いらいら
彼は苛立っていた。
皮膚を焦がすような太陽に睨みつけられて、滝のごとくに流れる汗は拭っても拭っても狭い視界を邪魔した。服と肌とをくっつけて、その不快は頂点に達していた。
彼はこの頃、気分が晴れなかった。
積み重なった自己嫌悪と自己否定が重い鬱状態を引き起こし、彼には一片の光も見えなかった。それでも否応なく借金の返済日に背を追われる。土木作業の仕事だけではとても追いつかなかったが、頭の弱い彼は現状を嘆くことしかなかった。
猛暑と心身の摩耗が正常な思考を侵していく。
彼はいらいらし続けていた。
なぜ、自分は今こんなことをさせられているのか。この腹立たしさはどこからくるのか。とうとうそんなことを考え始めた。考えたところでいらいらはおさまる気配がない。
ふと虫の羽音が耳をよぎって、彼は眉をしかめた。だがコンクリートミキサーを動かす手は離さない。独特の、耳障りな甲高い音が耳元から去って、また戻る。
いらいらは募る。
泥が跳ねて目に入った。コバエか蚊か、虫は彼の首筋に止まった。鋭敏になっている彼の五感にそれはあまりに耐えがたく。
いらいらは沸点を超えた。
おもむろに、腰に下げていたカナヅチを手に取る。癖のように一つ手の中で回した彼は機械的にそれを振り上げた。破れるほど唇を噛み締めて引き下がった口角には血が滲んでいた。充血した両目が限界まで開く。目の奥はまったく無表情のまま。
彼は力いっぱい腕を振るった。虫を殺そうとしたのかほかの目的があったのか、とうとう本人にも分からなかった。コンクリートミキサーが左へ倒れる。
彼は自らのカナヅチが肉を叩く音を聞いた。
いらいら