ワタシはくノ一

「あのさ」
「何?」
「委員長って、くノ一じゃん?」
「そうよ」
「なのにさ…」
「何よ」
「くノ一っぽくなくない?」
「当たり前よ」
「当たり前なのかよ」
「簡単に正体を気づかせちゃうくノ一なんているわけないじゃない」
「いや、もう正体言っちゃってるんだけどね」
「あなたの口を封じれば済むことよ」
「えっ…」
「冗談よ」
「ぅ…」
「くノ一っぽかった?」
「…ぽかった」
「じゃあ、わたし、このあと委員会があるから。そのあとスーパーの特売に…」
「だからそういうところがさー。日常感ありすぎっていうか」
「だって日常だもん」
「くノ一の日常ってそうじゃないじゃん」
「は?」
「たとえば…修行とか」
「それなら毎朝家の近くを三キロくらい…」
「ジョギングじゃん」
「夜は学校で教わったことをあらためてノートに…」
「復習じゃん」
「明日やるところを…」
「予習じゃん。ぜんぜん修行じゃないじゃん」
「じゃあ何よ、修行って」
「それを聞く? くノ一が一般人に」
「聞いてあげる」
「なぜちょっと上から目線…」
「くノ一だから」
「くノ一にそんなイメージないけど…」
「じゃあ、どんなイメージ?」
「むしろ…逆?」
「逆?」
「くノ一っていうか忍者ってもうちょっと…下じゃん」
「はぁ?」
「いやいや、そうだろ? 殿様とかそういう人に仕えるっていう…」
「…大丈夫?」
「心配されるほどおかしなこと言った、おれ?」
「どこに殿様がいるのよ。この二十一世紀に」
「じゃあ、くノ一はなんなんだよ!」
「女の忍者」
「そういう説明を聞きたいんじゃなくて、委員長がくノ一って言い張ってるこの状況だよ!」
「おかしい?」
「おかしいだろ、普通」
「普通?」
「いやもうこの状況に『普通』とかアレなんだけどさ…」
「ふーん…」
「なんだよ、その意味ありげな目」
「ちょっといい?」
「…何?」
「前から一度聞いてみたかったんだけど…あなたってわたしのことをどう思ってるの」
「えっ…!?」
「聞かせてほしいなー」
「そんな…だって心の準備とかさ」
「心の準備がいるの?」
「いるだろ、普通…」
「この状況は普通じゃないんでしょ」
「う…」
「聞かせてよ」
「じゃあ、言うけど…」
「うん」
「おれ…委員長のこと…」
「『委員長』は関係ないでしょ」
「え?」
「わたしのこと…くノ一のことをどう思ってるの?」

「…あー」
「なに、そのホッとしたような残念なような顔」
「どう思ってるって…そういう…」
「どういうことだと思ってたの?」
「い、いや別に…」
「じゃあ、あらためて聞くけど、くノ一のことをどう思ってる?」
「…女の忍者」
「そういうことを聞きたいんじゃなくて、くノ一のことをどう思ってるかをちゃんと聞かせてほしいの」
「ちゃんとって…どういうふうに…」
「カッコイイとか、憧れるとか、そういう普段思ってるようなことよ」
「普段思ってないよ、そんなこと」
「思ってないんだ…」
「って露骨にがっかりするなよ。『普段』思ってないって言ってんの」
「じゃあ、いつ思ってるの?」
「いつでも思ってないよ…」
「なにそれ? そんなに無関心?」
「無関心っていうか…」
「自分の周りのことに関心持たないの? ニュースとか見ないの?」
「ニュースに出ないだろ、くノ一のこと」
「出ないわよ。簡単に表沙汰にならないわよ」
「裏で何してるんだよ…」
「知りたい?」
「それは…」
「まあ、知られたら即口封じだけど」
「封じるなよ」
「だったら、聞かないこと」
「聞かないよ…ていうかそっちが聞いてきたんだろ」
「それもそうよね」
「そうだよ…」
「それでどう思ってるの? くノ一のこと」
「いや、おれ、くノ一って委員長しか知らないから」
「そうなの?」
「そうだよ」
「変わってるね」
「普通だよ。普通くノ一の知り合いなんていないよ」
「つまり…普通じゃない」
「うん」
「差別するんだ」
「は?」
「やっぱりそうなんだ。わたしのこと普通じゃないって思ってるんだ」
「いや、それは…」
「普通じゃないんでしょ、この状況」
「状況は普通じゃないけど委員長のことは…」
「普通?」
「……」
「ほら」
「あ、いや、だけど差別とかじゃなくて…」
「言っておくけど、くノ一にだってちゃんと人権はあるんだから」
「人権!?」
「正確には、くノ権だけど」
「なんだよ『クノケン』って…」
「じゃあ、くノ一には権利がないって言うの?」
「そんなこと言ってないけど…」
「くノ権を勝ち取るために、くノ一は裏で戦ってたんだから」
「『表沙汰にならない裏でしてたこと』ってそれかよ!」
「あ…」
「?」
「知られてしまったわね…」
「えっ」
「言ったでしょう。知られたら…口封じって」
「!」
「ごめんなさい」
「いや、あやまられても…」
「このたびは誠にご不幸なことに…」
「弔辞読まれても!」
「二人分よ」
「え?」
「あなたとわたし」
「ど、どういうこと?」
「わたしもすぐに後を追うから」
「後を追う!?」
「掟よ」
「掟って…そんな…」
「秘密を知った者と知られた者…共に処罰される。それが掟よ」

「処罰…」
「くノ一らしいでしょ」
「…うん」
「というわけで」
「ま、待てって! 軽すぎるだろ、いろんな意味で!」
「重々しいほうが好き?」
「好きとか嫌いとかじゃなくて…」
「怒ってる?」
「怒ってるっていうか…な、納得いかないって!」
「何が?」
「だって人権とか言ってたじゃん!」
「正確にはくノ権ね」
「これって人権無視じゃね?」
「えっ」
「だってそうだろ? 本人の意思に関係なく命を断つとか」
「…そうね」
「だったら…!」
「でも掟は、掟よ」
「なんなんだよ、その掟って!」
「知りたい?」
「っ…」
「知れば知るほど、より口を封じられるわよ」
「なんだよ『より』って!」
「あなたの家族や友人その他にまで」
「! マジかよ…」
「マジよ」
「……」
「というわけで」
「お、おい…」
「どれがいい?」
「どれ!?」
「選ぶのよ。どうやって口を封じられるか」
「封じられないっていうのは…」
「ない」
「ないのかよ…」
「ないの」
「…けどさ」
「なに?」
「…知られてたじゃん」
「えっ」
「裏でどうこうより先に…委員長の秘密」
「他にも? いつの間に…」
「『いつの間に』じゃねえよ。知られてたじゃん、くノ一ってことを」
「それはいいのよ」
「いいのかよ!」
「とにかく掟よ」
「なんだよ、そんなの本当に納得してるのかよ!?」
「あなただって、すべての法律に納得して従ってる?」
「それは…その…」
「というわけで」
「だから軽いって! だいたいどうするつもりだよ!」
「口封じ」
「それはわかってるけど、どういう方法で…」
「だから選ぶのよ。あなたが」
「おれんが選ぶって…親切なようなそうでもないような」
「さあ」
「せ、せかすなよ。選択肢はどれくらい…」
「一つ」
「それ、選択肢って言うのかよ!?」
「言わなくてもわかるでしょ」
「えっ」
「くノ一の口封じの方法は…たった一つ」
「それ…って…」
「とーっても、くノ一らしい方法よ」

「くノ一らしい方法…」
「ふふっ」
「ごめん」
「えっ?」
「ピンとこない」
「…何よそれ」
「だって、ピンとこないし」
「あるでしょ? こういうときのくノ一のイメージ」
「うーん…」
「無知ね」
「そ、そこまで言う?」
「わたしの口から言わせるつもり?」
「えっ」
「……」
「なに? なんか言いづらいような…」
「……」
「あっ!」
「…わかった?」
「まさか…」
「そうよ」
「言葉にするのも恐ろしいほど残虐な…」
「そっち方向じゃないわよ」
「えっ、じゃあどっち?」
「…エッチ」
「ええっ!?」
「……」
「な、なんて言ったいま?」
「…何も」
「いや言っただろ? その…あの…」
「……」
「だ、黙ってたらわかんないだろ!」
「わからなくていいし」
「よくない! 知りたい!」
「…エッチ」
「ほら!」
「…馬鹿」
「つ、つまり…」
「……」
「口封じって…そういう…」
「……」
「いいのかよ…」
「…くノ一だもん」
「けど…おれとそんな…」
「…くノ一だから」
「く、くノ一だったら誰とでもいいのかよ!?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ…」
「…おかしかったらごめんね」
「え?」
「教えてもらってはいるんだけど…初めてだから」
「!」
「あの…」
「な、何?」
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「……」
「…な、何か言ってよ」
「その…こちらこそよろしくお願いします」
「…馬鹿」
「じ、じゃあ…」
「待って」
「え?」
「ここじゃ…あれだから」
「そ、そうだよな。学校だもんな」
「そうだよ…」
「放課後の…校舎裏の…体育倉庫室のすぐそば…」
「……」
「…ここでよくね?」
「エッチ!」
「バッ…! おれはそういうつもりで…」
「どういうつもり?」
「それは…えーと」
「…エッチ」
「べ、別におれがそうしたいって言ったわけじゃ…」
「いやなの?」
「えっ…!」
「いやだったら口封じにならないんだけど」
「それは…」
「……」
「いやじゃ…ない」
「…そう」
「……」
「じゃあ、あらためて…」
「お、おう…」
「フユモリ君…」
「……」

「生涯仕えさせていただきます」

「……」
「…以上」
「えっ?」
「以上。これで終わり」
「お、終わりって…これだけ!?」
「いまのはね」
「えっ、いや、ぜんぜんわかんないんだけど!」
「何が?」
「だっておれ、委員長と…」
「わたしと?」
「……」
「言ったでしょ? くノ一らしい方法って」
「だって…エッチって…」
「あなたが望めばね」
「えっ!」
「わたしは逆らえないわ。あなたに仕えるんだもの」
「…ぜんぜんわかんない」
「わかるでしょ」
「わかんないって!」
「あなたが言ったじゃない。くノ一は…忍者は『下』だって」
「それは…」
「殿様はいなくても、仕える人はいるの」
「それって…」
「そう、あなた。秘密を知られた人に生涯仕える。それがくノ一の掟」
「……」
「理解できた? イエス、ノー?」
「…い…」
「い?」
「いいのかよ…」
「はい?」
「だから俺の…その…」
「あなたこそいい?」
「えっ?」
「わたしなんかが…そばにいて…」
「そっ、そんなの…」
「……」
「…お…」
「お?」
「…オーケー?」
「……」
「そんな目で見んなよ! オーケーだって! いいんだって!」
「無理しなくていいのよ」
「無理なんてしてねえって! だって…委員長は『なんか』じゃないから!」
「くノ一だからってこと?」
「じゃなくて…」
「じゃなくて?」
「おれ…委員長のこと…」
「……」
「委員長の…こと…」
「あっ」
「えっ?」
「忘れてたわ」
「は?」
「秘密を人にもらしたら、そのときこそ本当の意味で口封じだから」
「本当の意味でって…」
「あっちのほうの」
「う…! それってつまり残虐系の…」
「だから…そばにいるの」
「えっ」
「秘密をもらされないよう…一生」
「一生…」
「うん」
「それって…つまり…」
「カン違いしないで」
「えっ」
「わたしはあくまでくノ一。だからあなたはわたしの…」

「ご主人様なんだから」

ワタシはくノ一

ワタシはくノ一

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-09

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