失われた日常

ガサガサガサ
近くにある野山。ここが俺の安住の地。人間社会で何かあるたびにここに訪れ、
ニャー。
「お、ミー子!今日も来てくれたのか!可愛い奴め!!」
ミー子。この裏山に住むボス猫的存在。いつも喧嘩してるらしく、体には生傷が目立つ。
「また喧嘩したのか?全く…見せてみろ。」
ニャー。
俺はミー子を抱っこして持っていた傷薬で応急手当をする。
二"ャ〜!!!!
「ごめんごめん染みるよね。もう少しの辛抱だから」
手慣れた手つきで暴れるミー子を抑え傷薬を吹きかける。毎日怪我するものだから応急手当はお手の物。包帯をしたこともあったが次の日には消えていて巻くのを諦めた。
「お前なんでそんなに喧嘩するんだ?」
ナー。それは何か訴えるような目で見つめる。
「もしかしたらお前が俺の悪霊とたたかってくれてるのか?」
俺は生まれつき運が悪く、よく怪我をする。転ぶなんてのは日常茶飯事で、結構車にぶつけられる。それこそ軽から大型、一般車からパトカーまで、大型トラックに轢かれた時は死にかけたなぁ。けどここに、ミー子に会ってから転ぶこともなくなり、轢かれなくなった。もしかしたら…
「そんなわけないか!きっと疲れてるんだな」
多分心の持ちようなんだと思う。ミー子は人懐っこく今も俺の腕の中で丸くなりながら喉を鳴らしている。人懐っこい、ってここに連れてくる友達いないから俺にだけかもしれないけど。こいつの無邪気さにどれだけ俺が助けられたか。
「…ありがとうな」
するとミー子はいきなり周りを気にし始め耳を四方八方に傾けている。
「どうしt」
シャーーーーー!!!!!
ミー子は木の上を向き威嚇する。その方向を向くと白いカラスが一羽佇んでいる。
「アルビノのカラスか珍しいな。」
ミー子は威嚇を続ける。カラスの目はまるで哀れんでいるかのような目をしている。
「ミー子相手にしなきゃ襲ってこないから威嚇やめて。ね?」
するとカラスはその場から離れ、夕暮れの橙色の空に消えていく。
そこからミー子と戯れてたら辺りはすっかり暗くなり、時計をみたら18時半を指していた。
「じゃあなミー子。俺帰らなきゃならないんだ。また明日な」
ニャー…
いつもとちがう声。今日はきっと甘えたい日なのだろう。しかし…
「ごめんな。俺の家は動物禁止なんだよ。明日はミルク持ってくるから。まってて。」
そう言って名残惜しみながら俺はその日家に帰った。

ハァ…学校なんてすごい憂鬱だな。なんでこんな猿どもと一緒の空間にいなきゃいけないんだよ。うわっ。しかも俺の席に誰かいるし…俺はバレないようにスキル、ステルスを使う
「ヨォ」
秒でバレた!何故だ!俺のステルスは完璧だったはず!
「おいおいお前なんだ?その怪我は?」
「……」
「俺が気合い入れる前から気合い充分じゃぁねぇか。」
ハハハハハ。と取り巻きどもと一緒に俺のけがを笑う。今朝はとても久しぶりの厄日になっていて転ぶこと約10回、車に轢かれかけること約3回と、歴代タイに上がりくる運の悪さだった。
「それとも何か?お前のお友達の野良猫にでもやられたか?なぁこうき」
「ミー子は!!」
その先の言葉が言えなかった。言えば争いの種になる。こんな猿どもと一緒にされたくない。
「あ?ちょっと気合い入りすぎだな。ちょっと面かs」
キーンコーンカーンコーン。ガラガラ
「ちっ。お前は放課後きっちり教育してやるから覚悟しておけよ。」

「二度と生意気な事言うんじゃねぇぞ」

ハハハッ!キョウドコイク?…
「 」
教育という名の暴行を受け体中ボロボロ。立つ気力すらないくらい滅多打ちされた
「は、ハハ。今日は過去最高に運がない日かもね。」
ここ最近絡まれることも、転ぶこともなかった。最近運がなまじ良すぎて今日が最悪に感じるだけか?
「まぁどっちにしろ今日は運がないんだろうな。」


そのあとはよく覚えてない。気がついたら裏山にいた。手にはミルクの入った袋を持ってるからきっとコンビニでも寄ったのだろう。久しぶりの運が悪い、しかも過去最高に悪い事が続き、放心状態になってたらしい。
「おーいミー子〜どこだー」
そのあと2時間ぐらい待ってみたがミー子は来なかった。きっとどこかで昼寝でもしているのだろう。
「よし帰るか…」
ガサッ!
「ミー子!」
俺は音鳴る方へ振り返る。きっとミー子がいるという望みを抱いて。が、忘れていた。今日運が最高に悪いことに。そこにはミー子ではなく、昨日のアルビノ烏がいた。
『二又の主よ。』
「 」
開いた口が塞がらない。決して比喩ではなく本当に塞がらない。烏が喋る?
『早急にこの山から降りろ。貴様がいていい場所ではない。』
「 」
いやびっくりすると本当に口ってあくんだね。これは夢かな?
『聞け!』
「は、はい!!!」
アルビノ烏に喝を入れられようやく意識が目の前の現象に行く。
「え、烏って喋れるの?」
『その説明をする必要はない!早急に降りろ!ここはわしの縄張りじゃ!』
「あ、それはごめんなさい。あの、最後にミー子は元気にしてますか?」
『…元気じゃな。本当に呆れるほどに。何故そこまでしてこだわるのか。』
「そうなんですよね〜あいつ気に入った餌しか食べないから」
『そんなことはどうでも良い!おりぬのであれば貴様の目玉をつっついて食ってしまうぞ!』
流石にそれだけは勘弁して欲しいので急いで下山する。
「ありがとう烏さん!明日も来るからミー子に会いに来いって伝えてください!」
そう言い残し、その場を去る。
『…』
烏が何か言ったらしいが小さくて聞き取れなかった。



「は、はははっ…」
いや今日は絶対過去最悪な日だよ!
「いやようやくだ。」
いじめには会うわ、殴られるわ、ミー子には会えないわ、烏は喋るわ
「ホントだぜ。今まで邪魔が入ってたからな」
悪霊に会うわ。もうなんなの?最悪すぎない?しかも三体!
「小さい頃からずっと取り憑いて熟成させてたってのに。」
…え?
小さい頃から事故や事件によく会うのは
「最近、食べ頃だっていうのにへんな猫が邪魔したせいで中々食べれなかったんだよ」
こいつらのせい?ねこ?もしかして
「猫ってミー子のこと?」
「あーお前はそう呼んでいたな!そうさ!あいつが俺らを邪魔していたのさ!忌々しい!」
「それももう終わりだぜ!奴は死んだからな!」ハハハハハ
は?し、んだ?ミー子が?
「嘘だ…」
「これを見てもか?」
そういうと悪霊はなにかを放り投げた。俺はそれを目でおい、地面に落ちた時血の気が引くのを感じる。
「み、ミー、子…?」
ハハハハハ
奴らの高笑いが響く。視界が歪む。頭が熱い。奴らを許せない!悔しい!
「お、なんだ?睨みつけて。憎いか?その憎しみこそ俺らの旨味!もっと憎め!どす黒く心を汚せ!その為に小さい頃から事件や事故を合わせてきた!」
(お前らがいなければいじめなんて)
「あ、言っとくが人間関係は俺らは無関係だぜ?生き物を自由に操ったりはできねぇからな!」
え?
「ハハッちげぇねぇ!お前が嫌われるのも女に振られるのも全部お前の人間性なんだよ!」
「そ、んな」
つまりこいつらを憎んだところで、こいつらを消したところで、味方ができるわけでも、いじめが終わるわけでもない。
「ははは。なーんだそうなのか。なら」
ならいっそのこと
「うぉ!おいめっちゃどす黒く、おいしそうになってるぜ!」
「もうがまんならねぇ!おいこいつの魂引き剥がせ!」
そういうと、悪霊は俺に近づいていく。
死ぬ前の余裕なのかふと目線をずらすと、空は赤焼けに染まっており、そこから夕日が街の向こうへ消えていく。
(あー人生最後の光景がこれなら悔いはないかもな)
そこにそよ風が吹く。夏の夕方、緑色に生える植物たちの青臭い匂いを乗せ、心地よい温度で俺の体を優しく包み込む。
(いや最後はミー子と見たかったな。ごめんなミー子助けてもらってばかりで。)
「抵抗するなよ?一発で仕留めてやるから」
悪霊は俺の首を掴み持ち上げ、五指を立てる。
(ミー子俺もそっちに行くから、また仲良くしてくれよ。)
立てられた五指が俺の心臓めがけ飛んでくる。
瞬間突風が吹き荒れる。悪霊たちそれに怯んだのか俺を掴んでる手を緩めた。
「が、カハッ!ゼェゼェ」
『しっかりしろ!お前ふざけんな!あの世なんかに俺は行ってねぇよ!バーカ!』
誰?
目の前に光で包まれた何かが現れる。眩しくて直視できず、姿形を捉えることができない。
「く、くそ!何者だ!」
悪霊も同じらしく、姿を捉えられてないらしい。
『え、忘れたの?うわぁ最悪だよ本当に。お前ら、互いに魂を削り合ってた仲じゃないか。』
光が少しずつ弱まって姿が見えるようになってきた。
「お、前は!」
「ミー子!」
それはたしかにミー子だった。しかしミー子はいつもの猫の姿、ではあるのだが大きさが違う。四つん這いになった姿が俺と同じぐらいある。
『え、幸樹も忘れたの?うわー…最悪だわぁ』
「え、なんで?死んだんじゃ?」
『死んでねぇよ!ただ肉体から魂抜け出しただけだ。それにちょっと野暮用でな。』
そういうと、俺の方を向きながら喋っていたミー子は悪霊どもに向き直り睨め付ける。悪霊どもも少し怯む。
「だ、だがその身体じゃ俺らを攻撃できないぜ!」
「ミー子、そうなの?」
『まぁな。追い払うことはできても倒すことはできない。』
「ビビらせやがって!おらお前らとっとと食らうぞ!」
『だから幸樹ちょっとお願いがあるんだけど』
「なに?」
『 』
ミー子から作戦を聞く。
「わかった」
「なにをやっても無駄だぞ!さっさと」
俺は立ち上がり悪霊に向き直る
「行くよミー子!」
『サンキュー!行くぞ!』
そういうとミー子は俺の右肩に乗る。見た目の割に幽霊体だからか軽い。乗った直後ミー子の体は光輝き、1つの光る玉となる。その玉が俺の体の周りを回って入ってくる。瞬間目の前が真っ暗になる
「な、憑依した!?バカな!そんなことしたら人間の体が」
目の前に悪霊を捉えると口が勝手に動く
「『まぁ普通の人間に憑依したら幽霊体が勝って人間の魂は消滅する。けど、お前らがこいつを執拗に狙うのと同じようにこいつは精神力がとても強い。』」
なるほど。だからミー子はこんな提案を
「いやそれでも消滅するの七割だぜ?」
は?おいミー子!!お前まじか!?
「『…。ウルセェ!』」
そういうと、ミー子が入った俺の体は高速で移動し、悪霊の体を伸びた爪で、切り裂く。
「お前、なにするんだz」
間髪入れずもう一体の悪霊の首元に噛み付く。最後まで言わせてあげなよ。
「『最後はお前だな』」
「た、頼む。もうそいつには関わらない!だから。」
「『もう遅い。』」
そういうと、手に霊体でできた短剣が出てくる
「や、やめてくれ!」
そう言って背を向け逃げ出す悪霊に容赦なく背中から短剣で斬りつける。
「グワァァァ!」
断末魔を散りばめて悪霊は消える。
「『ふぅー』」
ミー子が溜息を吐き肩の力を抜く。
バサッ!
すると木の上にアルビノ烏が止まっている
やばいこいつら仲が悪いんじゃ!
(ミー子だめだz)
『ほう。憑依したのか。どうだ?二又よその体は』
アルビノ烏がそう問い詰めるとミー子は憑依を解く
『何?憑依を解けるのか?』
『まぁなそれよりなにをしに来た?八咫烏』
え、仲良くないわけじゃないの?てかアルビノ烏、八咫烏だったの?
『旧友を見送りに来たのだ。それより悔いはないのか?』
『悔いなんてねぇよ。』
「あの八咫烏さん。ありがとうございました。さっきのは逃がすためのものだったんですね
ミー子もありがとう。」
『礼には及ばんよ。それより二又を頼む』
「え、頼むって?ミー子は死んだんじゃ?」
『いや元々そいつや私は霊体でな、生き物の体を借りて実体としているんじゃが一度憑依するとそいつの体がなくなるまで他のものに入れぬのじゃ。』
「え、つまり?」
『死ぬまでそいつといるってわけだ。』
『八咫烏余計なこと言うな!大丈夫だ。どうにかしてお前から離れる方法は探すから。』
「やったな!ミー子!俺ら一生近くにいれるんだな!」
『『は?』』
「え?そうでしょ?死ぬまでって。あ、それともお前俺と一緒にいるの嫌か?」
『いや俺は…』
『カッカッカッ!バカな人間じゃ!普通は取り憑かれて嫌がるものなのじゃがw。愉快愉快。』
「ミー子は嫌かな?」
『二又、いやミー子よ、もう着いていったほうが良いぞ』
八咫烏はとても愉快そうにニヤニヤしながらいう。おそらく煽ってる
『テメェ!あとで殺す!もう他を探すの面倒だからお前に取り付いてやるよ!』
「ありがとう。これからよろしくね!」


「おい!今日も気合い入れ直してやるからな!」
いつもの日常。いつものようにいじめられる。昨日のことが嘘かのように、今日の朝はふつうに怪我なく登校できた。
「おいなんとか言えよ!気合入れてくださりありがとうございますってな!」
いつもは怖いだけのこいつらも
「…」
何故か怖くない
「あ?なに?」
「黙れウジ虫。」
「誰がウジ虫だよ!このインキャ!」
そいつ、このグループのボス的立場の奴がパンチを繰り出す。もう何百も殴られ続けてこいつのパターンは読める。そのパンチを避け、金玉に思いっきり下から上に打ち上げる張り手をする。
「〜〜」
悶絶するそいつに間髪入れず、目に空手でいう抜手の手で突き抜く。
「う、」
最後にそこらへんにある鉄パイプで頭を殴る。
「 」
ボスは気絶し、取り巻きどもは尻尾を巻いて逃げる。
『いいのか?こんなことしたらこいつにまた』
「そん時はまたやってやるさ。俺さ決めたよ。世の中の理不尽に出来るだけ抵抗する。惨めでも、ただ蹂躙されるよりましだから。」
『まぁいいんじゃね?そっちの方が』
ミー子は機嫌よく俺の話を聞いていた。こいつにだけは絶対に言ってやらねぇ。俺がこういう風に思えたのはお前のおかげだってことも。
『あの…言い辛いんだが』
「何?」
なんだかミー子がすごい気まずそうに話し掛ける
『思ったことだだ漏れだぞ?』
は?ま?
『マジマジ。もう少し練習必要だな』
え?じゃあ今思ったことも…
「ふざけるナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

失われた日常

失われた日常

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-16

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