*星空文庫

ある時空の時間旅行

yumieisuke 作

「おかえりなさい」

 そういう言葉とともに大勢の人間に迎えられた、私は椅子に腰かけている、長時間旅をするために漬かれない柔らかさと反発力をもっていて、せもたれも自由にうごかせる、角度も自在だ。ドーム状の時間旅行者はこの都会のシンボル、その中央の蛇のとぐろが巻いたような屋根、それをつきぬける時間旅行者の煙突のようなはしごのような加速装置、椅子は加速装置をつたって時間旅行をする、未来に飛ぶことは禁じられているが、未来に飛ぶことはできる。私は椅子に乗せられて過去へ旅行できたまではよかったが、そこで出会ったあらゆる感動や、刺激、未来、その時代ではとても素晴らしいものに影響をうけて私はあっけにとられて、まだ呆然として旅行用の椅子に座っていた。息をのむように、あらゆる映像や民族、人間、宗教、歴史を体感した、なけなしの財産を切り崩したかいがあったというものだ、前をみると、誰もが正しい姿勢で綺麗なスーツをきて、地球王国のいうまるで機械のようにきまりきった——もっとも体に負担のかからない格好の——歩行をつづけている。

 前方をみると、受付と、ここを隔てるための簡素なついたてがある、横をみると壁がある、ここにきたときには、横に並んで私の座るような椅子がいくつもつらなっていて、その合い間合い間にカーブをえがいたような三角の壁があった。ぽーっとしていると、ひとつの考えに思い立った、ああ、時間旅行が終わって、元も世界に帰ってきたのだ、私は……やがて職員がかけつけてきて、その背後から幾人もの警察官の姿が見えた。キュキュっと床をこする靴底の音がひびく、きれいに掃除されすぎた床は人影や動くありとあらゆる動物を写している。やがて物々しい雰囲気になり、私は幾人もの職員と警察官にとりかこまれた、まだ、時間旅行の安全を保障するシートベルトさえほどいていなかった。

「あなたを逮捕します、豊かな感情や情緒を持つことは禁止されています」

 ああ、やっぱりそうなったか、まわりががやがやと騒がしくなる、まさか自分がこんなことになるとは、この時代では交通事故や旅客機墜落よりも低確率な、“感情の芽生え”それは地球政府の支配するこの時代には、とてつもないリスクだ。地球政府は地球全人類の意思を代弁する、機械の集まり。だが、時間旅行が特別そのリスクを押し上げるようなものではないことは理解していた、だからこそ、時間旅行を試したのだ、試みたのだ。 
 時間旅行とて、感情が芽生える確率は低い、しかし私はこの時間旅行に、資金をためている段階ですら、空想に心をときめかせている、旅行計画の段階でさえも、生涯をかけてもかまわないほどの命をかけても構わないほどの運命を感じた。それは例えば、運命の相手、異性を愛しいとおもい、愛しぬく覚悟にもにていた、私はやはり時間旅行からもどり、法規にそぐわない感情の芽生えを感じていた、そしてまわりをきょろきょろとみて呆然としたのも、少しの警戒があったからなのかもしれない。
「意識はありますか?」
 野次馬はうるさかったが、警察はやはり事務的で、わりと穏健な印象だった、それもそうだ、誰も感情をもっていないのだから。私だけが、ここで感情をもっている、何もおもわなかった同時代の人間のしぐさすべてが不可解に感じている、まるで世界が逆転したようだ、価値観もまた逆転している、時間は逆向きに動いているのではないかと感じる。私は、この間時間旅行によって豊かな感性をてにいれ、それは元の時代ではとても——極刑にあたいする重罪——罪とは、人間が自分らしくあること、私はこの時代のこの世界の人間たちの、正しい時間軸の流れによって罰をうける。しかしすがすがしいのはなぜだ、それまで、これまで私は人間としての意味も価値も、自分自身の中に存在していることを実感できなかった、だが私は旅をした、村人に話しかけた、時代の雰囲気を感じた、そして時代の苦しみを感じた、不公平というものの情緒をしった。私は私の心の変化を、その旅行中にすら感じることはできた、うれしさの反面、それは恐怖だった。しかし今や恐怖はない、ただなしとげた快感だけがある。過去にいると人は、過去に応じた特性ともつ、時代が映す風景に準じて人間は人間であるにすぎない、人間は時代を選べない、私が生きたことが罪なのは私がこの時代に生まれたからだ、生まれてしまったからだ、誰もが、時代に適応しているわけじゃない、私は今や過去の人間に影響をうけ感情を持つにいたった、すでに過去の人間なのだ。

 ずるずるずる、私は体をくねらせ、引きずられる自分の体の中心にある重力を感じている。そして体に力が入らない事を感じている、私はきっと罰をうける、そうしてこれから私は私でなくなる、けれど私が、ここにいるただやみくもに人を非難批判する野次馬とちがって、一瞬でも私たりえたことを私は知っている、それが罰なら、それが正しい、私は私の人生に満足したのだ。これでいい、地獄の門番は、案外無口で冷静なのだ、さわぐこともなく、二人の警察官が私の体を、その腕をつかまえてひきづっていく、私は歩く気力をうしなっている、だが心は天に昇って行くように軽い、私は天使になったのかもしれない。
 バタン、ホバリングをしていた空中自動車の扉があいた、そして私をおしこむと、二人の警察官は前にすわった、前と後ろの座席を遮蔽するのは、レーザーの網だ、ふれれば死んでしまう。ドアはとじだ、それはもはや私の死を意味した。
 
 私たちの時代には、過去の人間と現代の人間に大きな壁がある、人々は幸福も不幸も恐れ、そして全世界の全人類が平均的な幸福を手にするために、平凡を何よりも優先している、この時代に平凡でない人間はいない、平凡でない人間は平凡になるための手術と洗脳をうける、私は頭をまさぐった、こんなときに、手錠がかけられているせいか、傷あとがみつからない。
「あったっ!!」
「なんだい」
 私がふいにさけんだので、驚いたように、あるいは見下すように微小な笑いをうかべた助手席の警察官が、こちらを後目に見た、私の手は毛をまさぐり、ついに見覚えのある頭のでこぼこにたどりついた。私のあたまには、手術跡があった。それはとても小さなころに知らないうちについていたあとだった、丁度あたまのてっぺんのところだ、両親はそれについて、なにも私に告げなかった、両親はまごうことなき平凡さを備えていた、今更何を恨むこともない、ただ走馬燈の様に、心が動くことのない平凡な家族の映像がながれた、私は、家族を家族と思った事もなかった。今私は、感情と心に目覚めたのだ、その矛盾と苦痛に気がついた、だから、この時代のだれよりも優越感と多幸感にみたされている、それはこの時代の人間がしるはずのないものだった。しかし私は、泣いた、ガラス窓からは味気のない風景が流れる、ほとんどが白い窓がついているだけの建物、
「うっ、うっ、あああ、うああああ」
私の嗚咽、それは警察官を喜ばせる嗚咽だったが、しかし私はあまりに幸福すぎて泣いたのだった。
 

『ある時空の時間旅行』

『ある時空の時間旅行』 yumieisuke 作

sf 時間旅行 感情 未来

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-10-12
Copyrighted

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