棺、理科室、つめたいからだ

 メメントモリという言葉をかんたんに吐き出していた。きみが白いノースポールで作った花冠を誰かの棺に手向ける。くちびるは青白く、しろくまの心臓の音をときどき思い出すのは雪のせいだよ。冬のイルミネーションがうつくしいのは空気が澄んでいるからだって教えてくれたひとはミルクティーしか飲まない。ぼくもきみも、いつか、時が止まるのだと想像しただけで狂おしいほど愛しくなる、金魚鉢のなかの彼ら。

(朽ち果て)

 理科室にて二十三時の待ち合わせは天体観測のため、人体模型を撫でていたのは先生の手だ。愛撫。ぼくはきみの小指が、約束を交わす折にぼくの小指にまきついてくる瞬間が好きだ。家庭科室でシフォンケーキを焼いた日の放課後は美術室すらも仄かに甘かった。絵の具のにおいは死んでいた。人体模型は冷たいのだと先生は云ったし、その冷たいのがたまらなく気持ちいいのだと先生は教えてくれた。きみは、先生は変態だと罵ったけれども、きみが、誰かもわからない野原に置かれた棺に花冠を供える行為と、ぼくは大して変わらないと思うのだ。趣味、性的嗜好、自己満足。恋人のはだかを見ても何も感じなかったときのちょっとした絶望感。知らない誰かのために花を繋げ編んでゆくきみの指の動きに反応する、ぼくのからだとは。
 惑星の失踪。
 ぼくたちはぼくたちの星をもっと大切にしなくてはと真剣に考えるのは一瞬だ。動物園でしろくまの檻の前から離れられないのは何らかの力が働いているのだろうと思う。運命のひとみたいだとぼくは勝手に一頭のしろくまに親しみを抱き、やがて彼のことを想い自涜に耽るのだから、ぼくも先生やきみに負けじと変態ではなかろうか。
 引力。
 人体模型と結婚はできませんよ、先生。
 そう嗤ったぼくに先生は軽蔑の眼差しを向けた。先生は以前より、ぼくのピアスや態度が気に入らないと云っていたので、たぶんそれもあるのだ。
 しろくまと交尾をしても、子どもはできないよ。
 先生に睨まれながら、ぼくはぼくにそう言い聞かせた。
 理科室の温度はいつも、きっと氷点下。

棺、理科室、つめたいからだ

棺、理科室、つめたいからだ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-13

CC BY-NC-ND
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