狼と島

 狼は狼の群れの中でうまれそだち、ある島の街はずれの洞窟に生きていた、海岸沿いの洞窟で満潮時には洞窟の入口は海水でふさがれていた。狼は言葉を覚えるのがはやくて他の狼よりはやかった、彼の体が狼のものではなく、人のものだということを、彼は初めて人に出会ったときに知った。
 狼には少年の友達がいた、少年の友達は狼のことを狼男とよんだ、しかし彼もまだ少年ということは、彼には黙っていた、彼は毎朝狼たちの住む洞窟のあたりの海に顔をだす、そして鶏小屋の鶏や、柵でおおわれた牧場の中のヤギのせわをしていた。彼の家はそこをすこしいった丘の上にあった。その下はきりたったがけになっていて、さらにいくともうひとつがけがあって、それの下が海だった。
 狼は群れの忠告を聞かず少年になついた、少年も狼男を気に入っていた、顔を合わせては、会話をしていた。少年は狼に言葉をおしえ、狼は言葉の上達がはやかった。やがてその言葉のほとんどが理解できるようになると、狼は狼男の伝説を少年から聞かされた、そして何度も朝や夜一緒にいるうちに、少年は狼の変わった体つきについて尋ねた、
「君の顔は狼、体は人間のものだよ」
 少年は話に聞く狼男とは、もっと恐ろしいものだといった、世にいう狼男はとても恐ろしいものだと、狼は周りと比べてプライドがなかった、まわりのものは人間に馬鹿にされていると狼をさとしたが、しかし狼男はそれが少年の褒め言葉だときがついた。

狼男は、少年の家の離れた箇所にある彼の家もちものである食糧庫に、彼につれていかれたことがあった、そこは山から流れる川の力をつかって水車がまわっていた、狼はそこで初めて文明のりきをおぼえた。そこで彼とさらに仲が良くなり、人間の言葉を覚えた、やがて洞窟の狼たちと言葉を交わせなくなったが、彼には少年がいた。しかし数年、少年に恋人ができたとき、彼は自分から少年に近づく事をやめた。

 今では狼男は街に紛れてくらしている、多少毛深いがマスクをしていれば、自分が人外のそれとばれない、狼男は街に出て、人のマネをする事しかしない、ものごいをしたこともあった、家がないときもあった、しかし掃除や、人に目立たない仕事をして細々と暮らした。ときたま人間にひどい目に合わせられることもある、人間は秩序に従順なのだ。狼男は孤独だ、けれどだれが狼男と少しも違わないといううのだろう、孤独は街にありふれている。 狼男は同じ島からでなかった、島で少しでも人に近づき、孤独をだっしなければ新たな種を残せないと焦っていた。できるだけ異性とのかかわりをつくった、そうしているうちいつしか狼男にも恋人ができた、恋人も変わった人だった、それは画家であり、絵画だった。名も知らぬ女性画家が毎週末に同じ場所で絵を描いていた、その人もあまり話たがらなかったし、必要以上に自分の素性をあかさなかった、彼は自分の正体を現す事もできず、彼女にふれられないので、その絵にでてくる狼が、彼の恋人になった、狼男は時に人だすけをしたがそれ以上に人とかかわりあうことをしなかった、やがて、いつかの少年のように自分の素性を隠してはなれるべきときがくる、その苦痛を癒すまでにまだ時間が必要だとわかっていた、絵描きは狼にふれられないので、彼の要求を呑む回数もへって、いつしか彼の前から消えた、狼男はそのときに孤独の果てに怒りをたくわえ、小鳥や動物も食らった、しかしかつてのように単なる動物の狼とはすでに会話はできなかった、人に話かけるのには当分力を蓄える必要がある、傷心、それをしっていた、人の世界は極端だった、群れるものは強く、孤独なものは弱い、しかし彼は狼でも、人でもない、孤独な彼の部屋には、人間になるために研究し続けた魔術の呪文が並べ立てられ、壁にはりつけられている。もはや狼男には狼男の世界が残されているだけだった、新しい恋人はまだできなかった。

狼と島

狼と島

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-12

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