あまい、しあわせ

 十八時、パンダのやっているクレープ屋さんの前で。
 クレープを買い、店先にある白いベンチに座る。
 ぼくは、生クリームと、生のいちごと、チョコレートソースのクレープを買った。お店のなかでは、きみが、生クリームと、バナナと、キャラメルソースのクレープができあがるのを、待っている。
 パンダのクレープの巻き方は、うつくしい。
 そう思いながら、ひとくちかじる。
 ちまっ、とかじったので、まだ中身には到達していない。
 空が仄暗くなってきて、でも、店内のオレンジ色の明かりがやさしく、ぼくを照らしてくれている。



 十八時十分。
 きみは、クレープをじっくりたべる。
 かみしめるように、たべるので、とにかくたべるのがおそい。
 カレーやハンバーグより、クレープが好きなのである。
「ここのクレープだったら、永遠にたべれそう」
 そう言って、うっとりするきみを、盗み見ている時間は、まあ、悪くない、とは思う。幸福の伝播。



 十八時二十三分。
 クレープの包み紙を、名残惜しそうに、指で弄んでいる。
 しわをひろげてみたり、くるくると細く、丸めてみたりしている。
 もうひとつ、たべればいいじゃん。
 ぼくが、あきれたように言うと、きみは、でも、夕飯前だし、と小さな声で呟く。
 お店のなかには、さっきやってきた中学生くらいの女の子たちが、クレープができるのを待っている。女の子たちのはしゃぎ声は、もごもごとしゃべるきみの声量を上回り、ぼくはきみの、くちびるの動きをじっと観察する。
 クレープ屋さんのある商店街は、クレープ屋さんから少し離れたところには魚屋さんや、八百屋さんなんかがあってにぎやかであるが、クレープ屋さんのまわりは十七時に店を閉めるところが多く、少しだけ寂しい。けれど、夕方の、心地のいい慌ただしさみたいなものは、ある。行き交うひとびと、ビニール袋のこすれる音、焼き鳥のにおい。
「やっぱり、もうひとつたべる」
 立ち上がったきみの、どこか罪悪感を抱えているような、でも、ほんとうは嬉しくて、にやけてしまいそうなのを耐えているような、そんな複雑な表情が、おもしろくて、好きだなと思った。

あまい、しあわせ

あまい、しあわせ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-02-04

CC BY-NC-ND
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