赤絵の兄弟

無名の名工の絵付けした赤絵のお皿の四人兄弟たちは、交易品として船で運ばれていく途中、別れ別れとなってしまう。しっかり者の長男は高貴な女王様のもとに、やんちゃな次男はジャングルの大盗賊のもとに、そして寂しがり屋の三男は深海の底にひっそりと沈んでしまった。彼は一人を嘆き悲しみ続けるがやがてそこへ…。

七五調で書かれた赤絵のお皿の兄弟たちの数奇な物語。児童向けの童話です。温かい気持ちになれる作品。

赤絵の兄弟
                                                          ユキノシタ・ユキワリ

 昔々、名高い加賀の窯元に、一人の絵師がおりました。
百花繚乱讃えらる、同輩たちや師匠らに、まるでひっそり埋れる様に、世俗の栄誉を忘れつつ、黙々絵付けを行って、日々淡々と過ごすのでした。
楽しみといえば夕餉の魚、そうして一合飲む酒で、それも黙々飲んで食べ、少し赤らむ顔にわずかに、満ち足りたふうに笑顔を浮かべ、それでも語りに幸せが、逃げていくのという風に、必要以外の事柄を、軽く言葉にしないのでした。

あるとき彼は言いました。師匠が順々説き伏せて、やっと取らせたばかりの妻に、野心は無いかと聞かれたときに、一生に一度心を語った。
「もちろん俺にも野心はあるよ。だがあいつらとは違う野心が。
名前を残すことじゃなく、俺の作った道具が命を、人の時代を超えた命を、持って俺のあずかり知らぬところで、世代や国をも超えていく、そうして被った荒波を、その上に載せ、不思議と調和し、俺の技巧と通い合う、そういうものを作りたいんだ。名前じゃなくて物なんだ。物さえ時を超えればいいんだ。」

分からないという顔をして、妻は言葉を呑みました。分るはずないという顔して、まだ若い絵師は黙ります。東から春が近づくころに。

それから長く時が経って、若かった絵師は老境の、円熟の時を迎えてました。相も変わらず無名のままで、ひっそり咲いた野菊のように、菖蒲(あやめ)や牡丹に隠れつつ、それでも彼の描く技は、自在の境地に達していました。

彼は四枚一組の、赤絵の皿を絵付けしました。春の麗らな雲の下、紅梅が清くほころんで、鶯が一羽鳴いている、赤白緑の文輪花皿。
仙境に遊ぶ仙人の如、彼の心は遊びます。高く高く歌う空へと。そのまま彼の魂は、空の彼方へ飛び立ちました、揚げ雲雀の鳴く声に乗り。
つまりは四枚一組の、赤絵の立派な皿たちが、彼の最後の作品でした。

赤絵の四枚一組の、生まれたばかりの皿たちは、すぐさま荷物に積まれたのです。遠い異国の国々に、交易品となる準備。
彼らは高価な品物でした。何せ異国の諸侯らは、華麗な絵皿に目が無くて、買いたたく者はついぞ無く、金貨も銀貨も山積みです。
赤絵の皿の兄弟は、桐箱の中に納まって、銘銘希望を語ります。

「小さな子供のいる家がいい。賑やかな方がいいからね。子どもと家の成長を、見守りながら過ごしたい。」
きっちり真面目に描かれた、長男坊が言いました。
「俺は剛毅な武人の家が、やっぱり一番望ましい。雨やあられの矢の中だって、俺は案外硬いから、主を守れる自信があるよ。」
勢い良くも描かれた、やんちゃな次男が言いました。
「僕らを誰が買うかなど、予想するだけ無駄じゃない?なるようにしかならないよ。その時楽しきゃいいじゃない。」
力みを抜いて伸びやかに、一息の元描かれた、のんびり者の末っ子が、ゆっくりまったり言いました。

「僕が何より心配なのは、一人ぼっちになることだ。僕らがばらばら別れたままで、別のお客に買われたら、二度と会えなくなるじゃない!僕らは意思では動けないんだ。」
半ばに気持ちを引き締めて、緊張しながら描かれた、淋しがり屋の三男が、不安に胸をきりきりさせて、怯えた声を出しました。
「そんなの絶対あるはずないよ。僕らは四枚一組で、初めて本当(ほんと)の価値が出る。僕らを分けて買うなんて、寄木の像を分解し、部品に分けて買う様(よ)なものだ。」
末っ子が、落ち着き払って言いました。
「そういう馬鹿はいないだろうさ。箱ごと梱包されたから、きっと箱ごと買われるよ。わざわざ荷を解く者もない。」
次男がそう言い捕捉します。
「僕らのように高い絵皿が、雑貨のような扱いで、買いたたかれるはずがない。きっと僕らを買う人は、僕らの価値を分かっているよ。」
 長男坊が諭します。
 それでも不安な三男は、ひしひし迫る悪い予感に、カタカタ震えるほどでした。
「なるようにしかならなくて、それが悲しい結末だったら、何をしたって結末を、結局変えられないじゃない!それが何より最悪だ。」
 他(た)の三人は笑いました。笑って彼を諭しました。三人は誰も思いません。悪い予感が的中すること。
 「その悪い結末ってやつは、それは本当(ほんと)の結末かい?結末の後に結末は、順々続くものじゃない?」
末っ子がそう言いました。それは賢い坊さんの、尊い教えを知ってるかの様、真理を突いた言葉です。
それでもその時正しかったのは、三男坊の言うことでした。
港を離れてしばらく経って、船は嵐に見舞われました。大事に縛った桐箱の、紐は荒れ立つ波にほどけて、中身を救おとする水夫らの、銘銘異なる手の中に、四(よ)枚の絵皿は別れたのです。
いいえ四(よ)枚というのは違って、三男坊の絵皿だけ、必死の水夫の手からすり落ち、大海の底に沈んだのです。とぷとぷ音を立てながら、底へ底へと沈んでいきます、灯りも見えないほどの深海。

幼い赤絵の兄弟は、離れ離れになりました。

長男坊の赤絵の皿は、無事に目指した国に着き、絢爛豪華な城に住む、女王様に買われました。女王様には子供が多く、その末娘が赤絵のお皿を、ほんとに痛く気に入って、おままごとする豪華な道具に、何時も加えて離しません。
長男坊の上にはいつも、薔薇を細かくちぎったおかずが乗って、大きな熊の人形を、もてなすために供されました。
長男坊は思います、自分の望みの叶ったことを。満ち足りた目で子供らを、見つつ一方案じ続けた、別れ別れのはらからを。
兄弟の、喧嘩をしたり仲直り、それが続くを眺めつつ、自分と同じ絵柄を持った、弟たちを想います。

「あいつらは、一体どうしているのだろうか?望みの主に持たれたかなあ?このままずっと会えないなんて、どうやったって思えない。
僕らは足を持ってないから、会いに行ったり探したり、無理なことなど分かっているのに。何だかこれが夢の中で、いずれ覚めると分かってるよう。」

次男の皿はジャングルに、数も数多の手下を抱えた、大盗賊の所有となった。
アジトは大きな河の流れの、上に枝葉を張り出した、熱帯性の樹木の上に、まるで葉陰に隠れるように、ひっそり設けられてました。
外見は至極静かでも、中は多くの手下に妾に、あざとい人がたむろして、声の絶えない有様です。
始終酒宴が開かれて、美味しい料理の臭いが立ち込め、行儀も何もなっていない、手下が笑うざわめきや、妾の漏らす嬌声が、始終次男のお皿の耳に、漣の様響いてました。
大盗賊は次男の皿に、密林を行く商人を、襲って奪った指輪を載せます、金銀宝石エメラルド、腕輪も首輪もじゃらじゃら載せます。
黄金に、赤絵の色がぐんと映え、豪華に見えると盗賊は、やに臭い葉を見せて笑った。
アジトはたびたび戦闘に、矢や銃弾の嵐です。次男の他の皿たちで、割れて命を落とす者、後を絶たない有様でした。
しかし次男は楽し気だ。毎日スリルの連続で、弓が鳴るのにゾクゾクしたもの。まったり日日を過ごすなど、退屈過ぎてやってられない。
「だがしかし、兄弟たちはどうしたろう?それぞれ楽しくやってるだろうか?俺は毎日楽しいけどさ、ふと振り向くと会いたくなるんだ。
ここに居るのが楽しいことと、一人居るのが寂しいことと、どっちが俺の本音だろうか?本当(ほんと)が二つあるなんて、なんだか途方に暮れてくる。」

三男の皿はどうしたでしょう?深い波間に沈んだ三男。
人一倍に寂しがり屋で、一番一人を怖れていたのに、彼は人の姿も無くて、魚もまばらな海底で、声も聞こえぬ闇の中、一人震えていたのです。

三男の皿はどっぷりと、海底の泥に埋もれて、一人すすって泣きました。
「おおい、いないか、誰かいないか!ここで形が溶けてきて、朽ちて粘土に返るまで、一人でいるなど耐えられないよ!誰かいるなら返事をしてよ!」
しかし悲痛な彼の叫びに、応えるものは皆無でした。淋しがり屋の三男は、空しく長い年月を、ひたすら泣いて過ごしたのです。

しかしある日、昼とも夜ともつかない底で、赤い小さな魚が彼に、小さな声で話しかけます。

「丸くて薄い何かさん、私を隠していてくださいな。悪い魚に追われてるんです。」
「あなたは誰(だあれ)?魚さん。」
 三男の皿は言いました。
 「細かいところは後で言います。とにかく隠して下さるように。」
 赤い魚は言いました。
 三男は、海底の泥と背中の間に、小さな赤い魚を隠し、それまでよりも一層に、泥をかぶって息を止めます。
 細長く、とがった刃のような歯が、たくさん生えてる大きな魚が、不気味に泥をまき散らし、うねうねくねって泳いできました。

「おおい、何処だね、金魚姫!お前を食べれば千年だって、万年だって生きるというが!」
 長い魚は叫びます。三男は、なるほどなあと思います。こいつが悪い魚なのか。
自分を食べる気であると、分かっているのに逃げない者が、この世にいるとは思えない、この長い奴はきっと馬鹿だな、まるで逃げろと言ってるようだ、三男はそう思いました。

長い魚はしばらくは、うろうろそこらを探し回って、赤い魚が潜んでないか、小さい瞳をらんらんと、光らせ泳いでいましたが、やがて他所へと捜索の、範囲を変えた様でした。

「あいつは行ってしまったよ、君は何時まで隠れているの?」
三男の皿が言いました。
「お父さんが来るそれまでよ。」
赤い魚は言いました。
やがてどれほど経ったでしょう?冷たく青く光る鱗の、巨大な魚が泳いできました。金の月の様(よ)な目玉を持った、まるで何かの金属で、出来てる様な魚です。
巨大な魚はゆっくりと、赤絵のお皿に近づきました。三男は、恐怖にカタカタ震えだし、まるで今にも割れそうです。
巨大な魚はぱっくりと、がま口のような口を開いて、大きな空気の玉を吹いて、重厚な声で言いました。
「そこに隠れていたんだね。さあさあ早く戻りなさい。」
小さな赤いお魚は、三男の皿の背中の陰から、勢いも良く飛び出しました。
「お父さん!」
小さな赤い魚は巨大な、青い魚の大きな口に、ぴゅうっと泳いで飛び込みました。
「これで良し。」
大きな魚はそう言いました。心なし、金色の月の様な目が、三日月に笑うように見えます。

三男の皿はびっくりし、今にも転がりそうでした。
「あなたは食べちゃったんですか!」
巨大な魚は再びに、ぱっくり口を開きます。開いた口から赤い小さな、魚が笑顔を見せました。
「ここが正しい隠れ場所なの。大人になるまで父さんの、お口の中で育つのよ。」
三男の皿はほっとして、少し震えを収めます。
「お前が守ってくれたのだねえ、何かお礼をしなくては。」
巨大な魚が言いました。
「あなたは一体誰ですか?」
彼の言葉に巨大な魚は、コントラバスのような声で、海底の水を揺らします。
「私はわだつみ、海の支配者。海に属するものの全てを、支配している王様だ。」
なるほどもっとも、そうだろう。三男の皿は思います。その称号に相応しい、いかめしいほどの威厳じゃないか。
三男の皿は言いました。
「あなたは何でも聞いてくれる?何でも叶えてくれますか?」
「海に属せば全てを叶える。」
そうわだつみは答えました。
「兄弟たちに合わせて下さい、別れ別れの兄弟と、再び一緒に暮らしたいのです!」

三男坊の必死の言葉に、わだつみはしばし空気を吐いて、沈思黙考していました。やがてひときわ大きな泡を、吐いてこの様言いました。
「分かった叶えてやろうとも。だが少し時がかかるだろうさ。機が熟すまでのその時が。それまで君は待てるかい?降る年月に勝てるかい?」
「いつまでだって待っています!」
「分かったよろしい、分かったよ。時が解決するはずだ。」
わだつみは、そう言い背びれを向けました。
「いつまでだって待っています!」
三男はまたそう叫び、わだつみの尾に呼びかけました。


さてさて高貴な女王様に、買われた長男坊のお皿は、多くの子らの成長を、瞳を細めて見るのでした。
とりわけ彼の気に入りの、末の娘は隣国の、王子様の元嫁ぎます。豪華な嫁入り道具の中に、長男の皿も選ばれて、それは華麗な行列に、荷物となって進みます。
長男の皿は信じてました、一番末の姫様が、やがて立派な女王となって、その母のようにたくさんの、子供をなして君臨すること。
「僕はあの子の孫や曽孫を、ずっと見守り続けるだろうな。そうして孫や曽孫の中に、あの子の面影探すのだ。」
荷台の上から感慨深く、長男の皿は沿道の、祝福の列を眺めていました。幸せが形与えられ、現れたような光景でした。

最初は上手くいっていました。国は強くて戦争も、飢饉も起こりませんでした。
お姫様にも子供が生まれ、長男の皿を喜ばせます。生まれた子供はその母の様、赤絵の皿を使って遊び、彼の望みをかなえて見せます。
長男は、ただ目を細めて見てました。

しかし破局は間近でした。段々と、若い女王の浪費の癖が、度を越し国費を圧迫します。
一体どこへ着ていくのか、分からない様なドレスとか、ただ一度だけ身に着ける、高価な宝飾具だとかを、花摘むような気軽さで、どんどん注文していきます。
時同じくして飢饉が起こり、お城の外はざわついて、政治を行う王様や、大臣たちは厳しい顔です。
しかしそんなのお構いなく、王妃の周りは華やかで、不穏なうわさも届きません。
長男の皿も破局の予感を、感じることなく過ごします。彼はこのまま永遠に、この王朝が続くことを、夢に描いていたのです。

遂にある時革命が、夜明けを告げる雄鶏の様、戦乱の世の幕開けを、高く叫んで見せました。
王と王妃は引きずりおろされ、城の全ては略奪されます。王子も王女も捕らえられ、長男の夢に描いてた、未来はあっけも無くも崩れた。
長男の皿は新たな王の、収蔵品になりました。手に取り使われるためじゃなくて、鑑賞用となったのです。

新たな王の御代も長くは、続くことなど無かったのです。その後赤絵の長男は、博物館に納められ、冷たいガラスのケースの中に、何百年を過ごしました。
長男の皿は悲しくて、日々ぽとぽとと泣きました。無邪気に自分を使って遊んだ、王女が無残な最期を迎え、彼の夢見た未来が露と、消えてしまったそのことを、悼んで嘆いて過ごします。
しかし何より嘆くのは、自分を誰も使わないこと。温かい手に持ってもくれず、その上に何の料理も玩具も、載せて囲んでくれぬこと。
博物館では誰も皆、ひっそり口をつぐみます。感嘆の目で見てはくれても、かつて王女が向けた様(よ)な、無邪気な笑顔は向けません。
あまりに寂しい境遇に、長男の皿は嘆きます。
「ああ誰か、僕を使ってくれないか、あの子がしてくれたみたいに、薔薇の花びら盛り付けて、お召し上がれと言ってくれ!家族の料理を盛り付けて、僕の周りでおしゃべりしてよ!
こんな風に、しんまり静まり返ったところで、埃を取るよりほかの手が、触れる機会も無い様(よ)な所で、この先ずっと過ごすなど、何かの罰かと思う程だよ!普通の家でいいからさ、誰かお皿の本来の、使われ方に戻してくれよ!」

長い月日が経ちました。大戦争が起こります。国は侵略されました。博物館も敵国に、接収されて冷酷な、異国の官吏がやってきました。
官吏は居並ぶ収蔵品を、眼鏡の奥の冷たい瞳で、突き刺すように眺めます。
「思想に反した収蔵品を、収めていてはならないぞ。私が指摘したものは、明日のうちに破壊する様。」
彼は不安に居並んだ、職員たちに言いました。そうして彼らを従えて、全ての順路を進みます。
「これはいいもの、美しい、これはいけない、くだらない、これはこちらを馬鹿にしている。」
一体何が基準かは、職員たちには知れません。彼らははらはらした面持ちで、官吏の指示を聞いていました。職員たちは愛してました、自分の館の文化財たちを。

「これはいけない、この趣味は、我らの美学を否定している。」
官吏は長男坊のお皿を、眺めるなりに言いました。長男の皿は恐怖に縮み、鮮やかな赤の色がくすんで、紫に見えるほどでした。
「明日のうちに破壊する様。」
それを聞いてた職員の、胸に必死の計画が、頭をもたげてきたのです。

その職員は夜闇に紛れて、破壊の命を受けた大事な、収蔵品を運び出し、車に乗せて走らせました。一晩休まず走らせて、やがて海辺に面した故郷の村の、小さな小屋の敷地の中に、必死に穴を掘りました。そうして埋めても劣化がしない、お皿ら壺や彫像などを、大きな穴に埋めました。
そうして彼は埋められない、絵画や木工品などを、上手に隠すその為に、逃げ場を求めて去っていきます。
「こんな時代が終わったら、きっと自分が掘り起こし、また皆の目を楽しませるよう、きっと飾ってあげようともさ。」
彼は埋まった者たちに、そういう言葉を投げました。

戦乱は、その後数年続いた後で、一応の平和を見たのです。しかし御皿や壺たちは、長く埋まって忘れられ、行方知れずとされてきました。
彼らを埋めた職員は、戦争の終わり待たずして、短い寿命を終えたのです。

長男の皿は土の中、永い眠りにつきました。幸せだった昔の時に、兄弟たちがなぜか一緒に、女王の子らと遊んでいます。
昔と昔と今と未来が、こんがらかって混じりあい、何かの予感に満ちたまま、彼は昏々眠ります。夢の中、何かが確かに呼んでいました。

それから何年経ったでしょう?古い何かの符丁を記した、ノートの切れ端持った男が、海辺の村に現れました。
彼は財宝探しのプロで、この村にあの職員が、隠していったお宝が、眠っていると読み込んで、ここまでやってきたのです。
村のあちこち探した後で、彼は件の小屋の敷地を、埋まったものを壊さないよう、慎重に掘っていきました。
やがてシャベルが何かに当たり、腐った木箱が現れました。中にあるのは彼の求める、行方知れずのお宝です。
彼は小躍りしたものです。
しかし中身は泥に汚れて、古道具屋のガラクタの方(ほ)が、まだ見栄えするほどでした。
「こいつは洗う必要がある。」
彼はそう言い小さな河口の、汽水の溜まる小溜りで、見つけた宝を洗いました。

冷たい水に触れた時、長男の皿はあくびして、長い夢から覚めました。
「一体何日眠ってたかな?ここは一体どこだろう?」
海水が、沖の方から押し寄せました。
「わだつみ様の命令だ、赤いお皿よこっちへ来なさい。」
波が口々囁きます。
「わだつみ様っていったい誰?」
「我らの王だよ、海の支配者。あなたの兄弟の一人が、そこで確かに待っている。」

強い波に、男の手から長男の、お皿がぽろりと離れました。
「あああ、しまった!戻ってこい!」
男はそのよう叫びましたが、長男の皿の耳の中には、そんな言葉は届きません。
「兄弟確かにそう言ったねえ!弟達のうちの誰かが、僕をそこへと呼んでいるんだね!」
蒼い流れに長男の、お皿は大きな海の底へと、底へと運ばれ流れます。
「ああ僕は、有るべき所へ戻るだろう、永い眠りのその中に、夢見た場所へと導かれ。」

その頃やんちゃな次男の皿は、廃墟の中で泣いていました。
大盗賊の一代の、栄華は露と消えました。後に残るは廃墟ばかり。
豪華なアジトも華麗な調度も、生い茂りゆく樹木の枝や、根っこに蹂躙されていきます。
痕跡は、ところどころに残った盗品、略奪品の一部です。金など腐食のしない者らが、わずかに栄華の跡を残し、緑の葉陰に覗いてました。

「ああ寂しいよ、寂しいよ!誰か誰か、僕をここから連れ出して!
話す言葉が聞きたいよ!手の体温が恋しいよ!使われてこそのお皿だろ?一人ぼっちじゃ何にもなれない。」

ある満月の晩でした。アジトの下をうねってる、大河の水が波立って、上流に向けて流れ出します。
それは何度も目にしてた、大逆流の有様でした。
「これは何処まで続くんだろう?ああこの流れに、乗って遠くへ行けたなら、人が暮らしている何処かへと、運んで行ってくれたなら…。」
しかしその時それまでは、起きないことが起こりました。
次男の転がるアジトの床が、腐って底が抜けたのです。次男の皿は滔々と、さかのぼりゆく川面へと、すぽんと落ちて行きました。

その刹那、河の流れが変わります。さかのぼっていた水流は、海へと正しく進路を変えます。
茶色の流れの中に一筋、蒼い流れが現れます。流れはまるで引き込むように、次男の皿に近づきました。
「わだつみ様の命令だ、赤いお皿よこっちへ来なさい。」
「お前は一体誰なんだ?」
次男の言葉に蒼い流れは、こう歌うようにささやきました。
「海の王者の配下であります。あなたの実の弟が、あなたを呼んでおられます。」
月の煌々射す水の上、河のイルカが跳ねています。みるみる密林地帯の森は、遠くに去っていきました。先にあるのは大海です。大海原のその底です。
次男の皿は流れに乗って、海の底へと流れて行きます。全ての水の生まれ故郷、陽も射さぬ暗い海底へ。

三男の、お皿は相も変わらずに、海底の暗い砂だまり、めそめそ泣いて過ごしてました。
「時が解決するってさ、一体いつまで待ったらいいの?一体何年経ったのか、何百年も経ったのか、ここに居たらば分からないじゃない。
上の全てが滅んでも、僕は全く気付かないだろ。それどころか、この僕がいつ死んだって、自分で気づかぬ自信があるよ…。」
「お前が待っていた時は、私にとっては一瞬だ。多くの種族が栄えて滅びる、私はそれを生きて眺めた。
変わらないとは残酷だ。周りは刻々変わっていくのに、自分一人は取り残される、残され一人生き残る。お前もそれを知ったのだねえ。私の悩みの一端を、束の間垣間見たのだね。」
何時の間にだかそばにいた、わだつみがそう言いました。

「何年も、何百年も変わらない、お前は硬いお皿だろう?経る時を超えていくものだろう?
お皿の命は長いもの、一代の夢も二代の栄華も、お前にとっては一瞬の夢、この先に、今の時代の人が見れない、未来の時代を記憶して、さらにそこから先の世に、麗(うま)し文化を伝え行く、お前の定めはそういうものだ。それが絵皿と言うものだ。いつまでだって待つと言ったろ?今待つ時間も一瞬だろう。」
「先の時代といったって、ここに居たらば何も見れない!伝えるものも見る人いなきゃ、伝えられようもありません。僕はお皿の本分を、全く果たしていないのです。
断言できる、これは正しい姿じゃない!僕のあるべき姿じゃない!僕は冷たい海水じゃなく、温かく何か優しいものを、この上に載せるべきなのです!」
 
「君は心底願っているか?心の底から信じるか?」
 
「はい、
「よいともさ。」
わだつみはそう言いました。
「願いは確かに定めを寄せる。機は熟したり、時は来た。お前の願いを叶える時が。」
わだつみはそう言いながら、大きな口を開きました。周りの水が震えます、上方よりは蒼い流れが、二筋すごい勢いで、底まで流れて降りてきました。

「おおい、お前はそこにいたのか!随分泥にまみれているが、一体いつからそこにいたんだい?」
長男の声が聞こえます。水流に、押され少しはくぐもって、記憶のよりは低めの声が。
「おおい俺だよ、二番目だ!再び会えたね、奇跡だね!」
次男の声も聞こえます。聞いたことなく浮き立って、感激の程が聴き取れます。
「兄さん達!」
三男の皿の言葉には、涙の色が滲んでました。
「ずうっとずっと待っていたんだ…、ここで一人で待っていたんだ…。でももう一人じゃないんだね。僕はこれから一人じゃないんだ!」
その時次男の皿が言います。
「ちょっと待ってよ、あいつは何処だ?一番末の弟は。一人あいつの姿が見えない…。」
三枚は、悪い予感にきゅっとしました。心配に、三男坊の皿が滲ます、涙の色も変わります。

「それなら心配ご無用だ。この子が彼のその元へ、そちらを届けてくれることだ。」
わだつみがそう言いました。
わだつみの陰の方からは、赤い鱗の人魚が一人、微笑みながら泳いできました。
「お忘れですか?お皿さん、あの時の赤い金魚です。」

三枚の皿は人魚の腕に、大事に抱えて持たれました。そのまま人魚は泳いでいきます、上方へ、光に満ち行く水面の方へ。
強い尾っぽで水を蹴り、人魚はずんずん泳ぎます。
光が差して明るくなって、また夜が来たようでした。魚の数も増えていきます。夜行の魚も多いのです。月の光に鱗がきらきら、冷たい光を放ちます。
特に浅瀬は魚が多く、三枚の皿は人気もないのに、嬉しくなってきたのです。命の気配というものは、何故にこんなに輝かしいのか。
やがて夜明けの砂浜へ、人魚は腰を下ろしました。
「ここで待っててくださるように。じきに迎えが来るでしょう。」
「迎えって?」
期待と不安で三男は、人魚に尋ねて言いました。
「本当に僕の弟は、僕らを待っててくれるのかい?」
人魚はにっこり微笑んで、黙ってうなずき海へと帰った。後はただただ波音が、果ても終わりも無く続くばかり。

やがてさくさく音がして、誰かが砂の上を来ました。
折しも夜が明けました。太陽が、東の海から顔を出します。
パンパン!手を叩き祈る音がして、三枚の皿はそっちを見ました。
それは小さな子供二人と、血色のいいお爺さんです。
「今年も素敵なご来光。いい年になればほんとにいいね。」
三人は、口々にそう言い合いました。
そうして何かをしゃべりあい、段々こっちへ近づきます。

「あれっ!見て見てお爺ちゃん。うちの家宝の赤いお皿と、同じお皿が三つもあるよ!」
子供が驚く声を出し、こっちへパタパタ駆けて来ました。
「本当だ…。きっとこれらはうちのお皿の、兄弟たちであることだ。別れ別れになったのが、長い月日をかけてここまで、導かれ旅をしてきたのだな。」
お爺さんがそう言いました。
「持って帰っていいかなあ?」
子供が様子を見る様に、お爺さんに向け発します。
お爺さん、少しの間考えて、こう孫たちに言いました。
「きっと海なるわだつみ様が、それを望んでよこしたのだろう。これらは一緒にいるべきなのだと。一緒に使ってあげようともさ。」
子供らはキャッと声を出し、三つのお皿を拾い上げます。
お爺さんがこう促します。
「わだつみ様にお祈りを。」
三人は、持った皿を一旦置いて、また短くも手を合せます。海上に、真っ赤な朝日が昇り始めます。
今日は元旦新しい、一年がまた始まります。

小さな子供とお爺さんの、お家で彼らを待っていたのは、のんびり者の末っ子の、明るい笑顔だったのです。
「やっと会えたね兄さん達。僕はずうっとここに居たんだ。また会えるってわかっていたよ。だってそうだとしか思えない。そうならないはずないじゃない!」
四枚の、お皿は泣いて再会を、心の底から喜びました。
四枚は、有るべき所へ還ってきました。長い長い時を経て、全ては初めに帰るのです。

「みんなご飯が出来ました。お皿が三つも増えたから、豪華な料理に見えるでしょ?」
お母さんが言いました。

元旦の朝、四枚の、お皿の上に載った料理は、長男坊のその上に、外国製のチーズとハムと、ローストビーフ。
次男坊の上には暑い、国々から来たフルーツが、パパイヤマンゴー、パイナップルが、切り分けられて載りました。
三男坊の上に載るのは、お父さんが釣ってきた、立派な鯛の焼き物です。
四男棒の上にはいつもの、お母さん作る特製の、御出汁の利いたお煮しめです。
銘々料理を載せた四(よ)枚は、これまでのことを語り合います。女王様の一家のことや、盗賊たちの武勇伝、一人寂しくあったこと、平和な家にも訪れる、時代の荒波そういうことを、銘銘口々語り合います。
語る言葉は尽きません。それほど長い月日を別々、四(よ)枚の皿は過ぎしてきました。
それでもまるで嘘の様に、離れていたその年月は、あっという間に感じられます。一晩の夢という様に、過ぎ去って見れば短いものです。
「僕は最初に分かっていたよ、僕らが別れて終わる終わりが、ほんとの終わりじゃないってことを。」
末っ子の皿が言いました。
「だけどお前の言う様に、結末の後に結末が、順々続くものならば、この結末も終わりじゃないよ。この後は、僕らは一体どうなるの?」
三男がそう言いました。
「先のことなど分からないよ。その時になって考えようよ。今日はめでたいお正月。心配事もお休みの日だ!」

結末の後に結末が、続くそれならこの先も、この四枚の運命は、奇想に満ちたものでしょう。
でもしかし、このお話はお終いです。お話は、ふさわしいとこで終るもの。お正月のお料理は、お皿のお話飾るのに、ふさわしいそのフィナーレでしょう。
だから私はその先を、語る言葉を持ちません。この結末の後に続く、お話はまた別のお話。
とりあえず、その先しばらく、赤絵の皿の兄弟は、一緒に楽しく暮らしました。
お皿らしくも料理を載せて、毎日笑って暮らしました。これが結末、これが終わり。
ふさわしいそのハッピーエンド。

どっとはれ

赤絵の兄弟

最新作にして初めての短編です。短編なりの難しさに行き当たりましたが、何時か離れ離れのお皿が再び出会うお話を書いて見たかったので、とても満足です。何年かぶりの童話だったのですが、温かいハッピーエンドになってくれたと思います。童話というくくりなので、是非とも小さいお友達にも読んでいただきたいと思います。お付き合いいただきありがとうございました。

赤絵の兄弟

七五調の文体で書かれたお皿が主人公の短編の童話。童話風の作品ではなく純正の童話です。歴史も踏まえて書かれていますが、特に時代物という要素はなく伝奇性はありません。読後感の温かくなる様なハッピーエンドの作品です。

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2018-12-13

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