いま逢いに行くから!

 ぼくは雪だ。積もったばっかりのさらさら真っ白な雪だ。街を白く染め上げるために、この身をいくつにも分けて降りてきた。ぼくより先に地上へ降りて行った先輩達のことを、何回も見てきたけど、砂をまかれてドロドロにされたり、幾度となく踏みつぶされたり、溶けて土と混じったりと悲惨な最期を迎えているからさ。ぼくはここに来るのがちょっと、いや。ホントはかなり怖かったんだ。ぼくもあんな風になるだなんて、あらかじめわかっていたら誰だってイヤになるでしょう?そう、僕だってここに来て街を見上げた途端、考えることすらやめたくなったんだ。

 あるときは踏まれ、あるときは削り取られ、またあるときは溶かされ、汚され、轢かれた。潰され潰され潰され潰され、ふふ_。あと何回春までこんなことをされたらいいんだろうな。痛い…痛いよ先輩…ぼく、こんなの耐えられないですよ。あはは…だんだん感覚もなくなってきたや。まだ地上に降りてきて1週間もたっていないのに、もう街に広がっている身体の感覚が消えてしまいそうだ。そんなとき、身体のほんの一部に今までに感じたことのない感覚が走ったんだ。

 ぼくはその場所に意識を集中させた。どうやら男の子がひとり、私の表面を削り取って転がしているようだ。でもなぜだろう、どうしてか痛みは感じなかった。なので特に反抗もしないで放置しておいたんだ。ま、ぼくに反抗なんてできっこないけどね、動けないし。少しすると削り取られたぼくの身体はまるっとしていて可愛らしい姿になっていた。ぼくは驚いたね。多くの人はぼくを邪険にしたり踏みつぶすことしかしないのに、この男の子は僕の身体でこんな可愛らしいものを作ってくれた。先輩達の最期ばかりみてきて気が付かなっかったけど、地上にはこんな面白い人もいるんだね。消えかかっていた思考や希望が戻りかけていたとき、ふいにその男の子はぼくの一部にこう言ったんだ。
 「そうだ!キミの名前はユキにしよう。何にも負けないこの白さがとってもキレイだから!」
それから男の子は私の一部に、「寒いでしょ?」と布まで被せて帰っていったんだ。

 ああぁ。嬉しいよ、ぼく!こんな…こんなに優しくされたらぼく、君にお礼を言わずにはいられないよ!!意識を、感覚を、全部そこに集めて祈った。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。君はどこにいるんだろう?
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。君にお礼が言いたいよ。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。誰にも見向きされないと思ってた。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。ぼくは君のためならまだ頑張れる。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け_!
 あれからどれだけ経っただろうか。ぼくが今どんな状態なのか、ぼくの大部分の身体を人々がどんな風に扱っているのか。他のことは何も知らない分からない。ぼくはあの優しい男の子にありがとうを伝えなくちゃいけない。だからどうか、動け。ぼくの身体。それは絶えることなく祈っていたこと。

 そしてさらに時が過ぎたある日、あの男の子がふいにぼくの前に現れたんだ。そして優しい口調で聞いてきたんだ。
 「ユキ_ こんなに融けてもまだ僕の帽子もマフラーも手袋もセーターも大事にしてくれてたの?」
そ う だ よ 。
ぼくはずっとこの布を大事にしてたよ。ありがとうが言いたいけど、声なんか出せないや。きみが今の今までずっと何をしてたのか知りたいし、きみがいつもいる場所にだって行ってみたい!ああ、ぼくに想いを伝えられる口があれば。自分で移動できる足があれば。きみの手を掴む手があれば。かみさま、どうかぼくに言葉だけでも話させてください。ほんのひとときでもいですから…
 すると何だかもう少しで声が出せるような気がしたんだ。伝えなきゃ、伝えなきゃ、伝えなきゃ。
 「…r...」ほんの少し声が出せた。
 「!?」
 「...り...g...」伝えられそうなんだ。
 「ユキ_?」
 「あり...が...」もう少し、もう少しで言えるんだ!
 「ユキ!?」
 「ありがt」
 
 そこでほんの少しだけ残っていたらしいぼくの身体は全て融けてしまった。

いま逢いに行くから!

い つ か 必 ず 、 こ ん ど は 人 と し て き み に あ り が と う を い い に い く か ら 生 き て て よ ね 。

いま逢いに行くから!

雪だるまくんが「ありがとう」を言いに行く話しです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-01-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted