Fate/Last sin -15

 その異変は、誰かが知る由もないほど深い場所で、迅速に、そして確実にその街を侵食していった。文香月がそれを誰よりも早く知ることが出来たのは彼女がまだ風見の地を踏んで一週間足らずで、余計な先入観も思い入れも無くその地の人間を眺めることが出来たからだ。聖杯戦争の開幕から数えて三日目、黄昏から夜へと表情を変える街の風景を地上五階の窓から眺め、香月は照明も点けない暗く寒い部屋で一人、淹れたばかりのコーヒーを啜った。
「アーチャー、いますか」
 香月がそう口にした途端、背後に人の気配が現れる。振り向かないまま香月は言葉の続きを言う。
「キャスターが相当に大きく出たようです。……今夜は忙しくなります」
「ああ、そりゃいいねぇ」
 マスターは振り向いて自分のサーヴァントの顔を見た。徐々に濃くなっていく闇で表情が不明瞭なまま、アーチャーは右手に紅玉で鋳たような弓を握った。
「召喚されたっていうのにこじんまりした打ち合いしか無いから飽きそうになっていたところだ。どれ、一つ弓を引いてみようじゃないか」
「いえ、今夜は戦闘が目的ではありませんよ、アーチャー」
「何だって?」
 香月はコーヒーをまた一口含んで飲み下した。
「キャスターは相当に大きく出ました。これはあの高慢なマスターの指示なのでしょうか、そうだとしたら迷走もいいところだ……」
「どういうことだ?」
 問いかけをするりと流して、香月は悠長に窓の外を眺めている。しばらく考え込んで、彼女はぽつりと口を開いた。
「これほど残虐な男だとは思いもよらなかった。人は見かけによりませんね」
「なあ、おい、俺は狩り一辺倒で魔術には疎いんだ。分かるように言ってくれよ」
 痺れを切らしたアーチャーが声を上げてようやく香月は自分のサーヴァントを一瞥し、口の端だけで笑ってみせ、
「見ていれば分かります。夜明け前になったらここを出ましょう。宝が―――」

「そう、腐るほど拾えるでしょうから」




 人工的な橙色の間接照明が点々と設置された温室は、黒々とした植物で鬱蒼としている。
 その広大な硝子製の温室の中央に、やや高さのある広場があった。ラコタは広場の白いプラスチック製の椅子に膝を抱えるように座り込み、すっかり藍色になった空をガラス越しに見上げた。外は相当気温が下がっているらしい。暖かい温室側の窓はわずかに曇っている。
 ふと、ガサガサ、と植物の茎や葉をかき分ける音がして、ラコタは咄嗟に椅子から降りて音の方へ目を向けた。
「やあ」
 体を強張らせたラコタとは対照的に、やや間延びした緊張感のない声がかかる。ラコタはその声の主が誰か分かると、口元を不機嫌そうに曲げながら大きく息を吐いた。
「気楽でいいですね、蕾徒は」
「そうかなあ、へへ、ありがとう」
「別に褒めていないです」
 昨日の夜中に別れた時と全く変わらない顔で、同盟者となったランサーのマスターは笑みを浮かべた。……今更だが、本当にこんな魔術師と同盟を組んで大丈夫だったのかという、やり場のない後悔が若干胸に押し寄せる。いくらバーサーカーのマスターが手強いからと言って、手を組む相手はもう少し熟考すべきじゃなかったのかと胸中でライダーに問いかけたが、返事はない。ラコタのそんな胸中も露知らず、蕾徒は白い椅子に座ると小さい子供のように満面の笑みで言った。
「ね、ぼくたち『同盟』を組んだんでしょ。おとなのひとから聞いたよ。つまり、ラコタとはもう友達?」
「……別に友達ではありません。ただの……」
 ラコタは苦り切った顔で答えたがそれを遮るように、
「でもさ、一緒に戦って、聖杯? 一緒にとろうねって約束ごとをしたんでしょ? ぼくたちはもう友達だよ。ランサーと、ラコタ、仲良くできるといいと思う」
 蕾徒は無垢な目でラコタを見上げる。
 ――どうにもやりにくい。この青年は、利害という概念を理解していない。損得ではなく、全ては友情の元で動くと信じて疑っていないのだ。最後には決別して、互いに殺し合いも同然の戦いをしなくてはならないことを、本当に理解しているのだろうか。……まるで能天気で、腹さえ立ってくる。
「……仲良くしません。ボクと蕾徒は、ただの偶然の、一時的な味方です」
 ラコタの声から明確に棘が伝わったのか、流石の蕾徒も一瞬黙る。だが次の瞬間には口を開いた。
「でも、ラコタはぼくを助けてくれた。あの女の人がおそいかかってきたとき……それでぼくも、ラコタが怪我をするのがいやだって思って、ランサーを呼んだんだ。どうしてこれから仲良くできないの? ぼくはまだ、ラコタが怪我をしたらいやだって思うよ!」
「ああ、もう、うるさい!」
 思わずカッとなって口走った瞬間、ガサガサと茂みを揺らす音がして、「あー、少年たち」と低めの女性の声が響いた。
「喧嘩というのは情操教育には重要なイベントだが、感情的になりすぎるのも毒だ。夜は更けるぞ、少年たち」
 先ほどの蕾徒と同じように現れた四季七種を一目見て、蕾徒は「先生!」と嬉しそうに声を上げた。白衣を纏って、ややくたびれた顔の四季はそれでも蕾徒の子犬のような頭に白い手を置いて、「なんだ、もう全然元気じゃないか」と声をかける。
 ラコタはその情景を前にして酷い孤独感に襲われた。
「……ところで」
 四季は思い出したように蕾徒の頭から手を離し、改まって二人に向き直る。
「夕方前にキャスター陣営から使い魔を通して伝達があった。内容はこうだ―――『バーサーカーとそのマスターは先日の貴殿らの奮闘により著しく消耗し、瀕死状態も同然である。我々はバーサーカーの完全殲滅まで貴殿らと共同戦線を組み、ひいては貴殿らの完璧無比な工房と、我々のサーヴァント、キャスターの宝具の助力によって此れを駆逐することを提案する』―――だと」
 長い伝達を恐らく一字一句違えず暗唱してみせたあと、四季は一人、それを鼻で笑った。
上層(じょうそう)はいい気になってこの提案に乗る気だぜ、少年。どうする?」
 ラコタは突然振られた決断に鼻白んだ。どうするも何も―――キャスターまでボク達の同盟に加わるというのか。そもそもキャスターのマスターも、キャスターも、どんな人間か全く知らないのだ。突然協力すると言われたって、信憑性は皆無だろう。
 そうありのまま伝えると、四季は「ふむ」と納得し、
「だがこのままでは明らかに戦力不足なのも事実だ。私達だけで空閑灯とバーサーカーを倒すという解決方法も、いささか信憑性が無いのだよ」
 と変化球を寄越してくる。ラコタが答えに迷っているあいだに、背後から低いしわがれた声が届いた。
「共同戦線とやら、組めば良かろう」
 コツ、と石畳を軍靴が叩く。ラコタはすぐにその声の主が分かった。
「ライダー……」
「小僧にはまだ戦争は早いな」
 現れたライダーは深緑色の軍服と軍帽という出で立ちで顎髭をさすりながら、鷲のような眼光で四季を見下ろした。
「キャスターとやらは優秀な魔術師なのだろう。バーサーカーの殲滅という名目に乗じて此方(こちら)の戦力を絞り取る気だろうが、何、それは此方も同じ事。これを機に彼方(あちら)の弱みを握れるだけ握り、使い潰せば良いではないか」
 四季は突然現れたライダーに呆気に取られていたが、すぐに表情を引き締めて塔のような老人を見上げる。
「いつ裏切るか分からない相手にそれほどの余裕を抱えていられるか?」
「ほう。儂らの事は簡単に引き入れたくせに、キャスター達となると突然怯えだすのだな。キャスターを買い被っているのか、それとも儂らを侮り切っているのか……上層とやらに尋ねてみたいものだ」
「……」
 厳しい表情のまま黙りこくった四季に、ライダーは目を細めて更に言う。
「あの女魔術師は恐ろしいぞ。躊躇なく、打てる手を全て打ってでも殺さなければ―――そう遠くないうちに皺寄せが来るだろうな」
 しん、と静まり返った温室の中、ラコタは固唾をのんで四季の顔を見上げる。
 四季はしばらく沈黙した後、小さく顎を引いて頷いた。
「なるほど。本当に合理的な意見をありがとう、上層にそう伝えてこよう。……まあ、奴らがライダーほどものを考えているかは怪しいところだけれど」
 そう言って、四季はコツコツと広場の石畳を鳴らし、黒々とした植物をかき分けるように温室を後にした。軋んだ扉が音を立てて閉じたのを確認すると、ライダーはやれやれと首を振る。
「あの女、やけに賢しいな」
「先生はほんとうにかしこいよ!」
 今まで静かにしていた蕾徒が声を上げる。ライダーは片眉を上げて蕾徒を見下ろすと、顎髭を白い手袋の手でさすりながら独り言のように言った。
「ああ本当に賢しい女だ。奴め、わざと小僧の意見も儂の意見も否定して、どう反論するか見ていたのだな。……小僧はともかく、儂を試そうとは」
「……気分を害しましたか、ライダー」
 ラコタは不安の混じった声で小さく尋ねたが、ライダーは「いや」と首を振る。
「合理的な人間は悪くない。戦争に向いている」
「それは……」
 何よりです、と口にするよりも先に、温室の入り口が激しく叩き開けられるような音が響いた。続いて聞き覚えのある靴音も―――だがその足音は、打って変わっていやに急いた音に変わっている。
「まずい。クソ、どうして今まであの馬鹿上層は黙っていたんだ!」
 息を切らして再び広場へと戻ってきた四季は、くたびれた顔に有り余るほどの焦燥を浮かべて一言目にそう言った。
「先生、どうしたの」
「キャスターが……」
 四季はいったん言葉を止めて、真冬だというのに汗の滲んだ額を白衣で擦る。薄い唇は重たい言葉を吐き出す前のように歪んだり閉じたりした。
 ラコタの胸に嫌な予感がよぎる。それが具体的に何なのかは分からない。だが何か想定外の事態が、それも決して歓迎されない方向で起こったに違いない―――そしてこういう時の自分の予感は大体当たってしまう。
「キャスター陣営の様子が変だ。何かおかしい」
「どういうことだ」
 ライダーがしわがれた声で続きを促した。四季は首を振って、
「想定外の行動だ。全くどういうつもりなのか……奴はこの風見市全体に魔術を行使しようとしている。しかもそれを察知していながら研究所の人間は、私達には何も……!」
「何だと?」
 ライダーの眼光がにわかに鋭さを増した。誰かが口を開こうとした瞬間、再び温室の入り口が激しく開かれた。バン、と壁にガラス戸が叩きつけられる音と共に、今度は大勢の人間がどかどかと足音を立てて入ってくる。彼らは皆一様に制服と思われる白い衣服を身に着け、そして全員が苛立っていた。
「四季主治医、上層がお呼びです。すぐに三号棟の最上階会議室に」
「それよりもまず、今この場で貴様らが持っている情報をすべて開示しろ」
 四季と職員の間にライダーがぐっと割って入った。職員の軍団の先頭の眼鏡の男性はライダーの口ぶりに一瞬慄いたように青ざめたが、すぐに苛立ちを増したように爪先で床を規則的に叩く。
「それは出来かねます。上層は四季主治医にのみ来室を要望したのです、あなたのような余所者に聴かせる話ではないと」
「余所者? 同盟者だ。この緊急時にまだ体裁などを気にしているというのなら、貴様らは戦争に向いていない。大人しく庭いじりでもしていろ」
「なんだと、サーヴァント風情が魔術師にそんな口を……」
「いい加減にしろ! これは戦争だ! 勝つか負けるかのどちらかだ! 体よく貴様らの目指す完全勝利に縋りついて自滅するなら儂らは降りるからな!」
 ライダーは白いプラスチックのテーブルを強く平手で叩いた。怒りを露わにした彼を、椅子に座ったままの蕾徒が怯えたように見上げる。
 だがその凍りかけた空気を、突如として鳴り響いた警報音がかき消した。
『―――通告。―――通告。正門にて、警備員一名、職員三名が重傷。映像、解析中――一般市民、約三十名を認識。―――訂正。四十名を認識。―――訂正。五十名を認識―――魔術式を感知。解析―――不明―――一般市民、五十五名を認識―――異常事態を認識。正門B区、緊急自動防御式を展開―――』
 警報はそこで慌てたようにぶつり、と切れた。困惑するラコタと蕾徒を背に、青ざめた研究所の職員たちと真っ向から向き合って一歩踏み出した四季は嘲笑を浮かべた。
「どうだい? これでそちらのつまらない体裁は木っ端微塵だぜ。この研究所全体に張り巡らされた自動検知魔術式やら防御式やら、余所者に隠したい秘密のシステムは全部ご開帳だ。それで、隠したい話っていうのは何だよ。今なら聞いてやってもいいぞ」
「……ッ」
 眼鏡の男性職員は唇を噛みしめ、あらん限りの怒りに満ちた目で四季を睨むと、吐き捨てるように言う。
「風見市全域を覆う形で、何らかの魔術が行使されている」
「それで?」
「……魔力源はここから三キロ南方の丘陵住宅地の一角、恐らくキャスターの工房がある場所だ。……これはまだ仮説だが、おそらくこの魔術は純粋な魔術ではなく、キャスターが持つスキルの一つを、令呪に並ぶほどの魔力で最大限に増幅させたものではないかという解析結果が出ている」
「他には?」
 畳みかける四季に、男性は苦虫を嚙み潰したような顔で更に語る。
「先程からの緊急事態対応の原因は、正門に押し寄せた一般市民だ……クソ、ここからは正門にいるランサーに聞け。原因の一端はランサーが担っているんだからな。俺は知らないぞ、畜生……これでもう俺はこの研究所には居られなくなった。恨むからな、四季主治医」
 だがその言葉が終わらないうちに、四季は蕾徒の腕を掴んで温室の出入り口へ足早に向かっていく。慌ててラコタが追いかけると、かなり男性と距離が離れたところで四季が後ろを振り返り、
「恨むなら聖杯戦争を恨むんだな!」
 と一声放って、返事も聞かずに温室を後にした。




 まだ日が沈んで幾ばくも経っていないのに、外は指先が凍るような寒さだった。今夜は特に冷えるかもしれない、と考えながら、ラコタは街灯がぽつぽつと並ぶ研究所の正門へ続く並木道を走る。すぐ目の前で四季と蕾徒の白い制服が揺れていた。
「ランサー!」
 程なくして声を上げたのは蕾徒だった。両脇に並ぶ葉の落ちたイチョウの木から視線を遠くへ移すと、確かに銅色の鎧に身を包んだランサーがいた。しかしランサーに駆け寄った四人はすぐに異常に気づく。
「ど、どういう……ことだ、これは」
 年季の入った黒い洋風の鉄門の外で、予想をはるかに上回る人間の群れが蠢いていた。その軍団に統制はない。服装も性別も身分も年齢も様々な群衆が、ある者は叫んだり、ある者は喚いたり、ある者は悲鳴を上げたりしながら門に群がっている。ランサーと、白い制服の職員十数人が必死で門を開けさせまいと群衆を抑え込む様は、まるでいつか見たゾンビ映画のようだとラコタは思った。それと違うのは、群衆たちは全員生身の一般人で―――聖杯戦争とは何の関係も無かったはずの人間だということだ。
「ランサー! どうしたの? だいじょうぶ?」
 蕾徒が臆することも無く鉄門に縋って、その向こうのランサーに叫んだ。
「ああ、マスター達か! すまないが生憎手が埋まっていてな、きりがない! これは一体どういうことだ!」
 奇声を上げながら掴みかかってきたスーツ姿の男性を槍の柄で叩き落としながらランサーが答える。「これはいかん」とライダーが前に出て、鉄門を霊体となってすり抜けると、ランサーの首を枝で突こうとした中年の女性を押さえつける。何がどうなっているのかも分からないほどの喧騒の中、門の中から四季は答えた。
「キャスターの魔術……いやスキルだ! 何があったのか教えてくれ、発端は何だ?」
 ランサーは職員に掴みかかった高齢男性の鳩尾を一突きして気絶させてから言う。
「俺の目の前で自殺しようとしたんだ!」
「―――は?」
「言葉の通りだ。正門で見張りをしていた俺の目の前に、一人の若い女が歩いてきて、俺と目を合わせたと思ったら自分の手首を鋏で裂こうとした。だから急いで鋏を奪って何をしているのか問おうとしたら、その女が悲鳴を上げた。そうしたらその悲鳴を聞いた人間が何処からか溢れてきて、今はこの様だ! 理解したか!?」
 そういう間にも、ランサーは門に縋りつこうとする人間を、職員に掴みかかる人間を、致命傷を与えないよう抑えつけている。人の波に呑まれたライダーが青年のうなじに銃のグリップを叩きつけながら、「終いがないな、本当に」と零した。
「キャスターのスキル……自殺……一体何のスキルを……」
 ぶつぶつと独り言ちる四季を横に、ラコタは鉄門に飛び乗って群衆を見渡した。さっきの警報では五十五人と言っていたが、もうそんな数は当てにならないほど人数は増えている。正門の前の広場を埋め尽くし、車道にまで広がる人の群れを眺めて呆然としながらも、ラコタの目はある異変を捉えた。
「四季! あれを見て、額に何か……」
「なに?」
 ラコタが差した先には、群衆の一員である女性が虚ろな目をして、人の波に揉まれている。その額にくっきりとした痣のように浮かびあがっているのは――
「赤い……薔薇と、十字?」
 なぜ今まで目に入らなかったのか、その印はこの騒動の中にいる一般人の額すべてに刻印されていた。それに気づいた瞬間、四季があっと声を上げる。
「もしかするとキャスターの真名は……薔薇十字団の祖か!」
「それ誰?」
 蕾徒は首を傾げたが、ラコタは何となく心当たりがあった。先生に連れられて幾度となく足を運んだ図書館に、数秘術に関する本もあった。それで見かけたことがあるのかもしれないが―――
「そんなに簡単に真名が分かってしまうようなスキルをわざわざ増長させて使うなんて……」
 訝しげに口にしたラコタに、四季も眉をひそめる。
「一種の洗脳だ、これは。彼らはもう自分が薔薇十字団の一員だと信じて疑っていない。それどころか、それ以外の者を徹底的に排除する一種のテロリストのような存在にまで歪められてしまっている」
「なら、どうしてランサーの前で死んじゃおうとしたの?」
 蕾徒は冷たい門の鉄を握りしめて言う。ラコタはその問いを受けてしばらく頭を巡らせた。――何故? 何故だろうか。彼らは洗脳されている。おそらく薔薇十字団の祖であるキャスターに。洗脳はどういう形で現れるだろうか―――信仰か、それに近いものだ。信仰している対象に、群衆は何をするか―――
 そこまで考えて、ラコタは首筋に悪寒が走るのを感じた。空気は冴えきっていて冷たいが、その寒気ではない。もっと身体の奥から走るような、根本的な嫌悪感だ。
「……キャスターに魔力を捧げている、のか」
 ラコタが口にした言葉に、四季はあからさまに顔を歪めて嫌悪を露わにした。自分だって本当は、こんなことは口にするのも嫌だ。
「魂喰いというのを聞いたことがあります。サーヴァントである英霊の一番の栄養は霊的なエネルギーだから、人の生命を奪って魂を喰うのが一番手っ取り早いって……」
「そういう……ことか。ああ……それなら全ての辻褄が合う。洗脳された一般人は、自決して魂をキャスターに明け渡すか、異端となる者を狩るかに分かれる。私達のような敵陣営は自動的に異端認定されるだろうから、自分は何もせず、ただ時を待つだけで一方的に有利な状況が作り上げられる……」
 ラコタはもう一度、門の外の群衆を見た。それから自分の耳元の、七本になった白い尾羽に触れる。
 ―――この状況で、自分に何ができるだろう?
 自分が知っているのは簡単な、基礎的な魔術だけだ。これほど大規模の術式を解くには、その大本のキャスターを消滅させなければならないが、この状況ではとてもキャスターの工房まで辿り着けない。ライダーとランサーは致命傷を与えられない一般人を相手に苦戦し、無意味に消耗していくばかりだ。―――何ひとつ、有効な方法は思いつかない。
 だがその時、蕾徒が突然口を開いた。
「門を開けよう、先生」
「は!? おまえ、なに言って……」
 驚愕する四季とラコタに、蕾徒は口をぎゅっと真一文字に結んで、それから真剣な表情で言った。

「だいじょうぶだよ。……温室に行けば、きっとなんとかなるとおもうんだ」

Fate/Last sin -15

Fate/Last sin -15

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-12

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work