踊りとサーカス。

 踊り子はサーカス団の華。小さなころ車にひかれて片足をうしなった、それから、少女から大人になってもずっと義足だ。けれど義足になってからも根っからの負けず嫌いのせいもあってか、サーカス団の紅一点、そしてサーカスの中に華を添える存在として彼女は音と歌を愛した。それを表現するのが彼女の得意の芸である踊りだった。

 彼女の父親、サーカス団の団長はもう3年も前に死んだ、彼女も今年で20歳になる。しかし近頃では彼女が昔からすきだった、父親作曲のダンスソングは中でもお気に入りだったが、あれから悲しく聞こえることがあり、3年という月日が流れていてもまだ、彼女の心の中で悲しい響きをのこしていた。

 彼女が最近落ち込んでいるのをしって、団員たちは励ました、きくところによると、なにより“音楽が違って聞える”ことが彼女の今の苦痛だという、昔の様に聞こえないなら、踊る意味を見いだせない、それもそうだ、と団員達は納得する、けれどサーカスの華がいつまでも落ち込んでいては困ってしまう、やがて皆の士気にかかわる。

 彼女には仲好しのトラがいた、彼女は毎日餌をあたえ、同じようにほえた、生まれてからほとんどの時間を一緒にすごしてきたのだ。父がいなくなっても、彼女は、まるで兄弟のようにトラに接していた。そこでサーカス団はトラのふりをしてあるハッタリをきめようとした、それはドッキリの計画だ。ある日のことだった。団員が計画をたて、数日が立った日のこと、仕事が終わったあと皆と離れ、彼女は一人トラと接していた。
 “こんにちはお嬢さん”
 真夜中、サーカス団の誰もが寝静まるころ、サーカスの大きな会場テントの裏側でいくつかの小さなテントが集まった団の移住スペースにて、少女はトラの檻の前に一人たち、小さな街頭をたよりに、いつものようにトラにエサをあたえ、そして何事か会話をしているようだった、しかしいつもは彼女は、低くうなるのにあわせて小さく吠えて声真似をしているだけだ。なのになぜか今日は、なぜだか人の声がはっきりときこえる、一度は幻聴かとおもったものの、明らかに人の声にきこえる、それもそのはず、サーカス団のみんなが、トラのマネをしてわざと檻の背後から彼女に呼びかけたのだった。
 “いつもお世話をしてくれてありがとう、でも皆、パパさんが亡くなってからあなたが元気がないのを心配しているよ、大丈夫かい?近頃では僕も心配、君がうまれてから誰よりもそばにいた僕も心配な気持ちだよ”
 トラは続けてそんな事をいった、彼女はそのまま感動か驚きかでこらえきれずを涙をながしていた、朝までなきつづけたのでサーカス団のみんなはさすがに心配になり、ドッキリのすべての事情をはなしたのだった。

 彼女は、ドッキリをおこらなかった、それどころか、それがトラの彼の本当の気持ちだと信じた。
“前向きになれた、サーカスでのすべては父からおそわった、父が生きていたころ、そばにいたからすべての事がたのしかった、父がなくなり昔と同じように音楽は聞こえない、でも私が大人になって、私が楽しくなくたって人を楽しませることができたら、いつか私もたのしめるはずだわ”

 サーカス団のみんなは罪悪感もあったが、それもかかえて、新しく彼女を紅一点の華としてかつぎあげ、もうひとがんばりしてもらう事にした。

 余談だが、つい最近、別の動物サーカスのアイドル、インコの夫婦に子供ができた。

踊りとサーカス。

踊りとサーカス。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-19

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