だから、立ち上がれよ

みんなに内緒で書いて、完結させたいやつ。

冒頭

「大丈夫、あなたは死んでなんかいない」
「あなたの正義が今も燻っているはずだから」
「僕は奇跡を信じますよ」

「だから、      」

「ヒーロー」

赤き変人との遭遇


 鮮やかな水色と入道雲の白は、誰もが思い描く夏らしい空。その下に広がる光景がキラキラと光る海と砂浜なら、完璧だったろうに。残念ながら僕の眼前には、白い校舎と熱を帯びたアスファルトがあるだけだ。灼熱の太陽がワイシャツからむき出しの肌を焼き、近くのけやきの幹に止まったミンミンゼミがけたたましく鳴く声がするばかりの、鬱陶しくて、何よりも夏らしい姿。

 中3の8月。夏休みだ。この時期の中学3年生にとって、夏休みは楽しい長期休暇などでは無い。進路なんて考えたくないと呻く友人の愚痴を、僕は毎日気の毒に思いながら聞いていたけれど、つまりは殆どの中学3年生が自分の進む路を決めなければいけない時期。
 僕は結構前から行きたい高校が決まっていたので、今日はその学校説明会に来ていた。

 坂ノ下高校。その高校は部活がとにかく充実していて、凄い。説明会の資料に載っている部活動一覧をパッと見るだけでも、なんか凄いというのがわかる。
 一般的な何処の学校にもあるバスケ部、サッカー部、テニス部、野球部などの運動部は勿論、美術部、手芸部、演劇部、茶道部と言ったこれまたよくある文化部達。そして、エコチャンバラ部、木登り部、厨ニ病同好会、土部、ヒーロー部、紙飛行機同好会など、わけのわからない部活まで。

 学校説明が終わって、部活動見学や校内見学のための自由行動の時間になって、僕はどの部活を見に行こうかなと、説明時に配られた資料に同封されていた校内地図とにらめっこしながら考えていた。とりあえず、校舎内に入ってしまうと靴と上履きを履き替える手間が生じてしまうから、外の部活から──と、思って顔を上げると、見知らぬ男が仁王立ちしているのが視界に入った。

「よお!」
「え? あ、どうも」

 やたら元気よく声をかけてきたが、坂ノ下高校の生徒だろう。妙に馴れ馴れしい挨拶だったため、一瞬知り合いかと思考しかけたが、間違いなく彼とは初めましてだ。制服であるワイシャツの前を開けて、中に「ジャスティス」と筆文字で書かれた真っ赤なTシャツを着ている知り合いなんて、いたらまず忘れるはずもないだろう。
 彼は突然左の拳を上面に突き出し、右手を高く掲げ、それをぐるりと回し始めた。かと思うと、右手が一番下まで来たところで、唐突に右腕を正面に突き出し左腕は顔の前で人差し指と中指だけ突き立てるという形でカッコよくポーズをキメる。急にどうしたんだ、この人。

「オレはこの高校のヒーロー、情熱と勇気の戦士! 坂ノ下戦隊坂ノ下レッドだ!」

 うわ。なんか変なのが話しかけてきた。咄嗟に僕はそう思わずにはいられなかった。
 坂ノ下レッドと名乗った生徒は、僕が困惑するのも構わずにズンズンと距離を詰めてくる。パーソナルスペースとか、ご存知なさそうな人だ。

「見たところ、校内見学したいけど、何処を見て回ればいいかわからずお困りの中学生ってところだな!」

 ビシリ、と僕の顔を指差し、腰に手を当てながら彼は得意げに言う。唖然として、僕が答えられずにいると、彼は勝手に話を進め始めた。

「おっし! この坂ノ下レッドが! 迷える未来の新入生に! 道を示してやろうじゃないかーッ!」

 ムダに大きな声と高いテンションで、僕は半ば強制的にヒーローに校内案内をしてもらうことになった。



 外から回ろうと思っていた僕の意志など当然知るはずもない彼は、付いてこい! と言って迷わず校舎の中に入って行った。
 直射日光が当たらないぶん、中は幾らか涼しく感じる。廊下にはないが、教室内にはエアコンが付いており、夏休みにも関わらず各教室に灯りが付いているので、夏期的な何かをしているのだろう。

「ところでお前、名前は?」
「僕は四方田 朝(よもだ あさ)って言います。先輩はなんて言うんですか」

 1階、3年生の教室が並ぶ廊下を2人で進みながら、そういえばまだちゃんとした名前は聞いてなかったなと、訊ねてみる。

「オレはこの高校のヒーロー、情熱と勇気の戦士! 坂ノ下戦隊坂ノ下レッドだ!」

 さっきとまんま同じ自己紹介じゃないか。
 ちょっと呆れて苦笑いしていると、突然、通りかかった教室のドアが乱暴に開かれた。そこに立っていたのは、ジャージ姿の中年男性。教員だろう。

「くぉら椿 颯(つばき はやて)!! 普通に勉強しに来てる生徒もいるんだから静かにしろぉ!!」
「ひゃいっ」

 怒鳴られて肩を跳ねさせる先輩を見下ろし、教員は舌打ちしてから、また乱暴にドアを締めた。そういえば3年生の教室だった。夏休みの学校は、中学も高校も関係なく、3年生達が忙しくしているらしい。
 ちょっとしょぼくれる先輩を見て、僕は空気が重くならぬように話を振った。

「椿って、オシャレな名字ですね」
「……坂ノ下レッドだってば」

 どうやら、坂ノ下レッドと呼んでほしいらしい。ちょっと恥ずかしいから抵抗感があったけれど、先輩がそうしてほしいなら仕方ない。

「そういえばレッドは何年生なんですか」

 僕が訊くと、レッドは自分の履いている上履きを指差した。白地に青のラインが入っている、よくある上履きだ。

「説明会とかで言ってなかった? 赤が1年、緑が2年、青が3年の学年カラーだぞ」

 ああ、そういえば。ぼんやりと思い返しつつ、再び彼の上履きに視線を落とした。青だ。

「さ、さんねんせい……?」
「そうだぞ!」

 僕と大して変わらない身長に、まだ幼さの残る顔立ち。関係あるかわからないけれど、頭の左側にある鳥の嘴みたいな前衛的な寝癖チックなものからして、1年生くらいだと、勝手に思っていた。
 流石に失礼だから、これは心の中に留めておくことにしよう。

虫を追求した結果

 黙ってレッドのあとに続いて廊下を歩いていると、そのうち階段を上り始めて、2階はすっ飛ばし、3階まできた。2階に寄らない理由としては、職員室くらいしか目新しいものがないし、職員室なんか見学したくないだろ? とのこと。多分、彼的に教員の巣窟である職員室を避けたかっただけなのだろうけど。2階には茶道室とか手芸室があった筈だから、部活見学し放題なのにな、と思いつつ、とりあえずは彼のあとに続く。自由度が減ることよりも、案内をしてくれる誰かがいたほうが安心だ。
 しばらくまた廊下を進み、連れて来られたのは、普通の教室の半分ほどの広さの部屋。レッドはドアの近くの廊下に置かれた机に設置された謎の箱を抱えて、その部屋に入っていく。
 部屋の中はまさに普通の教室の半分、という感じだった。教壇の上に置かれた教卓、8つ程度の机と椅子のセット、あとは黒板とか窓、掃除用具箱がある。

「ここは?」

 僕が訊ねると、レッドは右手でピースサインを作って突き出しながらニコリと笑う。

「我らが坂ノ下戦隊の本拠地! 坂ノ下高校ヒーロー部の部室へようこそー!」
「は、え?」
「先ずはヒーローとしての活動目的の説明からがいいか?」
「僕部活見学に来たんですけど!?」
「だからヒーロー部の勧誘だ!」

 いろいろな部活を見せてくれると思っていたのに、僕に声をかけたのは勧誘が目的だったのか。

「僕もっと色んな部活見て回りたいし、ヒーローなんか別に──うう、なんですか、この箱」

 無理やり先程の謎の箱を僕の顔に押し付けてきたので、軽く手で払い除ける。

「それはヒーローボックス! こん中に全校生徒からの依頼が入ってるんだ!」
「だから、僕はもっと別の、それなりに面白そうで、程よく目立たないけどネタにはなる、やりがいのあまりないクソみたいな部活に入りたいんです!」
「なんだよ、その無駄に細かい理想……。まあ、ヒーローボックスの中には他の部活のお手伝いの依頼とかも入ってて、依頼をこなしつつ部活体験ができるんだぜ? ヒーロー活動しながら部活見学! スゲくね、この一石二鳥感!」

 ……こいつ! 僕の話聞かねえ!
 とは言っても、確かに一石二鳥と言えばそうかもしれない。(絶対に入る気は無いが)ヒーロー部の体験入部をしつつ、他の部活の手伝いとか、校内のことを知っていけるのは悪いことのようには感じない。良いように勧誘されそうになっているが、最終的には断ってやればいいだけだ。

「もう……」

 僕が渋々承諾すると、レッドは両腕を天井に突き上げて、ガッツポーズをキメる。相変わらず元気な人だ。

「それじゃあヒーローボックスの中身を確認してみるとするか!」

 レッドが意気揚々と教卓の上に箱をひっくり返して、中に入っていた紙をばら撒いていく。
 不意に教室の外のミンミンゼミが、無視できないほどの声で鳴き始めた。というかこれ、本当に外でだろうか。

「坂ノ下レッド、部室で蝉でも飼ってます?」

 僕が訊ねると、レッドはふるふると首を横に降ってニヤリと笑った。

「オレが虫飼うならカブトムシだなー。多分あいつらだ、外見てみ」

 促されたとおりに、部室の窓を開けると、より一層セミの声が煩くなった。じゃあやはり外なのか。それにしては、随分と近くで聞こえる。そう思ったが、ここは3階の教室で、近くにセミの止まれる高さの木なんて生えてない。それなら校舎の壁に張り付いているのだろう。そう思って、右側に首を傾けると同時に、僕は息を呑む。

「ヒッ」

 ミーンミンミンミンミンミーン……。あまりにもリアルな声に気付かなかったが、そこ声量は一匹の小さなセミの声にしては大き過ぎるのだ。でもそれが、男子高校生一人分の声量だったなら、説明が付く。
 めっちゃ気持ち悪いのだが、校舎の壁に、汗まみれの茶色いTシャツを着た男子高校生がへばりついており、狂ったようにミンミンと声を上げているという、なんともおぞましい光景がそこにはあったのだ。

「昆虫研究同好会だ。毎年夏になると、校舎の壁とか木に張り付いて、蝉の鳴き真似の練習してんだよ」

 そう、レッドが説明してくれた。

「なんの需要が!?」
「去年の大会では惜しくもベスト8だったらしいぜ」
「なんの大会なの!?」
「一応依頼箱の中に、あいつらからの依頼も来てるけど、やる?」
「やらないよ!! 気持ち悪いな!」

サンシャイン

 そうやって僕らがぎゃーぎゃー騒いでいると、不意に部室の戸が開かれた。驚いてそっちに顔を向けると、赤っぽい髪の相当目つきの悪い長身の生徒が立っていて、少しビビる。

「……誰だテメエ」

 不良っぽい見た目で、言葉遣いも不良っぽいときたら、それはもう不良であろう。

「いや、あの僕、レッドに勧誘されて……」

 僕がワタワタしていると、彼は一瞬いぶかしむ様な目をしたが、勝手に納得したのか、小さくああ、と声を漏らした。

「説明会に来た中学生だろ。ってことはヒーロー部の見学か。俺は一応坂ノ下ブラック……赤城 龍磨(アカギ タツマ)だけど、今、進路指導室呼ばれてっから相手できなねぇんだ。悪ィな」
「あ、いえ……」

 彼はレッドみたいにブラックとか呼ばれることは望んでないのか、自ら本名を名乗った赤城さん。
 赤城さんは忘れ物を取りに来ただけだったのか、部室の椅子にかけられていた学ランを掴むと足早に教室を出ていく。
 側でぼんやりその後姿を見送ったレッドが笑いかけてきて言った。

「不良みたいな奴でびびったろ。あいつも立派なヒーローなんだぜ!」

 レッドも不良ぽいとは思っていたのか。
 彼は名前に赤が入ってるし、髪も赤っぽいし、彼のほうが坂ノ下レッドでも良さそうな気がしたが、不良なのにヒーローという点がブラック感があるから、それはそれで合ってるのかもしれない。
 赤城さんは進路指導がどうとか言っていたし、レッドと同じ3年生なのだろう。やはり、どこの3年生も進路関連で忙しいのだ。

「あれ? レッドは進路指導とかないんですか」
「多分なーし!」
「TABUN!?」
「確認してねーけど、多分無い!」
「多分って……」

 そんな適当でいいのだろうか。僕の心配を他所に、レッドは僕のワイシャツの袖を軽く摘んできた。何をされているのだろう、と思って袖を見ると、なんだかよくわからない紋章……というか、この学校の校章だ。校章の下に“ヒーロー”と書かれた謎のバッジを取り付けられていた。

「なにこれ……」
「それはヒーローバッジ! これをつけている間は誰でもヒーローになれるんだ! ところでお前、好きな色はなんだ?」
「え? オレンジとかですかね」

 突然された質問に動揺したが、レッドは「オレンジ! 太陽の色だな!」等と言いながら此方を指差して言い放つ。

「んじゃ、ヒーロー部体験入部をするお前は、今から“坂ノ下サンシャイン”となり、オレと一緒に学校中の困ってる部活を助けに行くんだ!」

 坂ノ下サンシャイン……! あまりカッコよくない。というか、なんだか、芸名っぽい。なぜ素直に坂ノ下オレンジとかにしてくれなかったのだろうと不満に思いつつも、別に今日限りの名前なのだからどうでもいいだろう、と気にしないことにした。

「行くぞサンシャイン! まずはオカルト同好会だ!」
「えっなんでそんな陰気な部活から……」

 僕の拒否権はないらしく、そのままオカルト部の部室があるという、後者の東側に連れて行かれた。

だから、立ち上がれよ

だから、立ち上がれよ

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-21

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Copyrighted
  1. 冒頭
  2. 赤き変人との遭遇
  3. 虫を追求した結果
  4. サンシャイン