騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第七章 卵の実戦と国を守る者たち

第七話の七章です。
引き続き「VSオズマンド」です。
デタラメな数魔法を使うラコフとエリルたちの戦い。
そしてオズマンド序列上位のメンバーと国王軍が街のあちこちでぶつかります。

第七章 卵の実戦と国を守る者たち

「待て待て待て! 立場上、俺らは学院で待機だ! いざって時に生徒を守るのも仕事だぞ!」
「この壁は水害用の防御魔法……ってことは装置が街の中にあるはず。たぶん護衛がいるからライラック、お前も来い。」
「話聞いてるか!?」
 面倒な連中が動いてはいるが今の私は教師。国の大事は鍛え上げた軍に任せて、騒がしくも充実した教師の仕事をまた一週間始めるぞと思って朝のランニング終わりに伸びをしたら空を水が覆った。でもってオズマンドの連中が顔を出し、わが国の要人をさらったとぬかし……それを見た私のクラスの生徒が学院を飛び出すや否やどっかに消えた。
 オズマンドは私が――私たちが思ってたよりも格上の組織で、そこに『世界の悪』お手製の凶悪なアイテムが加わって、連中は驚異的な力を得た。
これとは関係ないが《フェブラリ》が腕を食われたってのがあったばっかだからか、クォーツ家の守護者である《エイプリル》が負けたのかと……もしもあの映像単体だけだったら、そんな風に思っていたかもしれない。
 だが実際は……連中がさらったと言った人物の妹が外に飛び出し、それと同時にどっかに消えたことからして、おそらくあの映像は妹――エリル・クォーツを狙ったモノだ。
「軍人としてじゃなく教師として、私の生徒が消えたことに連中が関わってる可能性が大きい以上は生徒の為に動かないとな。お前が言った通り、生徒を守るのも仕事だ。」
「いやいや、じゃあなんで生徒探しに行くお前があの壁を壊そうとしてんだよ。」
「どこにいるかわからないんだから連中に聞くしかないだろ? 装置の護衛に会いに行くのが手っ取り早い。」
「それそのまま連中が潰れるまでやり合うパターンだろ! 半分以上国王軍の仕事してんじゃねぇか!」
「良いのではないか?」
 クォーツたちが消えた正門の前でライラックとやりあってると、ひげの長い爺さんがパッと現れた。
「どわ、学院長!?」
 毎年恒例、交流戦後の各校の校長の集まりから戻ってきて……私が部屋を物色したことを軽く見抜いて私が学生の頃にやったあれこれを生徒に教えてしまうぞとニンマリ笑った学院長が、今も同じような笑顔で私とライラックの肩を叩く。
「この事態、アドニス先生に学院を守ってもらう事は心強いが、国王軍もアドニス元教官の力を欲しておるじゃろう。学院は儂に任せて二人は加勢に行くのじゃ。」
「げぇっ、俺もっすか!?」
「たまには暴れてくるとよい。えぇっと……『無敗』のライラック・ジェダイト。」
「それ、馬鹿にされてるみたいで嫌いなんすけど……」
「二つ名は選べぬモノじゃ。さぁ行った行った。」
「そうだぞ『無敗』。学院長からの正式な命令だ、教師は従わないとダメだぞ。」
「てめぇ――んお!?」
 相手の戦力がイマイチわからない今、ぶっちゃけそこそこ頼りになるライラックが嫌な顔をすると街の方で爆発が起きた。
「早速なんかやってんな。行くぞライラ――『無敗』。」
「言い直すな!」



「今の爆発は……」
「あの火力はこちらのナンバーセブンのモノだろう。しかしよそ見とは余裕だな。一度勝った相手には興味ないと?」
 多くの騎士が市民避難の為に動いており、その一人として街にやってきた桃色の髪の女騎士は、妙にカッチリとした服装の男と相対していた。
「……その左目、つけなおしたのですね。ツァラトゥストラというのは随分と無理のきく生体部品のようで。」
「これは一度私のモノとなったからな。他人への譲渡は無理だが、私がもう一度身につける分には問題ない。そちらの十二騎士が消滅する前にこれの時間を止めておいてくれたおかげだ。」
「そうですか。それで……一時間後と指定しておきながら街中で暴れているそちらの目的は? 市民を襲う事ですか? それともコソ泥ですか?」
「答えるとでも? ま、少なくともそちらと戦う事は目的ではない。仕事をする上で邪魔だから片付ける――であればこれ以上の会話は必要ないだろうっ!」
 言い終わると同時に男の左目から放たれる赤い光線。先日の戦闘で見ている為、女騎士にはそういう攻撃が来るという予想と警戒があった。だが彼女は一つ、予想外の事に慌てながらそれをかわした。
「今のは……」
「のんびり考える暇はないぞ!」
 光線をかわした女騎士の目の前にいつの間にか迫っていた男が繰り出したサーベルを甲冑の籠手で受け、風による移動で距離をとる女騎士。
「……!」
「どうした? 何を驚いている!」
 一歩踏み込み、そのまま駆けてくるかと思われた男が位置魔法のような速度で自身の背後にまわったのを見て、女騎士――オリアナ・エーデルワイスは確信した。男――プレウロメが先日よりも強くなっていることを。
「っらぁっ!!」
 横なぎに走ったサーベルは途中からその速度を極端に上げて真っすぐにオリアナの首へ向かったが、その奇妙な動きを風――空気の動きから読み取ったオリアナはその一撃をかわしてプレウロメの腹部に攻撃を加え――ようとしたが、先の戦闘における左目の独立した動きを思い出し、オリアナは素直に距離を取った。

 先日の戦闘の後、オリアナはその戦いを観ていたフィリウスに更なる精進の為のアドバイスをもらいに行き、その際フィリウスからツァラトゥストラの妙な特性を聞いていた。
 強化魔法でも筋肉を増強するでもないのに身体能力を向上させるという不思議な現象。その動きをするのに必要な筋肉を持っていないのにも関わらずそれを実現している異常。まるで誰かに身体を糸で引っ張られているかのような動き――それが『眼球』の固有の能力かはわからないが、プレウロメはそういう動きをしていたという。

「しかし先ほどからの速度は……それにあの光線も……」
「独り言とは戦闘中にのんきなもの――だっ!」
 放たれる赤い光線。先ほどよりも威力と範囲の増した一撃を、田舎者の青年がよくやる風による緊急離脱のような勢いでかわしたオリアナは、プレウロメを囲むように数本の竜巻を発生させる。暴風の中、しかしプレウロメは悠然と立ち、コキッと首を鳴らして――
「――らぁぁあっ!!」
 その場でぐるりと回りながら光線を放った。その赤い光は竜巻をかき消すと共に周囲の建物に黒々とした傷跡を刻み、崩していった。
「――っ……」
そんな光景を苦い顔で見つつ、オリアナはそうして攻撃をした直後のプレウロメの死角――真上からランスを構えて急降下した。速度は充分、タイミングも完璧、この一撃で終わらせるという決意でしかけたオリアナだったが、その視界から突如プレウロメが消えた。
「な――」
 空気の動きを読み、プレウロメの移動先に視線を移した瞬間――
「終わりだぁっ!!」
 赤い光が包み込み、一瞬の高熱の後、光線のエネルギーが爆発。オリアナは空中から落下し、地面へと叩きつけられた。
「しょせんはスローン――中級騎士ってところか。リーダーの加護を受けている私たちには十二騎士ですら敵ではないだろうからな。下っ端はお呼びじゃなかったのだ。さて……」
 ぐるりと周囲を見回し、とある建物で目を止めたプレウロメはポケットから取り出した紙切れとその建物を交互に眺め、こくんと頷いて歩き始めた。
 だが――
「そういう……ことですか……」
 背後から聞こえて来た声に足を止めたプレウロメは、振り向くと同時に光線を放つ。その一撃は狙い正確に、立ち上がったオリアナに直撃――したのだが、何故か光線は彼女をすり抜けて後ろの建物を破壊した。
「なにっ!?」
「できれば本当にくらってしまう前に演技か何かで今の一言を引き出せれば良かったのですがね……相手を油断させて勝った気にさせるというのはなかなか難しいですよ、フィリウス殿。」
 後半、ここにいない人物に向けての言葉を呟きながら、オリアナは困惑顔のプレウロメの方へと歩き出す。
「先日と明らかに異なる点。それは光線の威力と移動速度。大きな威力を放つにはマナのチャージが必要だったはずのその光線が、今日はほとんどタメ無しで高威力を発揮しています。更には尋常ではない移動速度……単純なパワーアップかと思いましたが……なるほど、時間魔法でしたか。」
「――!」
「専門ではないのでどういう仕組みかわかりませんが、あなたはアネウロの手によって……自身の時間を加速させることができるようになっているようですね。」
「――よくわかったな。ほめてや――るぁっ!!」
 人を丸々飲み込む太さの光線が放たれる。それは再びオリアナを包み込むが、しかし今度も爆発せずに素通りし、後ろの瓦礫を更に破壊した。
「だ――てめ――一体何を!」
「マナをためるのに必要な時間や自分が移動する際にかかる時間を加速――いえ、飛ばすことで高威力の光線と凄まじい速度を可能にしている……おそらくは連発するとオーバーヒートしていたその左目も、冷却時間を飛ばすことで解決するのでしょうね。」
「――うらぁぁあああっ!!」
 解説を続けるオリアナへ向けて走るプレウロメ。自身の時間を加速させ、超速で迫っての斬撃を繰り出すが、サーベルは一切の抵抗なくオリアナの身体をすり抜けた。
「……仮にあなたが十二騎士クラスなら、私が何をしているかはすぐにわかるはずです。」
 直後プレウロメの服が腹部の辺りでぐるりとねじれ、そのねじれに合わせるかのように急速回転しながらプレウロメが吹き飛ぶ。
「だあああああっ!?!?」
 叫び声をぐるぐる反響をさせながら、プレウロメはガレキの中へと突っ込んだ。
「手の平に竜巻を作って相手に撃ち込むというこの技、回転による酔いは敵を無力化するには最適かもしれませんね。さすがフィリウス殿の弟子、サードニクスさんの技です。」
 手の平をグーパーしている、あらゆる攻撃がすり抜けたオリアナがゆらりと消えると、そこから少し離れた場所に同じようにグーパーしているオリアナが現れた。
「しかし……手のひらサイズに収めるのはなかなか集中力がいりますね……サードニクスさんほどの精密な回転ができれば簡単なのでしょうが……ん?」
 この一撃で決めたつもりでいたオリアナはガレキから立ち上がったプレウロメを見て少し驚いたが、すぐにキリッとした顔になる。
「……なるほど、回転による酔いも自身の時間を高速で飛ばすことで覚ましたわけですか……」
「……そちらは……ふん、屈折か……光使いの領分だと思っていたが、風使いもできるわけか。しかし甘いな……今の攻撃、ランスで私を突き刺しておけば終わったものを。」
「……やむを得ない場合を除き、基本的には捕えて牢屋に入れるというのが私のスタンスです。しっかりと裁かれ、罪を償って欲しいですからね。」
「ぬるいことを……それに、罪を犯しているのは今の国政の方だろうに。」
「ああ……生憎、私はそちらの思想には興味がありません。」
「は、他の考えを認めないと? 傲慢だな。」
「場合によりけりです。少なくともこの場合は議論の余地がありません。何故なら――」
 マントを揺らし、ランスを構えたオリアナは決意の表情で告げる。
「私の心、その最奥の正義に――そちらは反しているのですから。」
「……まぁ、はなから説得するつもりもないがな。」
「これ以上の会話は必要ないと言ったのもそちらですしね。」
「てめ――」
「ああ、それともう一つ。」
 真面目な顔で、冗談の気配のしない真剣な口調でオリアナはこう言った。
「あなた程度では十二騎士の足元にも及ばない。下っ端の私で充分です。」



「ここで二軒目……次はあっちですね。」
 騒然とする街の中、ほとんどの住民が避難していなくなっているのだが、高そうな服を着ている人物と、国王軍の軍服を着ていない数人の騎士が倒れているとある家の中から奇怪な帽子をかぶった青年が出て来た。
「きさ……ま……あぁあああぁっ!」
 その中、ふらふらと立ち上がった一人の騎士が帽子の青年へと駆け出すが――
「はい、お疲れー。」
 突如騎士は走る先を変えて街の街灯に顔面から激突し、そのまま倒れた。
「いやぁ、さすがアネウロさんだなぁ……モノの在り処の情報が正確だ。ガルドみたいにコンピューターが普及してないとぼくのハッキングは意味ないし……やっぱり情報収集の基本は自分の足で時間をかけてって事なのかもね。」
 帽子の青年が独り言を呟きながら次の目的地へと歩き出した瞬間、青年は見えない何かにぶつかった。
「うわっ!?」
 壁……というほど硬くはなく、むしろ柔らかな感触に驚いた青年が一歩後ろにさがると、何も無かったその場所に一人の女性が現れた。
「いきなりお姉さんの胸に顔をうずめるなんて、えっちな坊やねん。」
 相当なナイスバディを色々と際どい真っ赤なドレスに包んだ、これまた真っ赤な髪の妖艶な女性の出現に、しかし帽子の青年は警戒の表情になって更に後ろにさがった。
「サルビア・スプレンデス……」
「そういうあなたは……その変な帽子はゾステロねん? こんなところで何をしていたのかしらん? なんだかあっちこっちでそっちの下っ端を見かけるけど――」
 横目で街灯の傍で倒れている騎士と、今ゾステロが出て来た家を見たサルビアは、「ああ」と納得のいった顔になる。
「ふぅん、つまりは一時間の理由がこれってわけねん。火事場泥棒だなんて、テロリストっぽくないわねん。」
「らしさを追求するテロリストなんていませんからね。そちらこそ、《オウガスト》の『ムーンナイツ』の一人がこんなところをお散歩ですか?」
「その《オウガスト》からの指示よん。街中をオズマンドの序列上位のメンバーがウロウロしてるだろうから倒してこいってねん。ま、要するに泥棒をとっ捕まえろって意味だったわけねん。」
「正式な任務で……その恰好とは。国王軍はいつから娼館になったのやら。」
「武器を持たない魔法メインのスタイルなら、布地の面積はこういう風になると思うわよん? 男なら野性的に、女なら色っぽくなって当然よねん。」
 深いスリットから脚を出し、開けた胸元をクイッとあげるサルビアに、おそらく年齢的には田舎者の青年とそれほど離れていないであろうゾステロはバツの悪そうな顔をする。
「そっちも武器っぽいのは持ってないみたいだけどん、あなたは途中で脱ぐタイプかしらん?」
「……必要が、ないのでっ!」
 ガンマンの早撃ちのようにゾステロが右手を前に突き出すと、その手の平から電撃が走った。電流故に相当な速度だったが、サルビアはぬるりと少しだけ横に移動してそれを回避し、同時に人差し指と中指だけをピンと伸ばした右手を剣のように横に振るった。
「――っ!?」
 何かに感づいて帽子を押さえながらその場でしゃがんだゾステロの背後で、いくつかの街灯が切断されて倒れていった。
「あらん? お姉さんの魔法って込める魔力が少ないから気づかれにくいんだけどねん。それもツァラトゥストラ由来の魔法感覚なのかしらん?」
 街灯の切断面を見て苦い顔をするゾステロは帽子をなおしながら立ち上がる。
「……『エアカッター』……『鮮血』の二つ名は伊達ではないようだ。」
 小さい子供が見よう見まねでするような構えをして、ゾステロは一人解説を続ける。
「強風や空気圧などに続く第八系統における攻撃手段の一つ。刃を形作るという行為で言えば光や水でも同様の魔法がありますが風は別格。何せ風ですから視認できませんし、材料となる空気はそこら中にありますからね。武器を一切持たないというのに相手を無数の刃で切り刻み、血に染める――あなたの二つ名の所以ですよね。」
「ちょっと悪者っぽいのが残念だけどねん。でもきっとこの髪の色に合わせたんでしょうから、折角ならって事で服も赤にしてみたのよん。勿論下着もねん。」
「いらぬ情報ですね。」
「あらん、興味あるかと思って。それと一応言っておくと、お姉さん『エアカッター』っていう呼び名は使わないのん。」
 腰に手を当てモデルのようなポーズを決めながらサルビアがあいている方の手を下へ鋭く振ると、地面に綺麗な切れ込みが入った。
「桜の国で使われる呼び方でねん、お姉さんはこれを『カマイタチ』って呼んでるのよん。」
「カマ……イタチ……」
「そ。鎌とか太刀とか、切れ味ありそうでしょ?」
 方やモデル立ち、方やまったくなっていない素人丸出しの構え。それぞれが一応の戦闘態勢になった状態で数秒にらみ合う。
「……コインでも投げた方がいいかしらん?」
「いえ、必要ありま――せん!」
 そう言いながらゾステロが両手をあげると、十本の指それぞれの先から糸のような、だが確かな電流が走った。それは瞬く間に編み込まれていき、最終的には漁業でもするかのような巨大な網となった。
「あらん、器用なことするのねん。」
「はっ!」
 掛け声と共にその場から動かずともサルビアまで届くほどの大きさの網を振り下ろすゾステロだが、お世辞にも速いとは言えないその攻撃は風に吹かれるように後ろにさがったサルビアには触れる事無く地面を覆う。だが――
「!」
 地面に触れるや否や網から全方向へと電流が走り、電気の網はゾステロを中心に数十メートルの範囲の地面を瞬く間に覆ってしまった。
「残念ながらこれは設置するタイプの魔法でしてね。」
「へぇ、すごいの――あらん?」
 地面に走った電流を避けるために風で宙に浮いていたサルビアは手近な建物の上に着地しようとしたが、電気の網は地面のみならず、地形に沿って周囲の何もかもの上に広がっていった。
「あらあら……」
「地面も建物も、時間経過と共に範囲を広げてぼくの網は覆って行きますからね。いつまでも飛んでいられるわけはないでしょうから……ぼくを倒すのなら急がないといけませんね。」
「本当に器用ねん。第二系統の魔法って言ったら速さと激しさが売りみたいに思ってたけど……そういえばあなたはガルド出身だったわねん。科学を動かす為の、攻撃としてではない電気の使い方は手慣れたモノって感じかしらん? それとも、これこそがツァラトゥストラの能力って事なのかしらん?」
「両方、ですね!」
 ゾステロがくいっと指を動かすと、サルビアの下にある電気の網から空へ向かって雷が放たれた。風を操作して回避するが移動した先でも同様の雷が走り、サルビアは逃げ場のない空中で無数の――空へ向かって落ちる雷の雨にさらされた。
「さすが第八系統の使い手。雷の熱によって動く空気で攻撃の軌道を先読みしているのですね? よく回避していますが……それはいつまでもつのでしょうね。」
 雷鳴轟く空でその全てをかわしているサルビアに対し、ゾステロは――まるでその攻撃が全自動であるかのように、リラックスした表情で自分の手の平を眺めながら独り言を始めた。
「あなたが言ったように、元々電気の細かい操作は得意でした。しかしこれ――ツァラトゥストラによってそれは更に高い次元の技術になりましたね。ぼくが身につけたツァラトゥストラは両腕の『神経』なんですよ。」
 細かい無数の枝のような光が内側から光る自分の腕を見てニンマリとするゾステロ。
「ミクロン単位で指が動きますし、機械のような精度で動作が制御できるんです。ツァラトゥストラというのは魔法を使用するのに特化した外製の肉体部品ですからね。ただでさえ魔法の負荷などが激減して強力な魔法が使えるというのに、この『神経』は精密さまでも与えてくれるんです。電気の糸で網を編むなんて朝飯前ですよね。」
「それは――残念なことを、したわねん。」
 一人楽しそうな顔をしているゾステロに、猛攻をかわしながらサルビアがそんなことを言った。
「……どういう意味ですかね。」
「その腕――で、何ができるんだろうってわくわくしてるみたいだけど――知ってるかしらん? 桜の国では『カマイタチ』って――」
 眺めていた腕をおろして空中で踊るサルビアを睨みつけたその時、ゾステロは妙な感覚を覚えた。急に身体が軽くなったような、突然抱えていた荷物が消えてしまったような感覚を。
「……?」
 なんだ今のはという顔でふと下を見たゾステロは、足元に転がる二本の人間の腕を見た。
「……え……?」
 反射的に自分の腕を動かす。するとさっきまであった部分――肘から先の部分がなくなっており、何故か自分の腕がそこで途切れていた。
「え……これ……ぼくの腕……ぼくの……っ!?!?」
 次の瞬間、初めからそうであったかのように静かだった断面から鮮血がふき出し始めた。
「ああああああああっ! ぐ――がああああっ!!」
 真っ赤な噴水の中で踊るゾステロを見下ろしてサルビアが呟く。

「――斬られた事に気づかないらしいわよん。」

「あああああ――はああああっ、がぁ、い、一体いつ――」
「あなたが網を作ろうとバンザイした時よん。勿論、最初の一発よりも魔力をうすーくしてねん。」
「ぬぁ――ど、どうりで気づかな――し、しかしず、随分と時間差で――あぁぁああっ! ま、まったく――正義の、騎士が! 残酷な事ですねっ!!」
「……へぇ、頑張るわねん。さすが男の子。」
 相当な激痛を感じているはずだが、ゾステロの電気の網は消えることなく広がり続けていた。
「魔法が解除されないのもそうだけど、今の軽口――普通出ないわよん、そんなセリフ。もしかしてその腕……治るのかしらん?」
 言動そのままに余裕のある表情をしていたサルビアの顔が少し真剣なモノになる。対してゾステロは、痛みにもだえながらもニヤリと笑った。
「ラコフさんほどではありません――がねっ……切断程度ならば――」
 ゾステロが鮮血の噴き出す二つの切り株を左右に伸ばすと、切断面から電流が走って落ちている腕の断面とつながる。そして糸を巻くようにして引き寄せられる二本の腕はそれぞれの元あった場所へと戻った。
「誰でも使用できるツァラトゥストラですが、移植されるそれらに肉体的な相性があるのは当然のことですよね。」
 周囲に広がる鮮血をよそに、何事もなかったかのように左右の手をグーパーするゾステロ。
「その昔、もしかすると騎士側からはツァラトゥストラの所有者が全員「強く」なったように見えていたのかもしれませんがね。実のところ、一部の相性抜群だった悪党は「すごく強く」なっていたんですよ。今の、ぼくのような感じでね。」
「それは確かに初耳かもしれないわねん。」
「ふふ、こんな事なら首を切り落としておけば――とか思っていますか?」
「そうねん……あなたは腕だけ魔法の流れが変だったから、オリアナみたいに何とかそれだけ摘出できないかしらんって思ったのだけど。」
「ははは、首を落とす事を肯定とはね。やはり正義の騎士らしく――いえ、その美しい容姿にも合わないようだ。」
「そりゃあそうよん。『鮮血』っていう二つ名がついた頃のお姉さんはこの容姿じゃなかったもの。」
「……?」
「さてと、それじゃあお互いになんとなく手の内がわかったところで続きを始めましょ? あなたもお姉さんも、まだまだ仕事があるのだからねん。」
「……どちらかの仕事は――いえ、あなたの仕事は遂行できなくなるでしょうけどね。さっきは油断していましたが、ツァラトゥストラによる魔法の感度を最大限に引き上げましたからあなたの『カマイタチ』を見落とす事はもうありません。あとはあなたが魔法切れで電気の網に落ちるのを待つか、電撃で撃ち落とすかの二択です。」
「それはまた……随分と甘く見られたものねん。」
 電気で光る地面に照らされながら宙に浮かぶサルビアが右手を横に伸ばす。するとその腕の直線状にあった建物が真っ二つに切断された。
「な……」
 本来であれば見えないであろうそれが、魔法感覚の強化されたゾステロには見えていた。
 サルビアの腕の横に浮いている、巨大な鎌のような刃が。
「ところで再生能力なんて上位の魔法生物の基本能力よん? そういうのを相手にするのがお姉さんの仕事なのに、その程度でニンマリされちゃ困っちゃうわねん。」
 左腕にも同様のモノを出現させ、二振りの巨大な刃を交差させたサルビアは笑っていない笑顔をゾステロに向けた。
「あなた、国王軍を舐めすぎよん。」



「下級騎士ドルムに中級騎士スローン。これだけの人数相手に余裕で勝てるとはなぁ。ほんの一か所移植するだけでこれなんだから、そりゃあ悪党に人気の一品だったろうさ。」
 本来そこにはないはずのクレーターが無数に出来上がっている街のとある一角。国王軍の軍服を着た大勢の騎士が横たわる中で一人たたずむボロボロの道着を着た男が、あちこちから響いてくる戦闘音にニンマリとしていた。
「結構役目は果たせてると思うが、他の連中はうまくやってんのかね。一応メモはもらってるし、オレも一つ二つやって――」
 何かを探してキョロキョロしながらそんなことを呟いていた男はふと気配に気づいて首を動かすのを止める。
「……ああ、まぁ、そうか。ヒエニアの支配から解放されたばっかでまだまだ本調子じゃないはずだが……それでもあんたなら前線に来るよな。」
 男が振り返った先、クレーターの淵に立っているのは首から下を銀色の甲冑で覆った一人の騎士。元気いっぱいとは言い難い表情ながらも凄まじい気迫を放つ金髪の男を前に、道着の男は再びニンマリと笑う。
「あの女の事だから肉体の限界を超えるような操られ方してたんだろ? ここまで来れただけですごいんじゃねぇのか?」
「……大したことではない。」
「その顔でまぁ……この前は負けちまったから今回はと言いてぇとこだが前回と比べるとあまりにハンデがありすぎるな。そっちはお疲れ状態でオレはこの前使わなかったモノが使える。こんなんで勝ってもあんまり嬉しくない。」
「そちらがどう思おうと関係ない。私は騎士でそちらは敵。それに、先の戦闘でお前をしっかりと戦闘不能にしておけばここにいる騎士たちの無念は無かった。お前を倒すのは私の責任だ。」
「妙な責任感は結構だが、そんなんでオレとやろうって?」
 道着の男――ドレパノがそう言うと、特に何かが起きたようには見えないのだが騎士――アクロライトの表情が厳しくなった。
「……一瞬でマナを……いや、これは……時間魔法……?」
「へぇ、そこまでわかるのはさすがだが……どうしようもねぇだろ?」
 雑な籠手のついたドレパノの両腕を巨大な紫色のオーラが覆う。
「オレのツァラトゥストラは『肺』。少量のマナで大量の魔力を得るってのはこの前話したが、実のところそれは『肺』以外にもある程度は備わってる能力でな。ぞれじゃあ『肺』固有の力はなんだっつーとこれなわけだ。つまり、周囲のマナを根こそぎ奪う。」
「……皆にはイメロがあるはずだが……」
「イメロから出たのも吸い込める。どんだけ頑張ってマナを作ってもオレの一呼吸で空っぽってわけだ。魔法が使えない騎士と魔法が使えるオレ――ほれ、随分なハンデだろ?」
「なるほど……しかしそれはハンデとは言わない。」
「なに?」
 満身創痍の一歩手前のような表情で構えたアクロライトは、手にした剣に光を宿す。
「これはただの逆境。守る者たる騎士にとっては珍しい事ではない。」
「カッコいいこと言ってるが……これだぞ?」
 ドレパノがそう言うと、アクロライトの剣の光が消えた。
「光のイメロで光のマナを作ってんだろうが、ちょっと吸うだけであっという間に魔法が維持できなくなる。これでもただの逆境だと?」
「そうだ。」
「強がりを――いつまでっ!!」
 両者の距離を一瞬でつめ、ドレパノが拳を放つ。それをアクロライトは――妙な受け方をした。本来であれば剣でいなすなり籠手の部分で防ぐなりするのだろうが、アクロライトはドレパノの拳を――肩で受けた。
 ドレパノの、おそらく闇魔法である重力の力が加わった拳を受けたのだから相当な衝撃のはずなのだが、どういうわけかアクロライトはそこから一ミリたりとも動かなかった。
「!? なんだこ――」
「『マガンサ』っ!」
 攻撃を肩で受けるという奇妙な防御になった理由――半身が前に出ることになる構えをとっていたアクロライトが、光り輝く剣による「突き」を放つ。それはまるで光線のようにドレパノを押し戻し、ガレキの中へと叩き込んだ。
「……本来であれば腹部を貫くはずなのだが……重力魔法で防御したか。しかしそれも異常な反応――いや、魔法の発動速度。時間魔法の気配はするが、一体どういう……」
「それはこっちのセリフだっ!」
 気がつくとガレキの外に出ているドレパノに驚くアクロライト。
「……自身の時間経過を加速しているのか……」
「そんな事よりもどういう事だ! なんで今魔法が――そんな量のマナはなかったはずだ!」
「敵に教える義理はないが……一つ言うのなら、お前よりも凶悪に周囲のマナを食い尽くしてくる魔法生物はごまんといる。ここにいる、無念にも敗れてしまった未来の偉大な騎士たちにはまだ無いかもしれないが、私にはそういうのを相手にした経験がある。故に対策もある――それだけの事だ。」
「――! へ、対策ね……面白れぇ、ちょっとはまともな勝負になりそうだな……はぁっ!!」
 ドレパノが両腕を空へと掲げると、小さめの建物であれば飲み込んでしまうであろう大きさの紫色の球体が出現した。
「『グラビティボール』っ!!」
 技名を叫ぶと共にそれをアクロライトへ投げつける。自身に迫る強大な紫色の魔力を前に魔法による光の灯らない素の剣を構えたアクロライトだが、それを一閃するとまるで風船がしぼむかのように小さくなりながら『グラビティボール』はアクロライトの剣へと吸い込まれていった。
 そして完全に消えるや否や、アクロライトの剣は光輝き――
「『グース』っ!」
 再び一閃。光の軌跡から放たれた無数の光線がそれぞれの軌道で全方向からドレパノに迫る。
「オレの魔法をそっくり光魔法に変えるとは――っ!」
 両腕を勢いよく振り下ろすドレパノ。するとドレパノの周囲十メートルほどの範囲の空間に真っ黒な滝のような魔力が降り注ぎ、光線はドレパノの直前で直角に曲がって地面へと叩き落された。
「剣と鎧――どっちにもこっちの攻撃を吸い込んで光魔法に変換する能力があるらしいな……しかしそうなると前回の戦いでオレがあんたをふっ飛ばせたのは何故なのかって疑問に至るわけだが……は、色々と制限がありそうだな。しかし――」
 ニヤリと笑うドレパノは、剣を二度振るっただけでその剣を杖代わりに身体を支えているアクロライトを見た。
「あと何度剣を振れる? そのボロボロの身体は一体いつまでもつんだろうなぁ?」
「愚問だな……」
 すぅっと息を吸って再び剣を構えなおしたアクロライトは疲れの見える、しかし危機をまるで感じさせない表情で宣言する。
「お前を――お前たちを倒すまで、私の身体が横たわる事はない。」



「――ったく、あの女! 雷使いのダッシュに土使いがついてけるわけねぇだろうが!」
 多くの騎士がオズマンドとの戦闘を行う中、加勢の為にセイリオス学院から出撃した二人の教師だったが、その内の一人が一人だけで街中を走っていた。
「ああ……見かけた敵に雷落としながら走ってく災害みたいな後ろ姿は遥か彼方だな……ふぅ……」
 立ち止まり、息を整えるのは戦場に合わないシャツとネクタイとスラックスを身につけた金髪の男。あちらこちらから響く魔法の炸裂音と立ち込める粉塵に顔をしかめながら何かを探してキョロキョロと周囲を見回す。
「……近くに強そうな気配がすんな……くそ、こういうのは久しぶりだぞ……教官――アドニスは俺のブランクを理解してんのか?」
 ぶつぶつ言いながら路地を歩き、少し大きな通りに男が出た瞬間、近くの地面から爆音と共に炎が噴き出した。

「お、また来ましたか。」

 爆発による砂煙がはれると、そこには大勢の国王軍の騎士が倒れる中で二本の槍をくるくる回している男がいた。
「明りに集まる虫みたいに入れ食い――あれ? 国王軍じゃな――」
「なんだその頭!?」
 出会いがしら、他にも色々と言うべき第一声があったはずなのだが、金髪の男の口から出たのはその一言だった。しかし金髪の男の反応も頷けるというモノで、槍を持った男は服装こそ特筆する点のない「普通」なのに対し、髪型だけが「異常」だった。
「失礼な奴ですね。誰なんです、あなたは。もしや私設の騎士団のメンバーか何かで?」
 目の前で何かが爆発し、その後竜巻に飛ばされでもしたかのような、全方位に尖った髪の一束一束がドリルのようにねじれている――そんな髪型をよくわからない芸術作品でも眺めるような顔で見ていた金髪の男は、辛うじて耳に入って来た質問に答える。
「あ、ああ……いや、俺は教員だ。」
「教員? ああ、セイリオスの。先生まで駆り出すとは、国王軍には余裕がないようですね。」
「そういうお前は――オズマンドの一員って事でいいんだよな? もしかしてあれか? ランキング上位の?」
「スフェノと言います。序列は七番目。あなたのお名前は?」
「ライラック――いやいや、なんで自己紹介が始まってんだよ。今から倒そうって奴を前に名乗る意味がねぇ。」
「ライラック……ライラック? どこかで聞いたような……というかあなた、オレを倒すつもりなんですか? ただの先生が?」
「バカにすんのはいいが、天下の『雷槍』だって今や新人教師だぞ?」
「あれは特殊なパターンでしょう。」
「まぁそうだが……別にオレが特殊じゃない根拠もないだろ? あんまり舐めてかかんない方が――あ、しまった。舐めてくれた方がこっちとしちゃ楽だったか……」
「妙に自信のある先生ですね。」
 そう言いながら槍を持った男――スフェノが両手の槍をくるりと回して地面に突き立てる。すると二人が立っている通りの左右にある建物がそれぞれ一つずつ爆発した。
「その辺に強くて安心の、この国の軍所属の騎士が転がっているでしょう。下級、中級、上級とフルコースに。つまりオレの強さはそれくらいという事ですが、それでも臆す事無くオレに挑めますか?」
「さぁな。見た感じ爆発が得意そうだが……もしもそれしかないのなら勝てるだろう。」
 軽い脅しを何とも思っていないという顔で受け、逆に挑発を返した金髪の男――ライラックにスフェノの表情が少し怖くなる。
「そうですか……では見せてもらいましょう。あなたの強さを。」
 言い終わると同時に二本の槍を引き抜き、そのままに宙に放り投げるスフェノ。瞬間、刃でない側――石突から炎が噴き出し、二本の槍は弾丸のようにライラックの方へと発射された。
「っと!」
 スマートとは言えない危なげな動作でそれらを回避したライラックだったが、槍を発射した時点では前方にいたはずのスフェノがいつの間にか背後におり、飛んできた槍をキャッチして――
「この程度ですか。」
 片方の槍でライラックを貫いた。
「これほどあっさりと刺せたのは、今日はあなたが初めてだ。だから――」
 そしてスフェノが槍をクイッとひねると、ライラックの腹部に突き刺さっている刃の部分が――起爆した。それは爆竹などの小さなモノではなく、先ほど建物を吹き飛ばした爆発と同等の威力。
ライラックの身体は爆散した。
「はは、せいぜい腕が吹っ飛ぶとかでしたけど、上半身丸々消し飛ぶなんてのも今日、あなたが初めてですよ。」
 本来上半身があった場所から黒煙を噴き出す下半身を、死に方としても殺し方としても残酷な光景をこれと言った感情もなく眺めるスフェノ。
「ん? でも全身吹っ飛ぶはずが下半身だけ残ったって事は……いかにも素人みたいな動きでしたけど、一応ダッシュの為に脚に強化魔法でもかけていたんですかね。」
 先ほどのライラックの回避を思い出して鼻で笑ったスフェノだったが、ふと何かに気づき、その鼻でクンクンと匂いを嗅いだ。
「……どういう事です……焼けた匂いがしない……? 全身消えてなくなったのならともかく下半身があるのに匂いがないのはどういう――」
 いつもと違う状況を訝しむスフェノの目の前、ライラックの残った下半身が――下半身だけでくるりとこっちを向いた。
「なっ!?!?」
 思わず後ろにとんだスフェノは、はれていく黒煙の中に消し飛んだはずの上半身のシルエットを見て目を丸くした。
「そんな……た、確かに手ごたえが……」
「だよなぁ。普通そういう反応なんだから、俺の二つ名は『不死身』とかであるべきだよな。」
 何事もなかったかのように煙の中から煙たそうに出て来たライラックは身体はもちろん、着ていた服も吹き飛ぶ前と同じままだった。
「あ、ちなみに強化魔法なんかかけてねぇぞ。ふっとばされると思ってふんばったから脚に力が入っただけだ。」
「! まさか時間魔法!? 予め自身の時間を巻き戻すような魔法を設置して――い、いや、それでも術者が死んだ時点で効果はなくなるはず……では形状魔法で再生――いやそれも――」
「大混乱だな。ほれ。」
 混乱して隙だらけのところに、先ほどの危なっかしい回避からは想像できないキレのある蹴りを放ち、ライラックはスフェノを蹴り飛ばした。見た感じにはボールを蹴るくらいの軽い一撃だったのだが、スフェノは十数メートルも吹っ飛んで自分が爆破した建物に突っ込んだ。
「がはっ!」
「知らないだろうが、そこは馴染みの服屋でな。俺がセイリオス学院に入る際に教員らしい服装ってのをコーディネートしてくれたんだ。以来、新しいシャツなんかはそこで買ってる。」
「――! 知り、ませんよっ!!」
 倒れた状態のスフェノがパンと地面を叩くとライラックの足元が爆発し、槍の起爆時よりも遥かに大きな火柱が立った。
 だが――
「でもってそっちは時計屋でな。得意な系統が第十二系統の時間魔法なのに騎士とかにはならないで時計技師になったおっちゃんがいるんだ。まぁ、むしろピッタリと言えなくもないが……センスが壊滅的でな。知り合いのお祝い用に腕時計を注文したら呪いの腕輪みたいなのをよこしやがったんだ。」
 爆散も欠損も、それどころか焼けも焦げもしないでライラックはその炎の中から出てきた。
「自分を倒すつもりなのかってさっき聞いてきたが、仮に強くなくても服屋の店主や時計屋のおっちゃんはお前を倒す為に走り出すだろうよ。」
「な、なんなんですかあなたは……耐熱魔法――じゃないですよね……根本的に何かが……」
「正直アドニスに連れてこられた感があったんだが……荒れた街を見て、色々ぶっ壊してるお前を見て……「ただの先生」も走り出そうと思ったわけだ、久しぶりに。」
 ストレッチのように腕を伸ばしたライラックの腕を、薄い金属の膜のようなモノが覆っていく。
「第五系統の土の魔法――いや、まさか…………ライラック……ライラック・ジェダイト!?」
「んん? その驚きも久しぶりだな。今じゃ大して驚く奴いねぇのに。」
「あのライラック・ジェダイトが……騎士学校の先生……? 五年の間に何が……」
「妙な言い方だな……まるで五年ほど山にこもってたみてぇに。」
「……訂正しましょう。あなたは「ただの先生」ではない。今日一番の強敵です。」
 立ち上がり、真剣な顔で槍を構えたスフェノは全身に熱を帯びながら、半分独り言のように呟いた。
「……こんなところで『自己蘇生』に出会うとは……」



 脳筋、ゴリ押し、力任せ。戦い方はアレキサンダーのそれだけど、素手で殴りに来る分、こいつの方が原始的っていうか野性的っていうか……今までの動きからすると体術も最低限みたいだし……
 ……なんかツァラトゥストラの力で魔法の能力が上がってるのも含めると、人間じゃなくてゴリラ型の魔法生物を相手にしてるって考えた方がいいんじゃないかしら……
「ふん、嫌いじゃねぇが攻めが単調だ!」
 こっちのパワー馬鹿のアレキサンダーがバトルアックスを構えて突撃してくるのを拳を構えて待ち受けるラコフ。腕の届く範囲に入ると同時に桁外れなパワーを持つ黒い拳で殴りかかったけど……たぶん、ラコフからしたらアレキサンダーがいきなり視界の外に消えた。
「じゃあこれはどうだっ!!」
 真っすぐにラコフに向かって走ってたはずのアレキサンダーは円を描くように出現した氷の上を滑ってラコフの横にまわり、遠心力を加えながら再度のフルスイング。加えて――
「『ヒートボム』!」
「ぬおっ!?」
 アレキサンダーのバトルアックスにタイミングを合わせて爆発するアンジュの『ヒートボム』。相変わらずの金属音だけどラコフの身体が浮く。
「お姫様!!」
 足が地面から離れたラコフに更なる『ヒートボム』を放ち、アンジュがラコフの浮いた身体の向きをぐるりと調節する。
「はああぁっ!!」
 そこにあたしが爆発で加速したパンチをラコフのあごに叩き込む。岩か何かを殴ってるみたいな感覚だったけどきっちり殴りぬき、ラコフはバク転を失敗した人みたいにぐるぐる回って地面に頭から突っ込んだ。
「『アイスブレット』!」
 間髪入れず、氷の槍を銃弾みたいな速度で伸ばして相手を貫く技を放つローゼル。交流祭の時はそれで相手の体内に水を仕掛けて内側から凍らせるっていう拷問みたいなことをしてたけど……
「おぉっとぉっ!」
 ……! 一瞬前まで地面から生えてたラコフがいつの間にか立ち上がっててローゼルの『アイスブレット』をガシッと掴んだ。
「ふん、やはり硬いな。そこらの金属を軽く超え――」
 ローゼルの氷の硬さを解説するラコフだったけど、その手に掴んでた氷の槍は一瞬で水になってラコフにバシャッとかかった。
「『フリージア』。」
 そしてその水を元にローゼルがラコフを凍らせる。本来は空気中の水分を相手の関節なんかに集中させて氷にし、動きを一時的に封じる技。だけどローゼルのトリアイナから伸びた氷の槍が変化してできた水をかぶって凍らされたって事は例の……ロ、ロイドからの愛で作れるようになったとかいう無敵の氷で関節だけじゃなく全身を氷漬けにしたってこと。それはたぶん金属で固められたようなモンで……あれ、というかこれで勝負あったんじゃ……
「……まぁ、水の量が足りないだろうな……」
 何でもない顔でローゼルがそう言うと、氷像と化してたラコフが氷を砕いて中から出てきた。
「ふん、なかなかだがもう一息だったな。」
 コキコキと首を鳴らすラコフ。まぁ、そんなあっさりと勝たせてはくれないわよね。
「ローゼルちゃん何してるの? 凍らせちゃったら腕を切れなくなるよ?」
「あの程度で完全に止められるとは思っていないさ。その時に数秒でも動きを止められそうかという実験だ。」


 その時。これはつまり、ラコフを倒す時という意味。
 ユーリからの通信モドキみたいのが終わったあと、一人戦いに参加してないから監督みたいになってるカラードがある作戦を提案した。

「誰の目にも明らかだが、あの男は本気を出していない。基本的に攻撃は受け身であるし、こちらの技を見物するかのように眺めている。ランク戦などで事前に知ったおれたちの力の実際のところを確かめるように。」

 オズマンドがどういう情報収集のルートを持ってるのか知らないけど、交流祭でしか見せてないロイドの吸血鬼としての技まで知ってたわけだから、たぶん今のあたしたちの実力をラコフは大体わかってる。

「なぜそんなことをしているかと言うと、それは自分でも言っていたようにあの男にとってこの戦いは待ち時間を潰す行為――暇潰しだからだ。料理でも楽しむように、あの男はおれたちとの戦いをじっくり味わうつもりなのだ。だからまだ本気は出さず、おれたちがいよいよ死に物狂いになったあたりで全力を出す予定なのだろう。」

 元々国王軍のセラームレベルの実力を持ってる上にツァラトゥストラなんてのを手に入れた奴が、学生にしては強いって言われるだけで結局は学生のあたしたち相手に初めから全力を出すわけがない。

「だがおれたちにそんな予定はない。まだ本気を出さないというのなら結構、今のうちに倒してしまうとしよう。」

 というわけであたしたちの作戦は、ラコフが余裕こいてるうちに一撃を叩き込んで本気を出す前に倒すこと。ユーリが言ったように、仕組みはわかんないけどラコフはさっきいつの間にか起き上がってたみたいに自分の時間? を加速できる……らしいし、ツァラトゥストラの能力なのか数魔法の応用なのかわかんないけどバカみたいな再生能力もあるから……叩き込むのは出し惜しみなしの、今のあたしたちで放てる最大最強の一撃。

「あの男の防御力は特殊な魔法でもなんでもない、ただ硬く、頑丈というモノ。これを打ち破るにはその防御を上回る破壊力が必要だ。このメンバーならばクォーツさんとカンパニュラさんの火力とおれとアレクの強化を合わせたモノが最大威力だろう。それを……できれば無駄なく一点集中、槍のような形で打ち込みたい。」

 現状、ラコフが警戒……してるのかどうかわかんないけど、興味を持ってるのはローゼルが作る氷。相手が油断してるうちに倒すっていうのに相手が一番興味持ってるモノに頼るっていうのはなんか矛盾だけど……あたしたちにとってはたぶん、それが最善。

「リシアンサスさんができる限り強度を上げた氷の槍を作り、クォーツさんとカンパニュラさんの火力で撃ち出し、おれとアレクが強化魔法でその威力と速度を底上げし――あの男にぶつける。無論、棒立ちで受けてくれるわけはないだろうから、まずはその為の隙を作るところから。残念ながらあの男に対しては攻撃の効果が薄いマリーゴールドさんとトラピッチェさんに援護を任せ、他のメンバーは攻撃しつつその時を見計らう。」

 まるで国王軍や騎士団がAランクやSランクの魔法生物を討伐する時みたいな、多数対一の勝負。しかも今回は……具体的にどれくらいかはわかんないけど、たぶんそんなに余裕のない制限時間付き。

「ロイドの事を考えると一刻も早く勝負をつけたいところだが、相手が相手な上にここでおれたちが敗れてはロイドを助ける人がいなくなる。慎重かつ迅速に挑むとしよう。」


「ふん、しかしお前たちは学生、しかも一年生だろ? 忘れてんのか根性があんのか、どっちなん――だろうな!」
 最初避けたのは驚いたからだったのか、自分の目に向かって飛んできたティアナの銃弾をかわさずに――目を閉じてまぶたで弾きながらラコフが何のことかよくわかんない事を言った。
 ていうか何よ今の! できるってわかっててもやらないわよ普通!
「お前たちからすればオレは悪党で、これはそんな奴との実戦。ランク戦みてぇに戦いが終われば全回復たぁいか――ねぇっ!」
 左右から同時に仕掛けたあたしとアレキサンダーの攻撃をそれぞれの腕で防御し、そのまま黒い腕を振り回す。あたしは爆発を利用して、アレキサンダーはアンジュの『ヒートボム』の援護で方向転換、その攻撃を回避した。
「負ければ死に、万が一勝ったとしても戦闘中に負った傷で生活に支障が出たり、騎士を目指せなくなったりする可能性は充分あるはずだ。っつーのにお前らは躊躇なくオレの懐に飛び込んで攻防をかましやがる。そういう恐怖がマヒするほど実戦を経験してるようには見えねぇんだがなぁ?」


 実戦。セイリオスの生徒ならたぶん部活とかで経験するのがよくあるパターンだと思うけど、あたしたちにはその他の経験が何回かある。

 あたしを狙って学院に来た時間使いとの戦闘。
 首都を侵攻してきた魔法生物の群れ、そしてワイバーンとの戦闘。
 夏休み、ティアナの家にやってきた『イェドの双子』との戦闘。
 スピエルドルフやそこに行く前に襲撃してきたザビクとの戦闘。

 学院のイベント以外の戦いとしてこれくらいあったわけだけど……前半分はすぐ近くに先生や国王軍がいたし、後ろ半分は離れたところから眺めてただけ。今みたいな、パムやユーリが近くにいても引き離され、あたしたちはあたしたちだけで悪党と戦わないといけないし、戦いが終わっても傷の手当とかはできなくて、ロイドを助ける為に最悪違う奴との戦闘も始まるかもしれない、本当の意味での実戦となるとたぶん、これが初めて。本来なら早くても二、三年後になるはずの、自分の命がかかった戦い。
 そして同時に……カラードに言われてハッとしたけど、これは敵の――相手の人間の生死にも関わる戦い。

「理想を言えば情報を聞き出す為にも「気絶」が望ましいところだが、完全なる格上相手に全力の一撃しか選択肢のないおれたちに加減など出来はしない。最悪おれたちは、あの男を「殺す」ことになるだろう。」

 殺す。悪党側がよく使う言葉だけど……たぶん結構な割合で騎士側が使う「倒す」はこれと同じ意味になる。
 セイリオスに入る時、お姉ちゃんが……忠告っていうか最終確認っていうか、こんなことを言った。

『騎士の仕事は悪党から、魔法生物から、自然災害から大切な人や物を守ること。その「守り方」には色々な形があるわけだけど、その中に「襲い掛かってくる敵をやっつける」っていうのがあるわよね。この能力の高い人がすご腕の騎士と呼ばれ、時に十二騎士なんかに選ばれてたくさんの人から憧れられたりするわ。でもね、「敵をやっつける」っていうのは大抵、「敵を殺す」っていう意味なの。優秀な騎士はつまり殺しの達人。極端な事を言えば騎士団や国王軍は人殺しの集団なの。大義名分もあるし、誰にもそれを否定されないけれど……エリー、あなたにその覚悟を持つ準備はある?』

 この前の魔法生物の侵攻の時、あたしは結構な数の魔法生物をたお……殺、したけど……相手が人間となると、同じ命だなんだと言われてもやっぱりわけがちがう。
 自分の生き死にが間近で、相手の生き死にもこっちの手の中。実戦っていうのはそういうものなんだろうけど、そんな状況にいきなり放り込まれてためらわないわけがない。
 それでもあたしたちがそのためらいを押し殺して向かって行くのは――あたしたち『ビックリ箱騎士団』の団長が、仲間が、友達が、好き……な人が、目の前の男に瀕死の状態にされたから。その男を倒さないとその人を助けられないから。
早く倒さないといけないっていう焦りや「よくも」っていう怒りがあたしたちを後押しする。
 それにそもそも……伊達に毎日、立派な騎士を目指して鍛錬してないわよ。


「ふん、まぁアネウロ――つーかゾステロか。あいつの調べによると色々と特殊な経験をしてるらしいからな……妙な実戦慣れもそのせいか? ま、理由どうあれそうだっつーなら……もう少し力を入れてみるとしよう。」
 そう言うとラコフは……なんか深呼吸を始めた。
「ふん、お前たち思ったことはないか? 息切れなんてもんが無ければいいと。」
 ? 何よこいついきなり……
「身体はまだまだ疲れてねぇのに、ゼーゼー言うせいで動けない。呼吸ってのは面倒だよなぁ?」
 何度かの深呼吸の後、更に大きく息を吸ったラコフはニヤリと笑ってこう言った。
「体内酸素量『千倍』。」
 外見的に変化はないし、プレッシャーが増すような事もない。だけど……
「運動負荷『千分の一』。」
 何かしら……すごくヤバイ気がする……
「ふん、行くぞガキ共。」
 セリフと同時に馬鹿力で跳躍。真っすぐに――ローゼルの方に!

「ラーーーーーーーーーーーッッシュァァッ!!!」

 攻撃を察知してローゼルは自分の前に氷の壁を作るけどお構いなしに、ラコフがその壁に連続パンチを打ち込み始めた。
「だらららららららぁーーっ!」
「ぐ――っ!」
 ガガガガガと響き始める鈍い音。ローゼルは壁を維持する為に両手を広げて――そこから動けなくなった。
「ローゼル!」
 型も何もなさそうな乱暴なパンチ攻撃をしてるラコフの横にガントレットを発射する。腕でも横腹でもヒットすればラコフをふっ飛ばせる。そう思ったんだけど、あたしのガントレットは氷の壁に向かって放たれてるラコフの腕に触れた瞬間弾かれた。
「てめぇこの――どわっ!」
 パンチを前に打つだけで横や後ろを全く気にしてない、普通に考えれば隙だらけのラコフにバトルアックスを振るアレキサンダーだったけど、それもガキンッと弾かれる。
「『ヒートボム』っ!!」
 がら空きの真後ろへアンジュが『ヒートボム』を、ローゼルの氷にあてないようにラコフに撃ち込む。結構な規模の爆発が起きたけど、黒煙が止まることないラッシュの風に吹き飛び、無傷のラコフがパンチを打ち続けてた。
「な、なんだこいつ! 止まらねぇぞ!」
 連続パンチ。単純で子供みたいな攻撃なんだけど、ラコフの攻撃力と防御力でやられるとどうしようも――それにたぶん、普通ならそんなに長時間できないはずのこれが、さっき酸素量とか負荷とかを数魔法でいじって――せ、千倍とか言ってたから単純に……もしも普段のこいつがこの攻撃を一分間続けられるとしたらその千倍の時間これが続くって事に……!
「!! 『メテオバレット』っ!!」
 二つのガントレットをくっつけて回転を加えて放つも同じように弾かれて、今度はローゼルの氷の壁にぶつかっ――ちゃったわ!
「こ、こらエリルくん! 敵を援護するな!」
「わ、悪かったわよ!」
 軽口みたいに文句を言ったローゼルだけどその表情はかなり厳しい……!
「おい『氷結の』! そいつさっきみたいに凍らせて止めちまえ!」
「無茶を――言うな!」

 相手の関節とかを集中的に凍らせて動きを止めるローゼルの『フリージア』は空気中の水分を使って凍らせる技。空気中の水分量なんてたかが知れてるから作れる氷はほんの少しで、だから関節だけとかにしてるわけなんだけど……たぶん、今のラコフには通用しない。空気中の水分から作った氷の強度じゃ一瞬だって止められないわ。
 ローゼルが魔法で作った――というか生み出した無敵の氷ならラコフのパワーにも負けないでしょうけど……ローゼルが自分で生み出したオリジナルの代物だから、空気中にはもちろん存在しない。だから相手を氷漬けにしようと思ったらさっきみたいに魔法で作った水で相手を濡らすっていう手順が必要になる。ランク戦の時みたいに霧を出したり水の塊をぶつけたりしなきゃだけど……あたしたちの攻撃を軽々弾いてる連続パンチ状態のラコフにそんなことしても――犬とかが濡れた身体をふるふるするみたいに全部飛ばされる。
あとは氷の壁を出すみたいに……ラコフの身体の形にピッタリ合うような形にした氷で覆うとかだけど……動いてる相手にそんなの現実的じゃない。

「ふん! 手も足も出ないとはこのことだな! いつまで耐えられるかなぁっ!?」

 ていうか問題はそっちじゃない。あのバカ力で連続パンチしてるくせにそのスピードが全然落ちない上にあたしたちの攻撃をものともしないで攻撃し続けてるラコフのデタラメさが問題なのよ。
 さっきからローゼルはあたしたちを援護する為に氷の壁を出現させてたわけだけど……出現させただけじゃラコフの攻撃は防げない。だって空中に出現させた氷の壁がどんなに硬くたって、そこに固定されてないならパンチの勢いに押されて飛んでくだけなんだから。
 第二から第八系統の自然系って呼ばれる系統の魔法は空中に固定したり相手に飛ばしたり、ある程度は自在に操れる。そういうのは普通に考えると位置魔法の領分なんだけど、この場合は位置魔法を使う必要はない。
ただ、当然位置魔法よりも力は弱いから……ラコフのバカ力を氷の壁で止めようと思ったら位置魔法を使わないと無理だと思うけど……ローゼルは自分の力だけで可能にしてた。
 た、たぶんこれも……ロイドの愛――ゆえにとかそんなんなんでしょうけど……あの連続パンチは流石に厳しいみたいで……要するに、氷の壁の強度は大丈夫かもしれないけど、それを自分とラコフの間に固定してる力があのラッシュ相手じゃ長くはもたない。
 なのにあたしたちじゃ攻撃を止める事ができな――
「なにやってんの。」
 必死なローゼルの横にパッと現れたリリーがローゼルの肩を掴むと二人はあたしの横に移動して、ラコフを止めてた氷の壁が遠くへ殴り飛ばされた。でもって連続パンチをぶつけてた壁がいきなりなくなったラコフはそのまま前のめりにすっ転ぶ。
 光景としてはマヌケなんだけど勢いで叩きこまれたラコフのパンチは地面を砕いて大きなクレーターを作ってしまった。
「すまない、礼を言うぞリリーくん。さすがに少し危なかった。」
「! 礼……お礼……」
 感謝するローゼルの言葉に、ふとリリーの表情が変わる。
「……この戦い、活躍したらロイくんもお礼をしてくれるよね……」
 またパッと移動してユーリの右腕を枕に横になってる……苦しそうなロイドの顔を覗くリリー。
「……活躍しようとしまいと、ロイドくんはこの場の全員に感謝するだろうが……リリーくん、何を考えている?」
「ローゼルちゃんはラッキースケベとか交流祭の約束でロイくんとイチャイチャして……ボクならそんなのなくてもロイくんとラブラブできるけど……うん、ロイくんが相手だし、切り札は持っておくといいかもだよね……」
「リ、リリーくん?」
「ロイくん、ボク頑張るからね。」
 息も絶え絶えなロイドのおでこにキス――! をしたリリーはゆらりと立ち上がり――
「ボクはさ、正直、騎士なんか目指してないんだよね。」
 ――と言った……って、は? いきなり何言ってんのよ……
「魔法を使ってるのが学院側にバレちゃったっていうのがキッカケだけど、ボクがセイリオスにいるのはロイくんがいるからなの。」

 ……元々セイリオスに定期的にやって来る商人だったリリーは位置魔法の使い手ってことが学院側にバレてしまい、独学で魔法を使っている人を見つけたら暴走などをさせないようにしっかりと教育を受けさせる――っていうルールのもと、セイリオスに入れられた。だからまぁ……あたしみたいに「強い騎士になる」みたいな目標は……まぁ、ない――わよね……

「そんなボクが朝の鍛錬に参加してるのは半分ロイくんがいるからで、もう半分はドンドン強くてカッコよくなっちゃうロイくんの近くにいるためなんだよね。」

 まぁ……そんなのは見てればわかるし、それでもリリーの強さは本物だから……鍛錬に参加してくれるのは嬉しいし仲間でいることは心強くて……って、今更なんなのよ。

「でもスピエルドルフの時にちょっと……不安になったんだよね。もしかしたらあの時ロイくんはって……でも交流祭でやっぱりロイくんは強いやって安心して……でもそしたらまたこんな事になっちゃってる……」

 スピエルドルフの時――つまりザビクの襲撃。恋愛マスターの力の影響で呪いが効かないっていう状態になってなかったら、ロイドはあの時……
 だけど交流祭、ロイドは吸血鬼の能力――ノクターンモードとかいうのを発動してとんでもない力を見せた。だけどまた……
 リリーの不安は――あたしにもわかる……

「強くてカッコいいロイくんだってたまにはこんな風にピンチになるよね。だからそういう時に助けてあげられるように――リリー・トラピッチェはロイくんの為に強くなる。うん、そうする、今決めた。たぶんロイくんはフィルさんを倒して《オウガスト》になるから、ボクは《オクトウバ》になる。」
「お、おお……こんな時にアレだが……素晴らしい決心だと思うぞ。ちなみにわたしは《ジュライ》になる予定だ。」
 いきなりの決意表明に目をパチクリさせながらもちゃっかり自分の目標も言ったローゼルに、リリーが手を伸ばす。
「ボク今からちょっと頑張るから、ローゼルちゃん、その硬い氷で短剣をたくさん作ってくれる?」
「んん? ああ。」
 リリーの短剣をチラ見したローゼルがパンと手を叩くと、同じ形の氷の刃がパキパキと空中に出現した。
「ボクの短剣だと折れちゃうからね。」
 用意がいいのか別の用途のなのか、どこからか移動させた手袋をつけて氷の短剣を指の間に挟む形で持ったリリーは……相変わらずこっちの様子を眺めてにやけながらノシノシと歩いてくるラコフを見る。
「やだなぁ……あんな男……でもロイくんがご褒美くれるはずだから……とりあえず一本。」
 リリーの手から氷の短剣が一本消える。同時にラコフの方からカキンっていう弾かれた音がした。
「ふん、その氷で作った武器ならオレに刺さるとでも思っ――」
 再びリリーの手から消えてラコフの近くで出現する氷の短剣。だけど今度は……
「――なに……?」
 足元に転がったそれを見てラコフが驚く。何故ならその氷の短剣には……血がついてるから。
「!! リリーくん、あの鉄の塊みたいな硬さのラコフに傷をつけたぞ!」
 ローゼルがテンション高めにそう言ったんだけど――
「…………」
 リリー本人は……なんていうか……心底気持ち悪そうな顔をしてた。
「ふん、氷使いに加えて面白いのがもう一人か。一体どんな手品――だっ!」
 一度の踏み込みで一気にあたしたちのところまでとんできたラコフは楽しそうな顔で黒い拳をリリーに放つ。それをローゼルが氷の壁で止め、間髪入れずにあたし、アンジュ、アレキサンダーが同時に一撃を入れてラコフをふっ飛ばす。
「な、何やら嫌そうな顔をしているが――新技の効果はかなり高いぞリリーくん!」
「新技ってわけじゃないよ……できればやりたくないの……」
 ローゼルがポンポン作り出す短剣を次から次へとラコフの方に飛ばす――っていうか瞬間移動させるリリー。顔色が悪くなるにつれて段々とラコフに対して短剣が深く刺さるようになっていき、とうとう刺さって抜け落ちないモノまで出て来た……すごいわね……
「ふん、チクチクと――こんな剣が何本刺さろうが問題ないぞ!」
 痛みがないのかなんなのか、あちこちに短剣を生やしたままで勢い変わらずに拳を放つラコフ。だけどその短剣はローゼルの氷で出来てるから砕ける事が無く、関節の近くに刺さった短剣はラコフの動きの邪魔をする。振り切れない腕、狙いが少し変な拳。それだけであたしたちは攻めやすくなる……!
「はぁっ!!」
「ぐっ――」
 懐に入り込み、ラコフのあご目掛けて至近距離でガントレットを放つ。浮いた巨体にアンジュの『ヒートボム』で勢いを増したアレキサンダーのバトルアックスが叩き込まれ、ラコフがごろごろと転がる。その先にローゼルが氷の壁を出現させ、ラコフが壁にぶつかって止まったところを狙――
「っつらあっ!!」
 ――う前に、ラコフがかかと落としみたいに足を地面に振り下ろし、爆弾でも爆発したかっていう威力の衝撃が走って砕けた地面が砲弾みたいに飛んできた。
「おおっと。」
 リリーを守りながらあたしたちを援護してたローゼルが、全員を覆う大きさのドーム状の氷の壁を作ってラコフの反撃からあたしたちを守る。
「いいところまで行ったが、惜しかったな。もう一息で動きを止められたかもしれない。」
「そうね……ていうかリリーのあれはなんなのよ……」
 と、一応リリーに聞いたつもりなんだけど当の本人は……なんかぶるぶる震えてる……?
「見たところ、トラピッチェさんはあの男を氷の短剣で「刺している」のではなく、あの男の近く、刃が食い込む位置に氷の短剣を「移動させている」ようだな。」
 土砂を防ぐ氷のドームを見上げながら、本人に代わってカラードが説明する。
「おそらく短剣の半分はあの男の体内に移動し、内側からの攻撃となっているのだろう。」

 食い込む……内側……ああ、そういうこと。
 位置魔法って自分の見える範囲か、一度行ったことのある場所にしかモノを移動できないから……ちょっと残酷だけど、例えば相手の体内に直接武器とかを移動させるなんてことはできないわ。
 でも半分――見える範囲ではあるんだけど、そこにそれを移動させたら周りのモノにぶつかる――食い込んじゃうっていう位置に移動させることができるならそれと似た事ができるかもしれないわね。
 位置魔法で移動したモノが具体的にどうやってそこに出現してるのかはわかんないけど……たぶん「周りのモノ」よりも「移動させたモノ」の方が硬い場合はああやって食い込むんだわ。でもって逆の場合はさっきリリーが「短剣が折れる」って言ってたから、「移動させたモノ」が壊れる。
 あれ、ていうことは――ああやって突き刺さってるって事は、数魔法で強化されたラコフの身体よりもローゼルの氷の方が頑丈って事……つまりそれなりの力で押せばローゼルの氷であいつを貫ける――あたしたちの作戦が確かに通用するって事じゃない。全力出しても効かなかったらっていう不安があったけど、なんとかなりそうね。

「物体の硬度を無視して内側から……恐ろしいな、位置魔法は。だが今は強い味方だ。リリーくん、この調子でラコフを――」

「ああああああっ! きもちわるいきもちわるいきもちわるいっ!!」

 勝機が見えてきたところで……いきなりリリーがジタバタし出した。
「あんなのに、あんなのにっ!! ロイくんの為のボクがっ!!」
「ど、どうしたのだいきなり……」
「どうもこうもないよ! 気持ち悪いっ!!」
 自分を抱いて地団駄するリリー……こんなリリー初めて見たわね……
「商人ちゃん、相当気持ち悪そーな顔してるもんねー。できればやりたくないって事は……相手に食い込ませるっていう魔法がこう……感覚的にちょっとあれなんじゃないのー?」
「ちょっとどころじゃないよ! 自分の指をあんなゴミみたいな奴の口の中に突っ込むような感覚なの! ああああ、口にすると余計に――ああああああ!」
 自分がその位置を支配してるモノを他人の体内に移動させるっていうのはそういう感覚なのかしら……自分の指を……それは気持ち悪いわね……
「もうダメ! ロイくんからのご褒美があるかもって頑張ったけどこれ以上は無理っ!!」
「はぁん……んじゃあそのご褒美とやらが確実になったらどうよ。」
 震えるリリーに……何でもない顔でアレキサンダーがそんなことを言った。
「……どういう意味?」
「おいおい、んなこえぇ顔で睨むなよ。だから直接聞けよって話だ。ほれ。」
 そう言ってアレキサンダーが指差した先、ユーリの腕に頭をのっけたロイドが――

「リ、リリーちゃん……」

 ――目を覚ました!?
「ロイくん!」
 パッと移動してロイドの隣に座り込むリリー。
「なに? なんで目ぇ覚ましてんだ?」
 ドーム状の氷の向こう、薄れてきた砂煙の中で自分に突き刺さってる氷の短剣を抜きながらこっちを……相変わらず眺めてたラコフが驚く。
「あ、あんた、大丈夫なの……?」
「さっきよりは楽かな……なんか首のあたりがビリビリしてるから、たぶんユーリの腕が体力を回復させてるんだと思う……」
 ユーリの腕枕にそんな機能が!?
「んまぁ……起きてもオレは……どうしようもないんだけど……でもなんだか、勝てそうだな……」
「ロイくん! 疲れてるところごめんなんだけどボクの指舐めて! あとチューして!」
 いつもの誘惑する感じでも冗談めいた感じでもない、割と必死な顔でそう言ったリリーに、ロイドはほんのり笑いかけて……このタイミングでそう言うのはわかるけど言う相手を確実に間違えてる事を、疲労困憊のクセに真っ赤な顔でプルプルしながら……口走った。

「ロ、ローゼルさんの……氷の力っていう実例もあるし……も、もしもオレが何かをすることで……リリーちゃんが強く、なるなら……オ、オレ……頑張るよ……」

 瞬間、たぶんカラードとアレキサンダー以外の全員に衝撃っていうか電撃っていうか、何かが走っ――あぁ、リリーがすごい顔になってるわ!
「……ボク――でも、そういう形でアレしてもらってもなー。自力でメロメロにするのがやっぱりねー。でもなー……うんうん、ボクたち『ビックリ箱騎士団』の勝利の為だもんねー。ロイくんがそこまで言うならボクも首を縦に振るよー。」
 過去最高のニヤケ顔で白々しい事を言うリリーは、ふと真面目な顔になる。
「まだくじ引きしてないけど、今週末のお泊りデートはボクでいい?」
「ほへ……う、うん……」
「ローゼルちゃんにしたのと同じ――ううん、もっとすごいあんなことやこんなことしてくれる?」
「べっ!?!?」
「してくれる?」
「ひょほ、あびゅ……どどど、努力いたします……」
 既に死にそうなのに恥ずかしさで更に死にそうになるロイドを満面の笑みで見つめるリリー……ていうかロイドのド馬鹿!! なな、なんて約束してんのよドスケベ!
「んふふー。ローゼルちゃーん、剣たくさん出してボクの周りに置いといてねー。」
「戦いの真っただ中でなんてうらやま――なんて約束をしているのだ……ロイドくんもロイドくんだぞ、スケベロイドくんめ……」
「ローゼルちゃーん?」
「ええい、勝ち誇った顔はまだ早いぞ! そら、ドンドン行くのだ!」
 バラバラと、荷物の詰まった箱をひっくり返したみたいに無造作に散らばっていく氷の短剣。
「なぁ、あいつに突き刺すんならもっと長い武器にしたらいーんじゃねーのか? 槍とかよ。」
「トラピッチェさんの先ほどの気色悪い表現からして、他人に介入する分、あの技には相当な集中力が必要なのだろう。手慣れた武器――せめて同じ形でなければできないのだ。それとアレク、今のトラピッチェさんにあまり口出ししない方がいいぞ。」
「んあ? そんなつもりは……」
「思うに、今から凄惨な事になる。」
 カラードの予想に応えるみたいに、ふわりと宙に浮く無数の氷の短剣。
「ふん、ガキ同士の色気づきは終わったか? いくら暇潰しと言ってもんなもん見せられたらたまったもんじゃ――」
 戦闘中のあたしたちのバカなやりとりまで眺めてたラコフがため息交じりにそう言ってる途中でその声が途切れる。
「は――か――」
 リリーの最初の一撃がデジャヴするみたいに……ラコフの首に氷の短剣が深々と突き刺さった。
「ああ……やぁん、ロイくんてばぁん。」
 ほっぺを押さえてくねくねするリリーからは想像できない攻撃……ラコフの身体に次から次へと氷の短剣が突き刺さって――ちょ、ちょっと……
「がぼっ! なんだ――さっきまでとは精度がまるで――ごふっ!」
 首に刺さったのを抜いて再生した喉でしゃべろうとするも再び突き刺さる氷の短剣。あたしのガントレットも、アレキサンダーのフルスイングも、アンジュの爆発でも傷一つつかなかったあの身体に今、無数の短剣が突き刺さっていく……
「はぁ、どうしようどうしよう、ボクどうなっちゃうんだろう。嬉しいなぁ楽しみだなぁ。」
「ガキてめ――ぼぁっ、ぐ!」
 刺さる度に引き抜くけどその度に追加で刺さっていく。普通の人ならとっくに死んでる量の血をまき散らしながら、ラコフが人の形をしてるだけの何かに変わって……うっ……ダメ……見てらんない……
「……いい加減しぶといんだけど。」
 くねくねしてたリリーが煩わしそうにそう言うと生々しい音とラコフの……出方のおかしい声が聞こえた。
「うぇ、俺は吐きそうだぞカラード……」
「確かにグロテスクな感じになったな。」
 ローゼルとかがどうしてるかわかんないけど、残酷な光景をちゃんと見てるらしい強化コンビ……や、やっぱりこういうのって男の方が耐性あったりす――
「だがなアレク。おれのランスは突くと相手の身体に穴をあけるんだ。」
「? まぁそうだな……」
「刃物であれば切断、鈍器であれば骨を砕いて内臓を破裂。武器というのはそういうモノで、前提として対象を傷つける為の道具なのだ。それを手にして対人戦をやろうというのだ、こういう光景もままあるだろう。慣れろとは言わないが、目を背けた一瞬で命を失うかもしれないぞ。」
 ――!
……ったく、あの正義の騎士は目をそらしたい現実に人を向き合わせる趣味でもあんのかしら。
ええ、そうよ、その通り。歴史の授業でも何度かあったじゃない……どこかの悪党がこんなに「惨い」事をしたとか、「残酷」な犯罪をしたとか。今じゃその一言だけど、その時戦った騎士たちの目にはそれはそれは酷いモノが映っていて――それでもそんな悪党を倒したのよ。
 だからあたしもこの光景を――

「ふん、血を見て目を背けるとはな。やはりまだまだガキというわけか。」

 ゾクッとした。目をそらす一瞬前の時点でもかなりひどい状態で、その上リリーが追加で刺した――はずなのに……なんでこんなに余裕な声が聞こえて……
 気持ち悪い光景に対する嫌悪感よりも困惑が勝り、あたしはバッとラコフの方を見た。
 血まみれで真っ赤な身体。無数の氷の短剣が乱立する身体。人というよりはオブジェみたいにグチャグチャしてる……身体。なのに……なのに……氷の短剣で埋め尽くされた顔の奥に浮かぶのは両端がつり上がった口……笑ってる!?
「ふん、日々人殺し目指して勉強してるはずなのになぁ? この程度で吐きそうってか。」
 理解できない。こんな状態でなんでこいつ……普通にしゃべってんのよっ!!
「『フリージア』っ!!」
 残酷な光景よりも異常な表情に恐怖が膨れ上がった時、きっと同じモノを感じたローゼルの焦り混じりの声が響く。無数に突き刺さった氷の短剣が一瞬で水となってラコフを覆い、瞬時に氷塊と化した。
「水の量は充分――ひとまずはこれで身動きを封じられた……!」
「うへぇ……優等生ちゃん、何もあんな状態で凍らせなくても……気持ち悪いんだけどー。」
「し、仕方あるまい。気持ち悪くしたそこの元殺し屋に言ってくれ。」
「殺し屋だと意味が違うんだけど……なぁに? みんなして吐きそうな顔しちゃって。ほら、ティアナちゃんなんかケロッとしてるよ?」
「な、なんだと!? ティ、ティアナ!?」
「え……う、うん……『変身』の勉強してると……えっと……動物とか……と、時々ヒトとかの……解剖図とか……見るから……」
ティアナの変な慣れが明らかに……っていうかリリー、あっさりとあんなことして……ホントにこの商人は……う、裏の世界――っていうのにいたのね……あんまり知りたくない、だけど騎士を目指すなら知らなくちゃいけない世界とその光景……
 ロイドも……そういうのに触れたことあるのかしら……あのバカ、あんなののクセに時々殺気なんてものを――

 バキィンッ!!

 現状、一番信頼できるローゼルの氷に閉じ込めたことで少しほっとしていたところもある空気の中に響く――砕ける音。
「ふん、少し脅かしてやるが――ツァラトゥストラには相性ってもんがある。」
 その氷を内側から砕き、ラコフが……凄まじい速度で全身の傷を塞ぎながら出てきて――
「まぁ考えてみれば当然のこと、身体に移植する部品だからな。基本的にはどんな奴でも使える代物らしいが、ガッチリ合う身体が存在するってのはおかしな話じゃねぇ。」
 ――!? 再生、じゃない……なんか違う……元に戻ってないわ……
「でもってオレはこの『腕』との相性が抜群だったっつーことで――悪いなガキ共。もはやオレはオレがどうなれば死ぬのかわかんねぇくらいだ。」
 両腕が真っ黒に染まった大柄な男――だったそいつは、爪が伸びたりウロコみたいなのが出てきたりで……だんだんと人型の化け物になっていって……
『おお……おお! だっは、こりゃあいい! 力がみなぎる――ああ、通りでその氷も割れたわけだ……つまりこういうことだろう?』
 両手を広げて天を仰ぐラコフは絶望的な一言を口にした。

『――『一万倍』……!』

 一気に膨れ上がる尋常じゃないプレッシャー。特殊な技は持たないけど、ただただ絶対的な暴力がそこに――
 ダメ、こんなのに勝てるわけ――

「よくやってくれました!」

 神様にでもなったみたいな表情で笑うラコフが頭上から降ってきた巨大な拳に潰され、同時にあたしたちはふんわりとした砂で少し離れた場所に移動させられて――

「『ガルヴァーニ』っ!!」

 直後、ラコフを潰した拳ごと飲み込むとんでもない規模の雷が落ちた。

「皆さんご無事で何よりです。」
 雷の衝撃からあたしたちを遠ざけたのはもちろんパム。大きなケガはなさそうだけど、服とかが割とボロボロになってる。
「ふぅ、とっさの一撃だったから弱いのになってしまったな。しかしなんだあの姿は。」
 スタッとあたしたちの近くに着地してため息をついたのはユーリ。こっちも目深にかぶってるローブがボロボロ――って今、弱いのって言った? 今のが? というかこいつ、今は昼間だから全力出せてないはずよね? それであれってどういうことよ……
「ツァラトゥストラの暴走――いえ、進化でしょうか。随分な変わりようですね。」
「どことなく私たちに気配が似てきたのが心外だが……まぁ、おかげであの分身たちは消えてくれた。あの様子ならもう作れないだろうしな。」
「ん? そういうモンなのか?」
 数魔法の授業を聞いてなかったらしいアレキサンダーが首を傾げるのを見て、カラードが解説する。
「数魔法で増やす事のできるモノは「体力」などのぼんやりしたモノを除くとその構造が単純なモノに限られる。腕を磨けば多少複雑なモノも増やせるが……「人体」なんてモノはどんなに頑張っても不可能だろう。しかしながら、自分自身だけは例外となる。術者本人という事もあるが、一番の理由は長年使い続けた自分の身体だからだそうだ。つまりこの理屈でいくと、化け物に成りたてのあの男が分身を作るとしたら、あの姿で十年ほど過ごした後になるわけだ。」
「はぁ、それで大量の分身が消えちまって……おまけにもう作れねぇと。なんかマヌケな話に聞こえるな。」
 二人が合流したことで……さっきの絶望が和らぐ。何弱気になってんのよ……目を覚ましたっていっても未だにロイドは死にそうで……そうだ、そういえば……
「ユーリ、あんたの腕? のおかげかなんか知らないけど、ロイドがちょっと回復したわ。」
「おお、それは良かった。」
 いつの間にか防御力の高そうな金属質のベッドに転がってるロイドがひらひらと手を振る。
「それで……あんた本人がここに来たなら、ロイドを回復させらんないの?」
「できない事もないが、生物の体力となると時間がかかり過ぎる。右腕だけだろうと私自身が来ようと、その速度に変化はない。少しだけ、猶予を延ばしただけだ。」
「そ……じゃあ早いとこあいつを倒さなきゃだけど……」
 よく見ると社会科見学の時と同じ形――なんだけどあの時よりも更に大きくなってるパムのゴーレムの、地面に振り下ろされた拳の方を見ると……その拳がギシギシと持ち上がっていくのが見えた。
『ふん、分身が消えちまったか。ま、まとめていただくのもいいだろう。』
 頭に角、肩や肘に鋭い突起。一回り大きくなった身体に、それでもアンバランスなほどに巨大化した両腕。もはや……人間じゃない。
「……バカみたいな再生能力にバカ力。加えて数魔法の……『一万』に到達しちゃってるあれ、どう戦えばいいのかしら。」
「わたしの氷も砕いたからな……いや、ロイドくんから更なる愛を受け取ればあるいは。」
 真面目な顔で馬鹿を言うローゼル……ホントにこいつ――っていうかどいつもこいつも! あ、あたしのここ、恋人って言ってんでしょうが!
「それもいいが、ここは全員に強くなってもらうとしよう。」
 何がいいのよ全然よかない――え、全員?
「む? 生憎、おれもアレクもロイドに対して恋愛感情はないぞ。」
「気持ち悪いこと言うなカラード。でも全員ってどうすんだ?」
「私と、ブレイブナイトの力を使う。」
「ん、おれか。『ブレイブアップ』のことを言っているのなら、残念ながらあれを他人に使ったことはないから上手くいくかどうか。」
「それを上手くいかせつつ、私も皆を強化する。二つの強化で後日身動き取れなくなるだろうが、今日は乗り切れるだろう。」
「フランケンシュタインの強化魔法ってものすごく効きそうだが……強化だけであれに勝てんのか?」
「ははは、むしろ強化だけで充分だ。」
 そう言いながらおもむろに機械の右腕をスポッと外すユーリ……ま、まだ慣れないわね、これ。
「この前のロイドのように吸血鬼的能力で魔法を弾く――というような特殊能力の部類ではない、ただの力持ち。時間魔法を織り交ぜてたまに加速するも、エリルさんが言ったようにあれは脳筋だ。あれに見合ったパワーアップをこちらもすればいいだけの話。」
 二の腕の途中あたりから先が無い状態のユーリだったけど……その、だ、断面? からバチバチと電気が出てきて……腕の形になっていく。
「分身なんてモノが出てこなければ、戦闘開始と同時にこれをするつもりだった。よくぞあの男の本気を引き出して化け物状態にしてくれた。」
「……それ、いいことに聞こえないわよ……」
「一つだけの圧倒的パワーよりも、数の暴力の方が時に厄介だからな。戦況としては好転したと、私は思っている。」
『ふん、本気を引き出した? 笑わせる。』
 最終的に四本のバカでかい腕を引きずる――っていうか腕で歩いてるラコフが牙のそろった口で笑う。
『対して痛くもない攻撃にツァラトゥストラが勝手に反応しただけだ。別に追いつめられてもいねぇし、まだ一度も本気で攻撃しちゃいねぇんだぜ?』
「それはまた、取り返しのつかないミスをしたな。」
『ああ?』
 電気の右腕を空に掲げ、ユーリは言った。
「暇潰しと言わずに初めから本気を出しておけば良かった――それがお前の最後の言葉になる。」



 途中でライラックの奴とはぐれたが、まぁあいつはあいつで頑張るだろう。とりあえず防御魔法の発生装置を置くとしたら街の真ん中が一番都合がいいはずだから来てみたが……まさかその通りに置いてあるとは……
 まぁ、当然護衛がいるから……むしろおびき寄せられたってのが近いのかもしれない。
 フリーマーケットやら祭やら色んなイベントが行われる、街の中心に位置する広場。真ん中にあったはずの噴水が破壊されて代わりに防御魔法の発生装置が置いてあり……それを三人の男女が囲んでた。
「あら、あれって『雷槍』よねぇ。」
 景気の悪い顔と雰囲気の暗い女。序列九番、ヒエニア。
「おお、美人教師! 敵でなければなぁ……」
 水色ヘアーに右目が隠れてる青と白の服を着た男。序列八番、リンボク。
 そして――
「ようやく骨のありそうな相手が来たか。」
 国王軍に記録の残ってたオズマンドの中じゃ最強。私とは違う、パンツタイプのスーツを着崩したっつーかテキトーに着た感じの、《エイプリル》みたいなポニーテールが目立つお堅そうな女。
得物が刀で得意な系統が位置魔法っつーマルメロみたいな組み合わせだがこっちの方が断然格上。序列四番……カゲノカ。
 周りを見ると先客が結構いるんだが全員倒れて転がってる。中には上級――セラームの騎士もいるから、こいつらは中々に強敵なんだろう。
 くそ、ライラックを拾ってから来ればよかったか……?
「んお、教官じゃねぇか!」
 広場に響くバカでかい声。全員の視線が向いた先には……浮浪者一歩手前くらいのボロい服で大剣背負ってノシノシ歩いてくる大男の姿。ゴリラやら肉ダルマやら呼ばれる――というか呼ぶが、こういう場での心強さとしてはかなりのモノがある男――フィリウス……!
「! こんだけの騎士がやられてるとはな。あいつら大丈夫か?」
「おいフィリウス、お前、一人か?」
「ああ。リシアンサスを通して国王軍に一応の指示は出したが、俺様は現場で動きたい派だからな。あとは連中が自分の判断で最善を行うだろうし、俺様もいっちょくり出すかってな。ちなみにセルヴィアは時間魔法的感覚でアネウロを探ってる。」
「それでお前は防御魔法の方をってことか。お目当てはあそこだぞ。」
「わかりやすい場所で助かったが、案の定のお出迎えってか。よし、教官が女二人で俺様が男一人でいいか?」
「あ? お前の方が強いんだからお前が二だろうが。」
「俺様も紳士なんでな! 女相手はちょこっと気が引ける!」
「バカ言ってんな。男女の組み分けはともかく……あの女剣士をやってくれんなら、私は残りの男女を相手にしといてやる。」
「確かにあの女剣士は別格みたいだが、ぶっちゃけ俺様と教官の強さに大した差はないぞ?」
「言ってろ十二騎士。」
「言うなと言ったり言えと言ったり。まぁ、なんかよくわからんがあの女、俺様に熱い視線を送ってるからな、期待には応えるのが男というモノだ。」
 フィリウスに言われて見てみると、確かに「是非お前と戦いたい」みたいな視線をビシビシ送ってやがる。あっちもあっちで戦闘好きか?
「まぁカゲノカならあっちのマッチョよねぇ。じゃあこっちは『雷槍』――リンボク、頼むわよ。」
「水使いとしては嫌な相手なんだけどね。ま、美女のお相手ならば喜んで。」
 フィリウスとカゲノカが私たちから少し離れ、リンボクが私の方に近づいてくる……が、ヒエニアは近くのガレキに腰を落とした。
「なんだ、お前は戦わないのか――ヒエニア。」
「いきなり呼び捨てにしないで欲しいわねぇ。アタシまで参加しちゃったら追加の騎士が来た時にこれを守れないじゃない。」
「強そうには見えないがな。」
「うふ、その通りよ。アタシは大して強くないわ。でもほら、強い人がこんなに転がってるじゃない。」
 ニタリと気色悪い笑みを浮かべたヒエニアがパチンと指を鳴らす。直後強大な闇魔法の気配が広まって…………クソ女が……!
「ツァラトゥストラで強化されたアタシの魔法には、意識の有り無しは関係ないのよねぇ。」
 この三人に挑んで敗れていった大勢の騎士たち。中にはかなり重症な奴もいるんだが……その全てがゆらりと立ち上がった。
「あんたたち、いざとなったらこの戦力件人質をぶつけるから思い切り戦っていいわよ。」
「必要ない。余計な邪魔はしてくれるな。」
「あ、僕の方はよろしく。」
 きたねぇ――のが悪党だが、ムカツクもんはムカツク。こいつらボコボコに……
 ……いや、私の出る幕ないか。
「おいおい見事な悪党っぷりだな。」
 口調は変わらない。が、ビリビリと感じるこのプレッシャーは間違いなく怒りのそれ。
 国同士の決まり事やらしがらみやら、その全てを無視して騎士を――自分の正義を押し通してきたこの男が、こういうゲスに反応しないわけがない。
「アネウロの思想もあるし、普通の悪党とは毛色が違うと思ってたんだがそうでもないらしいな。お前ら――」
一気に重くなる空気――いや、大気の圧に表情をこわばらせた三人に、世界最強の十二人の内の一人が静かに問いかける。
「――覚悟はできてるか?」

騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第七章 卵の実戦と国を守る者たち

愛の力によってまた一人ヒロインが覚醒――というか本気を出しました。他のメンバーに比べると地味めな戦い方でしたが派手(残酷)な攻撃を見せてくれました。
しかしこの戦いの後、ロイドくんは再び桃色――肌色の世界で理性と戦う羽目になりそうですね。

そして登場はするものの強さの謎だった面々の実力が見えてきました。
特に初期から登場しているライラック、彼の謎がついに明らかになりそうで私も「ようやくか」という感じです。

本当に、学院長のただの付き人程度で出した人物だったのですがね……

騎士物語 第七話 ~荒れる争奪戦とうねる世界~ 第七章 卵の実戦と国を守る者たち

瀕死の状態に追い込まれたロイドを助ける為、オズマンドの刺客ラコフと戦うエリルたち。 しかしラコフの数魔法はあまりにデタラメで傷一つつけられない。そんな中、リリーが覚悟を決めた顔になり―― 一方街のあちこちで勃発する国王軍とオズマンドの戦い。 ツァラトゥストラによって戦闘能力を格段に引き上げた連中との戦いに、二人の教師も参戦し――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-09-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted