恋の果て
桃のかんづめが好きなんだって。ぼくはサンドイッチのなかではたまごがいちばん好きで、あのひとは生クリームたっぷりのフルーツサンドばかりを食べていた。部屋の鍵を忘れたときに限って銀行の預金通帳と印鑑をソファの上に置いたままで家に帰ったらそれらがちゃんとあったのには感動したよって、たぶんあのひとじゃなきゃクソほどどうでもいい話過ぎてツバのひとつでも吐き出していたかもしれない。好きだ。あのひとのことが好きだから、ぼくはなんでも許せるのだ。他のにんげんがやったらムカつくこともあのひとならば笑っていられた。大学生になってもあのひとはあのひとで、まだ高校生のぼくはあのひとのことがどうしようもなく好きだった。好きで、誰にも触れさせたくないのに、ぼくは高校生のままで、あのひとは大学生になってしまった。十七才にして生涯を添い遂げたいひとと出逢ってしまったのだ。ぼくは神さまなんて信じているかと聞かれれば実際のところ都合の悪いときにしか神頼みをしないのだから半分は信じていないのかもしれないけれど、もしほんとうに神さまというのがぼくの頼みをきいてくれるのならばどうかあのひとと死ぬまで一緒にいられるようにしてくださいと云うだろう。
好きだ。
知らない誰かが自殺した。
となりのクラスの女子だという。名前を聞いても、顔が思い浮かばなかった。
あのひとのいない学校というものが次第と面倒になってきた。部活動もそうだ。あのひとのいない場所に価値はあるのかと思い始めたら、暮らしそのものが億劫になってきた。どうしてあのひとはぼくのそばに、四六時中そばにいないのか。ときどき誰かがぼくの耳元で囁いた。おまえは子どもだって、そんなことはわかっているとぼくは煩わしいものを振り払うように走った。海がある。空も山もあって、それでもあのひとはいない。自殺したのは年上の恋人にフラれたからという理由にみんなは困惑してた。これから先まだあたらしい恋だってたくさんできるのにねって女子たちはひそひそと話していた。ぼくは名前も顔も知らない女子のことを少しだけ好きだと思った。ぼくだって、あのひとに嫌われたら死ぬかもしれない。いや、死ぬだろう。あたらしい恋ってなんだ。ぼくはあのひとに一生恋をしていたい。どうせ死ぬならあのひとに恋をしたまま、死にたい。
キスをする。
キスをしたあとに、あのひとの唇を食む瞬間がたまらなかった。
宇宙の話はしたことがない。世界のことも。永遠という不確かなものを確かなものに変えるため、ぼくはあのひとを支配する。ぼくというにんげんを、あのひとに刻む。肉体的にも精神的にも、あのひとがぼくなしでは生きられないようにするのだ。
静かな森に行きたい。
誰にも邪魔されないところであのひととふたり、暮らして死にたい。
十七才。
高校生。
にんげん。
十九才。
大学生。
にんげん。
そういうのぜんぶ、捨てたいんだ。
わかってよ。
恋の果て