通勤中作話(途)

通勤中にちょっとずつ書いていきます。

タタンタタン
タタンタタン……

僕は薄く目蓋を開いた。

「次はー、取手。取手。」

やってしまった……
取手駅はこの路線の終点で、僕が今乗っているこの電車は終電だ。

溜息を軽く吐いて、周りに目を向けた。

この車両には僕以外には乗客がいない。後ろの車両にはスーツ姿の男性が座っているのが見える。たぶん、そこは優先席だ。

向かいの窓に視線を変えて、外の景色を見ようとした。

外は暗く、窓に映るのは、みっともなく、くたびれた僕の姿だけだった。

僕は目を閉じた。
世界は暗転した。

タタンタタン
タタンタタン……

目蓋を薄く開くと、向かいの窓から海が見えた。

切り立った崖の上に線路が続いていて、遠くの方ではトンネルが口を開けている。
どこかの窓が空いているらしく、潮の匂いが混じった湿った空気が車内に入ってきていて、蒸し暑い空気を適度に冷やしてくれている。
ぶ厚い入道雲が浮いている空は青く広がり、キラキラと輝いている海と遠くで混ざり合っている。

右肩に重みを感じたので、見てみると女の子が僕の肩に頭を預けていた。顔が見えないが寝ているようだ。
車内には二人だけで、車輪が線路を叩く音だけがずっと聞こえている。

僕は彼女を知っている。

ここからだと顔は見えないが、少しボーイッシュな服装と短めに整えられた髪型には見覚えがある。
車内にはくたびれたスーツ姿と制服姿の女の子が隣りに座っている。

ーーーーーー

国語の授業中。おれの苦手な漢文。難解な呪文を読み解く様な授業で、年期がかなり入った50歳位の女の先生が三色のチョークで黒板をカラフルに染めていた。
おれは教室の一番右の列の後ろから二番目に座っている。左前の席には右耳にピアスをしている女子がいる。机に腕を組んで右耳を上にして、腕枕に頭を埋めている。授業中、その子の右耳のピアスをずっと眺めていた。
髪が短く整えられた髪型で、ピアスがよく見える。
光が反射してキラキラと淡い青色を放っていてキレイだなぁ。とか、考えていた。
先生は彼女を注意することはなく、なれた調子で授業を進めていく。
ほとんどの教師は彼女を注意しなくなった。入学間もなくから授業で寝ていた彼女は、この小林という女教師に叱られた。彼女は次の日も変わらず授業中ずっと寝ていた。その後は、段々と小林のお叱りはトーンダウンしていった。他の先生も同じだった。
ある日、いつもの様に右耳を上にして寝ていた彼女を見ていたら、彼女が目蓋を開いて、俺を見た。なんとなく目を離したら負けかなと思ってじっと見つめ返した。心臓の鼓動が力強くなった。
耳が熱くなり、心拍で視界がリズミカルに揺れた。
数秒とも数分とも分からない時間が過ぎて、彼女はにや~〜と微笑んでまた目蓋をすっと閉じた。

おれはイヤホンを耳にいれて、好きな曲を聞きながら毎日下校している。
その日も、耳にイヤホンを入れて、お気に入りのアルバムを聞きながら帰ろうとしていた。
少し激しい曲が多いアーティストで、よく分からないがロックな感じでドラムの力強さとノリの良さ、あとカラオケで歌うと楽しいので気に入っている。
結構なボリュームで聞いているので、彼女が近づいていることに気がつかなかった。
「なに聞いてんの?」
中学が同じだった子だ。
高校から髪を伸ばして髪の色も明るくしたみたいで、高校生活を楽しんでいる。高校指定のカバンには何かのマスコットの青いリスみたいな小さい人形がついている。他にもこまごまと装飾してある。
おれは全体的に暗く、カバンの外側は飾ってなくて、中身もほとんど入っていないなら軽い。

本当に何でもないことを聞かれた。
聞いてる曲のバンド名とか、カラオケにはよく行くのかとか、同じ中学の友達のこととか。
最後には、勉強とか友達関係頑張れよってなぜか励まされた。
一通り話したら、会話に間ができた。なんとも気まずい。
彼女もそれを察知したんだろうか。それじゃあ。と、友達の方へ小走りで戻っていった。

校門から出たあたりで、あの子を見つけた。
短めの髪に、右耳に光るピアス。イヤホンを耳に入れて何か聞いている。
我が校は正門から通りまで50m位のみちがある。
半分まで来たあたりで、彼女に話しかけた。
「なに聞いてんの?」

ーーーーーー

しばらく彼女の重みと電車の揺れを楽しんでいると、彼女が頭を上げたらしく肩が軽くなった。

通勤中作話(途)

通勤中作話(途)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-13

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