狙撃手1

まあ、読んでいただくだけで結構です。

自衛隊出身の狙撃手のお話。

  今野充はビルの屋上でM107 LRSR.50 Calを構え、引き金に指を添えている。
 引き金を引く、指に残る確かな反応、硝煙の微かな匂い。
  弾丸は、1キロメートル先のウインドを全開にし、ゆっくりと進んでいた車に乗っていた「ターゲット」を貫いた。
 狙ったターゲットは外さない。
  銃のケースをゴルフバックに入れ、用意しておいた車まで戻る。
  サングラスをかけると車をゆっくりと発進させ、何事も無かったかのように街の中を走る。
  サイレンを鳴らし赤色等を点滅させた何台ものパトロールカーとすれ違う。
  予め計画しておいたルートの通り、渋滞も無く検問で止められることも無い街道を
 進む。
 
  充は、普段はO楽器という楽器屋の店員だが狙撃手。
  ターゲットが誰なのかどんな事情が有るのかは知らない、充はただ指示どおりに狙撃するだけだ。
  指示は誰もが持っているような、ありきたりのスマホに来る。
  ターゲットの精密な写真数枚や、肝心な狙撃に適したエリアの図面や警備の状況など関連情報が添付・記載されたメールで送られてくる。
 
  今日も、充がO楽器で接客中に指示が有った。
  メールは防犯カメラが無いトイレ等で確認できる。
  今回のターゲットも「外国人」だった。何処の国のどんな人間なのかはわからない。
  充が、どうして狙撃手などになったのかを、話さなくてはいけない。

 充は家族というか身寄りがいない。幼少の頃、充の家族や親族を載せた行楽途上の観光バスが交通事故に遭い、充だけを残し他の者は皆亡くなった。
 遠い親族という者もいるらしいが、充に会いに来たものは誰もいない。
 それからは、児童養護施設で育てられた。大人数ではある、しかし、周りに人は居ても、家族のいない孤独さというものが、思い出したように胸中を訪れる事はあった。
 充が児童養護施設を出たのは高校を卒業した後、成人になるまでは施設に居られるのだが、殆どは同じ様に高校を卒業して進学か就職をする。

充は、進学か就職か迷ったが、取り敢えず孤独な一人暮らしを始めた。
「家に帰って人の声がしないことが、寂しすぎて耐えられない」こともあった。一人暮らしの孤独がいっそうこたえる。同じ冬でも、北海道と東京とシベリアの寒さがそれぞれ違うように、“寂しさの種類”が違うように。
 

充は就職先を探し、幾つか面接に行った。
そんなある日、充が歩いている時に路端にある看板が目に入った。
「自衛官募集」とある。
充は人から聞いた事がある、「自衛隊に入れば大型自動車の運転免許も取れるし、除隊した後の就職も良い」と。

充は、陸上自衛隊に入り訓練を経て狙撃手となった。何となく、自分は狙撃手に向いているかもしれないと思ったから。
 勿論、誰でも狙撃手になれるわけでは無い、狙撃手として最も必要な一つが、孤独に耐える精神的なタフさ、三時間でも数日でも待ち伏せをして待つ事もあるのが狙撃手だから。そういう意味では過去の経験を生かせたのかもしれない。

 そして充は自衛隊を除隊した後、三年余りして今のO楽器に就職をした。
 
充が自衛隊を除隊した或る日、スマホに知らない電話番号のコールがあった。電話の主である元F軍のミッシェルという男とYのカフェで会った。通常は知ることが出来ない「充の狙撃手としての情報」を、何故か知っていたミッシェルに依頼されたのが「狙撃手」というわけだ。この、ミッシェルの名は、「ミハイル」や「マイケル」などと使い分けられている。正体は分からない。充は三年程、海外の戦場で、「狙撃手」として戦った。「狙撃手」同士の狙撃戦ということもよくあった。帰国すると、ミッシェルはまとまった金を、充の二国の口座に別貨幣で振り込んだ。そして、最後に、ミッシェルが渋い顔をしながら充の目を射るように言った、「「組織」からは抜けられ無い、抜けたら死が待っている。」更に、ミッシェルは、立ち去ろうとする充の背中に触るような小さな声で付け加えた、「何処にいても分かる、missionを遂行しなければ・・分かるな」
 
充は、それから何回か、「狙撃手」として「mission」を遂行してきた。
充は「狙撃手」が自分に適していると思っていた。

 ところが、自分の心の中に「ある疑問」が芽生えてきたことを、薄々感じるようになった。
バス事故で亡くなった家族「父や母、祖父や祖母」の墓参りには、今まで毎年行っている。
先日も墓参りに行ったのだが、充が墓に手を合わせ拝んでいる時、何故か、父母が自分に何かを伝えようとしているような気がした。
何かとは、優しかった父母が充の頭の中で「人を殺める事ってどんな事?」と問いかけてくるのだ。
 今まで、そんな事を考えた事は無かった。充は拝んでいた手を下ろし呟いた、「家族は事故により死にたくは無かっただろう。そして、自分はそんな家族の死を悼む。しかし、自分は「狙撃手」だ。そして、標的は人間、それを当然のように殺めてきた。それでは家族を殺める事とどう違う?自分のやってきた事は何だったのか」
 充は、今までの自分が、「人の生と死」の狭間に立ち入っていた事を改めて認識する。「しかし、自分はもう軍人では無い、戦わざるを得ない戦闘中の兵隊では無い」とも思った。「さすれば、何故人を殺めるのか、それが自分の生涯の任務なのか」という「ある疑問」が、反芻するかのように充の頭の中を駆け巡る。
 
 そして、今日も、何時ものようにメールの指示があった。
充は、指をスライドさせ、メールを見る視線を合わせていった時、驚いた。
「これがターゲット・・」思わず呟いた。
その「写真」は「子供」だった。
何枚かの「写真」は紛れもなく、まだ十二歳位の「子供」を撮ったものだ。
何時ものように、写真と肝心な狙撃に適したエリアの図面や警備の状況など関連情報が添付・記載されているだけだ。
「ある疑問」が首を擡げてきた。
 そして、充は自分がどうすべきかを、決断した。「只」の人間として、今更生まれ変わってどうするのか、という自問自答は散々繰り返した。謂わば、逃亡兵が、どういう末路を歩むまなくてはいけないのかは、良く承知の上でだ。
 そして、充は呟いた、「missionが遂行されれば、No question」

 幸い、実行日までにはまだ時間がある。
充は、目的地のエリア周辺に行き、図面と周辺を照らし合わせたり、肝心なルートを幾つか検討したりした。
今回はルートが何時もよりも増える。充は「ある疑問」から自分の人生を変える計画を練った、その結果、フューマンな道を選ばざるを得なかったから。

 やがて、実行日がやって来た。充は、何事も無かったかのように準備をして、車に乗る。
 何時もと違ったのは、狙撃に必要なもの以外の「必需品」をも携行したことだ。
 
 今、充はビルの屋上で銃を構え、引き金に指を添えている。
ターゲットの乗った車は、ウインドを全開にしている。ターゲットは、歓迎の旗を振る人垣に手を振って応えている。
引き金を引く。弾丸は、凡そ1キロメートル先の通行中の車に乗っていた「ターゲット」の30センチ脇を通過し、バス停の「最終」バスの赤数字に命中しプラスティック時刻表が吹き飛んだ。狙ったものはターゲットでは無かった。
充は、サングラスをして車を走らせる。
今回は、行き交うパトロールカーが少ない。
いつもの道から逸れて行く。
 
 ルートが、何時も通りで無かったのは、帰宅するのではないからだ。充は、予め調査してあった、人のいない廃棄物処理場に向かい、銃を捨てた。
充のスマホがメールの着信を告げた。
「組織」は充がターゲットを外したことを知っている。
 メールには「You chose the death 」とだけ。
 充はアクセルを踏みながら呟いた、「さてと・・お出迎えに敬意を表するといくか」
 どの空港を選ぶか、そして、空港へのルートは何種類かある。充は、敢えて、その一番最短距離を選んだ。
 充の車は、真上に高速道路が走っている片側三車線の一番左の車線を走行する。右後方からブルーナンバー(外交官ナンバー)の車が近づいて来る。4桁のナンバーの前の2桁で、何処の国かが識別できる。
充は笑みを浮かべて呟く、「随分、派手な衣装だな、何処の国かなんて、どうせ盗難車に偽造ナンバーだろうが・・」
バックから古いサプレッサー付きのMK23を取り出す。
 その車が至近距離まで近づくと、後部座席の黒いリアガラスが下げられ、サプレッサーの発射音。充の車は急ブレーキで一旦回避後、急発進し車をスリップさせ、車体を捻るように右の車のリアドア辺りに自分の車の後部半分を体当たりさせる。その車がスピードを落とした隙に、スピードを上げ一番右の車線に回り込み、2台が並走するラインよりも先に出た瞬間、相手の車のフロントガラスを目掛けて一発。弾丸は、フロントガラスを突き破りドライバーのサングラスを吹き飛ばした。視界を塞がれたその車は、行き場を失ったように高架柱に衝突して止まる。
 その車を避けて、充の車は左車線に。
 ルームミラーに猛スピードで追って来る車が映っている、「連中」の車だ。
 今度は左右両サイドのリアウインドウから発射してくる。
 タイヤを狙われたらまずいから、充の車は、車線を頻繁に左右に変えては、走行中の一般車を縫うように、スリップ音をたてながら猛スピードで突き進む。
 「連中」の車が近付くと充はハンドルから右手をはずして、追撃してくる車に発砲する。弾丸は「連中」の車のドアミラーを吹き飛ばし、助手席から右後部座席へ。
 暫く、二台の車は絡まり暴走車と化したまま。赤信号でも止まるわけにはいかない。一般車両や歩行者の脇をすり抜ける。横断しようとしていた歩行者の帽子が宙に舞う。
 突然、トレーラーが信号の左手から巨体を覗かせた。充の車は間一髪で、トレーラーの前方を掠めてすり抜ける。「連中」の車は、車線をほぼ塞いだ状態で止まったトレーラーに接触し、立ち往生している。
 充は呟いた、「もうこの先は、空港だ」
 充が最短距離を選んだのは、一か八か生き残れるかも知れない・・もっとも、地獄にも最短距離だが・・と思ったから。

 充は、空港の駐車場に生傷だらけの勲章モノの車を止めた。
 車を降りた「連中」が走って来る。「連中」も此処で狙撃はできない、前もって準備することはできないから。充が、この空港を選び、一番目立つルートを選んだこと・・は、組織にとって、盲点だったのかも知れない。狙撃手は、狙撃手の怖さと弱点もよく分かる。
 充は地面に這いつくばると、「連中」の脚と、銃を持つ腕を、狙って撃つ、「連中」はもんどりうって次々に倒れる。
 充は後も見ず、銃をバッグにしまうと空港ロビーに向かった。

 ロビーは混んでいたが、充はその方が安全なような気がした。売店で新聞を買い、記事を探す。充は、「長期連休中にA国の皇太子が来日するという記事」を見つけ呟いた、「この坊やか」
ロビーのトイレに入り、給水タンクに銃を落とす。
 充は、スーツの内ポケットのパスポートを探り、簡単な生活品の入ったバッグを持ち、ロビーを歩いて行く。オンラインでのウェブチェックインを済ませてあるから、カウンターに並ぶ必要は無い。充は、人込みを掻き分けながら呟いた、「あとはセキュリティチェックか」



 裸同然の充にとっては、何も障害とはならない。
 充は、飛行機に乗る前に確認した、バッグの中に、父と母の写真が入っているかを。写真を見て呟いた、「助けてくれたんだね・・」



 
 充は、trapをを上がり機内に入る。
 席を探していた時、突然「It's the end」
 充の背中に銃が突きつけられた。
 充は、両手を挙げ、息を殺す。


 次の瞬間「sorry!」
 振り返ると、外国人の子供が親に叱られている、銃と思ったのは子供の指だった。


 離陸する機を宵闇が覆い包もうとしたが、まだ、夕焼けが居座っている。
 機は次第に小さくなり、やがて濃い紫色の遥か上空でキラリと光ると星になった。

狙撃手1

狙撃手1

家族のいない、主人公が、児童養護施設を出た後、自衛隊・実戦を経て、狙撃手となった。 シリーズの1は、ヒューマニズム編です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-06

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