騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第十一章 湯煙内の猛攻と反省会

第七話の十一章です。
学生たちと騎士たち、それぞれのエピローグです。

第十一章 湯煙内の猛攻と反省会

「あー……」
 と、思わず声が出る。
 ここは国王軍の訓練場にある医療棟、その集中治療室である。部屋の名前からはいくつもの管がのびる機械が所狭しと並ぶような場所をイメージしたけど、実際は……言ってしまえば大きなお風呂だった。
 回復系の魔法や薬草が調合された特殊なお湯が張ってあり、浸かっているだけで傷やら何やらが回復していくというすごいお風呂で、そこでじっとしていることが「集中治療」なのだとか。
 長時間入ることを考慮し、熱さでのぼせないように温度はぬるめの設定で、ペタリと座り込んでも腰の辺りまでしかお湯がこない。
 全身浸かった方がいいような気もするのだが、身体の半分も浸かれば充分らしく、例えば痛む傷口をわざわざお湯の中に入れなくても他の部位が浸かっていればケガが治るようにしているらしい。何より、このお湯を使う時に大切なのは浸かり続けることなので、足湯ならぬ腰湯みたいな形になっているとのこと。
「……んあー……」
 んまぁ理由云々はさておき、ぬくぬく加減が絶妙のお湯の中で段々とこれしか言えなくなってきたオレは、心も身体もほっこりしながら今日の出来事を思い返す。

 ずっと昔からフェルブランド王国の反政府組織として活動していたオズマンドという組織があって、そこがかつてない本格的な攻撃を仕掛けてきた。首都を丸ごと人質にして王座やら貴族やらを狙った……らしく、きっとそういういくつかの標的の内の一つとして、オズマンドはエリルをさらう為に刺客を差し向けた。
 こうして我ら『ビックリ箱騎士団』にパムとユーリを加えたエリル護衛チームと、ツァラトゥストラという生体兵器? を手にしたラコフという第十一系統の数の魔法の使い手との戦いが勃発した。
 激闘の末に勝利したオレたちはそのまま国王軍の医療棟に移動し、現在戦闘によるダメージの治療を受けて…………いや、厳密に言うと激闘を繰り広げたのはみんなであり、開始早々に数魔法によって体力をガッツリ削られて瀕死状態になったオレを医療棟に連れていくために頑張ったというか無茶をしたみんなを治療する為にここに来たというのが正解だろう。
 確かにお医者さん――この場合は軍医だろうか。その人が言うにはオレの体力の減り具合は尋常ではなかったらしく、状態を確認するや否や、オレをこの集中治療室に放り込んだ。
 だけどみんなはユーリの強化魔法と、これまたユーリの……アレによる心の暴走という形で発動した強大な魔法、そして使うと三日間車いす生活になるカラードの『ブレイブアップ』という三つの大きな負荷を受け、結果的にオレ以上に重傷となった。
 ユーリとカラードの強化の反動は明日辺りに来るらしいのだが、今のうちにある程度回復してその反動を少しでも小さくしておいた方が良いとのことで、気絶していない面々も含めて全員が集中治療室へと投げ込まれた。
 もちろん気絶している人――エリルとリリーちゃんとアンジュをそのままお湯に入れると溺れてしまうから、軍医さんの回復魔法でゆっくりとお湯に浸かる程度の体力を戻してもらってから入った。
 普通のお風呂と同様に裸で入らないと充分に効果を発揮しないということで、当然ながら男女は別である。

「ふー……しかし気持ちいいのはいいんだけど……やっぱり一人だと寂しいな……」
 エリルたちとは別にしろ、オレが入っているこのお風呂にはカラードとアレクと、あとユーリがいても良さそうなのだが、オレは大きなお風呂を独り占めしている。
 まずカラードだが、『ブレイブアップ』を使いはしたけど自分を強化したわけではないので大した負荷はなく、オレたちの中では一番元気だったので――
「負傷した国王軍の騎士が大勢いる。動けるおれはそちらの手伝いをしてくる。」
 ――と言って軍医さんの手伝いをしに行った。
 そしてアレク。心の暴走による強大な魔法の使用はなかったけど、ユーリとカラードの強化魔法の影響で明日にはとんでもない負荷が来るはずだからお湯に浸かるべきなのだが――
「いい機会だ。いつもぶっ倒れるカラードがどんな負荷を受けてんのか体験してみる。」
 ――と言ってカラードについていった。それは危ないのではと思ったが、大丈夫だろうと太鼓判を押したのは強化魔法の一つをかけたユーリだった。
 こと人体に関しては右に出る者がいないんじゃないかと思われるユーリから見て、アレクの身体は素晴らしいらしい。鍛え抜かれているという点に加え、もはや天性のモノと言える頑丈さがあるのだとか。アレクが死んだ時には是非その肉体が欲しいと、内容は怖いがユーリ的には最大の誉め言葉も口にしていた。
 で、そのユーリだが――
「ここにいると軍から色々質問されそうだからな。私はこっそり帰るとする。」
 ――と、気づいたらいなくなっていた。
 こんな感じで、オレは一人寂しく……確か軍医さんが小一時間は入ってるようにと言っていたから、身体がふやけるまで独りぼっちという事に――

 ガラガラ

 お風呂ではあるけど身体を洗うところではないからシャワーなどはなく、お湯に浸かっているオレの視界にはただの壁と入り口しかなくて、その引き戸が開かれるのを真正面で眺めていたオレは――

「し、失礼しますね、に、兄さん……」

 くせっ毛をペタンコにするとオレにかなり似るオレの妹、パムがタオルを巻いた姿で入ってくるのを――パムッ!?!?
「どばらばば!」
 謎の言葉を発しながら大慌てで色々隠そうとするが、国王軍の訓練場にあったお風呂同様、ここでもタオルを巻くようにという指示を受けていた事から大丈夫――じゃない!
「パパパ、パム!?!? ど、どうしたの、こっちは男湯――ってわけじゃないけど今お兄ちゃんが入ってるから男湯みたいなモノで入るならエリルたちのいる方だと思うよ!」
 昔はいっしょにお風呂も入ったが今や互いにお年頃的な年齢なわけで、立派に可愛くなった妹はスタイルも立派になっていて――お兄ちゃんは目のやり場に困るのです!
「わ、わかってますよ! 仕方なくです!」
 顔を真っ赤にしてバシャバシャとお湯の中に入ってきたパムは、オレの前まで来るとくるりと背を向けてオレの脚の間に座りこんでぇぇえぇええっ!?!?
「パムさんっ!?」
「だ、大丈夫ですからね兄さん! 兄さんは自分が守りますから!」
「守る!? 何から!?」
 というかぐぐっと背中をくっつけてくるパミャアアアア!

「む、足早に出ていったと思ったらそういうことか。」

 再び引き戸が開いて聞きなれた声がした。パム同様にタオルをくるりと巻いているだけの格好で、そのせいというかなんというか浮き出る身体のラインに目を奪われ――って!!
「ロロロロロ――」
「うむ、ローゼルさんだぞ。」
 むふーと腰に手をあてるローゼルさんは『水氷の女神』と呼ばれるほどの美貌とプロポーションの持ち主で……ついこの間、オレはそのナイスバディに対してあれやこれやとやらかしてしまったわけで……その辺の記憶もまだ新しいというのにタオル一枚でオレのいるお風呂場に……
「なにガン見してんのよ、この変態!」
 そんな目に猛毒なローゼルさんの後ろから怒った顔をのぞかせたのはエリル――エリル!?
「びゃっ! エリルまで!?!?」
「全員いるよー。ていうか二人とも早く入ってよねー。あとがつっかえてるんだからさー。」
 オレの思考が沸騰している間に引き戸は閉められ、さっきまでオレ一人だったお風呂の中には妹のパムに加えて『ビックリ箱騎士団』の面々――エリル、ローゼルさん、ティアナ、リリーちゃん、アンジュが入っていた。
 広いお風呂でも大浴場というほどではないから、オレを含めて七人も入ると互いの距離が結構近い。その上で全員がタオル一枚という危険極まりない格好なのはとんでもないが、それはそれとしてなんだかみんながいつもと少し違うような……ああそうか、髪型だ。
 エリルがサイドテールじゃないところは部屋でよく見るけど、今のエリルはそれ用のモノなのか、ゴムのようなモノで長い髪をまとめてお湯に入らないようにしているから新鮮だった。
 ローゼルさんも同様で、こっちはクリップのようなモノを使っているけど、見たことのない髪型になっている。
 ティアナは面白いことになっていて、いつもの髪留めがなくなったせいなのか前髪が垂れ幕のように目を隠しているせいで違う人に見える。
 リリーちゃんはいつも後ろの方で結んでいるところがほどけているし、大きな花の髪飾りもないからだいぶ印象が違う。
 でもって一番の変化はアンジュで……あの長いツインテールを――たぶんうまいことくるくる巻いて頭をタオルでぐるぐる巻きにしていた。おかげでティアナ以上に誰かわからなくなっている。
 前に女湯に突撃してしまった時は緊急事態に加えてもみくちゃ状態だったからほんの一瞬色々見えただけだったけど、今は全員をじっくりと見られて――

 て! いや! おい! な、何をじっくり見てるんだオレは! 異常な光景過ぎて頭がアッパラパーになってるぞ!

「どどど、どうしてこんな事になっているんでしょうか……!?!?」
「ロ、ロイドくんたら……じ、じっくり眺めてから目を背けても……え、えっちなんだから……」
「ひぐっ!?」
 ティアナのツッコミと同時にパムのエルボーが脇腹に刺さる。
「何の事はないぞロイドくん。単に部屋が足りないのだ。」
「どういう――こ、ことでしょう……」
 いつもの感じでローゼルさんの方に顔を向け、そして慌てて下――というかパムの頭に視線を移す。
「どうやら外の戦いは決着がついたようでな。負傷した騎士たちが医療棟に大勢やってきたのだ。中にはこの集中治療室を必要とする者も多くいて、部屋が足りなくなっているそうなのだ。大きなお風呂を独り占めしていたロイドくんには悪いが、ここは譲り合いの精神で我ら『ビックリ箱騎士団』は一つの部屋にかたまったというわけだ。」
「いやいや! この部屋にケガした男の騎士が入ればいいだけですよね!?」
「それでは大人に囲まれてロイドくんも気まずいだろう?」
「今の方がよっぽどですが!」
「まーまー、優等生ちゃんの言い訳も間違っちゃいないんだけどねー。ホントのところ、あたしたちがここに来た――っていうか来たいって思ったのはロイドのせいなんだよねー。」
「えぇ!?!?」
「アンジュくんの言う通りだ。あんな……熱烈な告白をされてはな……」
「コクハッ!!」
 告白。ユーリの罠――い、いや、一応は敵に勝つための作戦だったわけだが、オレがみんなに対して抱いているあれこれが言葉ではなく想いとしてみんなの頭の中に直接送られてしまったアレのこと。可愛いなぁとか美人だなぁとか……ほ、他にもや、やらしい事とか、言葉にする予定のなかった生の感情がそのまま……
 オレ自身はそれがどういう感覚のモノなのかわからないが、その影響でみんなはとんでもない魔法への扉を開いたわけで……きっとどえらいモノ――だったのだろう……そんなモノをオレはみんなに……!!
「ロイドはさー。何を言ってもやっても顔を赤くするからちゃんと効果が出てるかどうかわかんなかったところがあったんだよねー。でもあたし――この場合はあたしたちかなー? あたしたちがロイドの事好きなのと同じくらい、ロイドも……ねー。」
「――!!!」
 とろんとした視線を送られてドキッとする。ほんのりと赤い肌の上をつたうお湯で色気爆発のアンジュ――だぁっ! まずい、まずいぞ! 落ち着くんだ!
「まぁ、よく考えればロイドくんがわたし――たちにベタ惚れなのも当然なのだ。」
 そうだ冷静に、当然の――当然!? ベタ惚れ!?!?
「そそ、それはどういう――い、いや、確かにみんな魅力的な女の子ですけども――」
「魅力的か……ふふふ、そういう言葉を聞くと嬉しいが、しかしあの告白を体験した後ではいささか威力が小さいと思ってしまうな。なに、今までわたしたちはそっちに考えが行かなかっただけで簡単な理屈だとも。」
 ぐーっと腕を上げて伸びをするローゼルさんの胸が揺れ――いかんいかん!!
「偶然というのもありえるが、ロイドくんへのメロメロ具合から言って、わたしたちは恋愛マスターの力の影響でロイドくんに巡り合った可能性が高い。」
「メ、メロメロ……」
「恋愛マスターの力とはつまり、彼女がロイドくんの願いを叶える為に発動させた、運命の相手に出会う力。その影響でロイドくんは運命の相手以外――相性百点満点には届かないものの、九十点や八十点クラスの相手にも多く出会う事となった。運命の相手はわたしだろうが、しかしエリルくんたちもまた、高い相性であることは確かなのだ。」
「ちょ、あんたさらりと何言って――」
「ふふ、わたしと出会う為だけに他の女性を引き寄せて負けの決まっている恋に挑ませるのだからロイドくんもひどい男だ。まぁとにかく、ここにいる面々はその高い相性ゆえに、おそらく世のカップル――そうそう九十やら八十やらの出会いが起こるとは思えないから、六十、五十くらいの相性が平均であろう男女の関係を遥かに超えてロイドくんとあれこれしたくなるわけだが――ポイントは「相性」という点なのだ。」
 お、お泊りデートの時にも聞いた話に続き、ローゼルさんは……うっとりとした微笑みをオレに向けて新たな解説を……はぅ、色っぽい……
「相性なのだからその点数は双方に関係するモノ。つまりわたしたちがロイドくんにグイグイ行くのなら、ロイドくんもまたそうであるはずなのだ。」
 ああ、あの夜のことがフラッシュバック……え、そ、双方? オ、オレもグイグイ?
「だが実際はこちらの攻撃を受けるばかりで顔を赤くしてワタワタするのみ……やはり一時的とはいえエリルくんが一番になっている以上はダメなのかと思っていたが……あの熱烈な告白だ。ロイドくんはちゃんと、わたしたちがロイドくんに向けるモノと同等のモノを心に抱いていたというわけだ。」
 オレが……ロ、ローゼルさんやリリーちゃんがくっついてくるようなレベルのことをみ、みんなにもしたいと思っていたと……思ってたのか!? オ、オレはそんなやらしい事をみ、みんなの頭の中に送ったのか!?!?
「普段その想いが表に出てこないのは、おそらく人数の問題だ。わたしたちからすれば相性抜群の相手はロイドくん一人だが、ロイドくんからするとそういう相手は複数人いるわけだからな。熱烈な愛も分割なり発散なりをしてしまうのだろう。ゆえに――」
 オレを見つめながら唇や喉、胸元へゆっくりと指をはわせるローゼルさん――え、えろ――だぁっ!!
「先のお泊りデートのように、他の面々がいない状態で一対一となれば熱烈な愛は形を成して積極的な攻めとなる……ロイドくんがオオカミとなったあの夜も、次の日のあれも当然の事だったのだ……」
「ひへ……」
 お色気マックスのローゼルさんの艶めかしい仕草と脳裏をよぎるあの時の光景により、そのままローゼルさんへと手を伸ばしそうになるが視界にエリルのムスり顔が見えてハッとする。
 あ、危ない……今のは危ないぞ……と、というかやっぱりこの状況はやばいのだ! なんとか――なんとかしないと!
「そういえばロイドくん、あの告白でわかったが……お泊りデートの夜も次の日も、ロイドくんはわたしに触れながらあんなことを考えていたのだな……」
「ぶへっ!?!?」
 何を! オレは何を考えていた!?!?
「理性を保てなくなったから仕方なくというような顔で実はちゃっかりと……ま、まったくさすがのドスケベロイドくんだな……だがそれならそうと……言ってくれればわたしも応える覚悟はしていたというのに……」
「「何の話ですかっ!」」
 パムと同時に叫ぶオレだが……正直……言わんとしていることはわかってしまっていて――まずいまずいまずい!
「前にも言ったが、わたしはわたしの初めてを――」
「だー! ばー! ぎゃああああ! わわ、わかりましたからもも、もうその先は言わないでください!」
 頭がショートしたオレはパム越しにローゼルさんにお湯をかけまくった。
「むぅ、いきなりひどいでは――む……」
 オレの攻撃に手をかざしてしぶきを防御するローゼルさんだったが、反射的な速度ですばやく動いたせいで巻いていたタオルがゆるんで胸があああああぁああっ!!
「何してるんですか兄さんっ!」
 アゴ下からの頭突きを受けて目をチカチカさせるがおかげで何も見ていない……グ、グッジョブだ妹よ……!
「いやいやパムくん、今更だぞ。ロイドくんとわたしは互いのタオルの下を既に…………う、うむ、そうなのだ……だから――」
「!! 兄さん目をつぶって下さい! ちょ、ローゼルさんはいきなりタオルをとろうとしないで下さい!」
「ローゼル! あ、あんたこの――痴女! 何やってんのよバカ!」
「な、なに、それほど変なことではない……ぞ。お湯も湯気もない部屋で、わ、わたしたちは互いのあれやこれをみみ、見たりふ、触れたりしているの、だから……!」
「みゃっ!?!?」
 頑張って目をつぶっているので見えないが、時折出る可愛い叫び声からして真っ赤になってパクパクしているエリルの顔が想像できる……ああああぁぁ……
「つ、つまり、わたしとロイドくんはもはやそういう関係――タオル無しで一緒にお風呂くらい普通なのだからここ、これくらい……」
「だ、だめだよ、ロ、ロゼちゃん――えっち過ぎるよ……! それに、タ、タオルがないとロ、ロイドくんが鼻血ふいて倒れちゃうから……!」
「そーだよー。だいたいそう言いながらすごく恥ずかしそーだよ、優等生ちゃん。」
「な――い、いやこれは――」
「それに一応あたしたちって全員大ダメージだからこの部屋にいるんだよー?」
 普段ならお色気攻撃――を、が、がしがししてくるアンジュが今は冷静なようで、そもそもここにいる理由を指摘する……おお、アンジュさん!
「むぅ……そ、それはそうだが……しかしわたしだけではないだろう……この――抑えがたい感情をロイドくんにぶつけたいと思っているのは……わかっているのだぞ……!」
 ぶすっとしたような声でローゼルさんがぶつぶつと……え、ど、どういうことだそれは……?
「ロイドが「どういうことだそれは?」みたいな顔してるけど……だからロイドのせいなんだってばー。」
「べっ!?」
「さっき言ったでしょー。一応はその……暫定一番のお姫様以外のあたしたちにもロイドはまんざらじゃなくて、攻め続ければ勝機はあるっていうのはわかってたけど……それでもやっぱりもしかしたら……っていう不安はいつもあったんだよねー。それが実はロイドもあんな……あんな恥ずかしい想いを抱くくらいにあたし――たちの事が……大好き――なんでしょー? そんなのがわかちゃったったんだもん……こ、こうやってお風呂に突撃したいくらいにはドキドキしてるんだよねー……」
「はひっ!?」
 思わず目を開けたオレは、髪型が違い過ぎてアンジュに見えないアンジュが、それでもやっぱりアンジュの可愛さを炸裂させた笑顔を見て心臓が止まるかと思った。
「しかしまぁ、アンジュくんの言う通り、いつも通りに見えてロイドくんなんかは瀕死一歩手前な状態だからな。い、今はこうして一緒に湯に浸かるのみで我慢し――」

「ロイ、くん……」

 耳元で囁かれた甘い声でようやく状況に気づく。そういえばさっきから一言もしゃべってなくて、ちゃんと視界には入っていたのにその動きを意識できなかったというか、こうして腕に抱きつかれるまでこの距離に近づいている事に気づかなかった。そんな元暗殺者としての超絶技を用いて、リリーちゃんはオレの右腕をその胸に沈めええぇぇっ!?!?
「リ、リリーさん!? いつの間に!」
 パムですら気づいていなかったリリーちゃんの接近。タオル越しとはいえ腕に押し付けられるそれの柔らかさときたらもはや凶器であるあああああぁあっ!
「はぁ……ロイくん……裸……んん……」
 胸やお腹のあたりをはうリリーちゃんの指――もあれだけど間近に迫ったリリーちゃんの顔はもうなんというかそのまま押し倒してしまいたくなりゃ、ば、おち、落ち着けオレ!
「リリー! あんた何して――は、離れなさいよ!」
「たった今わたしがそういうことを我慢しようと言ったばかりだぞリリーくん!」
「……みんなと、一緒にしないで欲しい、んだよね……ボク。」
 オレの肩にほっぺをのせながらとろける声を出すリリーちゃん。
「初めて会ったあの日から二年間、ボクはロイくんのことを想い続けてたの。それが一緒の学校に通う形で毎日会えるようになって、ボクの過去を受け入れてくれて、告白して、キスして……あんなことやそんなことを少しずつ……エリルちゃんなんてその内やっつけてボクが……そしたらいきなり……あんな告白されちゃったの……」
 オレの顔をつかみ、自分の方に向けて引き寄せるリリーちゃんの顔はもう……もう……
「その後でこんな……一緒にお風呂なんて……そんなのボク、我慢できないよ。」
 更に近づき、リリーちゃんはオレの唇に自分の唇を押し付け、パムを押しのけながらオレをお湯の中へと押し倒し――ひゃばああああああっ!
「ん……んん……」
 腰の辺りまでしかないお風呂だけど、さすがに横になったら全身が沈む。一瞬そうなったオレはバタバタしながら慌ててお湯の中から出たんだけど、お湯の中でもキスをやめなかったリリーちゃんは全身をおしつけてからませて、まるでオレの唇を食べるみたいに吸ったり舐めたりいいいぃぃっ!?!?
「ずる――い、いや待つんだリリーくん! さっきティアナが言ったようにそんなにあれなことをしたらロイドくんが鼻血を吹いて倒れてしまう!」
「ちょ、そ、そうだよー! 割とロイドも瀕死なんだから鼻血なんか吹いたらトドメ刺しちゃうってばー!」
 既にやばい! 体力もそうだけど理性が風前の灯火だ!
「――っぶは、ま、待ってリリーひゃ――ばぁあああ!?!?」
 頑張ってリリーちゃんを押しのけたけど、リリーちゃんは……オ、オレのお腹の辺りに座ってる感じで……だ、だからあの、タオルの下のお、おしりの感触がダイレクトに……ひゃあ……
「ロマンチックなのはお泊りデートの時にとっておくけど……とりあえず今はもう……ロイくん、止めないで……」
 そう言いながらタオルに手をかけてはらりとそれをおおおおぉぉっ!?!?
「ほらもぅロイくんてばぁ、じらしちゃやぁだ……」
「待って待って待って待ってくらはひ!!」
 そのままオレにくっつこうとするリリーちゃんの肩をつかんで必死に押し返すも、視界の中で揺れるリリーちゃんの柔らかなそれが――あれが――もう――

 ああ、もうダメだ。



「ロイド!?!?」
 タオルをほとんど外した状態のリリーに迫られるのに抵抗してたロイドは、漫画とかならボンッって頭が破裂してそうな真っ赤な顔になった後、ガクンと首が折れてお湯の中に沈んだ。
「おいおい、ロイドくん大丈夫か!」
「やぁん、ロイくぅん……」
「商人ちゃんが完全に暴走してるんだけどー! ロイドが倒れたちゃったでしょー! ストップだよストップ!」
「い、いつもみたいに鼻血出てない、けど……ぎゃ、逆にいつもより深刻かも……しれない、ね……だ、大丈夫かな……」
「ああ兄さん! こうならないように自分が来たというのに無駄に気配を消して動くんですからそこの暗殺者は!」
 リリーを引っぺがしてロイドをお湯から引っ張り上げる。いつもならお風呂から出してベッドにでも転がすところだけど、たぶんロイドのダメージ――リ、リリーの攻撃のダメージじゃなくて戦闘のダメージ的に、今はこのお湯に浸からせとく方がいいと思うから、とりあえずパムの肩に寄り掛からせる形でロイドを座らせた。一応実の妹だからローゼルたちみたいな感じにはなんないはずだけど……かなり嬉しそうね、パム……
 でもって暴れるリリーはそんなパムが……あたしたちよりは魔法の負荷がたまってないらしく、お風呂を少し変形させて、まるで囚人みたいにリリーの腕をお風呂のふちに固定した。
「や、ちょっとこれ外してパムちゃん……ボク、ロイくんとイチャイチャするからぁ……」
「外しません! おとなしくお湯に浸かっててください!」
 負荷がないっていうのならリリーもそうらしいんだけど、完全にロイドしか見えてないような状態で、身体に染み付いたあ、暗殺者としてのスキルはともかく位置魔法は使えないくらいの暴走っぷりだからパムの拘束からは抜け出せないみたいね……
「まったくさー、優等生ちゃんの時はロイドのラッキースケベが発動したままだったからあんな感じになったんだろうけど、この状態の商人ちゃんとお泊りっていうのもまた似た感じでやばそうだよねー。」
「むぅ……できればわたしの初めてとロイドくんの初めては同じ時に……ん? ロイドくんは……は、初めてなのだろう……? ま、まさかどこかの誰か――例えばカーミラくんとかとけけけ、経験済みということは……」
「い、いい加減そっちの話題をやめてください! 妹の前なんですよ!」
「優等生ちゃんも結構暴走してるよねー……そういえば暫定一番でルームメイトでもあるお姫様は、あのロイドの告白どうだったのー?」
「ど、どうってなにがよ……」
「好き――とかかわいいとかその辺のもそうだけど結構ロイドってやらしーこと考えてたでしょー? ルームメイトともなればそういうの多い気がするんだけどー?」
「…………さ、さぁ、どうだったかしらね……」
「うわ、怪しー。」
 アンジュ――っていうか話を聞いてたローゼルとティアナもあたしをじーっと睨む。
 正直ロイドは……あんなことを……あんな…………みゃあああああ! あぁああぁあぁ! あのバカあのドスケベあの変態っ!!
「そ、その顔だけでな、なんとなくわかるね……」
「ぬ、リリーくんもあれだがこの後エリルくんと部屋で二人きりにするのもまずい気がするな。」
「……回復が済んだら兄さんは自分の家に連れて帰った方が良さそうですね……」
「そういう妹ちゃんも結構やばそうだけどねー。」
「な、何がですか! 自分は妹ですから! ま、まったく、小一時間もこんな話を続けるつもりなんですかっ!」
「ふむ、では別の話題にするか。国王軍最年少セラームであるパムくんの意見を聞いておきたいからな。」
「な、なんですか……」
「今回の戦いについてだ。」
 真面目な顔……いや、ロイドについての話をしてる時も真面目な顔でエロ――バカなこと言ってたんだけど、たぶん騎士を目指す者としての真面目な話をローゼルはしようとしてる。
 こ、これ以上ロイドのことを考えるとあの告白を思い出してそこで気絶してるロイドの裸に目が――行くわけないからっ! そうよ! 別に今のままでも問題ないけどこのままじゃローゼルたちが色ボケしっぱなしだから違う話題でこいつらの頭を冷やすのよ! そのためよ!
「わたしたちはユーリくんの援護を受け、ロイドくんの愛の力によって強力な魔法を発現させるに至った。おそらく普通に学院に通っているだけでは到達できなかっただろうあの魔法の感覚を忘れないためにも今すぐ訓練をしておきたいところだが……まぁそれはともかくとして、そこにカラードくんの『ブレイブアップ』が重なり……わたしたちはあの男、ラコフを倒すことができた。細かく言えば倒したのはエリルくんだが。」
「ど、どうでもいいわよ……そもそもあたしのせいであんたたちを……」
「だよねー。どう考えたってあの連中がお姫様を狙ったのって王族だからだもんねー。交流祭の時に……えっと、キキョウだっけ? あのニンジャくんが心配した通りになったって感じー?」
 痛いところを刺してくるアンジュだけど、悪意の欠片もない軽口未満のその口調と表情になんとなくほっとする。
「今に始まったことではないさ。わたしなんかエリルくんとよく話すようになった途端に賊に蹴り飛ばされたのだから。」
「……悪かったわね……」
「気にしていない……というか論点はそこではなくてだな、わたしが言いたいのはあのラコフが少し変じゃなかったかという事だ。」
「へ、変って……う、腕が四本もあったし……充分、変じゃない、かな……」
「見た目の事ではない。ラコフがバトル大好きの危険な男というのはわかったし、それゆえにわたしたちが本気を出してあがくまで待っていたというユーリくんの説明も理解できる。だがそれにしたってあの男は……油断が過ぎていなかったか?」
「……と言いますと?」
 さっきまでロイド絡みでジタバタしてたパムが真剣な表情でそう聞いた。
「こうして終わってみると思うのだ。結局ラコフが本気を出した……いや、出そうとしたのはわたしたちがラコフからツァラトゥストラを切り離してからだった。なんというか……わたしたちが愛の力による一撃をそれぞれに放っている間に、「さすがにやばい」と途中で思っても良かったんじゃないか?」
「……それは……そうかもしれませんね……」
「もっと言えば初めから下に見過ぎているというか……一般には非公開のはずの交流祭で初めて見せたロイドくんの吸血鬼の力を知っていたのだから、わたしたちのことも知っていたはずだろう? 自分で言うのもなんだが、わたしたちは……そりゃあ戦闘経験は少ないかもだが、一部だけ見れば脅威と言える力を持っている――はずだ。わたしが外部からの襲撃者なら、わたしたちをそう見てそれなりに警戒する。」
 ローゼルの意見は……たぶん過大評価ってほどでもない。実際こいつの氷と同等のモノを作れる騎士がどれだけいるかってなったらかなり少ないだろうし、リリーなんかは昔の事を考えればかなり厄介な相手のはずだわ。
「……確かにちょっとナメ過ぎかもしれないわね……実力はあっちの方が断然上だったはずなのに、終わってみればあたしたちってケガ一つしてないもの。傍から見たら……こっちがあっちを倒せるようになるまで待ってたみたいにも見えるかもしれないわ……」
「そんなのあいつがそーゆー性格だったってだけじゃないのー? そーゆーバトルをしたかったんでしょー?」
「もちろんその可能性もある。わたしも……ユーリくんがいなければ素直にそう思っていただろう。」
「あの死人顔くんがー?」
 死人顔……アンジュってなんでかロイド以外を変な呼び方するわよね……確かにユーリは青白くてそうにしか見えないけど……ちゃんと生きてるのになんであんなに冷たいのかしらね、あのフランケンシュタイン。
「第二系統の雷魔法の使い手には体内の電気信号に干渉することで相手の動きを制限したりする者がいるというのは耳にした事があるが……ユーリくんはそれを頭の中にまで作用させた。さらりとやっていたが、あんなのは聞いたことがない。」
「そうですね。思考した事が思考の形のままで瞬時に伝わり、それを他人が理解できるというのは異常です。『テレパシー』という魔法を使ったとしても、きちんと言葉にしなければ伝わりませんから。」
「仕舞いにはロイドくんのわたし……たち、への愛をも伝えてきた……そこは感謝なわけだが……そうやって他人の思考を読み取ったり伝えたりというのができるのなら思考への干渉もできるのではないか……?」
「……どういうことよ、思考への干渉って……」
「つまり……ラコフに普段以上に相手をなめて見るようにさせる――とかな。」
 ローゼルのその一言で、気絶してるロイドと溶けてるリリー以外が息を飲んだ。
「……そんなことができるとしたら戦闘においてはこの上ない脅威ですね……強い弱いという基準が意味を無くしますよ……」
「でもさー、もしもそういう事ができるんなら……油断させるとかじゃなくて、例えばあたしたちをものすごく怖がるようにしたりした方が戦いやすかったんじゃなーいー?」
「わたしもそう思ったが……彼の立場のようなモノと今回の結果を考えると……油断という形をとることでギリギリ危なくない状況を作りたかったのではないだろうか。」
「?? ロゼちゃん……な、なんだか全然わから、ないよ……? なんで、そんなこと……」
「心の暴走などを通して強力な魔法の会得を促す――つまり、わたしたちを成長させたかったのではないか、という事だ。」
「は? なんであいつがあたしたちを?」
 予想もしてなかった推測にはてなを浮かべてると、ローゼルは……なんだかばつの悪い顔になった。
「あー……ほら、スピエルドルフの面々は……彼も女王も国民たちも、どういうわけかロイドくんを国王として迎える気満々……だろう……?」
「! そ、そうね……」
 ロイドがカーミラの右眼を持ってるのに関わる事らしいんだけど、恋愛マスターのうっかりのせいでロイドにはその記憶がない――っていうか封印されてる。しかもカーミラが全員に口止めしてロイドに自力で思い出させようとしてるから、結局理由は謎のままなのよね。
「それで、だ……むぅ、例え話でもあまり言いたくないが……か、仮にカーミラくんとロイドくんが結婚――したとして、そ、その時わたしたちはどうなると思う?」
「ケッ――どど、どうってなによ……」
 そんなの考えたくもな……い、いえ、たぶん今はそういう話じゃないのよね……でもそんなの……
「スピエルドルフの王様になったからと言って人間との関わりが一切断たれるというのはない……だろうし、そ、そもそもわたしたちに対してあれほど熱烈な想いを抱いてくれているロイドくんが「じゃあみんなさようなら」とはな、なるまいよ?」
「そうだねー。別に女王様じゃなくても、ここにいる誰と……ケ、ケッコンしたって他のみんなとそれでバイバイにはなんないっていうか、そもそも一応お姫様を彼女にしてるロイドだけどあたしたちとイチャイチャしちゃったりしちゃうわけだしねー。」
 ……面白くない話……なんだけど、その辺はロイドの性格っていうか……本人が言ってたみたいに、一度全部を失ったからこの先得られたモノはすごく大切にする……のよ、あいつは。
 だからたぶん、こ、恋人を通り越してあたしとケッ――し、したとしても、今と同じようにローゼルたちと仲良くするわ……きっと。
「つ、つまりだ、もし万が一ロイドくんが王様になったとしてもわたしたちとのつきあいは続くはずなのだが……ここで思い出して欲しいのがユーリくん――それとストカくんの役職だ。」
「確か護衛官とかいうやつだったわよね……カーミラの護衛として、強さ云々関係なくカーミラが一番信頼する二人がそれを任されたとかなんとか……」
「んまー確かに護衛って言ったらいつも一緒な感じになるもんねー。そりゃあ信頼できるっていうか仲のいい相手がいいよねー。」
「だが仲良しというだけでは護衛の任は務まらない……ゆえにユーリくんとストカくんは日々鍛錬に励んでいるわけだ。」
「強い人を選ぶんじゃなくて、信頼されてる人に必要とされるレベルまで強くなってもらうって言ってたねー。ちょっと珍しいシステム――あ、もしかして優等生ちゃんが言いたいのって、王様になったロイドと仲良しのあたしたちも同じような立場――っていうか扱いになるからそれなりに強くないと困るよーってことー?」
「はぁ? なによ、じゃあユーリはその為にあたしたちを強くしようとしたってわけ?」
「ぼんやりとした推測ではあるがな……まぁ、元々魔人族は人間に対して関心がないらしいから、わたしたちが王様になったロイドくんの近くにいられるせめてもの理由付け――という意味もあるかもしれないが……」
「どちらかと言うのなら、おそらく後者の方でしょうね。国内においては魔人族の方々がいるとして、例えば日中に国外にいくような時は皆さんが護衛の扱いになる――とか。」
「あっは、あたしたちの処遇まで考えてるなんて、女王様はロイドとケッコンする気満々なんだねー。」
「カーミラくんの指示とは限らないがな。今回の襲撃を知っていたわけではないだろうし、たまたま居合わせたユーリくんがふとそう思ってなんとなくやっただけかもしれん。」
 それ以前にローゼルの考えすぎっていうのもあるかもだし、いくらユーリでも思考への干渉はできないっていう可能性もある。だけど……カーミラって、そういうのをさらりとやってきそうではあるわよね……
「まぁ結局のところ真相は本人のみぞ、というわけだが……何が言いたかったかというと、今回の勝利はもしかするとほとんどユーリくんのおかげではないかということでな……あまり浮かれず、手にした強くなるチャンスを確実に活かしていかねばならないぞという話だ。」
「ああ、それは良い心掛けですね。みなさんは同年代の騎士の卵と……いえ、現役の騎士を含めても規格外の経験を積んでいますが、それでもその強さはまだまだである事を忘れてはいけません。日々精進です。」
「規格外の経験ね……あたしはむしろ逆の気分よ……どんなに強くなったって上には上がいるっていうのを思い知るし、それに……」
 言いながら視線を移すと、ティアナがくすりと笑った。
「エリルちゃんの、言いたい事……わかる、気がするよ……」
「ふむ、まぁそうだな。なんだかんだでドンドン強くなっていくからな。」
「横にいたいんだけど割とついてくの大変だよねー。おかげで日々精進っていうか大変。」
 文句のようなことを言いながら、あたしたちはパムに寄り掛かってぐったりしてるロイドを眺めた。



「ロイド様の想い、ワタクシも感じたいところです。ユーリ、次にロイド様が来られた時には同じ魔法をワタクシにも。」
 夜の国、スピエルドルフの王城、デザーク城内の一室。謁見の間ではないが女王の私室というわけでもない、言うなれば執務室のような部屋にて、青白い顔をしたツギハギだらけの青年がソファーに腰を落としていた。
「了解……と言いたいところだが、ミラには使えるかどうか。人間や魔法生物などは過去の研究データが豊富だからああいうことができるが、歴代のフランケンシュタインの中に吸血鬼の解剖を行った者はいない。大差はなくとも小差はあるはずだから、その辺りの細かな違いでできるできないが――」
「きっと大丈夫ですからお願いしますね。」
 できなければできるようになるのですという言葉が聞こえてきそうな女王――カーミラの笑顔に青白い青年――ユーリがため息をつくと、その頭を巨大なサソリの尻尾がぺちんと叩いた。
「ちぇー、一人だけ楽しんできやがってずりぃぞこの。」
 ユーリの向かいにあるもう一つのソファに座っているのは胸元やスカート部分のスリットが大きく開いたドレスを着た赤い髪の女。その腰の辺りから伸びたサソリの尻尾をくねくね動かしながら不満たっぷりのふくれっ面をユーリに向けている。
「バカ言え、大変だったんだぞ。日中の戦闘な上に魔法をいくつも発動させ続けてへろへろだ。」
「いくつもって、一応お前から電波みたいのを受け取ってからはお前の予備の目玉使ってミラとバトルの様子は見てたが、使ってたのって電波のやつと強化のやつだけだろ?」
「いいえストカ。ユーリはそれに加えて相手の人間の思考に干渉し続けていたのですよ。」
「干渉……だぁ、あれか! こっちのやる気をなくさせるずっこい技!」
「ずっこい言うな。私があの男の油断やら余裕やらを引き上げていなかったら、あの男はもっと早い段階で本気になって全員が成長する前に戦いが終わっていた。」
「おお、それそれ。なんでみんなを強くするようなことしてたんだ、お前。」
「将来の事を考えて……というのと単純に、そうしないと勝てなかった。」
「げ、まじかお前。あんなのに勝てねぇのか? だっせー。」
「太陽の下で同じセリフを言ってみろ……ローブあってもやばいぞ、あれは……」
「では夜だったらどうでした?」
 カーミラの静かな問いに、ユーリはどうしてそんなことを聞くのかという風な顔で答えた。
「いや、私一人で倒せたが……」
「んなのったりめーだろーが。」
「ふふふ、ええ、そうですね。ですがそうであっても空に太陽があるだけで「あたりまえ」が「あたりまえ」ではなくなってしまうのがワタクシたち……困ったモノですね。」

「姫様、ご報告が。」

 部屋のソファに座る二人を眺めてほほ笑むカーミラはノックの音と共に聞こえた声に顔を上げる。
「どうぞ。」
「失礼します。」
 扉を開いて部屋に入ってきたのは仰々しい軍服を着た鳥のような人物。大きな翼を背中に生やし、頭部がそのまま鳥のそれという姿で、声からすると女性らしい。そんな鳥人間という言葉がしっくりきそうな人物は女王のいるテーブルまで姿勢よく進み、ペコリと頭を下げた。
「どうしましたかヒュブリス。あまり嬉しい報告ではなさそうな顔をしていますが。」
 魔人族を見慣れている田舎者の青年ですらその表情を読み取ることは難しいであろう鳥の顔の微妙な変化を見て女王がそう言うと、鳥人間――ヒュブリスはこくりと頷いた。
「以前フルトがフェルブランド王国国王軍の訓練場に行った際に感知した例のモノの調査ですが、潜入しているわたしのレギオンの者が良くない報告をしてきまして。」
「ああ、あれですか。人間の大国には大抵あれがありますからね。まぁだからといって特に問題はないのですが……フェルブランド王国のモノはその中でも群を抜いて強力なモノであったと報告してくれていましたね。剣と魔法の国と呼ばれるのも納得だと。確か既に完全な化石となっているからロイド様に悪影響などはないとのことでしたが。」
「そうなのですが……その一部――ほんの欠片なのですが、どこぞの人間が持ち出したようなのです。」
「まぁ。よく近づけましたね。」
「どうやらイカれた――失礼、奇抜な発想の科学者が作ったツァラトゥストラというモノを使ったようで。」
「それは……」
 カーミラの目線がユーリに移り、ユーリは今回の戦いで得た情報を共有する。
「「どこぞの人間」というのはフェルブランド王国に昔からあるオズマンドという反政府組織の連中だろう。この前ロイドが来た時にマルフィと共に現れた『世界の悪』ことアフューカスがツァラトゥストラという臓器型の強化部品を人間の悪党連中にバラまいたらしく、それを手にしたオズマンドが今回フェルブランドへ攻撃を仕掛けた……というのが今回、ロイドたちが巻き込まれた戦いだ。」
「そうですか……」
 ゆっくりと手を組み、目を閉じるカーミラ。
「ツァラトゥストラ……ユーリが遭遇した程度の相手であればむしろロイド様や他のみなさんが更なる力を得る為のキッカケとして丁度いいと思って手は出しませんでしたし、結果としてそうなりましたが……あれの欠片を使うとなると放ってはおけませんね。」
「あー……ああそうか。ロイドがいる国の反政府組織っつーことはその力がロイドに向けられる可能性があるわけか。確かロイドの彼女は王族――」
 と、ストカが「彼女」という単語を出した辺りでユーリとヒュブリスがやれやれとため息をつき、カーミラは組んでいた手にぐぐっと力を入れた。
「そうですね。ロイド様の「今の」、恋人は王族のエリルさんでしたからね。」
「そ、そもそも今回ロイドが戦う事になったのもエリルさんを助けに行ったからだったしな。我らの未来の王の為にもこれは何かしらの対策が必要か?」
 あまり笑っていない笑顔を見せたカーミラに慌てて提案するユーリ。
「即刻組織の壊滅を――と言いたいところですがただの悪党集団ではなく反政府組織なのですよね。考え無しに動くとフェルブランド王国と政治的な絡みが生じる可能性がありますから……まずはその組織についての情報を集めましょう。欠片とは言えあれを持っている相手ですから、それなりに腕利きを動かしたいですね。」
「はいはい! 俺がやるぜ! ユーリが遊んできたんだから次は俺だろ!」
「ストカ、一応情報収集がメインなんだぞ? お前みたいなガサツなのに務まるわけないだろ。」
「ああ?」
「そうよストカ。それにあなたは護衛官として修業中の身じゃないの。国外に出るとしたら姫様の護衛として、よ。」
 口調を柔らかくして女性らしい喋り方でヒュブリスがストカをなだめる。
「とはいえ潜入も戦闘も得意なメンバーはどのレギオンからも人間の学校とか軍とかに入り込んでるのよねぇ。誰かを呼び戻すっていうのは折角潜入しているのにもったいないし、どうしたものかしら。」
「……いっそ堂々とワタクシがロイド様の学校に転入しましょうか。セイリオスともなれば相応の情報が集まるでしょうし。」
「え、いやいやミラ、女王がいなくなると困るだろう。」
「お父様とお母様がいますよ。」
「お二人は今吸血鬼特有の長期睡眠で棺の中だろ。次に起こす時はロイドとの結婚式って前に言っていたじゃないか。」
「それはそうなのですが……今のエリルさんのように四六時中ロイド様と一緒にいられたらどんなに……ああ……」
 うっとりととろけるカーミラを前にユーリは少し焦る。
「ヒュ、ヒュブリスさん、いい感じの人を早く見つけて送り出しましょう。でないとミラが学生になってしまいます……!」
「あら、わたし的にはそれも面白そうって思ったんだけど。」
「ヒュブリスさん!?」
「お、ミラが学校行くなら護衛官も行くことになるよな! よし、それでいこうぜ!」
「お前も何を!」
 気づけばこの場にいる面々で自分しか否定側に立っていない事に気づき、真剣に焦り始めたところで――

「いけませんよ、姫様。」

 と、おそらく勝手に入るのは失礼だと思ったのだろう、扉の向こう側から誰かのツッコミが聞こえた。
「その声はヨルムですね? どうぞ、入って下さい。」
「何やら妙な会話が聞こえてきたので……」
 そう言いながら入って来たのは、ヒュブリスが鳥人間なら今度は蛇人間と言ったところだろう。黒い鱗に覆われた蛇の頭が仰々しい軍服から突き出ており、時折二股にわかれた舌をシュルルとのぞかせる。
「以前ロイド様が来られた時はフルトとヒュブリスが対応しましたし、その後ロイド様の血を飲まれた姫様が追い打ちをかけましたが、それでもあれはまだまだ油断できぬ状態――姫様にこの国を離れられるといざという時に困った事になるかと。」
「そうですねぇ……フェルブランドのあれは化石でも、こちらのあれは瀕死とは言え存命ですからね……ええ、わかっていますよ。」
「なー、ちょっと思ってたんだがよー。時々バトッてるあれ、ミラがロイドの血をたらふく飲んで一発ドカンと片付けちまえばいいんじゃねぇのか?」
「たらふく……」
 それを想像したのか、再びとろけたカーミラの代わりに蛇人間――ヨルムが答える。
「姫様が血液によるパワーアップであれを完全に倒すとなると、おそらく相当量の血が必要となる。最悪ロイド様の命に関わるような量がな。ゆえに別の方法――例えば姫様とロイド様が結ばれるような、血液以外のパワーアップでなければならないのだ。」
「ふーん。なんかロイドにミラを襲ってもらえばそれで解決しそうだけどな。」
「きゃ、ストカってば言うわねぇ。あなたもロイド様のことは好きなんでしょう?」
「へ?」
 ヒュブリスの予想外の言葉に一瞬固まるストカだったが、すぐに冷や汗まみれとなる。
「……ストカ……?」
「うぉわ、ちょ、ミラ、割と本気で睨んでねぇか!?」
 殺気とまではいかないが普通の人間であれば気絶しそうな敵意を放ち、スピエルドルフの女王はゆらりと立ち上がる。
「そろそろハッキリさせておかなければと思っていたところです。ストカ、少しお話しましょうか。」
「助けろユーリ!」
「……ヨルムさん、太陽の光の下でももう少し動けるようになりたいんですが、鍛えてくれませんか?」
「……よかろう。」
「あら、良かったらわたしも手伝うわよ?」
 助けを求めるストカに対し、他の三人はぞろぞろと部屋の外へと出ていった。
「薄情モンがぁっ! つーかミラ! あのエリルとかの人間には怒らないくせになんで俺となるとそんなに!」
「おや? その言い方ですとつまり、あなたもロイド様を狙っていると?」
「いや、あいつはただのダチであってだな――」
「ただの友人にその――その大きな塊を押しつけたりはしません!」
「なんか違う方向の怒りが混じってねぇか!?」
 部屋の外、中から聞こえるドタバタ音にため息をついたりくすくす笑ったりしている三人は、一人の人間のことを考え、早く彼が国王になってくれないだろうかとぼんやり思っていた。



「え、じゃあ連中は五年間も止まってたって言うのん?」
 サードニクスたちが入ってるらしい集中治療室のある国王軍の医療棟。いくつかのベッドが並ぶ広い場所で、ベッドで横になってるオリアナを囲むように立ったり座ったりしてる騎士の一人、サルビアが驚いた顔でそう言った。
「みなさんから聞いた相手の動きと時間回収という言葉からして、おそらくは。」
 でもって全員の視線を集めてんのは普段着である町娘みたいなワンピースを着てるセルヴィア。
 大なり小なり、ケガやらなんやらをした私たちはこの医療棟で治療を受け、あとから合流したセルヴィアに連中――オズマンドの上位メンバーがやってた妙な動きをあいつらが口にしたっつー「時間回収」って言葉といっしょに聞いてみると、セルヴィアが解説をしてくれた。
「かつてとある時間魔法の使い手が自身の時間を停止させて数十年後の未来の世界を見ようとしたが、時間停止が解けてしばらくの後、その数十年分、身体が一気に老化したという。その後いくつかの実験の結果、時間魔法で何かを停止させた時、その間に経過した時間は停止が解除されるとどこかのタイミングで停止していたモノへとふりかかることがわかった。これを、時間魔法では「時間回収」と呼んでいる。」
「つまり彼らは五年前にアネウロから時間停止の魔法を受け、五年後である今目覚めたと……?」
 オリアナと同様にベッドに入ってはいるが、横にはならず身体を起こして話を聞いているアクロライトが難しい顔でつぶやく。
「それであいつら五年前と格好が同じだったのか! 最近大人しかったのも、上位メンバーが止まってたからってわけだ!」
 病室でデカい声をあげるのは……だいぶ珍しいが身体の一部に包帯を巻いてるフィリウス。
「あー……でもって? その、本来なら自動的に一瞬で回収されるはずの五年分を? アネウロってのが時間魔法で管理して……それぞれの好きなタイミングで回収されるようにしたってのか?」
 医療棟なんかに来る必要のない身体だが、なんとなくついてきちまったライラックが「わけわからん」って顔で整理する。
「私にはできない芸当だが……これにより、オズマンドの連中は五年分、「自身の時間経過を加速させる」ことができるようになったのだろう。結果、移動速度――いや、移動時間やダメージを受けた際の復帰時間、魔法を発動させる為の魔力をためる時間、呪文を唱える時間などを短縮していたのだ。」
 セルヴィアの解説にそれぞれがそれぞれの戦いを思い出して納得していると、横になってるオリアナが口を開く。
「で、では《ディセンバ》殿……そうして速さを得たというのにその速度のままで攻撃を……仕掛けてこなかったのはどういう、理由なのでしょうか……」
「……推測になってしまうが……時間回収という現象が起きているのはあくまでそれぞれの肉体だ。その回収中に他人を攻撃するということは即ち、時間回収の必要のないモノをそれに巻き込むということだ。それは……時間回収という現象を引き起こしている――世界、とでも言えばいいのか。世界が、許可しないのではないだろうか。」
「あー、そういやカゲノカが言ってたな。他のメンバーには制約があるが自分ならとかなんとか。そうか、今のセルヴィアの推測通りだとすると、あいつの場合は位置魔法による斬撃の移動っつーワンクッションを挟んでるからあいつの速度をそのまま攻撃に使えたのか。でもってあのガラス玉は時間回収を早めるアイテムだったと。ははぁ、なるほどなぁ。」
「? おいフィリウス、何を納得してんのかさっぱりだぞ。」
「いや、悪い教官、こっちの話だ。」
「でも困ったわねん。一応今回は勝った……って言っていいのかも微妙だけど、結局連中の序列上位の面々の半分は逃げちゃったわけよねん? 貴族の連中からも色々奪ったみたいだし、セルヴィアの話じゃこの城の地下からアネウロが何かを持ってったみたいだし、この先結構大変そうよん?」

 オズマンドの序列上位のメンバー。その内の十番のプレウロメ、六番のゾステロ、五番のドレパノは戦闘終了直後、おそらくアネウロが事前に仕掛けていた時間魔法で時間が停止して一切手出しができなくなり、アネウロ――と、おそらくは二番のクラドってのがいなくなるのと同時にどこかに消えた。
 結果国王軍――と教師が倒せたのは九番のヒエニア、八番のリンボク、七番のスフェノ、四番のカゲノカ。しかもヒエニアとリンボクは……『滅国』に……喰われちまったわけで、捕まえられたのはスフェノとカゲノカの二人だけだ。
 ちなみに三番目……ラコフという男だったらしいが、そいつはサードニクスらが倒しちまったらしい。どうもサードニクスと親しい魔人族がどういうわけかその場にいたようで、そいつの助力でなんとかなったみたいだ。んでそのラコフってのは……これまたどういうことなのか消し飛んだらしいので情報を聞き出したりとかはできない。
 ……というかあれだな、クォーツ絡みで戦うことになったんだろうが結果として王族の人間を賊から守ったわけだし、その賊ってのが反政府組織の序列上位――言うなれば幹部クラス。下手するとあいつら、表彰されたりすんじゃねぇのか?

「おー、それだそれ。アネウロが持ってったとかいうのは一体何なんだ? この城にそんな地下空間があるなんて俺様は知らなかったぞ。教官はどうだ?」
「初耳だ。アネウロの存在同様、国王しかしらない極秘事項なのかもな。」
「いや、どうかな……アネウロの言葉をそのまま信じるなら、国王ですら知らないことらしいからな……」
 と、セルヴィアが……なんというかしょんぼりと呟いた。まぁ考えてみると今回、セルヴィアはアネウロにやられっぱなしだったわけだしな……ちょっと落ち込んでるのかもしれない。
「ん? ああ――ああ? わかった。」
 なんとかセルヴィアを励ませればと考え始めたところでフィリウスが突然そう言った。
「なんだフィリウス、いきなりどうした?」
「風魔法で声が届いたんだ。おいセルヴィア、何か知らんが十二騎士に呼び出しがかかったぞ。」
「! 十二騎士に……?」
「国王がな。もしかすると今の話の詳しいことが聞けるかもしれん。」
「ああ……」
 フィリウスとセルヴィアがベッドの列を抜けてどこかへ行くと、何故かサルビアがにんまりと笑った。
「うげ、気持ちわりぃぞスプレンデス。いきなりにやけんなよ。」
 魂が関わる魔法の関係でサルビアとそれなりに顔見知りなライラックが半目でそう言うと、サルビアはぷぷぷと更に笑う。
「あぁ、やぁねぇ、これだから土くれ人形は。蘇生する時に心を置き忘れたのかしらん? それとも元からなのん?」
「あ? なんの話だ。」
「今は野暮ってものよん。ていうかそれで言ったらあなたこそ、学院でいい出会いの一つもないのん?」
「学生ならともかく教師にそういうのがあるわけないだろ……入れ替えもそうないしな。」
「教官は新任美人女教師よん?」
「教官……」
 こっちを向いたライラックと目が合う。私は色恋よりも強さを求めてここまできた女で、男からの評価は気にした事が無い。とはいえ私と同じだったはずのセルヴィアが今……まぁ相手はともかく恋焦がれてるのを見ると少し羨ましくもあったりするわけで、この同僚が何を言うのかはちょっと気になったのだが……
「ないないないなばぁっ!!」
 私は、真顔で首と手を振ったライラックに電撃を放った。
「おお、おお、元気じゃのう。」
 ついいつものノリで攻撃を放って若干軍医からにらまれたところで、右腕だけのジジイがバランス悪く歩いてきた。
 オズマンドの襲撃が始まった時このジジイも加勢すると言ったのだが、連中が貴族とかから重要書類を盗んでるってのがわかり、奪い返してもそれを他国の人間であるジジイに見られるのはあんまりよくないって事で、ジジイはずっとこの医療棟にいた。
「病室で電撃放つなこの――うお、《フェブラリ》! なんだ、あんたには呼び出しがかかんなかったのか? やっぱ他国の人間だからか?」
「んん? なんの話だ?」
「いや、今フィリウべっ!」
 何かを言おうとしたライラックは、サルビアが投げた花瓶を顔面に受けて倒れた。
「ほんっとに野暮ねん。ああ、こっちの話だから構わないでいいわよん。」
「ふむ……? まぁよい。ところで聞いたぞアドニス、バーナードを倒したそうじゃな? さすが、毎年わしに挑んでくるだけある。」
「ケンカ売ってんのか。つーか白々しい、あんな爆弾仕込んでおいて何言ってやがる。」
「おおそうか、やはりあれを使ったか。なかなかのモンだったじゃろ。」
「……そうだな……」
 くそ、このジジイのおかげで何とかなったって事実が腹立つな。
「相当な威力じゃからな。ドラグーン状態のあやつでも吹き飛ばせたじゃろ。」
「ああ……だが生憎、一緒にいたガキンチョが黒焦げのバーナードを抱えて逃げちまった。最悪、あのデブはまだ生きてる。」
「なんじゃと? そこまで追いつめておいて何やっとる――いや、違うな。つまりそれだけあの子供の動きが予想外だったということか……アドニス、あの子供とは戦ったか?」
「……いや?」
 てっきり怒られる――ってのはちょっと違うが、「馬鹿め」とか言われると思ったんだが、ジジイは小難しい顔で固まる。
「そうか……正直、わしは「今のバーナード」よりも「未来のあの子供」の方が厄介だと思っとるんじゃ。」
「未来の? あのガキンチョが成長するとまずいってか?」
「……昔ガルドで起きた事件を考えるとな……」
 嫌な事を思い出すような顔になるジジイ。
「ガルドのある大きな街でな、『ディザスター』が奇怪な生き物を暴れさせたことがあるんじゃ。数体の魔法生物を合体させたようなモノで、仮にランクをつけるとしたらSがつくじゃろう化け物だった。科学と魔法の総力でどうにか倒す事ができたが、戦闘の余波で街は半壊し、その上その化け物がまき散らした毒によって半年もの間その場所には近づけんかった。」
「毒……たちが悪いな。今は大丈夫なのか?」
「ふん、かれこれ三十年も昔の話じゃからな。街も復興しておる。だがあの子供があの化け物と同種の存在であったら……知性が加わった分、厄介の度合いは増大する。場合によってはあの事件以上の災厄が起こるやもしれん。」
「……その話、戦う前に聞いときたかったな。そうすればあのガキンチョにも攻撃を――」
「しようとした結果、わしはこうなったんじゃ。」
 そう言って左腕があった場所に視線を送るジジイ。
「強力な武器、強力な魔法、そういうモノであれば策を講じて対処できる。だが根本的に生物として上位の存在相手ではどうしようもない時がある。バーナードと戦ったお主ならわかるじゃろう? あの子供がそういうモノになってしまったら……いよいよわしら人間の手には余るかもしれんぞ。」
「人間の手にはって……なんだ、他の何で倒そうって――まさかジジイ、魔人族のこと言ってんのか?」
「そうじゃ。何かとはぐらかされるが、フィリウスが持つ連中とのパイプを今こそ利用する時じゃとわしは思うぞ。」
 フィリウスが魔人族との繋がりを持っているってのは十二騎士やそれに連なる腕利きの騎士たちの間では有名な話。だからフィリウスを通して夜の国に行ってみたいと手を挙げた者は多かったが、相当な理由がない限りはフィリウスの紹介であっても入国の許可は下りず、その上会ってくれもしないとのことでそれが実現した事はなかった。
 だからこの前女王が学院に来たことや、その時に私がフルトと手合わせしたことは超がいくつもつくような激レアな体験だったわけだ。まぁ、基本的に連中は人間と関わるのを嫌うし、この前のはサードニクス起因の特例みたいなもんだったらしいから、例えジジイ相手でも話せな――
「魔人族? そういや前に模擬戦してたよな、教官。」
 花瓶の直撃から復活したライラックが余計な一言を口にした。
「……模擬戦じゃと……?」
 ジジイの目がぎらりと光る……くそ、面倒なことに……
「フィリウスいわく、こっちから会おうと思ってもあっちには用がないから無理だという事だったが……つまりあっちから来たということか? 魔人族が? 何をしに?」
 ずいっと一歩近づいてくるジジイ。私はライラックを睨み、ライラックはしばらく睨まれた後――
「…………ああっ!! そういや学院長からも口止めされてんだった! 《フェブラリ》! 今のは無しだ!」
「もう無理じゃ。どういうことなのかの?」
 こんのバカラック……
「…………悪いが詳細は話せない――っつーか本当の詳細は私も知らないんだが、うわべの情報だけでも話しちまったら最悪私は消されかねないんで言わん。」
 フルトとやり合った時、あいつは私に釘を刺した。女王がサードニクスを訪ねたこと、それに関するあの時の出会いの諸々は口外しないようにと。それは今まさにジジイが目をぎらりとさせたのが理由で、つまり魔人族との繋がりがバレると余計な面倒に巻き込まれる可能性が高いからだ。
 実際、その情報が漏れたっつーか知られたせいでS級クラスの悪党がサードニクスにちょっかいを出すことになっちまった。
 だから学院の中でたまたま連中を見かけた奴には学院長が口止め……というか記憶を消すということまでして対応したが、このバカラックには身体の性質上そういう魔法が効かないもんで、結果今盛大に口を滑らせた。
「……その顔はどうあっても話しそうにないな……では知っていて話せる者を探すとしよう。今や学校の教師であるアドニスが遭遇したというのならやはりセイリオス学院――」
「やめとけジジイ。」
 ぶつぶつと作戦をたて始めたジジイに、私は割とガチな口調で言った。
「それを詮索すると消されるのはお前だぞ。」
 フルトに忠告された時に感じたのはサードニクスへの妙な特別扱い。あいつに何かあったら困る、そうならないように全力を尽くす、連中の態度はそういうモノだった。
 女王がお忍びじゃなくきっちり護衛をつけて訪問したって事は、個人ではなく国としてサードニクスを重要視しているって可能性が高い。
 つまり、そんなあいつに害が及ぶような事をする奴には……元々人間に対してさほど関心のない連中のことだから、躊躇なく牙をむく。私やジジイが消されると言ったのは、大袈裟でもなんでもない。
「……前にも似たような顔でフィリウスに睨まれたことがあったな……ふむ、気をつけよう。」
 にやりと笑った後、片腕のジジイはくるりと背を向けてゆらゆらと去って行った。
「……ライラック……」
「わ、悪い……ついうっかり…………ちなみにどれくらいやばい……?」
「……お前が消されないように気をつけるんだな……」



 医療棟から王城へ向かう道の途中にあるちょっとした庭園のような場所に差し掛かったところで、ふいに前を歩くフィリウスがそこにあるベンチに腰を下ろしたのを見てセルヴィアは首を傾げたが、すぐにその意味と理由を察して困ったように笑った。
「嘘なんて、似合わないことをさせたな……」
「気にすんな。」
 一人で二人分のスペースをとっているフィリウスの横にポフンと座ったセルヴィアは、うつむいたまま口を開いた。
「……学生の頃、当時の《ディセンバ》を見た時、どう頑張ってもあの域には到達できないだろうと……あの人はどこか規格の外の化け物だと、そう思った。最近は感じなくなっていたあの感覚を、久しぶりに思い出したよ……」
「そんなにだったか、あのばあさん。」
「直接やりあったわけではないが設置魔法や時間回収の制御などからわかるのだ……彼女と私の技量の差……《ディセンバ》の名を与えられた者同士のはずが、その間に存在している果てしない実力差を。」
「はぁん。ま、一番上の称号ってのはそういうもんだ。強さが百を超えたら十二騎士になれるとして、百でも千でも十二騎士なわけだからな。」
 慰めにも励ましにもならない言葉を返したフィリウスは、しかしどこか遠くを見て自嘲するような笑みを浮かべる。
「俺様にも経験がある。とうとう十二騎士、ナンバーワンになったぞと思ったら俺様よりも凄腕の風使いに出くわしたんだ。そりゃああのトーナメントに世界中の第八系統の使い手が参加してるわけじゃねぇんだし、だからこそそれぞれの十二騎士が追い続ける同系統のS級犯罪者なんてのがいるわけだが、それでもそれなりにショックだった覚えがあるぞ。」
「フィリウスでもか……それは随分な凄腕だったんだな……」
「おう、だからこう考える事にした。」
 空に拳を突き上げ、フィリウスは大きく声を上げた。
「十二騎士なんて称号は高みにいる連中を引き寄せ、挑む為の単なるチケット! 頂点に至る道のちょっとしたチェックポイントを通り過ぎたってだけの証明書なんだとな! 同じ《ディセンバ》? その場所をセルヴィアが通ったのはほんの数年前だが、あのばあさんは百年以上も前に通ってるんだぜ? 実力差? んなのあって当たり前だ! 相手は世界征服っつー正義を掲げてその道を歩き続けてんだからな! セルヴィア――そして俺様もまだまだ道の途中! 教官が、もしくは学生の時に教師や先輩が言ったみてぇに、その落ち込みをしっかりとバネにして前よりも高い所に行きゃぁいいんだぜ!」
 最後にバシンッとセルヴィアの背中を叩き、フィリウスはニカッと満足そうに笑った。
「……もう少し加減して欲しいな……」
「おお、悪い悪い。」
 背中に手をまわして痛そうに腰を曲げるセルヴィアだが、そのうつむいた顔にはどこか嬉しそうな、その上闘志の炎が見え隠れする笑みを浮かべていた。
「今回は彼女が強かった。だが次は、私が勝つ。」
「お――」
 顔を上げたセルヴィアの気持ちのいい決意に「おうっ!」と言いたかったフィリウスだが、決意と同時に自分の手に絡んできたセルヴィアの手に言葉が途切れた。
「……まったく……ああ、まったく……」
「お、おいセルヴィア?」
「ああ、そういえばだがフィリウス。」
 ギュッとフィリウスの手を握っている事については何も言わず、セルヴィアは真面目な顔で話題を変えた。
「アネウロと一緒にいたクラドという男……タイショーくん以上に特殊な魔眼の持ち方をしていたぞ。」
「大将? ん、持ち方? 片目だけって話か?」
「あの男は赤と青、左右で異なる魔眼を持っていた。」
「まじか! おいおい、そりゃつまり二種類の魔眼を使うって事か!」
「左右で色が異なる魔眼なんてのは聞いた事がないし、実際左と右からは異なる気配を感じたからな……具体的にどういう能力かはわからないが、一度目を開いてそれを発動させてからは私の攻撃の一切が……まるですり抜けてしまうように当たらなかった。」
「今の十二騎士全員で挑戦して誰も防げなかったあれを――ん? 一度目を開いてってのはどういう意味だ?」
「ああ、あの男、魔眼を発動させた時に一瞬開いただけで、あとはずっと目を閉じていたんだ。それでもきちんと周りは見えている上に遠くの事も把握していたようだったが。」
「なんだその能力は。ったく、アネウロだけでも厄介なのにな。しかもそんな面倒な奴らが他の国に行くって言ったんだろ? この先面倒事が増えていきそうだ。」
「連中が力をつけた原因――『世界の悪』が動き出した影響はどんどん大きくなっていくだろう。ツァラトゥストラも、何もオズマンドだけが受け取ったわけではないしな。」
 ぼんやりと空を見上げて二人そろって「やれやれ」とため息をつく。
「こりゃあ何とかしてスピエルドルフと手を組むのを考えた方がいい気がするな。」
「魔人族か。味方にできるのならこれ以上はないが……難しいのだろう?」
「連中は俺様たち人間とは関わらないようにしてるからな。だが今回ばかりはどうにかこうにか――」
「……一応聞いておきたいのだが、スピエルドルフに気になる女性はいたりするのか?」
「一応とか言う割に話がとびすぎだろ。いねぇよ。だいたい連中、人型――っつーか人の頭じゃない方が多いんだぞ?」
「……フィリウスなら何人間でもいけるのかと……」
「俺様を何だと思ってんだお前は。」
 庭園のベンチに座って他愛ない会話をする二人だが、建物の窓や物陰からそれをこっそり眺める騎士や城で働く者たちは、そんな痴話げんかのようなじゃれ合いのような一幕をほっこりとした顔で見守っていた。



「うふふふ、あははは。」
 何もない空間に横一列に椅子が並ぶ場所。その一番端っこに座っているオレを、「ひい」をいくつつければいいのか見当もつかない遠いご先祖様であるおばあちゃん――マトリアさんが笑っていた。
「まさか――ふふふ、そんな理由でここに来ちゃうなんてね。どうりであたしが表に出ないわけだわ。だって気絶はしても危険じゃないもの――うふふ。」
 リリーちゃんの猛攻を受け、理性の前に意識がとんだオレは……たぶん、体力がほとんどないっていう、こっちはこっちでそれなりに危険な状態っていうのも相まって、普段は眠っている? らしいマトリアさんのいる場所にやってきてしまったのだ。
「幸せな気の失い方もあったものね。モテモテね、あなた。」
「……全然対応できていないと言いますか……優柔不断にみんなとあ、あれやこれやで……恋人を怒らせる日々ですが……」
「うふふ、はたから見たらとっかえひっかえのプレイボーイね。」
「はひ……」
「あら、そんなにしょんぼりしなくていいと思うわよ? こうやってあなたの魂に間借りしているからわかるけど、「はたから見たあなた」と実際のあなたはだいぶ違うもの。」
「そ、そうでしょうか……友達からはそのまま全員をし、幸せにするよう頑張れと言われましたけど……」
「いい友達ね、その通りよ。あなたの場合、「はたから見たあなた」から想像されるような誰も彼もみんな好きだからあの子もこの子もーなぁんていう段階は超えているの。あなたはただ、全員を心の底から愛しているのよ。」
「アイシテ……で、でもそれはその、いけないことなのではないかと……」
「そうかしら? 例えば好きな食べ物があったとして、それ以外は「好き」とは言えない――なんてことはないでしょう? あれも好きだしこれも好きだけど、「好きな食べ物は?」って聞かれたらその中で一番のモノを答えるだけよね? 恋人も同じで、気になる子って言えば何人かいるけれど、じゃあ「一番恋人にしたい人は?」って聞かれたら一番好きな人を答えるだけ。ほら、あの子もこの子もちゃんと好きになっちゃってるでしょう?」
「は、はぁ……」
「あなたの場合は、周りにその子しかいなかったら恋人にしたいって思うような相手ばかりに囲まれているの。普通なら長い人生で一人に会えるかどうかっていう、そんな特別な女の子にね。そんな中から更にとびぬけたあの子をあなたは選んだけれど、だからって他の特別な子たちとは友達で終わるかって、そんなわけないじゃない?」
「……ちょうど同じような話をついさっき、その特別な女の子からも聞きましたね……」
「うふふ、わかってないのは本人だけってことね。実際、昔も今もたまにいるのよ? あなたみたいに、同時に複数の異性を想ってモヤモヤと苦しんじゃう人は。それで見た目通りのとっかえひっかえになっちゃったら困りモノだけど、真剣に悩んでいるあなたは何も悪い事してないと思うわ。そうね、簡単に行ってしまえば、あなたの場合は状況が特殊だからいいのよ。」
「そ、そんなあっさり……」
「ふふふ。あなたがどんな答えを出すのか――いえ、彼女たちの押しの強さからして未来は決まりつつある気はするけれど、あなたの選択を楽しみにしているわ。」
「が、頑張りま――あ、あれ?」
 ふと思う。前にここに来た時、マトリアさんは外のことを把握していない感じというか……オレの両親が死んでいることも知らなかったわけだから、本当にオレがピンチになった時にしか出てこない人なんだなと思ったのだが、今のマトリアさんはオレの……み、みんなとの現状を知っているような口ぶりだ。
「あ、あのマトリアさん、も、もしかしてその……今のマトリアさんはオレが見聞きしたことを知っている感じ……ですか?」
 オレがそう聞くと、マトリアさんはハッとして難しい顔になった。
「ああ、そういえばそうね。きちんと説明しておかないと……ほら、なんていうんだったかしら? ぷらいばしぃとかなんとかいうあれだものね。」
 コホンと咳ばらいをし、マトリアさんは少しキリッとした表情になる。
「できればあたしが表に出るような事態は望んでいないし、子孫――子供たちにはあたしに出会わないまま人生を謳歌して欲しいと願っている。だから普通、あたしは眠ったままで、何事もなければあたし自身も気づかない内にサードニクスの血筋を何代も渡ってた――なんてこともあるの。あたしが今いる身体があなただっていう事もこの前知ったのだしね。」
 魂を子孫に定着させて代々を渡り歩くマトリアさんは……別に長生きしたいからとかそういう理由ではなく、完全に自分を危機に対する自動防御機能みたいに扱って子供を守る事にのみ力を使っている。
 もしかすると……オレの目の前にいるマトリアさんは本物ではなくて……なんというか、マトリアさんがかけた魔法そのものだったりするのではないだろうか……
「けれど一度表に出るとね、あたしの魂とあたしが間借りしてる魂の隔たりが薄くなる……というか繋がりが強くなっちゃうのよ。おかげであなたという人を魂から知る事ができたわけだけど……結果、何もしなければあなたが言った通り、あなたが見聞きした事やその時々の感情までもがあたしに伝わるのよ。」
「えぇっ!?!?」
 ととと、ということは例えば今回の戦闘でオレが思ったみんなへのあれこれやロロロ、ローゼルさんとのあれこれが!?!?
「ふふ、心配しなくていいわ。何もしなければって言ったでしょう? さすがにかわいい子供たちを出歯亀したくはないから、覗き見盗み聞きはできないようにしているわ。ちなみにこの制限は魂だけとなったあたしには解除できないから安心してね。」
「そ、そうですか……」
「ただ、一度あたしが表に出るような状況に陥ったってことは、その時代がそういう情勢だったりそういう環境で生活してたりで今後もあたしが出る可能性があるってことだから、必要最低限の情報だけは伝わるようにしているの。」
「最低限……?」
「あなたの立ち位置、あなたの味方や敵……そしていざ戦闘となった場合、あなたは誰を守りたいのか――とかね。」
「な、なるほど……その辺の情報からみんなのことを……」
「そういうこと。あなたを好きだと言い、かつあなたも大好きな人たちは、いざってときにあたしが守らないといけないからね。」
「――!」
 うわ、なんだこの恥ずかしい感じ……なんやかんやマトリアさんはオレの家族なわけで……そういう人にこういう想いを知られたからか……? あぁああぁぁ……
「だから今のあたしは前のあたしよりも色々と知っていて……そう、だからこの前はひどいことを言ったわね。」
「?」
「指輪の件、ご両親に聞いてみてだなんて無神経に……ごめんなさい。」
「い、いえ大丈夫ですから……そ、そうです指輪! パム――妹が回収してくれたんですけど……えっと、これがあればマトリアさんが全力で動ける――んですよね?」
「……あまりあたしの存在をあてにしてもらっては困るけれど、そうね。あなたと妹ちゃんで分かれてるから、正確には半減した力の全力ね。」
「それでも心強――い、いやあてにするなと今言われたばかりですけど……その、マトリアさんのことを妹が調べまして……ベルナークの人――だったんですよね……?」
「あら、よく調べたわね。騎士を続けた弟はともかくあたしの記録なんて残ってたの?」
 あらまぁという顔で驚いたマトリアさんは、ふと思い出したようにポンと手を叩いた。
「そうだわベルナーク……そういえばあなたは剣士なのよね?」
「剣士……と言っていいかどうか……んまぁ、武器は何かと聞かれたら剣になりますけど。」
「アフューカスが性懲りもなく何かしてるみたいだし……あなたは手に入れるべきかもしれないわね。」
「?」
「確か代々のベルナークの者が使ってた武器ってベルナークシリーズとか呼ばれているのでしょう? 特殊な材料を使ってるから強力な武器だし、きっと役立つはずよ。」
「え、えぇと……?」
「こう見えてあたし、元々は剣士だったの。二刀流のね。もしも残ってるならあなたにあたしの剣を渡したいのよ。」
「えぇ!?」
 ベルナークの剣。色んな武器を網羅するベルナークシリーズの中で剣は三本。一つはラパンの街にある武器屋さんにあって、一つはラクスさんが持っていた。そしてその二本はどちらも一振り……マトリアさんの武器が二刀流用の武器だとするとそれは二振りで一組。つまり、どこにあるか不明だった残りの一本ということ……!
「農家になる時、ああいう強力な武器は持ってると逆に危ないと思ってある場所に捨ててきたの。あれってほとんど破壊不可能だし、あんな場所に用もなく行く人はいないだろうからまだあるはずよ。」
「それは――で、でもマトリアさんがその……武器を捨ててから数百年経ってるはずですよね? さすがに見つかってるような……」
 オレがそう言うと、マトリアさんは「あらぁ」という顔でこう言った。

「あらやだ、今の時代にはマグマに潜るような酔狂がいるの?」

騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第十一章 湯煙内の猛攻と反省会

エピローグというよりはネタ晴らしと言ったところでしたね。
アネウロの魔法技術、おそるべしです。こんなに強い人とは思いませんでした。
オズマンドはまだまだ暴れそうです。

そして魔人族。アネウロが持ち出した「あれ」を知っているようですし、《フェブラリ》が彼らに何かしそうですし、どうなるのでしょうか。

そして主人公の一人、ロイドくん。戦闘中も倒れていた彼は全体的にこの章、ただただ女の子たちに振り回されて終わりましたね。びっくりです。

次の話は魔法生物という存在やアンジュの国――火の国がメインになりそうです。

騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第十一章 湯煙内の猛攻と反省会

オズマンドの序列上位メンバーとの戦いを終え、騎士たちはそれぞれの一戦を思い返す。 そんな中、連中が使用した奇妙な魔法についてセルヴィアがその答えを示す。 一方、戦いのダメージを癒す為に治療用の風呂に入っていたロイドは、突然入ってきたエリルたち他のメンバーに顔を赤くする。 自分を想う彼女たちとの風呂に頭が沸騰するロイドは――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-13

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