第5話ー4

 氷の能力で傷口を凍らせてはいるが完治したわけではなく、ホウ・ゴウのピンク色の身体には、大きな剣で貫かれた傷口が今もまだのごっている。
「大丈夫じゃないだろう。すぐに手当てを」
 アンナの姿に変化したバスケスが言うも、彼女は首を横に振る。
「もう歯車は動き出した。止めることは誰にもできないのよ。貴方は行きなさい。救世主を守るのがあたしたちの運命でしょ」
 デンゴーホン人の彼の姿はアンナに変化している。本当のアンナはホウ・ゴウが土床を這わせて足元から一気に発した冷気に氷、動けずにいる。
「このままでは死んでしまうぞ。君は宿命をまっとうできないまま、死ぬのが怖くないのか?」
 アンナの顔でいうバスケス・ドルッサの言葉に、少し躊躇いの顔をうつむきながらした彼女は、その独特の嘴で微笑んだ。
「肉体が滅んでも因果律の中にいる限り、本当の死は訪れない。ただアストラルソウルに戻るだけのことよ。だから、あなたは貴方の宿命をまっとうして。あたしの宿命はここまでのようだから」
 腹部を抑え言う彼女の言葉に、もう返す言葉はなく、バスケスは入口から素早く天空に舞い上がり、ビルよりも高い樹木の森林を抜け、仲間たちが向かった方角へと飛び去って行く。
 前世の姉妹が2人きりになる。
 凍らせて痛みを麻痺させているホウ・ゴウだがやはり身体を貫通した怪我を負いながら生きているのが不思議なほどの生命力である。
「あたしが生まれ変わったのは、こことは別のオムニバースの小さい宇宙だった」
 ニャコソフフ人の自分の物語が始まった。
 彼女の中で前世の妹が自らの過去を話したのだから、自分も話さなければという気持ちになって、嘴を開いたのだ。
「宇宙でまだ生まれたばかりの小さな銀河の中心部に位置する惑星。ガスでおおわれた青い巨大な惑星を周回する第2衛星があたしの故郷」
 大気は地球に似ていたが、重力は地球より0,5パーセント重くなっていた。
 主に生息する種族はニャコソフフ人であるが、その皮膚の色、言語の違いにより国家が分かれていた。まさしく地球と似ていた。
 彼女のピンク色の種族の国家は、人種としては衛星でも過半数を占める種族であり、その伝統として産まれてすぐに身体に彫り物を入れられる。それが今も残る渦巻き模様だ。
「あたしが産まれた家は貧困にあえいでいた。国全体が貧困というわけではなく、発展途上の国だったから、上流階級はもちろんいた。でも、あたしの家は山村だから、都会とは違って安い仕事しかなくて。それでも7人の兄弟に囲まれて幸せに暮らしてた。農作業が得意で評判だったのよ」
 そういいつつ、彼女はそうした安堵できる生活ができる家に、国にアストラルソウルから生まれ変わったのが、前世から来る疲弊による意識的な選択だったのだと心中で気付いた。
「でも争いが世界を破壊した。争いは生まれ変わってもあたしにまとわりつく。貴女にもそうだったように――」
 痛みからもあるがこれまでの記憶が脳裏に走ったせいもあり、ホウ・ゴウの顔には苦悶がよぎる。
「争いの種は小さいものだった。あたしの住んでいた国が突然、民族の優劣を決め始めたのよ。国の国主が変わった途端に国が一遍した。劣等種族とされた種族は、街や村を追い出され、さまよった。頑として残った者は隣人に暴行を受けた。同じ肌の色でも血統が違うだけで。つまり身体に刻まれたこの柄の違いで、血統を差別して昨日までの隣人を暴行した。そして政権末期には見つけしだい殺害するように政府が命令したのよ。
貴女が下層階級の人たちに襲われたように」
 思い出しただけで彼女のピンク色の顔色は蒼白になるのが分かった。
「あたしの家の隣人のおじさんはすごくいい人だった。あたしに農業を教えてくれて、衛星でしか咲かない紫色の花、ピ・レイの育て方も教えてくれた。劣等民族がみな、村を追い出されたり暴行、あるいは殺害されるなかでも、必死にあたしたち家族をかくまってくれた。
でもある日、劣等民族を殺害した者には賞金が出ると国家が発表した途端に、態度が一遍した。あたしたち家族をかくまっていた地下シェルターに入ってくるなり、あたしの末の妹を、まだ小さかった妹の首を鎌で切り落とした。母は悲鳴を上げて転がった妹の頭を抱え、父は隣人と争い、傷を負った。
それでも生き残ったあたしたちを必死に逃がしてくれた。隣人のおじさんともみあっていたのが最後に見た父の姿だった」
 傷が痛むホウ・ゴウは冷気でさらに自らの腹部を凍らせる。
 それでも話を続けた。
「まだ幼い妹たちを連れてあたしは必死に逃げた。数週間前まで笑って挨拶していた隣人たちに追いかけられながら。妹たちは次々に捕まった。あたしが最後に後ろを振り返ったときに見たのは、あたしの下の妹が射殺されて頭が砕けるところだった。
自分が逃げるだけで必死だったのよ。でも逃げた先でも、あたしの種族は命を狙われた。身体に刻まれた模様が違うだけで」
 思い出しただけでもホウ・ゴウには辛い顔になる。
「国を出る。それしかなかった。山が多いあたしが暮らしてた国は、峠を超えるしか隣国に出ることができなくて、そこも多くの難民が流れてくるからという理由で封鎖されていた。当然、身分を証明するもののないあたしには、その検問にたどり着くことすら許されなかった。幼かったあたしにできる唯一のことは、自分と同じ立場の人たちについていくことだけ。でも、隣国も容赦しなかった。峠以外の獣道を抜けると、そこには死体が山になってたのよ。わかるでしょ? 隣国が強硬手段にでたのよ。あたしたち難民を受け入れることを拒み、国境をこえようとする者には容赦のない行為が行われた。はいつくばって、血の沼を渡りあたしは必死に生きた。まるで取りつかれたように」
 今度はホウ・ゴウが土で作られた椅子に腰かけた。
「ようやく隣国にたどり着いた時、そこには新しい地獄が待ってた。開放されると思っていたのに、勘違いだったのよ。隣国は一面、死体の山。隣国だけじゃなかった。衛星、惑星、銀河全域が死体の山になっていた。そう奴らがあたしがいた宇宙を侵食し始めたの。デヴィルズチルドレンが。
あれは感染病のようにすぐに広がり、そして宇宙を本当の漆黒に変えてしまった。物理空間が漆黒の生物に呑み込まれ、消えたのよ。
 あたしもあそこで死ぬはずだった。でも、イデトゥデーションに命を拾われた。貴方と一緒ね」
 と、ホウ・ゴウは軽く微笑んだ。
「それで前世で姉妹であったことを忘れて仕事仲間になったってわけね」
 アンナが自分たちの運命がいかに交差しているかを皮肉を交えて言った。
 その刹那、アンナの身体を覆っていた氷が一瞬で弾け、振り向きざまに白人が空気を切る。
 ホウ・ゴウは土で作られた丸い窓から抜け出て中空に飛行すると、ドーム型の建物は真っ二つに切れ目が入り、粘土質の壁は砕け散った。
 そこから飛び出したアンナは一直線にホウ・ゴウへ向かい剣を振るう。
 ホウ・ゴウの皮膚には傷1つなくよけたが、斬撃は空気を伝い巨大な大木を一瞬で切り倒した。
 ニャコソフフ人がビルを上るように空中へ高速で飛び出すと、アンナもそれを追い空へ出た。
 気づけば天空は分厚い雲の灰色に覆われて、大粒の雨がちょうど振り出した。
 稲妻が遠くで巨木へ落ち、炎が見える。
 対峙する2人の記憶は再び前世へと向かう。

ENDLESS MYTH第6話ー1へ続く

第5話ー4

第5話ー4

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-08-25

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