夢を見るサイボーグ。

 唐突だが、私はとても小さなころに両親を失う大事故にあった、バスにのって旅行をしていたころのことらしいのだが私には記憶がない、それどころか、私の頭半分は機械でできている、いわゆる昨今取り上げられる事も多くなった、サイボーグ人間というわけである。つい最近まで精神疾患に悩まされ、睡眠障害も抱えていた、だが私は一大決心をした。近頃サイボーグ人間に許された特権の一つを利用する事にしたのだ。催眠導入プログラムという、強制睡眠コントロールソフトである。

 睡眠導入プログラムをインストールして以来、その当日からすぐさま効果がでた。僕の頭脳の半分をしめるサイボーグの人工知能は、心地よい睡眠をてにいれた。学習プログラムさえインストールすれば、機械的頭脳は努力を必要としない。ただその直後から新しいソフトウェアを利用することができるしデメリットはない、しいていうなら容量の問題くらいだ。
 あれ以来夜が恋しい。心地よい睡眠は朝まで途切れる事なく続く、それは“あの事故”以来久しく感じていなかった感覚ではあった。毎度寝る前にソフトは自動で起動し、睡眠欲をかきたて、だんだんいつも心と体はすでに準備をはじめていて、いつのまにか朝を迎えるような、そんなのが自分の日常となったのだが、丁度プログラムをインストールして、一週間ほどたったころ変化が起き始めていた、その日ゆめをみた、それも長らくなかったことだが、その日みた夢はとてつもなく長かったのを覚えているのだ。それから、人に話すのがもったいないような、少し面白い経験をした。

 夢のなか、懐かしく、とても古い記憶に出会った、それはとても長い間かんじていなかったような感情だった。そこで自分はほかの人間のように異性の好みや、外見、髪型、性格、ファッションの好みなどがあった。ただ、いつものように朝がくると、違和感ばかりがあった、夢は思い出せる限りでは、都会でシェアハウス生活をする男女の物語で、その一人の男主人公であった気がするが……夢とは違い、現実の自分には夢の中の自分のような好み趣味趣向は存在しなかった。そもそも自分は肉体的な衝動や、三次元の人間を嫌う傾向がある。
 ひとます人間の方の頭脳を駆使する事によって、自分はその理由の糸をたぐりよせ、根本の原因にたどり着こうとした。根拠もなく理由を探ろうとするのは、人間の性。分からない事に触れるたび人は、いくつもある事ない事考え、まず都合のいい仮説を立てたりするものだ。
 私は、起きてから一歩も動かず自宅一階、自室の最奥におかれたベッドの上にいたが、そんなあれこれを考え終わったそのあとには、肘を基点にして上半身だけおこした。そうした姿勢で、両手を背もたれの代わりに後ろに手をつき、力をいれていた腕全体から片手に力をいれ、よいしょと前傾姿勢でたちあがる。朝食の準備をしおわり、そしてコーヒーを2杯、3杯かすすったあとに、私はテレビの天気予報を漠然と視界のふちにいれつつ、一つの結論を手に入れた。
 (ああ、そうか、自分の頭の中にはサイボーグの右脳と、生物的な本来の左脳が混在している。だからこそ、こんな夢をみて、または事故の時以来、そうした夢を見る機会を失ったのか)
 夢が見られなかった件に関してはそうだ。しかし深く考える、その時には朝食のハムとパンを食べ終わっていた。確かに夢をみた中で、懐かしい感覚はあったが、だがどうだろう、夢の中で見たほかの事に関しては、そうとも言い切れない理由がある。それと別の理由でそれを失った。大人になってから私は日常に忙殺されていて、異性の好みや趣味趣向など、一切脳内から消えていたきがしていたのだ。

 それからまた一か月と少し日にちがたった時の事だった。私はおかしな夢をみていた。その最中に、他者の夢から干渉をうけた。
 「こんにちは」
 誰だ?と声をかけたが、しばらくの沈黙があった。私は夢の中で、夢を見ている自覚のある明晰夢をみていた。そこで自室のベッドの上で、夢をみながら本をよんでいた。それもこれも脳が半分機械だからこそ可能なことだが。そこへどこからはいったか別のプログラムの干渉があり、その警告は、半分の人工知能から、明晰夢を見ていた自分の脳内にも響いてサイレンがなった。本当の自宅、自室の中にも、この泥棒のような人間が侵入したのだろうか?一つおかしいのは、彼が営業マンのような格好をしていた、スーツを着ていたことだった、時計をみると夜中2時の事だった。
 「スーツ姿で人の家に土足で、あなたは夢の訪問販売任ですか?」
 「あなた人の夢にはいってきました、ハッカーです」
 私が泥棒、とか、ろくでなし、とか罵倒をくわえると、それでも相手は顔いろを変えず、頭をかきながらひたいからあせをながしてこういった。
 「そのようなものです」
 「そんなのんきに」 
 相手は楽しそうにわらっていた、相手は花束を後ろ手にもっているのがみえる。スーツはきれいにアイロンがかけられてぱりぱりとした質感を極めている。
 「あなた、犯罪じみた事をしていて、わざわざ名乗るんですか、おかしな人ですネ」
 よく見ると相手は少しそばかすのある男性で、眼鏡を着用していた、どこか眠そうで瞳のしたに熊が刻まれてそのしわは青っぽい色をもっていた。
 「犯罪じみたついでにひとつこれからお願いをきいてくれませんか?あなたの夢に関することなんです」
 「よくもぬけぬけと、まあいいでしょう、丁度暇な明晰夢ですし、話しだけは聞きましょう」
 夢をみている最中に他人が自分の空間、それも脳内に入ってくるのはとてもおかしなことだった、インターネットもきっていたので、呼びかけがあるはずもなく、ハッキングとしか思えなかった。しかしそうとしか思えないのに、相手は花束を自分の眼のまえに抱えて、何事か交渉事を持ち掛ける様子であった。
 「あなたはご存知でしょうか、サイボーグ頭脳中にエゴと呼ばれるものの発生するのを」
 聞いたことがあった。近年科学の世界で研究されていることだが、人間の脳は、半分を機械的なものに交換すると別々人格を脳内に発生させる事があり、その現象にまだ名前はないが、ある映画の題名を冠して、スーパーセンス現象、という名前がつけられている。
 「しかし、おかしいですね、僕のは夢ですよ、わざわざ夢に入ってきて、なぜエゴの話をするのです?」
 「ああ、ご心配なく、いまから5日後に、あなたは必ず別の人格の目覚めを感じるでしょう、しかしそれは、夢の中でのこと、すぐに満足がいかなくなるでしょう、だから私のエゴと交換しないか、というのが、私の目的、無差別ハッキングの理由なのですよ」
 「なるほど、しかし……そんな事が可能なのですか」
 「可能です、私と同意をしてくれれば、そのためにこの花束をもってきました」
 相手はなぜだか、訪問販売の達人のように顔をしかめて、まるでこちらの方が悪い事をしているかのような顔をしてきた、私は断れない人間、NOと言えない人間のように少しかたまってしまった。私が何度かそれにめげずに、質問を、怒涛の様に相手を弱らせるように連続でくりだした。
 「そんな事を試したものはいません」
 「なぜ私と試したいのですか?」
 しかし相手はやはり鉄壁のようにひるまない。
 「副作用が気になりますか?しかし、それこそ面白いと、あなたの性格は思っているはずなのですが、私はハッカー、あなたの人格などすべて見えてみます、あなたはすでに気になっているはずです、私はあなたの夢の中での性格をしっている、とても物質的なものを愛する性格をしている、性欲のようなものも並にもっている、現実とは違ってね、私はね、あなたのそのエゴがほしい、そしてあなたは、きっと私の中にあるエゴの、肉欲的な、獣じみた衝動をきっと気に入るはずですよ」
 なんということか、会話が必要のないほどすべてを見透かされていた、底知れない頭脳を持つ相手だった。相手はなぜだか私の性格を望んでいる、そして相手は、私に相手の性格の半分を移植するという。
 「何がおこるかわかりませんが、私はあなたの望むエゴをもっていますからね」
 サイボーグ頭脳中のエゴを交換することで、もう一つの有機的頭脳がどういう影響を受けるのか、きっと本当はすでにわかっているのだろう。ベッドの上で、ひじをついて右の腕をささえとして、上半身だけ起こして頭はもはや正常な判断をうしなっていた。

 それから、私はその人の性格と交換した。確かに私は夢の中でしかエゴを持たなかったようだった。それから数日後、彼の予言通り、仕事の最中に突然脳内で声がした。そうなのだ、テレパシーのような声の正体、二重人格とはまたちがったスーパーセンス現象、自分の中の予期せぬ人格が目覚めたのだ、しかしそれは、やはり夢とは違い、肉欲的なものを持っていなかった。だが交換の成果か、2、3日すると私のエゴは新しい一面を表しはじめた。
 その日も長い夢をみた。いつか見たような、シェアハウスの男女の光景。その朝は爽快な目覚めで、あくびをしておきた。朝は何もなく、昼も何もなかった、ただ夜になるとおかしなことがおきた、夢を思い出したのだ。今朝の夢である。するとまず私の夢の中の明晰夢、エゴは夢よりもさらに肉欲的な衝動を持つようになり、やがてそれは現実に干渉しはじめた。そして、それは段々激しきくなり、つい最近になってだが、もはや私の頭半分に潜む人格は、子どもの頃抱いたような肉欲的な願望をひたかくしにもつようになった。

 つい最近、夢の中で例の交換相手と連絡をしたのだが、私の夢にあらあれたセールスマン的な男性。どうやら彼は、月の従業員らしい。月の従業員は、困難の多い月の開拓のため日夜過酷な仕事をしている、そんな中で自身の心や体や頭脳ををサイボーグ化した人も多いときく、彼もきっとその仕事の給料の高さにひかれて、何の理由か月にいったのだろうが、いつしか、エゴが目覚め、自分の中の抑えきれない衝動は再び目を覚ましてしまったという事か。
 ただ私はふと思う、彼は私とエゴを交換した、しかしいずれ、月の仕事がさらに忙しくなったとき、彼はその忙しさの中で、ごく自然に冷徹で無関心なエゴを手にいれたら彼はどうなるのだろうか、私は最近そんな事をふと考える事がある。 

夢を見るサイボーグ。

夢を見るサイボーグ。

前半にトゲ

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-14

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