終わりの楽園
(楽園は、まだ遠く)
あの日。
きみが水槽のなかに、沈んだ日。
ぼくというにんげんが、にんげんであることをやめた日。
おそらく、見えないところで世界のはんぶんが、溶けた日。
思い出のなかにいつもきみがいることはなくて、ぼくはでも、きみという存在を忘れないように、いつもきみのことを考えている。
虚無、という言葉がときどき、あたまのなかをぐるぐるとまわって、実に、にんげんらしいことをしている、と、しみじみすることもあった。
にんげんであることを、やめたはずなのに。
窓を開けて夜空を見上げたら月があって、月をじっと見ていたら次第に滲んで、丸かったはずの月がぶよぶよに膨らんで、震えていた。
コンビニに、アイスクリームを買いに行くみたいな感じで部屋を出た、きみの、うしろ姿が知らない誰かと重なったとき、やりきれなくなる。
二十三時になると突きつけられる、孤独。
おまえはにんげんなんだよとささやく、いじわるな神さまが憎い。
ぼくは、にんげんだからきみのこと、好きだし、忘れないようにと努めるのだけれど、それが、つらかった。くるしかった。
胸のなかに、なにかこう、綿みたいなものを詰められたような感覚が、ぼくを苛むんだ。
(壊してほしい)
にんげんでいるから、孤独に嘆く。
にんげんだから、つらかったり、くるしかったりする。
(にんげんをほんとうにやめたら、でも、どうなる?)
どうぞ、誰かぼくの胸を開いて、ぎゅうぎゅうに詰まっているであろう綿を、どうか取り除いてと。
祈る。
祈りは、自由だった。
ぼくはきみを、じゃまな足枷だと思ったことなどないし、ぼくを一生捕らえておくための首輪だとも、思ったことはないよ。
雪をきれいだと感じたことはないけれど、きみのこと、きみの、眠っているときの顔、それはなによりも、きれいだった。
終わりの楽園