まぼろし

 冬の夜。

 私の躯はあの夏の炎天下、君と一緒に路上に落っことしてちりばめられた七色の、元は大きな大きな虹色ガラス球だった欠片の集合体。でもいまは、冬。月あかりが照らす雪が私を照らす。とりどりの光を鈍く散らすぎざぎざした破片のかたまり。

 それが私。

 そう、それが私。

 ねえ?

 あのガラス球はとてもとても大きくて、厚くて、重かったよね。それを二人で、必死になって抱えて運んでいたけれど、あの灼熱の日々、私たちはともに汗を流しながら、いったい何処へ向かっていたんだろう? あのガラス球の中には、いったい何が入っていたんだろう?

 手を滑らせたのは私? それとも、君? それとも、私たちの両方?

 鉛のように重いものが、するりと手のひらを通り過ぎて、重さがゼロになって、砕けて、割れた。そしてその瞬間から、その尖った欠片のひとつひとつが、私の躯になった。

「割れちゃったね」、君は夢から醒めたばかりの顔をして、そう言ったね。
「うん」、私は答える。私はまだ夢の中。

 雪が私を照らすとき、私もまた、雪を照らす。

 私の欠片の一枚一枚には、あのときの君の呆けた顔が、声が、夏の日差しが、蝉の啼き声が、熱を持った電信柱が、陽炎を揺らすアスファルトが、そしてどこまでもどこまでも広く青かった空と高い高い積乱雲が、今でも影絵のように映っている。その影たちが雪に映っている姿を、誰も見ることはできないけれど。

 終わらない雨がないように、終わらない冬もない。

 いつかこの雪が溶けて春のあたたかな日差しが私に届けられるとき、私の躯、たくさんの君を映した虹色ガラスのぎざぎざの欠片は、春風に飛ばされ、ちりぢりになって、ばらばらになって、風に舞う桜の花びらのように、あちらこちらに飛んでいってしまうのだろうね。

 虹色ガラスの球が割れてしまったとき、私たちはどちらともなく、私たちの行き止まりを知った。

「なんだかすべてが幻みたいね?」
 まだ夢の中にいる私は言う。
「うん、幻みたいだ」
 と、もうここにはいない、夢から醒めた君の声が聞こえる。のはきっと幻聴。

 今はまだ、冬。
 私は深い森の中、雪の中で、ちょっと力を抜いただけでばらばらになってしまいそうな虹色ガラスの欠片を、必死にひとりで繋ぎ合わせて、私でいるんだよ。

 全てが、幻になってしまわないようにね。
 
 ねえ、夢から醒めたくないの。
 私、まだ。

まぼろし

まぼろし

まぼろしのような恋の話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-30

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