*星空文庫

ギフテッド

宇野 彰二 作

 清々しい朝だった。生まれ変わったような気分で目が醒めたわたしは、隣の部屋にいる妹がまだ眠っているのを確認して殺した。ぶつけ本番だったが、首の動脈の切断は上手くできたと思う。叫べないように、喉の真ん中を素早く突いた。気道に穴が空いたとき妹は薄く目を開けたが、意識の覚醒にはいたらずそのまま気を失ったようだった。
 出血の勢いはほどなくして収まった。布団の中にはまだ温もりが残っているのに、体は冷たくなっていた。しっとりした肌を拭いて、血を拭う。顔の筋肉を指でほぐし、髪を梳いてやると、わずかに現れていた強ばりが解けて穏やかな表情になった。大きくなればきっときれいになっただろう。やりきれない気持ちを抑えてわたしは部屋を出た。
 一階に降りて、両親の寝室を覗いた。睡眠薬が効いているようで、まだ眠っていた。今後のことも考えて、複数の方法で二人を殺した。手際の良い仕事だと信じたいが、客観的に見ればまずいだろう。昂揚した気分ほど当てにならないものはない。切断面を確かめてみたが、あとに行くほどがたがたと波打っている場所がいくつもあった。入射角は悪くない。だが刃の使い方がなっていない。わたしは非力だから、どうしても無駄な力を込めてしまいがちだ。
 ひとしきり練習したあと、手を洗い、朝食を食べた。お母さんに教えてもらった、美味しいフレンチトーストの作り方を試してみた。同じ作り方のはずなのに、同じ味にならなかった。もう食べられないのだと思うと涙が出た。
 食器を洗ったあと、鞄の中身を見て、忘れ物がないかを確認した。もう一度確認してもまだ時間が余るので、軽くストレッチをして緊張を解した。出掛けに慌てないように、窓を閉め、目張りをして、ガスの元栓を開けた。着火装置も点検した。どこにも異常はなかった。両親の寝室に入るとお父さんの死体が勃起していたので、それから朝のうちはセックスして過ごした。
 正午になったのを確認して、家を出た。
 途中のコンビニでサンドイッチと、最近はまっている野菜のスムージーを買った。通学路の途中にある公園で昼食を採り、一休みしたがまだ時間が余っていた。五限目がはじまってから十五分ほど経ったところで教室に入りたかった。ゆっくりと歩けば狙いどおりになると思っていたが、早足になっていたらしい。わたしは自分のこの気の弱さが嫌いだ。
 予定より五分早く学校に到着した。
 これから忙しくなる。やるべきことを確認して、わたしは行動に移った。
 ぐるりと校舎を一巡してから、教室に入った。起きているクラスメイトの視線が、わたしを見た。不自然にかたい表情になっていたと思う。緊張していた。
 教壇には吉成先生が立っていた。英語科担当で、教えるのがとても上手い。ひょろっと背が高く、ゆでたまごのような顔で、甲高い声でしゃべり、自己紹介に特徴がある。一度でも聞いたことがあれば誰でも先生のフルネームを言えるだろう。
「ぼくは吉成俊紀と言います」黒板に大きく、漢字で名前を書く。その横に、今度はローマ字で同じ名前を書く。「ぼくの名前は、ローマ字で書くとほとんど同じ綴りになるんですよ」
 確かに Yoshinari と Toshinori の違いは二文字しかない。
 吉成先生は一瞬ぽかんとした顔でわたしを見つめたあと、「重役出勤だな」と言った。
 教室が和やかな笑いに包まれた。寝ていたクラスメイトの何人かが起きてしまったのが残念だが、これは遅かれ早かれ起こることなので仕方がない。
 わたしは鞄の中からプレゼントの包みを出して、吉成先生に渡した。小走りに廊下へ戻り、ピシャリと扉を占める。さっきよりも大きな笑いが教室を満たした。
「開けていいのかな」と吉成先生が言った。
 わたしは耳を塞いでしゃがみ、口を開けて起爆スイッチを押した。
 予想以上の爆発音に足がすくんだ。隣の教室のガラス窓まで震えている。だが仕方がない。はじめてしまったのだから最後までやり遂げたい。
 再び教室に入ると、吹き飛んだ教壇のそばに吉成先生の下半身が落ちていた。どうも密閉が甘かったらしい。炎が噴き出したらしくカーテンに火が点いている。爆弾の中に込めておいた釘やナットのおかげで前列のクラスメイトはほぼ沈黙しているが、三列目から後ろは無傷の者も少なくなかった。
 頭数を減らすべく、適当に狙いをつけて撃った。アーチェリーの弓から放たれた競技用の矢は、笹久保くんの左目を貫通して頭蓋骨を抜いた。本当は銃か、取り扱いの容易なボウガンを使いたかったが、前者は手に入らず、後者は連射速度に劣る。それで予定を一年遅らせて、アーチェリーを練習することにしたのだが、一人殺してみた感触からどうやら正解だったらしいとわかった。殺傷力は充分。息も上っていない。
 次々に矢を番えて放った。秋山さんに当たった。あまりつきあいがないのでよく知らないが、コーラス大会で弾いたピアノの腕なら覚えていた。上手い下手を批評できるほどわたしは音楽に詳しくない。でも、わたしは彼女の演奏が好きだった。額に突き刺さったのだからおそらくは即死だろう、でもあとでちゃんと確認しておかなくっちゃ。手を出した以上は最後まで面倒を看るのが義務だ。障害が残ったらかわいそうだ。
 ここでようやく動ける者が扉に殺到した。みんなどこかぎこちない走り方で、突然転んだりするから狙いが定まらない。やはり昼休み前に忍び込んで、給湯室のやかんの中に毒を仕込めば良かったかもしれない。でも致死性の毒となると手に入れるのが難しい。たばこを煮つめてニコチンを取り出すことも考えたが、全校生徒分を用意するとなると生半可な量では足りない。それに、昼食時にお茶を飲まない生徒なんていくらでもいる。
 ヘッドショットを決めるのは難しいので、なるべく胸を狙った。
 できれば新井さんから殺したかった。彼女に対する悪評が誤解や勝手な思い込みではなく、事実であることはみんな知っている。新井さんは悪い人だ。少なくとも、一年の女子が生意気だからと言って隣のクラスの安田くんをけしかけ、一部始終を録画してネットに配信したのは事実だ。被害届が出されたと聞いたが、それっきりなんの音沙汰もない。一年の女子は学校を辞めた。
 よく狙ったつもりだったが、新井さんには矢が当たらなかった。ギャーギャーと一番大きな悲鳴を上げ、みっともなく腰を抜かしながらも教室の外へ這い出してしまった。見事なものだと思った。彼女はクラスメイトを盾として使うことに一切躊躇がない。
 廊下に、先ほどの爆発音以上の大声が響いた。「助けて! 助けて! 助けてえ!」
 逃げおおせたという余裕からだろう、声に媚びが含まれている。さっそく悲劇のヒロインを演じるつもりか。これから一生、このネタを使って他人から同情を買うのだろうと思うと感心してしまった。罪悪感を引き出して譲歩を強請(ねだ)る。それで痛痒を感じることもない。彼女たちは優秀な人材だ。間違いなく、動物的な意味においては。
 先生が来ることを考えて、扉から距離を取った。次の矢を放った。
 夏目さんに当たった。ポニーテールがよく似合う、水泳部の次期主将候補。矢は上手い具合にこめかみに突き刺さっていた。首を傾げたまま倒れる彼女の姿を見て、今なら勘で撃っても当たるんじゃないかと思った。昂揚感が指を震わせた。まずい兆候だった。
 案の定、わたしは番えようとした矢を取り落とした。拾うか、新しい矢を番えるかで逡巡があった。一瞬のことだ。でも藤堂くんは見逃さずに反応して、わたしを突き飛ばした。
 目の前がちかちかと明滅した。野球部のエースは伊達じゃない。頭が痛むのは黒板でぶつけたからで、ぶつかったのは藤堂くんに体当たりされたからだと気づくまでに時間がかかった。実際、意識がどれくらい跳んでいたのかわからない。耳元で彼が叫んでいた。夏目さんのことが好きだったのではないかとふいに思った。誰だったか忘れたが、そんなようなことを言っていたはずだ。彼女は人気があった。わたしも好きだった。
 力で勝てるわけがないので、掴みかかってくる藤堂くんに弓を預けた。戸惑っているうちにアーミーナイフで彼の首を突いた。噴き出した血が窓を濡らす。傷口を圧迫しているためがら空きになっている腹部に、三度刃を突き立ててえぐった。うずくまった藤堂くんから、弓を返してもらってまた撃った。
 パニックに襲われたクラスメイトたちは、割れた声で叫び、怒鳴り、狂ったように両腕をばたばたさせて少しでも狭い、暗い、隅の奥へと体を押し込んで隠れようとした。飛べない鳥が、(あなぐら)で身を寄せ合っているようだ。
 根本くん、前嶋くん、菊池さん、吹野くん。
 目と目が合った。白目の真ん中に黒目が見えた。放たれた矢が一筋、蛍光灯の明りを反射してきらりと光り、眉間に当たる。腹に当たる。肩に当たる。太腿に当たる。激痛に顔を歪めるまで彼らの目はなおもまだわたしの目に釘付けになっていた。
 尾形さんがのけぞって倒れたとき、彼女が文化祭でシンデレラを演じたことを思い出して涙が出てきた。誰でも知ってる劇だから練習しなくても大丈夫だと言ったのは誰だったか。結局、滅茶苦茶になって、それでも見ていた人は笑っていたから成功だと言い張ったのはたしか原田くんだ。彼は体育祭のリレーでアンカーを務めて一位になった。修学旅行では夜遅くにホテルを抜け出したことがバレて、担任の片桐先生と行楽地を回る羽目になった。
 動揺するな、と自分に言い聞かせた。動く的の面積の大きな場所に当てればいい。
 矢を放つことだけに集中した。
 気がつくと、矢は残り三本になっていた。
「なんの騒ぎだ」と顔を出した馬場先生を撃った。体育教師は頑丈らしく、さらに胸を射抜いてもまだ這い回ろうとする。押さえつけて首筋を切るのには苦労した。
 呼吸を整え、教室を見回すとずいぶん数が減っていた。動けるクラスメイトはみんな逃げ出したらしい。どこへ行ったかわからなかったので、非常階段に仕掛けた爆弾をひとつ爆発させた。遠くから爆発音が響く。残り三基。使いどころが難しい。
 やりかけの作業に戻り、手前から順番にクラスメイトの首筋を切って回った。生きている人も死んでいる人も差別せず、一応は頚動脈を切っておくことにしていたのでそうした。
 声が聞こえたので見ると、雨宮さんが教室の隅でふるえていた。
「やめてよ」外れかけた髪留めが耳元で揺れていた。誕生日にわたしがプレゼントしたものだ。「気に障ることしたなら謝るから。お願いだからやめてよ」
 雨宮さんには笑っていてほしい。彼女が笑うと、不思議とみんなが穏やかな顔をする。額に矢を撃ち込んだあと、首の動脈を切った。もういっしょにお弁当を食べられないのかと思うと悲しかった。来週の日曜日におすすめの雑貨屋へ連れて行ってもらう約束していたことを思い出したとたん、涙が止まらなくなって困った。
 あまりにもひどい。
 なにも悪くないのに。
 雨宮さんが悪いことをするところなんて想像できなかった。悪意を持つだけでも罪悪感に苛まれるくらいだ。きっとずっといい子だったろう。みんな彼女が好きだった。そのはずだ。嫌う理由がわからない。彼女は他の人とは違う。だが試みにお腹を裂いてみると、入っていたのはふつうのうんちだけだった。
 わたしはアーミーナイフを捨て、凝り固まった体を伸ばした。痛めたところがないか、手足の状態を確認する。タオルで返り血を拭いたときは驚いた。拭いても拭いても取れないので、どこか出血しているのではないかと不安になった。
 水分を補給し、マチェットを鞘から抜いた。握力がすっかりなくなっていた。バンテージでくくりつけたが、長くは持たないだろうと思った。
 教室の外がにわかに喧しくなった。わたしが廊下に出たせいだということにはなかなか気がつかなかった。次々に悲鳴が上がる。ドアを閉める者、慌てて逃げる者、躓いて転ぶ者、反応は千差万別だが、我先にわたしから遠ざかろうとするところはみんな同じだった。
「やめなさい。下ろせバカ、そんな」腰の引けた先生が絶叫するのとわたしが斬りかかったのはおそらく同じタイミングだった。「危ないものは捨てろ、危な」息が上っているせいかどの教科だったか思い出せないがさらにマチェットを叩きつけると頭蓋骨をかち割るたしかな感触。「痛いイタイいたい!」突き刺さった刃を引き抜くには片手で足りず、先生の頭を踏み梃子の原理を応用した。
 動かなくなってから顔をよく見ると、生活指導の田所先生に似ているような気がした。
 階段へ逃げる背中が見えたので、咄嗟に起爆スイッチを押した。吹き飛ばされた男子の体が廊下に戻ってきて壁に激突する。足下を見ると、田所先生のような気がしたので、上着の裏地を確かめてみたところやっぱり田所と名字が縫い付けてあって嬉しくなった。
 わたしは廊下を走った。近くにいる者から順番に襲撃した。叩きつけるとあとが面倒だと学んだので、浅く斬りつけることに専念した。動脈に近いか、脇腹か、ふくらはぎが理想だが、逃げる者を追いかけながらではどうしても肩や二の腕に当たってしまうのがもどかしかった。
 階段の踊り場で一人、靴箱の前でもう一人殺した。疲れていたせいか、相手の抵抗が激しかったせいか、やけに時間がかかった。
 呼吸が乱れて、体が横に流れた。靴箱にもたれかかったまま少し休んでいると、お巡りさんたちがやって来てわたしを取り囲んだ。四人。六人。たぶんまだいる。
「動くな」と年配のお巡りさんが言ったので、校門と靴箱に仕込んだ爆弾を同時に爆発させた。衝撃が、わたしの体まで巻き添えにして通り過ぎた。
 意識が途切れていたらしく、気づいたときには鼻血が止まらず、左腕が途中からなくなっていた。ふとももにも裂傷がある。マチェットで斬ったのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
 校舎の外に出ようとすると、お巡りさんが一人立ち上がって絶叫した。銃を構えて、わたしを狙っていた。カッコいい人だなと思い、マチェットを叩きつけたが空を切った。
 その前に肩を撃たれたらしい。
 痛みを感じるよりも早くわたしは気を失った。
 それからの毎日はとても穏やかに過ぎた。病院で目を覚まして以来、ときどき人が来るほかは外界と接する機会がなかった。
「なぜこんなことをしたのか」と誰もが聞いた。
 はじめはお巡りさんだったように思う。
 わたしはなにも答えなかった。
 なにも思いつかなかった。どれだけ記憶を辿っても、確たる理由が見つからない。
 黙りこくるままのわたしを見て、お巡りさんはふざけていると感じたようだが、これは仕方のないことだろう。わたしが同じ立場にいたら、彼らと同じように感じるはずだ。
 どちらかと言えば、とても真面目に受け取ってかなり無理のある弁護をはじめた人たちの方が理解できない。彼らに言わせるとわたしは、責任能力を問えないほど頭のおかしい小娘なのだそうだ。
 入れ代わり立ち変わりやって来て、彼らはわたしに質問した。いじめられていなかったか。親に虐待されていなかったか。差別を受けていなかったか。雑談の合間には国や社会に対する不満がないか、それとなく聞かれることもあった。
「あなたのように頭のいい子がね、わけもなくこんなひどいことをするはずがないんですよ」
 わたしは机の上のボールペンを掴み、余所見をしていた弁護士の先生に突き立てた。眼窩の奥に押し込んでぐるぐると掻き混ぜてやると、なんだかよくわからないことを喚きながら手足をふり回したがそのうち動かなくなった。
 部屋の外にいたお巡りさんが飛び込んできて、わたしを取り押えた。
 それ以後は拘束されてごはんを食べるのにも人が就くようになった。
 二十年経った今でもこれは変わらない。
 ときどき、薬が切れて頭がはっきりしているときに、お医者さんがやって来て「まだ殺したいか」と聞くことがある。「あなたの年齢なら、社会復帰の可能性だってあるんですよ」
 わたしにはよくわからない。でも話していると気になるのは鍛えられていないお医者さんの体と、シャツの襟元から覗く白い喉。部屋の中には尖った物はなにひとつ持ちこまないのが規則らしいのでわたしに仕える武器は歯と爪と指先ということになる。眼鏡が邪魔だけど狙うとしたら眼がいいだろう、その前に睾丸を掴んで動きを封じる手もある。今すぐ拘束を解くためにやるべきことはなにか、不意をついて、押さえ込めるとは思えないから素早く動いて関節を取らなければドアの向こうにいる体の大きな看護士が入って来て。
 眼球の動きを追っていたらしい、お医者さんはため息をついた。
「今は無理だと思います」とわたしは答えた。

『ギフテッド』

『ギフテッド』 宇野 彰二 作

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-10-11
Copyrighted

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