツ脳を新林くんの甘い言葉で汚すんでしょ! ついでにあのO脚の足もいっぱい触るんでしょ! 許しませんよ! この悠々学院、生徒会、書記、広坂が絶対的に阻止します!」
「誰があの会長にそんな事をするか! それに、お前が言っている事、全部文句にしか聞こえんぞ」
新林はそう言って息を吐いて、静かに間を置いた。それでゆっくりと口を開いた。
「はぁ。つうか、お前、学校の外ではそんなにテンションが高いのかよ」
「はい! 猫かぶってますからね」
「それは猫に失礼だ。お前はゴミ袋でもかぶってろ」
「ひどぉい!」
「酷くない」
 広坂は小さく「えぇー」と生まれたばかりのアヒルのような、鳴き声を出す。それから目の前に置いてあるマグカップに手を伸ばして口元に近づけた。林檎の味がする。アップルティーだった。自動販売機に売られているアップルティーとは違って、あまり甘くはなかった。視線を目の前に向ける。そこには、やる気がない表情の新林が座っている。広坂の視線を無視し、黙ってマグカップを手に取る。広坂はほんの少しだけ注意深く新林の顔を見た。彼の目元には薄い線があった。傷。深くはない傷だった。でも何かを言いたげな傷だった。言いたげな傷って何なんだ? そう思った。当たり前だけど傷は何も語りはしない。そしておそらくだけど、この世界には意味を示す為に存在している傷なんてないだろう。もし、あったとすれば、それはあまりステキなモノではないと思った。広坂はその傷について前から聞いてみようと思っていたが、聞くことができなかった。別にたいした傷ではなかったけど、それは爆弾の頭から生えたヒモで、ちょっとした火花で大きな事故に繋がる感覚に近かった。その感覚によって広坂はいつも、その傷について聞く事を躊躇った。それで別の事を質問する事にした。
 そう内容は火花が散らない以外のモノで。
「新林くん的に生徒会の女性陣メンバーが恋人になったら、どうする?」
 新林は口に含まれていたアップルティーの液体をスカイフィッシュが飛ぶ勢いで吐き出した。広坂の顔面に飛び散る。広坂の顔はそれなりにベチョベチョになる。
「ちょっと……。いろは会長の吐き出したモノなら凄く重宝しますが、何が悲しくて新林の吐いたものを被らないといけなんですか?」
「ごふっ! ごふっ! ……。広坂! どんな発想をしていたら、今、この状況でそんな質問ができるんだ? 冬眠していたシロクマが次のコマでは、ナイル川をバタフライで横断するくらいに、はしょりすぎだ!」
「いやいやいや、我ら男子高校生。17歳といった年ならば誰でも想像する筈です。そうですねぇ。うん。例えばです。例えば、あの、美少女の後輩とお弁当を食べたり……。あの、クール美女の先輩と遊園地に行ったり……。あの、保健室の先生と公園で散歩した後、ピッチングの練習をしたり……。いろは会長と水族館に行った後に、近くの公園で高速シンカーの投球の練習をしたり! するで筈です! そういった妄想を布団にくるまってモンモンと四六時中やるもんです!」
「おい、突っ込みどころが多すぎるぞ。何で序盤はありきたりな男子高校生の妄想なのに、後半に行くにつれて野球の練習してんの? お前の恋人としたい欲望ってシンカー並みに曲がって落ちてるよね? しかも高速シンカーとか言ってるけど、お前、普通にボールを投げて140キロ以上でんの? っていうか、何、さらっと、いろは会長と水族館デートをしてるわけ?」
 広坂は手のひらをポーンと叩いて言う。
「確かに! いろは会長が水族館なんて行きませんよね! せめて焼き芋美術館とか、そんなコアなデートしかしないはずです。ちなみに僕の投球速度はマックス65キロです」
「遅すぎだわ! しかも幼稚園児レベルかよ! それに、お前の妄想デートもコア過ぎてついてけないわ!」
「そこで、止まっていていいんですか? 僕はまだまだ加速しますよ」
「何、カッコつけて語ってるの? そのまま喫茶店から出て行って帰ってくんなよ」
「ふっ……。これが孤独な世界……ですか……。いいですよ。僕は別に自分の……。いや、己の欲望に対して非常に寛容ですからね。補足するならば、いろは会長は僕の欲望を具現化した、もしくは擬人化した存在といっても過言ではないでしょう」
「こえーよ」
「ちょっとおう! さっきから黙って聞いてれば、新林くんは何故、いい子ぶってるんですか? 常識人ぶって、偉そうに……。そういうのはねぇ! 恥ずかしいと思ってください!」
「恥ずかしいのはお前の頭の中だ。しかもさっきから黙ってないだろ! お前は喋りすぎだ!」
「なら新林くんが喋って下さい! 先ほど僕が述べたように、この生徒会女性陣メンバーを恋人にした場合の妄想を! ほらほらほら! ほら! 語って下さい! 日頃、隠している、そのドロッとした古酒40年ほどの欲望を!」
「断る」
「ええ~」
 広坂は脚と手をバタバタとさせる。親にチューインガムを買って貰えなかった子供のようにリズムせいのない音を立てて駄々をこねた。
「駄々をこねるな」
「いいじゃないですか~。減るもんじゃないですし~」
「お前と話していて俺のヒットポイントが減りまくりだわ!」
「心配しないで下さい。この広坂! 新林くんの妄想に対してフォローアップ致しますので」
「どうして、俺の妄想に対してフォローアップしようとしてるの?」
「いやぁ。何というかですね。その、滑った時に」
「妄想で滑る? お前は俺の妄想に何を求めているんだ」
「まあ、まあ、それは置いといて、さらっと言って下さい! でないと、今回登場する人物が男2人になってしまいす!」
「お前は何を言っているんだ?」
「メタ的な表現です」
「はあ?」
「それではまず、新林くんの妄想ストーリー。第一話。七下院 翡翠が新林くんと奇跡的に恋人となった場合編」
「奇跡的って言い方が腹立つんだが?」
「ではでは、いってみましょう!!」
「お前、本当にムカつくな」

~IF story 七下院 翡翠 編~

 それは寒い日だった。でも俺は、もうすでに寒さが近づいている事を知らなかった。いや。知らないようにしていたのかもしれない。秋が終わり、冬という季節が当たり前にやって来る。そんな事を知りたくなんてなかった。理由は既に分かっている。十分に。ヒスイ先輩がこの冬を終えると卒業してしまう。高校3年生、最後の冬だ。この学校からいずれ、ヒスイ先輩がいなくなってしまう事を頭の中ではわかっていた。でも気づかないようにした。でも一緒に時を過ごしていく中で時間が過ぎ、生徒会のイベントも過ぎていき、少しずつ実感が湧いて来ていた。でも、その感情を隠していた。何故なら、この感情をヒスイ先輩に知られてしまうのも嫌だったし、俺個人としても、それを表に出したからと言って、どうすればいいのか……。言葉にできないが不快に感じた。でも何も出来ないで時だけが経つ。今日、俺は生徒会の仕事で居残りをしていた。ヒスイ先輩たちはいない。もうとっくに帰宅して受験勉強をしている。ただ、俺が考えていた事は、このヒスイ先輩たちが作ってきた、残してきた、この生徒会を守ろうと思った。それがヒスイ先輩たちがいた証だから……。
「もうこんな時間か」
 俺は校舎を出て裏門へと向かった。空は雲が薄っすらとかかって見える。夜にしては明るく感じた。星は小さいけど良く光っていた。学ランのポケットの中にはヒスイ先輩が編んでくれた手袋があった。それを持っているだけで、この冷たい風も暖かく感じた。裏門には街灯があってお辞儀をしている。ヒスイ先輩と一緒に帰る時にはこの裏門を通って帰っていた。どうしてかと言うと、俺とヒスイ先輩の家が少しだけ遠くなったからだ。夜空にある星を見ながら、昔の記憶を思い出して歩いていると「新林様」裏門を少しこえた先で聞きなれた声が聞こえた。俺は後ろを振り向く。街灯が照らす明りの下に1人の少女が立っていた。それは俺が良く知っている少女だった。
「ヒスイ先輩、どうして此処にいるんですか?」
「ふふふ。新林様たっら、全然きづかないんですね。この翡翠が待っているのに」
「ヒスイ先輩……」新林はそう言ってから「すいません。星を見ていたら、気づかなくて。でも、こう思っていたんです。ヒスイ先輩も、今、星を見ているのかって……」
 ヒスイは少し頬を赤らめた。
「翡翠も星を見ていました」と言った。
 ヒスイは女中の格好はしていなくてセーターのワンピースを着ていた。でも頭にはホワイトブリムを被っていた。
「あれ、ヒスイ先輩。セーターの格好って珍しいですね。でもどうしてホワイトブリムは付けているんですか?」
 ヒスイは頭を触って「本当です。外すの忘れていました」とハニカミながら言う。
「ヒスイ先輩らしくて俺は好きです」
 そう言って俺はヒスイ先輩の手を握ってアパートへと向かった。

「ちょっと! ちょっと! 何、やる事やろうとしてるんですか! それに新林くんはアパートじゃなくて、家族と住んでいる一軒家ですよね? 何、1人暮らしの設定にしているんですか? しかも無駄に妄想力が高いという……。意外すぎて僕、正直の所、ビビってます」
「俺、ヒスイ先輩の好きなところが様をつけるところなんだよね」
「わかる」
 広坂は答える。
「まぁ、僕個人として高評価を付けたいのはセーターのワンピース姿で登場する場面です。これは百点ですよ!」
「だろ」
 新林は答える。
「とまぁ、此処までは新林くんの妄想でしたが、この広坂がフォローアップのストーリーを付け加えましょう!」
「いやしなくていいよ。今のでハッピーエンドだろ」
「話は飛んでアパートに到着したコマから始めます!」
「俺が1軒家に住んでるってツッコミを入れたのはお前だろ!」

~IF story 七下院 翡翠 編~(広坂バージョン入り)

 トントントン。調子の良い音がする。野菜を切る音や鍋が煮ている音。寒かったから、早く暖かい食べ物が食いたくなる。
「ヒスイ先輩、何を作っているんですか?」
「ふふふ。気になりますか? シチューを作っているんです」
「へぇ。それは楽しみだわ」
 そう言うとヒスイは野菜を切る音を辞めた。
「少し。少しだけ。尋ねたい事があるんです。新林様。」
「どうした? 急に」
「もし、翡翠が遠い大学に進学しても新林様は変わらず翡翠の事を愛してくれますか?」
「ああ、もち……」
「嘘です!」
「ええ! いきなりどうした?」
「翡翠は知っているんです。どうせ、すぐに翡翠の事なんて忘れしまうのでしょう? そうしたら他の女性を作って翡翠の事を捨ててしまう……」
「いや、そんな事はしな……」
「絶対嘘です!」
「ええ! どうしてそうなる!」
「そうなる前に何とかしないと……」ヒスイはそう言うと持っていた銀色の刃を新林に見せて。

「グサー。と刺しました」
「おいおい! 何? 俺刺されてんの? それも適当に終わらせんな!

あレルギーの日

あレルギーの日

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-06

Copyrighted
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