オモイビト
こういう場所に来るたび、つくづく不思議な場所だとセイギは思った。
男が男と体を重ね合う、いわゆる"ハッテン場"である。衣服は全て脱ぎ、バスタオルだけを腰に巻いてロッカー室を出た。奥へ進むため、廊下を進み左右に並んだ小部屋を覗いていく。普段目にしている日常とはかけ離れた、下品かつ卑猥な行為がどこに顔を向けても必ず目に入り込む。しかし、セイギはこの下劣とも言える光景がなぜか好きだった。
向かいからやってきた男が身体を擦り寄せてきた。背中に腕を回される。肌のハリを見る限り20歳くらいか。
「お兄さん…すっごくタイプ…。僕とえっちしよ…?」
「ははっ、悪いが今はな。また今度、ぐちゃぐちゃに犯してやるさ。」
寂しそうな顔をする青年に、蕩けるようなキスを施し、突き放すように反対方向へ背中を押した。そのまま早足で廊下を進む。
いつもこうやって誘いは断る。
俺はヤりに来てるわけじゃない。
この空間が好きなんだ。この馬鹿げた空間が。
セイギはシャワーをサッと浴びたあと、一番奥の広そうな部屋に入った。
床にはマットが並んでいて、どこに目を向けたって全裸の男たちが重なり合っている。
ふと、部屋の隅のマットに膝を抱えて座っている全裸の男が目に入った。目の前に立っても、眼鏡の奥の眼球さえ動かさない。眼鏡のせいで隠れているが、かなり美形だ。歳はだいたい俺の4、5つ上といったところか。
その焦点も合っていない男に、なぜか惹かれてしまった。久しぶりに、ヤるか。
「おい兄ちゃん、なにボーっとしてんだよ」
顎を掴んで俺の方に顔を向かせると、徐々に焦点が合っていく。そのまま押し倒し、男の股の間に身を入れる。俺がここまでやって一言も発さず、誘いも抵抗もない男は初めてだ。
「おい、なんか喋れって。それとも勝手に犯していいのか?」
尻穴に指を伸ばすと、すでにパクパクしていて、ナカから白濁が溢れ出る。
「おまっ…!今日どんだけやってんだよ」
からかうつもりで軽く頬を叩く。
するとこの男が初めて口を開いた。
『…償うから…償いますから…っ、許してください……許して…』
衰弱した声。しかしこれは身体的ではなく精神的に、だ。
なぜこの男がここへ来たのか。何があったのか。彼のガラスのような瞳から、計り知れない感情が滲み出ているのがわかる。
「お前、何があってここに来た。ここに来るような人間じゃねえんだろ。話、聞いてやるから」
汗で張り付いた前髪をよけて頭を撫でてやると、一瞬驚いた顔をしたが、落ち着いたのかゆっくりと話し始めた。
『実は…恋人がいたんです…でも、、俺のせいで下半身が動かなくなってしまいました…』
お前のせいで
夢も何もかも失った
俺の前から消えろ
『そう言われて…自分にはどうすることもできなくて…遠くまで逃げてきたんです。俺は最低な人間ですよ。』
だから償いたいんです。
「なるほど。知らない野郎にケツ掘られることが自傷行為ってわけか。」
掘られて、犯されて、性処理にされることで
神様に救ってもらえるとでも思ってんのか
考えてみろ
こんな場所に来る時点で善良なわけがない。
この偽善者が。
「じゃ、思う存分犯してやるよ。」
その代わり、俺で最後にしな。
お前はここに来るべきじゃない。
くそ、こんなクズ相手に好意を抱くな、俺。
今までも散々ヤッてきたのか、苦しげもなく挿入できた。
『ふ、は、あぅ、…早く…動いてください…』
「お前さ、煽ってんのか?」
壁に張り付くように立たせ、バックで突く。引き抜く際には離すまいと肉壁が絡みつき、奥へ押し込む際には中へ中へと律動する。そのただならぬ感触と、既に知らない誰かによって形作られたナカに、相当な調教をされていたんだろうと顔が勝手に歪む。他人のモノを犯している気分に浸れて気分がいいのだ。
しかし、それは同時に「手を出してはいけない」という自分への警告でもあった。こいつはどうせ、別れたソイツのことを想って順応に犯されてるんだろう。
「ひう、ん…ミツ…ミツル…しゅき、、…」
ああ、ムカつく。
壁に押し付けた状態で後ろから覆い、顔だけ無理やり斜め左上に向かせる。目に涙を溜めて、長い睫毛を濡らす。濃い眉毛も八の字になっていて、声を漏らすのが精一杯で口も塞がらないようだ。なんて絶景だよ、これ。
「セイギって呼べよ。他の男のこと考えんな。今は俺だけ感じてろ。」
『セ、イギ…さん…?』
右手は壁について震える身体を支えるのに必死のようだ。左手で俺の銀髪をくしゃ…と撫でる。
「は、は…っ、セイギさ…もっと、奥まで、、突いて…?」
「くっそ…!だから煽ってんじゃねえよ…!」
徐々に速くなるピストンに、嬌声しか発せなくなった唇に自然と吸い寄せられる。
『あ…ふ、、ぁん、んん!!??セイギひゃ…んんんッ、』
怖気ついた彼の舌を引っ張り出すように舌を口内へ侵入させ、上顎の歯列をゆっくりとなぞる。それが引き金となったのか、壁に彼の精液がどぴゅどぴゅ、と吐き出された。
同時に俺もナカへ吐き出す。肉壁に導かれるように、2度ぱん、ぱん、と深く突き、最奥へ送り込んだ。対して彼は、立っていられなくなったのか脚が震えて壁にすがりついている。
軽い悲鳴は俺の口内へ発せられ、ぷはぁ、と銀の糸を引いて唇が離れる頃には目が虚ろになっていた。
シャワー室で後処理をしながら、邪魔な眼鏡を外してやる。
「あんた、眼鏡がねぇ方がいいんじゃねえか?コンタクトにしろよ。」
『え、そうですか??その…眼鏡の方が、少々知的かな、なんて』
「こんなとこ来る時点で知的じゃねえだろ」
『それもそうですね笑 じゃあコンタクト、挑戦してみます』
あ
初めて笑った顔を見た。
それはとても美しかった。
今まで見た誰よりも。何よりも。
でもダメなんだ。彼に恋をしちゃいけない。
彼には想い人がいるんだから。
そう思っていた。
4年後、アニキが運営する詐欺会社の事務所で
君と再会するまでは。
オモイビト