黒い絵
書道の先生は近所のお寺の住職を兼ねている。親父ギャグを織り交ぜた冗談交じりの先生の授業は、ソレなりに人気があった。
或る日、先生はたまたま美術室の前を通り掛かった。美術室の扉は開いており、その絵が美術室の奥に在ったらしい。黒い絵の具でキャンバス一面を塗り潰し、更にその上から執拗な迄に黒いパステルを重ねたその漆黒の絵は、誰がイツ描いたのか知る者はおらず、何故、美術室に在るのかも判らない。
その絵を眼に留めた先生はソレ迄、愉しげに話し込んでいた周りの生徒達を無視すると、急に黙り込んだ。すると何も訊かずズカズカと美術室の奥迄入り、その絵の正面に立つと真顔になり暫く凝視した後、読経を始めた。たまたま居合わせた友達によると、イツにない先生の真剣な表情や態度にただならぬ雰囲気を感じ、身構えたと云う。読経を終えた先生は、酷く疲れた様子で、周りで見守る友達や他の生徒に、手に余るようなら寺へ奉納しなさいとだけ云い残すと、その場を足早に離れた。
ソレ以来、今迄同様に絵の事は誰も気にしなくなったし、話題にも上らなくなった。ただその絵と対面した際の先生の異様な迄に緊張した態度と真剣な眼差しが語り草となり、たまに面白可笑しくみんなに伝えられるだけであった。
そんな噂も行き渡り、誰もが口にしなくなった三週間程過ぎた頃、突然の訃報が舞い込んだ。何でも例の絵の一件以来、塞ぎ込み気味に見えた先生が脳溢血だか心筋梗塞だかで、昨晩急死したのだソウだ。前日迄、普段と変らない様に見えた先生は自宅で、黒い絵が……とだけ言い残し、意識を失われ、その儘、回復する事無く亡くなられたらしい。
行き場を無くした今となっては禍々しいその黒い絵は、先生が読経した後、ドウなったか知る者はおらず、恐らく今もヒッソリと美術室のドコかにある筈だ。
黒い絵