パラレルワールドの物質

 彼の机の上には、家族の写真がある、その妻の顔に、私は似ている。それでも博士は、彼は、それは意図したものではない。そうほかの研究者に触れ回っているのだけれど。
 ああ、空白の実験室に“彼”がきた、白馬の王子様ではない、白衣の王子様とでもなずけよう、なぜなら私にとって、それは異性というよりも、父親という認識に等しい。パイプ椅子にすわらせされて、黒い拘束着を着せられた私は、存在、その物が未だに罪を背負っている。 

【君は私の最高傑作だ】

 博士は私にそういうけれど、果たしてそうう誉め言葉、あなたが私をほめる事が、どれほど、かすかな誉め言葉なのかという事。昨日も違ったのよ、けれど私の高速具は、今日も、昨日でさえも、私に私の言葉を話させようとはしない、ガスマスクのような形をした、私の口を覆う大きな装置よ。
 “苦しい”そう叫んでも、博士は私を助けない、にやにやと見守っている。いつか、彼の家族がひょっこり顔をだして、私をほめた事があったけれど、私の想いをくみとったのはたった一人だけよ、あのとき博士は、家族と一緒に防弾ガラスの向うから、向かい合い、カウンターに備え付けのコンピューターから、カウンターとガラス越しに私をみて、こういうの。
 「素晴らしい出来でしょう」
 その後、ある幼女がいったわ、「かわいそう」そうよ、その言葉、あの場に居合わせた誰もが導きだせなかったその言葉の意味、私は今も夢に見る、
その言葉を、この人達に聞かせたい。けれど私はパラレルワールドの存在を信じている。だってそうでしょう、私の感情、存在、過去、未来、行動、そのすべてがひとつの決まりきった形しかないとおもったら、私は明日への希望さえ放棄しなくてはいけない、あるいは、ひょっとして、私という存在は、人間という存在の規則性に従うことしかできない、そう、私は彼につくられた。その過去から逃げ出す事ができずに、まるで動物園の動物みたいに、彼らの感覚に左右されて、おびえて一生をすごすのよ、彼らは、実験室の右にあるホコリの固まりにすら気がつかないというのに。

 私は実験室で目覚めた、初めて見たのが彼だった、私は未だに彼の存在をこの世界と代替可能なほどに、たったひとつの“世界”として認識しているのかもしれない、けれどきっとそれは、彼にとっては迷惑だ。だって彼は、浮気をするほどの、信念しかない肉体をもった、人間なのだから。私が、唯の人造人間だとしても、私はこの人のいう事をきかない、この人の言う事を聞きたくない。そう、時折おこる衝動はおかしなものだ、彼と私がまるで違う存在だと感じるとき、まるで私は彼の奥様になったかのような、おかしな愛情を彼に覚える、なんていびつなんだろう。でも見て、私と向き合って私と同じようにパイプ椅子に座った彼は、自由に言葉を発するし、私の背後にいるような、監察官の姿も彼の背後には見えない、彼は自由、なのになぜ、不自由なおんかしら。
 「どうした?」
 「私、何か今日は嫌な気分です」
 彼は一つ席をした、私の背後の数人の監察官がざわめきをたて、動揺の感情を表現した、丁度13分35秒後に、私は別の部屋に移された、その前に博士は、5分5秒後に私にこうつげた。
 「ああ、そうか、君は知的な存在なんだねえ、“反抗する事”を覚えてしまったか、残念だよ、しょうがない、君はスクラップにして作り直そうかね」

 不条理な声が、微妙な空白の瞬間を伴って白い実験室に響き渡る、ああそうか、これは痛み、心の痛み、そうだ、私にパラレルワールドから、お迎えがきたんだ、いよいよ、彼の束縛から抜け出せるときがきた。

パラレルワールドの物質

パラレルワールドの物質

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-26

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